稲垣和俊戯曲集

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パーティさながら愛と孤独

「パーティさながら愛と孤独」

 
  台所、
  奥に、流し、コンロ、食器棚。
  真ん中に大きなテーブル、椅子が四つ。
  下手に冷蔵庫。
  上手に廊下への引き戸。この劇の登退場は、全てこの引き戸で行われる。
  その引き戸からは廊下を通し、トイレ、風呂場、二階、玄関へと行くことができる。

  母、現れる。
  冷蔵庫を開け、じゃがいも、人参、玉ねぎを取り出す。
  それらの皮をむき、切っていく。
  鼻歌を歌いながら、
  その鼻歌は、いつの間にか。肉声となり、台所から家中に響き渡る。
 
  二階の方から、
 
男(声)  お母さん。
 
  母、歌っている。
 
男(声)  うるさいよ、お母さん。
 
  母、歌っている。
  男、現れる。
 
男  お母さん、うるさいって。
母  あっ、ああ。
 
  母、歌うのをやめる。
 
男  あのねえ、いつもとは違うんだから。
母  はあ。
男  えっ、忘れてないよね、昨日のこと。忘れてないよね。
母  うん。
男  今日はいつもとは違うんだから、お客さんがいるんだからね、そんな大きな声で歌われちゃたまらないよ。迷惑だよ。
母  ごめんね、気を付けるね。
男  分かればいいんだよ。カレー?
母  そう。
男  振舞うんだ。
母  そう。
男  振舞うねえ、俺も何か振舞うかな、せっかくの客人だからね、振舞わないと、何かを、あれ、俺、なんか振る舞えることあったっけ?
母  切る?
男  いやあ、それはお母さんの専売特許だからさ、カレーはさ、俺はもっと別の振る舞いをしないと。そうだな、あっ、あれしよう、なんかみんなでゲームしよう。ゲーム。ゲームって言ってもテレビゲームじゃないよ。みんなでできるやつ。トランプかね、まあ、トランプだよね、トランプトランプ。トランプってどこ?
母  さあ。
男  あれ、ここになかった?掃除したときどっかやったんじゃない?
母  知らないわよ。
男  あれえ。
 
  男、はける。
  
  母、歌い始める。
  男、戻ってくる。
 
男  しー。しー。
母  あっ、ごめん。
男  もう。
 
  男、はける。
  母、歌い始める、が、気付いて、すぐにやめる。
  男、戻ってきて、顔だけ出して、すぐに戻る。
 
母 あっ、トランプ。
 
  母、歌い始める。さっきとは違う、替え歌、トランプは掃除の時捨てたー。とい
う。
  男、現れる。
 
男  えっ。・・・捨てたの?
母  うん。
男  なんで。
母  あなた、いらないって言った。
男  言ってないよ。
母  言った、掃除してた時。
男  言ってないよ。トランプを捨てるわけないじゃん、トランプを捨てるタイミングっていつだよ、人間そう簡単にトランプなんか捨てないよ。
母  言った、掃除してた時。
男  はあ、そうかそうか、とにかくないってことね、じゃあ、買ってきてよ。
母  カレー作らないと。
男  カレーなんか後でいいよ、トランプの方が大事だよ。
母  作れば。
男  えっ、カレー?買いに行ってくるからカレー作れってこと?
母  トランプ。
男  あっ、えっ、トランプ作れってこと。
母  そう。
男  えっ、トランプ、何枚だっけ?1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13×4の52にババを二枚入れるとして54枚。いや、めんどくさいめんどくさい。買ってくるわ、自分で。
母  行ってらっしゃい。
 
  男、はける。
  男、戻ってくる。
 
男  洗濯してないの?
母  うん。
男  もう。
 
  男、はける。
  
  母、冷蔵庫から肉を取り出し、切る。
  切った食材を炒め始める。
  ジャー。
  再び、鼻歌。
 
  女、現れる。
 
女  あのう。
母  あっ、おはよう。
女  おはようございます。
母  よく寝てたね。
女  あっ、はい。
 
  ジャー。
 
女  あのう。ここはどこでしょうか。
母  ここは、私の家です。
女  はあ、あなたはどちら様でしょうか?
母  私どもは荻原と申します。
女  はあ、荻原さん。そして何故ここに、この家に私はいるんでしょうか?
 
  ジャー。
  母、水を入れる。
  ジャー、が鳴り止む。
 
母  今、カレー作ってるからね。
女  あっ、カレー、朝からですか。
母  もう夕方よ。
女  はあ、何故私はこの家にいるんでしょうか?
母  あなた、お名前は?
女  すみません、申し遅れました、佐渡ユキコと申します。
母  ユキコちゃん、いい名前。
ユキコ  ありがとうございます。なんで、私はここに?
 
  ピーピーピー。
 
母  あっ、炊けた。うふふふふ。
ユキコ  どうしたんですか。
母  いっつもね、計算できなくてね。ご飯が炊き上がる時に、まだカレー作ってる最中。カレーもっと早く作ればいいんだろうけど、ほら、まだ、ルーも入れてない。お腹空いたでしょ。
ユキコ  ああ、はい。
母  もうちょっと待ってね。
ユキコ  あの、私何故。
母  息子が帰ってきたら。
ユキコ  あっ、息子さん。荻原さんの。
母  ええ、ええ。その時に詳しくね。
ユキコ  あっ、そうなんですね。
母  ゆっくりしていってね
ユキコ  はあ、ゆっくり。
母  とりあえず座ったら。
ユキコ  はあ。
 
  ユキコ、座る。
 
母  もし煮立ったら、止めといてね。
ユキコ  えっ。
 
  母、はける。
 
ユキコ  煮立ったら。
 
  ユキコ、立ち上がりコンロの鍋を見つめる。
 
ユキコ  カレー。
 
  ユキコ、母の歌っていた鼻歌を口ずさむ。
  辺りを一点一点確認するように見回し、椅子に座る。
  虚空を見つめる。
  男、現れる。
 
男  うるさいっての。あれ。
ユキコ  あっ、すみません。
男  いやいやいやいやこちらこそすみません。
ユキコ  おはようございます。あっ、いや、こんにちは。
男  こんにちは、ユキコさん?
ユキコ  あっ、ユキコです。なんで?
男  えっ、覚えてない、昨日。
ユキコ  あっ、昨日名乗りました?私?
男  ええ、名乗りましたよ、ユキコさん。
ユキコ  覚えてないですね、いやはや。
男  ああ、覚えてない、まあ、そりゃあそうか、覚えてないか、いや、もうびっくりしましたよ。昨日。あっ、ユキコさんでいいですか?
ユキコ  えっ、だからユキコで大丈夫ですよ。
男  あっ、違うくてですね、あのう、いきなりユキコさんって呼んで大丈夫なんですかね、っという、そういう意味で。
ユキコ  ああ、ええ、大丈夫ですよ、ちなみに佐渡です。
男  えっ。
ユキコ  佐渡です。私。
男  えっ、さわたり。
ユキコ  そう、佐渡ユキコ。
男  あっ、佐渡ユキコさん。苗字?
ユキコ  はいそうです。
男  あっ、すみません、苗字か、佐渡。すみません、てっきり。
ユキコ  えっ、てっきりなんですか。
男  いや、てっきりそういう、あのう、ちょっと、アレなやつかと。
ユキコ  なんですか、アレって。
男  いやまあまあまあ、アレなやつとかどうでもいいんで、あのう萩原です、萩原孝仁です。
ユキコ  あれ、萩原、荻原じゃなくて。
孝仁  あっ、荻原じゃないです、萩原です。
ユキコ  あれ、でも確かあの、もう一人の、あの、お母さん、かな、荻原って。
孝仁  あっ、会いました?お母さん。
ユキコ  あっ、会いましたよ。
孝仁  あっ、そうか、カレー作ってたもんね。そりゃ会うか。あれ、お母さんは?
ユキコ  あっ、なんか、カレー煮立ったら止めといてってどっかに。
孝仁  あっ、そうですか。
 
  孝仁、はける。  
  声、聞こえれば聞こえるし、聞こえなければ聞こえない声。
 
孝仁(声)  えっ、何してるの、カレー客人に任せるって。
母(声)  洗濯。
孝仁(声)  見りゃわかるよ。なんで客人にカレー任せるの?
母(声)  えっ、だって、洗濯しないと。
孝仁(声)  いったん火止めればいいじゃん。
母(声)  早く食べたいって言うから。
孝仁(声)  えっ、言ってないよ。
 
  ユキコ、カレーが沸騰してきているのに気付く。
 
ユキコ  あっ。
母(声)  言ってたよ。
孝仁(声)  言ってないよ、俺。
母(声)  あの娘が。
孝仁(声)  あっ、あの娘か。
母(声)  沸騰してた。
孝仁(声)  見てないけど。
 
  母、孝仁、現れる。
  ユキコ、沸騰している鍋を見ている。
 
母  あっ。
孝仁  うわお。
 
  孝仁、火を止める。
 
孝仁  セーフ。
ユキコ  あっ。
母  あっ?
ユキコ  すみません、沸騰してたのに止めるの忘れていました。
母  ああ。
ユキコ  すみません。
孝仁  いやいやそんなのはカレーを客人に任せた母が悪いので気にしないで下さい。
ユキコ  あれ、なんだろ、気付いてたのに、見入っちゃったな、なんだろ。
孝仁  あるある、見入っちゃうことってありますよね。
 
  母、カレーのアクを取り、ルーを入れる。
 
ユキコ  あっ、
孝仁  ところで、
ユキコ  あっ、
孝仁  あっ、どうぞどうぞ。
ユキコ  あっ、お先にどうぞ。
孝仁  あっ、すみません。ユキコさん、今日のご予定は?
ユキコ  今日の予定?
孝仁  いやあ、仕事とかは?
ユキコ  あっ、やばっ、仕事?あれ、今日は何曜日ですか?
孝仁  今日は日曜日です。
ユキコ  日曜日か。良かった。
孝仁  休みですか?
ユキコ  休みですね。
孝仁  じゃあ、パーティしましょう。
 
  母、はける。
 
ユキコ  パーティ?
孝仁  せっかく来てくださったんです。是非パーティを。母もカレーを作っていますので。
ユキコ  はあ、パーティ。
孝仁  あっ、そうだ。
 
  孝仁、母を追いかける。
 
ユキコ  パーティ。
孝仁(声)  コンビニにトランプなかったよ。
母(声)  そう。
 
  孝仁、戻ってくる。
 
孝仁  いやあ、パーティにトランプをと思ったんですが、あいにくなくてですね、コンビニ行ってきたんですが、やっぱり売ってなくてですね、やっぱり百均ですよね、トランプは。ちょっと待ってて下さい。
 
  孝仁、はける。
 
ユキコ  はあ。
 
  孝仁、すぐに戻ってくる。
 
孝仁  あっ、なんか飲みます?ほんとお母さん気が利かないんだから。
ユキコ  いえいえ、お気になさらずに。
孝仁  あっ、そうですか、冷蔵庫にお茶か、牛乳かあるんで、好きに飲んで下さい。コーヒーとかが良ければそこに粉ありますんで、適当に、飲みたくなったら。
ユキコ  すみません。
孝仁  ちょっとすみません。
 
  孝仁、はける。
  ユキコ、椅子に座る。
  
  しばらくの間。
  ユキコ、立ち上がり、冷蔵庫のドアを開ける。
  物色。
 
ユキコ  うわっ。
 
  ユキコ、冷蔵庫の中にマトリョーシカを見つける。
 
ユキコ  何で?
 
