稲垣和俊戯曲集

戯曲集をここに。まさかのここに。

確かにあったね、さようなら

「確かにあったね、さようなら」
 
女    それ、使わないでしょ。
男    うん、なんで。
女    捨てれば。
男    嫌だって。
女    ちょっとやめてよ、ホコリたっちゃうじゃん。
男    ああ、ごめんごめん。
女    それ使ってるの見たことないよ。
男    ああ、うん使わないからさ。あんまり。
女    じゃあいらないよね。
男    いるよ、たまに使うんだから。
女    そんなこと言って多分ずっと使わないから。
男    ああ、あれ、破けてない。
女    ああ、破けてたよ。
男    嘘だあ、破けてなかったって。
女    えっ、疑われてる、私。
男    いや、疑ってないけど。だってそんなとこ破けてたらすぐ分かるじゃん。
女    うわー疑ってんじゃん。うわー。
男    はいはい。じゃあ、もともとだったのね。
 
    間。
 
女    今、使って
男    えっ。
女    今すぐ使って捨てちゃいなよ。
男    むちゃくちゃ言うなよ。
女    むちゃくちゃ言ってなくない。
男    俺の物なんだから、俺の物。君の物じゃないんだから。関係ないだろ。
女    関係あります。そうやって捨てずにいたらどんどん物が増えてくんだから、そしたら私の不快感も連なって増えてくわけだから。
男    ちょっとぐらい我慢しなよ。
女    ちょっとじゃないじゃん。これもこれも、これもこれも。
男    ちょっとじゃん、こっちのやつは全部捨てるんだから。
女    あっ、ちょっとそこ踏まないで、拭いたばっかなんだから。
男    ああ、ごめんごめん。
 
    間。
 
女    ねえ、これも雑巾にしちゃっていい?
男    えっ、それも。
女    きたないじゃん、なんか。
男    ああ、うん。
 
    間。
 
女    私じゃないからね。
男    分かってるって。
 
    間。
 
女    あっ、あれやった?郵便の。
男    やったよ。
女    えっ、いつやったの 。
男    けっこう前に、君があっち帰ってる時。
女    そうだったんだ、ありがと。
男    電話で言ったよ。
女    あれ、そうだっけ。うわ、ねえ、やっぱ捨てよ、ね。
男    ダメだってば。
女    ねえ、お願いだから捨てて、本当にお願いだから。
男    うるさいなあ。大事な物なんだから、思い出の詰まってるさあ。
女    そんな物見ないと思い出さないような思い出悲しくない?
男    本当にうるさい、ほんとうるさい。
女    本当に大事な思い出だったら、物とか関係なく思い出すって。
男    もういい、もういいよわかったわかった。
 
   間。
 
女    何がわかったの?
男    …。
女    捨てるってこと?
男    …。
女    ちょっと黙るのやめてくれない。
男    考えてんだよ。
女    何を。
男    これからのこと。
 
   間。
 
女    ねえ、耳かきしていい?
男    えっ、いいよ、いいけど、なんで今。
女    いや、しまっちゃう前に。
 
   間。
 
男    痛い痛い。
女    あっ、ごめんごめん。でも痛いところの方が取れるよ、ほら。
男    ほんとだ。もういいや、早く終わらせちゃおう。
女    えっ、だって左。
男    左は今度でいいよ。
女    えっ、気持ち悪くない。左だけしないって。
男    気持ち悪くないから。もうこんな時間なんだから。
女    なんで今までやってなかったの。
男    えっ、耳かき。
女    耳かきじゃなくて、仕事終わりにちょっとづつダンボール詰めてけば、こんなに大変じゃないんだから。
男    あのねえ、そんな体力ないんだから、仕事終わりにさあ、ご飯食べて、風呂入って寝たらすぐに出勤なんだから、分かんないかなあ。
女    あー、もー、これもどうするの?こんなの置いてても意味ないでしょ。
男    意味ないってこれに関してはただの置物なんだから。
女    置物って言っても可愛くないし、おしゃれじゃないし。
男    感性をさあ一緒にしないでよ、感性を。君と僕は違うんだから。俺にとっては、可愛いんだから。
女    これが?
男    うん。
女    これだよ。
男    可愛いよ、かわいいかわいい。
 
   間。
 
男    やっぱ気持ち悪い。
女    えっ。
男    左。
女    ああ。
 
   間。
 
女    忘れてたでしょ。
男    何が。
女    あいつがあの天窓のとこに、何年か何ヶ月か知らないないけど、ずっとポツンといたってこと忘れてたでしょ。
男    そんなことないよ。
女    今の今になって意識してやっと存在確認できるぐらいの物なんだから捨てようよ。
男    いった。
女    あっ、ごめん。
男    もういいや。
女    でも全然取れてないよ。
男    いや、いいから。ほんとに。
 
   間。
 
男    あれを買ったのはさ、もう潰れかけの電気屋っていうか雑貨屋っていうのが閉店間際に物全部シートの上に置いてセールしてたの。
女    うん、あっ、家賃用の口座つくってくれた?
男    つくってないよ。
女    えっ、まだしてないの?
男    前も言ったじゃん。あっち引っ越してからつくらないと面倒臭いんだって。
女    あっそうだっけ。ごめん。
男    そういうとこあるよね。
女    何そういうとこ。
男    だからなんか、そういう、いいや。
女    何。そういう。
男    なんにもないって。
女    なんにもないことないでしょ。
 
   間。
 
女    また黙る。
男    うるさいなあ。
女    はっきりしてよ、はっきりはっきり。
 
   間。
 
女    ねえこっち来て。
男    何。
女    ほらほらこっち来てよ。
男    なんだよ。
 
   間。
 
男    これ。千円だったの。そん時夏で、俺、扇風機持ってなくて、扇風機欲しいなって思ってた時だったんだけど、扇風機も千円で売ってたの。それで扇風機とこれが同じシートの上に置いてあって、どっちも千円で、買うとしたらどっちかじゃん。
女    いや、扇風機だよね。
男    それで悩みに悩んでこっちを千円で買ったの。
女    いや、扇風機千円で買おうよ。
男    っていう思い出があるわけだから、思い出して懐かしがられるエピソードがあるわけじゃん。
女    どうでもいいじゃん、その思い出。捨てちゃいなよ。
男    どうでもいい、ね、人の思い出とかどうでもいいよね、そりゃあ。
 
   間。
 
男    あーなんか喉痛い。気がする。
女    マスクしなよ。
 
   間。
 
女    捨てよ。
男    待って。
女    いつまで。
男    納得いくまで。
女    いつまでも捨てないじゃん。
男    なんで捨てる前提なの。あっ。
女    あっ。
 
   間。
 
女    懐かしいね。
男    うん。
女    捨てる…か。
男    あっ、ほんとに。捨てちゃうんだ。
女    いや、待って。
男    こういうのも捨てようって言えるんだ。
女    冗談だから冗談。
男    もう、なんか。
 
   間。
 
女    怒んないで、冗談だって、冗談。捨てるわけないじゃん、大事な物なんだから。ねえ、ほら、捨てないよ、大事な物ボックス入れとくよ。
 
   間。
 
女    いや、やっぱ捨てよっか。全然使ってないし。
男    …。
 
   間。
 
女    ねえ、こっち来て。ねえ、ほら抱きしめて。ねえ 、なんか話しして。ねえ、これからのこと 話そう。これからのこと。ソファー買おうよ。絨毯は何色にする。ベッドの位置はどうしようか。向こうへ行ったら少し節約しなきゃね。大分引越しでお金使っちゃってるからね。ねえ。
男    うん、前の日曜日さ、俺休みだったじゃん。それでなんかボーっとしててさ。携帯さ、一日君からしか電話こなかったのね。一日で。まあどうでもいいことなんだけどさ。友達少ないって言いたいんじゃなくてね、そういうことじゃなくてね、俺、こいつらやっぱ捨てたくないんだけど。
女    全部捨ててよ。
 
   間。
 
女    お腹空いたね。
男    めっちゃ空いた。
女    なんかつくろっか。
男    うん。

   間。
 
女    わたし、すごいこと気付いちゃって。引越しってなるまでこの物達、あったけどなかったじゃん、あるんだけど、ないて感じ。分かるかな。意識されてなかったから。でも引越しってなった瞬間。当たり前なんだけど、ああ、あるなあって、すごいいるなあって。こいつら。プンプン存在感出してきてんじゃない。プンプン。だから、すごいこと気付いちゃって。だから、存在してるって状況だなって、何事も、って思うんだけど、どうって聞いたら彼はぴーぴーいびきをかきながら寝てて、あーじゃあこのわたしの言葉も存在しないかあと残念がってみたけど、今言った発見ってなんかよく考えたらすごい恥ずかしいロマンチックなこと言ってる気がして、あー存在しなくてよかったーとか思ったんだけど、わたしにとっては存在してるわけ。あなたにとっては存在してないけども。だから、わたし、すごいこと気付いちゃって、わたしも、あなたも、状況次第で存在してるってことになって、でも状況次第で、うわー存在しちゃったーってなって、何が言いたかったんだっけ。うわー存在しちゃったーがちょっとでもなくなればいいのになー。と、言ってみたりして。
 
   間。
 
女    ねえ、起きて。
男    うん、なに?
女    見て、これ見て。
男    なんだよ。
女    これ、カーテン。
男    うん、カーテン。
女    そう、カーテン。
男    うん、だから。
女    ほら見て、机。
男    うん、机。
女    ほら触って、机。
男    うん、机。
女    絨毯。
男    絨毯。
女    時計。
男    時計。
女    手紙。
 
   間。
 
男    灰皿。
女    雑誌。
男    トランプ。
女    たこ焼き器。
男    ススまみれのガスコンロ。
女    微妙に残ってる醤油。
男    コップ。
女    変なコップ。
男    服。
女    変な服。
男    冷蔵庫についてる磁石。
女    去年のスケジュール帳。
男    ヒビの入った柱。
女    貼らなかったカレンダー。
男    網戸越しの月。
女    金色の貯金箱。
男    隣の家の喧嘩。
女    日に当たるホコリ。
男    足りないシャワーカーテンのフック。
女    電車の走る音。
男    ぎいぎい鳴る床。
女    髪の毛の詰まった排水溝。
男    フライパンで焦げたキッチンの壁。
女    あれ、何これ?
男    あっ、それは。
女    ネットで買ったの?
男    あっ、うん、昨日届いた。
女    引越し前日に…。
男    …どうしても必要だったんだよ、…今必要だったの。
女    …。
男    …。
 
   間。
 
男    向こうへ行ったらさ、ベランダがあるじゃん。そこで、花を育てようか、なんか綺麗なやつ。全然花とか知らないけど、植木鉢みたいなん買ってさ、あと、ネギとか、トマトとか。それで台所とか広くなるじゃない。だからできるだけ毎日交代でご飯つくるの。つくったやつとかたまにつかって。それで本当に美味しい時は抱き合って、味が薄い時なんかはソースとか醤油とかドバドバかける君を見て少しむっとするわけ。
女    そんなにドバドバかけないよ。
男    それってなんかすごい普通じゃん。びっくりするぐらい普通だよね。
女    普通かは分かんないけど、うちのお姉ちゃんなんかはもっとドバドバだからね。
男    そうなんだ。
 
   間。
 
女    ねえこっち来て。
男    何。
女    ほらほらこっち来てよ。
男    なんだよ。
 
   間。
 
男  あっ。
 
終わり
 
 
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この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。
 
 

多分、会えなくなるであろう君へ

多分、会えなくなるであろう君へ
 
最後の言葉を探さなければならない
さようなら
違う違う
そんなちんけな言葉じゃないのだ
君へ
また何処かで会えるかな
そんなわけないそんなわけない
そんなわけないのだ

いつだって君には失望している
実を言うと 
いつだって
君の体は汚らしい
うっすらと生える体毛
いたるところにあるブツブツ
君の体のラインはわたしが最も欲している体ではなかった
初めて陰毛を見たとき、初めて陰毛を見た時のことを覚えている
必死で抜いた
必死で必死で
しかし君は生えている
痛かったろうに痛かったろうに
 

ごめんね
耐えられなかったのだ
ごめんね
恥ずかしかったのだ
ごめんね

ああ、眠れない
こんなに眠れないのは久しぶりだ
瞼を閉じても閉じても、あの感覚に陥らない
あの感覚
フワフワとした雲に乗っているような
真っ暗な世界の中でわたしがいるベッドだけがクルクル回っているような
あの感覚が懐かしくなってくる
 

