稲垣和俊戯曲集

戯曲集をここに。まさかのここに。

おつかれサワーサワー

「おつかれサワーサワー」

  

  女、いる。
  男、歩いてくる。

  男、手に刃物を持っている。
  男、女を刺す。

  刺された女、驚き、刺された箇所を押さえ、倒れ始める。
  刺した男、刃物を抜き、その刃の血を眺める。


男   刺した、俺が刺した、赤い、血が、赤い、いや、赤くない、これは赤じゃない、これは血、血の色、決して赤じゃない、血、刺したから、流れた、刃に、流れた、痛いと思った、肉、肉にズボッと入った、痛いと思った、倒れて、いない、まだ、倒れて、いない、見ている、こっちを見ている、誰、誰だ、こいつ、遅い、止まっている、いや、止まっていない、流れた、血は、流れた、指のささくれをいじりすぎた時も流れた、あの赤が、いや、血の色が、血の色をした血が流れた、同じ、同じ人間、同じような血が流れている、いや違う、こいつには俺のような血が流れてない、刺した、俺が、女が倒れている、いや、倒れていない、倒れ始めている、誰だ、誰だこいつ、この女、さあ、どうする、さあ、刺した、俺、俺が刺した、ごめん、本当にごめん、やばい、とんでもないことをした、さあ、どうする、逃げる、まだ誰にも見られていない、夜、暗闇、逃げる、いや、逃げられない、なんの計画もない、なんの準備もない、逃げられるわけがない、逃げるなんて、逃げたところでどうする、今は、俺が刺した、本当に、俺が刺したのか、嘘だろ、俺じゃないだろ、俺じゃない俺じゃない、俺は刺さない、だって、刺さない刺さない、俺は刺さない、刺したらどうなる、逮捕される、牢屋に入れられる、最悪、死刑、いや、死刑にはならない、もっと何人も殺さないと、いや、なるのか、一人殺しただけでも死刑になるのか、だけでも、だけでもとは何、人が一人死ぬ、死刑、俺が死ぬ、俺は知ってる、刺したら、面倒臭い、いや、本当、刺したら面倒臭い、細々と、俺は刺さない、じゃあなんだ、この手に持ってる刃物はなんだ、赤い血のついてる、いや、これは赤じゃない、俺にも流れている、息をしたかった、大きく息を吸い込んでみたかった、俺が刺した、いや、ありえない、この手に握っている物、これは何、これは刃物、これは、包丁、そう、包丁、この血はこの女の血ではない、これは、俺の血、だから、何の問題もない、このまま立ち去ればいい、立ち去って、見なかったふりをする、しかし、倒れない、時間が止まっている、いや、止まっていない、進んでる、時間は進んでいる、俺が見ている、世界が遅くなった、こんなにも、こんなにも、俺の見ている世界、俺は何、さあ、早く、さあ、立ち去る、誰も見てはいない、いや、俺がやったのではない、見なかったふりをすればいい、暗闇、俺の右足、歩け、一歩前へ、俺の左足、俺だ俺だ俺だ、俺が刺した、いや、家はすぐそこだ、さあ、家まで歩いて包丁についてる俺の血を洗う、ただそれだけ、いや、俺だ、でも、何故、そもそも何故俺だ、俺は刺さない、大丈夫だろうか、死ぬ、死ぬ、死ぬのだろうか、そもそも何故俺だ、包丁は料理に使うはずだった、人参を買ってきた、皮をむいた、皮むき器が欲しいと思った、俺は外に出ていた、何故、何故俺は、そもそも、まずいだろう、自首しよう、罪は軽くなるか、自首すれば、いや、もはや救急車を呼ぼう、体よ、動け、一刻も早く、命は一つ、命は大事、そうだ、救急車だ、一刻も早く、死んでしまうのか、俺か、俺が刺して俺が救急車を呼ぶ、そんなこと、罪、そうか、罪の軽さを、俺じゃない、俺じゃないにしても救急車を呼ぶ、俺か俺じゃない、道端に人が倒れている、それを見て見ぬふりをする人はいない、救急車は呼んであげよう、呼んであげる、何様だ俺、お前が刺しといて、人参を焼いた、人参ステーキと名付けた、何故、俺は包丁を持っていた、料理をするためだった、日が暮れていた、朝が待てなかった、外に出てみた、外は思いのほか涼しかった、見えないとつぶやいた、頭の中だった、何が見えないかは分からなかった、左手には包丁を持ったままだった、人参ステーキには味がなかった、素材の味がした、決して生きていけないわけではなかった、みんな、俺のことを忘れたのかもしれなかった、みんなっていうのは誰を指すのか、みんなっていうのはいつの間にかクラスメートのことを指していた、みんな静かにしてと言った、静かにしなければならなかった、静かにしなければ怒られた、もう四年生なのに、もう五年生なのに、もう六年生なのに、アリを殺しては何故いけないのですか、アリは殺しても捕まらなかった、犬を殺したら捕まるだろうか、飼い犬でなければ大丈夫だろうか、包丁が肉にズボッと入る、血が流れる、小鳥なら大丈夫だろうか、今度やるときはパチンコを作ろう、いい形の枝さえあれば、最高のパチンコが作れる、それで石を飛ばそう、そして小鳥を狙おう、うまく命中するだろうか、素人にはやはり難しいだろうか、何を考えている、殺すことを考えていた、今、俺か、本当に、俺か、俺が、そんなこと考えるか、俺が、人を刺すなんてことありうるのか、俺じゃない、それは俺じゃない、汗が流れている、背中に、お腹に、冷たい、いや、熱い、熱い、血が流れている、いや、流れていない、流れていないそのままの状態が俺だ、見えないとつぶやいた、それが俺だ、俺は人を殺した、女を殺した、いや、まだ死んでない、まだ助かるだろうか、救急車を呼ばなければ、いや、呼ばない、どうなろうと知ったこっちゃない、まだ助かるだろうか、自首すれば罪は軽くなるのだろうか、本心で、本心で謝ることなど可能だろうか、だって、俺じゃない、これは俺じゃない、息ができなくてたまらない、あいつの寝顔を見れなくしたのは俺だった、あいつには俺が見えていた、あいつの作るパスタの味が好きだった、張り詰めた糸が途切れた、あっさりしているものだと思った、目玉焼きを子供のように喜ぶあいつを思い出した、張り詰めた糸が切れた、クーラーとテレビの電源ボタンが光っていた、窓からもれてくる街灯の明かりがまぶしかった、でも笑っていた、俺じゃなく、あいつが笑っていた、俺に道端で倒れている人を助けることなどできるだろうか、本心から、そう、本心から助けることはできるだろうか、愛、果たしてそこに愛などあるのだろうか、愛、そんな言葉を思い浮かべている、俺が、俺がそんな言葉を思い浮かべている、刺した俺が、女を刺した俺が、いい匂いがした、女の匂いがした、思わず目をつむってしまう匂いだった、この匂いは何度も嗅いだことがあった、手に持っているのは包丁だった、握手、握手をしようとした、それだけ、それだけなんだ、握手をしようとした右手に、たまたま包丁があった、それだけ、だから俺じゃない、包丁を俺の右手に握らせた奴が悪い、俺が気づかず握らせた奴、そう、あいつ、あいつのせいだ、俺は刺したかったんじゃない、俺は愛を差し伸べただけ、俺の愛、俺の愛が女にズボッと入った、女の肉に、それは愛だった、いや、愛じゃなかった、血が流れた、俺の愛は切れ味が良すぎた、いつもはあんなに切れないのに、血が流れた、あいつの血が流れた、あいつの血が流れているのは俺だった、あいつの血が流れていないはずがなかった、うどん屋さんであいつがキレた、うどんが来ないだけであいつはキレた、あいつにはなりたくないと思った、そのうどん屋には二度と行くことはなかった、行くことができなかった、下を向いてうどんを食べた、あいつの知り合いとは思われたくなかった、時間が遅く感じた、本当に時間は進んでいるのか、止まっているのか、いや動いている、汗が流れていくのが分かる、ゆっくり、ゆっくり流れていっているのが分かる、悪かった、許してくれ、俺じゃないんだ、俺がこんなことするはずない、いや、俺なんだ、お前だろ、いや、俺だ、想像してみたことはあった、肉にずぼっと入る感覚を、握ってみたこともあった、台所で包丁を握ってじっと見つめたこともあった、でも、俺か、それが俺か、包丁を腹に当ててみた、ひんやりした、小学生だった、火事を眺めたことがあった、火が熱かった、必死になって消火する人たちがいた、俺は野次馬の一人だった、どこかで興奮していた、体の片隅に興奮が渦巻いていた、いや、興奮だけじゃなかった、嫌悪もあった、そんなことはしてはいけません、そんなことは考えてはいけません、何故、何故俺、何故そんなことをしてはいけないのか、個性を持ちましょう、誰かがやったから自分もやる、そんなではいけません、自分を持ちましょう、俺、俺を持つ、個性を持ちましょう、俺の個性、俺は何ができた、俺は人を刺せた、刺したぞ、俺は、誰かも知らない女を刺したぞ、できないできないできない、できたぞ、俺にも人が刺せたぞ、なんてことをした、俺が人を刺した、血が流れた、でも、違う、それは俺の中の別の俺、誰かが俺に乗り移った、そう、誰かが俺を使った、そうだ、そうとしか考えられない、死ぬ、無、自分がいなくなる、眠れない夜、死ぬ、天国地獄、そんなものはあるのだろうか、天国地獄大地獄、天国地獄大地獄、天国地獄、人を殺すと地獄に行きます、地獄、地獄は辛いのだろうか、糸、糸は下りてくるだろうか、俺は、蜘蛛を殺さなかっただろうか、覚えてない、蜘蛛を、昔は掴めた、素手で、掴めた、大人になって部屋に蜘蛛が出てきた、でも掴めなかった、蜘蛛を、ティッシュごしでないとダメだった、ダメ、何故ダメなのか、何故俺ではダメなのか、こんな仕事は誰でもできる、自分の意見を持てと言ったのは誰だ、あいつだ、俺じゃなくても誰でもできる、あいつらはなんて言うだろうか、今からでもあいつらを笑わせることはできるだろうか、倒れていく、まだ倒れていない、でも着実に、倒れていっている、死ぬのか、この人は、俺も人だった、俺は人じゃないのか、俺は人じゃない、別の種類なのか、新たな種族名を与えてくれ、俺に、いや、俺だけじゃないはず、こんなことは何度だってあったはずだ、次の日ニュースになる、大々的に俺の名前が告げられる、画像の荒い俺の顔が映る、それを見た俺の知り合いはどう思う、こんなことをする子ではなかった、クラスではいつもみんなを楽しませてくれる明るい存在だった、えっ、何故だ、何故こんなことをした、明るい存在の俺が何故、考えられない、いや、待て、捕まらなければ話は早い、何している、今すぐここから逃げるんだ、逃げる、俺は逃げなくていいんだ、だって俺じゃない、俺がやったわけじゃない、だって俺のわけがない、俺はこんなことしない、俺は普通に生きてきた、誰にも迷惑かけなかった、笑える、俺は、そう、笑える、猟奇的でなく、少年的な心で笑える、職場の卑猥な話にもついていける、俺は女とやったことがある、童貞ではない、俺は童貞じゃないんだ、決して性をこじらせているわけではない、このあとこの女をどうしようなんてこれっぽっちも思っていない、これっぽちも、本当か、本当にこれっぽちも思わなかったか、俺は童貞じゃない、女とやったことがある、わざわざ人を刺してまで女、女、あいつはなんて言うだろう、いや、俺じゃないんだ、悪かった、俺か、悪いのは俺か、許してくれてもいいだろう、一回だけだ、一回だけだった、誘われた、匂いがした、女の匂いがした、思わず目をつむってしまった、耐えられなかった、唇は柔らかかった、獣だと思った、自分は獣かもしれなかった、欲望かと思った、愛かどうかは分からなかった、あいつに対してもそれは同じだった、愛かもしれなかった、でも多分違った、俺に人を愛することなどできるのかと思った、去っていったのはあいつだった、あいつが去っていってもなんとも思わなかった、でもすぐになんとも思い始めた、俺はあいつだった、あいつが染み込んできていた、着るものもあいつだった、食べるものも見るものも聞くものも歩く道もあいつだった、許してくれよ、許してくれてもいいだろう、本心から謝ることなどできるだろうか、たったの何百年の話だろう、何が悪い、俺の何が悪い、許してくれてもいいだろう、俺は手紙を書かなければいけないのか、この人の遺族に向けて、いや、死んでない、まだ倒れていない、まだ助かる、俺が救急車を呼ぶ、助かる、助けられない、俺にはそんなことできない、この人にも人生があった、いや、あったのか、この人には人生なんてものはあったのか、もしかしたらなかったのかもしれない、俺はこの人を一度たりとも見たことがない、今まで生きてきて一度たりとも、これは本当に人間なのか、人間の形をした人形なのかもしれない、いや人間だ、血が流れている、赤い、血が、血の色が、どこからどう見ても人間だ、いや、人間でない可能性もある、わけがない、どこからどう見ても人間だ、なら俺はどうだ、俺も人間だ、俺は人間と同じ食事をする、人間と同じように音楽も聴く、ゲームもする、カラオケにも行く、俺は人間だ、別の種族名などいらない、俺は人間だ、今年のヒット映画にも感動するし、美味しい料理とまずい料理の違いぐらい分かる、夜が来たら眠くなるし、可愛い女がいたらやりたいと思う、電車が遅れるとイライラするし、蚊が腕にとまったら叩き潰す、俺は人間だ、じゃあ何故刺した、俺は何故刺した、いや俺じゃない、俺か、夢、夢か、夢じゃないか、寝てた、今起きたのか、俺は今起きた、そしたら血のついた包丁を持っていた、血、俺にも流れている、人間、人間の血、人間じゃない血、抑えられない衝動、あいつ、俺、落ち着く、本当に、あいつの血、俺の血、バスケがしたかった、あいつらに誘われた、なんの役に立つ、その経験がなんの役に立つ、バスケットでご飯を食べていくのか、そんなわけない、そんなわけないだろ、お前は何ができるんだ、俺にもできることはあった、ただそれを潰したのはあいつだ、役に立つ、役に立つ人間、役に立たない人間、害をなす人間、お前に何ができる、俺か、俺が刺したのか、いや、俺じゃない、俺だったらもっと刺す、もっと、もっと大量の人間を刺す、俺は人間じゃない、人の間じゃない、人の間にいる、あいつは人の間にいる、過去を見ない、先しか見ない、サバサバしていた、経験人数が多かった、俺は少ない、少ないどころじゃない、でも、童貞じゃない、俺は童貞じゃない、俺は過去ばかり見る、今も見ない、先も見ない、昔のことばかり見る、あいつは先を見る、俺とは違う、先を見るのが人間か、過去を見るのが人間か、今を見ることなんてできない、今は過ぎていく、今を感じることなんてできない、いや、感じる、今を感じる、今この時を感じる、こいつはなんてゆっくり倒れるんだ、俺にどうしろと言うんだ、そんな目で俺を見るなよ、いや見るか、俺が刺した、そんな目で俺を見てもおかしくない、あいつの置いていったものも俺を見つめていた、ぬいぐるみが、本が、俺にどうしろと言うんだ、ごめん、ごめんなさい、刺すつもりじゃなかったんです、死なないで、お願い、死なないでください、時は戻らない、本当に時は戻らないのか、タイムマシンなんてないのか、戻ったってどうしようもない、戻ったって俺は人を刺す、いずれ人を刺す、いや、刺さない、何分か前に、いや、何秒か前に戻れるのなら俺は人を刺さない、それが俺だ、俺はこんな残酷なことしない、肉にズボッと入る感覚、こんな感覚は味わったことがない、いや、ズボッとは入らない、ドバッと、いや、ブシュッ、分からない、こんな感覚味わったことがない、もう一度刺してみたい、あれはどんな感覚だ、ドゥバッ、ジュボッ、もう一度、何故そんなことを考えている、俺はそんなことは考えない、いや、これが俺か、これを個性と言ったら怒られるだろうか、誰に、怒られるのを気にしているのか俺は、そんなことはどうでもいい、今、今この時を感じる、血、血が流れていく、汗、それは俺か、俺はもっと冷静だ、もっともっと冷静だ、焦ることなんて一つもない、俺が刺した、それは事実だ、この手に握られているもの、握ってしまっているもの、いや、握っていない、掴んでいる、俺は、包丁を掴んでいる、握る、握るより強く、掴む、刺すために掴む、いや、刺すためには掴まない、刺すために掴むことはない、刺すためには持つことが必要だった、時には握る、だから刺さない、掴んでいる俺は刺さない、いや、刺した、握る、握らない、血が流れた、腕、腕がある、手、指がある、俺は人間か、人間じゃなくても腕はある、手がある、指がある、物を掴む、掴むことはできる、握ることはできるか、人間以外に握ることはできるか、いや、できる、人間以外も握ることはできる、焦る、焦っていない、焦ることはできるか、人間以外が焦ることはできるか、いや、焦っちゃいない、俺は焦っちゃいない、平静を保っている、あいつみたいな涼しい顔はできない、俺は過去を見ずにはいられない、あいつこそ世の中を上手く渡る人間だ、俺もそこそこ上手く渡れる人間だった、きっと、おそらく、渡る、渡ってどこに行く、世の中を渡るとどこに着く、俺はなんだ、俺は何を求めている、欲望か、これは欲望なんかじゃない、これが俺だ、俺、いや、俺じゃない、俺だ俺だ、俺とはなんだ、俺にできることはあったか、勉強ができた、逆上がりができた、笑わせることができた、それは些細な指の感覚だった、大事なのはどこに力を入れるかだけだった、些細な力加減だった、このことを知っているのは俺だけかもしれなかった、まわりの連中は馬鹿だった、俺だけが泥団子を作れた、サラサラの泥団子を作れた、サラサラしていた、硬かった、絶対に割れない球だった、俺だった、俺だけだった、綺麗だった、つやつやしていた、でもそれは何の役にも立たなかった、ただ綺麗だった、星を見つめていた、宇宙の広さを考えていた、俺の思考は宇宙よりも狭いと思った、一人になって初めて分かった、俺は一人だった、俺は一人ではない、そんなことは分かっている、いや、分かっていない、俺は一人だった、隅に敷いた布団で寝ていた、小バエが発生していた、目をつむるとぐるぐる回った、ぐるぐる回ったのは布団だった、心臓の音が聞こえた、心臓が動いていた、俺は生きていると思った、いや、俺は生きていない、生きていないから刺した、そんなわけがない、生きている、俺は生きている、心臓が動いている、血が流れている、赤い、いや赤くない、それは赤じゃない、赤じゃない血が流れている、お腹が空いていた、一日部屋から出ていないことに気付いた、ご飯を食べるためだけに駅前まで自転車を走らせた、三百円の牛丼を食べた、俺の携帯電話はならなかった、あいつだけだった、あいつからのメールだけだった、それもあっさりなくなった、高校時代の友人とは誰一人会わなかった、中学時代の友人も、小学校時代の友人も、じゃあ、俺は誰に話すことができた、職場の人には見下され始めた、いや見下されてはいなかった、俺が悪かったのか、俺の距離のとり方がいけなかったのか、じゃあ、俺は誰に話すことができた、何を、何を話したかったのか、沈黙が辛かった、電車で帰るほんの数十分の道だった、俺は平静だった、なんとも思っていないはずだった、気が付くと疲れていた、あの沈黙に耐えられない気がした、俺はもっと喋るのが上手かった、俺は何を話したかったのか、あいつとは途切れなかった、あいつらとは馬鹿な話をいつまでもしていることができた、漫画やアニメやゲームや下ネタ、人を笑わせるのが得意だった、でもそれは過去だった、笑ってくれたのはあいつだった、あいつも笑ってくれたことはあった、川に飛び込んだ、水しぶきがあがった、息ができなかった、寒かった、唇が紫色になっていた、唇に石を当ててくれた、熱を帯びた石だった、砂利でザラザラしていた石だった、この石も何年も経ってこの形になっていると言った、俺は何年も経ってこんな形になっていた、刃物で女を刺していた、殺そうとした、血を眺めていた、俺か、これが俺か、許してくれ、罪を償う、なんでもする、なんでもするから、まだ死んでない、救急車を呼ぶ、罪を償う、償う必要はない、いや、ある、俺じゃない、俺じゃないから償わない、そんなバカのことがあるか、これは俺だ、いや、お前だ、お前じゃない、俺だ、俺の、お前だ、お前のことだ、お前が俺だ、けっして、けっして俺じゃない、けっして、けっして生きていけないわけではなかった、俺より辛い人生なんていくらでもある、俺はこんなことしない、そもそも俺は絶望していない、俺の人生は辛くはない、俺は平静を保っている、これは俺じゃない、焦っている、そもそも俺は焦らない、何事も関心がない、関心がなく生きてきたはずだ、何が起こっても平常心をつらぬく、全部のことは大したことがない、ちっぽけのことだ、俺が刺した、女が倒れている、まだ、まだまだ倒れている、大したことはない、平常心を保っている、保っているわけがない、死ぬ、俺の手によって人が死ぬ、この人の家族はたいそう悲しむだろう、俺の家族はたいそう怒られるだろう、この人の家族は許してくれないだろう、この人が許してくれていたとしても、そんなことあるわけがない、俺の家族から自殺者が出てもおかしくない、ちっぽけなわけがない、ちっぽけなわけが、じゃあ何故刺した、お前、お前お前お前、俺だ、刺したのはお前だ、いや、俺だ、血が流れた、肉にズボッと入った、俺の先祖は武士だった、あいつが教えてくれた、だからなんだと思った、外国人は切腹を見てクレイジーだと言った、俺も充分クレイジーになった、クレイジーじゃない、俺はクレイジーじゃない、いや狂ってる、狂ってなければ何故、いや狂っていない、けっして狂っていない、刺したかったからだろ、殺してみたかったんだろ、そんなわけない、俺はそんなことを考えない、いや、考える、俺だからそういう事を考える、いや、考えない、皆が皆ありのままに生きていたら社会は崩壊する、いや、俺のありのままはこれじゃない、俺のありのままは、なんだ、これだ、刺した、俺が人を刺した、風だ、白い砂浜だった、汚い海だった、クラゲが死んでいた、叫んだ、山奥だった、帰れないのかと思った、帰りたいと叫んだ、どこに帰りたいのかは分からなかった、ありがとうと言った、本心からありがとうと言った、鳥肌が立った、寒気がした、耐えられなかった、ありがとうと言う笑顔の俺に耐えられなかった、パンはもう食べたくなかった、こんな仕事は誰でもできるものだった、俺のことを愛してくれた、それは確かなようだった、あいつだった、全部あいつだった、あいつは予想以上に真面目な顔をしていた、それで予想外のところで笑った、どうせなんにならないんだと言った、その言葉が今でも蘇るのは何故だ、なんにもならなかったよ、なんにもならないなんてことはないんだよ、汗が流れている、血が流れている、むしゃくしゃしてやった、むしゃくしゃとは何だ、紙をクシャクシャにした、それをまた広げた、それを提出した、怒られた、感情は殺したほうが生きやすいはずだった、あいつもそうしていたはずだった、あいつに奪われたものはなんだ、置いてけぼりにされたのは俺だった、机の上の物を全部外に放り投げられた、熱中することを見つけるのが早すぎた、大人になってからはもう見つからなかった、木を見つめていた、セミの死骸が転がっていた、虫取り網を使わなくなったのはいつからだろう、生き物は大切にしなければならないはずだった、俺だった、いや、俺は人間じゃなかった、俺じゃなかった、それはお前だった、お前から俺になった、あいつがいて俺になった、だからお前だった、血が流れている、熱い、いや、冷たい、汗が流れている、何がなんだか分からないわけがなかった、それは俺だった、いや、お前だった、俺が刺した、俺が、そんなことはするはずがなかった、俺は平凡に生きているはずだった、だけど刺した、お前が勝った、勝ち負けの話ではない、お前だ、俺を形作っているのはお前だ、そいつがまず動いた、動けるはずはなかった、動くことなどできなかった、そいつがまず蠢いた、蠢くことはできる、蠢くこともできないのならば俺は人を刺さない、俺は武士の血を継いでいる、あいつの血が流れている、いや、あいつの血は流れていない、それはお前の血だった、決して赤じゃないお前の血だった、何故こんなことに気付けなかったのか、どうしてこんなことに気付かなかったのか、包丁を持っていた、お腹が空いていた、人参しかなかった、人参の皮をむいた、皮むき器が欲しいと思った、人参ステーキを食べた、味がなかった、素材の味がした、日が暮れていた、朝が待てなかった、外に出てみた、外は思いのほか涼しかった、俺の手には包丁が握られていた、見えないとつぶやいた、頭の中だった、何が見えないかは分からなかった、俺の左手には包丁が握られていた、なんで包丁を持っているのかは分からなかった、いや、分からないはずはなかった、時間だった、そんなことは誰も決めていなかった、女が前から歩いてきた、俺はぼーっと突っ立っていた、包丁を咄嗟に隠していた、女が俺の前を通り過ぎた、いい匂いがした、女の匂いがした、思わず目をつむってしまった、目を開けると追いかけていた、俺だった、俺が刺した、俺の身体が刺した、俺の腕が、俺の手が、俺の指が刺した、肉にズボッと入った、痛いと思った、痛いはずがなかった、俺が痛いはずはなかった、肉にズボッと入った、ズボッとは入らなかった、ジュボッと入った、いや、ドゥバッ、スパッ、もしかしたら、ヌパッと入ったかもしれない、血が流れた、赤い、赤くはない、血が、決して赤くはない血が流れた、血の色をしていた、刺す、刺した、尖っていた、柔らかい肉だった、柔らかい肉に尖ったものが突き刺さった、のめり込んだ、尖っている、血が流れた、刃物、刃物だった、包丁だった、血が流れた、道具だった、俺の手だった、俺の手の延長だった、俺の手の延長ではなかった、お前の手の延長だった、お前だった、いや、お前ではない、お前たちだった、あいつがいなくなった、あいつが蘇った、あいつが置いていった、あいつが無視した、あいつが笑っていた、あいつが近寄ってきた、あいつだった、あいつがそうだった、あいつの目は先を見つめていた、断ち切ることができた、食べるものがあいつだった、聞くものがあいつだった、あいつ、あいつにとって俺はちんけな存在だった、クラスにとって俺は明るい存在だった、俺にとって全てはちんけな存在だった、だから俺は刺した、いや、あいつによって生まれた、それが俺だった、俺を生んだのはあいつだった、お前を生んだのは俺だった、それは俺ではなかった、お前だった、お前たちだった、お前たちがいて俺がいた、俺は人を殺した、いや、まだ死んでいない、いやもう助からない、助からないのはお前たちだった、助からないお前たちが人を殺した、ズボッ、ドゥチャッ、ザスッ、それはキラキラしていた、でも割れた、少しの衝撃だった、殴ったのはあいつだった、いや、俺だった、お前には俺が必要だった、蠢いているのはお前だった、外は思いのほか涼しかった、公園のベンチにピーチジュースの空き缶が突っ立っていた、帰り道の真ん中に黒い靴下が二足並んでへこたれていた、それはお前だった、蠢いていたのは俺だった、見えないとつぶやいた、つぶやいたのは俺じゃなかった、あいつが生んだのは俺だった、いや、俺じゃなかった、お前だった、お前にはなかった、俺にはあった、でも俺にはなかった、あいつにはあった、お前はいた、お前たちだった、それはお前だ、お前が刺した、俺は刺していなかった、刺すはずがなかった、あいつは殺さなかった、お前だった、俺は人間じゃなかった、人間じゃなかったのはお前だった、やってはいけないことではなかった、それがお前だった、お前から俺になった、あいつがいて俺になった、お前たちがいた、いないかもしれなかった、俺が刺した、俺は刺さなければいけなかった、分からないことはなかった、俺は刺さなければいけなかった、だから刺した、お前だった、それが俺だった、あいつから生まれた、俺が気付かなかった、そこには何もない、お前を殺した、どんな音がしただろうか、ズボッ、ドゥボボッ、俺を殺した、俺を殺したのはお前だった、いや、お前じゃなかった、あいつでもなかった、俺だった、それが俺だった、俺のはずだった、今、今だった、時間だった、刺す、俺は、俺じゃなかった、そういう俺が俺だった、刺した、お前を、あいつには分からなかった、お前だけはそこにいた、クラスで明るくない存在だった、血が流れていた、血が流れていなかった、生きていると思った、それは人参の味がした、思わず目をつむってしまう匂いだった、白い砂浜だった、どこに帰りたいのかはわからなかった、液状の怪物が俺の横にいた、俺は家とドブの間でうずくまった、大きく息を吸い込んでみたかった、セミの死骸が転がっていた、クーラーとテレビの電源ボタンが光っていた、みんな静かにしてと言った、空き缶が突っ立っていた、それは公園のベンチだった、布団がぐるぐる回っていた、自転車を駅まで走らせた、靴下が濡れていた、予想以上に真面目な顔をしていた、絶対に割れない球だった、きれいだった、バスケットゴールが揺れていた、スポーツドリンクが妙においしかった、思わず目をつむっていた、気が付くと外に出ていた、外は、思いのほか、、、