  ユキコ、冷たいマトリョーシカをばらしていく。
 
ユキコ  何で?
 
  孝仁、紙と油性ペンとハサミを持って戻ってくる。
  
ユキコ  あっ。
孝仁  あっ、見ちゃいましたね。
ユキコ  えっ、見ちゃダメでした?
孝仁  あっ、ばらしちゃいました?
ユキコ  あっ、ばらしちゃだめでした?
孝仁  ちょっとすぐに、すぐに戻して。
ユキコ  えっ。
孝仁  お母さんに見られる前に。
 
  ユキコ、慌てて、マトリョーシカを戻す。
 
孝仁  早く早く。
 
  母が近づいて来る音。
 
ユキコ  えっ、えっ、あっ。
 
  ユキコ、慌てて、マトリョーシカを一つ落とす。
 
ユキコ  ああっ、
孝仁  もうなにやって、
 
  母、現れる。
 
ユキコ  あっ。
 
  一同、固まる。
  母、何事もなかったかのようにカレーを煮込み始める。
  ユキコ、マトリョーシカを拾い上げ、元に戻し、冷蔵庫に戻す。
  孝仁、椅子に座り、紙を長方形に切っていく。
 
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  はいっ。
孝仁  パーティと言えばなんですかね?
ユキコ  えっ、パーティ?
孝仁  パーティって言えば何します?普通?
ユキコ  なんでしょうねえ。  
孝仁  行ったことありますか?パーティ。
ユキコ  ええ、そうですね、パーティと言ってもいろいろありますよね、こう、きらびやかなところで、シャンパンとか飲みながら立食パーティとか、もっと普通に家に友達呼んでたこ焼きパーティとか鍋パーティとか。
孝仁  そうですねえ、じゃあ、後者の家系のパーティだと。
ユキコ  なんですかね、そりゃあ、たこやき食べたり、鍋食べたりするんじゃないんですかね。
孝仁  ああ。
母  ちょっとカレー見といてね。
孝仁  えっ。ああ。
 
  母、はける。
  玄関から出ていく音がする。
 
ユキコ  大丈夫ですかね。
孝仁  えっ、何が?
ユキコ  あのマトリョーシカ
孝仁  ああ、大丈夫大丈夫。
ユキコ  えっ、だって母さんに見られる前にって。
孝仁  ああ、冗談冗談。
ユキコ  えっ、冗談ですか。
孝仁  いやあ、びっくりしたでしょう。マトリョーシカ。冷蔵庫に。
ユキコ  はい、なんで。
孝仁  庭みたいなもんだからさ。
ユキコ  えっ、庭?
孝仁  母親にとって冷蔵庫って庭みたいなもんでしょう。
ユキコ  えっ、そうなんですか。
孝仁  そうそう。
 
  間。
 
ユキコ  何作ってるんですか?
孝仁  トランプ。
 
  間。
 
ユキコ  なんで?
孝仁  なんでって、そりゃあ、母さんがカレーを振舞おうとしてるでしょう。だから、僕も何か振舞わないといけないなあと思いましてね手作りの。売ってなかったから、コンビニにトランプ。手作りの方が振る舞い感あるでしょう。ただのトランプより。
ユキコ  はあ。
 
  間。
 
ユキコ  手伝いましょうか。
孝仁  いやいやいやいや、気になさらないでください。
ユキコ  いや、でも。
孝仁  大丈夫ですから大丈夫ですから。
 
  間。
  ユキコ、カレーを見に行き、混ぜる。
 
孝仁  いやいやいやいや、気になさらないでください、大丈夫ですから。
 
  孝仁、カレーを混ぜるのをユキコと変わる。
  以降、孝仁はカレーとトランプと二つの作業を同時にしながら。
 
ユキコ  いや、でも。
孝仁  いや、そんな客人にそんなこと、させられませんから。
ユキコ  はあ。
 
  ユキコ、座る。
 
ユキコ  っそうだ。
孝仁  っびっくりしたあー。
ユキコ  えっ、なんですか。
孝仁  いやいきなり「そうだ」て言うからびっくりしましたよ。
ユキコ  えっ、いきなり「そうだ」って言ったらびっくりするんですか。
孝仁  いやびっくりするでしょ。いきなり「そうだ」って言ったら。
ユキコ  「そうだ」なんて、いきなりしか言わない言葉ですよ。
孝仁  びっくりしちゃったもんはびっくりしちゃったんですからしょうがないじゃないですか。えっ、で、なんですか。
ユキコ  あっ、ずっと聞こうと思ってたんですが、なんで私はこの家にいるんでしょう。
 
  間。
 
孝仁  あっ、そうかそうか、覚えてないって言ってましたね、そういえば。
ユキコ  すみません。
孝仁  昨夜ですね、あなたはこの家に訪ねてきたのです。
ユキコ  訪ねてきた。
孝仁  ピンポンを押して、この家に、インターホン越しに、ユキコでーすと言って。お邪魔しまーすと言って、どかどかと。
ユキコ  えっ。
孝仁  玄関を上がり、居間に入ったあなたははじめに僕を指差して、おい、酒を、酒を持って来いと言いました、この家に酒はありませんでした、すぐさま母に買いに行かせ、酒を飲み交わすことにしたんです。
ユキコ  ・・・。
孝仁  あなたはいろいろなことをお話なされた、政治のことから、宗教のこと、宇宙の誕生のことや、みかんのむき方、乾布摩擦の効能、チューイングガムの真の発音。
ユキコ  真の発音。
孝仁  あなたはとても知識がある、すごいと思ったのです。
ユキコ  すみません、ご迷惑をおかけしまして、酔っ払っていたのだと思います。
孝仁  いえいえ、私達は驚きました、しかし同時に嬉しかったのです、なんせ、この家に客人が訪れるなんてことがとても久しぶりだったからです。  
ユキコ  はあ。
孝仁  そこで大変言いづらいことなのですが、私はあなたに好意を持ったのです。
ユキコ  は?
孝仁  あなたがとめどなく多種多様の、世の中の古今東西の話をしている姿を見ていて私はあなたに好意を持ってしまった、現にあなたは熱いと言って服がだらしなくみだれており、とてもエロチックだったのです、私はものすごく、ああ、キスしたい、めちゃくそキスしたい、ああ、もう、キスしたくてたまらない、マジで恋する五秒前とはこのことかと、はい、ここから先、聞きますか、どうしますか?
ユキコ  へ、あ、ええ、ここから先はいいんじゃないですかね。
孝仁  そうですか。
 
  間。
 
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  はいっ。
孝仁  やっぱり手伝ってもらってもいいですか。
ユキコ  えっ、あっ、何を?
孝仁  トランプ作るの。
ユキコ  あっ、そりゃあ、なにしましょう。
孝仁  あっ、ありがとうございます、じゃあ、これ、トランプの絵柄を描こうと思っているんですが。ユキコさん、表と裏とどっちがいいですか?
ユキコ  ・・・。
孝仁  ユキコさんっ。
ユキコ  あっ、はい。
孝仁  トランプの絵柄、裏と表とどっちがいいですか?
ユキコ  あっ、ええっと、どっちでも。
孝仁  どっちでもか、じゃあ、僕が表を描いていくので、ユキコさん、裏の絵柄をお願いしますね。
ユキコ  はい、分かりました。
 
  孝仁、切った紙と油性ペンを渡す。
 
孝仁  はい、これで。
ユキコ  はあ。
 
  間。
 
ユキコ  トランプの裏ってどんなんでしたっけ?
孝仁  そうですね、なんか複雑な図形みたいなイメージですけど、どんなでしたっけね。うわ、トランプの裏意識したことなかったなー。
ユキコ  そうですね。トランプの裏って気にしないですからねえ。
孝仁  そうですね。自作トランプなんで、もうホント好きにやっちゃってください、ユキコさんの好きに、想像力、イマジネーションで、お願いしますよ。
ユキコ  えー、イマジネーションかあ。
 
  間。
 
孝仁  うふ、うふふふ。
 
  間。
 
孝仁  うふ、ふふふふ。
 
  間。
 
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  はいっ。
孝仁  これ見てくださいよ。キングってこんなんですっけ、うふふ。
ユキコ  これまた個性的なキングですね。
孝仁  っね、キング分かんねえー、うふふ。
 
  ユキコ、ペンが進まない。
 
ユキコ  あの、やっぱり何描いたらいいか分かりません。
孝仁  あっ、ほんと好きにやっちゃっていいですよ。
ユキコ  その、好きにってゆうのができないんです、自由っていうのが不自由と言いますか。
孝仁  あーなるほど。
ユキコ  小学校の時からそうで、図工とか美術の時間、何描いたらいいか分かんないんですよね、全然描きたいものとか浮かばないし、っていうその感覚思い出してます、今。はい。
孝仁  うふ、うふふふふふ。
ユキコ  えっ。
孝仁  これ、これどうですかユキコさん、これ、良くないですか?
 