眠ろう眠ろう

世の中は弱肉強食を鉄則としている
スポーツの世界においては勝者よりも敗者の方により拍手が送られる例をまま見受ける
実社会においてそのような甘っちょろい考えは通用しない
敗者は勝者の餌食となって滅びるしかない
では社会の勝者とは何か
それは、より高度の知的能力、平たく言えば、より高い学歴を身につけた者である
学歴社会を批判することは優しい
しかし、その学歴社会を改革するために
まず自らが高度の学歴を得て社会の指導的立場に立たなければ所詮は弱者の遠吠えとして終わるのだ
社会の勝利者たれ
これがわたしの贈る言葉である
君は勝者ですか、敗者ですか

敗者です
間違いなく敗者です滝沢先生
なんてったってこの長い夜を終わらせることができない、まず一点
そしてこの言葉に沿うならば、学歴社会に秀でることはなかった、もう一点
そしてあの時の山崎かよのように、何かに心から打ち込めることはなかった、また一点

心から
心から

君はベッドの端に座り
君は少し空いた窓に向かい
君は網戸を吹き抜ける風を感じ
君は満月を眺めてる
君は満月に帰ろうとして窓に手を掛ける

最後の言葉を探さなければならない
多分、会えなくなるであろう君へ

さよならの言葉に変わる言葉を見つけなければならない

ああ、眠たい
わたしが眠ろうとするのを邪魔するのは誰か
心地よい風
ほどよい毎日の疲れ
洗濯したばかりのシーツにわたし的には丁度いい高さの枕
丁度いい温度丁度いい時間丁度いい腹八分目に丁度いい1日の思い出

わたしが眠ろうとするのを邪魔するのは誰か


まず蚊
多分、蚊
絶対、蚊
蚊がわたしの眠りを邪魔する
あいつはわたしの耳元をぷーんと飛ぶから
そのプーんて音はとてつもない程の不快感があるから
あいつがわたしの腕にとまったせいで、あいつがわたしの腕にとまっていなくても、あいつがわたしの腕にとまったと思い込んでしまい、あいつを叩き潰そうと腕を叩き、しかしあいつの遺体はない、錯覚か、パジャマや布団や髪の毛が腕に触れてただけか、しかしあいつがいたような気もする、いやいたんだよ
あいつはいるのかいないのかわからない
いやいるから
だから
あいつのせいだ
あいつのせい
あいつはいるのかいないのかわからないから
あの時
あの時も君は何も言わなかった
いや言ってた
なんか言ってた気がする
でもどうでもいいことだったんだろう思い出せない
なんてったっているのかいないのかわからない存在なのだから

思い出した
なんか言ってた
確か、「ツライ?」って聞いてきた
「どう思う?」って聞いたんだ
そしたらしばらく無言だった
何分後か何十分後かは覚えていない
炊飯ジャーぐらいの河童の銅像がすぐ近くにあるらしいから見に行こう的なことを言ってたんだ
行くかボケって冷静に思ったんだ
その後もまだいっしょにいたのかどうか

プーんて残り香みたいな音はあった
君はいるのかいないのかわからない存在なのだから今も
たった今も
いや、いる
確実にいる
プーんてした気がする
いいじゃない
本当に別れるってことで
偶然会うなんて考えないわたし
下北沢に会いにだって来ないし
別れたら来ない
そういうとこわたし
多分一生来ないと思う
何年も経っても
井の頭線小田急に乗っても
下北沢にはもう降りないわ
わたし
東京の地図の中で
下北沢は永遠に抹消
人が別れるって
そういうことじゃない
そういういうことって下北沢には降りないってこと?
人が別れるって下北沢にはもう降りないってこと?
だとしたら完全に別れられるわけない
だって下北沢に用事があったら?
そりゃあ降りるよ下北沢
古着とか買うよ下北沢
でも本当に別れるのだとしたら下北沢は永遠に抹消
しもきたざわという5文字を完全に忘れ
下北沢という単語なんてなかったかのように思えたら

しもきたざわ

忘れられない
意識してしまう限り考えてしまう
ああ、眠れない
わたしは眠らなければならない
わたしが眠らなければならない理由
明日へのエネルギーを蓄えるために
なんてったって、寝なきゃ明日を動ける気がしないから
なんてったって、寝なきゃ明日に働ける気がしないから
わたしは働かなければならない

生きるために
イコール眠る
イコール明日への活力
明日への活力のために

ああ、眠れない
こればっかしは意識の問題であると言い切ってしまおう
寝よう寝よう思うから眠れないのだ
しかし寝よう寝ようは離れない
はっきりと寝よう寝ようが身体中を満たしてる
しもきたざわ
そう
この感覚
ふっと手を振る感覚
気楽に別れを告げる感覚
後腐れなく
明日に何も待ってかない感覚
さようなら
そう
この感覚
君はいつだってわたしを忘れているから
ともするとわたしが存在しないかのように振る舞うから
大都会に投げ捨てられた空き缶のようにわたしは1人をもてあそぶ
でもわたしは存在してるじゃん
ここにいるじゃん
いつも何事もなく去ってくのはやめてください

君は何も知らない
君は何も知らなかったことにする

羊が一匹羊が二匹羊が三匹…
わたしが眠るためにできること
羊を数えること
羊が…匹羊が…匹羊が…匹…
わたしが眠るためにできること
意識しないこと
羊が…匹羊が…匹羊が…匹…
意識しないこと

君は一歩ずつ歩く
その歩幅は一定ではなくバラバラで
その足跡には迷いがない
網戸越しの月
月ってこんなに丸かったっけ
月ってこんなに黒ずんでたっけ
体に黒ずみが増えてきた

そして夜は明ける
君はさっそうと去って行く
でもその前に
わたしのことをちょっとでいいから考えてください
ほんの5秒でいいですから
1,2,3,4,5,…6

さようなら
そろそろさようなら
でも君は何も知らない
わたしがここでさよならと言うことすら知らない
違う世界を生きてしまったのか
わたしは存在しないのか

君が知らない世界から君にさよならを言うことはなんになるのだろう

多分、会えなくなるであろう君へ
さよならの代わりの言葉は見つからない

多分、私たちは明日を何事もなく迎えるのだろう
多分、私たちは明日に何事もなく出会うのだろう
多分、私たちは明日に何事も持ってけないから
でもわたしは絶えず死に続け、君は何度も生まれ変わってく

わたしは君にさよならを言うけれど、君は別れがあることにさえ気付かずに歩く

君の体は汚らしい
汚らしい体が羨ましい
 
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この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。
 
 
 

ロミオ ロミオ ロミオ

「ロミオ ロミオ ロミオ」
 
  ヂュリエット、眠っている。
 
私のロミオは繊細な美男子。
私のロミオはモンタギュー家。
私のロミオは巡礼様。
私のロミオは強い戦闘能力を兼ね備えている。
私のロミオは雄鷹。
私のロミオは命を顧みず、真実を追い求める
私のロミオは掴みどころの無い飄々とした生き様と冷酷な性格。
私のロミオはキントウンに乗れる。
私のロミオは小鳥。
私のロミオは菩薩。
私のロミオは夜。
私のロミオは自分のエゴや欲望を達成するために、的確に周囲を踊らせる明晰な頭脳を持つ。
私のロミオは左手が鬼の手。
私のロミオは右手に風穴。
私のロミオは鳩の翼被った鴉。
私のロミオは狼根性の子羊。
私のロミオは新撰組
私のロミオは超絶サイコパスイケメン。
私のロミオは夜叉。
私のロミオは絶対的神。
 
  ヂュリエット、起きる。
 
ローミオーー
 
1バルコニー→結婚
 
ヂュリ  おお 、ロミオ 、ロミオ !何故卿はロミオぢゃ !父御をも 、自身の名をも棄ててしまや 。それが否ならば 、せめても予の戀人ぢゃと誓言して下され 。すれば 、予ゃ最早カピュ ーレットではない 。
ヂュリ  名前だけが予の敵ぢゃ 。モンタギューでなうても立派な卿 。モンタギューが何ぢゃ !手でも 、足でも 、腕でも 、面でも無い 、人の身に附いた物ではない 。おお 、何か他の名前にしや 。名が何ぢゃ ?薔薇の花は 、他の名で呼んでも 、同じやうに善い香がする 。ロミオとても其通り 、ロミオでなうても 、名は棄てても 、其持前のいみじい 、貴い徳は残らう 。 … …ロミオどの 、おのが有でもない名を棄てて 、其代りに 、予の身をも 、心をも取って下され 。
ヂュリ お前を小鳥にしたいなア!したが 、餘り可愛がって 、つい殺してはならぬゆえ 、もうこれで 、さよなら !さよなら !ああ 、別れといふものは悲し懷しいものぢゃ 。夜が明くるまで 、斯うしてさよならを言うていたい 。
 
ローミオーー
 
2夜よ来い→悲しい知らせ
 
ヂュリ  驅けよ速う 、火の脚の若駒よ 、日の神の宿ります今宵の宿へ 。フェ ートンのやうな御者がいたなら 、西へ 西へと鞭をあてて 、すぐにも夜をつれて來うもの 、曇った夜を 。隙間もなう黒い帳を引渡せ 、戀を助くる夜の闇 、其闇に町の者の目も閉がれて、ロミオが 、見られもせず 、噂もされず 、予の此腕の中へ飛込んでござらうやうに。戀人は其麗しい身の光明で 、戀路の闇をも照らすといふ 。若し又戀が盲ならば 、夜こそ戀には一段と似合ふ筈 。さア 、來やれ 、夜よ 。汝の黒い外套で頰に羽ばたく初心な血をすッぽりと包んでたも 、すれば臆病な此心も 、見ぬゆえに強うなって 、何するも戀の自然と思ふであらう 。夜よ 、來やれ 、速う來やれ 、ロ ーミオ ー !速う來い 、やさしい 、懷しい夜の闇 、さ 、予のロミオを賜もれ 。ああ 、待つ間がもどかしい 、… …これ 、乳母 、何の消息ぢゃ ?
ヂュリ おお おお ! … …あのロミオの手でチッバルトを ?
ヂュリ おお 、花の顏に潛む蝮の心 !あんな奇麗な洞穴にも毒龍は棲ふものか ?面は天使 、心は夜叉 !美しい虐君ぢゃ !鳩の翼被た鴉ぢゃ !狼根性の仔羊ぢゃ !見た目は神々しうて心は卑しい !外面とは裏表 !いやしい聖僧 、氣高い惡黨 !
ヂュリ 何故殺した汝は 、予の従兄を ?チッバルトが殺したでもあらう我夫は生存へて 、我夫を殺したでもあらうチッバルトが死んだのぢゃ 。すれば 、嬉しいことばかり 、予ゃ何で泣くのぢゃ ?最前聞いた一言が 、その一言が 、チッバルトが死にゃったよりも悲しいのぢゃ 。「チッバルトは死なしゃれた 、そしてロミオは … …追放 ! 」 … … 「追放 」 … …其 「追放 」といふ一言がチッバルトを一萬人も殺してのけた 。チッバルトが死にゃったばかりでも可い程の不幸であったものを 。チッバルトがお死にゃった上に 、殿りに 「ロミオは追放 」 。追放と聞くからは 、父母もチッバルトもロミオもヂュリエットも皆々殺されてしまうたのぢゃ 。
 
ローミオーー
 
3初夜後→結婚の強制
 
ヂュリ 去うとや ?夜はまだ明きゃせぬのに 。怖ってござるお前の耳に聞えたは雲雀ではなうてナイチンゲールであったもの 。夜毎に彼処の柘榴へ來て 、あのやうに囀りをる 。なア 、今のは一定ナイチンゲールであらうぞ 。大事ない 、まだ去しゃるには及ばぬ 。
ヂュリ いや 、朝ぢゃ 、朝ぢゃ 。速う去しませ 、速う 速う !聞辛い 、蹴立たましい高調子で 、調子外れに啼立つるは 、ありゃ雲雀ぢゃ 。雲雀の聲は懷しいとは虚僞 、なつかしい人を引分けをる 。蟇と目を交換へたとは事實か ?ならば何故聲までも交換へなんだぞ ?あの聲があればこそ 、抱きあうた腕と腕を引離し 、朝彦覺す歌聲で 、可愛しいお前を追立てをる 。おお 、速う去しませ 、だんだん明るうなって來る 。
ヂュリ 乳母か ?
ヂュリ なりゃ 、窓よ 、日光を内へ 、命を外へ 。
ヂュリ (樓上より )お前もう去しますか ?ああ 、戀人よ 、殿御よ 、わが夫よ 、戀人よ !きっと毎日消息して下され 。これ 、一時も百日なれば 、一分も百日ぢゃ 。おゝ 、そんな風に勘定したら 、また逢ふまでには予は老年になってしまはう!
ヂュリ おお 、また逢はれうかいの?
ヂュリ めでたい事とは耳寄りな 、此樣な辛い時に 。それは何樣な事でござります 。
ヂュリ   何のそれがめでたからう !嫁入はせぬわいの 。何といふ早急ぢゃ 。申入も聞かぬうちに婚礼とは何事ぢゃ ?嫁入すれば如何あってもロミオへ往く 、憎いと思ふあのロミオへ 、パリスどのへ往くよりは 。まア 、ほんに 、思ひがけない !
ヂュリ 大空の雲の中にも此悲痛の底を見透す慈悲は無いか ?おゝ 、母さま 、わたしを見棄てゝ下さりますな !此婚礼を延して下され 、せめて一月 、一週間 。それも能はぬなら 、チッバルトが臥ていやる薄昏い廟の中に婚禮の床を設けて下され 。
 