  

  刃物が男に突き刺さっている。

  女は倒れきっている。  

  男も倒れきっている。

  二人の腹から赤い血が流れている。

  沈黙が訪れる。
  二つの死体が地面に転がっている。

 

終わり。

パーティさながら愛と孤独

「パーティさながら愛と孤独」

 
  台所、
  奥に、流し、コンロ、食器棚。
  真ん中に大きなテーブル、椅子が四つ。
  下手に冷蔵庫。
  上手に廊下への引き戸。この劇の登退場は、全てこの引き戸で行われる。
  その引き戸からは廊下を通し、トイレ、風呂場、二階、玄関へと行くことができる。

  母、現れる。
  冷蔵庫を開け、じゃがいも、人参、玉ねぎを取り出す。
  それらの皮をむき、切っていく。
  鼻歌を歌いながら、
  その鼻歌は、いつの間にか。肉声となり、台所から家中に響き渡る。
 
  二階の方から、
 
男(声)  お母さん。
 
  母、歌っている。
 
男(声)  うるさいよ、お母さん。
 
  母、歌っている。
  男、現れる。
 
男  お母さん、うるさいって。
母  あっ、ああ。
 
  母、歌うのをやめる。
 
男  あのねえ、いつもとは違うんだから。
母  はあ。
男  えっ、忘れてないよね、昨日のこと。忘れてないよね。
母  うん。
男  今日はいつもとは違うんだから、お客さんがいるんだからね、そんな大きな声で歌われちゃたまらないよ。迷惑だよ。
母  ごめんね、気を付けるね。
男  分かればいいんだよ。カレー?
母  そう。
男  振舞うんだ。
母  そう。
男  振舞うねえ、俺も何か振舞うかな、せっかくの客人だからね、振舞わないと、何かを、あれ、俺、なんか振る舞えることあったっけ?
母  切る?
男  いやあ、それはお母さんの専売特許だからさ、カレーはさ、俺はもっと別の振る舞いをしないと。そうだな、あっ、あれしよう、なんかみんなでゲームしよう。ゲーム。ゲームって言ってもテレビゲームじゃないよ。みんなでできるやつ。トランプかね、まあ、トランプだよね、トランプトランプ。トランプってどこ?
母  さあ。
男  あれ、ここになかった?掃除したときどっかやったんじゃない?
母  知らないわよ。
男  あれえ。
 
  男、はける。
  
  母、歌い始める。
  男、戻ってくる。
 
男  しー。しー。
母  あっ、ごめん。
男  もう。
 
  男、はける。
  母、歌い始める、が、気付いて、すぐにやめる。
  男、戻ってきて、顔だけ出して、すぐに戻る。
 
母 あっ、トランプ。
 
  母、歌い始める。さっきとは違う、替え歌、トランプは掃除の時捨てたー。とい
う。
  男、現れる。
 
男  えっ。・・・捨てたの?
母  うん。
男  なんで。
母  あなた、いらないって言った。
男  言ってないよ。
母  言った、掃除してた時。
男  言ってないよ。トランプを捨てるわけないじゃん、トランプを捨てるタイミングっていつだよ、人間そう簡単にトランプなんか捨てないよ。
母  言った、掃除してた時。
男  はあ、そうかそうか、とにかくないってことね、じゃあ、買ってきてよ。
母  カレー作らないと。
男  カレーなんか後でいいよ、トランプの方が大事だよ。
母  作れば。
男  えっ、カレー?買いに行ってくるからカレー作れってこと?
母  トランプ。
男  あっ、えっ、トランプ作れってこと。
母  そう。
男  えっ、トランプ、何枚だっけ?1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13×4の52にババを二枚入れるとして54枚。いや、めんどくさいめんどくさい。買ってくるわ、自分で。
母  行ってらっしゃい。
 
  男、はける。
  男、戻ってくる。
 
男  洗濯してないの?
母  うん。
男  もう。
 
  男、はける。
  
  母、冷蔵庫から肉を取り出し、切る。
  切った食材を炒め始める。
  ジャー。
  再び、鼻歌。
 
  女、現れる。
 
女  あのう。
母  あっ、おはよう。
女  おはようございます。
母  よく寝てたね。
女  あっ、はい。
 
  ジャー。
 
女  あのう。ここはどこでしょうか。
母  ここは、私の家です。
女  はあ、あなたはどちら様でしょうか?
母  私どもは荻原と申します。
女  はあ、荻原さん。そして何故ここに、この家に私はいるんでしょうか?
 
  ジャー。
  母、水を入れる。
  ジャー、が鳴り止む。
 
母  今、カレー作ってるからね。
女  あっ、カレー、朝からですか。
母  もう夕方よ。
女  はあ、何故私はこの家にいるんでしょうか?
母  あなた、お名前は?
女  すみません、申し遅れました、佐渡ユキコと申します。
母  ユキコちゃん、いい名前。
ユキコ  ありがとうございます。なんで、私はここに?
 
  ピーピーピー。
 
母  あっ、炊けた。うふふふふ。
ユキコ  どうしたんですか。
母  いっつもね、計算できなくてね。ご飯が炊き上がる時に、まだカレー作ってる最中。カレーもっと早く作ればいいんだろうけど、ほら、まだ、ルーも入れてない。お腹空いたでしょ。
ユキコ  ああ、はい。
母  もうちょっと待ってね。
ユキコ  あの、私何故。
母  息子が帰ってきたら。
ユキコ  あっ、息子さん。荻原さんの。
母  ええ、ええ。その時に詳しくね。
ユキコ  あっ、そうなんですね。
母  ゆっくりしていってね
ユキコ  はあ、ゆっくり。
母  とりあえず座ったら。
ユキコ  はあ。
 
  ユキコ、座る。
 
母  もし煮立ったら、止めといてね。
ユキコ  えっ。
 
  母、はける。
 
ユキコ  煮立ったら。
 
  ユキコ、立ち上がりコンロの鍋を見つめる。
 
ユキコ  カレー。
 
  ユキコ、母の歌っていた鼻歌を口ずさむ。
  辺りを一点一点確認するように見回し、椅子に座る。
  虚空を見つめる。
  男、現れる。
 
男  うるさいっての。あれ。
ユキコ  あっ、すみません。
男  いやいやいやいやこちらこそすみません。
ユキコ  おはようございます。あっ、いや、こんにちは。
男  こんにちは、ユキコさん?
ユキコ  あっ、ユキコです。なんで?
男  えっ、覚えてない、昨日。
ユキコ  あっ、昨日名乗りました?私?
男  ええ、名乗りましたよ、ユキコさん。
ユキコ  覚えてないですね、いやはや。
男  ああ、覚えてない、まあ、そりゃあそうか、覚えてないか、いや、もうびっくりしましたよ。昨日。あっ、ユキコさんでいいですか?
ユキコ  えっ、だからユキコで大丈夫ですよ。
男  あっ、違うくてですね、あのう、いきなりユキコさんって呼んで大丈夫なんですかね、っという、そういう意味で。
ユキコ  ああ、ええ、大丈夫ですよ、ちなみに佐渡です。
男  えっ。
ユキコ  佐渡です。私。
男  えっ、さわたり。
ユキコ  そう、佐渡ユキコ。
男  あっ、佐渡ユキコさん。苗字?
ユキコ  はいそうです。
男  あっ、すみません、苗字か、佐渡。すみません、てっきり。
ユキコ  えっ、てっきりなんですか。
男  いや、てっきりそういう、あのう、ちょっと、アレなやつかと。
ユキコ  なんですか、アレって。
男  いやまあまあまあ、アレなやつとかどうでもいいんで、あのう萩原です、萩原孝仁です。
ユキコ  あれ、萩原、荻原じゃなくて。
孝仁  あっ、荻原じゃないです、萩原です。
ユキコ  あれ、でも確かあの、もう一人の、あの、お母さん、かな、荻原って。
孝仁  あっ、会いました?お母さん。
ユキコ  あっ、会いましたよ。
孝仁  あっ、そうか、カレー作ってたもんね。そりゃ会うか。あれ、お母さんは?
ユキコ  あっ、なんか、カレー煮立ったら止めといてってどっかに。
孝仁  あっ、そうですか。
 
  孝仁、はける。  
  声、聞こえれば聞こえるし、聞こえなければ聞こえない声。
 
孝仁(声)  えっ、何してるの、カレー客人に任せるって。
母(声)  洗濯。
孝仁(声)  見りゃわかるよ。なんで客人にカレー任せるの?
母(声)  えっ、だって、洗濯しないと。
孝仁(声)  いったん火止めればいいじゃん。
母(声)  早く食べたいって言うから。
孝仁(声)  えっ、言ってないよ。
 
  ユキコ、カレーが沸騰してきているのに気付く。
 
ユキコ  あっ。
母(声)  言ってたよ。
孝仁(声)  言ってないよ、俺。
母(声)  あの娘が。
孝仁(声)  あっ、あの娘か。
母(声)  沸騰してた。
孝仁(声)  見てないけど。
 
  母、孝仁、現れる。
  ユキコ、沸騰している鍋を見ている。
 
母  あっ。
孝仁  うわお。
 
  孝仁、火を止める。
 
孝仁  セーフ。
ユキコ  あっ。
母  あっ?
ユキコ  すみません、沸騰してたのに止めるの忘れていました。
母  ああ。
ユキコ  すみません。
孝仁  いやいやそんなのはカレーを客人に任せた母が悪いので気にしないで下さい。
ユキコ  あれ、なんだろ、気付いてたのに、見入っちゃったな、なんだろ。
孝仁  あるある、見入っちゃうことってありますよね。
 
  母、カレーのアクを取り、ルーを入れる。
 
ユキコ  あっ、
孝仁  ところで、
ユキコ  あっ、
孝仁  あっ、どうぞどうぞ。
ユキコ  あっ、お先にどうぞ。
孝仁  あっ、すみません。ユキコさん、今日のご予定は?
ユキコ  今日の予定?
孝仁  いやあ、仕事とかは?
ユキコ  あっ、やばっ、仕事?あれ、今日は何曜日ですか?
孝仁  今日は日曜日です。
ユキコ  日曜日か。良かった。
孝仁  休みですか?
ユキコ  休みですね。
孝仁  じゃあ、パーティしましょう。
 
  母、はける。
 
ユキコ  パーティ?
孝仁  せっかく来てくださったんです。是非パーティを。母もカレーを作っていますので。
ユキコ  はあ、パーティ。
孝仁  あっ、そうだ。
 
  孝仁、母を追いかける。
 
ユキコ  パーティ。
孝仁(声)  コンビニにトランプなかったよ。
母(声)  そう。
 
  孝仁、戻ってくる。
 
孝仁  いやあ、パーティにトランプをと思ったんですが、あいにくなくてですね、コンビニ行ってきたんですが、やっぱり売ってなくてですね、やっぱり百均ですよね、トランプは。ちょっと待ってて下さい。
 
  孝仁、はける。
 
ユキコ  はあ。
 
  孝仁、すぐに戻ってくる。
 
孝仁  あっ、なんか飲みます?ほんとお母さん気が利かないんだから。
ユキコ  いえいえ、お気になさらずに。
孝仁  あっ、そうですか、冷蔵庫にお茶か、牛乳かあるんで、好きに飲んで下さい。コーヒーとかが良ければそこに粉ありますんで、適当に、飲みたくなったら。
ユキコ  すみません。
孝仁  ちょっとすみません。
 
  孝仁、はける。
  ユキコ、椅子に座る。
  
  しばらくの間。
  ユキコ、立ち上がり、冷蔵庫のドアを開ける。
  物色。
 
ユキコ  うわっ。
 
  ユキコ、冷蔵庫の中にマトリョーシカを見つける。
 
ユキコ  何で?
 
  ユキコ、冷たいマトリョーシカをばらしていく。
 
ユキコ  何で?
 
  孝仁、紙と油性ペンとハサミを持って戻ってくる。
  
ユキコ  あっ。
孝仁  あっ、見ちゃいましたね。
ユキコ  えっ、見ちゃダメでした?
孝仁  あっ、ばらしちゃいました?
ユキコ  あっ、ばらしちゃだめでした?
孝仁  ちょっとすぐに、すぐに戻して。
ユキコ  えっ。
孝仁  お母さんに見られる前に。
 
  ユキコ、慌てて、マトリョーシカを戻す。
 
孝仁  早く早く。
 
  母が近づいて来る音。
 
ユキコ  えっ、えっ、あっ。
 
  ユキコ、慌てて、マトリョーシカを一つ落とす。
 
ユキコ  ああっ、
孝仁  もうなにやって、
 
  母、現れる。
 
ユキコ  あっ。
 
  一同、固まる。
  母、何事もなかったかのようにカレーを煮込み始める。
  ユキコ、マトリョーシカを拾い上げ、元に戻し、冷蔵庫に戻す。
  孝仁、椅子に座り、紙を長方形に切っていく。
 
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  はいっ。
孝仁  パーティと言えばなんですかね?
ユキコ  えっ、パーティ?
孝仁  パーティって言えば何します?普通?
ユキコ  なんでしょうねえ。  
孝仁  行ったことありますか?パーティ。
ユキコ  ええ、そうですね、パーティと言ってもいろいろありますよね、こう、きらびやかなところで、シャンパンとか飲みながら立食パーティとか、もっと普通に家に友達呼んでたこ焼きパーティとか鍋パーティとか。
孝仁  そうですねえ、じゃあ、後者の家系のパーティだと。
ユキコ  なんですかね、そりゃあ、たこやき食べたり、鍋食べたりするんじゃないんですかね。
孝仁  ああ。
母  ちょっとカレー見といてね。
孝仁  えっ。ああ。
 
  母、はける。
  玄関から出ていく音がする。
 
ユキコ  大丈夫ですかね。
孝仁  えっ、何が?
ユキコ  あのマトリョーシカ
孝仁  ああ、大丈夫大丈夫。
ユキコ  えっ、だって母さんに見られる前にって。
孝仁  ああ、冗談冗談。
ユキコ  えっ、冗談ですか。
孝仁  いやあ、びっくりしたでしょう。マトリョーシカ。冷蔵庫に。
ユキコ  はい、なんで。
孝仁  庭みたいなもんだからさ。
ユキコ  えっ、庭?
孝仁  母親にとって冷蔵庫って庭みたいなもんでしょう。
ユキコ  えっ、そうなんですか。
孝仁  そうそう。
 
  間。
 
ユキコ  何作ってるんですか?
孝仁  トランプ。
 
  間。
 
ユキコ  なんで?
孝仁  なんでって、そりゃあ、母さんがカレーを振舞おうとしてるでしょう。だから、僕も何か振舞わないといけないなあと思いましてね手作りの。売ってなかったから、コンビニにトランプ。手作りの方が振る舞い感あるでしょう。ただのトランプより。
ユキコ  はあ。
 
  間。
 
ユキコ  手伝いましょうか。
孝仁  いやいやいやいや、気になさらないでください。
ユキコ  いや、でも。
孝仁  大丈夫ですから大丈夫ですから。
 
  間。
  ユキコ、カレーを見に行き、混ぜる。
 
孝仁  いやいやいやいや、気になさらないでください、大丈夫ですから。
 
  孝仁、カレーを混ぜるのをユキコと変わる。
  以降、孝仁はカレーとトランプと二つの作業を同時にしながら。
 
ユキコ  いや、でも。
孝仁  いや、そんな客人にそんなこと、させられませんから。
ユキコ  はあ。
 
  ユキコ、座る。
 
ユキコ  っそうだ。
孝仁  っびっくりしたあー。
ユキコ  えっ、なんですか。
孝仁  いやいきなり「そうだ」て言うからびっくりしましたよ。
ユキコ  えっ、いきなり「そうだ」って言ったらびっくりするんですか。
孝仁  いやびっくりするでしょ。いきなり「そうだ」って言ったら。
ユキコ  「そうだ」なんて、いきなりしか言わない言葉ですよ。
孝仁  びっくりしちゃったもんはびっくりしちゃったんですからしょうがないじゃないですか。えっ、で、なんですか。
ユキコ  あっ、ずっと聞こうと思ってたんですが、なんで私はこの家にいるんでしょう。
 
  間。
 
孝仁  あっ、そうかそうか、覚えてないって言ってましたね、そういえば。
ユキコ  すみません。
孝仁  昨夜ですね、あなたはこの家に訪ねてきたのです。
ユキコ  訪ねてきた。
孝仁  ピンポンを押して、この家に、インターホン越しに、ユキコでーすと言って。お邪魔しまーすと言って、どかどかと。
ユキコ  えっ。
孝仁  玄関を上がり、居間に入ったあなたははじめに僕を指差して、おい、酒を、酒を持って来いと言いました、この家に酒はありませんでした、すぐさま母に買いに行かせ、酒を飲み交わすことにしたんです。
ユキコ  ・・・。
孝仁  あなたはいろいろなことをお話なされた、政治のことから、宗教のこと、宇宙の誕生のことや、みかんのむき方、乾布摩擦の効能、チューイングガムの真の発音。
ユキコ  真の発音。
孝仁  あなたはとても知識がある、すごいと思ったのです。
ユキコ  すみません、ご迷惑をおかけしまして、酔っ払っていたのだと思います。
孝仁  いえいえ、私達は驚きました、しかし同時に嬉しかったのです、なんせ、この家に客人が訪れるなんてことがとても久しぶりだったからです。  
ユキコ  はあ。
孝仁  そこで大変言いづらいことなのですが、私はあなたに好意を持ったのです。
ユキコ  は?
孝仁  あなたがとめどなく多種多様の、世の中の古今東西の話をしている姿を見ていて私はあなたに好意を持ってしまった、現にあなたは熱いと言って服がだらしなくみだれており、とてもエロチックだったのです、私はものすごく、ああ、キスしたい、めちゃくそキスしたい、ああ、もう、キスしたくてたまらない、マジで恋する五秒前とはこのことかと、はい、ここから先、聞きますか、どうしますか?
ユキコ  へ、あ、ええ、ここから先はいいんじゃないですかね。
孝仁  そうですか。
 
  間。
 
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  はいっ。
孝仁  やっぱり手伝ってもらってもいいですか。
ユキコ  えっ、あっ、何を?
孝仁  トランプ作るの。
ユキコ  あっ、そりゃあ、なにしましょう。
孝仁  あっ、ありがとうございます、じゃあ、これ、トランプの絵柄を描こうと思っているんですが。ユキコさん、表と裏とどっちがいいですか?
ユキコ  ・・・。
孝仁  ユキコさんっ。
ユキコ  あっ、はい。
孝仁  トランプの絵柄、裏と表とどっちがいいですか?
ユキコ  あっ、ええっと、どっちでも。
孝仁  どっちでもか、じゃあ、僕が表を描いていくので、ユキコさん、裏の絵柄をお願いしますね。
ユキコ  はい、分かりました。
 
  孝仁、切った紙と油性ペンを渡す。
 
孝仁  はい、これで。
ユキコ  はあ。
 
  間。
 
ユキコ  トランプの裏ってどんなんでしたっけ?
孝仁  そうですね、なんか複雑な図形みたいなイメージですけど、どんなでしたっけね。うわ、トランプの裏意識したことなかったなー。
ユキコ  そうですね。トランプの裏って気にしないですからねえ。
孝仁  そうですね。自作トランプなんで、もうホント好きにやっちゃってください、ユキコさんの好きに、想像力、イマジネーションで、お願いしますよ。
ユキコ  えー、イマジネーションかあ。
 
  間。
 
孝仁  うふ、うふふふ。
 
  間。
 
孝仁  うふ、ふふふふ。
 
  間。
 
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  はいっ。
孝仁  これ見てくださいよ。キングってこんなんですっけ、うふふ。
ユキコ  これまた個性的なキングですね。
孝仁  っね、キング分かんねえー、うふふ。
 
  ユキコ、ペンが進まない。
 
ユキコ  あの、やっぱり何描いたらいいか分かりません。
孝仁  あっ、ほんと好きにやっちゃっていいですよ。
ユキコ  その、好きにってゆうのができないんです、自由っていうのが不自由と言いますか。
孝仁  あーなるほど。
ユキコ  小学校の時からそうで、図工とか美術の時間、何描いたらいいか分かんないんですよね、全然描きたいものとか浮かばないし、っていうその感覚思い出してます、今。はい。
孝仁  うふ、うふふふふふ。
ユキコ  えっ。
孝仁  これ、これどうですかユキコさん、これ、良くないですか?
 
  孝仁、冷蔵庫からマトリョーシカを取り出す。
 
ユキコ  えっ、それは、だって。
孝仁  うふ、うふふふ、これ、良くない、最高じゃん、これ。
ユキコ  えっ、お母さん的に、あれ、いいんですっけ。
孝仁  いや、だから冗談ですって、さっきの、これいいじゃん、これにしなよ。
ユキコ  えっ、これでいいんですか。
孝仁  いいからいいから、ちょっと描いてみて。
ユキコ  はあ。
 
  ユキコ、マトリョーシカを描く。
 
ユキコ  どうですか。
孝仁  うん、最高。最高だよ、ユキコさん、最高。
ユキコ  そうですか。
孝仁  じゃあこの調子でお願いします。うふふふ。量産。
ユキコ  はあ。
 
  それぞれの作業時間。
 
ユキコ  やっぱり聞いてもいいですか?
孝仁  えっ。
ユキコ  昨夜の話の続きを。
孝仁  あっ、昨夜の話。
ユキコ  気になってしまいます。
孝仁  あっ、そうですか、昨夜の話、では話しましょう。ええと、どこまで話しましたっけ、あああれだあれだ、キスしたいってとこだ、では。私はものすごく、ああ、キスしたい、めちゃくそキスしたい、ああ、もう、キスしたくてたまらない、マジで恋する五秒前とはこのことかと、はい、そうなった訳です。そこで、率直にあなたに尋ねました、ユキコさん、キスしてもいいですか、と。母親はいません、何故なら、10時には眠るからです。ユキコさん、キスしてもいいですか。するとあなたは、ええ~、キス、したいの、ええ~どうしよっかなあ、と私をはぐらかすのです。えっほんとに、ほんとに私とキスしたいの?ええ、キスしたいです、えっ、それは私が魅力的だってこと、はい、とっても魅力的です、うははははー私魅力的なんだー、はい、魅力的です、えっじゃあじあじゃあーどこが魅力的か言ってみ、言ってみ、ほら、それや、もうその身体から醸し出る雰囲気が、もうすでに魅力的です、えっ、それって、キスしたいっていうか、えっ、ていうか、あはははは、はい、そうですね、いやあ、キミ偉いよ、正直、すっごい正直、はい、すみません、いや謝らなくてもいいんだよ、すっごくいいことだと思うよ、いや、ほんと、そんなに正直になれる人いないよ、この世の中、ありがとうございます、で、キスの方は、ええ~どうしよっかなあ~、と、これまた私をはぐらかすのです。しかし断じて。断じて私に好意を全く持たないというそういうわけでもなさそうな雰囲気、私の心の奥に住む怪物がニヤリと微笑みました、イケル、この調子で行けばイケル。ユキコさん、私にあなたのその潤んだ唇を塞がせてはくれまいか、ええ~、じゃあじあじゃあ~、キスしたくなるような事してよ、えっ、それはどういう、キスしたくなるように舞ってみてよ、えっ、
舞ってみる、だから、キスの舞、キスの舞を踊れっつってんの、えっ、キスの舞を踊る、それでその舞が良かったらキスしていいよ、えっ、キスしてくれるんですか、その先も~、考えてみてもいいよ、えっ、キスの舞なのに、うん、キスの舞からの、分かりました、それでは、踊ってしんぜよう、今宵あなたのためだけに、男孝仁、花を咲かせに参りましょう、あっそれ、キッスの舞っ、キッスの舞っ、キッスの舞ったらキッスの舞っ。
ユキコ  マーっっ。
孝仁  まっ、マー。
ユキコ  なんなんですか、キスの舞って。
孝仁  あなたが言ったんですよ。
ユキコ  で、結局どうなったんですか。
孝仁  だから今話してるんじゃないですか。
ユキコ  長いです、長いですよ。最終的に、最終的にどうなったんですか?
孝仁  えっ、最終的に?
ユキコ  キスしたんですか?っていうか、っていうか、したんですか?
孝仁  ・・・うふふ。
ユキコ  まっ。
 