  孝仁、冷蔵庫からマトリョーシカを取り出す。
 
ユキコ  えっ、それは、だって。
孝仁  うふ、うふふふ、これ、良くない、最高じゃん、これ。
ユキコ  えっ、お母さん的に、あれ、いいんですっけ。
孝仁  いや、だから冗談ですって、さっきの、これいいじゃん、これにしなよ。
ユキコ  えっ、これでいいんですか。
孝仁  いいからいいから、ちょっと描いてみて。
ユキコ  はあ。
 
  ユキコ、マトリョーシカを描く。
 
ユキコ  どうですか。
孝仁  うん、最高。最高だよ、ユキコさん、最高。
ユキコ  そうですか。
孝仁  じゃあこの調子でお願いします。うふふふ。量産。
ユキコ  はあ。
 
  それぞれの作業時間。
 
ユキコ  やっぱり聞いてもいいですか?
孝仁  えっ。
ユキコ  昨夜の話の続きを。
孝仁  あっ、昨夜の話。
ユキコ  気になってしまいます。
孝仁  あっ、そうですか、昨夜の話、では話しましょう。ええと、どこまで話しましたっけ、あああれだあれだ、キスしたいってとこだ、では。私はものすごく、ああ、キスしたい、めちゃくそキスしたい、ああ、もう、キスしたくてたまらない、マジで恋する五秒前とはこのことかと、はい、そうなった訳です。そこで、率直にあなたに尋ねました、ユキコさん、キスしてもいいですか、と。母親はいません、何故なら、10時には眠るからです。ユキコさん、キスしてもいいですか。するとあなたは、ええ~、キス、したいの、ええ~どうしよっかなあ、と私をはぐらかすのです。えっほんとに、ほんとに私とキスしたいの?ええ、キスしたいです、えっ、それは私が魅力的だってこと、はい、とっても魅力的です、うははははー私魅力的なんだー、はい、魅力的です、えっじゃあじゃあじゃあーどこが魅力的か言ってみ、言ってみ、ほら、それや、もうその身体から醸し出る雰囲気が、もうすでに魅力的です、えっ、それって、キスしたいっていうか、えっ、ていうか、あはははは、はい、そうですね、いやあ、キミ偉いよ、正直、すっごい正直、はい、すみません、いや謝らなくてもいいんだよ、すっごくいいことだと思うよ、いや、ほんと、そんなに正直になれる人いないよ、この世の中、ありがとうございます、で、キスの方は、ええ~どうしよっかなあ~、と、これまた私をはぐらかすのです。しかし断じて。断じて私に好意を全く持たないというそういうわけでもなさそうな雰囲気、私の心の奥に住む怪物がニヤリと微笑みました、イケル、この調子で行けばイケル。ユキコさん、私にあなたのその潤んだ唇を塞がせてはくれまいか、ええ~、じゃあじゃあじゃあ~、キスしたくなるような事してよ、えっ、それはどういう、キスしたくなるように舞ってみてよ、えっ、
舞ってみる、だから、キスの舞、キスの舞を踊れっつってんの、えっ、キスの舞を踊る、それでその舞が良かったらキスしていいよ、えっ、キスしてくれるんですか、その先も~、考えてみてもいいよ、えっ、キスの舞なのに、うん、キスの舞からの、分かりました、それでは、踊ってしんぜよう、今宵あなたのためだけに、男孝仁、花を咲かせに参りましょう、あっそれ、キッスの舞っ、キッスの舞っ、キッスの舞ったらキッスの舞っ。
ユキコ  マーっっ。
孝仁  まっ、マー。
ユキコ  なんなんですか、キスの舞って。
孝仁  あなたが言ったんですよ。
ユキコ  で、結局どうなったんですか。
孝仁  だから今話してるんじゃないですか。
ユキコ  長いです、長いですよ。最終的に、最終的にどうなったんですか?
孝仁  えっ、最終的に?
ユキコ  キスしたんですか?っていうか、っていうか、したんですか?
孝仁  ・・・うふふ。
ユキコ  まっ。
 
  しばらく無言の作業時間。
 
孝仁  ユキコさんっていい匂いですね。
 
  ユキコ、作業の手がピタリと止まる。
 
ユキコ  ・・・。
孝仁  ユキコさんって、
ユキコ  私、やっぱり帰ろうかな。
孝仁  えっ、なんで。
ユキコ  いやーやっぱり日曜日といっても、やっぱり、しなければならないことがたくさんありまして。
孝仁  仕事は休みって。
ユキコ  仕事は休みです、仕事は休みですけどね、勿論。うん、勿論。でも別の用事があるんです、きっと。
孝仁  何の用事ですか?
ユキコ  そんなことはあなたに、今さっき会ったばっかのあなたに話すことではありませんので、プライベートなことなので。
孝仁  今さっきではありません。
ユキコ  昨夜もさっきも同じようなもんです。
孝仁  昨夜キスの舞を踊りあった仲じゃないですか。
ユキコ  ・・えっ、私も踊ったんですか?
孝仁  そうです、あなたも踊ったんです。
ユキコ  ・・あー。・・帰りますっ。
孝仁  ちょっと待ってくださいよ。
ユキコ  えっ、なんで、なんでここにいるの?
孝仁  それはあなたが訪ねてきたんですって。
ユキコ  それはすみません、迷惑かけました、申し訳ありません、すみません、帰らして下さい。
孝仁  ちょおっと待ってっ。
ユキコ  なんですか。
孝仁  助けて下さい。
ユキコ  えっ。
孝仁  助けて下さい。
ユキコ  誰を?
孝仁  僕をです。
ユキコ  何から?
孝仁  母さんからです。
ユキコ  どういうこと?
孝仁  実は僕、この家の息子でもなんでもないんです。
ユキコ  はあ?
孝仁  あの女に連れてこられたのです。
ユキコ  何故?
孝仁  話せば長くなるのですが、
ユキコ  帰ります。
孝仁  短く話すんで、短く話すんで聞いて下さい。
ユキコ  なんですか。
孝仁  それは、僕が東京でアルバイトをしていた頃でした。
ユキコ  手短にですよ。手短に。
孝仁  分かりましたよ。カレー屋でバイトしていたら、あの、お母さんがやってきて、家に一緒に住まないかと言われたんです。普通ならそんな話断ります、普通なら、しかし僕はその時、なにか普通に魔が差していたというかなんというか、普通に飽き飽きしていたのです。バイト生活が嫌になっていたというのもありました。なんとなく軽はずみにオーケーしてしまったのです。そしてこの家に住み始めたというわけです。はじめのうちは襲われるのではないかとドキドキしていました、しかし、そんなことはありませんでした。炊事洗濯なんでもやってくれるしとても優しい、なんでも言うこと聞いてくれるようなそんな存在、ぎこちなかった会話からもある日、孝仁と名前で呼ばれました、僕は、小っ恥ずかしい思いをしながら、お母さん、そう返しました。お母さんはとても喜びました。そう、親子ごっこなのです。僕たちは親子ごっこをしているのです。
ユキコ  でも、本当のお母さんはいるんでしょ。
孝仁  そりゃあ、います。しかし、縁を切りました。両親ともども。
ユキコ  縁を切った?
孝仁  芸能人になりたかったのです。
ユキコ  芸能人に?
孝仁  はい、タレントを目指して上京しましたが、いつの間にやらバイト生活に明け暮れる日々。硬い公務員の両親の反対の結果、家出したきり、もう十年も帰ってはいません。
ユキコ  だからって、全くの他人と一緒に住むなんて、おかしいですよ、二人とも。
孝仁  そう、おかしいんです、僕達は。しかし、そのおかしさこそが僕が追い求めてるものだったと気付いたのです。芸能人になりたかったのもそれです。絶対サラリーマンや公務員にはなりたくなかった。それだけだったと気付いたのです。むふふ、つまり、普通が嫌だと。こんな生活普通じゃない、おかしいじゃない、それこそが求めてたものだと。しかも、生活の面倒をなんでもしてくれる、月に一万円のお小遣い。その一万円でテレビゲームを買う。お菓子を買う、たまにお母さんの肩を揉む、むふふ、それだけ。それだけの生活、最高の生活、何もしなくとも生活ができるんです。
ユキコ  なんて自堕落な生活なの。
孝仁  しかし、そんな生活が一年ほど続いたある日、母さんは急に僕にこう切り出したのです、この裏に山がある、ここはこのうちの土地だと、どうかな、穴を掘ってみないかと。
ユキコ  穴?
孝仁  この裏山に徳川埋蔵金が眠っていると言われているのです。
ユキコ  徳川埋蔵金て、あの徳川埋蔵金
孝仁  あの徳川埋蔵金です。
ユキコ  本当なのですか?
孝仁  掘り当ててみないと分かりませんが。
ユキコ  で、穴は掘ってるんですか?
孝仁  掘るわけないじゃないですか、そんなあるかないかも分からないもの。第一穴の掘り方も分からないし、一応ググったら暗号解いて掘る位置を定めてくとか訳の分からない、素人には到底出来そうもないこと書いてるじゃないですか、しかし、母は穴を掘れ穴を掘れ、とうるさくしてくる。
ユキコ  かなりあなたの望んだおかしい状況じゃないですか。
孝仁  えっ、いやいやいやいや、一周まわって普通ですよ、いいですか、穴を掘れって働けって言ってるようなもんですよ、穴を掘れ穴を掘れ、ああー穴なんか掘りたくない。
ユキコ  働きたくないってことね。
孝仁  ユキコさん、この家は呪われています。荻原家は代々埋蔵金を発掘しようと人生を捧げ死んでいくようなのです、お母さんの夫、つまり、僕の擬似父親も発掘に生涯を捧げ、穴から落ちて死んだとのことです、家の呪いです、埋蔵金はあるかどうかはどうでもいいのです、穴を掘らなければいけないのです、そして今、後継者がいないのです、だから僕が連れてこられたというわけです。家を継ぐ?赤の他人の僕が?穴を掘る?小中高と卓球部だった僕が?冗談じゃない。ユキコさん、僕と一緒にこの家から逃げてくれませんか。
ユキコ  えっ、一緒に?
孝仁  そうです。一緒にです。
ユキコ  なんで、一人で逃げればいいじゃない。
孝仁  お金が、ない。
ユキコ  えっ。
孝仁  毎月の小遣いがなんとなく食べたりゲーム買ったりですぐなくなっていく。
ユキコ  えっ、クズなの。
孝仁  引っ越したいけど働きたくない。
ユキコ  クズなの。
孝仁  できることならユキコさんが働いて得たお金で生活したい。
ユキコ  なんてクズなの。
孝仁  ヒモとして生きていく自信はあります。
ユキコ  なんで私があなたを養わなきゃいけないの、赤の他人のあなたを。
孝仁  赤の他人じゃありません、昨日、っていうかした仲じゃないですか。
ユキコ  それは、それは、それは関係ないでしょ、ちゃんと働いて、ちゃんと自分でお金作ってこの家を出ていきなさいよ。
孝仁  ユキコさん、結婚して下さい。
 