ローミオーー
 
4薬飲む
 
ヂュリ さやうなら ! … …又いつ逢はるるやら 。 … …おお 、總身が寒け立って 、血管中に沁み徹る怖ろしさに 、命の熱も凍結えさうな !寧そ皆を呼戻さうか ?乳母 ! … …ええ、乳母が何の役に立つ ?怖しい此一場は 、一人で如何あっても勤めにゃならぬ。 … …さア 、來い 、瓶よ 。
 
     藥瓶を取上げる 。
 
とはいへ 、若し此藥に 、何の效力も無かったなら ?すれば 、明日の朝となって 、結婚をしようでな ?いや いや 。 … …それは此劍が (と懷劍を取り上げ )させぬ 。 … …やい 、其處にさうしていい 。(と懷劍を下に置く ) 。 … …ロミオ、わしぢゃ !これはお前を思うて飮むのぢゃ 。
 
 ヂュリエット、倒れる。
  
ローミオー
 
私のロミオは繊細な美男子。
私のロミオはモンタギュー家。
私のロミオは巡礼様。
私のロミオは強い戦闘能力を兼ね備えている。
私のロミオは雄鷹。
私のロミオは命を顧みず、真実を追い求める
私のロミオは掴みどころの無い飄々とした生き様と冷酷な性格。
私のロミオはキントウンに乗れる。
私のロミオは小鳥。
私のロミオは菩薩。
私のロミオは夜。
私のロミオは自分のエゴや欲望を達成するために、的確に周囲を踊らせる明晰な頭脳を持つ。
私のロミオは左手が鬼の手。
私のロミオは右手に風穴。
私のロミオは鳩の翼被った鴉。
私のロミオは狼根性の子羊。
私のロミオは新撰組
私のロミオは超絶サイコパスイケメン。
私のロミオは夜叉。
私のロミオは絶対的神。
 
ローミオー
   
 ヂュリエットがロミオを呼ぶ声、世界に響き渡るがロミオは来ない。
 女、起き上がり、ふと2、3箇所チラ見して、何事もなかったように去る。
 
終わり
 
引用「ロミオとヂュリエット」作 ウィリアム・シェークスピア 
              翻訳 坪内逍遥
 
 
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この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。
 
 
 
 
 

夢のあらわれ

「夢のあらわれ」

●現場到着
  
  蝉が鳴いている。
  とある家屋の建築現場。
  未完成の家屋の中。の一角。
  内装材が施されておらず、木材や鉄筋の骨組みがむき出しで見えている。

       福本、金崎、木田、米沢、佐々木、下手より登場。
 
福本  (上手側に)おはようございます。ラウンドランニングのものです。今日はよろしくお願いします。はい、今日は荷受けです。よろしくお願いします。あ、私物はこの辺りで大丈夫ですか?あ、はい。(四人に)じゃあとりあえず、私物はここで。
 
  五人、それぞれ荷物を置き、作業着に着替え始める。
  佐々木は初仕事であるため、他の四人の行為を気にしつつ、それに沿って行動する。(例えば、ヘルメットはもうこのタイミングで付けたほうがいいのか、たばこをここで吸ってもいいのか、等)
 
  福本、電話を始める。
 
福本  おはようございます。福本です。お疲れ~。はい、現場到着しました。五人全員揃ってますんで、トラック来次第作業始めます。よろしくです。はい~。
 
  福本、電話を切る。
 
米沢  どんぐらいっすかね?
福本  四台だって。
米沢  四台か~。微妙だな~。
福本  昼は越すでしょ。
米沢  いやいや、越さないように頑張りましょうよ。
福本  トラック来なきゃ頑張れるもんも頑張れないじゃん。
米沢  今日は僕早く帰りますよ、昨日最悪だったんですから。
福本  昨日どこだったの?
米沢  調布っすよ調布、しかも駅から三十分のとこでひたすら土運びの定時まで。
福本  ああ~、ダルイやつだ。土まみれになるやつだ。
米沢  そうなんすよ体中土まみれ。ほら。
 
  米沢、靴を見せる。
 
福本  うわお、ボロボロじゃん。
米沢  やばいっしょ、靴の機能果たしてないっしょ。
福本  ちょっと。米沢くん、それ取り替えたほうがいいよ。事務所に行ったら替えてくれるから。
米沢  でも事務所行くのダルイんすよねえ。
福本  いや、マジダメだから、そういうので怒る大工とかいるからね、一応ね、形だけでもしっかりしといてもらわないとこっちが困るんだから。
米沢  ああ、まあはい、まあいい頃合に行きますよ。
福本  とりあえずね、今日微妙だけど昼までに終わったらね、もし仮に。行きゃいいじゃん。
米沢  そうっすね、昼までに終わったらね、っていうか、もう帰っていいすかね。
福本  何言ってんの。まだ何もしてないじゃん。
米沢  現場到着したからいいかなって。
福本  なんだよいいかなって。
米沢  いや福本さん現場だし。
福本  俺の現場だとなんだよ。
米沢  冗談冗談。っていうか昨日高木さんだったんすよ。
福本  ああ~高木さん。
米沢  えっ、なんすか高木さん。なんかあるんすか高木さん。
福本  えっ、何?いや、高木さんだってどうしたの?
米沢  いやなんすか、ああ~高木さんっていう反応気になっちゃってますけど。
福本  えっ、いや何か最近評判悪いんすよ高木さん。
米沢  えっ、なんで。
福本  ドライバーと喧嘩したんだって。
米沢  えっ、トラックの。
福本  そう、トラックの。だからなんか。荷受けの現場担当外されて、土運びとか、タイル敷き詰めとか、カビの駆除とかしか来ないから、担当現場、高木さんと一緒になると定時になるまで帰れないってんで、嫌がられてんだって。
米沢  だから土運び。
福本  そうだよ、いろいろ背景があるんですよ。
 
  間。
 
福本  で、何?
米沢  え?
福本  いや、高木さん現場でって話、何の話?
米沢  いや、ダルイな~って、そういう話。
福本  ああ。
 
  間。
 
佐々木 あのお、すみません。
福本  あっはい。
佐々木 今日わたしこの仕事初めてなんですが、よろしくお願いします。佐々木です。。
福本  あっよろしくお願いします。
佐々木 いろいろ迷惑おかけするかもしれませんがよろしくお願いします。
福本  まあ、あれですよ、言われたことやってれば大丈夫な仕事なんで、まあ大丈夫っすよ。
佐々木 はい、まだまだ若いもんには負けないぞってことで頑張っていこうと思っているわけですが。
福本  まあ、怪我だけしないように気をつけてくださいね。今回、荷受けで、内装材の搬入だからそこまで大変な物は来ないと思うんですけど、たまになんちゃらシートっていうめっちゃ重いのきたりとか、トラック全然来なかったりとか、すごい狭い通路運んだりとか悲惨な現場もあるんですけどね。今日は大丈夫っすよ。金崎くんとかいるしね。
金崎  えー俺っすか、俺、今日、やる気ないっすよ。
福本  いやいや、そんなこと言って。金崎くんはね。ほんとすごいから。
佐々木 へえ、すごいんですか。
金崎  いやいや、すごくないすごくない。全然っすよ。
福本  でも米沢くんよりかはすごいっしょ。
金崎  まあ米沢よりかはね。
米沢  ちょっと金崎さん。全然すごいっすよ僕も。
福本  えっ、どこら辺が。
米沢  ほら、この筋肉。
福本  全然じゃん。
米沢  全然じゃないっすよ。
福本  金崎くんのすごさを簡単に説明すると、石膏ボードっていう、ちょっと重くて壊れやすいボードがあるんですけど、だいたい皆、一枚一枚運んでて、慣れてる人でも二枚づつぐらいが普通なんですけどね、金崎くんはね、なんと四枚いっちゃうから、マジで。
佐々木 すごいですね。倍じゃないですか。
金崎  調子いい時、五枚いっちゃうけどね。
福本  前、ものすごい石膏ボード運ぶ現場があって、これ定時までに終わるのかって皆がなってた時があったんすよ。その皆諦めかけた時に、今まで二枚づつ運んでた金崎くんが四枚持った時は、神が舞い降りたと思ったよ。
金崎  いや、あれでほんと、俺、進化したよね。っていうか、メガ進化したよね。でもまあ、コツさえつかめば誰でもできるっしょ。
福本  いや、できないできない。
米沢  金崎さんもすごいけど、藤井さんは五枚いきますよ。
福本  ああ、藤井さんね、一緒になったことないけど話はよく聞くよ。
金崎  あいつは、怪物。熊みたいな体型してるっしょ。
米沢  なんかもともとボクサーらしいっすね。
金崎  あいつは、すごいんだけど、無口じゃん。無愛想じゃん。あんま好きじゃねえ。
米沢  そうっすか。二人現場の時けっこう話しましたけどね。ヤクザに関係してた話とか。
金崎  人見知りなんしょ。でも、あんま、信用しないほうがいいよ。絶対、デタラメ入ってっから。
米沢  えっ、そうなんですか。武器三ヶ月家で保管する仕事した話とか聞いたけど。
金崎  嘘に決まってんじゃん。そんなん現実にあると思う?
米沢  確かに、現実感ないですよねえ。
金崎  あいつよりも新井さん。新井さんは、マジ俺級だと思うよ。
福本  新井さんも五枚行くんだっけ?
金崎  そうね、調子いい時六枚いってた。
福本  まじで。すげえな。
金崎  新井さんは、元ヤンなのに、っていうかだからなのか、すっげえ、親しみやすいし、仕事しやすいわ。マジ、新井さん現場はほとんど新井さんと俺、半々でやっつけちゃえるからね。楽だわ。
福本  でも新井さんは人が良すぎない?いいことなんだけど、人が良すぎて大工からの依頼簡単に受けちゃうんだもん。俺らの仕事じゃないときは断っていいのに。
金崎  でも、そんな大変な仕事じゃないっしょ。
福本  そうなんですけどね。仕事終わった感ってあるじゃないっすか。そん時に仕事増えるのけっこう嫌なんですよねえ。
米沢  ああそれ分かりますよ。俺も一刻も早く家帰りたいっすもん。だから、荷受けの仕事は早く上がれる希望からかテンションあがりますもん。
金崎  早く上がっても、特にやることないんだろ。
米沢  まあ、そうなんすけどね。
福本  あっ、朝礼始まるらしいね。
金崎  朝礼とかあんだ。
福本  じゃちょっと適当に並ぼっか。
 
