稲垣和俊戯曲集

戯曲集をここに。まさかのここに。

夢のあらわれ

「夢のあらわれ」

●現場到着
  
  蝉が鳴いている。
  とある家屋の建築現場。
  未完成の家屋の中。の一角。
  内装材が施されておらず、木材や鉄筋の骨組みがむき出しで見えている。

       福本、金崎、木田、米沢、佐々木、下手より登場。
 
福本  (上手側に)おはようございます。ラウンドランニングのものです。今日はよろしくお願いします。はい、今日は荷受けです。よろしくお願いします。あ、私物はこの辺りで大丈夫ですか?あ、はい。(四人に)じゃあとりあえず、私物はここで。
 
  五人、それぞれ荷物を置き、作業着に着替え始める。
  佐々木は初仕事であるため、他の四人の行為を気にしつつ、それに沿って行動する。(例えば、ヘルメットはもうこのタイミングで付けたほうがいいのか、たばこをここで吸ってもいいのか、等)
 
  福本、電話を始める。
 
福本  おはようございます。福本です。お疲れ~。はい、現場到着しました。五人全員揃ってますんで、トラック来次第作業始めます。よろしくです。はい~。
 
  福本、電話を切る。
 
米沢  どんぐらいっすかね?
福本  四台だって。
米沢  四台か~。微妙だな~。
福本  昼は越すでしょ。
米沢  いやいや、越さないように頑張りましょうよ。
福本  トラック来なきゃ頑張れるもんも頑張れないじゃん。
米沢  今日は僕早く帰りますよ、昨日最悪だったんですから。
福本  昨日どこだったの?
米沢  調布っすよ調布、しかも駅から三十分のとこでひたすら土運びの定時まで。
福本  ああ~、ダルイやつだ。土まみれになるやつだ。
米沢  そうなんすよ体中土まみれ。ほら。
 
  米沢、靴を見せる。
 
福本  うわお、ボロボロじゃん。
米沢  やばいっしょ、靴の機能果たしてないっしょ。
福本  ちょっと。米沢くん、それ取り替えたほうがいいよ。事務所に行ったら替えてくれるから。
米沢  でも事務所行くのダルイんすよねえ。
福本  いや、マジダメだから、そういうので怒る大工とかいるからね、一応ね、形だけでもしっかりしといてもらわないとこっちが困るんだから。
米沢  ああ、まあはい、まあいい頃合に行きますよ。
福本  とりあえずね、今日微妙だけど昼までに終わったらね、もし仮に。行きゃいいじゃん。
米沢  そうっすね、昼までに終わったらね、っていうか、もう帰っていいすかね。
福本  何言ってんの。まだ何もしてないじゃん。
米沢  現場到着したからいいかなって。
福本  なんだよいいかなって。
米沢  いや福本さん現場だし。
福本  俺の現場だとなんだよ。
米沢  冗談冗談。っていうか昨日高木さんだったんすよ。
福本  ああ~高木さん。
米沢  えっ、なんすか高木さん。なんかあるんすか高木さん。
福本  えっ、何?いや、高木さんだってどうしたの?
米沢  いやなんすか、ああ~高木さんっていう反応気になっちゃってますけど。
福本  えっ、いや何か最近評判悪いんすよ高木さん。
米沢  えっ、なんで。
福本  ドライバーと喧嘩したんだって。
米沢  えっ、トラックの。
福本  そう、トラックの。だからなんか。荷受けの現場担当外されて、土運びとか、タイル敷き詰めとか、カビの駆除とかしか来ないから、担当現場、高木さんと一緒になると定時になるまで帰れないってんで、嫌がられてんだって。
米沢  だから土運び。
福本  そうだよ、いろいろ背景があるんですよ。
 