  間。
 
ユキコ  嫌です。なんで私があなたを養わなければいけないの?
孝仁  そ、そんなあ、昨日あんなことしといて、、、ばか。
 
  孝仁、はける。
 
ユキコ  ばか。
 
  ユキコ、マトリョーシカを一つ描いてみる。
  ばっと立ち上がり、はける。
 
  誰もいなくなった台所。
  カレーの匂い。
 
  ユキコ、荷物を持って戻ってくる。
  なにかを探している。
 
  母、現れる。
  鍋とたこ焼きの材料の入ったスーパーのレジ袋。
 
ユキコ  あっ。
母  あっ?
ユキコ  お買い物でしたか。
母  鍋とたこ焼きの具材。
ユキコ  えっ、カレーがあるのに。
母  あなた、鍋とたこ焼き食べるって言った。
ユキコ  言ってませんよ。
母  ・・・。
ユキコ  いや、言いましたけど、あれは家パーティで何やるかって聞かれたから、鍋とかたこ焼きとか食べるんじゃないですかって言っただけで、今日はカレーがあるのに、鍋とかたこ焼きとかいらないんじゃないかな。
母  じゃあ、いらないかな、今日は。
ユキコ  そうですね。カレーを食べましょう、カレーを。
 
  母、材料を冷蔵庫にしまっていく。
 
母  息子は?
ユキコ  ああ、なんか出かけてしまいました。
母  カレーできてるね。
ユキコ  ああ、はい。
母  食べる?
ユキコ  いえ。
 
  間。
 
母  息子はどこに行ったか言ってた?
ユキコ  いえ。
母  パーティパーティ言ってたのにねえ。
ユキコ  そうですね。
母  作ってるの?
ユキコ  えっ。
母  トランプ。
ユキコ  あっ、はい。
母  ・・・かわいい。
ユキコ  あっ、ありがとうございます。
母  帰るの?
ユキコ  あっ、えっ、これは。
母  カレー食べてから帰りなさいよ。それぐらいの時間はあるでしょ。
ユキコ  あっ、はい。
母  食べる?
ユキコ  あっ、えっ、いや。
母  息子が帰ってきてからでもいいかな、楽しみにしてたし。
ユキコ  あっ、はい。
母  せっかくだし、やっぱ鍋も作っちゃお。ぱぱっと、待ってる間に。
ユキコ  あっ、そうですね。
母  あなたはトランプ作っちゃいなさいよ。
ユキコ  あっ、そっか。
 
  母、冷蔵庫から鍋の具材を取り出し切る。
  ユキコ、マトリョーシカを描く。
 
母  息子がね、あんなに楽しそうにしゃべっているの、久しぶりに見たの。
ユキコ  えっ、あっ、そうなんですか。
母  嬉しかったわ。
ユキコ  はあ。
 
  間。
 
母  どうしてマトリョーシカなの?
ユキコ  えっ、あっ、いや。
母  冷蔵庫にあったから?
ユキコ  あっ、いや、これは孝仁さんが。
母  息子が、息子が描けって。
ユキコ  はい。
 
  間。
 
ユキコ  描いちゃダメでした?マトリョーシカ
母  そんなことないわよ。どうぞ描いて。
ユキコ  はあ。
 
  ユキコ、マトリョーシカを描く。
 
ユキコ  おかしくないですか。
母  えっ。
ユキコ  だって本当の息子じゃないんでしょ。
母  ・・は?
ユキコ  あなたが連れてきた赤の他人なんでしょ。
母  ・・え?
ユキコ  それなのに、息子が息子がって本当の息子のように・・。
母  本当の息子よ。
ユキコ  えっ。
母  あの子は本当に私の息子よ。
ユキコ  えっ、いや、そういうことじゃなくて、思い込んでるってことでしょ。
母  息子がなんか言ったのね。
ユキコ  ええ、全部聞きましたよ。こんな関係すぐさま終わらせたほうがいいですよ。
母  息子はね、虚言癖があるの。
ユキコ  ええっ。
母  きっと息子から聞いた話は全部嘘よ。
ユキコ  えええ。
母  だっておかしいじゃない、なんで赤の他人と一緒に住まなければいけないのよ。
ユキコ  それは一族の存続のために。
母  一族の存続?
ユキコ  お父さんが亡くなって、後継者がいないからって。
母  いますよ。
ユキコ  えっ。
母  お父さん亡くなってませんけど。
ユキコ  んん。
  
  玄関が開く音がする。
 
父  ただいまあ。
ユキコ  えっ。
 
  父、現れる。
  服が土にまみれている。
 
ユキコ  あっ。
父  あっ、起きた。
ユキコ  あっ、はい。
父  いやあ、びっくりしましたよ、昨夜は。
ユキコ  すみません、ご迷惑おかけしたみたいで。
母  夫です。
父  あっ、そうか。どうも初めまして。
ユキコ  初めまして。佐渡ユキコです。
父  その後、気分はどうです。
ユキコ  えっ、いや、元気ですが。
父  それは良かった。おっ、今日はカレーか。
母  パーティですって。
父  パーティ、なんじゃそりゃ。
母  孝仁がパーティって。
父  あいつが。ちょっと失礼。
 
  父、はける。
  すぐに戻ってくる。
 
父  風呂沸かしてないの?
母  うん。
父  沸かしてよ。
母  ああ。
父  えっ、何作ってるの?
母  鍋。
父  鍋?カレーあるのに。
母  ああ、ユキコさんが。
ユキコ  いや、私はその。
 
  母、はける。
  父、座る。
 
父  ふうー、よっこいショットガン。お腹空いたなあ。何してるの?
ユキコ  あっ、トランプを作ってまして。
父  えっ、なんで?
ユキコ  えっ、なんででしょう。
父  トランプないの?
ユキコ  はい、ないって。
父  買ってくりゃいいのに。
ユキコ  いや、なんか息子さんが振る舞いたいからって。
父  あいつが?振舞う?
ユキコ  はい。
父  振舞わせてるじゃないの。
ユキコ  あっ、いえ、いろいろありまして。
父  なんでマトリョーシカなの。
ユキコ  息子さんが。
父  あいつが。描けって。
ユキコ  まあ、手伝って下さいと。
父  ふうん。
 
  間。
 
ユキコ  埋蔵金を掘ってるんですか・
父  ん、あ、興味あるの?
ユキコ  いえ、興味があるというかなんというか。
父  そんな物ないだろって。
ユキコ  いえ、別に、そんな。
父  あるよ。あるから掘ってるんじゃない、あるって確証があるから掘っているんだよ。
ユキコ  いや、ないとは。
父  徳川時代末期、崩壊に瀕していた幕府を再興する資金として莫大な黄金の埋蔵が企てられた、その額、およそ四百万両。時価にして百兆円に達すると言われている物が、この、山に、山のどこかに埋蔵されているんだよ。実際この家の祖父は埋蔵に関わった人物からの証言とそれに関する資料を得ているし、この村にいきなり武士の一団が百姓を連れて奥地を開墾しに来ている。村の者でも訪れないような場所にだ、そして百姓たちが六人がかりで持っている弾薬箱のような物を何個も運んでいるのも目撃されている。つまり、あるとしか言えないわけだ、ここにあるのは分かっているんです。
 
  間。
 
父  お腹空いたなあ。
 
  間。
 
父  あっ、昨夜のことは誰にも言わないから。
ユキコ  えっ。昨夜。
父  人間誰しもね、人に見られたくないもんってのがあるよね。
ユキコ  昨夜、もしかして、キスの舞のことですか?
父  ん?キスの舞?なにそれ。
ユキコ  あー、あれも嘘か。
父  ああ、息子のにやられましたか。
ユキコ  そうみたいですね。
父  困ったもんですよ、一向に家を継ぐ気配がない。
ユキコ  えっ、じゃあ私は昨夜何をしてたんですか?
父  えっ、覚えてない?
ユキコ  覚えてません。
 
  間。
 
父  そうか、覚えてない。
ユキコ  はい。
父  覚えてるでしょ。
ユキコ  えっ。
父  覚えてないの?
ユキコ  はい。
 
  母、現れる。
 
父  お腹空いた。先に食べていい。
母  でも、孝仁が。
父  孝仁が何?
母  パーティだって。
父  なんなの、パーティって。
母  ほら、ユキコさんが来たから。
父  ユキコさんが来たから、何?
母  張り切ってて。
父  ああ、すみませんね、何か?
ユキコ  いえ。
父  どこ行ったの?
母  さあ。
父  すぐ帰ってくるの?
母  さあ。
 
  間。
 
ユキコ  あの、すみません。
父  はい。
ユキコ  すみません、息子さんが出て行ったのは私のせいで。
父  はあ。
ユキコ  結婚を申し込まれました。
父  えっ。
 
  間。
 
父  で?
ユキコ  はあ。
父  どうしたの?
ユキコ  えっ。
父  だから、どうしたの?
ユキコ  断りましたよ。
父  そうかあ。そうだよなあ。
ユキコ  ええ、そんな。急に。
父  えっ、急じゃなければいいの?
ユキコ  えっ、いや。
父  急じゃなければいいの?
ユキコ  いやあ、それは、どうでしょう、そんなさっき初めて会ったばっかで考えられませんよ。
父  初めて?
ユキコ  ええ。
父  えっ、初めてなの?
ユキコ  初めてですよ。
 
  間。
 
父  えっ、同級生じゃないの?
ユキコ  えっ?
父  小学校の時の。
ユキコ  はあ?
父  なあ、そう言ってなかった?
母  ああ、そういえば。
ユキコ  えっ、同級生?あの人と。
父  えっ、違うの?
ユキコ  えっ、分かんない。そうなんですか?
父  いや、私は知らないけど。
 
  間。
 
父  とにかく、探してきなよ。
母  えっ、でも鍋が。
父  鍋なんか後でいいよ。っていうか鍋いいよ。
母  えっ。
父  だってカレーあるんだから。ねえ。
ユキコ  ああ。でも、鍋も鍋でね、あったまりますし。
父  あっ、そうか、すみません、ユキコさんが食べたいのか、鍋。
ユキコ  あっ、いえ、違います、食べたいとは言ってません。
母  食べたく、ないんだ。
ユキコ  いや、食べたくないこともないですよ、断じて。
父  えっ、どっちなの?
ユキコ  ええ。
父  食べたいの、食べたくないの?
ユキコ  いや、だからそれはいろいろありまして。
母  はっきりしなさい。
ユキコ  どっちでもいいですよ、そんなことは。
 
  間。
 
父  どっちでもいいんだ。
母  じゃあ、作ります。
父  いや、ちょっと待ってよ。
母  なんですか。
父  探しに行きなさいよ、お腹空いてんだから。
母  じゃあ、分かりました、ある程度作ったら探しに行きますよ。
父  ある程度って。
母  私が作って探しに行って、見つける間に、あなた、お風呂に入ってって、で、ちょうどいいでしょう。
父  まあ、そうかもしれないけど。えっ、どっちでもいいんだ。
ユキコ  あっ、はい。
父  結婚は?
 