  五人、横一列に並ぶ。
  しばらく上手側にいる現場主任の朝礼を黙って聞く。
  
五人  安全、第一っ。(右手を握りこぶしにして、肩から上の方につき出す。エイエイオーの形)よろしくおねがいしま~す。
 
  音楽。「ラジオ体操第一」
 
佐々木 えっ、ラジオ体操するんですか。
福本  そうみたいね。
米沢  こんな現場初めてだな。
 
  五人、それぞれラジオ体操をする。
  照明が、変化していき暗転。
 
 
●第一の休憩
 
  木田、米沢、佐々木がいる。
  トラック一台分の荷物を運び終えたところ。
  佐々木、他の者より疲弊している。 
 
木田  大丈夫ですか?
佐々木 いやあ、やっぱりきついね、年とってから始める仕事じゃないね、やっぱり。
木田  はあ、ゆっくり休んでください。次のトラック来るまで何もできないっすよ、多分。
佐々木 いやあ、皆さんあんだけ、動いて息ひとつ切らしてないなんてすごいなあ。
木田  そんな重いものなかったでしょ。
佐々木 あの板、板が重かった。
木田  板?
米沢  ああ、コンパネですか。
佐々木 そうそうコンパネコンパネ。
米沢  佐々木さん無理して二枚一気に持とうとするからですよ。一枚一枚で大丈夫なんですから。
佐々木 いやあ、やっぱり四枚とか五枚とか一気に持つみたいな話聞くとどうしても一枚じゃ物足りなく感じましてね。
木田  でも転んで怪我でもしたら元も子もないんで無理しないでくださいよ。
佐々木 いやあ、悪いね。ありがとう。いやあ、若いのにちゃんとしてるなあ。
木田  水飲んだほうがいいっすよ。
佐々木 ありがとう。いやあ、今までずっとオフィス内でクーラーがガンガン効いてる中のデスク作業ですからね。急に力仕事となって案の定この様ですよ。
木田  水飲んだほうがいいですよ。
佐々木 ああ。(水を飲む)
米沢  塩飴いります?
佐々木 ああ、これはこれは、何から何まで。(塩飴を口に入れる)うまいっすね、この塩飴。
米沢  塩飴うまいっすよね。俺、塩飴って名前聞いて、絶対まずいだろってなめてたんですけど、あっ、なめてたって、舐めてたってことじゃなくて甘く見てたってことですよ、いや、実際舐めてましたけど、実際あっさりしてて美味いやつあるんすよ。
佐々木 いやあ、塩飴はなめられませんよ。舐めれますけどなめられませんってやつですよね。これは本当に、こんな暑い夏にはちょうどいいですもん。私昔働いてた会社で、たまに野外でいろんな商品のサンプルを配るイベントしてたんですよ、これが一番熱い時期にやった時にですよ、ちょうど今頃ですかね、バイトの女の子が熱中症で倒れちゃったんですよ。そん時も塩飴ひたすら舐めさせてましたね。でも顔すごく白くて、人間てこんなに真っ白になるんだって、熱中症怖いなと。こんな状態になるんだと、あっ、水飲も。(水を飲み干す)そういえば、金崎さんと福本さんは?
米沢  ああ、タバコ吸ってるんじゃないっすかね。外かどっかで。
佐々木 タバコっ。俺も。タバコタバコ。
 
  佐々木、下手にはける。
 
米沢  元気じゃん。
 
  蝉が鳴く。
 
米沢  前、一回だけ一緒だったよね。
木田  そう、ですね。あの何もせずに終わった現場です。
米沢  あ~、あの水道工事のまだなんか前段階の作業が終わってないとかなんかで何もしなかった現場。
木田  そうですそうです。
米沢  あれ、やばかったよね。皆でエヴァの話とかジョジョの話とかしただけだったよね。
木田  びっくりしましたもん。何もせずに帰っていい現場があるのかって。
米沢  逆に腹たったよね、何で来させたんだって。
木田  早起きさせんなよって。
米沢  しかも、なんかすぐ帰るの申し訳なくてみんな空気読んで一時間ぐらいコンビニ前でだべってるっていう。
木田  あの時、帰りの電車、一緒だったじゃないですか。
米沢  そうだったっけ?
木田  井の頭線ですよ。井の頭線
米沢  ああ、そうだったね。
木田  そん時、米沢さん、言ったんですよ。こんな時間に井の頭線乗るやつって何やってんだろうって。
米沢  そんなん言ったっけ。
木田  もう一ヶ月ぐらい前ですね。
米沢  えっ、そうだっけ。
木田  僕あんまり入ってなくてあれから三回目ぐらいなんで、結構覚えてるんですよ。
米沢  そうなんだ。
 
  間。
 
米沢  来ないなー。トラック。
木田  来ないっすね。トラック。
 
  蝉が鳴く。
 
木田  バスケ。
米沢  バスケ。あっ、バスケするの?
木田  米沢さん、バスケの話してくれたんです。
米沢  あっ、ああ、バスケの話したね。
木田  今度一緒にやろうよって言ってくれたんですよ。
米沢  ああ、そうだったね。言った気がする。
木田  連絡先も知らないのに。
米沢  えっ。・・あっ。
 
  福本、金崎、下手から登場。
 
福本  今日、ダメだ。早く帰れないわ、多分。
米沢  えっ、・・・マジっすか。
福本  来ないんだもん。トラック。定時だと思うよ。
米沢  五時までかあ。
福本  わかんないけどね。トラックさえ来れば、金崎くんいるからちょちょいなんだけどね。
金崎  俺に頼りすぎっしょ、福本さん。
福本  だってそうじゃん。今日の主力は、俺と金崎くんだけじゃん。
金崎  まあ、そうですけどね。
福本  あのおっさん、けっこう息切らしてるしね。ほとんど四人て考えたほうがいいかもね。
金崎  あれ、おっさんは?
米沢  タバコタバコって言って出てきましたけど。
福本  タバコ吸う元気はあるんだ。
金崎  あれ?ムカついてる?福本さん。
福本  ムカついてないよ。ムカついてないけどね。初めてって言ってたじゃん。初めての現場でいきなり軍手忘れてきてんだもん。だから、貸そうかって言ったら、いえいえ大丈夫です、素手で頑張りますよ。って。そんで、一番最初の木、いきなり壁にぶつけてんだもん。典型的なダメなタイプだよ。
金崎  そんな、ムカつくことないっしょ。
福本  ムカついてないよ。ムカついてないけどね。人の親切はありがたく受け取れっつうことですよ。
金崎  軍手ぐらいでねえ。
福本  いや、俺は軍手にムカついてんじゃないからね。素手でやって怪我でもしたら、最終的にこっちが困るんだから。そこんとこ分かってないんだから。
金崎  はいはい。
 
  佐々木、缶コーヒー四本とスポーツドリンク一本を持って、下手から登場。
 
佐々木 皆さん、すごいですよ。大工さんが皆にと飲み物代くれたんで買ってきましたよ。
福本  まあ、よくあることだけどね。
佐々木 そうなんですか。なんか嬉しすぎて疲れが吹き飛んでいきますよ。
 
  佐々木、四人に缶コーヒーを渡す。
 
佐々木 いやあ、やっぱり人の親切を受けるっていうのは、気持ちがいいことですよ。
木田  ああ、ありがとうございます。
米沢  どうも。
佐々木 いや、お礼は大工さんにね。
福本  あれ、全部缶コーヒー。
佐々木 いや、皆さん若いですからね。若いもんはみんなコーヒー好きでしょ。おじさんは体力なくてへばってきてるんで、ほら、スポーツドリンク。
 
  佐々木、スポーツドリンクをグイっと飲む。
 
佐々木 ぷはー。うまい。
福本  俺、コーヒー飲めないんだけど。
佐々木 えっ。
 
  間。
 
福本  スポーツドリンク。
佐々木 あっ。
 
  間。
 
佐々木 飲みます?
福本  飲みませんよ。なんで、スポーツドリンクも二、三本買ってこないかなあ。
佐々木 ああ、すみません。皆てっきりコーヒー好きなもんと思い込んじゃいまして。
福本  いや、普通ね、こういうとき、皆が好きなもの取れるように、お茶とか、炭酸とかコーラとか、幅広い種類買ってくるんですよ。なんで、コーヒーとスポーツドリンクで割合四対一かな。
佐々木 いや、コーヒーの中ではいろんな種類買ってきたんですけどね。ほら、微糖だとか無糖だとか・・・。
福本  コーヒーの中でいろいろ持ってきてもコーヒー飲めなきゃ意味ないでしょうが。
金崎  まあまあ、福本さん。
福本  いや、いいんですけどね。そんなちっさいことですし。まあいいんですけどね。
佐々木 買ってきましょうか。スポーツドリンク。
福本  いや、いいんですよ。いいんですよ。そんなこと気にしなくて。どうでもいいことなんですから。ただね、今度からね。佐々木さん、気を付けてくださいねってことをね。飲みます?
 
  と、コーヒーを差し出す。
 
佐々木 あっ、私、コーヒー飲めないもんで。
 
  間。
 
福本  スポーツドリンク、買ってきます。
佐々木 あっ、私が買ってきますよ。
福本  いや、いいですいいです、ゆっくり休んでてください。次のトラックが来るまで。
佐々木 いやあ、本当にすみませんね。
 
  福本、下手にはける。
 
佐々木 悪いことしちゃったなあ。
三人、コーヒーをすする。
 
  佐々木、スポーツドリンクを飲み干す。
 
金崎  あの人最近すぐキレるからさ。
佐々木 そうなんですか。
米沢  しかもみみっちい事、チミチミチミチミ言ってきますよね。
金崎  ただ経験があるっていう。だから言いたくなるんでしょ。
米沢  こないだもダンボールのまとめ方をチミチミ言われたんですけど、あの人、教え方下手くそなんですよね。やってみせてくれないから、口だけで説明されても分かんないっていうか。
金崎  あの人の特技。運んだものの整理整頓だからね。体力もあんまないからね。
米沢  そんな整頓なんかより、早く運ぶことのほうが重要だっちゅうの。
金崎  まあ、いろいろとたまってんでしょ。普段。
米沢  普段。何やってるんですか。福本さん。
金崎  お笑い。
 
  間。
 
金崎  ピン芸人。だってさ。
米沢  意外。
金崎  だよな。
米沢  でもめっちゃ仕事してますよね、この仕事。全然売れてないってことすよね。
金崎  そうそう。前、見に行ったんだって、佐藤さんって事務所の人が。ライブ。
米沢  へえ。
金崎  クスリともなかったって、っていうか、シーンてなりすぎて悲惨だったって。
米沢  うわー。
金崎  なんだったっけ、なんかあるんだよ、決めゼリフ的な。聞いたんだけどな。
米沢  めっちゃ気になる、うわ、それ思い出してくださいよ。
金崎  ああ、出てこない、全然、よっぽど印象薄いんだろうな。
米沢  まじかー。まあでもあれなんすかね、夢があるって、ことですかね。
金崎  夢ねえ。あの歳でねえ。
米沢  えっ、いくつなんすか、福本さん。
金崎  俺とおないぐらいだから、33とか4とか。
米沢  うわー結構っすね。っていうか、金崎さんって33ですか。
金崎  いや、34だよ。けっこうだろ。
米沢  いや、あっ、そういうつもりじゃ。
 
  蝉が鳴く。
 
佐々木 夢があるってのは。いいですねえ。
金崎  はあ。
佐々木 いやあ、これ買ってくれた大工さんが、私たちのこと褒めてくれてましたよ。
金崎  へえ、なんて。
佐々木 いやあ、褒めてたっていうか、これからどんどん荷受け屋さんの需要が上がってくから、よろしく頼むよって。
米沢  へえ、そうなんだ。
佐々木 あれですよ。あれ。2020年、東京オリンピック
米沢  ああ、そっか、オリンピック決まったもんね。
佐々木 また昔みたいにどんどん建ててくから私達みたいなのがもっといないと成り立たないらしいんですよ。
金崎  まあ、俺ら、下請けの下請けの下請けだけどね。
佐々木 でも、その下請けがいないと世の中成り立たないっていうのがなんかグッときましたよ。私は。
金崎  こんな俺でも、社会の役に立ってるってやつっすか。
佐々木 そうですそうです。その感覚。
米沢  こんな俺でも社会の役に立ってるか。それ、すげえいい話ですね。
佐々木 そうでしょうそうでしょう。
米沢  俺らがオリンピックをつくってると。
佐々木 おお。
金崎  それ、言い過ぎ。ただの三階建ての一軒家の材料、運んでるだけだから。
佐々木 いやあ、言い過ぎではないですよ。私達がオリンピックをつくってるといっても過言ではないですよ。
米沢  あっ、ちょっと仕事に対するやる気湧いてきた。仕事っつっても日雇いバイトだけど。
佐々木 バイトでいいんですよ。いやあ、私達の世代はね、本当に楽をしてきたというかなんというか、若い人達がこんなにしんどい仕事してるのを知らないっていうのが、もう本当怖いよね、バイトなめんなよってやつですよ。
金崎  いや、バイトはバイトだよ。
佐々木 そうです。バイトはバイトです。しかしつまり何が言いたいか。私達がオリンピックをつくるんだということです。
金崎  はあ。
 
  福本、下手からスポーツドリンクを持って登場。
 
福本  あっ、トラック来たんで、作業入ります~。
佐々木 よし、つくりにいくか、オリンピックを。
米沢  そうですね。
木田  オリンピックか。
金崎  オリンピックねえ。
福本  えっ、何?オリンピック?
 