  しばらく無言の作業時間。
 
孝仁  ユキコさんっていい匂いですね。
 
  ユキコ、作業の手がピタリと止まる。
 
ユキコ  ・・・。
孝仁  ユキコさんって、
ユキコ  私、やっぱり帰ろうかな。
孝仁  えっ、なんで。
ユキコ  いやーやっぱり日曜日といっても、やっぱり、しなければならないことがたくさんありまして。
孝仁  仕事は休みって。
ユキコ  仕事は休みです、仕事は休みですけどね、勿論。うん、勿論。でも別の用事があるんです、きっと。
孝仁  何の用事ですか?
ユキコ  そんなことはあなたに、今さっき会ったばっかのあなたに話すことではありませんので、プライベートなことなので。
孝仁  今さっきではありません。
ユキコ  昨夜もさっきも同じようなもんです。
孝仁  昨夜キスの舞を踊りあった仲じゃないですか。
ユキコ  ・・えっ、私も踊ったんですか?
孝仁  そうです、あなたも踊ったんです。
ユキコ  ・・あー。・・帰りますっ。
孝仁  ちょっと待ってくださいよ。
ユキコ  えっ、なんで、なんでここにいるの?
孝仁  それはあなたが訪ねてきたんですって。
ユキコ  それはすみません、迷惑かけました、申し訳ありません、すみません、帰らして下さい。
孝仁  ちょおっと待ってっ。
ユキコ  なんですか。
孝仁  助けて下さい。
ユキコ  えっ。
孝仁  助けて下さい。
ユキコ  誰を?
孝仁  僕をです。
ユキコ  何から?
孝仁  母さんからです。
ユキコ  どういうこと?
孝仁  実は僕、この家の息子でもなんでもないんです。
ユキコ  はあ?
孝仁  あの女に連れてこられたのです。
ユキコ  何故?
孝仁  話せば長くなるのですが、
ユキコ  帰ります。
孝仁  短く話すんで、短く話すんで聞いて下さい。
ユキコ  なんですか。
孝仁  それは、僕が東京でアルバイトをしていた頃でした。
ユキコ  手短にですよ。手短に。
孝仁  分かりましたよ。カレー屋でバイトしていたら、あの、お母さんがやってきて、家に一緒に住まないかと言われたんです。普通ならそんな話断ります、普通なら、しかし僕はその時、なにか普通に魔が差していたというかなんというか、普通に飽き飽きしていたのです。バイト生活が嫌になっていたというのもありました。なんとなく軽はずみにオーケーしてしまったのです。そしてこの家に住み始めたというわけです。はじめのうちは襲われるのではないかとドキドキしていました、しかし、そんなことはありませんでした。炊事洗濯なんでもやってくれるしとても優しい、なんでも言うこと聞いてくれるようなそんな存在、ぎこちなかった会話からもある日、孝仁と名前で呼ばれました、僕は、小っ恥ずかしい思いをしながら、お母さん、そう返しました。お母さんはとても喜びました。そう、親子ごっこなのです。僕たちは親子ごっこをしているのです。
ユキコ  でも、本当のお母さんはいるんでしょ。
孝仁  そりゃあ、います。しかし、縁を切りました。両親ともども。
ユキコ  縁を切った?
孝仁  芸能人になりたかったのです。
ユキコ  芸能人に?
孝仁  はい、タレントを目指して上京しましたが、いつの間にやらバイト生活に明け暮れる日々。硬い公務員の両親の反対の結果、家出したきり、もう十年も帰ってはいません。
ユキコ  だからって、全くの他人と一緒に住むなんて、おかしいですよ、二人とも。
孝仁  そう、おかしいんです、僕達は。しかし、そのおかしさこそが僕が追い求めてるものだったと気付いたのです。芸能人になりたかったのもそれです。絶対サラリーマンや公務員にはなりたくなかった。それだけだったと気付いたのです。むふふ、つまり、普通が嫌だと。こんな生活普通じゃない、おかしいじゃない、それこそが求めてたものだと。しかも、生活の面倒をなんでもしてくれる、月に一万円のお小遣い。その一万円でテレビゲームを買う。お菓子を買う、たまにお母さんの肩を揉む、むふふ、それだけ。それだけの生活、最高の生活、何もしなくとも生活ができるんです。
ユキコ  なんて自堕落な生活なの。
孝仁  しかし、そんな生活が一年ほど続いたある日、母さんは急に僕にこう切り出したのです、この裏に山がある、ここはこのうちの土地だと、どうかな、穴を掘ってみないかと。
ユキコ  穴?
孝仁  この裏山に徳川埋蔵金が眠っていると言われているのです。
ユキコ  徳川埋蔵金て、あの徳川埋蔵金
孝仁  あの徳川埋蔵金です。
ユキコ  本当なのですか?
孝仁  掘り当ててみないと分かりませんが。
ユキコ  で、穴は掘ってるんですか?
孝仁  掘るわけないじゃないですか、そんなあるかないかも分からないもの。第一穴の掘り方も分からないし、一応ググったら暗号解いて掘る位置を定めてくとか訳の分からない、素人には到底出来そうもないこと書いてるじゃないですか、しかし、母は穴を掘れ穴を掘れ、とうるさくしてくる。
ユキコ  かなりあなたの望んだおかしい状況じゃないですか。
孝仁  えっ、いやいやいやいや、一周まわって普通ですよ、いいですか、穴を掘れって働けって言ってるようなもんですよ、穴を掘れ穴を掘れ、ああー穴なんか掘りたくない。
ユキコ  働きたくないってことね。
孝仁  ユキコさん、この家は呪われています。荻原家は代々埋蔵金を発掘しようと人生を捧げ死んでいくようなのです、お母さんの夫、つまり、僕の擬似父親も発掘に生涯を捧げ、穴から落ちて死んだとのことです、家の呪いです、埋蔵金はあるかどうかはどうでもいいのです、穴を掘らなければいけないのです、そして今、後継者がいないのです、だから僕が連れてこられたというわけです。家を継ぐ?赤の他人の僕が?穴を掘る?小中高と卓球部だった僕が?冗談じゃない。ユキコさん、僕と一緒にこの家から逃げてくれませんか。
ユキコ  えっ、一緒に?
孝仁  そうです。一緒にです。
ユキコ  なんで、一人で逃げればいいじゃない。
孝仁  お金が、ない。
ユキコ  えっ。
孝仁  毎月の小遣いがなんとなく食べたりゲーム買ったりですぐなくなっていく。
ユキコ  えっ、クズなの。
孝仁  引っ越したいけど働きたくない。
ユキコ  クズなの。
孝仁  できることならユキコさんが働いて得たお金で生活したい。
ユキコ  なんてクズなの。
孝仁  ヒモとして生きていく自信はあります。
ユキコ  なんで私があなたを養わなきゃいけないの、赤の他人のあなたを。
孝仁  赤の他人じゃありません、昨日、っていうかした仲じゃないですか。
ユキコ  それは、それは、それは関係ないでしょ、ちゃんと働いて、ちゃんと自分でお金作ってこの家を出ていきなさいよ。
孝仁  ユキコさん、結婚して下さい。
 
  間。
 
ユキコ  嫌です。なんで私があなたを養わなければいけないの?
孝仁  そ、そんなあ、昨日あんなことしといて、、、ばか。
 
  孝仁、はける。
 
ユキコ  ばか。
 
  ユキコ、マトリョーシカを一つ描いてみる。
  ばっと立ち上がり、はける。
 
  誰もいなくなった台所。
  カレーの匂い。
 
  ユキコ、荷物を持って戻ってくる。
  なにかを探している。
 
  母、現れる。
  鍋とたこ焼きの材料の入ったスーパーのレジ袋。
 
ユキコ  あっ。
母  あっ?
ユキコ  お買い物でしたか。
母  鍋とたこ焼きの具材。
ユキコ  えっ、カレーがあるのに。
母  あなた、鍋とたこ焼き食べるって言った。
ユキコ  言ってませんよ。
母  ・・・。
ユキコ  いや、言いましたけど、あれは家パーティで何やるかって聞かれたから、鍋とかたこ焼きとか食べるんじゃないですかって言っただけで、今日はカレーがあるのに、鍋とかたこ焼きとかいらないんじゃないかな。
母  じゃあ、いらないかな、今日は。
ユキコ  そうですね。カレーを食べましょう、カレーを。
 
  母、材料を冷蔵庫にしまっていく。
 
母  息子は?
ユキコ  ああ、なんか出かけてしまいました。
母  カレーできてるね。
ユキコ  ああ、はい。
母  食べる?
ユキコ  いえ。
 
  間。
 
母  息子はどこに行ったか言ってた?
ユキコ  いえ。
母  パーティパーティ言ってたのにねえ。
ユキコ  そうですね。
母  作ってるの?
ユキコ  えっ。
母  トランプ。
ユキコ  あっ、はい。
母  ・・・かわいい。
ユキコ  あっ、ありがとうございます。
母  帰るの?
ユキコ  あっ、えっ、これは。
母  カレー食べてから帰りなさいよ。それぐらいの時間はあるでしょ。
ユキコ  あっ、はい。
母  食べる?
ユキコ  あっ、えっ、いや。
母  息子が帰ってきてからでもいいかな、楽しみにしてたし。
ユキコ  あっ、はい。
母  せっかくだし、やっぱ鍋も作っちゃお。ぱぱっと、待ってる間に。
ユキコ  あっ、そうですね。
母  あなたはトランプ作っちゃいなさいよ。
ユキコ  あっ、そっか。
 
  母、冷蔵庫から鍋の具材を取り出し切る。
  ユキコ、マトリョーシカを描く。
 
母  息子がね、あんなに楽しそうにしゃべっているの、久しぶりに見たの。
ユキコ  えっ、あっ、そうなんですか。
母  嬉しかったわ。
ユキコ  はあ。
 
  間。
 
母  どうしてマトリョーシカなの?
ユキコ  えっ、あっ、いや。
母  冷蔵庫にあったから?
ユキコ  あっ、いや、これは孝仁さんが。
母  息子が、息子が描けって。
ユキコ  はい。
 
  間。
 
ユキコ  描いちゃダメでした?マトリョーシカ
母  そんなことないわよ。どうぞ描いて。
ユキコ  はあ。
 
  ユキコ、マトリョーシカを描く。
 
ユキコ  おかしくないですか。
母  えっ。
ユキコ  だって本当の息子じゃないんでしょ。
母  ・・は?
ユキコ  あなたが連れてきた赤の他人なんでしょ。
母  ・・え?
ユキコ  それなのに、息子が息子がって本当の息子のように・・。
母  本当の息子よ。
ユキコ  えっ。
母  あの子は本当に私の息子よ。
ユキコ  えっ、いや、そういうことじゃなくて、思い込んでるってことでしょ。
母  息子がなんか言ったのね。
ユキコ  ええ、全部聞きましたよ。こんな関係すぐさま終わらせたほうがいいですよ。
母  息子はね、虚言癖があるの。
ユキコ  ええっ。
母  きっと息子から聞いた話は全部嘘よ。
ユキコ  えええ。
母  だっておかしいじゃない、なんで赤の他人と一緒に住まなければいけないのよ。
ユキコ  それは一族の存続のために。
母  一族の存続?
ユキコ  お父さんが亡くなって、後継者がいないからって。
母  いますよ。
ユキコ  えっ。
母  お父さん亡くなってませんけど。
ユキコ  んん。
  
  玄関が開く音がする。
 
父  ただいまあ。
ユキコ  えっ。
 
  父、現れる。
  服が土にまみれている。
 
ユキコ  あっ。
父  あっ、起きた。
ユキコ  あっ、はい。
父  いやあ、びっくりしましたよ、昨夜は。
ユキコ  すみません、ご迷惑おかけしたみたいで。
母  夫です。
父  あっ、そうか。どうも初めまして。
ユキコ  初めまして。佐渡ユキコです。
父  その後、気分はどうです。
ユキコ  えっ、いや、元気ですが。
父  それは良かった。おっ、今日はカレーか。
母  パーティですって。
父  パーティ、なんじゃそりゃ。
母  孝仁がパーティって。
父  あいつが。ちょっと失礼。
 
  父、はける。
  すぐに戻ってくる。
 
父  風呂沸かしてないの?
母  うん。
父  沸かしてよ。
母  ああ。
父  えっ、何作ってるの?
母  鍋。
父  鍋?カレーあるのに。
母  ああ、ユキコさんが。
ユキコ  いや、私はその。
 
  母、はける。
  父、座る。
 
父  ふうー、よっこいショットガン。お腹空いたなあ。何してるの?
ユキコ  あっ、トランプを作ってまして。
父  えっ、なんで?
ユキコ  えっ、なんででしょう。
父  トランプないの?
ユキコ  はい、ないって。
父  買ってくりゃいいのに。
ユキコ  いや、なんか息子さんが振る舞いたいからって。
父  あいつが?振舞う?
ユキコ  はい。
父  振舞わせてるじゃないの。
ユキコ  あっ、いえ、いろいろありまして。
父  なんでマトリョーシカなの。
ユキコ  息子さんが。
父  あいつが。描けって。
ユキコ  まあ、手伝って下さいと。
父  ふうん。
 
  間。
 
ユキコ  埋蔵金を掘ってるんですか・
父  ん、あ、興味あるの?
ユキコ  いえ、興味があるというかなんというか。
父  そんな物ないだろって。
ユキコ  いえ、別に、そんな。
父  あるよ。あるから掘ってるんじゃない、あるって確証があるから掘っているんだよ。
ユキコ  いや、ないとは。
父  徳川時代末期、崩壊に瀕していた幕府を再興する資金として莫大な黄金の埋蔵が企てられた、その額、およそ四百万両。時価にして百兆円に達すると言われている物が、この、山に、山のどこかに埋蔵されているんだよ。実際この家の祖父は埋蔵に関わった人物からの証言とそれに関する資料を得ているし、この村にいきなり武士の一団が百姓を連れて奥地を開墾しに来ている。村の者でも訪れないような場所にだ、そして百姓たちが六人がかりで持っている弾薬箱のような物を何個も運んでいるのも目撃されている。つまり、あるとしか言えないわけだ、ここにあるのは分かっているんです。
 
  間。
 
父  お腹空いたなあ。
 
  間。
 
父  あっ、昨夜のことは誰にも言わないから。
ユキコ  えっ。昨夜。
父  人間誰しもね、人に見られたくないもんってのがあるよね。
ユキコ  昨夜、もしかして、キスの舞のことですか?
父  ん?キスの舞?なにそれ。
ユキコ  あー、あれも嘘か。
父  ああ、息子のにやられましたか。
ユキコ  そうみたいですね。
父  困ったもんですよ、一向に家を継ぐ気配がない。
ユキコ  えっ、じゃあ私は昨夜何をしてたんですか?
父  えっ、覚えてない?
ユキコ  覚えてません。
 
  間。
 
父  そうか、覚えてない。
ユキコ  はい。
父  覚えてるでしょ。
ユキコ  えっ。
父  覚えてないの?
ユキコ  はい。
 
  母、現れる。
 
父  お腹空いた。先に食べていい。
母  でも、孝仁が。
父  孝仁が何?
母  パーティだって。
父  なんなの、パーティって。
母  ほら、ユキコさんが来たから。
父  ユキコさんが来たから、何?
母  張り切ってて。
父  ああ、すみませんね、何か?
ユキコ  いえ。
父  どこ行ったの?
母  さあ。
父  すぐ帰ってくるの?
母  さあ。
 
  間。
 
ユキコ  あの、すみません。
父  はい。
ユキコ  すみません、息子さんが出て行ったのは私のせいで。
父  はあ。
ユキコ  結婚を申し込まれました。
父  えっ。
 
  間。
 
父  で?
ユキコ  はあ。
父  どうしたの?
ユキコ  えっ。
父  だから、どうしたの?
ユキコ  断りましたよ。
父  そうかあ。そうだよなあ。
ユキコ  ええ、そんな。急に。
父  えっ、急じゃなければいいの?
ユキコ  えっ、いや。
父  急じゃなければいいの?
ユキコ  いやあ、それは、どうでしょう、そんなさっき初めて会ったばっかで考えられませんよ。
父  初めて?
ユキコ  ええ。
父  えっ、初めてなの?
ユキコ  初めてですよ。
 
  間。
 
父  えっ、同級生じゃないの?
ユキコ  えっ?
父  小学校の時の。
ユキコ  はあ?
父  なあ、そう言ってなかった?
母  ああ、そういえば。
ユキコ  えっ、同級生?あの人と。
父  えっ、違うの?
ユキコ  えっ、分かんない。そうなんですか?
父  いや、私は知らないけど。
 
  間。
 
父  とにかく、探してきなよ。
母  えっ、でも鍋が。
父  鍋なんか後でいいよ。っていうか鍋いいよ。
母  えっ。
父  だってカレーあるんだから。ねえ。
ユキコ  ああ。でも、鍋も鍋でね、あったまりますし。
父  あっ、そうか、すみません、ユキコさんが食べたいのか、鍋。
ユキコ  あっ、いえ、違います、食べたいとは言ってません。
母  食べたく、ないんだ。
ユキコ  いや、食べたくないこともないですよ、断じて。
父  えっ、どっちなの?
ユキコ  ええ。
父  食べたいの、食べたくないの?
ユキコ  いや、だからそれはいろいろありまして。
母  はっきりしなさい。
ユキコ  どっちでもいいですよ、そんなことは。
 
  間。
 
父  どっちでもいいんだ。
母  じゃあ、作ります。
父  いや、ちょっと待ってよ。
母  なんですか。
父  探しに行きなさいよ、お腹空いてんだから。
母  じゃあ、分かりました、ある程度作ったら探しに行きますよ。
父  ある程度って。
母  私が作って探しに行って、見つける間に、あなた、お風呂に入ってって、で、ちょうどいいでしょう。
父  まあ、そうかもしれないけど。えっ、どっちでもいいんだ。
ユキコ  あっ、はい。
父  結婚は?
 
  間。
 
ユキコ  えっ?
父  結婚はどっちでもよくないの?
ユキコ  結婚はどっちでもよくないですよ。
父  なんで。
ユキコ  なんでって。
父  なんで鍋が食べたいか食べたくないかはどっちでもいいのに、結婚はどっちでもよくないんだ。
ユキコ  ええっ。
母  あなた、何を言ってるの。
父  ああ、そうか、何を言ってるのか分からないね、そりゃあ。
ユキコ  はい、それとこれとは。
父  じゃあ、こういうのはどうでしょう、あなたは今コンビニにいる。
ユキコ  いませんよ。
父  いや、いるんだ、いることにしてください、そしたら、何か甘いものが食べたいと思い立つ、ふと目の前を見ると、甘いものの気配、どら焼きです、しかし、このどら焼、二種類が並んでいる、一つはこんなに大きなどら焼、もう一つは、一つ一つ袋に入った小さなどら焼がたくさん。さあ、あなたはどっちを選ぶ。
ユキコ  え~、どっちでもいいです。
父  はい、でました、もらいました、どっちでもいい。
ユキコ  なんなんですか、これは。
父  じゃあ、こういうのはどうでしょう、あなたは自分の家でのほほんと午後のティータイムを過ごす、やわらかな日差し、ほろ苦いハーブティ、そんな至福の時間に殺し屋がどかどかと家に入ってくる。
ユキコ  殺し屋っ。
父  殺し屋が言うには、ここにカブトムシとクワガタがいる、どっちかを大切に育てないと、おまえを殺す、さあっ。どっちを育てますか。
ユキコ  どっちでもいいです。
父  ほらほらほらほら、どっちでもいいいんだ、どっちでもいいんだ、じゃあ結婚は。
ユキコ  あのねえ、どっちでもよくないですよ、結婚は。
父  じゃあ、こういうのはどうです、これです、あなたはトランプを一緒に作らないかと男に言われ作ることになる、そしたら、男はこう言う、裏と表とありますが、どっちを描きたいですか。
ユキコ  えっ。
父  どっちがいいですか。
ユキコ  どっちでもいいです。
父  じゃあ、結婚は。
ユキコ  しません。
父  同級生なのに。
ユキコ  同級生だから結婚するってどういうことですか。
父  じゃあ、今晩息子と一夜を明かすっていうのは。
ユキコ  はあ。  
父  これは、どっちでもよくない?
ユキコ  あのですね、昨夜、私は息子さんと、あれ、これは嘘か。
父  昨夜、息子とどうしたんです。
ユキコ  なんでもないです。
父  聞かせてくれませんか。
ユキコ  あれ、私はどうしてこの家へ来たんですか、昨夜。
父  あっ、昨夜の話?そうか、覚えてないんでしたね。
ユキコ  はい、聞かせて下さい。
父  昨夜、あなたは山にいました。
ユキコ  山に。
父  私があなたを見つけました。
ユキコ  山で何を。
父  あなたは震えていました。
ユキコ  えっ。
父  そして泣いていました。
 
  ピピピピっ、ピピピピッ、ピピピピっ。
 
母  お風呂いいですよ。
父  あっ、そうか、風呂に入ろうと思ってたんだった、ほら、土まみれでしょう。
 
  父、はける。
  音が止む。
 
ユキコ  私は、何を。
母  ごめんなさいね、私にはちょっと。
 
  間。
 
母  続けなさいね、マトリョーシカ
ユキコ  ああ。
母  描ききりなさいね。
ユキコ  はい。
 
  描く。
 
母  夫はね、生涯を穴掘りに捧げているのです、夫はね、それを天命だというのです。埋蔵金を掘り当てるのが我々の使命だと言うのです。夫は、ね、言うんですよ、荻原にしか出せない、我々一族にしか出ないよと、あの、ね、90パーセントの謎は解けているの、当時の巻物やら文献の解読を行い、90%の謎は解けていると、残りは掘り当てた時にわかるでしょうと、穴を掘りに行くんですよ、毎日毎日、そしたらね、言うんですよ、もう少しこの穴を掘ったら出るかもしれない、カチンと硬い何かにぶつかるかもしれない、いや、右を掘ってみようか、もしくは左に、言うんですよ、猜疑心ですってね、夫はね、これがずっと続いてるわけだと、百三十年、続いてるんだと、もしかしたら、こっちかもしれない、そんな夫をね、支えてるんですよ、ちょうどあなたぐらいの歳です、嫁いだのは、夫にとっての穴掘りが天命であるように、私にとっての天命はこの家を守ることかもしれないと思ったわけです、私はね。どう思います、ユキコさん。
ユキコ  えっ。
母  私たちのこの暮らし、どう思います?
ユキコ  素敵だと思います。
母  嘘?
ユキコ  いえ、嘘ではなく、あの、一つのことを追い求めるって羨ましいなあと。
母  あなたにとっての天命は何?
ユキコ  私にとっての?
母  そう、あなたにとっての。
ユキコ  なんだろ、私にとっての天命、えっ、なんだろ。
 
  チャンチャララランラン、チャラララララランラン。
 
母  あっ、洗濯機まわしてたんだった。
 
  母、はけようとして、
 
母  まず、そのマトリョーシカが天命ね。
ユキコ  はあ。
母  沸騰したら止めといてね。
ユキコ  はい。
 
  母、はける。
  ユキコ、自分の荷物を持ち、投げる。
 
ユキコ  天命。
 
  ユキコ、マトリョーシカを描く。
  そして、歌う。
 
  トランプ全てにマトショーシカを描き終え、
  組んでみる。
 
ユキコ  組みづらい。組みづら、あ。ああっ。ああっ。
 
  ユキコ、泣く。
  母、現れる。
 
母  どうしたの、ユキコさん。
ユキコ  トランプが、あっ、トランプが完成しました。
母  すごいじゃない。すごいじゃないユキコさん。
ユキコ  あっああっ、すみません、一つのことを成し遂げたっていうのが、なんか感動して。
母  すごいわ、すごいわユキコさん。
ユキコ  私の天命って、私の天命って。
母  ユキコさん。
ユキコ  ああっ、ああっ、今まで生きてきて、あっ、今まで生きてきて、ああこんなもんかって感じで高校卒業して、友達はいて、全然友達もいて、周りに合わせてああ、こんなもんかって卒業して、やりたいこととかなくて、ああ、こんなもんかって、先生とかから大学行ったら専門的なこと勉強するからなんかやりたい仕事見つかるだろって言われてまあそんなもんかって大学行って、結局見つからず、ああ、こんなもんかって卒業するってなって、就職先とか大学に公募してるから、その中から比べてなんか良さそうなとこ就職して、ああこんなもんかって、ああ、こんなもんかって、仕事してもああ、こんなもんかってずっとなってて、今なんかトランプ描ききって、やったって、ああ、やったねってなって、中高とバスケ部だったんですけど、友達に誘われて、中学の時入って、高校の時は部活どこかに入らなければならないっていう理由で入って、いつも一回戦で負けるんですよね、いつも、あっ、っていう、なんだ、この話、あっ、そうそう、だから、オリンピック出れる人とかすごいねって、どんだけ努力してんだよって、才能とかの問題かもだけど、努力とかもあんまできないわけですよ、ああ、そっかそういうことね、努力の話です、だからオリンピックとか出る人羨ましいっていう、っていうのは、オリンピック出れるのが羨ましいっていうのじゃなくて、オリンピック出れるぐらい努力できるっていうか、一生懸命になれることがあるっていうのが、徳川埋蔵金を掘り当てるとかそういうことだと思うんですけど、ああっ、私は何に打ち込めばいいのかっていう話で、そんなこと言ったらですよ、なんか始めてみればってなるわけじゃないですか、でも釣りとかボルダリングとか、興味なくてもやってみれば変わるかもよって、でもそういうのってちょっと違うじゃないですか、なんか衝動というか運命というか、ああ、私はこれをするんだって、そういうのがないじゃないですか、あっ。
 
  鍋が沸騰している。
 
母  私は幸せよ。
 
  鍋が沸騰している。
 
母  どんな生活も受け入れちゃえばいいのよ。
 
  鍋が溢れる。
 
ユキコ  ああっ。
 
  ユキコ、コンロを止めに行く。
 
母  沸騰したら止めといてって言ったよね。
ユキコ  ああ、はい。
母  あなたは孝仁の嫁になるんでしょ。
ユキコ  えっ、あっ、いや。
母  受け入れてしまえば幸せよ。
ユキコ  ちょっと待って。
母  あなたは勘違いしてる、天命ていうのは天からの命令、つまり、自分から見つけるものではないのよ、私の夫も、家を継がされているだけ、一族に、命令されているの。洗濯物がまだだったわ。
 
  母、はける。
  ピー、ピー、ピー、炊飯器の音が鳴る。
 
ユキコ  えっ、えっ。
 
  孝仁、そっと現れる。
 
ユキコ   あっ。
孝仁  シっ。
ユキコ  あのですねえ。
孝仁  待って、怒ろうとしてますね、怒ろうとしてるんでしょ。
ユキコ  そりゃそうですよ、昨夜の話もお母さんの話も全部嘘なんでしょ。
孝仁  嘘じゃない。
ユキコ  ああん。
孝仁  嘘じゃない、断じて。
 