  間。
 
ユキコ  えっ?
父  結婚はどっちでもよくないの?
ユキコ  結婚はどっちでもよくないですよ。
父  なんで。
ユキコ  なんでって。
父  なんで鍋が食べたいか食べたくないかはどっちでもいいのに、結婚はどっちでもよくないんだ。
ユキコ  ええっ。
母  あなた、何を言ってるの。
父  ああ、そうか、何を言ってるのか分からないね、そりゃあ。
ユキコ  はい、それとこれとは。
父  じゃあ、こういうのはどうでしょう、あなたは今コンビニにいる。
ユキコ  いませんよ。
父  いや、いるんだ、いることにしてください、そしたら、何か甘いものが食べたいと思い立つ、ふと目の前を見ると、甘いものの気配、どら焼きです、しかし、このどら焼、二種類が並んでいる、一つはこんなに大きなどら焼、もう一つは、一つ一つ袋に入った小さなどら焼がたくさん。さあ、あなたはどっちを選ぶ。
ユキコ  え~、どっちでもいいです。
父  はい、でました、もらいました、どっちでもいい。
ユキコ  なんなんですか、これは。
父  じゃあ、こういうのはどうでしょう、あなたは自分の家でのほほんと午後のティータイムを過ごす、やわらかな日差し、ほろ苦いハーブティ、そんな至福の時間に殺し屋がどかどかと家に入ってくる。
ユキコ  殺し屋っ。
父  殺し屋が言うには、ここにカブトムシとクワガタがいる、どっちかを大切に育てないと、おまえを殺す、さあっ。どっちを育てますか。
ユキコ  どっちでもいいです。
父  ほらほらほらほら、どっちでもいいいんだ、どっちでもいいんだ、じゃあ結婚は。
ユキコ  あのねえ、どっちでもよくないですよ、結婚は。
父  じゃあ、こういうのはどうです、これです、あなたはトランプを一緒に作らないかと男に言われ作ることになる、そしたら、男はこう言う、裏と表とありますが、どっちを描きたいですか。
ユキコ  えっ。
父  どっちがいいですか。
ユキコ  どっちでもいいです。
父  じゃあ、結婚は。
ユキコ  しません。
父  同級生なのに。
ユキコ  同級生だから結婚するってどういうことですか。
父  じゃあ、今晩息子と一夜を明かすっていうのは。
ユキコ  はあ。  
父  これは、どっちでもよくない?
ユキコ  あのですね、昨夜、私は息子さんと、あれ、これは嘘か。
父  昨夜、息子とどうしたんです。
ユキコ  なんでもないです。
父  聞かせてくれませんか。
ユキコ  あれ、私はどうしてこの家へ来たんですか、昨夜。
父  あっ、昨夜の話?そうか、覚えてないんでしたね。
ユキコ  はい、聞かせて下さい。
父  昨夜、あなたは山にいました。
ユキコ  山に。
父  私があなたを見つけました。
ユキコ  山で何を。
父  あなたは震えていました。
ユキコ  えっ。
父  そして泣いていました。
 
  ピピピピっ、ピピピピッ、ピピピピっ。
 
母  お風呂いいですよ。
父  あっ、そうか、風呂に入ろうと思ってたんだった、ほら、土まみれでしょう。
 
  父、はける。
  音が止む。
 
ユキコ  私は、何を。
母  ごめんなさいね、私にはちょっと。
 
  間。
 
母  続けなさいね、マトリョーシカ
ユキコ  ああ。
母  描ききりなさいね。
ユキコ  はい。
 
  描く。
 
母  夫はね、生涯を穴掘りに捧げているのです、夫はね、それを天命だというのです。埋蔵金を掘り当てるのが我々の使命だと言うのです。夫は、ね、言うんですよ、荻原にしか出せない、我々一族にしか出ないよと、あの、ね、90パーセントの謎は解けているの、当時の巻物やら文献の解読を行い、90%の謎は解けていると、残りは掘り当てた時にわかるでしょうと、穴を掘りに行くんですよ、毎日毎日、そしたらね、言うんですよ、もう少しこの穴を掘ったら出るかもしれない、カチンと硬い何かにぶつかるかもしれない、いや、右を掘ってみようか、もしくは左に、言うんですよ、猜疑心ですってね、夫はね、これがずっと続いてるわけだと、百三十年、続いてるんだと、もしかしたら、こっちかもしれない、そんな夫をね、支えてるんですよ、ちょうどあなたぐらいの歳です、嫁いだのは、夫にとっての穴掘りが天命であるように、私にとっての天命はこの家を守ることかもしれないと思ったわけです、私はね。どう思います、ユキコさん。
ユキコ  えっ。
母  私たちのこの暮らし、どう思います?
ユキコ  素敵だと思います。
母  嘘?
ユキコ  いえ、嘘ではなく、あの、一つのことを追い求めるって羨ましいなあと。
母  あなたにとっての天命は何?
ユキコ  私にとっての?
母  そう、あなたにとっての。
ユキコ  なんだろ、私にとっての天命、えっ、なんだろ。
 
  チャンチャララランラン、チャラララララランラン。
 
母  あっ、洗濯機まわしてたんだった。
 
  母、はけようとして、
 
母  まず、そのマトリョーシカが天命ね。
ユキコ  はあ。
母  沸騰したら止めといてね。
ユキコ  はい。
 
  母、はける。
  ユキコ、自分の荷物を持ち、投げる。
 
ユキコ  天命。
 
  ユキコ、マトリョーシカを描く。
  そして、歌う。
 
  トランプ全てにマトショーシカを描き終え、
  組んでみる。
 
ユキコ  組みづらい。組みづら、あ。ああっ。ああっ。
 
  ユキコ、泣く。
  母、現れる。
 
母  どうしたの、ユキコさん。
ユキコ  トランプが、あっ、トランプが完成しました。
母  すごいじゃない。すごいじゃないユキコさん。
ユキコ  あっああっ、すみません、一つのことを成し遂げたっていうのが、なんか感動して。
母  すごいわ、すごいわユキコさん。
ユキコ  私の天命って、私の天命って。
母  ユキコさん。
ユキコ  ああっ、ああっ、今まで生きてきて、あっ、今まで生きてきて、ああこんなもんかって感じで高校卒業して、友達はいて、全然友達もいて、周りに合わせてああ、こんなもんかって卒業して、やりたいこととかなくて、ああ、こんなもんかって、先生とかから大学行ったら専門的なこと勉強するからなんかやりたい仕事見つかるだろって言われてまあそんなもんかって大学行って、結局見つからず、ああ、こんなもんかって卒業するってなって、就職先とか大学に公募してるから、その中から比べてなんか良さそうなとこ就職して、ああこんなもんかって、ああ、こんなもんかって、仕事してもああ、こんなもんかってずっとなってて、今なんかトランプ描ききって、やったって、ああ、やったねってなって、中高とバスケ部だったんですけど、友達に誘われて、中学の時入って、高校の時は部活どこかに入らなければならないっていう理由で入って、いつも一回戦で負けるんですよね、いつも、あっ、っていう、なんだ、この話、あっ、そうそう、だから、オリンピック出れる人とかすごいねって、どんだけ努力してんだよって、才能とかの問題かもだけど、努力とかもあんまできないわけですよ、ああ、そっかそういうことね、努力の話です、だからオリンピックとか出る人羨ましいっていう、っていうのは、オリンピック出れるのが羨ましいっていうのじゃなくて、オリンピック出れるぐらい努力できるっていうか、一生懸命になれることがあるっていうのが、徳川埋蔵金を掘り当てるとかそういうことだと思うんですけど、ああっ、私は何に打ち込めばいいのかっていう話で、そんなこと言ったらですよ、なんか始めてみればってなるわけじゃないですか、でも釣りとかボルダリングとか、興味なくてもやってみれば変わるかもよって、でもそういうのってちょっと違うじゃないですか、なんか衝動というか運命というか、ああ、私はこれをするんだって、そういうのがないじゃないですか、あっ。
 
  鍋が沸騰している。
 
母  私は幸せよ。
 
  鍋が沸騰している。
 
母  どんな生活も受け入れちゃえばいいのよ。
 
  鍋が溢れる。
 
ユキコ  ああっ。
 
  ユキコ、コンロを止めに行く。
 
母  沸騰したら止めといてって言ったよね。
ユキコ  ああ、はい。
母  あなたは孝仁の嫁になるんでしょ。
ユキコ  えっ、あっ、いや。
母  受け入れてしまえば幸せよ。
ユキコ  ちょっと待って。
母  あなたは勘違いしてる、天命ていうのは天からの命令、つまり、自分から見つけるものではないのよ、私の夫も、家を継がされているだけ、一族に、命令されているの。洗濯物がまだだったわ。
 
  母、はける。
  ピー、ピー、ピー、炊飯器の音が鳴る。
 
ユキコ  えっ、えっ。
 
  孝仁、そっと現れる。
 
ユキコ   あっ。
孝仁  シっ。
ユキコ  あのですねえ。
孝仁  待って、怒ろうとしてますね、怒ろうとしてるんでしょ。
ユキコ  そりゃそうですよ、昨夜の話もお母さんの話も全部嘘なんでしょ。
孝仁  嘘じゃない。
ユキコ  ああん。
孝仁  嘘じゃない、断じて。
 