  五人、下手にはける。(福本は自分の荷物のところにスポーツドリンクを置いていく。)
  音楽。「三六五歩のマーチ」
  五人、下手から上手に物を運ぶ。
  そして、上手から下手に物を取りに行く。
  この作業を何往復かして、暗転。
 
 
●第二の休憩(昼休憩)
 
  金崎、木田、佐々木がいる。
  もう一台のトラック分を運び終えたところ。
  佐々木、疲弊して寝っ転がっている。
  木田、おにぎりを食べている。
  金崎、電話をしている。
 
金崎  ・・だからさあ、それは確かに悪いことだけども、でも向こうだって悪いって認めてるわけでしょ。ああ、ちゃんと謝ってくれてないんだ。それは確かに向こう悪いね。でも、いきなり別れようって話はやっぱり急すぎじゃない。うん。うん。でもさあ、それを無関心だからってひどすぎない?だって、元はと言えば、由美ちゃんのあの旅行の件からでしょ。けんかし始めてるの。イタリア行ってるの、彼氏に全く言ってなかったってやつ。そりゃあ、聞かれなかったから言わなかったってのも分かるけどさ。しかも一週間も連絡取り合ってなくてなんも思わなかった向こうも向こうだけどさ。そりゃショックだよ。彼女がイタリア旅行行ってたの知らないなんて。ああ、うん。まあ、そういうこと気にするような人ではなかったけどさ、えっ、会ってるよ一回。一緒に飲みに行ったじゃん。そうそう。中野の魚民。なんか由美ちゃんが紹介したいっつって会ったんじゃん。なんか、俺、気まずかったよ。あの時、まあ俺も由美ちゃんのことはさ、長年の付き合いだから、半端者には任せられんっとか思ってたけど、いや本当に俺、由美ちゃんの保護者的な部分あるからさ、でしょ。由美ちゃん高校生の時から知ってんだもん。そりゃそうなるわな。いや、高2かな。高2。まだ受験勉強の話とか全然してなかったもん。まあいい人だったじゃん。俺から見ると。俺みたいなクソみたいな生活じゃなくて、ちゃんと大学行って、ちゃんと就職して、なんか小奇麗だし、清潔そうだし、まあこんなやつが由美ちゃん好きなのかって思ったけどさ、思ったけどさ、でもやっぱ根性あるやつだったよ。いや、目で分かるんだよ、目で、本気か本気じゃないかなんてだいたい目で分るの。だから信用していいやつではあると思ったんだよね、まあ根拠、目だけど。でも、こういうのってさあ、どっちが先に折れるかっていうか、どっちが先に素直になるかっていうのがあると思うよ。いや、だから、どっちが先にちゃんと謝るかってやつよ。だって由美ちゃんだってちゃんと謝ってないわけでしょ。いや、悪いとか悪くないの問題じゃなくて、向こうが傷ついてるのは確かじゃん。でしょ。だからさ、由美ちゃんが最初にちゃんと謝ったら向こうもちゃんと謝ってくんじゃんってことをね。うん、そういうもんだよ。そうした方がいいようん。って思うけどね。憶測だけどね。そうそう。いや、俺でよければいつでも連絡してよ。俺、由美ちゃんの幸せ、純粋に願ってるだけだから。いや、本当にね。違うよ。そんなんじゃないって。本当に純粋な気持ちからだって。いやいや、こちらこそ、いつもありがとう。いや、なんで俺がお礼言うんだろね。おかしいすぎ。あっ、そうだ、最近タケシと久しぶりに会ってさ、そうそうなんか今、バー始めようとしてるらしいんだけど、うん、そうそう似合わんよな、なんか久しぶりに皆でバーベキュー行こうつって盛り上がったんだけど、由美ちゃんも一緒に行こうよ。そうそう、美沙とかタッキーとか誘ってさ、
 
  福本、米沢、下手から弁当の入ったビニール袋を持って登場。
 
米沢  佐々木さーん。弁当買ってきましたよ。
佐々木 あっ、ああ~、ありがとうございます。
金崎  あっ、そうそう、そのタッキー。いや、タッキーがね、新しい車買ってさあ、もう俺たちのバーベキュー用なんじゃないのってぐらいおっきくてさあ。もう俺ら、やる気まんまんだから、まだこのことタッキーに話してないけど、タッキー来なくてもタッキーの車は使おうとか言っちゃって・・・。
 
  金崎、電話をしながら下手にはける。
  四人、金崎がはけていくのをしばらく見てる。
 
佐々木 あっすみません、おいくらですか。
米沢  あっ、498円ですね。
佐々木 あっ、じゃあ、500円でいいですかね。
米沢  はいはい。
 
  佐々木、米沢に500円玉を渡す。
 
佐々木 いやあ、本当にすみません。わざわざ買ってきてもらっちゃって。
米沢  だって佐々木さん顔真っ青だったじゃないですか。
福本  そうそう、びっくりしたよ。ほとんど倒れそうなくらいフラフラになってんだもん。
佐々木 いやあ、まだまだ大丈夫だとは思ったんですが、いやあ、ダメですね。こんなに動いたのは高校以来ですよ。
 
       福本、米沢、佐々木、それぞれ弁当を食べ始める。
 
佐々木  いやあ、皆さん本当に偉いですね。こんなにしんどい仕事を毎日やってるんでしょう。
米沢   そうですね。だいたい。
福本   でも今日は楽な方ですけどね。
佐々木  はあ、これで楽。
福本   本当に大変な現場はマジで死ぬかとおもうよ。
佐々木  そうですか、いや実はね、今は、別の仕事もやってるんですけど、そこはほとんど座ってるだけなんで、こういう体力現場はやっぱり向かないんでしょうかね。
米沢   なんの仕事やってるんですか?
佐々木  麻雀ですよ麻雀。
米沢   雀荘ですか。
佐々木  そうです。雀荘。
米沢   じゃああれですか、麻雀し放題。
佐々木  いや卓代とかちゃんと出さなきゃならないんですよ。し放題ではないんですが、でもお客さんの人数合わせでさせられるんですけどね。
福本   雀荘ってどうなんですか。儲かるんですか。
佐々木  儲からないからここに来てるんですよ。
福本   そうですか。
佐々木  いやあ、求人情報にはね、月給三十万て書いてあるんですよ。そんな毎日麻雀しながら月三十万って最高だなって思うじゃないですか。これが、罠なんですよ。お客さんから呼ばれて行ってるのに負けたらその額、自分の月給から引かれるんですよ。どうなんですか、そのシステム、そして毎日二、三回は打たなきゃならないんですよ。それで、負けて、負けて、結局、月にもらえる額ったら、二万とか三万ですよ。どうやって生きてけって言うんですか。だから、みんなお客さんから呼ばれても打ちたがらないんですよ。それで、新人の私ばかりが行くっていう負のサイクルですよ。
米沢   でも勝つ分には引かれないってことでしょ。
佐々木  そうなんですよ。勝つ分には引かれないんですよ。いや、普通に上乗せされるんですよ。だから本当にすごい人は月に百万とか儲けてるんですけど、そんな人、一人や二人ですよ。しかも勝ちすぎたら店長に評判が悪くなるっつって怒られるらしいんですよ。だから、本当にすごい人は二位を狙ってわざと一位にはならないんですね。いやあ、本当に見習っちゃいますよ、あの人は。でも実際そんな勝てるとは思ってないし、良くて月十万行ける時もあるんですけど、腹が立つルールみたいなのがありましてね、「うわっ、来たっ」とか、…ニヤリっとか。
米沢   ああ、よくやりますね、実際なんも来てなくても。
佐々木  ダメなんですよ、従業員がそういうことやっちゃ。怒られるんですよ。ちょっと世間話とかして余裕ですみたいな態度を見せるのもダメなんです。だから、僕らがお客さんとやる時は、喋っちゃダメ、笑っちゃダメで、でも麻雀てそういうとこに面白みがあると思うんですよ。なんて言いますか駆け引きと言いますか、こいつはニヤリと笑ったが何かすごいものが揃ったのかいや、ただの演技なのかって。ねえ、そう思うでしょう。
米沢   はあ、まあそうですね。
佐々木  私はね、悲しいんですよ、麻雀の楽しみを見出せないあのシステムが。
福本   ただ勝ちたいからそう思ってるわけでしょ。
佐々木  そりゃあ勝ちたいですよ、こっちだって命かけて麻雀やってるんですから、私なんかはまだいい方ですよ。よく聞く話では、雀荘の世界では、消えるやつが多いらしいんですよ。
福本  消えるって。
佐々木  借金ですよ借金。
米沢   負けすぎて。
佐々木  そう、負けすぎて借金が増えすぎて、払えなくなってさっと姿をくらますわけです。
米沢   そんなの今の世の中すぐに身元捕まえて払わせられるでしょう。
佐々木  そうなんですけどね。でも、雀荘はしないんですよ、そんなことに労力をかけることに対して無意味だと思っているのか、探そうともしないんです。雀荘は、だから、簡単に消えれるんですよ。よく聞く話では、ほら、駅前の従業員募集広告で、寮付き、とか書いてあるの見ません?私らのところにも一応寮あって、まあほとんど誰も住んでないんですが、ちらほらとしか、そういうのを見てカバン一つで面接来て住んで仕事して、借金溜まったら姿をくらますっていう。そして二度とその土地には現れずに新たな土地で寮付きの雀荘に仕事しに行くって人、少なくないらしいですよ。そういう人はだいたい偽名らしくて。すごいですよね。今時そんな生活をしてる人がいるなんて、まあ、そういう生活したくなくて、あと、いろんな目論見があってこっちの仕事始めたわけなんですが。
米沢   ちょっと、なんですか目論見ってなんですか目論見、教えてくださいよ、目論見。
佐々木  いやあ、目論見は目論見ですからね。
福本   だめでしょ。佐々木さん目論見、そこまで言ったら、目論見、言わないと。
佐々木  いやあ、実はね、再就職先を探してましてね。しかし、私、この歳でしょ、しかも高卒ですし今から就職先なんて全然見つからないわけですよ。でもね、外回りの営業職ならね、雇ってもらえるんじゃないかと思いまして、そして調べてみたら、建築関係の営業なんてのは私みたいな歳でも再就職してる方がいらっしゃるらしくてね。もうこれしかないなと、そんで、実際そういう仕事するんだからと、ちゃんと現場を知っておこうと思いましてこの仕事を始めたわけですよ。
米沢   うわーすっごい考えてる。
佐々木  考えてますよ、考えてますよ、こんなおっさんでもね、まだまだ若いもんには負けてられんと思いましてね、でもやっぱりね、おじさんにはやっぱきつい仕事なのかなあってなっちゃいますよね。まだこんなお昼の段階でこんなに疲れ果ててるんですからね。
米沢  おじさん、そんなにめげないでくださいよ。
佐々木 おじさん。
米沢  あっ。
 
  間。
 
佐々木 いやあ、おじさんでいいんですよ。
米沢  すみません。佐々木さん。
佐々木 いや、おじさんって呼んでください。
米沢  いやいや、呼べませんよ、そんな。
佐々木 いやあ、親しみ込めておじさんって言ってください。なんたってあなたたち若いもんとは体のつくりが違うんですから。さあ、おじさんと。
米沢  いえ、呼べません、佐々木さん。
佐々木 おじさん。
米沢  佐々木さん。
佐々木 おじさん。
米沢  佐々木さん。
 
  間。
 
佐々木 おじ。
米沢  佐々木さん。
 
  間。
 
佐々木 おじさん。
福本  おじさん。
米沢  佐々っ。あっ。
 
  間。
 
福本  おじさん。
 
  蝉が鳴く。
 
米沢  佐々。
佐々木 そうです。おじさんです。おじさんはね、若い世代の人がこんなにしんどい仕事をしてることに感動してるんですよ。おじさんはね、高校卒業して、就職して、バブルが来てチヤホヤしてた時代を経験してる。いやあ、あの時は良かった、皆がタクシー止めるのに一万円をパラパラして毎晩飲んで踊って遊んで、いい時代だった。もう一度あの時代が来ないかなあ。いや来るかもしれない。あなたたちはそんなことをほとんど経験せずにこんなしんどい仕事をやってる。それってすごいことですよ。大した不平を言うでもなく、黙々と作業をしている。でも来るかもしれない。もう一度あの時代は来るかもしれない。なんたって東京オリンピックがくるんだから。でもその流れにすら関係ない生き方をしてるかもしれない。それが怖いんです。おじさんはね、楽な生き方をしてきた方なんです。分かってるんです。いや、でも来るかもしれない。今のおじさんを見てください。必死ですよ。必死すぎて笑えてきましたよ。ははは。おじさんか。
 
  佐々木、下手にはける。
 
福本  おじさんはおじさんだろ。
米沢  ちょっと福本さん。
木田  福本さんってお笑い芸人なんですね。
福本  えっ、あっ、うん。
木田  一発芸見たいなあ。
福本  はあ。
木田  一発芸見せてくださいよ。
福本  なんでそんな急に。
木田  お笑い芸人てそんなもんでしょ。笑わすタイミングいつでも狙ってるわけでしょ。
福本  いや、ここ、テレビでも舞台でもないから。
木田  でも見せてくださいよ。一発芸。みんなを笑わす一発芸。
福本  急にどうしたんですか。木田さん。
木田  笑いたいんですよ。今、なんか。見せてくださいよ。一発芸、世界を幸せにする一発芸。
福本  ・・・やめてよ。俺、そういうノリ、ダメ、なんだよ。
 
  福本、下手にはける。
 
木田  見たかったなあ。世の中を明るくする一発芸。
 
  間。
 
米沢  連絡先、交換する?
 