  間。
 
孝仁  聞かせてもらいました、大体は。
ユキコ  えっ、ここにいたの?
孝仁  はい、裏に。
ユキコ  なんで。
孝仁  考えていました、あなたと結婚するにはどうすればいいのか。
ユキコ  しないって言ってるでしょ。
孝仁  まず一つ、あの人は父でも夫でも何でもありません、ただのトレジャーハンターです。僕に埋蔵金を掘ることを継がせようと月に何度か、裏の山を掘るついでににここに来るんです。
ユキコ  嘘。
孝仁  嘘ではない、僕は虚言癖ではない。
ユキコ  嘘。
孝仁  二つ目、嘘をついたことを謝ります。
ユキコ  嘘ついてるんじゃない。
孝仁  一部だけ、一部だけです、つまり昨夜の話なんですが、あれは、こう言えばユキコさんとこの家を出れるかなあと。
ユキコ  出られるわけないじゃない。
孝仁  それだけの理由です、それだけでした、つまり、本当の昨夜というのはこうなんです、母があなたを連れてきたのです、この家に。
ユキコ  何故。
孝仁  僕と結婚させるためです。そして、子供を産ませようとしているのです、この一族のために。いや、一族のためではないのかもしれない、母と父の間には子供がいませんでした、できなかったのか、つくらなかったのか、そのへんは分かりません、母は何十年もこの家に仕え、毎日毎日、父のために食事を作り、父のために洗濯をし、父のために掃除をした、父は看板製作の仕事で家を支えてくれるも、たまの休日は埋蔵金、一日の空いた時間は埋蔵金、資金援助がどこから出るだ、金属レーダーは当てにならないだ、そんな話しか聞かされない日々、つまり、現代の一般的な幸せからかけ離れてきた、子供がいればまた違ったのでしょうが、いや、それが幸せだったのかもしれない、百三十年この家が埋葬金を探し続けるように、三十年、四十年とこの家に仕えてきたのが、逆に幸せだったのかもしれない、しかし、父は死んだ。母は一人になった、母の生きていく為の糧がなくなった、子供がいれば違ったんでしょうが、だから、あの父を崇拝するトレジャーハンターのおっさんを父代わりにし、まったくの赤の他人の僕を息子代わりにし、今度はあなたを息子の嫁代わりにし子供をつくらせようとしているわけです。家族ごっこから、一族形成ごっこへと変貌を遂げようとしているのです。
ユキコ  おかしいでしょ、なんで赤の他人に子供を。
孝仁  おかしいんですよ、母さんは、一族のこととなるとおかしいんですよ。
ユキコ  おかしいのはあなたでしょ、全部嘘なんでしょ、
孝仁  嘘じゃないっ、嘘じゃないですって、僕がさっき何故昨夜の話に嘘をついたか、あなたを守るためです。
ユキコ  ああん。
孝仁  守りたい、君を取り巻くすべてのことから。
ユキコ  もう、うっせえ。
孝仁  僕が何故結婚を迫ったか、母が僕達に子供をつくらせようとしていることが分かったからです、だから結婚をせがんだというわけです、結婚をしてさえいれば子供が出来ようと、その子がこの家を継ごうと正当化できる、そういうわけです。
ユキコ  もう、うっせえ。どうなってるの、何が本当なの、この家狂ってるよ、ねえ、なんなの、子供産ませるって、私に、はあ、ふざけんなよ、意味分かんねえよ、関係ねえじゃん、私、糞豚、糞豚野郎。
 
  ユキコ、出ていく。
 
孝仁  ユキコさん。
 
  ユキコ、戻ってくる。
 
孝仁  あっ、ユキコさん。
ユキコ  私の携帯知りませんか?
孝仁  えっ、携帯?
ユキコ  知りませんか?
孝仁  知りません。
ユキコ  糞豚。
 
  ユキコ、はけようとする。
  父が立っている。
 
父  帰るの?
ユキコ  あっ。
父  なんだ、いるじゃん。
孝仁  あっ、はい。
父  帰れないよ、ユキコさん。
ユキコ  えっ。
父  カレーだけでも食べていきなよ。あっ、鍋もか。
ユキコ  あっ、いや、私は。
父  帰れないでしょ。
ユキコ  はあ。
父  思い出した?昨夜のこと。
ユキコ  いや。
父  思い出したくないんでしょ。
ユキコ  ええ。
父  携帯ってこれ?
 
  間。
 
ユキコ  それです。なんで?
父  山に落ちてたよ。あっ、できたんだ。
ユキコ  あっ、はい。
父  結局人にやらせて。
孝仁  ああ、はい。
父  せっかくだからなんかしようか、母さんが来るまで。
ユキコ  あっ、はい。
父  何がいい?
孝仁  えっ、なんでしょう。
父  ババ抜きでいいか。
ユキコ あっ、はい。
 
  父、トランプを三つの山に振り分ける。
 
父  久しぶりだなあ、トランプ。そうだ、せっかくだしなあ、そうだなあ。
 
  三人、揃ったカードを出していく。
 
父  こういうのはどうかな、ユキコさん、孝仁が勝ったら、ユキコさんと結婚する。
ユキコ  えっ。
孝仁  ちょっと。
父  待って待って、その代わり、ユキコさんが勝ったら、結婚はきっぱり諦める。
ユキコ  えっ、それは、えっ。
孝仁  何言ってるんですか。
ユキコ  えっ、あっ、えっ、私にメリットないですよね。
父  待って待って待って待って、っで、もし俺が勝ったら、俺と結婚する?
 
  間。
 
父  なーんちゃって。
ユキコ  あっ、えっ、あっ、もう、やめて下さいよ。
孝仁  そうだよ、さっき結婚申し込んだばっかなんだから、トランプなんかで決められないよ。
父  じゃ、誰からだ、ジャンケン、ポン。
 
  父、勝つ。
 
父  俺からだ。
 
  父、カードが揃うと、「よしっ」「やった」など。
  揃わない、もしくはジョーカーを引くと、「あー」「なんでだ」など発する。
  ユキコ、孝仁は黙々と父に合わせた笑顔。
  孝仁、あがりかける。
 
父  おっ、なんだ、結婚か。
ユキコ  えっ。
父  結婚しちゃうのか、孝仁。
ユキコ  えっ、冗談ですよね、さっきの。
父  それとも俺と結婚か。
ユキコ  ええっ。
 
  ユキコ、これが揃えば勝つという一瞬。
 
父  おおっ、結婚か、結婚じゃないか。
 
  ユキコ、引く。
 
ユキコ  やっ、あがり。
父  なんだよー、面白くない。
孝仁  まだ終わってませんよ。
父  いいよ、もう。
ユキコ  あのですねえ。  
 
  ブオオーーん。
 
ユキコ  えっ。
 
  換気扇が勝手にまわり始める、ブオオーーん。
 
ユキコ  えっ、えっ、勝手に。
父  そうだね、勝手にだね。
 
  父、止めようとする。
  止まらない。
 
父  えっ、怖い怖い、なんでなんで。
 
  母、現れる。
 
母  大丈夫ですよー、怖くないですよー。
ユキコ  えっ。
孝仁  お母さん。
父  どうしたの。
母  大丈夫ですからねえー。
 
  母、冷蔵庫からマトリョーシカを取り出す。
 
母  安心してくださいねー。
 
  母、マトリョーシカをばらしていく。
 
母  ほうら、ほらほら、かわいいですねー。
 
  換気扇が止まる。
 
ユキコ  えっ。
母  食べましょうか。
ユキコ  えっ、あっ、あっ、えっ。
 
  母、食事の準備をする。
 
父  えっ、なんなの。
母  は?
父  いや、今のはなんなのよ。
孝仁  やめて下さい。
父  えっ、なんでよ。
孝仁  こんな客人のいる席でやめて下さいと言ってるんです。
 
  間。
 
父  えっ、なんで。
孝仁  分からないんですか。
父  えっ、分からない。分かる?
ユキコ  いやあ。
孝仁  いいですよ、分からなくて、あなたには関係のないことなんですから。
父  えっ、なんでなんで、気になる気になる、なんなの、今のどういうこと。
孝仁  やめて下さいって、ユキコさんの前で。
父  えっ、ユキコさんの前でしたらダメなの、換気扇なんで動いたの?
孝仁  あのねえ、そんな話今することじゃあないでしょう、もうカレーを食べるんだから。あなたねえ、カレーを食べる前に、いやあ、最近ウンコが柔くてですねえ、体調でも崩したかかなあ、なんてそんな話しますか?
父  いや、しない。
孝仁  じゃあやめて下さい。
父  えっ、なんでなんで、うんこみたいな話なの、あの換気扇、うんこ類の話ってこと。
孝仁  うんこうんこ言うなっ、カレーの前で。
父  お前が言い出したんだろうが。
孝仁  それはあなたが執拗にあのことについて聞くからでしょう。
父  えっ、だからそれとうんこが何の関係があるのよ。
孝仁  あっ、また言ったな、うんこ。
ユキコ  まあまあまあまあ。食べましょうよ、とりあえず。
母  いただきます。
 
  一同、カレーを食べる。
 
ユキコ  おいしい。
母  あっ、そう。
ユキコ  とっても。
父  まあまあだな。
孝仁  いや、おいしいよ、母さん史上最高の出来だよ。
母  あ、あ、ありがとう。
ユキコ  あっ、鍋は?
母  鍋はいいんでしょ。
父  鍋はいいよ、カレーに鍋なんか合わないよ。
ユキコ  でもせっかく作ったんだから。
母  どっちでもいいわ。
父  いいよ、カレー食べてんだから合わないよ。
孝仁  いや、食べましょう、ユキコさん、食べたいんでしょ。
ユキコ  えっ、いや、私は。
 
  孝仁、鍋の準備をする。
 
母  あなたがご飯の用意をしてくれるなんて、ユキコさん、ありがとう。
ユキコ  えっ。あっ、はい。
父  おっ、そうだ。
 
  父、日本酒とコップを取り出す。
 
父  どうですか、ユキコさん。
ユキコ  いえ、私は、もう失礼するので。
父  そんなこと言わずにちょっとだけちょっとだけ。
ユキコ  はあ。
 
  父、注ぐ。
 
父  お前も。
母  いやあ、私は。
父  いいじゃない、たまには。
母  はあ。
 
  父、注ぐ。
 
父  お前も。
孝仁  僕はいいですよ。
父  付き合えよ、みんななんだから。
孝仁  嫌なんですよ、そのみんななんだからって考え。
 
  父、注ぐ。
 
父  とりあえず。
孝仁  飲みませんって。
父  とりあえずだよとりあえず。
 
  一同、乾杯。
  飲み、食べる。
 
ユキコ  おいしい。
父  やっぱり、鍋とカレーは合わんな。
母  そうですね。
ユキコ  なんか、すみません。
孝仁  そんなことないですよ、合いますよ。
父  ところで孝仁、お前、ユキコさんに結婚を申し込んだそうじゃないか。
孝仁  ええ、申込みましたとも。
父  お前、今の現状で、よくそんなことが言えたな。
孝仁  僕はですね、働きますよ。
母  えっ。
孝仁  僕はですね、働きます、気付いたのです、働くということが必要だと、ユキコさんと結婚するために働きます、そう、愛のために。
 
  飲み、食べる。
 
父  働くって言ったって実際、具体的にはどうするんだよ。
孝仁  漫画家になります。
父  はあ。
孝仁  見て下さい、このトランプを、この表面はほとんど僕が描いた、気付いたのです、漫画家ならできそう、いや、きっとできる、仮にできなくとも頑張れる気がする、今までことごとく頑張れなかったでしょう、警備員もしたし、調理師もしたし、でも、ことごとくですよ、頑張れなかった、しかしですよ、今の僕は違う、今の僕にはユキコさんがいる、頑張れる理由があるんですよ、分かりますか、頑張れる理由、どんなに辛いことがあってもユキコさんが家で待っていてくれる、料理を作ってくれる、アンアンできる、最悪、僕を養ってくれるかもしれない、そう考えただけで頑張れる、うふふ、漫画家なんか無理だって顔してますね、でも見て下さい、この絵を、キング、キングどこだ、このキング、独創性に溢れている、うふ、うふふふ、そしてこの裏側にはユキコさんが描いてくれたかわいいマトリョーシカ、初めての共同作業、初めての共同作業はまさかのトランプ、ユキコさん。結婚して下さい、さっきまでの体たらくの僕とは違う、僕はあなたと結婚できれば頑張れる。
ユキコ  あ~。
父  分かった分かった、もし仮に漫画家で成功できたとしてだ、穴はどうするんだ、穴を掘る気はないのか。
孝仁  出ました、穴を掘れ、もう聞き飽きました、僕は穴なんか掘らない、絶対に。父親面しやがって、あなたはなんなんですか、何が狙いですか、僕に穴を掘らせて一体何になると言うんだ、僕とユキコさんを結婚させて一体何のメリットがあると言うんだ、父親面しやがって、ええ、ええ、結婚したいですとも、ユキコさんと、そりゃあね、結婚したいですよ、しかし、この家は継ぎません、誰が穴など掘るものか、答えて下さい、あなたは一体何が狙いだ。
父  何が狙いって、ねえ。
母  ええ。
父  俺はお前のためを思ってだなあ。
孝仁  嘘だあ、何か企みがあるはずだ。
父  いいかげんにしろよ、企みなんかない、俺はこの家を思ってだなあ。
孝仁  関係ないじゃないか、この家なんか、あなたに、父親でも何でもないんだから、ついでにあなたも母親でもなんでもない、この際はっきりさせましょう、そろそろ僕はこの家を出ていく、ユキコさんと結婚してです。
父  お前まだユキコさんと結婚できるって決まったわけじゃないだろう。
孝仁  ええ、ええ、決まってませんとも、むしろ嫌われかけています、いや、もはや嫌がられている、いきなり結婚結婚って、そりゃあ彼女にすりゃあ意味の分からない話です、しかしですよ、嫌いってことは、好きに発展する可能性があるんです、月九ドラマを見て下さい、キムタクを見て下さい、嫌いから発展して皆ラブラブじゃないか、そう全ては嫌いから発展するんです、最初からラブラブな結婚なんて大したことはない、全ては嫌いから、いいですか、好きの反対は無関心なんです。ユキコさん、結婚して下さい。
父  というわけなんだが、ユキコさんどうだろう、長い話を要約すると、こいつはユキコさんと結婚できれば頑張れると言ってるわけだが、どうだろう。
ユキコ  だから、私は、昨夜のことがね、知りたいんですけどね。
父  いや、その話は後でいいじゃない、まず結婚について。
ユキコ  だから無理だって言ってるでしょ、さっき出会ったばっかの人といきなり。
孝仁  さっき出会ったのでありません。
ユキコ  だから、それはですね。
孝仁  十年前から、いや十五六年前からあなたのことが好きでしたよ。
 
  飲み、食べる。
 
父  あ、やっぱり同級生なの。
孝仁  そうです。
父  いつ、中学校、小学校。
孝仁  小学校です。
ユキコ  同級生。
 
  飲み、食べる。
 
孝仁  覚えていませんか、小学校の時同級生だった、萩原孝仁ですよ。
ユキコ  萩原孝仁。
孝仁  ええそうですとも、荻原ではない、萩原孝仁です、お母さん、あなたが僕をここへ連れてきたのは、カレー屋でバイトをしていた僕の胸にぶら下がったあの小さな長方形の名札を見て僕を選んだんでしょう、しかし、間違いです、僕は萩原だ、残念でした、萩原だ。
母  何を言ってるの?
孝仁  とぼけないで下さい、僕にこの家を継がせるために少しでも差し支えないように同じ苗字を選ぼうとしていたんでしょう、しかし、間違いだ、あー、話がずれた、まただ、違う違う、こんな話をしたかったんじゃあない、ユキコさん、覚えていませんか、僕ですよ、萩原じゃない、荻原孝仁ですよ、あ、違う、間違えた、あれ、どっちだっけ、萩原だ、萩原萩原、萩原孝仁ですよ、ユキコさん、パーティらしくなってきたじゃない、パーティパーティ、覚えていませんか、あの日あの時あの場所で、結婚の約束をしました、荻原孝仁です、そう、あの日もカレーでした、給食の時間、同じ食事のグループで楽しく食べていた僕ら、僕は母さんが作ってくれたミサンガを自慢したんです、そう、この右手にしてたミサンガです、萩原孝仁です、なんにもせずに切れたら願い事が叶うというミサンガです、あなたはそれをハサミで切った、僕のミサンガを人力で切った、勝手に切れたら願いが叶う最高の反面、人力で切ったら不幸が訪れるというミサンガを人力で、ハサミで切った、何を考えているんだこの女は、ひどく落ち込んで歩いていた放課後、そう、あの、登下校の道すがらあった公園のぶらんこに揺られながらあなたは僕にこう言った、なんの願い事をしていたの、小学生ながらませていた僕は、すかさず恋人と答えた、その時あなたは言ったんです、あの日あの時公園で、じゃあ、私が付き合ってあげるよ、そう言った、しかし、僕は断った、なんでなんで、それからというもの恋人ができる気配のない人生で唯一告白された瞬間を僕は断った、なんでなんで、答えは単純ただ一つ、その当時の君はちょっと違った、その当時の君はちょっと違ったんです、そんな気配を察したのかそこであなたはこう言う、じゃあ、私が、大人になって、もし綺麗になってたら結婚しよ、オーケーオーケー美人美人、充分美人、結婚しましょう、この十何年前の約束のもとに、充分すぎるぐらい美人ですよ、結婚しましょう、ユキコさん。
 
  飲み、食べる。
 
父  やっぱり、鍋とカレーは合わんかったな。
 
  飲み、食べる。
  母、食べ終わった人々の皿を片付けはじめ、洗い物を始める。
  (おそらく、孝仁は食べ終わっていない、あんなにしゃべっているから。)
 
父  何が本当なんだ、えっ、母さん、こいつの話は本当なのか。
母  少なくともミサンガを作った記憶はないわ。
孝仁  それはあなたではない、本当の母さんだ。
 
  洗い物の音、食べ終わっていない人は飲み、食べる。
  食べ終わった人は飲む。
 
父  ユキコさんは、どうなの、こいつの話覚えてるの。
ユキコ  えっ、いや、んんと、いや。
父  お前嘘つくのもいい加減にしろよ。
孝仁  嘘じゃありません。あなたこそ嘘つくのはやめて下さい。
父  俺のことよりお前の話だろうが。
孝仁  はっきりさせましょう、あなたは本当の父さんじゃない、父さんは死んだ、父さんは死んだんだ、お母さん。
 
  洗い物の音。
 
孝仁  そして埋蔵金なんてものはこの山にはない、あれはひいおじいちゃんが作った嘘の伝説と資料だよ、もしくはひいおじいちゃんに教えたというその人の嘘だ、全部嘘だ、仮に武士の一団がこの地に来ていたとしてもそれは本当にここを開拓に来たってだけで埋蔵金なんて埋めに来やしなかったの、だからないの、そんな物、ないの、あるわけないの、なかったでしょ、金属探知機が反応して、ここだってなっても掘ったら、ない、与えられた資料の暗号を遂に解き明かした、埋蔵金はこのポイントに埋まっているつって、掘ったら、ない、ないんだよ、そんな物、あるとしてもこの山にはないんだよ、それを百三十年も追っかけて、ない物を追っかけてるんだからそんな物見つかるわけないんです。そんな物を追い続けるなんて馬鹿ですよ、信じたいのは分かります、信じなきゃ生きていけないのも分かります、しかしない物はないんだ、僕はこの家は継ぎません、ええ、継ぎませんとも、僕は自由だ、家に生かされているんじゃない、僕が生きているんだ、だから僕は漫画家になる、ユキコさんと結婚して、信じれるものは愛です、愛さえ信じられれば生きていける、そうでしょう。ねえ、そうでしょう。
 
  洗い物の音がやむ。
 
母  食べないなら、片付けるけど。
孝仁  えっ、ああ、もう、うん、お腹一杯。
 
  母、孝仁の皿を片付け、洗い物を始める。
 
父  謝れよ。
孝仁  えっ。
父  謝れつってんの、父さんに。
孝仁  嫌です。
父  謝れよっ。
 
  洗い物の音。
 
孝仁  ごめんなさい。
父  俺じゃないだろ、お前の父さんに謝れっつってんの。
ユキコ  えっ。
父  もしくは、この一族にだよ。
 
  孝仁、どこに謝ればいいか分からず、なんとなく上の方に、
 
孝仁  ごめんなさい。
 
  間。
 
父  確かに俺はこの一族と関係ないよ。
ユキコ  えっ、関係ないんですか。
父  でもお前は違うだろ、お前はここの本当の息子だろ。
ユキコ  えっ、本当の息子なの。
父  それを継ぎたくないもんだから適当なことばかり並べくさって、先生は本当にすごい方だった、自分の人生の全てを埋蔵金に捧げて、百三十年の重みを引き受けて、穴を掘ってたんだよ、俺も掘ってるけどさ、先生の意志を継いで掘ってるけどさ、本当のところはお前が継いでいかなきゃなんないと思うんだよ、先生言ってたよ、荻原にしか出ない、荻原以外は出ないよと、俺も掘ってるけどさ、掘ってる時その言葉が響くんだよ、頭の中で、荻原にしか出ないって、百三十年だよ、それを信じたこともないくせに、信じる前から諦めて、百万回ダメで望みなくなっても、百万一回目はなにか変わるかもしれないってドリカムツルーが言ってるだろ、この家は継がれなきゃダメなんだ、先生の意志を、一族の意志を、ね、ユキコさんと結婚して子供つくって、穴を掘り続けるべきなんだよ。
ユキコ  ちょっと。
孝仁  いやだ、僕はユキコさんと結婚して漫画家になって自由に暮らすんだ。
ユキコ  だからちょっと待って下さいよ、私は結婚するなんて一言も。
 
  間。
 
父  ユキコさん、あなた、昨夜何をしてたか思い出しましたか。
ユキコ  えっ、いや、それは。
父  あなたはもはや、死体です。
ユキコ  死体。
父  ユキコさん、あなたは昨夜首をくくろうとしていたんです、山で。
ユキコ  えっ。
父  それを私が見つけ、この家へ連れてきたんですよ。
ユキコ  私が自殺を。
 
  ユキコ、酒を注ぎ、飲む。
 
父  一度死んでいるんだ、この先の人生なかったようなもんだ、じゃあ、いいじゃない、この家に来ればいいじゃない。
ユキコ  私が死んだ。
 
  ユキコ、飲む。
 
母  あなたはなんで死のうとしたの?
ユキコ  私はなんで死のうとしたか。
 
  ユキコ、飲む。
 
母  あなたは幸せじゃなかったんでしょ。
ユキコ  私は、幸せじゃ。
 
  ユキコ、一升瓶から直接飲む。
 
父  あっ。
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  うっぷ。なかった。
 
  間。
 
ユキコ  ああ、ああっ、あああっ、私は幸せじゃなかったの、ああっぷ、今まで幸せじゃなかったの、ああ、そんなことないそんなことない、幸せだった幸せだった、だって私は自由だったし、あっ、選べたんだし、生き方を、ああっ、えっ、あれ、自由て幸せ?選べるって幸せ?結局自分から選んだことなんてなかったんじゃないの、ああっ、あれ?あっ、あっ、そうか、あっ、うん。
父  ユキコさん。
孝仁  ユキコさん大丈夫ですか?
ユキコ  萩原孝仁、萩原孝仁、いたかな、あーいた気もするなー、いたかもしれない、分かんないけど、うーあー、告白なんてしたのかな、ミサンガとか切ったかな、あー、分かんない、分かんないけど、小学校の記憶ほとんどない、なんで、何故だか全然ない、むしろ物心ついたの高校生なんじゃんって感じ、あー、ね、そういうの、あれ、何の話してたっけ、あ、うん、ああ、私が何で自殺をしたかですね、そうですねえ、簡単に言いますと、簡単には言えないんですけどねえ、うーあー、私が私として生きて、私を、こう発揮して、私ならではっていう生き方がね、流れに流されて、なくなってくというかそんな物もともとないっていうか、流れに身を任せて何が悪いのっていう、うーあー、山ってね、暗いんすよ、夜の山って、とてつもなく暗いの、闇が深いっていうの、山に飲み込まれてね、私も闇の一部になって、東京から地元に帰ってきて驚いたのは、道が大きくなってて、その大きい道にはスーパーとかコンビニとか出来てて、あーっていう、でもね、山は山のままなんすよ、山ってだけで山なんすよ、山は絶対的というかなんと言いますか、うーあー、トランプ作りきったのは嬉しかった、嬉しかったけど、でっていう、それからっていう、ああっ、あっ、何の話でしたっけ、バナナの剥き方の話か。
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  あっ、違う、チューインガムの真の発音の話か、あのチューインガムってのはねえ、チュー、イン、ガムなのよ、インが大事、インが大事なの、ガムの中にチューが入ってるの、だから、チュー、インガムなの。
孝仁  ユキコさんっ。
ユキコ  なんすか、なんすか。
孝仁  結婚して下さい、ユキコさん。
ユキコ  結婚はさあ、それとこれとはさあ、違うじゃない。
 
  ブオオーーん。
 
父  えっ、えっ、なんなのなんなの。
ユキコ  あはははは、いや、あはははははは。
 
  チャンチャララランラン、チャラララララランラン。
 
父  えっ、洗濯またしてたの。
母  してません。
父  えっ、なんなの、なんなの。
母  大丈夫ですよー、怖くないですよー。
孝仁  お母さん。
父  だからなんなの、それは。
母  大丈夫ですよー、怖くないですよー。
孝仁  お母さん、やめて下さい、父さんは死んだんだよ、この家は継がれないんだよ、僕はこの家の子供じゃないんだ。
父  お前はこの家の子供だろ。
孝仁  だから違うんですって、それはあなたの勘違いなんです。
父  ええ、違うの。
母  大丈夫ですよー、怖くないですよー。
孝仁  お母さん。
 
  ピピピピっ、ピピピピッ、ピピピピっ。
  ここから家中にある家電、付属物、諸々鳴る。
 
母  ダメだなあ。
孝仁  ダメなんです、この家はもうダメなんです。
母  これはどうだろ。
 
  母、マトリョーシカのトランプを部屋中にテープで貼る。
 
母  大丈夫ですよー。
孝仁  お母さん。
父  おいおい、説明しろよ、何なんだよ、これは。
母  怖くないですよー。
ユキコ  あはははは、パーティっぽくなってきた、なってきた。
父  えっ、パーティってこんなの。
  
  部屋中にマトリョーシカが存在していく。
  しかし、鳴き声は止まない。
 
母  だめねえ。
孝仁  お母さん。
母  あなたは私の息子。
孝仁  違う。
母  あなたは私の夫。
父  違いますよ。
母  あなたは私の息子の嫁。
ユキコ  ・・お母さん。
 