  間。
 
孝仁  聞かせてもらいました、大体は。
ユキコ  えっ、ここにいたの?
孝仁  はい、裏に。
ユキコ  なんで。
孝仁  考えていました、あなたと結婚するにはどうすればいいのか。
ユキコ  しないって言ってるでしょ。
孝仁  まず一つ、あの人は父でも夫でも何でもありません、ただのトレジャーハンターです。僕に埋蔵金を掘ることを継がせようと月に何度か、裏の山を掘るついでににここに来るんです。
ユキコ  嘘。
孝仁  嘘ではない、僕は虚言癖ではない。
ユキコ  嘘。
孝仁  二つ目、嘘をついたことを謝ります。
ユキコ  嘘ついてるんじゃない。
孝仁  一部だけ、一部だけです、つまり昨夜の話なんですが、あれは、こう言えばユキコさんとこの家を出れるかなあと。
ユキコ  出られるわけないじゃない。
孝仁  それだけの理由です、それだけでした、つまり、本当の昨夜というのはこうなんです、母があなたを連れてきたのです、この家に。
ユキコ  何故。
孝仁  僕と結婚させるためです。そして、子供を産ませようとしているのです、この一族のために。いや、一族のためではないのかもしれない、母と父の間には子供がいませんでした、できなかったのか、つくらなかったのか、そのへんは分かりません、母は何十年もこの家に仕え、毎日毎日、父のために食事を作り、父のために洗濯をし、父のために掃除をした、父は看板製作の仕事で家を支えてくれるも、たまの休日は埋蔵金、一日の空いた時間は埋蔵金、資金援助がどこから出るだ、金属レーダーは当てにならないだ、そんな話しか聞かされない日々、つまり、現代の一般的な幸せからかけ離れてきた、子供がいればまた違ったのでしょうが、いや、それが幸せだったのかもしれない、百三十年この家が埋葬金を探し続けるように、三十年、四十年とこの家に仕えてきたのが、逆に幸せだったのかもしれない、しかし、父は死んだ。母は一人になった、母の生きていく為の糧がなくなった、子供がいれば違ったんでしょうが、だから、あの父を崇拝するトレジャーハンターのおっさんを父代わりにし、まったくの赤の他人の僕を息子代わりにし、今度はあなたを息子の嫁代わりにし子供をつくらせようとしているわけです。家族ごっこから、一族形成ごっこへと変貌を遂げようとしているのです。
ユキコ  おかしいでしょ、なんで赤の他人に子供を。
孝仁  おかしいんですよ、母さんは、一族のこととなるとおかしいんですよ。
ユキコ  おかしいのはあなたでしょ、全部嘘なんでしょ、
孝仁  嘘じゃないっ、嘘じゃないですって、僕がさっき何故昨夜の話に嘘をついたか、あなたを守るためです。
ユキコ  ああん。
孝仁  守りたい、君を取り巻くすべてのことから。
ユキコ  もう、うっせえ。
孝仁  僕が何故結婚を迫ったか、母が僕達に子供をつくらせようとしていることが分かったからです、だから結婚をせがんだというわけです、結婚をしてさえいれば子供が出来ようと、その子がこの家を継ごうと正当化できる、そういうわけです。
ユキコ  もう、うっせえ。どうなってるの、何が本当なの、この家狂ってるよ、ねえ、なんなの、子供産ませるって、私に、はあ、ふざけんなよ、意味分かんねえよ、関係ねえじゃん、私、糞豚、糞豚野郎。
 
  ユキコ、出ていく。
 
孝仁  ユキコさん。
 
  ユキコ、戻ってくる。
 
孝仁  あっ、ユキコさん。
ユキコ  私の携帯知りませんか?
孝仁  えっ、携帯?
ユキコ  知りませんか?
孝仁  知りません。
ユキコ  糞豚。
 
  ユキコ、はけようとする。
  父が立っている。
 
父  帰るの?
ユキコ  あっ。
父  なんだ、いるじゃん。
孝仁  あっ、はい。
父  帰れないよ、ユキコさん。
ユキコ  えっ。
父  カレーだけでも食べていきなよ。あっ、鍋もか。
ユキコ  あっ、いや、私は。
父  帰れないでしょ。
ユキコ  はあ。
父  思い出した?昨夜のこと。
ユキコ  いや。
父  思い出したくないんでしょ。
ユキコ  ええ。
父  携帯ってこれ?
 
  間。
 
ユキコ  それです。なんで?
父  山に落ちてたよ。あっ、できたんだ。
ユキコ  あっ、はい。
父  結局人にやらせて。
孝仁  ああ、はい。
父  せっかくだからなんかしようか、母さんが来るまで。
ユキコ  あっ、はい。
父  何がいい?
孝仁  えっ、なんでしょう。
父  ババ抜きでいいか。
ユキコ あっ、はい。
 
  父、トランプを三つの山に振り分ける。
 
父  久しぶりだなあ、トランプ。そうだ、せっかくだしなあ、そうだなあ。
 
  三人、揃ったカードを出していく。
 
父  こういうのはどうかな、ユキコさん、孝仁が勝ったら、ユキコさんと結婚する。
ユキコ  えっ。
孝仁  ちょっと。
父  待って待って、その代わり、ユキコさんが勝ったら、結婚はきっぱり諦める。
ユキコ  えっ、それは、えっ。
孝仁  何言ってるんですか。
ユキコ  えっ、あっ、えっ、私にメリットないですよね。
父  待って待って待って待って、っで、もし俺が勝ったら、俺と結婚する?
 
  間。
 
父  なーんちゃって。
ユキコ  あっ、えっ、あっ、もう、やめて下さいよ。
孝仁  そうだよ、さっき結婚申し込んだばっかなんだから、トランプなんかで決められないよ。
父  じゃ、誰からだ、ジャンケン、ポン。
 
  父、勝つ。
 
父  俺からだ。
 
  父、カードが揃うと、「よしっ」「やった」など。
  揃わない、もしくはジョーカーを引くと、「あー」「なんでだ」など発する。
  ユキコ、孝仁は黙々と父に合わせた笑顔。
  孝仁、あがりかける。
 
父  おっ、なんだ、結婚か。
ユキコ  えっ。
父  結婚しちゃうのか、孝仁。
ユキコ  えっ、冗談ですよね、さっきの。
父  それとも俺と結婚か。
ユキコ  ええっ。
 
  ユキコ、これが揃えば勝つという一瞬。
 
父  おおっ、結婚か、結婚じゃないか。
 
  ユキコ、引く。
 
ユキコ  やっ、あがり。
父  なんだよー、面白くない。
孝仁  まだ終わってませんよ。
父  いいよ、もう。
ユキコ  あのですねえ。  
 
  ブオオーーん。
 
ユキコ  えっ。
 
  換気扇が勝手にまわり始める、ブオオーーん。
 
ユキコ  えっ、えっ、勝手に。
父  そうだね、勝手にだね。
 
  父、止めようとする。
  止まらない。
 
父  えっ、怖い怖い、なんでなんで。
 
  母、現れる。
 
母  大丈夫ですよー、怖くないですよー。
ユキコ  えっ。
孝仁  お母さん。
父  どうしたの。
母  大丈夫ですからねえー。
 
  母、冷蔵庫からマトリョーシカを取り出す。
 
母  安心してくださいねー。
 
  母、マトリョーシカをばらしていく。
 
母  ほうら、ほらほら、かわいいですねー。
 
  換気扇が止まる。
 
ユキコ  えっ。
母  食べましょうか。
ユキコ  えっ、あっ、あっ、えっ。
 
  母、食事の準備をする。
 
父  えっ、なんなの。
母  は?
父  いや、今のはなんなのよ。
孝仁  やめて下さい。
父  えっ、なんでよ。
孝仁  こんな客人のいる席でやめて下さいと言ってるんです。
 
  間。
 
父  えっ、なんで。
孝仁  分からないんですか。
父  えっ、分からない。分かる?
ユキコ  いやあ。
孝仁  いいですよ、分からなくて、あなたには関係のないことなんですから。
父  えっ、なんでなんで、気になる気になる、なんなの、今のどういうこと。
孝仁  やめて下さいって、ユキコさんの前で。
父  えっ、ユキコさんの前でしたらダメなの、換気扇なんで動いたの?
孝仁  あのねえ、そんな話今することじゃあないでしょう、もうカレーを食べるんだから。あなたねえ、カレーを食べる前に、いやあ、最近ウンコが柔くてですねえ、体調でも崩したかかなあ、なんてそんな話しますか?
父  いや、しない。
孝仁  じゃあやめて下さい。
父  えっ、なんでなんで、うんこみたいな話なの、あの換気扇、うんこ類の話ってこと。
孝仁  うんこうんこ言うなっ、カレーの前で。
父  お前が言い出したんだろうが。
孝仁  それはあなたが執拗にあのことについて聞くからでしょう。
父  えっ、だからそれとうんこが何の関係があるのよ。
孝仁  あっ、また言ったな、うんこ。
ユキコ  まあまあまあまあ。食べましょうよ、とりあえず。
母  いただきます。
 
  一同、カレーを食べる。
 
ユキコ  おいしい。
母  あっ、そう。
ユキコ  とっても。
父  まあまあだな。
孝仁  いや、おいしいよ、母さん史上最高の出来だよ。
母  あ、あ、ありがとう。
ユキコ  あっ、鍋は?
母  鍋はいいんでしょ。
父  鍋はいいよ、カレーに鍋なんか合わないよ。
ユキコ  でもせっかく作ったんだから。
母  どっちでもいいわ。
父  いいよ、カレー食べてんだから合わないよ。
孝仁  いや、食べましょう、ユキコさん、食べたいんでしょ。
ユキコ  えっ、いや、私は。
 