  間。
 
米沢  ラインとか、あっフェイスブックとかやってる?
木田  無理しなくていいですよ。
米沢  無理してないよ。単純に友達になろうよ。
木田  フェイスブックで?
 
  間。
 
木田  思うんです。ここで出会う人達。ここでしか出会わない人達のこと。この仕事辞めたら多分一生会わない人達のこと。
米沢  一生て。
木田  料理。
米沢  えっ。
木田  フレンチのシェフなろうとしてたって。
米沢  なんで。そんなことまで喋ってったっけ。
木田  はい。
米沢  一回一緒になっただけなのにな。
木田  一回じゃないんですよ。
米沢  えっ。
木田  三か月前にも一緒になってるんですよ。二人現場で。
米沢  そう、だっけ。
 
  蝉が鳴く。
 
木田  米沢さん、週何日ぐらいで入ってますか。
米沢  ・・五日。
木田  時給千円。一日、平均して朝8時から17時までで休憩一時間引かれて、日給八千円。週五日で働いて、一週間、四万円。一ヶ月で十二万円。一年で百四十四万円。
米沢  何が言いたいの。
木田  ここで働く人達はずっとここで働くつもりなんだろうか。
米沢  何が言いたいの。
木田  僕はこれからどうなっていくんだろ。
米沢  ねえ、何が言いたいの。
木田  料理、また始めないんですか。
 
       間。
 
米沢  関係ないだろ。 
 
       間。
 
米沢  また料理の仕事始めたいと思ってるよ。始めたいと思ってるけどね。
 
  金崎、下手から登場。
 
金崎  ん?どしたの?
 
  間。
 
金崎  あっ。勤務確認、した?
米沢  あっ、まだだ。
金崎、電話を始める。 
金崎  もしもし、お疲れ様っす。金崎っす。明日の予定確認よろしくです。はい。はい。ああー、武蔵境っすか、まあ、全然。でもまあ、乗り換えがダルイっすね。大丈夫ですけど。はい。はい。あっ、何の仕事ですか。うわー基礎。基礎かー。はい、はい、あっ、リーダー川崎?久しぶりだなー、あー、あー分かりましたー。はいー、じゃあまあよろしくおねがいしますー。はいー。あっ、そういえば、来週の水曜日なんですけど・・・。
 
  (金崎が話している途中で)米沢、電話を始める。
 
米沢  もしもし、お疲れ様です。明日の勤務確認お願いします。米沢です。はい、順調っちゃ順調っすね。はい、えっ、あっ、いや、阿佐ヶ谷から、まあ近いっちゃ近いんですけど、一番の最寄りは南阿佐ヶ谷なんすよ、あっ、そうですそうです、丸の内の。だから、できれば丸の内から行きやすいとこの方がありがたいとか、まあ、その、だから、埼玉方面は乗り換えとかかなり面倒くさいんで、はい、はい、そう、だからほかの場所とかないですかね、はい、ああ、すみませんありがとうございます。えっ、それって西武池袋線とかっすよね。ああー、バスとかで行きゃ行きやすいやつか・・・。
 
  (金崎、米沢が話している途中で)舞台袖から、福本が電話をする声が聞こえてくる。
  同じく舞台袖から、佐々木の声も。
 
福本  どうもー、福本です。お疲れ様です。佐藤さん?最近佐藤さん率高いねえ。はい、明日の勤務確認お願いします。はい、調布、8時集合、はいーわかりましたー。ちなみにメンバーどんな感じ?うん。うん。あっ、結構強いね、あれ。長谷川さんってどんな人だっけ、ああ、ああ、ああ、あの背高いメガネの、はい、一回一緒になったことあるわ、いや二回かな・・・。
佐々木 お疲れ様です、お世話になっております、佐々木です。あっ、はい。今日初です。いやあ、けっこうきつくてぜえぜえ言ってますが、周りの方がみんな良い方なんでね、なんとか助けられつつやってます。いやあ、続けられそうかって言われましても、続けさせて下さい、なんとかって感じですかね、そうですね、そこまで力仕事力仕事じゃなきゃ大丈夫かもしれないです。今日?今日は力仕事でしょ。まあ、はい。いやしかし、まだまだ大丈夫ですんで、なんでも経験しときたいんで・・・。
 
  (四人が話している途中から)蝉が鳴く。
 
  木田、その光景をぼんやり見ている。
 
  木田、聞こえて来る音をぼんやり聞いている。
  蝉の鳴き声が大きくなる。
 
四人  はーい、お疲れ様です。
 
  四人、同時に電話を切る。
 
  蝉が鳴き止む。
 
  福本、下手から登場。
 
福本  トラック来たから、やるよ。
 
  三人、下手にはける。
  音楽。「いつでも夢を」
 
  五人、下手から上手に物を運ぶ。
  そして、上手から下手に物を取りに行く。
  この作業を何往復かして、突然金属が地面に落ちる音が鳴り響き、暗転。
 
 
●待機
 
  金崎、木田、米沢、佐々木がいる。
  
米沢  やばいっすね。
 
  間。
 
米沢  これ、どうなるんですかね。
 
  間。
 
米沢  うわーこんなん初めてっすよ。えっ、こんなのあったことあります?金崎さん?
金崎  似たようなことはあったけど、ここまでのはないわ。
 
  間。
 
米沢  やべー。終わりかな、今日。
金崎  このまま流れ解散じゃねえかな。
米沢  二時か、まあ、ちょい早いっちゃ早いっすね。
佐々木 こんなことって起こるんですね。
米沢  佐々木さんが倒れたかと思いましたよ、一瞬。
佐々木 いやいや、私なんか、その時へばって休んでましたから。
米沢  いや正直に言って休むのって大事っすね。あんなとこから、ねえ、やばいよ。
 
  間。
 
米沢  死んだのかな。
 
  間。
 
金崎  この待ってる時間嫌なんだよね、なんでもいいからしてたいって思っちゃうの、俺。待つのも仕事だって誰かに言われたけど、俺はダメなんだよ。俺は。
米沢  なんすか。
金崎  俺、多分、なんかしてたいんだよ。俺、多分。
米沢  なんすか。大丈夫っすか、金崎さん。
佐々木 それって青春ってやつですか。
金崎  青春。そんなもん酒と一緒に飲み込んだよ。
木田  福本さんの一発ギャグが見たいっすね。
米沢  えっ。なんて?
木田  福本さんの一発ギャグ、見たくない?
米沢  えっ、今?なに言ってんの。こんな状況で。
佐々木 見たいですね、見せてくれるかなあ、福本さん。
金崎  見せてくれないよ。絶対、福本さん。
木田  そうかあ~残念だなあ。
 
  間。
 
木田  昔のオリンピックの映像、なんかのテレビかなんかで見たんすよ。
 
  間。
 
木田  皆めっちゃ笑顔で、子供から年寄りまで皆、めっちゃ笑顔で旗ふったりして、外国人に手、振ったりして、選手応援して。
 
  間。
 
木田  でも、今って皆期待してなくない、オリンピック、あってもなくてもってかない方がいいじゃん的な感じなくない、皆。
金崎  そんなんする金あるんだったら被災地の方にまわせよって誰か言ってんじゃん。
米沢  へえ~そうなんだ。
木田  あの人達、何をつくってるんだろ、っていうか僕達何運んでんの?
金崎  建物つくってんの。そのために必要な物運んでんの。生きるために働いてるだけ。それだけ。オリンピックとかどうとか関係ないの、俺らは俺らなの。
佐々木 関係ないか、関係ない。
 
  福本、上手より登場。
 
福本  死んだって。
 
  間。
 
福本  死んだって。そりゃあ、あの高さの足場崩れたらねえ。とりあえず今日はどうしようもないから帰っていいって。
佐々木 そうですか。
福本  二時か。結果的に三時間早く終われたね。
金崎  トラック一台分運べなかったか。
 
  間。
 
福本  早く帰り支度して帰ろうか。
 
  それぞれ、帰り支度を始める。
 
木田  一発ギャグ見たいです。
 
  間。
 
福本  だからなんなの。なんのノリなのそれ?
 
  間。
 
木田  お願いします。マジで。見せてくださいよ。お願いしますよ。
 
  間。
 
  福本、渾身の一発ギャグをする。
  誰も笑わない。
 
木田  ははは。安心した。全然面白くない。
福本  正直すぎ。正直すぎるよ木田くん。
木田  でもこのギャグ一生覚えているでしょう。多分このギャグ一生覚えてるでしょう。  
米沢  一生覚えてることってあるよね、俺、パスタ食ったんだよ、クリームパスタ、めっちゃうまかったんだよ、エビプリプリで、そん時は親も離婚してなくて家族三人で行ったからかめっちゃうまかったんだよ、パスタ、パスタパスタ。
佐々木 ああ、疲れた、こんなに疲れたのは高校の時以来ですよ。高校の時野球部だったんです。どこにでもあるありふれた話なんですけどねえ、私がセンターフライ落としてチーム負けたんですよ。
金崎  俺は昔はワルばっかしてた。俺は昔はワルばっかしてた。ほらこんなふうに。
 
  と、佐々木を殴る。
 
佐々木 うっ。ううっ。
金崎  喧嘩っばかりしてた。高校の時、喧嘩が原因で退学になった。ほら、こんな風に。
 
  と、佐々木を殴る。
 
佐々木 うっ。ううっ。甲子園なんて夢のまた夢じゃないか。バブルなんて一瞬の夢じゃないか。オリンピックは夢のあらわれですか。ううっ。
米沢  俺達がオリンピックをつくってるってことですよね。
木田  この前テレビで見たんですよ。
米沢  昔のオリンピックも俺たちみたいなやつがいたんですよね。
木田  東京タワーのテッペンの色を塗ったのがビートタケシのお父さんらしいですよ。
金崎  俺は高校中退。あの娘は結婚。多分、結婚。俺は高校中退。
福本  俺も高卒だけど、俺には笑いの才能あるって信じてたけど。関係ないけど。早く帰り支度しようよ。さっさと帰り支度しろよ。
佐々木 私たちの世代は高卒が当たり前の世代ですよ。
木田  東京タワーのテッペンの色を塗ったってだけで多分皆から忘れられないんですよ。
 
  福本、渾身の一発ギャグをする。
  全員、笑う。
  エヴァンゲリオンのキャラクターのものまねで盛り上がる。
  ジョジョのキャラクターのものまねで盛り上がる。
  全員、笑い合う。
 
  蝉が鳴く。
  笑いがピタリと止まる。
 
  間。
 
福本 (上手に)あっ、じゃあ、僕達失礼しまーす。お疲れさまでしたー。
 
  四人、それぞれ「お疲れさまでしたー。」と言う。
  五人、下手にはける。
  蝉の声が鳴き止まない。

  五人、ぞろぞろと出てくる。
 
  五人、身体全体を使って物を運んでいる。
  五人、下手から上手に物を運ぶ。
  そして、上手から下手に物を取りに行く。
  
  その物は目に見えないけど、確実に登場人物はそれを運んでいる。
  
  五人は運び続ける。終わらない。
  だんだんと年老いていく。
  佐々木、倒れる。
  しかし、四人は運び続ける。
  福本、倒れる。
  米沢、倒れる。
  しかし、二人は運び続ける。
  金崎、倒れる。
  やがて、木田、倒れる。
 
  蝉の声が鳴り響き、途絶え、暗転。
 
終わり
 
 
ーーーーーーーーー
この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。
 
 

  
  