  間。
 
福本  で、何?
米沢  え?
福本  いや、高木さん現場でって話、何の話?
米沢  いや、ダルイな~って、そういう話。
福本  ああ。
 
  間。
 
佐々木 あのお、すみません。
福本  あっはい。
佐々木 今日わたしこの仕事初めてなんですが、よろしくお願いします。佐々木です。。
福本  あっよろしくお願いします。
佐々木 いろいろ迷惑おかけするかもしれませんがよろしくお願いします。
福本  まあ、あれですよ、言われたことやってれば大丈夫な仕事なんで、まあ大丈夫っすよ。
佐々木 はい、まだまだ若いもんには負けないぞってことで頑張っていこうと思っているわけですが。
福本  まあ、怪我だけしないように気をつけてくださいね。今回、荷受けで、内装材の搬入だからそこまで大変な物は来ないと思うんですけど、たまになんちゃらシートっていうめっちゃ重いのきたりとか、トラック全然来なかったりとか、すごい狭い通路運んだりとか悲惨な現場もあるんですけどね。今日は大丈夫っすよ。金崎くんとかいるしね。
金崎  えー俺っすか、俺、今日、やる気ないっすよ。
福本  いやいや、そんなこと言って。金崎くんはね。ほんとすごいから。
佐々木 へえ、すごいんですか。
金崎  いやいや、すごくないすごくない。全然っすよ。
福本  でも米沢くんよりかはすごいっしょ。
金崎  まあ米沢よりかはね。
米沢  ちょっと金崎さん。全然すごいっすよ僕も。
福本  えっ、どこら辺が。
米沢  ほら、この筋肉。
福本  全然じゃん。
米沢  全然じゃないっすよ。
福本  金崎くんのすごさを簡単に説明すると、石膏ボードっていう、ちょっと重くて壊れやすいボードがあるんですけど、だいたい皆、一枚一枚運んでて、慣れてる人でも二枚づつぐらいが普通なんですけどね、金崎くんはね、なんと四枚いっちゃうから、マジで。
佐々木 すごいですね。倍じゃないですか。
金崎  調子いい時、五枚いっちゃうけどね。
福本  前、ものすごい石膏ボード運ぶ現場があって、これ定時までに終わるのかって皆がなってた時があったんすよ。その皆諦めかけた時に、今まで二枚づつ運んでた金崎くんが四枚持った時は、神が舞い降りたと思ったよ。
金崎  いや、あれでほんと、俺、進化したよね。っていうか、メガ進化したよね。でもまあ、コツさえつかめば誰でもできるっしょ。
福本  いや、できないできない。
米沢  金崎さんもすごいけど、藤井さんは五枚いきますよ。
福本  ああ、藤井さんね、一緒になったことないけど話はよく聞くよ。
金崎  あいつは、怪物。熊みたいな体型してるっしょ。
米沢  なんかもともとボクサーらしいっすね。
金崎  あいつは、すごいんだけど、無口じゃん。無愛想じゃん。あんま好きじゃねえ。
米沢  そうっすか。二人現場の時けっこう話しましたけどね。ヤクザに関係してた話とか。
金崎  人見知りなんしょ。でも、あんま、信用しないほうがいいよ。絶対、デタラメ入ってっから。
米沢  えっ、そうなんですか。武器三ヶ月家で保管する仕事した話とか聞いたけど。
金崎  嘘に決まってんじゃん。そんなん現実にあると思う?
米沢  確かに、現実感ないですよねえ。
金崎  あいつよりも新井さん。新井さんは、マジ俺級だと思うよ。
福本  新井さんも五枚行くんだっけ?
金崎  そうね、調子いい時六枚いってた。
福本  まじで。すげえな。
金崎  新井さんは、元ヤンなのに、っていうかだからなのか、すっげえ、親しみやすいし、仕事しやすいわ。マジ、新井さん現場はほとんど新井さんと俺、半々でやっつけちゃえるからね。楽だわ。
福本  でも新井さんは人が良すぎない?いいことなんだけど、人が良すぎて大工からの依頼簡単に受けちゃうんだもん。俺らの仕事じゃないときは断っていいのに。
金崎  でも、そんな大変な仕事じゃないっしょ。
福本  そうなんですけどね。仕事終わった感ってあるじゃないっすか。そん時に仕事増えるのけっこう嫌なんですよねえ。
米沢  ああそれ分かりますよ。俺も一刻も早く家帰りたいっすもん。だから、荷受けの仕事は早く上がれる希望からかテンションあがりますもん。
金崎  早く上がっても、特にやることないんだろ。
米沢  まあ、そうなんすけどね。
福本  あっ、朝礼始まるらしいね。
金崎  朝礼とかあんだ。
福本  じゃちょっと適当に並ぼっか。
 