  母、歌う。
 
父  おい、何歌ってんだよ。
母  いいから、手伝って。
父  えっ。
母  手伝って。
父  ああ。
 
  父、歌う。
 
ユキコ  うーあー。パーティっぽくなってきましたねえ。
孝仁  ユキコさん、ユキコさん、結婚して下さい。
父  えっ、今。
孝仁  今しかないですよ、協力してくれませんか、ユキコさん。
母  ほら。
父  あっ、ああ。
 
  母、父、歌う。
 
ユキコ  うーあー。
孝仁  キスしてもいいですか。
ユキコ  ええ~、キス、したいの、ええ~どうしよっかな~。
孝仁  お母さん、片して。片して。
 
  母、歌いながら机の上を素早く片付け始める。
 
母  手伝って。
父  ああ、すみません。
 
  父、歌いながら母を手伝う。
 
ユキコ  えっほんとに、ほんとに私とキスしたいの?
孝仁  ええ、キスしたいです。
ユキコ  えっ、それは私が魅力的だってこと。
孝仁  はい、とっても魅力的です。
ユキコ  うははははー私魅力的なんだー。
孝仁  はい、魅力的です。
ユキコ  えっじゃあじあじゃあーどこが魅力的か言ってみ、言ってみ、ほら。
孝仁  それや、もうその身体から醸し出る雰囲気が、もうすでに魅力的です。
ユキコ  えっ、それって、キスしたいっていうか、えっ、ていうか、あはははは。
孝仁  はい、そうですね。
ユキコ  いやあ、キミ偉いよ、正直、すっごい正直。
孝仁  はい、すみません。
ユキコ  いや謝らなくてもいいんだよ、すっごくいいことだと思うよ、いや、ほんと、そんなに正直になれる人いないよ、この世の中。
孝仁  ありがとうございます、で、キスの方は。
ユキコ  ええ~どうしよっかなあ~。じゃあじあじゃあ~、キスしたくなるような事してよ。
孝仁  えっ、それはどういう。
ユキコ  キスしたくなるように舞ってみてよ。
孝仁  えっ、舞ってみる。
ユキコ  だから、キスの舞、キスの舞を踊れっつってんの。
孝仁  えっ、キスの舞を踊る。
ユキコ  それでその舞が良かったらキスしていいよ。
孝仁  えっ、キスしてくれるんですか。
ユキコ  その先も~、考えてみてもいいよ。
孝仁  えっ、キスの舞なのに。
ユキコ  うん、キスの舞からの。
孝仁  分かりました、それでは、踊ってしんぜよう、今宵あなたのためだけに、男孝仁、花を咲かせに参りましょう、あっそれ、キッスの舞っ、キッスの舞っ、キッスの舞ったらキッスの舞っ。
 
  孝仁、舞う。
 
ユキコ  あはははははは。
 
  ユキコ、舞う。
  母、いつの間にか二階から持ってきた布団を机の上に敷く。
 
父  いいのか、これでいいのか。
母  ありがとうございます、それでは、あとは若い人に任せて、ね。
 
  父、母、はける。
 
ユキコ  あはははははは。
孝仁  どうですか、ユキコさん。
ユキコ  んーとね、おっけい。
 
  ユキコ、孝仁、布団に入る。
  その周りからマトリョーシカが見ている。
 
  キスをしようとしたところで、電気が消え、
  家中の音が聞こえる。
 
  その鳴き声がふと笑う。
 
終わり。
 
 ーーーーーーーーー
この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。
 

公演します

 

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書いたものを公演します

是非来てください

 

 

「パーティさながら愛と孤独」

 

あらすじ

ユキコが目覚めると知らない家にいた。昨夜のことは覚えてないらしい。その家の母がカレーを作っている。孝仁はトランプを作っている。この家は徳川埋蔵金を掘り当てるために130年掘り続けている一族らしい。そして跡継ぎはニートらしい。そして跡継ぎは他人らしい。そして跡継ぎは跡を継ぎたくないらしい。徳川埋蔵金は確実に裏山に埋まっているらしい。埋蔵金を掘り当てることは天命らしい。

 

出演

木嶋美香

久保田友理

居石竜治(RadicoTheatre)

最終悟

宮尾昌宏(劇団プリズマン)

 

スタッフ

作・演出  稲垣和俊

音             最終悟

宣伝美術  渋革まろん

宣伝写真  連木綿子

 

日時 

2017年7月27日(木) 19時A

                 28日(金) 19時B

                 29日(土) 14時B/19時B

                 30日(日) 14時A/19時A

 

※開場は開演の30分前を予定しています。
※本公演はダブルキャストです。A最終悟/B宮尾昌宏
※全席自由席です。
 会場は普通の民家なので、客席が限られております。
 お早めにご来場ください。

 

場所
旧加藤家住宅
http://oldkatohouse.tumblr.com/

JR京浜東北線蕨駅」西口から徒歩12分

埼玉県蕨市南町2丁目8番2号

 

チケット

前売り、当日   2000円

romantist721@gmail.comに日時と枚数とお名前をメールして下さい。

 

お問い合わせ

08053677600

 

 よろしくお願いしますー。

 

 

 

ダブルキャスト決定

「パーティさながら愛と孤独」公演
ついにダブルキャストの日程が決定しました。
ついに。
遅くなり申し訳ありませんでした。
 
以下Aが最終悟の出演回
  B宮尾昌宏の出演回です。
 
7月27日(木)19:00A
7月28日(金)19:00B
7月29日(土)14:00B/19:00B
7月30日(日)14:00A/19:00A 
 
よろしくお願いします。

さよならアワーアワー

「さよならアワーアワー」
 
       女、いる。
  男、歩いてくる。
  男、手にナイフを持っている。
  男、女を刺す。
  刺された女、驚き、刺された箇所を押さえ、倒れ始める。
  刺した男、ナイフを抜き、その刃の血を眺める。
 
女  えっ、刺された、刺された。痛っ。めっちゃ痛っ。って、あれ。もうなんか痛ない、あれ、痛い?いや、痛ない、全然、うわ、うわうわ。めっちゃ血出てる。うわ最悪。めっちゃ血出てる。っていうかめっちゃ血出てる。あっ、やっぱり痛い。っていうかめっちゃ血出てる。最悪や。この服買ったばっか。うわ最悪。白。もう絶対着れやんやん。これ。洗濯で落ちやんやん、この色は。うわ最悪。ていうか痛っ。痛さ通り越して痒なってきた。痒っ。クリーニング出したら落ちんのかな。でもこれクリーニング出せやんやろ。これクリーニング持ってったらビックリするで。うわっ血っ。って。箇所的に腹刺された服持ってきてるって。腹真っ赤やわあって。いやいやその前に、刺された時点で、破れてるやないかいーっ。穴空いてますやないかーい。新品新品。一万ぐらいしたのに。しかも白。穴空いてますやないかーい。ルネッサーンス。アッハッハッハッハ。痒っ。痛痒い。っていうか死ぬ。これ死ぬやろ。クリーニングのこととかの前に死ぬやろ。うわお。死にそー。っていうか痛痒い。掻きむしりたいわ。この傷口に手突っ込んで五本の指全部使って、こう引っ掻きたい。ニャースみたいに。うわ、めっちゃ痛そう、それ。今も充分痛いけど。でもそれめっちゃ気持ちよさそう。ニャースみたいに。蚊に刺されたとこ掻きまくって血出るまで掻いたら痛いけどめっちゃ気持ちいやんってそんな感じ。血めっちゃ出てるけど。っていうか何?えっ、なんで刺された。誰。こいつ誰。知らんやん。見たことも聞いたこともないやん。うわ。えっアタシ、なんかした?めっちゃ脳みそ動いてる気がする。脳みそここ一年でフルで動いてるで。なんか脳みそ動きすぎて時間めっちゃゆっくりに感じるもん。脳みその影響かどうか分からんけど。死ぬやん、それ、死ぬやろ。走馬灯やろ。いやいや死ぬ前に死ぬ前に。納得いかんやろ。なんで刺されてんねん。何刺してんねん。えっ何?ストーカー、ストーカーなん。あっストーカーか。これが今流行りのストーカー。そんなん一切気付かんかったわ。ストーカーとかされてたんアタシ。全くそんな雰囲気なかったけど。えっいきなり刺すん。ストーカー。いきなり刺してまうん。最近のストーカー、やめてやめて。段階ってもんがあるやろ。段階ってもんが。まず、なんかつけてきてるとか、無言電話かけてくるとか、なんか知らんけどそういう一連の流れがあってえの刺すやったら分かるよ。いや分からんけど、まだ分かるよ。えっいきなり刺す。そんなんありえる。何して欲しかってん。アタシに何して欲しかってん。なんか振り向いて欲しかったとかよく言うけどテレビとかで見るけど、刺したら振り向くもなにもっていうか自分のものにしたかったって言うけど、自分のものにしようとする努力なしでいきなり刺すって。まだつけたり無言電話してくる奴のほうがよっぽど努力してるわ。好感もててきたわ。こいつに比べたら。いや、してくれてたん、もしかしてつけたり無言電話してくれてたりして、アタシが鈍感すぎたってパターン。めっちゃつけてくれてんのに気付かんかっただけとか。あっ、ごめんごめんそれなら納得。アタシもちょっと悪いわ、気付けやボケっ。もう刺したるわいっ。てね。いやいや、悪ないやろアタシ。ストーカーやろ、全面的に悪いのは。ストーカーしてる時点で悪いやろ。っていうか何刺してくれてまんねん。痛いやろが。めっちゃ。うわ、思い出してもたやん。痛さ。最悪。痛っ。一瞬めっちゃ忘れてたのに、ていうか時間経つん遅っ。アリの感覚で世界見てるみたいやな、あれ、象やったっけ、昔、世界一受けたい授業かなんかでやってたけどアリやっけ、象やっけ、どっちか忘れたけどそのどっちかがめっちゃ見てる世界早くて、どっちかがめっちゃ見てる世界遅いっていうやつ。どっちやったっけ。でもアリはチッチャイから他のモンがおっきいから、遅見えるんか、いや、アリの生涯は人間とか象に比べて短いから早く動いてるんやっけ、そうそうだから今この感覚は象に近いねんな。象の目で世界見てるわけや。うわスッキリスッキリ。もう死ぬ間際の最後のスッキリが象の目で世界を見てることに気付くとは。ちょっと高尚ですやん。詩人の最後に匹敵するかも。詩人の最後てなんやねん。正岡子規かっ。正岡子規しか出てこやんやないかい。うわ、詩人て誰やっけ。正岡子規しか出てこやん。松尾芭蕉俳人やな、詩人っていうか俳句やな。うわ、詩人出てこやん、正岡子規しか。そんな死に方嫌や。正岡子規しか出てこやん死に方。どんな死に方やねん。死ぬ間際、詩人の名前思い出そうとするってなんやねん。谷川俊太郎がおるやん。ああースッキリスッキリ。またスッキリしてもた。谷川俊太郎出たで。夜のミッキーマウス。やったー。谷川俊太郎っ。もっかい言っとこ谷川俊太郎。っていうか痛くない、痛くなかったーって思ったら痛いやん。痛い痛い痒い痒い。あっ、分かった分かった。谷川のこと考えてたら、痛くなかったってことはなんかめっちゃ考えてる時は大丈夫ってこと。へーそっかそっか。あーなるほどね。なんか考えることがあるとええんや。考えること考えること。うっわ、意識してもた、最悪や、意識しすぎて考えれやん、痛い痛い痛い。考えること。あっ、最近、テレビ台の置く位置変えようと思ってたけどどうしよ、いや痛い痛い。どうでもええわ、今テレビ台の位置。どこでもええわ。風水の本とか買っちゃおか痛い痛い、いらんいらん救急車呼んで救急車っていうか、一秒も経ってなくない、刺されてから一秒も経ってないやん、今、この体勢ってことは、すげえな象の目。半端なく遅いやん。ていうかこいつこいつ。考える対象ありましたー。こいつですー。なんで刺したん、おい、ストーカー。いや、やっぱストーカーじゃないんかな、いやあ、アタシのストーカー。なんで刺したん。買ったばっかの服―。ボケカスこらあ。あっ、萩原朔太郎がおった、正岡子規谷川俊太郎萩原朔太郎、こんだけ出れば充分やろ、うん充分充分、あれ?詩人やっけ萩原、あっえっ、刺されるんアタシ。まじか刺されるんやアタシって。そんな刺されるような事した?逆に刺したかったっつうの。エトウ。エトウ刺したかったつうの。エロい眼で見てくんなや。エトウ。地震だーつって昨日もアタシの回転椅子揺らしにきたよなあエトウ。仕事せえ仕事エトウ。アタシの机のボトルガム勝手に食うなや。まだまだ特殊部品の管理は無理ですね。ああはいはい、そうですよ、物覚え悪いですよ。何ヶ月やってんだよー、白い目、天然だよね、白い目、もうー何のために入社したんだよー。何のため?何のために入社したんやっけ。しらねーよ。必死で必死でコネを辿りまくって辿りまくってのやっとこさの入社やっつうの。何のため。生きてくためやろが。お金もらうためやろが。それ以外あるわけないやん。こんなクソ会社。こんなクソ会社に夢なんかあるかよ。夢夢夢。夢どこいったん。なにしたかってん。あー死ぬ。何がしたかってん夢どこ行ってん。あれれ。生涯通しての夢ってなんやっけ。あー結婚しやんかった。とうとう。とうとう結婚しやんかった。夢夢。子供。子供産みたかったアタシ。もう無理やん。真っ赤やん腹真っ赤やん。どっから生むねん。いや治るかね。これ。治るならこっから生むわ。早く種くれ。また刺されたらたまらんし。種種。種を素早くそそぎ込むのだ。そして幸せな生活を家庭を。幸せな生活を。っていうのが早急に手に入るならもう手に入っとるがな。子供だけが結婚だけが幸せな生活ですか。はいはい聞き飽きました。結婚せずとも幸せですけど。子供おらんくても幸せですけど。あとリザードンだけでポケモンコンプでっせ。ポケモン最高。超幸せ。ばーかばーか。幸せ。はあああ。可愛かったなあ。ヨウスケ。楽しかったなあヨウスケ。子供欲しって思ったもんなあ。なんであんなかわいいん。子供って。めっちゃプルプルやし。分けて欲しいしプルプルさ。いやいやかわいないかわいない。めんどくさいだけやろ子供とか。あほやし。めっちゃ疲れるし。おしっこついてかなあかんし。騒ぐし。でもかわいいよなあー。うん。かわいい。で、種か。あーエトウムカつく。お前の顔など見たくない。種欲しいね。でも一緒に育ててくれんと。一人じゃ無理やん。お金的にも。だからエトウいらんねん、一緒に育てる相手おらんと。月収十七万。一人で精一杯。一緒に育ててくれんと無理無理。ていうか種貰う相手おらんと、そもそも。あー、嫌な名前思い出した。セガワ。セガセガセガワ。セガワと一緒におるん想像できやんわー。セガワとセックスしまくってたなあ。一時期。あいつどうしてんのやろ。セガワ。でもさあ、セガワってさあ、ちょっとさあ、っていうかちょっとっていうかさあ、セガワはさあ、違うやん。セガワはさあ、違うやん。相性的に、いや人間的に。いやそういう目で見れやんかったし。結局。ていうかそういう気なかったやんセガワ。エロいことばっかしてたやんセガワ。あああ。あの過去だけやり直したいわ。あのメールだけ消し去りたいわ。ていうかセガワから何年経ってんのやっけ。五年いや六年。そうそう、いやアタシが悪ないし。あいつからメールしてきたからやん。いやラインや。ライン、セガワの時メールやったからなあ。ラインライン。うっとしいわ。この人友達かもにセガワずっとおったからなあ。やたらとセガワフューチャーやったからなあ。この五年間セガワ思い出してまうん、ラインのせいみたいなとこあるからなあ。だからライン嫌いやねん。でもみんなやってるからなあ、今更やめれやんしなあ。っていうか今更辞めるもなにも死ぬって、時間経つん遅すぎ、ていうか動いてる?動いてるんは確かでええんよね。いや動いてる動いてる。さっきより全体的になんか下がってるもん。下がってる、おっ、ちょっとこれはやめようぜ早く倒れようぜアタシ。なんでこんな遅いねん。アタシ。あれ、何してん。おいアホっ。おいタコっ。何してん。何切っ先見つめてん。赤々とした切っ先。あああ、やってもうたって顔してん。なんの顔やねん。後悔。興奮じゃないよね。えっ、何これ?何これって顔してる。興奮しろやせめて。誰もプラスにならん事態かよ。喜べや。負の連鎖やん。お前が下がってたら。おおーいアタシの死を無駄にするつもりかよ。えっ、刺したらそうなるん。人間刺したらそうなるん。喜べ喜べ。やったやん。刺せたやん。刺したってことは刺したかったんやろアタシ。なんで刺したんか知らんけど。刺せたやん。やったやった。うれしいやん。最高やん。それ。いやっほおい。ってジャンプして跳ねて喜べや。その顔やめろやその顔。やーめーてー。その微妙な顔よ。あっそうかそうか、まだ一秒も経ってないからか。なるほどなるほど。あーまたなんかエトウ。なんでエトウなん。っていうかせめて。刺したかったんちゃうん。違うんか。あれ、もしかして。頼まれたとか誰かに。誰かに頼まれてえの刺した。殺し屋。こいつ。いや殺し屋じゃないよな。雰囲気。殺し屋っつったらもっと殺し屋やろ。なんか、銃持ってるとか、白スーツとか。あっ、これゴルゴの影響か、ゴルゴやなこれ。やっぱ誰かに恨まれてんのかなアタシ。エトウ。エトウは頼まんやろ。刺したいんこっちやし。アタシに恨み持ってんの誰やねん出てこいやっ。えーとーえーとー、だれーやーだれーだー、はっはっは、恨まれやんやろアタシ、ムカつかれてるのはあると思うけど。刺すほど恨まれるわけないやろ。ってさかのぼってさかのぼってしてたらありましたわ。さかのぼって高校生、いや中学生、いや高校時代。そう高校時代よ。ヨシコ。ヨシコの彼氏とったわ。とったわっていうか知らんかってん。彼女おるって。分からんやんそんなん、カワサキ。そうそうカワサキカワサキ。あの時のヨシコ怖かったな。もうめっちゃ修羅場やったもんな。修羅場ってこれかって感じ。人生初修羅場。かっこいい。人生初修羅場。っていうか違うからね。カワサキやん、誘ってきたん。っていうかよくよく話聞いたらカワサキもそんな悪くなさそうやったし、ヨシコの一方的なやつっていうん、ちゃんと付き合ってなかったんやろ。ヨシコが勝手に付き合ってる感だしてたんやろ。だってするやん誘ってきたら。そこそこ好きやったし。っていうか、ごめん、って言ったっけ。いや言ったところでみたいなとこあったからな、言ってへんかも。あーー今言うとこ、いや言う必要ある?ごめんて、そんな悪いことしてへんし、いやそりゃヨシコにとったら悪いことしたかもしれへんで、そりゃそうやんヨシコ来たときやってたんやから、でもあくまでヨシコ主観やから、でもアタシ的に知らんかったんやから、彼女おるって、いやそう考えたらカワサキ結構あれやな、男男してたな、グイグイしてたな。まじで。肉食的やん。わおわおセガワ最悪やったな、全部アタシからやもんな。親しくなるまで、全部アタシからやもんな、どエロイ女みたいやん、いや違う違う。あいついっつも勃ってたからね。ちょっと手繋いでたら勃ってたし。カラオケ二人で行ったら、密室ってだけで勃ってたからな。それやのに何もしてこやんやん。アタシ待ち。アタシの動き待ち。わおわおセガワー。ちょっとそれないんちゃうん、ほんでセガワ、いつでも触れる雰囲気になってきたらめっちゃセガワからやったもんな。セガワいきなりおっぱいさわるからな、うわっカワサキもそうやった。いきなりおっぱいやった。そこは共通してんのや。でもやっぱカワサキのほうがよかったかもな、いーや思い出せやんけど、っていうか一回だけやったからかな、すばらしく感じるんわ。この一回っていうのがまた、いやいやいやいや全然やったわ、最悪やったわ。初めてやもん。カワサキじゃない、あいつやあいつ。あー名前出てこんあいつ。めっちゃ良かった、めっちゃ、もう虜やったもんね、あの時期、セガワん時はセガワが虜になってただけで、こっちは基本的には冷静さがあったからな、でもあのラインだけなかった事にして欲しいな、あのライン。だって寂しかってんもん誕生日~。ひとり~。で、ラインしてきたやろ、セガワ、まさかのセガワだけ。そうあの日セガワだけおめでとうしてきたやん、そりゃラインしちゃうやん、でもやっぱやめときゃよかったー、返事こやんし、既読しないするーやし、あー死にたいー、ってもう死ぬか、いやほんと冗談抜きで死にそうやもんな。っていうことは最後のセックスセガワになるんか、あの名前出てこん奴としたかった、あれ、なんで出てけえへんのかな。名前名前名前。あー出てこん、カワサキが一回目でセガワが最後か、はあ~、よおーし、落ち込むなめげるな、いよいよ死ぬぞって時に人生の後悔ばっかしててもあれやん。ポジチェブシンキングでいこーぜい。よおーし、ここでまさかの、人生の最後シリーズ、パンパカパーンってことで人生最後のセックスはセガワとということで、このコーナーでは、人生の最後の○○を振り返っていきたいと思いまーす。サーて最初は、人生最後に食べたもの。・・・みかん。みかんや。みかんかー、可もなく不可もなく。みかん。いや食後でも全然食べれるからなあ、みかん。最後みかんか。うんかわいいかわいい。かわいいよ、最後みかん。めっちゃかわいい。うれしいうれしい。あっでもなあ、最後のみかんなんやったらもっと綺麗に皮むいときゃよかったなあ、めっちゃぼろぼろに向いたからなー、そんなんどうでもええねん、また後悔の方向に持っていこうとして、悪いよ、そういうとこ、直したほうがええんちゃう、直したところでってもう死ぬけどって、はあ。このツッコミ飽きてきた。もう死ぬけどってやつ、何回目やねん。ってつい先月まで死にたい死にたいつぶやいてたアタシがもうほんとに死にそうですー、はあ。痛。忘れてた痛かっ痛いタイタイタイ。あー。痒い。あーー熱い、あーーなんか熱なってきた刺されたとこ熱い、痛痒熱いわ。うわーうちわで扇ぎたい、とりあえず冷ましたいけど全然時間経ってへんやん。切っ先見つめてままでいらっしゃる。おいお前、熱い熱い何刺してくれとんのん。ヨシコの差し金か。ってヨシコて。何年前やねん。ヨシコ今ですか。今更刺しますか。ありえへんありえへん。ヨシコはないない。でもやっぱみかんてどうなん。あーみかんかあ、ヨシコかあ。幸せになってそうやなあ。いやヨシコのこととかどうでもええねん。全然親しないし。あれ誰と親しかったっけ。マキ。マキマキマキマキ。元気かなあマキ。何年も会ってないよなあ。ずっと一緒やったからなマキ。休み時間もマキ、弁当の時もマキ、試験勉強は塾やったけど、二人組作れってなったらマキ、バスの席隣マキ、時たまホリカワ。ホリカワーーー、あいつ結婚したからなあ。ホリカワ。まじホリカワが結婚とか、まじか。絶対アタシの方が家庭的感では勝ってたよな。ホリカワに先越されるかー。何年会ってないっけ、フェイスブックで見たな。グアム行ってたな。子供可愛かったな、グアム。グアム行きてー。グアム。家族でグアム。とか楽しそ。グアム。ああーグアムて海やっけ。海以外なんかあんの。グアムか。水着か。はっはっはもう無理やん。グアム行きたくねー。ホリカワめ。あートダ。トダも結婚したもんな。トダって絶対アタシのこと好きやったよなあ。あーカワサキとは肉欲的な関係やったけど、トダは違ったな。うわうわトダとは青春してたわ。トダ。なんかあれ?なんか二人きりになったんよな。あの、文化祭の打ち上げん時。トダと。なんか。電車で。あれ普段から喋ってたのに二人になったら喋れやんかったなあ。トダ。かわいらっし、若き二人。トダ、告白しようとしてたんかな、そうやったら嬉しいよね。トダ。結婚したもんなあ。トダも。あの時間、長かったなあ、二人。でも短かった。一瞬やった気もする。アタシが先降りてんな、ほんならトダも降りてん、まだまだ先やのに、トダ、間違えたっつった。間違えたってなんやねん。間違えるか、普通、次の乗るから、つってなんとなくアタシも待ったんよな。二人で、寒かった寒かった。無言で、なんか喋る気にならんかったし、っていうか喋らんで良かったっていうか、長かったわ多分三、四十分?長かったってあー、あの一瞬。青春やった。トダ。トダ、アタシのこと覚えてるかな、思い出したりすんのかな、そういえば、同窓会で会ったけどそれまで全然忘れてたし、それからもトダのこと考えたりなかったよな、トダ。アタシがこの死に直面する危機的状況でやっと思い出したってことはトダとか絶対忘れてるよな、もしかしたら、ヨシコも、カワサキもホリカワもマキも、いやマキはないか、マキは覚えてるやろ。去年あったし、あれ去年やったっけ、いや二年前、いやいやあんときセガワとなんか三人で出会うみたいな謎の状況やったから、セガワと一緒やったってことは五年前、うっそ、そんな経つ、マキー。覚えてないんかな、っていうかアタシも覚えてないもんね、小学校の時の担任、一年、ユカワ、けばかったけばかったけばかった、それしか出てこん、二年、おっさん、誰やっけ、名前、おっさん、もう出てこん、三年、四年とイオカで最悪やった、イオカ最悪やった、忘れもんしたら後ろ立たされるとかテレビの見すぎ、どこのドラえもんの世界やねん。大掃除ンときよ。女子は教室でワックスかけで男子は校庭でドッジボールてどういうことやねん、一方は超労働の中、一方はなんで普通に遊んでんねん。どういう論理やねん。イオカめっちゃ覚えてる、どんどんイオカ出てくる、うわ、二年のおっさんの名前全然出てこやんのにおっさん、イオカいい思い出ないからなあ、いい思い出、いい思い出せめていい思い出、思い出すん嫌なことばっかやなおいおいおい、走馬灯ちゃうん、これ走馬灯ちゃうん、いやホンマに現実味帯てきたで、走馬灯ちゃいますのん、昔の人のこと思い出しまくってる、走馬灯ちゃうん、わおわお、まじかお母さん出てきてないやん。お母さん今になってやっと、お母さんがやっと出てきたってことに自分の親心に対するショックを隠せないんですけど、まあそんなもんなんかな、逆に。ヨウスケはさっき出てきたけど、ルミの前に、ヨウスケだけ。へへっへ、かわいいから、走馬灯ですか、これが走馬灯ですか、そうですよね、全然時間経ってませんもんね、どういうことですか、走馬灯長すぎ。走馬灯長すぎ、そろそろええやろ、そろそろ地面ついてええやろ、へいへいへいへい、ていうことはホンマに死んでまうんですか、マジで無ですか、無への直前カウントダウンですか、うわー、長すぎとか言ってすみません、長くない長くない、短い短い、全然短い、地面まであとわからんー、ドンぐらいかかって落ちてるのか、未知数、もしかして一気に逝ったりしやんよな、このペースが基本ってことでええんすよね。ええよね、ええよね、あっ、小二の時のおっさん担任思い出した、スナガワやったスナガワスナガワ、えっ、こわ、怖すぎこの時間、恐怖になってきた、えっ、死ぬ前ってこんなんなん。やばない、死ぬ前、こんな喋んの死ぬ前、古今東西、今まで人類誕生してきてから、いや生物誕生してから?何億年、ずっとこれ経験して死んでる?もしかして。いや無理か、人類じゃないと無理か、いや喋れやんし、アノマロカリスとか、三葉虫とか、いやいや、人語じゃないだけか、人語じゃない言葉で喋ってたりして、アノマロアノマロ、アノーマロマロ、あのうマーロ。あのうマーロってなんやねん。アノマロカリス絶対そんなん言わんやろ、ていうか水中やろ、あーそういえば中学んときアノマロカリスに似てる奴おったな、カワグチカワグチ、似てたなあアノマロカリスアノマロカリスて言葉そんな出てくるやつおらんやろ、アタシ以外、いや水中とか関係ないか、水中とか関係なく喋るやろアノマロカリス、多分中学ん時同じクラスにカワグチがいつもいたからな、カワグチの顔見るたびアノマロカリスって心の中でつぶやいてたからな、いや面と向かって言えやんし、流石に、ちょっとどっちかっていうとイケてるグループやったし、いじる側やったし、ミキにだけ言ったら、めっちゃ引かれたな、それはひどすぎやって、でもなんか似てて似ててアノマロカリスそっくりやったんやもんしゃあないやん。いや違う違うカワグチのことじゃなくて走馬灯のこと、みんなこの経験してんのかってこと、えっみんなこんな喋んのかってこと。喋らんか、流石にこんなに喋らんか、だってアタシだけかね、もしくはアタシ世代でアタシぐらいの年で死ぬからか、超ドンピシャかね、アタシ。だって大体が年取ってガンかなんかで死ぬやろ。基本、大体、交通事故とかアタシみたいに刺されたりしやん限り最後老人ホームか何かで。おばあちゃんもそうやったけど、お母さんの方の、どんどん身体動かんくなっていって、介護されながら、最終的にペースト状のもんしか食べれやんくなって、ってそんな最後の迎え方してたらこんな喋らんやろ。喋れやんやろ。喋れんのかな、まさか。ゆったりとしか喋ってなかったで、おばあちゃん。言葉全然出てなかったでおばあちゃん。右手だけ動いてたねん、ご飯食べてるとこみんなで行ったんよね、みんなって言ってもルミとヨウスケとお母さんやけど。右手だけ動いてたねん、ゆっくりゆっくり。右手だけ。ちっさいスプーンでちょっとづつちょっとづつ、あのゆっくりとした右手の動きの裏腹にアタシみたいに、喋ってたんやろか。何喋ってたんやろ、いや喋らんか、アタシは刺されてるからなめっちゃ傷口熱いからな、そんな中で急にやからってのがあるか、この時間、でもあの時のおばあちゃん何考えてたんやろ、子供の時のこととか、思い出してたりして、初恋の時のこととか、アタシがトダの事思い出してるみたいに、ああトダ。また出てきたトダ。だからエトウの顔出てくんなや、トダトダトダトダ、エトウどっか行けや、えっ、トダって初恋なん?初恋ちゃうやろ。もっと前やろ、小学校の時とか好きな奴おったやろ、うっわ、小学校ってうわうわ、アカガワかも。あーー、アカガワにチョコあげたもんな、アカガワに、なんか、給食を一緒に食べるグループによくなってたんね、アカガワ、イコール掃除当番も一緒になんのやけど。給食の時楽しかったねえ、アカガワとの給食、何が楽しかったか覚えてないけど、なんか笑ってたな、小学校んとき、何があんな楽しかったんやろ、毎日腹抱えるくらい笑ってたな。アカガワ漫才するからな、昼休み、小学生の分際で、いやそうそう話しまくってたんアレやわ、吉本新喜劇毎週見てたんよな、とりあえず、休みの日曜は十三時から吉本新喜劇。確定やった。それで共通の、日曜の朝だけちゃうんよな、いつもと。匂いが。朝起きたら、いつもと匂いが違うねん。お父さんが休みやからと、タバコの匂いとアタシが遅起きるからお父さんが好きなインスタントラーメンの匂いが混じりあった朝の匂いやわ。いや昼か。新喜劇見ながらラーメン食うねん、伸びたラーメン、伸びたっていうか柔めのラーメン。お父さん歯悪いから。柔め好きやったからな。これがまっずいまっずい、やっぱラーメンは硬麺。こっち来始めてからしばらくしてバリカタとかハリガネとかめっちゃ硬い麺選べる店出てきたけどうまかったわ、なんかネチャネちゃしてくるからな柔麺。でも食べたい。人生最後に適してるかも、柔麺のインスタントラーメン、いややっぱみかんじゃ物足りませんて、かわいいけど。みかんより柔めのインスタントラーメン。人生最後にオカンが作った肉じゃがとかカレーとか狙いすぎてる感出るからな、別に狙うも何もないんやけどな、でも人生最後に柔麺のインスタントラーメンっていいな、っていうかめっちゃ良くない、狙ってる感なく最後にふさわしいというか、ちょっとなんか感動するよね、これ誰かに教えてあげたい、アタシ死ぬ前にこれ良くないって伝えたいわ、誰かに。ダイイングメッセージ、ダイイングメッセージ書いちゃう、腹の血使って、犯人はコイツだっとか指し示す暗号とか置いといて、人生最後に柔麺のインスタントラーメン食べるって良くない?っていう旨のこと。書いちゃう、長い長い、そんな長い文章書けやんやろ、っていうか文章書けやんやろ。大体インスタントラーメンってのが長いねん、でもラーメンって書いたら、店のラーメン屋と間違えられそうやからな、そこは違うねん勘違いして欲しくないけど、店のラーメンじゃないねん、ちゃんとしたラーメンじゃないねん、店のラーメンで柔麺やったら、この店のラーメンを追求して追求しての結果、最高の柔麺として仕上がりました~ってそういうんじゃないない、あくまでもインスタントのベチャッとしたまずいラーメンじゃなきゃそぐわんの、これ。だから難しいけど、インスタントって文字は入れやなあかんよなあってはいはいはい、名案、商品名でどないでっか、商品名でズバッと、出前一丁。これどうですか、って漢字かあ、書けるかな、漢字、出前てそんな難しくないよ、確かにね、一丁はめっちゃ簡単、問題は出前、出も多分いける、出も多分いける、前かあ、前は三部分あるからなあ、いやいこいこ挑戦挑戦、ラストはやわい出前一丁。これも長いか、ラストはってのもいらんか、やわい出前一丁だけでいいか、はい、ドンっ、やわい出前一丁。・・どういうこと。赤々とした文字で出前一丁。どういうこと。分からんやろ、っていうか遺書書いとけばよかった、遺書書いてたらこんな悩まんで済んだ、人生最後に食べたいのはやっぱ柔麺のインスタントラーメンですよね、ってこれで全て伝えられた、伝えられたって人生最後に伝えたいんインスタントラーメンですか、いやいやいやもっとあるやろ、もっともっと、人生最後に伝えたいこと、もっと大事なこと、あるやろ、えっ、ない?インスタント意外ない?そんなことないやろ、えっないないない、伝えたいことないやん、全然出てこやんやん、お母さんお父さんルミ今までありがとう、ありきたり。ありきたり過ぎ、確かにね、そういう気持ちはめっちゃあるよ、お母さんもお父さんもおらんかったら生きてこれやんかったんやし、でもどこぞの感動ドラマで見るようなありきたりな最後ってどうなん、もっとアタシらしくアタシならではの、アタシしか言えないような伝えたいことってないんかい、はいこれどうですか、ダイイングメッセージで、トダ。これどうですか、最も青春的な恋をさせてくれた、そして言葉にせずに秘めてきたこの想いをワタシの腹の赤々しい血にのせて、トダ。多分書けるけど犯人トダみたいになるな、っていうかダイイングメッセージでトダって書いたら、普通に皆が皆犯人トダと思うよな。いや違う違う、犯人こいつこいつ、犯人の顔丸分かり。でもダイイングメッセージて面倒くさ、こちとら死ぬ直前のものすごい苦しみを味わっている中、わざわざ犯人はこいつだとかどうでもええわ、しかもアタシの場合、全然知らん奴やからね、どうでもええわ、アタシのために犯人見つけますって、ありがとうありがとう、実際でもこの死ぬ間際の状況、犯人とかどうでもええ、もっと大事なことあるやろ、あっ、まさかのこれは、トダって書いたら犯人に間違えられるってことは、逆にエトウって書くっていうのがどないですかい。これ名案、あのムカつくエトウに濡れ衣をきせるという。エトウ容疑者ですよエトウ容疑者、エトウ、えっ。俺?えっ、マジで。ですよ。そりゃね、捜査がしばらく進んだら無事エトウの無罪が判明して釈放されるかもしれやんけど、それまで面倒くさいで~。疑われんのやから、だってダイイングメッセージに名前書かれてんのやから、疑われるで~~へいへいへい、エトウやったんちゃうんって、面倒くさいで~~。頼む~。頼むから、お前すぐ自首しやんといて、お前すぐ自首したらあかんで。すぐ自首したら、エトウ困らんからな、っていうか、こいつすぐ自首したらアタシのダイイングメッセージやばない、逆に。だって犯人じゃないのに名前書くって逆にさっきのトダ的な感覚でめっちゃエトウ好きやったみたいになるやん。わおわおやめて、最悪。お前自首するかどうかにかかってるとか。賭けやな~。こいつ自首するんかね?うーわー、しそうしそう、なんかしそうやめとこ、うんやめとこ。くそう、むかつくなエトウ最後の最後までムカつくなエトウ。おおとやばいやばい、もう倒れるやん倒れる寸前やん、流石に、やばいやばい、ああ痛い、思い出した痛かったん、くそうくそくそくそくそ、腹立つわエトウ、最後の最後まで腹立つ、おおおお、落ち着け、無へのカウントダウンがすぐそこまで、すぐそこまで来てはりますがな、おおお厚生年金とか払いたくなかった、意味ねえ、もっと金使えば良かった、こんなんなるんやったら、最後に最後におおお、エトウのムカつくとこしかでてこやん、エトウのムカツクとこシリーズ、ババン、人を見て態度変える、よく舌打ちする、自分が間違えた修正処理を人に押し付ける、ババン、外面がいいから外部の人には評判が良い、あああ腹が立ちすぎて安定してきた、棒やったら垂直に立ってる、マサコ、ああ、初めて入社した会社の同僚、マサコ、マサコの嫌いなとこ、嫌いな人にとことん冷たい、ババン、ヤマグチ、ババン、できないふりしてメンドくさい作業を押し付けてくる、みんな同じ系統、おおおどんどん出てくる、どんどん出てくるで、嫌いな奴、タナハシ、アマノ、テッチャン、ユミ、ヒロシくん、サワタリサワタリ、おおうサワタリ、って嫌だやめてやめて、人生最後に嫌いな奴いやだ、好きやった奴の名前名前、好きやった奴ってなんやねん、好きやった奴、トダ、カワサキとか、ミキ、ホリカワ、中学校やったら、ノブコ、コタニ先輩、小学校で、アカガワ、サッチャン、いやいやもっとおるやろ、マーチャンマーチャン、マーチャンおった、昆虫博士、あー、どうでもいい、そんなんどうでもいい。好きとか嫌いとかどうでもいい、なんかあれ、アタシ死んでくねんで、死んでくねん、忘れてんなや、あの時あの場所で同じ空気吸ってた誰か、アタシが覚えてない奴覚えてない誰か、高校の時、誰おった、あ行から、アキモト、おおう野球部のアキモト、イナバ、カワラグチ、キベちゃん、ヒカリ、マヤ、サワタリ、シロタ、セキカワ、ソヤ、オホーツクさん、オホーツクさんなつかしいっす、オホーツクさん何してんのやろ、あっとクスイおったクスイ、タケダ、タカハシ、トバタ、温泉いったなあ、湯布院、酔っ払った湯布院、どこいったっけ、一番遠いとこ、ナグモ、ケイ、ナズナ、ナガイ、ナガイ二人目、二人おったから、お母さん、アタシのミンキーモモどこ置いたん?死んでくねんで、死んでく、でもおばあちゃんは喋らんかったと思う、多分風景を、セガワ、サクラギ、ハセタニ、ハマオカ、ヤベタ、カワグチ、クロブチ、アリケン、シマムー、カワハラ、スナムラだってするやん誕生日やから、でもお父さんもお父さんやでルミだって、エトウのムカつくとこ、せせらぎがすっきゃねん、まじかよポッポに逃げられた、イワイ、マルオカ、ソシュール先生、もっとおるて、もっとおるって、沢田研二にハマったやん、ほんで、グッズとかあつめてたやん、そんなことばっかり言って、結婚出来やんくても幸せやっちゅうねん、子供産めやんくても幸せやっちゅうか、お前誰やねん肩こったから、ルミばっか贔屓して、お姉さんお兄さんご卒業おめでアタシマラソン大会百二十位、戦争のお話を、行っちゃったね電車、なんかアタシも待とうかな、だってまだまだこの部署に配属させていただきますアタシはもっといる、もっと存在してた、絶対もっと、カジハラ、ヨッチャン、ウラベ先輩、ポセイドン、あれ、なんかおかしない、でもインスタントのゆっくりとした右手にはいつも、いじめられてたってことを知りませんでしたはいはいやってられるかっつうの、ちょっとやめてちょっと、カワサキくん、ちょっと違うとこいこ違うとこうる星やつら見れやんお父さんのタバコの匂い制服に染み付いて取れへんから、アタシなんか初めて虜かもなんか性のなんかやっぱ湯布院行きたいけど、その前髪の部分をもっとこう、イガワ、マスムラ、フジチャンフジチャン懐かしフジチャン、アイダ、モトハラ、モリモトモリモト父、見つからんかったん、あっ、アタシマックシェイクチョコのSサイズ、ねえ、どうするこれから、だってラプラスキターーーー、ラプラスキターーーー、税金てどういうシステムになってんのかこれからアタシはどういうシステムに揉まれて生きていくのか、ヒロシ、セーコ、イナゲヤ、アソ、メーテル、サクラ、ユッチン、コヤマ、ごめん仕事やめてんあっはっはっは、まじか、そこと付き合う、マキマキマキマキー。怖い、怖い、でもあれ、アタシ、あれ、死んでく死んでく、もっとあったもとあった、あったまくるー、ヤマグチトモコとトキワタカコを足して2で割った感じかな明日休みやから泊まりに行っていい?あっ、ビーフストロガノフ、サオトメ、シショウ、ユキネエ、ヨースケの誕生日行ってええ、パオパオ、ねえ知ってるボストン大学の研究チームが十年間かかってたどり着いた答えは、パオパオ、塩味。百円セールやってるー、めばちこ痛い、痛い、いたいよー、会いたいよー、もう部屋入ってくんなや、衝動買いまじで衝動買い、はいはいはいはいすみませんでした、もっと、はいはいはいはいすみませんでした、今日で高校生活とおさらばとなるとアーンパーンチとーきのー過ぎゆくママーにこの身をーまかせーこれブラジャー、酔っぱらっちゃったー、たっまご焼きったっまご焼きっ、しゃあないなあ、ごめんなさい給食費忘れました今度からはえっ部室なんで?なんで?ですから、その紛失物に関しましてはこちらの部署に言われましても日本史苦手―、もっともっともっとしよ、もっとしよ、大っ嫌いイオカ、ミナミを甲子園に、初めて赤点取っても、とってもとってもキャーロビンソンーキャー、お金無いです、ハローナイストーミーチュー、一緒に帰ろ一緒に一緒に飛ぼうてほらーだからそのへんまでにしときって新聞紙でめちゃイケ見た見た。とりあえず、今年、普段からは想像もつか、用、ホットモ、センセ、一人、ヌ、マべべ、たかだか、レス、状、ははは、フェリ、横浜まで、脱して、なんか、てっ、もっと、ア、ルミ、レンコン、玉、伝え、坂を、セ、エベレスト山頂まで、きっと、触っ、ああ、ああ、痛い。気持ちい。