僕達vs宮島直子

「僕達vs宮島直子」
                                  
 放課後、教室、二人の男子高校生がしゃべっている。
 
田中 今年ももう終わりだな~。
川崎 そうだね。
田中 今年はなにが一番楽しかった?
川崎 今年か。今年今年。
田中 なんだろうねえ。
川崎 あれだなあ。あの、体育祭のフォークダンス。
田中 ああ、あの体育祭のフォークダンスね。
川崎 あれは楽しかったよなあ。
田中 うんうん、あれは楽しかったよ。
川崎 いやあ、本当にとっても楽しいフォークダンスだったよ。
田中 うんうん、でも何があんなに楽しかったんだろうか。
川崎 何が?
田中 何が楽しかったの?
川崎 それは、フォークダンスはフォークダンスっていうだけで楽しいだろうさ。
田中 本当に?
川崎 なんだよ。
田中 本当にフォークダンスはフォークダンスっていうだけで楽しいの?
川崎 そうだよ。フォークダンスはフォークダンスっていうだけで楽しいじゃないか。
田中 違うな。
川崎 なんだよ。
田中 お前にとって、ただのフォークダンスではなかっただろう。
川崎 なにお。
田中 宮島直子がいたからだろう。
川崎 宮島直子っ。
田中 そうだ。お前は宮島直子と手を繋げたことを喜んでいる。それがフォークダンスを楽しい思い出にさせているんだ。
川崎 違うよ。俺は宮島直子を抜きにしてもフォークダンスが楽しかったよ。
田中 俺は楽しくなかった。俺はフォークダンスなんぞこれっぽっちも楽しくなかったよ。あんな単調なリズムで長時間、単調な振りを踊り続けることに、普通の男子高校生が楽しみを見いだせるとでも思うか。
川崎 楽しかったもん。
田中 お前は、宮島直子が好きだっ。
川崎 どうかな。
田中 修学旅行中、お前は宮島直子とばっかりしゃべってた、そして、女子の部屋に行こうぜとみんながなっている時も、みんなギャルグループの部屋に行こうとしているのに、お前だけは何故か、全然目立たない女子グループの部屋に行きたがった。それは、宮島直子がいた部屋だからだ。お前は宮島直子が好きだ。さらに、お前が一度偶然を装って宮島直子と駅まで一緒に帰ったことを知っているぞ。あの時、お前は明らかに変だった。いつも部活終わりでみんなと帰るお前が「あっ、俺、雑用仕事終わらせてから帰るから先帰って」なんて言っちゃって、普段は雑用なんて後輩に全部任せっきりのくせに。宮島直子の部活が終わるまでの時間稼ぎをしていたんだろう。自転車置き場で自転車の鍵無くしたフリしちゃって、「あっ、今帰り?いやあ、チャリの鍵なくしちゃってさあ。カバンのポケット?あっ、あったよ、ありがとう~」カバンのポケットなんて一番最初に探す場所だろ。「お礼に駅まで送るよ」っておかしいおかしい。お礼っていうのは相手が喜ぶことしなきゃお礼って言わないから。駅まで送るって、お前が、お前が嬉しいだけだろうが。
川崎 お前全部見てたのかよ。
田中 全部見てたね。お前は宮島直子が好きだ。
川崎 お前。俺は宮島直子が好きだ。認めよう。
田中 はっはっは。ついに認めたか。お前がフォークダンス楽しかったのは宮島直子がいたからか。
川崎 そうだ。おれがフォークダンス楽しかったのは宮島直子が好きだからだ。
田中 はあ、そうかそうか。好きか。お前は宮島直子が好きか。
川崎 だがしかし、お前も宮島直子が好きだ。
田中 何?
川崎 お前が事細かに、俺と宮島直子の関係を見ていたのは、お前も宮島直子が好きだからだろうっ。
田中 俺は宮島直子が好きではない。
川崎 嘘をつけ。お前はフォークダンスなんぞこれっぽっちも楽しくないと言っていたが、それは、宮島直子と同じ円にいなかったからだろう。
田中 何?
川崎 今年のフォークダンスは二つの円に分かれてた。ABC組とDEF組の円にだ。俺はB組、宮島直子はC組。お前はE組だ。つまり、お前は宮島直子と手を繋げていない。宮島直子を抜きにしたフォークダンスだったのだ。だから、元々楽しくないフォークダンスに、もう一方の円に好きな相手がいるということを恨みに恨み、よりフォークダンスが楽しくなかったのだ。違うか?お前も宮島直子が好きだ。
田中 違うな。俺は宮島直子が好きではない。
川崎 嘘つくな。お前は宮島直子が好きだ。
田中 違う。俺は宮島直子が好きではない。
川崎 認めろよ。
田中 認めない。
川崎 じゃあ、なんで俺と宮島直子の一緒に帰ったエピソードをこんなに事細かに見ていたんだよ?
田中 うるさい。
川崎 うるさくねえ。
田中 何故そんなに認めさせたがるんだ、川崎?
川崎 何故?正々堂々と勝負したいからだ。
田中 か、川崎。
川崎 分かれよ。田中。スポーツマンシップに乗っ取って宮島直子を奪い合おうぜ。
田中 川崎。
川崎 田中。
田中 俺は、宮島直子が好きだ。認めよう。
川崎 田中。やっと認めたか。田中。
田中 これからは、ライバルだぜ。川崎。
川崎 田中。
田中 川崎。
 
 宮島直子、入ってくる。
 
二人 み、宮島直子。
宮島直子 あ、はい。
二人 いや、なんでもないなんでもない。
宮島直子 そう。
川崎 どうしたの。こんな時間に。
宮島直子 いや、えっと、忘れ物。
川崎 そっか。
宮島直子 うん。
田中 …聞いてた?
宮島直子 えっ…何が?
川崎 いや、大丈夫大丈夫。
宮島直子 そう。
 
 宮島直子、何か言いたそう。
 
川崎 どうしたの?
宮島直子 …。
田中 忘れ物は?
宮島直子 川崎君と二人で話してもいい?
田中 えっ?
川崎 えっ、俺?
宮島直子 うん、川崎君と。
川崎 俺は、いいけど。
田中 えっ、えっ、いいよいいよ。全然いいよ。
宮島直子 ごめんね。ちょっとだけだから。
田中 あっ、うん。いや、ちょうど帰ろうと思ってたから。
宮島直子 ああ、そうだったんだ。
田中 そうそう。じゃあね。
宮島直子 じゃあ。
川崎 …。
 
 田中、去る。
 
宮島直子 ごめん。急に。
川崎 いや、うん。何?話したいことって?
宮島直子 私、川崎君のこと好きです。
川崎 ええっ。
宮島直子 ずっと前から好きでした。付き合ってください。
川崎 俺も好きだった。
宮島直子 えっ本当に?
川崎 うん。
宮島直子 嬉しい。とっても。
川崎 うん。俺も。
宮島直子 じゃあ、付き合ってくれるの?
川崎 うん。うん。
宮島直子 やった。やったっ。とっても嬉しい。今まで生きてきた中で一番嬉しい。
川崎 俺も嬉しい。
宮島直子 やったやったっ。
川崎 やったやったっ。
二人 やったやったっ、やったやったっ。
宮島直子 初めての彼氏だよ。
川崎 俺も初めての彼女だよ。
宮島直子 やったやったっ。
川崎 やったやったっ。
二人 やったやったっ、やったやったっ。
宮島直子 で、なんて呼びあう?
川崎 えっ。
宮島直子 これからは恋人同士だもん。今までみたいに、宮島直子って呼ぶのは止めてさ、恋人同士の呼び方を考えなきゃ。
川崎 ああ、そうかそうか。
宮島直子 川崎くんのことはストレートに下の名前で、ヒロシって呼ぶね。
川崎 ああ、うん。
宮島直子 あれ?ヒロシじゃいや?ヒロポンとかにする?
川崎 いや、ヒロシでいいよ。
宮島直子 私のことなんて、呼ぶ?
川崎 じゃあ、直子?
宮島直子 じゃあって何?じゃあって。合わせたでしょ。
川崎 いや、合わせてないよ。
宮島直子 ちゃんと考えてよ。ちゃんと。
川崎 ちゃんと…。じゃあ、ナオチャン。
宮島直子 だからじゃあって何?
川崎 ごめん。
宮島直子 まあいいや、でもうれしい。ナオチャンって呼んでよ。ヒロシ。
川崎 えっ。あっ、僕か。
宮島直子 ちょっとしっかりしなさいよ。ヒロシ。
川崎 うん。ごめんごめん。
宮島直子 ねえ、ナオチャンって呼んでよ。
川崎 えっ、今?
宮島直子 今に決まってるじゃない。
川崎 …ナオチャン。
宮島直子 ヒロシ。
川崎 ナオチャン。
宮島直子 ヒロシっ。
川崎 ナオチャンッ。
宮島直子 ヒーロシっ。
川崎 ナーオチャンっ。
宮島直子 ヒーロシっ。
 
   間。
 
宮島直子 今日一緒に帰ろうね。
川崎 えっ、うん。そうだね。
宮島直子 もう帰る?
川崎 えっ、あっ、…ちょっと待っててもらっていい?担任に進路のこと話に行く予定だったんだ。
宮島直子 そう。じゃあ、自転車置き場で待ってるね。ヒロシ。
川崎 あっ、うん。…ナオチャン。
 
 宮島直子、川崎を見つめている。
 
川崎 どうしたの?
宮島直子 なんでもない。じゃあ、また後でね、ヒロシ。
川崎 うん。
 
 宮島直子、去る。
 田中、数秒後に入ってくる。
 
川崎 田中。
田中 川崎。
川崎 今、付き合うことになった、宮島直子と。
田中 川崎。てめえ。
川崎 びっくりしたよ。まさかあんなにライバル宣言した瞬間から向こうから来るとは。
田中 知ってたんじゃないの?
川崎 えっ。
田中 知ってたんじゃないの。そろそろ宮島直子と付き合えそうなの知っててライバル宣言して俺に恥かかせたんでないの。
川崎 そんなわけないじゃん。
田中 こんなのってないだろう。ライバル宣言したばっかだぞ。
川崎 本当にびっくり。
田中 知ってたんでないの?
川崎 だから、知らないって。
田中 俺もナオチャンって呼びたかった。
川崎 お前、聞いてたのか?
田中 ああ、一部始終な。ヒロシ。
川崎 やめろ。
田中 川崎、俺達のあの友情を誓いあった一瞬を返せよ。
川崎 そんなこと言われてもさ。
田中 俺達のあの友情を誓い合った一瞬を返せよ。お前が俺に宮島直子が好きだと認めさせさえしなければ、俺はお前が宮島直子と付き合ってもここまで恨むことはなかっただろう。しかし、お前は俺に宮島直子が好きだと認めさせた。川崎、お前が犯した罪は大きい。
川崎 そんなこと言われてもさ。
田中 川崎ぃ。
川崎 田中…。
田中 今日手をつなぐだろう。予告してやる。お前達は今日手をつなぐ。
川崎 なんだよ。そんなこと分からないよ。
田中 いや、手をつなぐ。絶対だ。キスまで行く可能性もあるぞ。
川崎 キスだと?
田中 そうだ。キスだ。
川崎 いやいや、そこまではいかないよ。さすがに。
田中 いや、今日の宮島直子とお前の二人っきりの場面を見る限り相当宮島直子がリードしている。宮島直子の行動ですべてが変わる。すべては宮島直子のペースだ。宮島直子が今日中にキスをしたいと思えば、もうキスせざるを得ない。
川崎 なんだよ。俺のペースでいられないのかよ。
田中 そうだ。お前のペースではない。断言してやる。お前のペースではない。宮島直子のペースだ。ペースって何回も言うとペースって言葉なんかあったっけっていう感覚におちいるね。
川崎 どうでもいい。宮島直子のペースだとして、今日付き合い始めたばかりでキスまで行くかな?
田中 今時の女子高生をなめんなよ。キスぐらいだ。キスぐらい。
川崎 ぐ、ぐらいだと。
田中 そうだ。さっきの二人の時間明らかに宮島直子はキスを求めた瞬間があった。俺はそれを見逃さなかった。
川崎 なんだと…。
田中 お前は今日キスされる。お前にその覚悟はあるかな?川崎。
川崎 …あ、あるに決まってる。
田中 そうか、ならば次の段階も想定しておこう。次の土曜日、休日だ。宮島直子が家に誘ってくるかもしれない。
川崎 なんだと。
田中 お前は宮島直子の家に行き、ソファーでくつろぐ。宮島直子がお菓子とジュースを持ってきてくれる。二人で楽しくしゃべっていると宮島直子がこう言い出す。「今日夜まで親が二人共仕事なの」。
川崎 そ、それは。
田中 そうだ。セックスだ。
川崎 セックスだと。
田中 そうだ。セックスだ。
川崎 …。
田中 怖気付いたか。川崎。セックスだぞ。川崎。
川崎 …。
田中 お前にその覚悟があるのか。川崎。
川崎 セックス。
田中 覚悟がないなら俺に譲れ。川崎。
川崎 セックス。
田中 川崎ぃ。俺にはお前の未来が見える。ソファーで彼女に跨り、彼女の制服のボタンを一つ一つはずしていく慣れないお前の手つきが見える。
川崎 セックス。
田中 ファスナーが布に引っかかり、ちょっとあたふたして、不機嫌そうになった宮島直子に気を使うお前の引きつった笑顔が見える。
川崎 セックス。
田中 川崎ぃ。お前は宮島直子のおっぱいに触るのか?お前は宮島直子のおっぱいに触るのか?
川崎 田中。
田中 俺は宮島直子のおっぱいに触りたい。
川崎 田中っ。
田中 笑うがいいさ。俺はお前と宮島直子が付き合うと聞いた今でさえ宮島直子のおっぱいに触りたいと言ってるんだ。笑うがいいさ。笑うがいいさ。
川崎 俺は宮島直子のおっぱいに触る。
田中 そうか、触れ。お前は宮島直子のおっぱいに触るんだ。ただしかし、覚悟をしろよ。川崎、お前が宮島直子と手をつなぐ。お前が宮島直子とキスをする。お前が宮島直子のおっぱいを触る。お前が宮島直子とセックスをする。その瞬間俺とお前は、もう友達ではいられない。
川崎 何故だ。
田中 理由は単純。俺がお前を見れないからだ。
川崎 嫉妬か。
田中 そう嫉妬。ただの嫉妬。されど嫉妬。俺は毎晩お前と宮島直子がやっているところを想像するだろう。枕をギュッと抱いて、目にはうっすら涙を浮かべて、眠れない夜を体験するだろう。お前と宮島直子がやってることを毎晩考えて、俺がお前と普通に接せられると思うか?
川崎 想像するなよ。
田中 そんなことはもちろん想像したくない。しかし、してしまうんだきっと。現にもう始まってるじゃないか。
川崎 お前と俺の仲はこんなにも簡単に壊れるのか?
田中 そうだ、川崎。こればっかしはどうしようもない。
川崎 お前は頑固だ。
田中 なんだよ。
川崎 もっと心の広い人間になれよ。
田中 なんだよ。心の広い人間って。
川崎 俺達は友達だったはずだ。もう何年もの付き合いだ。俺達の友情はそんなに簡単に壊れるものなのかよ。
田中 しかしな、川崎。もしお前が俺の立場で、仲が良かった友達が好きな人と付き合い始めたとしたらそいつと普通に接せられるか?心の広い人間でいられるか?
川崎 …。
田中 いられないだろう?
川崎 いられるさ。
田中 お前はいられても、俺は、いられないんだよ。
川崎 お前もいられるさ。
田中 もう一度だけ聞く。お前は、宮島直子とセックスするのか?
川崎 …。
田中 お前は、宮島直子とセックスする覚悟はあるのか?
川崎 俺は。
田中 …。
川崎 俺は宮島直子とセックスする。
田中 そうか。…行け。
川崎 …。
田中 行けよ。宮島直子が待ってるぞ。
川崎 あんまりだよ。
田中 泣き言か。
川崎 俺が宮島直子とセックスしても仲良くいてくれよ。
田中 無理だ。お前は今更何言ってるんだ。覚悟したんだろ。早くしないと宮島直子が待ちくたびれて喧嘩になるぞ。
川崎 そんなことはどうでもいい。
田中 どうでもよくないだろう。付き合いたてなのに、いきなり険悪になるぞ。
川崎 お前が変なこと言うから、俺はこれから宮島直子と会うときずっと罪悪感を持つことになりそうだ。
田中 …。
川崎 それを計算してたな。
田中 …そうかもしれない。ごめん。
川崎 謝るなよ。
田中 …。
川崎 宮島直子に会うのが怖いじゃないか。
田中 覚悟したんだろ。
川崎 田中…。
 