  孝仁、鍋の準備をする。
 
母  あなたがご飯の用意をしてくれるなんて、ユキコさん、ありがとう。
ユキコ  えっ。あっ、はい。
父  おっ、そうだ。
 
  父、日本酒とコップを取り出す。
 
父  どうですか、ユキコさん。
ユキコ  いえ、私は、もう失礼するので。
父  そんなこと言わずにちょっとだけちょっとだけ。
ユキコ  はあ。
 
  父、注ぐ。
 
父  お前も。
母  いやあ、私は。
父  いいじゃない、たまには。
母  はあ。
 
  父、注ぐ。
 
父  お前も。
孝仁  僕はいいですよ。
父  付き合えよ、みんななんだから。
孝仁  嫌なんですよ、そのみんななんだからって考え。
 
  父、注ぐ。
 
父  とりあえず。
孝仁  飲みませんって。
父  とりあえずだよとりあえず。
 
  一同、乾杯。
  飲み、食べる。
 
ユキコ  おいしい。
父  やっぱり、鍋とカレーは合わんな。
母  そうですね。
ユキコ  なんか、すみません。
孝仁  そんなことないですよ、合いますよ。
父  ところで孝仁、お前、ユキコさんに結婚を申し込んだそうじゃないか。
孝仁  ええ、申込みましたとも。
父  お前、今の現状で、よくそんなことが言えたな。
孝仁  僕はですね、働きますよ。
母  えっ。
孝仁  僕はですね、働きます、気付いたのです、働くということが必要だと、ユキコさんと結婚するために働きます、そう、愛のために。
 
  飲み、食べる。
 
父  働くって言ったって実際、具体的にはどうするんだよ。
孝仁  漫画家になります。
父  はあ。
孝仁  見て下さい、このトランプを、この表面はほとんど僕が描いた、気付いたのです、漫画家ならできそう、いや、きっとできる、仮にできなくとも頑張れる気がする、今までことごとく頑張れなかったでしょう、警備員もしたし、調理師もしたし、でも、ことごとくですよ、頑張れなかった、しかしですよ、今の僕は違う、今の僕にはユキコさんがいる、頑張れる理由があるんですよ、分かりますか、頑張れる理由、どんなに辛いことがあってもユキコさんが家で待っていてくれる、料理を作ってくれる、アンアンできる、最悪、僕を養ってくれるかもしれない、そう考えただけで頑張れる、うふふ、漫画家なんか無理だって顔してますね、でも見て下さい、この絵を、キング、キングどこだ、このキング、独創性に溢れている、うふ、うふふふ、そしてこの裏側にはユキコさんが描いてくれたかわいいマトリョーシカ、初めての共同作業、初めての共同作業はまさかのトランプ、ユキコさん。結婚して下さい、さっきまでの体たらくの僕とは違う、僕はあなたと結婚できれば頑張れる。
ユキコ  あ~。
父  分かった分かった、もし仮に漫画家で成功できたとしてだ、穴はどうするんだ、穴を掘る気はないのか。
孝仁  出ました、穴を掘れ、もう聞き飽きました、僕は穴なんか掘らない、絶対に。父親面しやがって、あなたはなんなんですか、何が狙いですか、僕に穴を掘らせて一体何になると言うんだ、僕とユキコさんを結婚させて一体何のメリットがあると言うんだ、父親面しやがって、ええ、ええ、結婚したいですとも、ユキコさんと、そりゃあね、結婚したいですよ、しかし、この家は継ぎません、誰が穴など掘るものか、答えて下さい、あなたは一体何が狙いだ。
父  何が狙いって、ねえ。
母  ええ。
父  俺はお前のためを思ってだなあ。
孝仁  嘘だあ、何か企みがあるはずだ。
父  いいかげんにしろよ、企みなんかない、俺はこの家を思ってだなあ。
孝仁  関係ないじゃないか、この家なんか、あなたに、父親でも何でもないんだから、ついでにあなたも母親でもなんでもない、この際はっきりさせましょう、そろそろ僕はこの家を出ていく、ユキコさんと結婚してです。
父  お前まだユキコさんと結婚できるって決まったわけじゃないだろう。
孝仁  ええ、ええ、決まってませんとも、むしろ嫌われかけています、いや、もはや嫌がられている、いきなり結婚結婚って、そりゃあ彼女にすりゃあ意味の分からない話です、しかしですよ、嫌いってことは、好きに発展する可能性があるんです、月九ドラマを見て下さい、キムタクを見て下さい、嫌いから発展して皆ラブラブじゃないか、そう全ては嫌いから発展するんです、最初からラブラブな結婚なんて大したことはない、全ては嫌いから、いいですか、好きの反対は無関心なんです。ユキコさん、結婚して下さい。
父  というわけなんだが、ユキコさんどうだろう、長い話を要約すると、こいつはユキコさんと結婚できれば頑張れると言ってるわけだが、どうだろう。
ユキコ  だから、私は、昨夜のことがね、知りたいんですけどね。
父  いや、その話は後でいいじゃない、まず結婚について。
ユキコ  だから無理だって言ってるでしょ、さっき出会ったばっかの人といきなり。
孝仁  さっき出会ったのでありません。
ユキコ  だから、それはですね。
孝仁  十年前から、いや十五六年前からあなたのことが好きでしたよ。
 
  飲み、食べる。
 
父  あ、やっぱり同級生なの。
孝仁  そうです。
父  いつ、中学校、小学校。
孝仁  小学校です。
ユキコ  同級生。
 
  飲み、食べる。
 
孝仁  覚えていませんか、小学校の時同級生だった、萩原孝仁ですよ。
ユキコ  萩原孝仁。
孝仁  ええそうですとも、荻原ではない、萩原孝仁です、お母さん、あなたが僕をここへ連れてきたのは、カレー屋でバイトをしていた僕の胸にぶら下がったあの小さな長方形の名札を見て僕を選んだんでしょう、しかし、間違いです、僕は萩原だ、残念でした、萩原だ。
母  何を言ってるの?
孝仁  とぼけないで下さい、僕にこの家を継がせるために少しでも差し支えないように同じ苗字を選ぼうとしていたんでしょう、しかし、間違いだ、あー、話がずれた、まただ、違う違う、こんな話をしたかったんじゃあない、ユキコさん、覚えていませんか、僕ですよ、萩原じゃない、荻原孝仁ですよ、あ、違う、間違えた、あれ、どっちだっけ、萩原だ、萩原萩原、萩原孝仁ですよ、ユキコさん、パーティらしくなってきたじゃない、パーティパーティ、覚えていませんか、あの日あの時あの場所で、結婚の約束をしました、荻原孝仁です、そう、あの日もカレーでした、給食の時間、同じ食事のグループで楽しく食べていた僕ら、僕は母さんが作ってくれたミサンガを自慢したんです、そう、この右手にしてたミサンガです、萩原孝仁です、なんにもせずに切れたら願い事が叶うというミサンガです、あなたはそれをハサミで切った、僕のミサンガを人力で切った、勝手に切れたら願いが叶う最高の反面、人力で切ったら不幸が訪れるというミサンガを人力で、ハサミで切った、何を考えているんだこの女は、ひどく落ち込んで歩いていた放課後、そう、あの、登下校の道すがらあった公園のぶらんこに揺られながらあなたは僕にこう言った、なんの願い事をしていたの、小学生ながらませていた僕は、すかさず恋人と答えた、その時あなたは言ったんです、あの日あの時公園で、じゃあ、私が付き合ってあげるよ、そう言った、しかし、僕は断った、なんでなんで、それからというもの恋人ができる気配のない人生で唯一告白された瞬間を僕は断った、なんでなんで、答えは単純ただ一つ、その当時の君はちょっと違った、その当時の君はちょっと違ったんです、そんな気配を察したのかそこであなたはこう言う、じゃあ、私が、大人になって、もし綺麗になってたら結婚しよ、オーケーオーケー美人美人、充分美人、結婚しましょう、この十何年前の約束のもとに、充分すぎるぐらい美人ですよ、結婚しましょう、ユキコさん。
 
  飲み、食べる。
 
父  やっぱり、鍋とカレーは合わんかったな。
 
  飲み、食べる。
  母、食べ終わった人々の皿を片付けはじめ、洗い物を始める。
  (おそらく、孝仁は食べ終わっていない、あんなにしゃべっているから。)
 
父  何が本当なんだ、えっ、母さん、こいつの話は本当なのか。
母  少なくともミサンガを作った記憶はないわ。
孝仁  それはあなたではない、本当の母さんだ。
 
  洗い物の音、食べ終わっていない人は飲み、食べる。
  食べ終わった人は飲む。
 
父  ユキコさんは、どうなの、こいつの話覚えてるの。
ユキコ  えっ、いや、んんと、いや。
父  お前嘘つくのもいい加減にしろよ。
孝仁  嘘じゃありません。あなたこそ嘘つくのはやめて下さい。
父  俺のことよりお前の話だろうが。
孝仁  はっきりさせましょう、あなたは本当の父さんじゃない、父さんは死んだ、父さんは死んだんだ、お母さん。
 
  洗い物の音。
 
孝仁  そして埋蔵金なんてものはこの山にはない、あれはひいおじいちゃんが作った嘘の伝説と資料だよ、もしくはひいおじいちゃんに教えたというその人の嘘だ、全部嘘だ、仮に武士の一団がこの地に来ていたとしてもそれは本当にここを開拓に来たってだけで埋蔵金なんて埋めに来やしなかったの、だからないの、そんな物、ないの、あるわけないの、なかったでしょ、金属探知機が反応して、ここだってなっても掘ったら、ない、与えられた資料の暗号を遂に解き明かした、埋蔵金はこのポイントに埋まっているつって、掘ったら、ない、ないんだよ、そんな物、あるとしてもこの山にはないんだよ、それを百三十年も追っかけて、ない物を追っかけてるんだからそんな物見つかるわけないんです。そんな物を追い続けるなんて馬鹿ですよ、信じたいのは分かります、信じなきゃ生きていけないのも分かります、しかしない物はないんだ、僕はこの家は継ぎません、ええ、継ぎませんとも、僕は自由だ、家に生かされているんじゃない、僕が生きているんだ、だから僕は漫画家になる、ユキコさんと結婚して、信じれるものは愛です、愛さえ信じられれば生きていける、そうでしょう。ねえ、そうでしょう。
 