  女、倒れきる。
 
男  あっ、えっ、あっ。間違えた。
 
終わり
 
 
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夕焼け公園で奔走中

「夕焼け公園で奔走中」
 
――何をしているんですか?
中年の男(以下中年) 靴の紐がほどけそうなんです。本当に今もうほどけるぞって寸前のところで今キープしているんです。多分これ普通に歩いたらほどけてしまいますよね。でもそれをどうにかほどけないようにして歩いているんです。靴の紐がほどける瞬間ってあまり見ないですよね。さっきまでは普通に歩いていたんです。しかしふと。本当に何故だかふと下を見たんです。そしたらほどけかけてました。靴紐が。ほどけていたんではないんです。ほどけかけていたんです。何故私はふと下を見たのか。靴紐がほどけきっていたなら説明がつきます。視界の片隅に違和感を。あるいは歩いている足に何か異物が当たる感覚、靴紐ですね。訴えかけてくるんですよ、靴紐が。ほどけてるぞー。って。しかしですよ。ほどけてなかったんですよ。異物も違和感も何もなかったんですよ。なのに下を向いたんです。そしたらほどけかけていた。この状態。今にもほどけてしまいそうな中心の結び目。あの頃は凛としていた。二つの輪っかを均等の大きさに保ち、あたかも自分から生えているような二本の紐を左右に伸ばす。この世界のすべての中心にいるかのように堂々と君臨していた結び目は今はもう、ほら、見てください。今ではもうなんか、例えるなら、こう、蛇がなんか、グニャって。こう。ふやけてるでしょう。そこから出てる二つの輪っか。左右非対称。左側はこんなに大きいのに、右側は半分ぐらい小さい。この右側が原因です。この右側の輪っかがより小さくなる時、つまり左側に伸びている紐がより引っ張られるとき、この靴紐は完全にほどけてしまいます。ということは左側に伸びている紐を伸ばさないように最善の注意を払いましょう。私が何故右側の靴底を地面につけて歩いていたのかこれでお分かりになりましたね。左側に伸びている紐へのダメージを少なくするためです。左側に伸びている紐に異物が当たる、大抵は地面ということになるのでしょうが、その回数が多ければ多いほど、その当たった際の振動が結び目に伝わり右側の輪っかが潰れていくということになるのでしょう。そしてこのゆっくりさ。このゆっくりさが大事なのです。靴紐が何故ほどけるのか。それは靴紐にも重さがあるからです。こんなに軽そうに見えるのに。というか実際すごい軽いでしょう。しかし私達の行う行為の中で最も単純な行為。歩くというこの行為がこんなに軽そうに見える靴紐に重みを与えるわけです。そう、歩く、揺れる、靴紐が揺れる、靴紐の端への遠心力。だから私の右側の輪っかはこんなに小さいわけです。だから私はこんなにゆっくりとさらに右側の靴底を地面につけて歩いているわけです。しかしてこの靴紐の先に見てください。靴紐の重力をさらに増やすかのごとくまとわりつくビニールのテープ。忌々しいこのテープ。今まではこのテープのことなんてなんとも思ってなかったんですよ。今までは。ああ、靴紐の紐自体が先っちょからバラバラにならないようしてくれてサンクスサンクスとすら思ってましたよ。知ってますか?これがないと靴紐の先っちょから糸がバラバラになり始めてこうモジャモジャしてくるわけです。そしてモジャモジャになったらもう。靴紐を通すこの穴に通りづらい通りづらい。それを防いでくれているわけですよ。このテープは。しかしですよ。しかしですよ。今となっては重力を増やす邪魔者と化しているわけです。このテープの重みが私の歩いた際に起こる振動をかなり助長しているわけです。ささいなことですよ。本当にささいな重さですよ。しかしこの重さに私は今苦しめられているわけです。この重さがなければもっと楽に歩けているはずなのです。忌々しいこのテープ。あっ、カッター持ってません?あるいはハサミ。今すぐこのテープを切りたいんです。重力を少しでも減らしたいんです。
 
――持っていませんよ。
中年 持ってない。そりゃあそうだ。持っているわけないですよ。普通の人はハサミやカッターなんか持ち歩かない。持っているのは舞台監督、美容師、小学生、測量士、殺人鬼、中学生、アーティストそれも美術系のひとですね、あと、あとはいますかね?ハサミやカッターを持ち歩く人って。
 
――紙切り芸の方ですかね?
中年 紙切り?なんですか?それは。
 
――ほら、紙を切って象とかキリンとか作る芸をしている人いるじゃないですか。寄席とかに。
中年 紙を切って象とかキリンとか作るんですか。そいつはすごい。いますぐその人からハサミをもらわないと。どこにいるんでしょうか?その紙を切って象とかキリンとか作る人って。
 
――どこって言われましても。浅草とかですかね?
中年 ようし、今から浅草に向かいましょう。そしてハサミを手に入れましょう。そしたら万事解決だ。私は靴紐をほどききらずに家に帰ることが目的なのです。
 
  中年の男は去る。
  その後ろ姿にはかすかの希望と新たな戦いへと挑む勇姿が垣間見える。
 
――何をしているんですか?
若い女 どうしてあなたに何をしているのか答えなければならないの?
 
――いえ、単純の興味ですので、答えたくなければ結構です。
若い女 どうしても聞きたいって言うんなら、あそこに男がいるじゃない。あの方に何をしているのか聞いてきてくださらない。
 
――ええ、分かりました。
若い女 よろしくね。
 
――何をしているんですか?
金髪の男(以下金髪) あっ、ええ、うん僕。あっ。僕に聞いてますよね。ああっ。ホアタッ。そうですね。何をしているか。あっ。困りましたね。アイアー。あっ、これは一言で説明できないやつですので。えええとですね。えええと。あああ、どうしよう。なんて説明しましょうか。アタっ。アタっ。
 
――まずその、ホアタってしているのはなんですか。
金髪 あっ、これはですね。あっこれは誰もが知っているでしょう。アタっ。これはみんな知ってる。カンフーです。カンフーなんですけど。あっ、そうですよね、あっなんでこれをやってるかですよね。そうなんですよねえ。ええっと。こっからが難しくなるんですが。ンーハァーっ。これなんです。コレがなければァーっ、ハアッ、喋れなくなってきたんですね。アイヤッ。いや本当。ンーハアッ。大変に。
 
――??どういうことですか??
金髪 あっ、そのままです。ナハっナッハ。これ。イーヤフウっ。これです。コレがなければもう話すことすらままならない。マーフウっ。
 
――つまり、カンフーしなければ人と会話することができない、ということですか?
金髪 あっ、そう、ムーハア、そういうことですね。ニヤッホウ。辛いんですよ。ッハっ、とっても。
 
――そんなことって、あるんですねえ。困りましたね。ちなみにそのカンフーをやらないようにしたらどうなるんですか?
金髪 あっ、それはですね、ヤッ。こうなります。
 
  金髪、カンフーするのを止める。
 
金髪 あっ、喋れるんですけどね、(間)こう、考えないとですね。(間)何を喋るのか、何を喋りたいのか。(間)分からなくなってしまうわけですね。(間)大変なことになってしまいました。あっ、(間)大変大変。
 
――どうしてそんなことになったのですか?
金髪 あっ、(間)やっていいですか?
 
――え?
金髪 あっ、あれ、(間)カンフーですね。
 
――ああ、どうぞどうぞ。
金髪 あっ、それじゃすみません。ホアチャー、ホアタホアタっ、アーチャー、ヤっ、ハアアー、イヤはっ、ヌーーーハッ、ヌーーーハッ、プウアーイヤイアヤヨッホッコセイッ、ハップっ、ムーハッ。あっ、すみませんどうも、ヌーハッ。ええと、たまってたみたいで。たまるんですよこれ、アーイヤッ、用心しないと大変なんです。ええと、なんでしたっけ?
 
――どうしてそんなことになったんですか?
金髪 あっ、これはですね、あの、ンっパイ、僕がもともと会話が苦手というのがありまして、その際にですね、あっ、クッハイヤ、あっ、これですね。カンフーしたら、アンミャー、心地よくしゃべれるようになったというわけです。会話ってのは何が大事だと思いますか?まず第一に。
 
――会話にとって大事なもの。なんでしょう。相手ですか。
金髪 そうです。相手です。相手がいなければ会話にならない。でもそれは前提です。相手ありきで何が大切か分かりますか?
 
――すみません。分からないです。教えてください。
金髪 あっ、それはですね。話したいことです。話したいことがあれば人は喋れる。聞きたいことです。聞きたいことがあれば人は話を振れる。これが会話の基本なのです。つまり話したい対象、聞きたい対象がある。対象があるということなのです。会話は。現に今僕はあなたと会話している。そしてその対象は会話について。僕は会話について話したいのです。会話はこうだと。会話はこうなっているんだと思うということを話したい。すごい話したいから今、会話が成立しているわけです。しかし、この会話。会話について僕が話すことがなくなれば、途端に成立している会話が会話にならなくなるでしょう。ホアタっ。ほら来ましたそろそろ成立が危うい。あなた、僕に何か聞きたいことありますか?
 
――そうですね、聞きたいこと。カンフーとそれとはどういう関係があるんですか。
金髪 あっ、そうです。これです。僕が話し始めた理由は、それでした。会話の対象というのはですね。アーヤウっ。そりゃ、人にもよるんですけどね、アーッチャウッ、初対面の方が共通の対象の数自体は少ないわけです。しかし相手についてはほとんど何も知らないわけだから、色々と相手と自分を対象にしてお互いの知らないことを話せるわけです。ミウーヤっ、しかし逆に毎日顔を合わせている人のほうが対象の範囲が広い。つまり共通の対象が増えてくわけです。あの人はどうだ。この場所はどうだ。共通の知人や場所ですね。最近はこうだ、台所きれいだ、トイレは汚い、朝漬けの素を買った、こんな細かいことは、初対面の時には話さないであろうどうでもいい話ですが、少し何度も会うようになってくるいろいろな共通の対象ができやすい。しかしですよ。やっぱり会話の対象の基本は相手と自分なわけです。というかどの話をしていても、結局相手か自分の話になっていくのです。つまり、例えば相手と自分以外の共通の知っている人について話しているとするでしょう。しかしそれでもやはり結局は、その人はこうだ、ああだと。その人については私は、好きだ、嫌いだと、結局はその人について私はこう思う、あなたはこう思うと、自分か相手の話をしていることになってくわけです。つまりですよ。相手に興味があるということが大事なわけです。さっきから僕がながーっく喋っている理由。僕は会話をすることが苦手と言った。だから、カンフーがで始めたと言った。つまり何が言いたいか。ハアタっ。会話が苦手な理由として話すことがなくなると言った。ムーイヤア。しかし、対象は結局は相手か私だと言った。マッハマッハマーーっはっ。つまりですね。ヤーイアッ。話すことがなくなるというのは、相手に興味がないってことなんだ。アーイヤアっ。ミーキュウミーキャウっ、パーゼンショア……。ほら来ましたそろそろ成立が危うい。あなた、僕に何か聞きたいことありますか?
 