 宮島直子、入ってくる。
 
宮島直子 ちょっと。
二人 み、宮島直子。
宮島直子 あれ、田中君、帰ったんじゃなかったの?
田中 ああ、うん。
宮島直子 あれ?もう言っちゃった?私達が付き合うことになったの言っちゃった?
川崎 …。
田中 ああ、今聞いたよ。
宮島直子 そっか。まあそういうことだから、田中君、私達を温かく見守ってね。
田中 おめでとう。
川崎 …。
宮島直子 職員室の用事は済ませたの?
川崎 …。
宮島直子 どうしたの?
田中 川崎?
 
 川崎、宮島直子の手を握る。
 
宮島直子 ヒロシ?
 
 川崎、宮島直子にキスをする。
 
宮島直子 ちょ…。うっ。
 
 川崎、キスの仕方を知らないがとにかくめちゃくちゃでがむしゃらなキスをする。
 
宮島直子 ちょっと…。
 
 宮島直子、抵抗する。
 川崎、手を握ったまま、キスを止めようとしない。
 
田中 川崎。
 
 川崎、宮島直子のおっぱいに触る。
 
宮島直子 やめろよ。ちょっと、やめて、お願い。
田中 川崎ぃ。
 
 川崎、宮島直子の両腕をがっしり抑え宮島直子が動けなくする。
 
宮島直子 やめろ。離して。離せよっ…。
 
 川崎、宮島直子の口を抑える。
 宮島直子、ワーワー言ってる。
 
川崎 田中。
田中 川崎ぃ。
川崎 田中っ。
田中 川崎ぃ。
川崎 田中っ。
 
 田中、宮島直子のおっぱいに触る。
 
田中 川崎。
川崎 田中。
 
 宮島直子、ワーワー言ってる。
 
終わり
 
 
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My sweet 心中

『My sweet 心中』
 
 電気消える。
 真っ暗闇になる。

女 あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー
男 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん
 
女 子供の時の話して。
男 子供の時?なんで?
女 聞きたいから。
男 なんだろ。子供の時、夜が怖かったなあ。ほら、夜ってオバケ出るじゃん。だから、風呂入ってる時、髪洗ってる時、目つむるの怖かった。なんか映画で、髪洗ってたらなんかに触れた感触がして、オバケの手に触れてたってやつ、思い出したりしちゃって。
女 結構ビビりなんだね。
男 髪洗うのがとにかく怖かったなあ。だから、髪洗ったフリしたりして、風呂でたら、そんな時に限ってシャンプーのボトルにシャンプー全然入ってなくて、どうやって髪洗ったんだ?て親に詰め寄られたりしたなあ。
女 へえ。かわいいね。
男 かわいくないよ。夜は怖くなかった?
女 うん。確かに怖かった。
男 でもいつからか怖くなくなってたんだよね。不思議なもんだ。
女 うん。確かに。子供の時、そろばんスクールに行ってて。私は基本昼に行ってたんだけど、どうしても友達と遊びたいてときは、夜にも行けて、お姉ちゃんと夜の8時ぐらいに行ってたの。そん時通る道が怖くて、右側がドブで、左側がなんか庭で、めっちゃ植物が生い茂っているの。その植物群の隙間から誰かなんかこっち見てそうで。で、絶対に大人になってもこの怖さは変わらないだろうなとか、お姉ちゃんがいなくなったらどうしようとか思ってたけど、小学校高学年とか中学生になったらなんか普通になったね。不思議だ。
男 そうそう。俺も絶対一人で夜風呂入る怖さはこれからずっと続くんだろうとか思ってて、だから真剣に大人になったら、夕方とかに家帰ってこれる仕事にしようと思ってた。夕方に帰ってきて、即風呂入ったら、ギリギリ夜入る怖さじゃないからさ。
女 夕方は大丈夫だったんだ。
男 うん。夕方はなんか大丈夫だった。明るいからかな。
女 明るいからか。
男 でも今は夜が好きだなあ。
女 なんで。
男 夜は包んでくれるから。
女 朝は包んでくれないの。
男 朝は照らし出される感じ。
女 そっか。なるほどね。
男 夜は包んでくれる。
女 君は?

女 あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー男 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん

女 会った時。
男 うん。
女 会った時、私が飲みかけの水をあげた時、なんかあったの?
男 なんかって。
女 だって、しんどそうだったから。
男 何もないよ。
女 酔っ払ってたの?
男 全然。
女 じゃあなんであんなにしんどそうだったの?
男 考えて分かることと、分からないことがあるんだよ。
女 あの時、声をかけようか迷った。皆、見て見ぬふりしてるし、ここで自分が優しさをかけると皆に見られるよなあって。
男 見て見ぬふりした方が良かったかもね。
女 でも私は声をかけた。
男 飲みかけの水もくれた。
女 この人だと思ったの。
男 俺もこいつとセックスすると思った。
女 私、好きよ。
男 うん。
女 私、好きよ。あなた。
男 うん。
女 あなたの目が好き。あなたの目に見つめられると奥の奥まで見られている気がする。
男 目。
女 あなたの耳が好き。他の人と何一つ変わらない耳。
男 耳。
女 あなたの鼻が好き。大きすぎず、小さすぎず。
男 鼻。
女 あなたの口が好き。あなたの口から出てくる息はなんか甘い。たまに臭い。
男 口。
女 あなたの顔が好き。あなたの人差し指が好き。あなたの鎖骨の深いくぼみが好き。あなたの太ももの筋肉が好き。あなたの背中のほくろが好き。あなたの曲げた右肘が好き。あなたのざらついたおしりが好き。あなたの白いうぶ毛が好き。あなたの判子注射がある左腕が好き。あなたの鼓動を感じる首が好き。あなたの整えられてない爪先が好き。
男 顔。人差し指。鎖骨。太もも。ほくろ。右肘。おしり。うぶ毛。左腕。首。爪。
女 あなたは私のどこが好き?
男 …。全部。

女 あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー
男 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん
 
 男、煙草を吸っている。
 女、その煙草をとって吸う。
 
男 俺は、前より煙草を吸うのが下手になった。
女 私は、いつまで喋っているのだろう。
 
 男、怒る。それはもうめちゃくちゃに。
 その怒りは女に対してのものでもなく、世間に対してのものでもない。ただ怒る。
 女、泣く。それはもうめちゃくちゃに。
 その涙は男に対してのものでもなく、世間に対してのものでもない。ただ泣く。
 
女 ねえ。
男 うん?
女 一番最初の記憶覚えてる?
男 一番最初?
女 うん。
男 一番最初か、一番最初…。君は?
女 私ね、最初の記憶かどうか分かんないんだけど、親の話と自分の記憶が混じったりしちゃって、おつかい、初めてのおつかい行って。
男 うん。
女 で、近くのスーパーにお金渡されて、何買ったか分からないけど、買いに行きました。で、裏に、ガシャポン?知ってる?ガシャポン
男 うん。
女 ガシャポンがあって、お釣りで好きなのやってきていいよて言われてたのね。そしたら、お釣り結構あったらしいんだけど、全部つぎ込んで、全部使っちゃったらしくて。それを親が見て衝撃的だったって。
男 へえ。
女 ガシャポンをしたっていうのは私も覚えてるから、多分あれが最初の記憶なのかなあって。
男 なるほど。
女 あっ、でもあれかも。幼稚園の時、平均台があって、平均台
男 うん。
女 なんか平均台でこけて、おでこ打った。
男 うん。
女 そしたら、先生に、怒られた。
男 うん?
女 だからなんで怒られたか分からなくて悲しくなってひたすら泣くっていう。
男 うん。
女 あと、あれだミヨコチャンっていう親友がいて。
男 うん。
女 ミヨコチャンのやついっぱいあるな。まあミヨコチャンがいて、その子が休んだ日があったの、幼稚園を。休んだ日に、他に友達がいないから砂場で、独り寂しく遊んでた。
男 うん。
女 あと仮面ライダーかなんか見たな。
男 うん。
女 あとあれだな、お母さんが夜パートかなんかで遅くて、弟と二人で夕方日が暮れて寂しく待ってたとか。
男 うん。
女 あと、そのミヨコチャンにビーズで作った指輪もらった。
男 うん。
女 いっぱいあったな。
男 うん。
女 君は?
男 うん?。
女 ちょっと。
男 うん。君の全部が好きだ。君の全部が。

女 あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー
男 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん

女  …なんか話して。
男  えっ、うん。
女  なんか話してよ。
男  ああ、うん。何話せばいいんだろ。
女 …。面白い話して。
男  …面白い話か、面白い話、なんだろ。
女  なんでもいいよ。
男  あー、…、ないなあ、面白い話、でてこない。
女  …。
男  …。
女  なんでもいいから。
男  だって、出てこないもんはしょうがないよ。
女  面白くてなくていいから。
男  じゃあ何話せばいいの。
女  なんでもいいって。
男  君のことが好きだ。
女  …。何の話?
男  君の話。
女  うれしいけどうれしくない。
男 どうすればいいの?
女  あなたの話をしてよ。
男  僕の話?なんで?
女  なんで?なんで、しゃべってほしいんだろ。
男  触っていい?
女  なんで?なんで触るんだろ。
男  もっと。
女  もっと?なんでキスするんだろ。
男  もっと、もっと。こうしてこう。
女  そしたらこう。
男  こうきたらこう。
女  こうなったらこうで。
男  もっともっと、もっともっと。
 
 男、女に触れようとする
 女、触れられるぎりぎりで、あー。
 男、女の『あー』を包み込むように、ふん。
 時が止まる。
 
女 あっ、私たち、 こうするしかないんだね。

 男と女、光に照らし出される。
 男と女、何もしないで、いる。ただ、いる。
 
 そして、部屋の扉の奥に消えていく。
 
終わり
 
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