  洗い物の音がやむ。
 
母  食べないなら、片付けるけど。
孝仁  えっ、ああ、もう、うん、お腹一杯。
 
  母、孝仁の皿を片付け、洗い物を始める。
 
父  謝れよ。
孝仁  えっ。
父  謝れつってんの、父さんに。
孝仁  嫌です。
父  謝れよっ。
 
  洗い物の音。
 
孝仁  ごめんなさい。
父  俺じゃないだろ、お前の父さんに謝れっつってんの。
ユキコ  えっ。
父  もしくは、この一族にだよ。
 
  孝仁、どこに謝ればいいか分からず、なんとなく上の方に、
 
孝仁  ごめんなさい。
 
  間。
 
父  確かに俺はこの一族と関係ないよ。
ユキコ  えっ、関係ないんですか。
父  でもお前は違うだろ、お前はここの本当の息子だろ。
ユキコ  えっ、本当の息子なの。
父  それを継ぎたくないもんだから適当なことばかり並べくさって、先生は本当にすごい方だった、自分の人生の全てを埋蔵金に捧げて、百三十年の重みを引き受けて、穴を掘ってたんだよ、俺も掘ってるけどさ、先生の意志を継いで掘ってるけどさ、本当のところはお前が継いでいかなきゃなんないと思うんだよ、先生言ってたよ、荻原にしか出ない、荻原以外は出ないよと、俺も掘ってるけどさ、掘ってる時その言葉が響くんだよ、頭の中で、荻原にしか出ないって、百三十年だよ、それを信じたこともないくせに、信じる前から諦めて、百万回ダメで望みなくなっても、百万一回目はなにか変わるかもしれないってドリカムツルーが言ってるだろ、この家は継がれなきゃダメなんだ、先生の意志を、一族の意志を、ね、ユキコさんと結婚して子供つくって、穴を掘り続けるべきなんだよ。
ユキコ  ちょっと。
孝仁  いやだ、僕はユキコさんと結婚して漫画家になって自由に暮らすんだ。
ユキコ  だからちょっと待って下さいよ、私は結婚するなんて一言も。
 
  間。
 
父  ユキコさん、あなた、昨夜何をしてたか思い出しましたか。
ユキコ  えっ、いや、それは。
父  あなたはもはや、死体です。
ユキコ  死体。
父  ユキコさん、あなたは昨夜首をくくろうとしていたんです、山で。
ユキコ  えっ。
父  それを私が見つけ、この家へ連れてきたんですよ。
ユキコ  私が自殺を。
 
  ユキコ、酒を注ぎ、飲む。
 
父  一度死んでいるんだ、この先の人生なかったようなもんだ、じゃあ、いいじゃない、この家に来ればいいじゃない。
ユキコ  私が死んだ。
 
  ユキコ、飲む。
 
母  あなたはなんで死のうとしたの?
ユキコ  私はなんで死のうとしたか。
 
  ユキコ、飲む。
 
母  あなたは幸せじゃなかったんでしょ。
ユキコ  私は、幸せじゃ。
 
  ユキコ、一升瓶から直接飲む。
 
父  あっ。
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  うっぷ。なかった。
 
  間。
 
ユキコ  ああ、ああっ、あああっ、私は幸せじゃなかったの、ああっぷ、今まで幸せじゃなかったの、ああ、そんなことないそんなことない、幸せだった幸せだった、だって私は自由だったし、あっ、選べたんだし、生き方を、ああっ、えっ、あれ、自由て幸せ?選べるって幸せ?結局自分から選んだことなんてなかったんじゃないの、ああっ、あれ?あっ、あっ、そうか、あっ、うん。
父  ユキコさん。
孝仁  ユキコさん大丈夫ですか?
ユキコ  萩原孝仁、萩原孝仁、いたかな、あーいた気もするなー、いたかもしれない、分かんないけど、うーあー、告白なんてしたのかな、ミサンガとか切ったかな、あー、分かんない、分かんないけど、小学校の記憶ほとんどない、なんで、何故だか全然ない、むしろ物心ついたの高校生なんじゃんって感じ、あー、ね、そういうの、あれ、何の話してたっけ、あ、うん、ああ、私が何で自殺をしたかですね、そうですねえ、簡単に言いますと、簡単には言えないんですけどねえ、うーあー、私が私として生きて、私を、こう発揮して、私ならではっていう生き方がね、流れに流されて、なくなってくというかそんな物もともとないっていうか、流れに身を任せて何が悪いのっていう、うーあー、山ってね、暗いんすよ、夜の山って、とてつもなく暗いの、闇が深いっていうの、山に飲み込まれてね、私も闇の一部になって、東京から地元に帰ってきて驚いたのは、道が大きくなってて、その大きい道にはスーパーとかコンビニとか出来てて、あーっていう、でもね、山は山のままなんすよ、山ってだけで山なんすよ、山は絶対的というかなんと言いますか、うーあー、トランプ作りきったのは嬉しかった、嬉しかったけど、でっていう、それからっていう、ああっ、あっ、何の話でしたっけ、バナナの剥き方の話か。
孝仁  ユキコさん。
ユキコ  あっ、違う、チューインガムの真の発音の話か、あのチューインガムってのはねえ、チュー、イン、ガムなのよ、インが大事、インが大事なの、ガムの中にチューが入ってるの、だから、チュー、インガムなの。
孝仁  ユキコさんっ。
ユキコ  なんすか、なんすか。
孝仁  結婚して下さい、ユキコさん。
ユキコ  結婚はさあ、それとこれとはさあ、違うじゃない。
 
  ブオオーーん。
 
父  えっ、えっ、なんなのなんなの。
ユキコ  あはははは、いや、あはははははは。
 
  チャンチャララランラン、チャラララララランラン。
 
父  えっ、洗濯またしてたの。
母  してません。
父  えっ、なんなの、なんなの。
母  大丈夫ですよー、怖くないですよー。
孝仁  お母さん。
父  だからなんなの、それは。
母  大丈夫ですよー、怖くないですよー。
孝仁  お母さん、やめて下さい、父さんは死んだんだよ、この家は継がれないんだよ、僕はこの家の子供じゃないんだ。
父  お前はこの家の子供だろ。
孝仁  だから違うんですって、それはあなたの勘違いなんです。
父  ええ、違うの。
母  大丈夫ですよー、怖くないですよー。
孝仁  お母さん。
 
  ピピピピっ、ピピピピッ、ピピピピっ。
  ここから家中にある家電、付属物、諸々鳴る。
 
母  ダメだなあ。
孝仁  ダメなんです、この家はもうダメなんです。
母  これはどうだろ。
 
  母、マトリョーシカのトランプを部屋中にテープで貼る。
 
母  大丈夫ですよー。
孝仁  お母さん。
父  おいおい、説明しろよ、何なんだよ、これは。
母  怖くないですよー。
ユキコ  あはははは、パーティっぽくなってきた、なってきた。
父  えっ、パーティってこんなの。
  
  部屋中にマトリョーシカが存在していく。
  しかし、鳴き声は止まない。
 
母  だめねえ。
孝仁  お母さん。
母  あなたは私の息子。
孝仁  違う。
母  あなたは私の夫。
父  違いますよ。
母  あなたは私の息子の嫁。
ユキコ  ・・お母さん。
 
  母、歌う。
 
父  おい、何歌ってんだよ。
母  いいから、手伝って。
父  えっ。
母  手伝って。
父  ああ。
 
  父、歌う。
 
ユキコ  うーあー。パーティっぽくなってきましたねえ。
孝仁  ユキコさん、ユキコさん、結婚して下さい。
父  えっ、今。
孝仁  今しかないですよ、協力してくれませんか、ユキコさん。
母  ほら。
父  あっ、ああ。
 
  母、父、歌う。
 
ユキコ  うーあー。
孝仁  キスしてもいいですか。
ユキコ  ええ~、キス、したいの、ええ~どうしよっかな~。
孝仁  お母さん、片して。片して。
 
  母、歌いながら机の上を素早く片付け始める。
 
母  手伝って。
父  ああ、すみません。
 
  父、歌いながら母を手伝う。
 
ユキコ  えっほんとに、ほんとに私とキスしたいの?
孝仁  ええ、キスしたいです。
ユキコ  えっ、それは私が魅力的だってこと。
孝仁  はい、とっても魅力的です。
ユキコ  うははははー私魅力的なんだー。
孝仁  はい、魅力的です。
ユキコ  えっじゃあじゃあじゃあーどこが魅力的か言ってみ、言ってみ、ほら。
孝仁  それや、もうその身体から醸し出る雰囲気が、もうすでに魅力的です。
ユキコ  えっ、それって、キスしたいっていうか、えっ、ていうか、あはははは。
孝仁  はい、そうですね。
ユキコ  いやあ、キミ偉いよ、正直、すっごい正直。
孝仁  はい、すみません。
ユキコ  いや謝らなくてもいいんだよ、すっごくいいことだと思うよ、いや、ほんと、そんなに正直になれる人いないよ、この世の中。
孝仁  ありがとうございます、で、キスの方は。
ユキコ  ええ~どうしよっかなあ~。じゃあじゃあじゃあ~、キスしたくなるような事してよ。
孝仁  えっ、それはどういう。
ユキコ  キスしたくなるように舞ってみてよ。
孝仁  えっ、舞ってみる。
ユキコ  だから、キスの舞、キスの舞を踊れっつってんの。
孝仁  えっ、キスの舞を踊る。
ユキコ  それでその舞が良かったらキスしていいよ。
孝仁  えっ、キスしてくれるんですか。
ユキコ  その先も~、考えてみてもいいよ。
孝仁  えっ、キスの舞なのに。
ユキコ  うん、キスの舞からの。
孝仁  分かりました、それでは、踊ってしんぜよう、今宵あなたのためだけに、男孝仁、花を咲かせに参りましょう、あっそれ、キッスの舞っ、キッスの舞っ、キッスの舞ったらキッスの舞っ。
 
  孝仁、舞う。
 
ユキコ  あはははははは。
 
  ユキコ、舞う。
  母、いつの間にか二階から持ってきた布団を机の上に敷く。
 
父  いいのか、これでいいのか。
母  ありがとうございます、それでは、あとは若い人に任せて、ね。
 
  父、母、はける。
 
ユキコ  あはははははは。
孝仁  どうですか、ユキコさん。
ユキコ  んーとね、おっけい。
 
  ユキコ、孝仁、布団に入る。
  その周りからマトリョーシカが見ている。
 
  キスをしようとしたところで、電気が消え、
  家中の音が聞こえる。
 
  その鳴き声がふと笑う。
 
終わり。
 
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この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。