――そうですね、聞きたいこと。カンフーとそれとはどういう関係があるんですか。
金髪    あっ、それは今喋ったじゃないですか、マーセイマッゲャ、今僕が必死で必死で喋ったところですね。これ以上のそれを伝えるすべはありません。あなた、他に僕に聞きたいことはありますか?
 
――そうですね、聞きたいこと。じゃああなたは今、この公園において何をしているんですか?
金髪    カンフーです。
 
    間。
 
金髪    もしくはカンフーの練習です。
 
    間。
 
金髪    あなた、他に僕に聞きたいことはありますか?
 
    間。
 
――ありません。
金髪    そうですか。アーイヤアチョーっホッホッホッホーはー…
 
――ありがとうございました。
金髪 アイヤーっねーショウっレイアっっ。
 
――ということでした。
若い女 ありがとうね。一部始終を聞かせていただいて、とっても勉強になったわ。
 
――さて、あなたは何をしているんでしょうか?
若い女 私が何をしているか。あなた。あててみてくださらない?
 
――あなたが何をしているか。全く分かりません。あなたはボーッと突っ立っている。それしか分かりません。
若い女 惜しいですわ。半分正解ですの。それにプラスアルファを加えればもう正解よ。
 
――プラスアルファ。なんでしょう。ボーッと突っ立って。昔のことを考えている。
若い女 全然違います。あなた少し適当に答えすぎてやしません?私のことをよく見てくださらない。なにかがあるでしょう。
 
――あなたのことを。さっきからよく見てるんですが。なんでしょう。
若い女 あなた、私がそろそろ正解を教えると思っていやしません?とんでもない。私が正解を教えるっていうのがどんなに私を辱めにあわすことになるか。私はあなたが正解を導き出すまで、絶対に答えを言いませんからね。
 
――そんな。さっきあそこの男に何をしているか聞いてきたら教えるわと言ったじゃないですか。
若い女 だから教えようとしているじゃありませんか。でも、あなたは考えようともしない。ただそれだけ。
 
――考えないことが悪いっていうのですか?
若い女 そう。考えないことが悪い。見ようともしない。現に私のことをしっかり見てくださればすぐに分かることよ。いいえ、考えるまでもないことですわ。
 
――全く分かりません。あなたのことをじっくりじっくり見てますが、全く分かりません。ボーッと突っ立って。ボーッと突っ立って。何をしているんだ。
若い女 さあ、何をしているんでしょうね。
 
――全く分かりません。あなたのことを毛穴の一つ一つが分かるほどじっくりじっくり見てますが、全く分かりません。ボーッと突っ立って。ボーッと突っ立って。何をしているんだ。
若い女 まあ、いやな人。お止めなさいよ。全くふしだらな。こんなとこ人に見られたら勘違いされるじゃありませんか。わかりました。一つヒントを出したげる。私の顔の辺りをよく見てごらんなさい。
 
――顔の辺り。なんですかね。さっきから顔は特に注視しているんですが。
若い女 顔ではなくてよ。顔の辺りでございますの。何か違和感ありません?
 
――分かりませんねえ。それはそうとこの辺はなんだか虫が多いですね。
若い女 それですわ、私が気付いて欲しかったこと。
 
――??虫ですか??
若い女 虫ではありません。蚊柱ですの。
 
――蚊柱。
若い女 そう蚊柱。私、ボーッと突っ立て蚊柱を眺めているわけですの。
 
――しかし何故蚊柱を。
若い女 知っていまして。蚊柱って一匹一匹のオスが飛び交っていますの。そこに一匹のメスが入ってきて、交尾相手を探しますの。つまり蚊柱ってのはメスから選ばれるために集団で待ってるオスたちの群れなわけなのですけれど、つい2,3時間前に私このオスたちに選ばれたらしいのです。
 
――あなたは何を言っているんですか?
若い女 すごいのよ、こいつらの目。俺を選べ俺を選べと。まるでこれで選ばれなかったら人生が終わってしまうかのような感じ。あら、人生ではないわね。虫生とでもいうのかしら。私、どなたを選んで差し上げれば良いのか皆目見当も付きませんで、ほら、よく外国の方の顔はどなたも同じように見えるって言うじゃありませんか。それと同じでこの蚊の方々も皆、一匹一匹同じような姿形に見えて何を基準に選べばいいのか、途方に暮れていたところでございますの。普通こういうお見合いパーティのような場合、まずはご趣味はとか、ご出身は、なんてお話をして、互いにどういう方なのかを知ってから、というのが正しい付き合い方じゃありません?でもほら、相手は蚊でしょう。喋ろうにも喋れないじゃありませんか。そりゃあお互いに深く知り合うこともできないというわけですの。
 
――あなたは何を言っているんですか?虫と交尾するつもりですか?
若い女 そう、そこなんですの。私、今までこんなに大勢の人に、いいえ、虫なんですけどね、必要とされたことがなかったのよ、だからとっても嬉しかったのです。しかしいざ虫と交尾となると、嫌じゃありませんこと。虫と交尾なんて。第一人間と虫が交尾なんて出来るわけないじゃありませんか。それでもこのオスたちは私に選んで欲しそうな目付きで飛び交っていますの。これをどうしたものか、どうしたらこの方々は私から離れて行って下さるか。そこにあの方が現れたんですの。そしてあの方に何をしているのかをあなたに尋ねてもらったわけ。
 
――あのカンフーの方とこの蚊柱とどんな関係があるんですか?
若い女 簡単なことよ。私、あの方と交尾をしようと思っていますの。
 
――あのカンフーの方と交尾。なんでですか?
若い女 私がこの蚊柱の中からあの方を選んだとすればこの蚊柱は私から離れていく。そんな簡単なことを説明させないでください。あなたに最後のお願いがあります。あの方に私を紹介してくださいませんか。
 
――あの方となんの面識もないんでしょう。いきなり性行為するつもりですか?
若い女 もちろんそこらへんは会話をして、互いに深く知り合う必要があると思いますわ。でも私の勘ですと私はあの人とうまくいく気がしますの。
 
――そうですか。そういうことなら。
若い女 お願いね。
 
――またまたすみません。あなたに一つお願いがあるんですが。
金髪 あっ、ええとなんでしょう、僕に出来ることなら、ムーヒィ、なんでも、そうですね、やらせてください。
 
――実はあなたとお話がしたいという方がいらしてですね。あなたの会話の練習にも最適かと思いまして。
金髪 あっ、本当ですか。いや、さっき会ったばっかりなのにこんなに親切に。ヌーっハウ、ありがとうございます。そしてその方というのは?
 
――この方です。
若い女(以下よし子) お初にお目にかかります。よし子と申します。ごめんなさい。こんなにご無理を言って。
金髪(以下戸坂) あっ、初めまして、戸坂と言います、イッヤッハ、いやこれは、ええと、癖でして、マヒウ、気になさらないでください。
よし子 ええ、この方から全て聞いてますのよ。あなたのことは。だから安心なさってね。
 
――それでは私はこのへんで。
よし子 ちょっと待って。もう少し一緒に居てくださらない。私達二人だけでは心配よ。
戸坂 あっ、そうですね。ペンヤッレ、ペンヤッレニャーハウ、ショーエムウ、初対面の人といきなりというのは、ペンカーバイ、少し怖いですね。
 
――まあ、私も初対面なんですが。
よし子 それでは、始めさせていただきます。ご趣味は?
戸坂 あっ、そうですね、ええと、イヤーホっ、なんでしょう、あっフー、マアマアっ、メーリストっ、トッキャアット、ああう、駄目ですね。趣味は、ええと、パゼルスト、ポートレイトっポウ、トッパース、思いつきません、趣味らしい趣味が。マーセウ、すみません。
 
――まあ、落ち着いて落ち着いて。
よし子 すみません。答えづらい質問をしてしまって。では、次の質問に移らせていただきます。お仕事は?
戸坂 あっ、そうですね。ペイニャア、ピノウ、仕事仕事、こればっかしは、アッハウ、セイヤッハ、サイヤッサ、してるんですけどね、そりゃあ、ポンチューーロシューゼウ、してますよ、もちろん、イーシャアイシーッシャッハ。
 
――それは何を。
よし子 何をしているの?
戸坂 あっ、そうですね、すみません、あっハウ、答えられません。すみません。ナーコトダッパ、ナーセントっ、そんなに答えられない仕事ではないんですが、パッチワークっ、すみませんが答えられません。
 
――いえいえいいんですよ。人間誰しも答えられないことの一つや二つありますから。
よし子 私と性行為してくださらない?
戸坂 えっ、性行為。
 
――ちょっとよし子さん。
よし子 もう十分会話しました。相手がどんな人かも分かりました。ねえ、私と性行為してくださらない?今ここで。私、今すぐあなたと性行為がしたいの。
戸坂 あっ、性行為って、あの、男女が子作りのために行う行為ですよね?
 
――そうですね、今急にというのもおかしな話ですよね、これには深い事情がありまして。
よし子 私の顔の辺り、見てくださらない?
戸坂 あっ、うわっ、すごいっ、蚊だっ、うわっ。
 
――こういうことなんです。戸塚さん。彼女が性行為をせがむ訳は。
よし子 簡単に申し上げますと、私、蚊のオス達に交尾をせがまれていますの。それを避けるために、戸塚さん、あなたと性行為をしたいということなんです。そうすれば、蚊も私のことを諦めてくださるんじゃないかと思って。
戸坂 あっ、まず、僕の名前は戸坂なんですけどね、いや、いいんですけどね、戸塚でも。はい、よし子さん、あなたの要望はわかりました。しかしですよ、僕はですね、キャーッシュウっ、ほらこの通り、マッセントっ、まともに性行為ができるかしらというのがありまして。ええと、できるかな、やってみますか?ポーゼット。ほらこれですよ、できるかな。
 
――できますとも。
よし子 ほら、私の言ったとおりだわ。あなたとは相性がいいと思ってたの。やってくださるってことよね。
戸坂 あっ、そうですね、ハイーっ、僕に出来ることならですね、ハーヤッハ。でも、どうすればいいんでしょう。
 
――それでは私はこのへんで。
よし子 ちょっと待って。もう少し一緒に居てくださらない。私、実は性行為をどう行えばいいのか分からないの。失礼ですけど私に性行為の仕方を教えていただけません?
戸坂 あっ、そうですね。僕もどうすればいいか分かんないです。教えてください。
 
――性行為ってのはもっと二人だけで親密にやったほうが良いかと。
よし子 分かっています分かっていますとも。無理を承知で聞いてるんじゃない。でも分からないものは仕方ないじゃない。
戸坂 あっ、そうですね、ええと、つまり最初だけでもミャーハッス、最初の流れだけでも教えてくれませんか、ポスポオス、どうことを運べばいいのかがまず分からないのです。
 
――なるほど順序ですか。それでは検索して差し上げましょう。性行為の順序。検索。はい出ました。性行為の順序、①静かな部屋でキスをする。
よし子 静かな部屋と言われましても、ねえ。
戸坂 あっ、そうですね、パッス、
 
――どうしたんですか?
よし子 ほら、蚊が部屋に入ってしまいますし、蚊が飛んでる時点でうるさいわ。
戸坂 あっ、そうですね、ペッサリっ、それ以前に、僕も静かにできなさそうです、ミーッヤッホ。
 
――そうでした、そうでした。それでは、静かな部屋というのは割愛します。キスをする。
よし子 さあ。キスしましょう。
戸坂 あっ、はい、あっ、そうですね、あっ、うっ、うわっ、うわっ、あわわ、蚊が、蚊がすごいです、うっ、はっ鼻に、すみません、ミャッハ。うっ、ふごふご。
 
――これもダメそうですね。
よし子 ああ、なんてこと。忌々しい蚊。
戸坂 あっ、すみませんアヒューハッ、ポーシュトンサ、ビュウビュウシュぺーイっ。
 
――では次行きます、性行為の順序、②優しく「いい?」と聞き軽く胸を揉む。
よし子 まあっ、恥ずかしいわ、こんなに急に。
戸坂 あっ、ではすみません。いいでしょうか?ピキーっ、ッシャウンッシャッスン。
 
――ああ、ちょっと。
よし子 痛い、痛いわ、なんてこと。
戸坂 パーロシアン、ピューストストロポンネッヘイ、パゼンチョアパゼンチョイ、シューエオエンキュロース。(間。)昔のことなんですけどね。鼻に蚊が入ったことを思い出しました。そうですそうです。それも蚊柱だったんです。僕は小学生か中学生で、川に沿った遊歩道を自転車で飛ばしてたんです。そしたら、あいつらが入ってきた。鼻に。フンフンっと鼻から息を何度も吐き出し、それでもあいつらが残っているような気がして、何度も何度もフンフンフンフンっ。虫が生きたまま体内に入ったら、人の心臓を食い尽くすなんて話をテレビで見てたんですよ。あれ、何が言いたいんだろう。鼻に入ったら辛いってことを伝えようとしているのか、今だに違和感がありますよ。さっき鼻に入ったばかりですから。フンフンっ。性行為の話をしましょう。初めての経験になりそうな時があった。確かにあった、君に触ろうとした、しかし、君は今?と聞いた。僕にとっては今だった、君にとっては今じゃなかった、今じゃなければいつがありえるのか、つまり、何が言いたいか、もっと豊かで穏やかな心を持っていたらなあ。フンフンっ。あなたの願いは、蚊柱をはらうこと。分かってますとも分かってますとも、あなたは僕に興味ない。それでいいんです、それで。僕は君に興味がなかった。性行為に興味があったんです。ありふれた話です、かなり。つまり何が言いたいか。あっはは、これは笑えてきました。あっはは、フンフンっ。今気づいたことを言うと、僕は何を喋りたいのかということを伝えてる、何を喋りたいのかということを会話にしている、こんなおかしなことがあるのか、あるんです。まあいいや、性行為しましょう。あなたは僕に興味ない、僕もあなたに興味ない。性行為しましょう。それが望みなら、それで全てが解決するなら。
 
    よし子、嫌がる。
 
よし子 やめてください、なんだか怖いわ。
戸坂 性行為しましょう。それで解決するんでしょう。
 
――何をしてるんですか。嫌がってるじゃありませんか。
戸坂 性行為しようと言ってきたのはこいつです。
よし子 ごめんなさい、もういいわ。
戸坂 勝手ですね。あなたは。うわっ、なんだ、虫、なんか増えてません?
よし子 あら。
 
    中年、登場。
 
中年 靴紐がほどけました。
 
    間。
 
中年 ほら、見てください、靴紐がほどけたんです。
 
――そうですね、綺麗にほどけてますね。残念でした、家まで帰ることができずに。
中年 死のうと思うんです。
 
    中年、靴紐を靴からはずし始める。
 
中年 これがダメならすべてダメだと思ってたんです。悔いはありません。私の計算ミスでした。ハサミを手に入れようと浅草に行こうとするなんて。駅に着く前にですよ。あなたと別れて一時間も経っていない。ああ、ダメだ。ダメになりかけと、ダメは違うんです。私はさっき完全にダメになりました。
 
    中年、靴紐を靴から完全にはずしきる。
    中年、靴紐で首をくくろうとする。
 
――何をしてるんですか。
中年 何をしている、見ればわかるでしょう、首をくくろうとしているんです。あなたは私にさっきも何をしているんですかと尋ねた。私は靴の紐がほどけそうだと答えた。あの頃は良かった。希望に満ち溢れていた。この靴紐をほどかずに家に帰ることができると信じきっていた。この靴紐で。うっ。(靴紐で首を絞める)
 
――やめてください。
中年 やめる必要はありません。全然締まってない。こんな弱々しい紐ではやはり人は殺せないのだろうか。うっ。(さらに絞める)まだ大丈夫だ。全然苦しくない。むしろ心地いいくらいだ。体中の血を意識できる新しい感覚です。ほらこの部分、見てください。(ビニールのテープの部分を見せる)このビニールの部分がすべての原因、この少しの重みが全てを変えた。ほんのちょっと、ほんのちょっとの重みに耐えさえしていれば、私はこの重みを取り払おうとしたのです。楽に歩くために。その考えが私をダメにしました。少しでも楽に。少しでも楽に。うっ。(もう一度首を絞める)うおっ、すごい、見てください、この靴紐。さっきから全然苦しくない苦しくない思っていたら、ほら、(靴紐の端と端を引っ張る)伸びるんです、伸縮性があるんです。これはすごい。靴紐って伸びるんですね。そりゃあ死にづらいわけだ。ほら、見てください。靴紐です。靴紐ってこんなになってたんだあ。ほら、一メートルぐらいですかね、いや、もうちょいありますね、うわー靴紐だあ。なかなか靴紐を単体で見るってことないじゃありませんか。ほら、見てください。これが完全にほどけきった靴紐です。実に美しい。この世の物とは思えないほどです。私達は靴紐がほどけた、靴紐がほどけたとあのちょうちょ結びがほどけただけで迷惑がりますが、そんなのは序の口だったのです。これが完全にほどけた状態。ここまでいってやっとほどけたというわけですか。あっ、(間)ほどいてしまった、自らの手でほどいてしまった。完全にほどけきっていたわけではないのに、自らの手で完全にほどいてしまった。ああ。
 
  間。
 
戸坂 うわっ、すごい蚊だ。すごいどんどん増えてる、どんどん増えてる。早く性行為しましょう。さもないと大変なことに。
よし子 あなたと性行為するのはごめんだわ。私には選ぶ権利があるの。これだけ何千、何万、の中から選ぶ権利よ。あなたと性行為するのはごめんだわ、だってあなた自分のことしか考えてない、私のことを考えてくださらないんだもの。
戸坂 そういう類の性行為という話でしたでしょう。あなたが目的を達するためだけの。
よし子 そう、そういう類の、でもさっきあなたが私に襲いかかろうとした時、あなたに野獣を感じたの、ドラゴンが燃えているかのように。私、そんな野蛮な人に抱きしめられたくないの、そんな野蛮な人に抱きしめられるぐらいなら、虫に抱かれたほうがましよ。
戸坂 でも虫に抱かれるなんて無理だよ。
よし子 そうなのよ、困ったわね。
戸坂 だから僕に抱かれなさいってば。
よし子 ねえ、あなた、私虫と性行為したいんですけど、どうすればいいですかね?
中年 えっ、虫と性行為、あなた正常ですか?
よし子 私が虫と性行為したいって本気で言ってるとしたら、あなた笑う。
中年 笑いますとも笑いますとも、虫と性行為なんて出来るわけない。
よし子 ならあなたが私と性行為してくださらない?
中年 えっ、私が。
戸坂 なんでだよ、なんで僕じゃないんだよ。
よし子 見るところによるとあなた、すごく絶望してらっしゃる。私、ある理由で性行為しなきゃならないの、今すぐ。私が体で癒してあげる、ねっ、利害が一致してるでしょ。
中年 はあ。しかし私はそろそろ死のうと思っているところなんです。そんなときに性行為なんてできますかね。
 
――できますとも。
よし子 そうよ、自信を持って。あなた、まず何から始めればいいんでしたっけ。
 
――キスです。
よし子 それではキスしましょう。
中年 はい、うっ、うわっ、うわっ、あわわ、蚊が、蚊がすごいです、うっ、はっ鼻に、すみません。うっ、ふごふご。
よし子 やっぱりダメなんだわ。私、これだけ大勢の中から選ぶことは可能なのに、どうして、どうして自分の好きなようにはいかないの。選ぶことはできるのに。ことを遂行することができないなんてあんまりよ。
戸坂 僕なら大丈夫です。今度ばかりは大丈夫です。鼻をつまみます。これでキスしましょう。そしたら鼻に蚊も入らない。
よし子 あなたはダメ。
戸坂 なんでなんだ。なんで僕じゃダメなんだ。
よし子 あなたと性行為するということはもうすでに私が選んだ性行為じゃないもの。あくまでも私が選んだ相手じゃないとダメなの、あなたが私を選んでいるの。いいえ、私を選んでいるのでもない。性行為を選んでいるの。ただそれだけ。
戸坂 なら、あなたが僕を選んでくれよ。
よし子 戸坂さん、あなた、自分がさっきから普通にしゃべっているのにお気付きになって?
戸坂 えっ。
 
――あっ、ほんとだ。カンフーなしでしゃべれるようになったじゃありませんか。
戸坂 本当だ、やったやった。
よし子 しかし、あなたはまたすぐに喋れなくなるの。私、その理由を知っていますから。
戸坂 なんですと。
 
――理由というのは、なんなのでしょう。
よし子 少しは自分で考えたらどう。全くあなたは私が答えを言うとばかり思って甘く見て。
戸坂 もったいぶらないで教えてください。
よし子 いい?あなたは今、性行為をしたいという衝動があるから喋ってるわけですの。つまり性行為をするという目的をこなそうこなそうと必死なのよ。だから喋っていられるの。話したいことがあるってことなの。でもね、私が、あなたに一言しゃべるだけで、あなたはまた元の状態に戻るわ。というかもっとひどいかもしれませんわ。あなたの性質上。
 
――それは、どんな一言なんです。
戸坂 やめてください、や、やめて。
よし子 あなたはこの先一生、性行為できないのよ、諦めなさい。
 
  間。
 
戸坂 あっ、あっあああ、あああああああ。ンっハースっ、スウェイスウェイ、シュロットトーキャンス、ポウェイポーシュレイト、ハンクーイェン、ナーゼ、ナーハ、トーステルダムキンザッシャーイアー、ミテレ、ミテネっ、レットーカンパイハンドーザイーッヒっ、ああ、ペイヤ、ピシッレ、なんてことだ、イーシャオメロノン工イっパシノーオウパーチェンコショークジャ、ッジャ、ジャジャジャジャジャ、ピーシャオペーリシトモにユッキョウモータントモーゼント、ああ、プウロントゥーイン、つらい、んんーーッペんんーッパアーイヤア、イラマーチッツッテネーッテノーピッテパー、ハームシュキャンチョウ、誰か、アーベルスト、トーバラスト、テーナラシテ、ああ、ミッソウンガ、助けて、ギャーグルヘン、ギャーグルホン。ポーーーーーーーーーーーーーーーーっ、ピーーーーーーーーーーーーーーっ。ネーーーーーーーーーーーーーーーーっ。シュックライゼンゼンハーゼンヒー。ポートテルモン、メガロシンキャイっパッチパッチステイチョン、ステイチューン・・・。
 
  戸坂、カンフーしながら去る。
 
――なるほど、溜まると言ってましたね。
よし子 そういうこと。
中年 皆さん見てください。あなたがたがしゃべったりカンフーしている間に、もう片方の靴紐もとってしまいました。
 
――もう、なにしてるんですか。
よし子 なんでまたそんなことを。
中年 最後のお願いがあります。私、もう死のう思ってたんですがやり残したことがありました。これだけはしておきたい。つまりですよ。うわおっ、なんて美しいんだこの完全にほどかれた靴紐というのは。しかも二本。この靴紐を使ってですよ。こうやってこうやって。(靴紐をつなぎ合わせる)こうです。見てください。長くなりました。これとこれを、あなたがた持ってください。(紐の端と端をそれぞれに渡す)ピンと引っ張って、そうです、ありがとう。私はいろいろとゴールできずに生きてきたわけですが、死ぬ前に、形だけでも、表面だけでも、味わわせていただきたいと思います。それでは、すみません、私が走ってきましたら、さくらーふぶーきのー、さらいーのそーらにーと歌っていただけますでしょうか。いえ、お願いしますね。
 
  中年、去る。
 
よし子 勝手な人ね。
 
――まあまあやってあげましょう。それで満足いくのなら。
 
  間。
 
  中年、走って登場。
 
中年 さくらーふぶーきのー、
三人 さらいーのそーらにーいつかかえーるーそのときまーでゆめはおわらーないー。
中年 どうも、どうも皆さん、ありがとうございまーす。いてっ。
 
  中年、ゴール手前でコケる。
 
二人 あっ。
中年 はははは。最後までですか、ことごとくだめですな、ことごとく、はははは、はははははは。ふごっ。
三人 ははははは、ははははは、ははははは。ふごっ、ふごふごっ。
中年 あれ、なんですか、ふごふごっ。
 
――蚊が、蚊がすごいことになってきました、ふごふごっ。
よし子 求められてるんだわ、私、こんなにもたくさんの蚊に求められてますの、ふごふごっ。
 
――求められるのはいいのですが、早くどうにかしてくれませんか。
よし子 だってどうすればいいの、ふごふご、誰も私と性行為をしてくださらないじゃないの、おじさん、早く私と性行為を、って何してるの?
中年 いやあ、あの、あなたの靴紐もほどかせてくれませんか、ふごふご。
よし子 もうっ、勝手にして。
 
  中年、よし子の靴紐をほどき始める。
 
よし子 選ぶしかないのね、この中から選ぶしかないのね。
 
――よし子さん、あなた、まさか、ふごふご。
よし子 他に手がありますか、そうよ、選ぶしかないのよ、そうよ、よく見るのよ、一匹一匹、そうよ、渋谷よ、ここは渋谷のスクランブル交差点ね、信号が赤にならない、そして男しか歩いていないの、そうよ、スクランブル交差点なの、一匹一匹、よく見て、このスクランブル交差点の大勢の中から選び放題だわ、なんて贅沢なの、私ったら。よく見て、大勢として見るから分からないの、一人一人をよく見るの、ほら、ほら違うじゃない、全然、全然違う、飛び方、羽の角度、目の動かし方、全然違うわ、どうしましょ、どの方を選んで差し上げましょ。そこの目のクリッとしたあなたなんてキュートで素敵ね、あら、いささか他の方より手足の長い八頭身のモデル体型のあなた、かっこいい、あなたにしようかしら、ダメダメ、モデルなんてきっと女遊びがひどそうよ、もっと私のことを大事にしてくれそうな方をお選びしないと、うん、ちょっとお腹が出てるけど包容力はありそうね、あなたに決めちゃおうかしら、ダメダメ、そんな見た目で判断してるようじゃダメ、中身で判断しなきゃ、いや違うわ、中身の判断もダメよ、判断してる時点でダメよ、本当に運命の人ならピンとくるはずよ、ピンと。そうでしょ。目があっただけで、手と手が触れ合っただけで、あ、この人ねって、そうなるはずでしょ、あなた。あなたよ、あなただわ、さあ、あなた、私と性行為を、あれ、どこ行った、分からなくなってしまったわ、んん、じゃあ、あなた、あなただわ、さっきの方は勘違い、本当に求めているのはあなた、さあ、キスを、あなたじゃない、あなたでもない、あなた、あら、どこへ、あら、んんん、あなた、違う、あなたよ、あなた、んんん、蚊すらも、蚊すらも選べないの。ん、んんん、ふがふが。ふがふが。やめて、鼻の穴を開拓しないで、やめてやめて、多人数で私を犯そうっていうのかしら、ばか、やめてやめて。私が選ぶのよ、私が。あなたがたじゃあないの、私が選んでるの、ねえ、そうでしょ。私よ、選ぶのは。あなたがたじゃあない。選ばされているわけではないの。私が選んでるの。だから、あなた。あなたに決めました。さあ、あなたよ、もっと喜びなさいよ、ふがふが、あれ、あなた、どこへ、ふがふが。選ばされてるわけじゃないわ、私が選んでるんでしょ、運命の人よ。運命、運命の人がいるならばそれは選ぶの、選ばされているの、どっちなんでしょ。運命に選ばされてるってこと、そんなの嫌、私が選ぶんだから。私よ、ほら、もっと求めてみなさいよ、私よ。選ばれたいんでしょ、アピールしなさいよ、ふがふが。私よ、ふがふが。あなふがふが。ふがふが。
戸坂、登場。
戸坂 ホーアチャーー、ふがふが。アタっ、アタっ、アタタタタタッタ、アーー、フワッチャアッ。ふがふが。
 
――戸坂さん、何を。
   
  戸坂、よく見ると蚊と戦っている。カンフーで。
 
戸坂 アーーーー、アチャチャチャチャチャチャチャー、アーイヤーっ、ハーーっ、遠い、遠いです、よしこさチャチャチャチャー、ヤッシュウマセーっ、イザっ、トヤ、セイヤーッシャウ。ふがふが。
よし子 と、戸坂さん。
戸坂 ヤーハッシュウ、ソウラーセイソン、ナハッハッハハ。はっふがふが。
中年 あのう、すみません。
戸坂 ハイヤっ?
中年 良かったら、あなたの靴紐もほどかせてくれませんか。
戸坂 アーヤップ?
中年 ええ、そうです、その靴紐です。
戸坂 アイヤッシュ、トルネイデンっ。
中年 いやあ、明確な理由というものはないんですが、一種の衝動ですかね。
 
  間。
 
戸坂 ターーーっ。アーーーーっ。(靴を脱ぎ投げる)
中年 うわあー。ふがふが。(靴を拾いに行く)
 
――どうなっているんでしょう、今、どういう状況なんでしょう。
戸坂 アータタタタタタタタタタ、セイヤ、ゼハウウスバッケン、ナサっ、んんんマアー・・・。
よし子 死んでく、私を求めていた者達が、死んでくわ。
中年 あのう、ちょっといいですか。ふがふが。
 
――はい、なんでしょう。
戸坂 ホーアチャイ、ふがふが、イヤッスイヤダッス、テニヲハハハハハハアッ・・・。
よし子 ああ、ああ、ああ。
中年 ちょっと、見ていてくださいね。(戸坂の靴の穴から靴紐を抜く)ほら。
 
――はあ。
戸坂 ミンナーアレイ、アヤ、レイヤーショック、はあはあしんど、トゥギャジャーっ、テイ・・・。
よし子 ああ、ああ、さっきのあなたが。
中年 (紐を抜く)ほらほら。
 
――はあ。
戸坂 テンナーアーレイ、アアッ、チュウエーヤッ・・。
よし子 あなたも、ああ、あなたも。さっきの八頭身のあなたも。
中年 (ゆっくりともったいぶるように紐を抜く)ほうらほらほら。どうですか。
 
――そうですね、どうと言われましても。
戸坂 ナイヤー、ガイヤー、ナー、ナーサコップスチャッ、アタアタアタタタ・・・。
よし子 やめてーっ。私のことで争わないで。
中年 ほうらほらほら見てください。靴紐です。抜けるんです、穴から、靴紐が。ほうら、穴にクイッと、クイッとしがみついてるでしょう、ガチッと靴紐が、穴に。それが、ほらシュッて抜けるんですよ、靴紐が。ガチッとしがみついてシュッて。どうですか、何をしがみついてるんでしょうか。ふわっと力を抜かせてあげましょう。こんなにクイッと長時間。ほどいてあげましょうよ、ほどかしてあげましょうよ。
戸坂 ホアチャ、ホアチャホアチャ。アーーーーーーイヤーーーーーーーーっ。
 
  戸坂、戦うのを止める。
  いつの間にかよし子に近付いている。
 
よし子 ええ、ええ、私の目的は蚊を追い払うことでしたね、忘れていました。
戸坂 ホウ、アチャイ、テイ、ヤッチャウ。
よし子 そうです、それなのにいつの間にか蚊に見られることが喜びとなっていました。たくさんの方々に求められるのが快感となっていたのです。
戸坂 ヘイヤッサ、ヘイヤッソ。
よし子 ええ、ええ。分かってます、あなたは私のために戦ってくれたんですよね、私のために。でも見てごらんなさい、罪もない方々がこんなにも、帰らぬ者となってしまわれました。
戸坂 アザブ、テイサー。
よし子 飛んでいた時、私には彼らが一人一人どんな方だか分かりました。飛び方、羽音、目付き、足さばき。しかしご覧なさい、死んでしまってからは誰もが同じに見えます。
戸坂 アーヤウっ、シュッテネイザー。
よし子 分かってます、分かってますとも、あなたは私のために戦ってくれたんですから。ありがとう。ありがとう。さあ、キスを。
戸坂 アンデーナッサウ?
よし子 そうよ、あなたを選ぶのよ。こんなにも私を求めてくれたのですから。
戸坂 アンゼッカーーっ、テッシャウヤーーーン。
 
――なんということでしょう。数々の障害を乗り越えて、今やっと二人は一つになろうとしています。って何をしているんですか。
中年 いやあ、長い靴紐を作りたいと思っているわけです。
 
  中年、ほどいた靴紐を全てつないでいる。
  戸坂、よし子、見つめ合い、顔を近付けていく。
 
――ついに、ついに二人が。
戸坂 ホアチャっ。
 
  戸坂のカンフーの動きがよし子に当たる。
 
――えっ。
よし子 えっ。
中年 わあお。(巨大靴紐を眺めながら)
 
――今のは、どういうことでしょう、戸坂さん。
戸坂 アッチャウ、ミンヤー、サッポウ。
よし子 わざとではない、わざとではないのね、安心したわ。
戸坂 テッキュウレン、テイチャーネッチュウ。
よし子 分かりました、もう一度。
 
  戸坂、よし子、見つめ合い、顔を近付けていく。
 
戸坂 ナンチャーレン、テイシューヤッポウ、ネスソダワンっポウっ。
 
  戸坂のカンフーの動きがよし子に当たる。
 
――えっ。
よし子 えっ。
中年 なんて素晴らしい。(巨大靴紐を眺めながら)
 
――戸坂さん、戸坂さん。
戸坂 テキュネシアン、レザノミア、ナッセン、ナッハン。
よし子 もう、ちょっとぐらい我慢できないの。
戸坂 エキゾップ、エキゾチック。
よし子 もういや、もういやよ、また叩かれておしまいよ。
戸坂 ネジラッセ、ハンダーラウ。
中年 なんですか。
戸坂 テンパっ、テントーサケイウ、フォーバレッテ。
中年 えっ、この紐を、そんなことのために。
戸坂 タンウォーレイ、アザナスカイっ。
 
――お願いしますよ、おじさん、この方々のために。
中年 待ってください、待ってください、この紐で人を縛れと言うんですか、私に。待ってください、待ってください、縛る、私が、縛られていたものをほどいてしまった私がですよ。縛られてない私に人を縛れと言うんですか、おかしなこと言うなあ、いいじゃないですか、自分からわざわざ縛られることなんてありませんよ。
戸坂 エイダルホン、サササーイヤっ。
 
――その紐で縛れば、この人はカンフーしなくてすむという、そういうわけなんです。
中年 なるほど、そういう考えもあります、人は縛られないと生きていけない。しかし、しかしですよ。逆にこういう考えもあります。人は縛られずとも生きていける。私が今会社を辞めたら、家族に莫大な迷惑がかかる、しかし、ほどいてしまいなさい。このタイミングで言いたいことを言ったら飲み会の雰囲気がぶち壊しだ、イエス、ほどいてしまいなさい。私が妻と別れたら子供の教育上よろしくない、よろしくないよろしくないけど。大丈夫ほどいてしまいなさい、本当に別れたいのなら。ほどいてしまっていいのか、そんなことまでほどいてしまっていいのか、そこは我慢したほうがいいんじゃないのか、我慢。我慢我慢でからみあって、歯ぎしりがひどくなったじゃないか、いびきが止まらなくなってるじゃないか。ほどくんです、全てのしがらみを、私をくくりつける全てを。穴に必死でしがみついている紐をふわっとほどくように、ほどいてほどいてほどいていくと、おそらく私は、孤独です。孤独かあー。孤独は孤独で、どうなんだろう、あなたはそんな孤独のひとときの安らぎのために紐を巻き付けようとしている。孤独、孤独孤独。孤独と言いましてもポジティブな孤独とネガティブな孤独があるでしょう、つまり私はポジティブな孤独を求めているわけです。いや、そんなものはあるのか、孤独は孤独じゃないのか、いやいや、あるんです。つまり、本当に単純に孤高の孤独、一人、これは孤独でしょう、天涯孤独、それに対して、表面上は孤独ではない、妻もいるし、友達もいる、会社の上司、同僚、お世話になった先生、よく行くバーのマスター、表面的にはなんら孤独ではない、この関係性が多岐に渡って存在している中でも孤独は発生するというわけです。どんなに関係性を築いていても孤独からは逃げられないのではないか、それこそネガティブな孤独ではないか。つまりあなたはネガティブな孤独に足を踏み入れようとしているわけです。そんな中でもあなたはこの紐に縛られたい言うのですか。
戸坂 アアアーーーー、ナアーーーーーーーーーっ。
 
  中年、膝をつく。
 
中年 は、ははは。あなたの覚悟、おみそれしました。そこまで、縛られたいというのならば、縛りましょう、私が、この手で。
 
  中年、巨大靴紐を戸坂に巻きつける。
 
戸坂 ネグリエジェッシュ、ナナナーホレ。
 
  戸坂、動けない。
 
中年 これが人を縛るということか。
 
――よし子さん。
よし子 分かりました。もう一度だけよ。
 
  よし子、戸坂に顔を近付ける。
 
戸坂 ヌギャラーッシュ、ネウアーアンダラー。
 
  戸坂、動けない。
 
――ついに、ついに。
 
  よし子、近付けた顔が戸坂の顔を通り過ぎ肩へ。
 
――えっ。
戸坂 ネギャラーシュオ、ピッチャーウォンチュウっ。
 
  よし子、戸坂の血を吸っている。
 
――よし子さん、何をしているんですか、よし子さん。
戸坂 エンダーロウ、ポパーミオ、ポッパーミヤン、テオ、テオテオ、テーーーースッパララン、アーーウッタロロロン。
 
  よし子、戸坂の血を吸っている。
 
――やめてください、よし子さん。
戸坂 オーマイヤーーーアアーーー、トオーー、センサ、ソンバ。
 
  戸坂、力尽きる。
 
――戸坂さん。
 
  よし子、戸坂から離れ、口を拭う。
 
――よし子さん。あなた何を。
よし子 ゲップ、あら、私ったら、なんてはしたない。でも、なんだか、なんだか血が欲しくてたまらなくて。あら、何か。
 
  よし子、スカートの中をまさぐる。
  子宮の中から蚊を一匹取り出す。
 
よし子 ちょっとお腹が出ていて包容力がありそうなあなた。
――よし子さん、あなたまさか。
 
よし子 そうみたいね。だから急に血が欲しくなったんだわ。ゲップ、ああー飲んだ。選ばれていたのよ、結局、私は。
 
  よし子、手を羽ばたかせる。
 
よし子 行かなくては。
 
――どこへ。
よし子 聞こえる、私の羽音。蚊の鳴くような声って言うでしょ、蚊は鳴かなくってよ、声じゃなくて羽音ですの。羽音で私を私よって知らせてるわけですの。
 
――どこへ。
よし子 川よ、もしくは池、あるいは湖、卵を産みに行くの。そしたら死ぬの。そういうものよ、人生、いや虫生って。
 
  よし子、夕焼けに向かって飛び立ち、去る。
 
――よし子さん。って何をしているんですか。
 
  中年、戸坂に巻きつけた靴紐をほどいている。
 
中年 いやあ、私のですからね、この靴紐は。いやあ、感動しましたね、よし子さんの生涯、いやあ、子供を産んで死ぬですか、案外、人生とはそんな単純なものなのかもしれまわおうっ、なんて美しい、こんなにも長く。こんなにもしなやか。私はですよ、本当に、本当に最後の最後にお願いがあります。これがラストです、これがラストですから。つまり見てください、脱げてしまっています、(脱げている自分の靴を取りに行く)紐がないと靴は脱げるのです。いいじゃないか、脱げたって、裸足で生きていけばいいじゃないか、そんなことをしたなら足が傷つき、汚れます、そして汚れたならば、家に帰るとお母さんに怒られます、怒られたっていいじゃないか、家が汚れます、汚れたっていいじゃないか、この靴紐がほどけた状態から抜け出したくない、虜になってしまったのであります、靴紐をほどけたほどけたと落胆していたのがさっき前までの私ですが、なんてことでしょう、完全にほどけきった今となってはほどけている状態こそが真の人間なのではないかという、いや真の生物なのではあるまいか、そんな確信が私の胸をよぎっているわけです、しかし、そんなことでは生きていけない、お母さんに怒られてしまう、お母さんとの関係なんか関係ないじゃないか、関係あるんです、関係あるから、分かってるんです、紐さえ結べば生きていけるということが、だからこの靴紐、この靴紐をこのままにしておくのはもったいない、もったいないということで私からの衝撃かつ最終ラストの懇願が出てくるわけです。ちょっとあなた、あなた、(戸坂を揺する)起きてください。ダメだ、完全に伸びている。最後のお願いをしたいんですが、最低でも三人必要となってくるわけです、うーん、どうしたものか。あなた、あなた。
 
――二人ではできないのですか。
中年 ほうほう、確かに、やってみるという手はあります。どうなるかはやってみないと分かりません。なるほど、やってみましょう、さあ、(巨大靴紐の)この端を持って。
 
――また、桜吹雪の~ですか。
中年 いえいえ、今回はそんな程度のことではありません、もっと神秘的な愛に満ち溢れた行為です。ええ、ええ、はい。準備はいいですか。
 
――何をするんでしょう。
中年 回すだけです。さん、はい。
 
  巨大紐の大きな長縄が行われるが、その中は誰も飛んでいない。
  その光景を夕焼けが照らしている。
 
中年 郵便屋さん、お入んなさい、葉書が十枚おってます、拾ってあげましょ、一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚、十枚、ありがとさん。ありがとさん、ですか。今日も夕焼けはきれいだなあ。
 
  全員、夕焼けに見とれる。
 
――何をしているんでしょうか。私達は。
中年 何をしていようと、夕焼けはきれいで寂しいものです。
 
――何をしているんでしょうか、ね。
 
  よし子が羽ばたき通り過ぎ、
  戸坂がホアタっと産声を上げる。
  中年が靴に靴紐を戻しはじめ、
 
公園は夜になる。
 
終わり
 
 
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確かにあったね、さようなら

「確かにあったね、さようなら」
 
女    それ、使わないでしょ。
男    うん、なんで。
女    捨てれば。
男    嫌だって。
女    ちょっとやめてよ、ホコリたっちゃうじゃん。
男    ああ、ごめんごめん。
女    それ使ってるの見たことないよ。
男    ああ、うん使わないからさ。あんまり。
女    じゃあいらないよね。
男    いるよ、たまに使うんだから。
女    そんなこと言って多分ずっと使わないから。
男    ああ、あれ、破けてない。
女    ああ、破けてたよ。
男    嘘だあ、破けてなかったって。
女    えっ、疑われてる、私。
男    いや、疑ってないけど。だってそんなとこ破けてたらすぐ分かるじゃん。
女    うわー疑ってんじゃん。うわー。
男    はいはい。じゃあ、もともとだったのね。
 
    間。
 
女    今、使って
男    えっ。
女    今すぐ使って捨てちゃいなよ。
男    むちゃくちゃ言うなよ。
女    むちゃくちゃ言ってなくない。
男    俺の物なんだから、俺の物。君の物じゃないんだから。関係ないだろ。
女    関係あります。そうやって捨てずにいたらどんどん物が増えてくんだから、そしたら私の不快感も連なって増えてくわけだから。
男    ちょっとぐらい我慢しなよ。
女    ちょっとじゃないじゃん。これもこれも、これもこれも。
男    ちょっとじゃん、こっちのやつは全部捨てるんだから。
女    あっ、ちょっとそこ踏まないで、拭いたばっかなんだから。
男    ああ、ごめんごめん。
 
    間。
 
女    ねえ、これも雑巾にしちゃっていい?
男    えっ、それも。
女    きたないじゃん、なんか。
男    ああ、うん。
 
    間。
 
女    私じゃないからね。
男    分かってるって。
 
    間。
 
女    あっ、あれやった?郵便の。
男    やったよ。
女    えっ、いつやったの 。
男    けっこう前に、君があっち帰ってる時。
女    そうだったんだ、ありがと。
男    電話で言ったよ。
女    あれ、そうだっけ。うわ、ねえ、やっぱ捨てよ、ね。
男    ダメだってば。
女    ねえ、お願いだから捨てて、本当にお願いだから。
男    うるさいなあ。大事な物なんだから、思い出の詰まってるさあ。
女    そんな物見ないと思い出さないような思い出悲しくない?
男    本当にうるさい、ほんとうるさい。
女    本当に大事な思い出だったら、物とか関係なく思い出すって。
男    もういい、もういいよわかったわかった。
 
   間。
 
女    何がわかったの?
男    …。
女    捨てるってこと?
男    …。
女    ちょっと黙るのやめてくれない。
男    考えてんだよ。
女    何を。
男    これからのこと。
 
   間。
 
女    ねえ、耳かきしていい?
男    えっ、いいよ、いいけど、なんで今。
女    いや、しまっちゃう前に。
 
   間。
 
男    痛い痛い。
女    あっ、ごめんごめん。でも痛いところの方が取れるよ、ほら。
男    ほんとだ。もういいや、早く終わらせちゃおう。
女    えっ、だって左。
男    左は今度でいいよ。
女    えっ、気持ち悪くない。左だけしないって。
男    気持ち悪くないから。もうこんな時間なんだから。
女    なんで今までやってなかったの。
男    えっ、耳かき。
女    耳かきじゃなくて、仕事終わりにちょっとづつダンボール詰めてけば、こんなに大変じゃないんだから。
男    あのねえ、そんな体力ないんだから、仕事終わりにさあ、ご飯食べて、風呂入って寝たらすぐに出勤なんだから、分かんないかなあ。
女    あー、もー、これもどうするの?こんなの置いてても意味ないでしょ。
男    意味ないってこれに関してはただの置物なんだから。
女    置物って言っても可愛くないし、おしゃれじゃないし。
男    感性をさあ一緒にしないでよ、感性を。君と僕は違うんだから。俺にとっては、可愛いんだから。
女    これが?
男    うん。
女    これだよ。
男    可愛いよ、かわいいかわいい。
 
   間。
 
男    やっぱ気持ち悪い。
女    えっ。
男    左。
女    ああ。
 
   間。
 
女    忘れてたでしょ。
男    何が。
女    あいつがあの天窓のとこに、何年か何ヶ月か知らないないけど、ずっとポツンといたってこと忘れてたでしょ。
男    そんなことないよ。
女    今の今になって意識してやっと存在確認できるぐらいの物なんだから捨てようよ。
男    いった。
女    あっ、ごめん。
男    もういいや。
女    でも全然取れてないよ。
男    いや、いいから。ほんとに。
 
   間。
 
男    あれを買ったのはさ、もう潰れかけの電気屋っていうか雑貨屋っていうのが閉店間際に物全部シートの上に置いてセールしてたの。
女    うん、あっ、家賃用の口座つくってくれた?
男    つくってないよ。
女    えっ、まだしてないの?
男    前も言ったじゃん。あっち引っ越してからつくらないと面倒臭いんだって。
女    あっそうだっけ。ごめん。
男    そういうとこあるよね。
女    何そういうとこ。
男    だからなんか、そういう、いいや。
女    何。そういう。
男    なんにもないって。
女    なんにもないことないでしょ。
 
   間。
 
女    また黙る。
男    うるさいなあ。
女    はっきりしてよ、はっきりはっきり。
 
   間。
 
女    ねえこっち来て。
男    何。
女    ほらほらこっち来てよ。
男    なんだよ。
 
   間。
 
男    これ。千円だったの。そん時夏で、俺、扇風機持ってなくて、扇風機欲しいなって思ってた時だったんだけど、扇風機も千円で売ってたの。それで扇風機とこれが同じシートの上に置いてあって、どっちも千円で、買うとしたらどっちかじゃん。
女    いや、扇風機だよね。
男    それで悩みに悩んでこっちを千円で買ったの。
女    いや、扇風機千円で買おうよ。
男    っていう思い出があるわけだから、思い出して懐かしがられるエピソードがあるわけじゃん。
女    どうでもいいじゃん、その思い出。捨てちゃいなよ。
男    どうでもいい、ね、人の思い出とかどうでもいいよね、そりゃあ。
 
   間。
 
男    あーなんか喉痛い。気がする。
女    マスクしなよ。
 
   間。
 
女    捨てよ。
男    待って。
女    いつまで。
男    納得いくまで。
女    いつまでも捨てないじゃん。
男    なんで捨てる前提なの。あっ。
女    あっ。
 
   間。
 
女    懐かしいね。
男    うん。
女    捨てる…か。
男    あっ、ほんとに。捨てちゃうんだ。
女    いや、待って。
男    こういうのも捨てようって言えるんだ。
女    冗談だから冗談。
男    もう、なんか。
 
   間。
 
女    怒んないで、冗談だって、冗談。捨てるわけないじゃん、大事な物なんだから。ねえ、ほら、捨てないよ、大事な物ボックス入れとくよ。
 
   間。
 
女    いや、やっぱ捨てよっか。全然使ってないし。
男    …。
 
   間。
 
女    ねえ、こっち来て。ねえ、ほら抱きしめて。ねえ 、なんか話しして。ねえ、これからのこと 話そう。これからのこと。ソファー買おうよ。絨毯は何色にする。ベッドの位置はどうしようか。向こうへ行ったら少し節約しなきゃね。大分引越しでお金使っちゃってるからね。ねえ。
男    うん、前の日曜日さ、俺休みだったじゃん。それでなんかボーっとしててさ。携帯さ、一日君からしか電話こなかったのね。一日で。まあどうでもいいことなんだけどさ。友達少ないって言いたいんじゃなくてね、そういうことじゃなくてね、俺、こいつらやっぱ捨てたくないんだけど。
女    全部捨ててよ。
 
   間。
 
女    お腹空いたね。
男    めっちゃ空いた。
女    なんかつくろっか。
男    うん。

   間。
 
女    わたし、すごいこと気付いちゃって。引越しってなるまでこの物達、あったけどなかったじゃん、あるんだけど、ないて感じ。分かるかな。意識されてなかったから。でも引越しってなった瞬間。当たり前なんだけど、ああ、あるなあって、すごいいるなあって。こいつら。プンプン存在感出してきてんじゃない。プンプン。だから、すごいこと気付いちゃって。だから、存在してるって状況だなって、何事も、って思うんだけど、どうって聞いたら彼はぴーぴーいびきをかきながら寝てて、あーじゃあこのわたしの言葉も存在しないかあと残念がってみたけど、今言った発見ってなんかよく考えたらすごい恥ずかしいロマンチックなこと言ってる気がして、あー存在しなくてよかったーとか思ったんだけど、わたしにとっては存在してるわけ。あなたにとっては存在してないけども。だから、わたし、すごいこと気付いちゃって、わたしも、あなたも、状況次第で存在してるってことになって、でも状況次第で、うわー存在しちゃったーってなって、何が言いたかったんだっけ。うわー存在しちゃったーがちょっとでもなくなればいいのになー。と、言ってみたりして。
 
   間。
 
女    ねえ、起きて。
男    うん、なに?
女    見て、これ見て。
男    なんだよ。
女    これ、カーテン。
男    うん、カーテン。
女    そう、カーテン。
男    うん、だから。
女    ほら見て、机。
男    うん、机。
女    ほら触って、机。
男    うん、机。
女    絨毯。
男    絨毯。
女    時計。
男    時計。
女    手紙。
 
   間。
 
男    灰皿。
女    雑誌。
男    トランプ。
女    たこ焼き器。
男    ススまみれのガスコンロ。
女    微妙に残ってる醤油。
男    コップ。
女    変なコップ。
男    服。
女    変な服。
男    冷蔵庫についてる磁石。
女    去年のスケジュール帳。
男    ヒビの入った柱。
女    貼らなかったカレンダー。
男    網戸越しの月。
女    金色の貯金箱。
男    隣の家の喧嘩。
女    日に当たるホコリ。
男    足りないシャワーカーテンのフック。
女    電車の走る音。
男    ぎいぎい鳴る床。
女    髪の毛の詰まった排水溝。
男    フライパンで焦げたキッチンの壁。
女    あれ、何これ?
男    あっ、それは。
女    ネットで買ったの?
男    あっ、うん、昨日届いた。
女    引越し前日に…。
男    …どうしても必要だったんだよ、…今必要だったの。
女    …。
男    …。
 
   間。
 
男    向こうへ行ったらさ、ベランダがあるじゃん。そこで、花を育てようか、なんか綺麗なやつ。全然花とか知らないけど、植木鉢みたいなん買ってさ、あと、ネギとか、トマトとか。それで台所とか広くなるじゃない。だからできるだけ毎日交代でご飯つくるの。つくったやつとかたまにつかって。それで本当に美味しい時は抱き合って、味が薄い時なんかはソースとか醤油とかドバドバかける君を見て少しむっとするわけ。
女    そんなにドバドバかけないよ。
男    それってなんかすごい普通じゃん。びっくりするぐらい普通だよね。
女    普通かは分かんないけど、うちのお姉ちゃんなんかはもっとドバドバだからね。
男    そうなんだ。
 
   間。
 
女    ねえこっち来て。
男    何。
女    ほらほらこっち来てよ。
男    なんだよ。
 
   間。
 
男  あっ。
 
終わり
 
 
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この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。