  五人、横一列に並ぶ。
  しばらく上手側にいる現場主任の朝礼を黙って聞く。
  
五人  安全、第一っ。(右手を握りこぶしにして、肩から上の方につき出す。エイエイオーの形)よろしくおねがいしま~す。
 
  音楽。「ラジオ体操第一」
 
佐々木 えっ、ラジオ体操するんですか。
福本  そうみたいね。
米沢  こんな現場初めてだな。
 
  五人、それぞれラジオ体操をする。
  照明が、変化していき暗転。
 
 
●第一の休憩
 
  木田、米沢、佐々木がいる。
  トラック一台分の荷物を運び終えたところ。
  佐々木、他の者より疲弊している。 
 
木田  大丈夫ですか?
佐々木 いやあ、やっぱりきついね、年とってから始める仕事じゃないね、やっぱり。
木田  はあ、ゆっくり休んでください。次のトラック来るまで何もできないっすよ、多分。
佐々木 いやあ、皆さんあんだけ、動いて息ひとつ切らしてないなんてすごいなあ。
木田  そんな重いものなかったでしょ。
佐々木 あの板、板が重かった。
木田  板?
米沢  ああ、コンパネですか。
佐々木 そうそうコンパネコンパネ。
米沢  佐々木さん無理して二枚一気に持とうとするからですよ。一枚一枚で大丈夫なんですから。
佐々木 いやあ、やっぱり四枚とか五枚とか一気に持つみたいな話聞くとどうしても一枚じゃ物足りなく感じましてね。
木田  でも転んで怪我でもしたら元も子もないんで無理しないでくださいよ。
佐々木 いやあ、悪いね。ありがとう。いやあ、若いのにちゃんとしてるなあ。
木田  水飲んだほうがいいっすよ。
佐々木 ありがとう。いやあ、今までずっとオフィス内でクーラーがガンガン効いてる中のデスク作業ですからね。急に力仕事となって案の定この様ですよ。
木田  水飲んだほうがいいですよ。
佐々木 ああ。(水を飲む)
米沢  塩飴いります?
佐々木 ああ、これはこれは、何から何まで。(塩飴を口に入れる)うまいっすね、この塩飴。
米沢  塩飴うまいっすよね。俺、塩飴って名前聞いて、絶対まずいだろってなめてたんですけど、あっ、なめてたって、舐めてたってことじゃなくて甘く見てたってことですよ、いや、実際舐めてましたけど、実際あっさりしてて美味いやつあるんすよ。
佐々木 いやあ、塩飴はなめられませんよ。舐めれますけどなめられませんってやつですよね。これは本当に、こんな暑い夏にはちょうどいいですもん。私昔働いてた会社で、たまに野外でいろんな商品のサンプルを配るイベントしてたんですよ、これが一番熱い時期にやった時にですよ、ちょうど今頃ですかね、バイトの女の子が熱中症で倒れちゃったんですよ。そん時も塩飴ひたすら舐めさせてましたね。でも顔すごく白くて、人間てこんなに真っ白になるんだって、熱中症怖いなと。こんな状態になるんだと、あっ、水飲も。(水を飲み干す)そういえば、金崎さんと福本さんは?
米沢  ああ、タバコ吸ってるんじゃないっすかね。外かどっかで。
佐々木 タバコっ。俺も。タバコタバコ。
 
  佐々木、下手にはける。
 
米沢  元気じゃん。
 
  蝉が鳴く。
 
米沢  前、一回だけ一緒だったよね。
木田  そう、ですね。あの何もせずに終わった現場です。
米沢  あ~、あの水道工事のまだなんか前段階の作業が終わってないとかなんかで何もしなかった現場。
木田  そうですそうです。
米沢  あれ、やばかったよね。皆でエヴァの話とかジョジョの話とかしただけだったよね。
木田  びっくりしましたもん。何もせずに帰っていい現場があるのかって。
米沢  逆に腹たったよね、何で来させたんだって。
木田  早起きさせんなよって。
米沢  しかも、なんかすぐ帰るの申し訳なくてみんな空気読んで一時間ぐらいコンビニ前でだべってるっていう。
木田  あの時、帰りの電車、一緒だったじゃないですか。
米沢  そうだったっけ?
木田  井の頭線ですよ。井の頭線
米沢  ああ、そうだったね。
木田  そん時、米沢さん、言ったんですよ。こんな時間に井の頭線乗るやつって何やってんだろうって。
米沢  そんなん言ったっけ。
木田  もう一ヶ月ぐらい前ですね。
米沢  えっ、そうだっけ。
木田  僕あんまり入ってなくてあれから三回目ぐらいなんで、結構覚えてるんですよ。
米沢  そうなんだ。
 
  間。
 
米沢  来ないなー。トラック。
木田  来ないっすね。トラック。
 
  蝉が鳴く。
 
木田  バスケ。
米沢  バスケ。あっ、バスケするの?
木田  米沢さん、バスケの話してくれたんです。
米沢  あっ、ああ、バスケの話したね。
木田  今度一緒にやろうよって言ってくれたんですよ。
米沢  ああ、そうだったね。言った気がする。
木田  連絡先も知らないのに。
米沢  えっ。・・あっ。
 
  福本、金崎、下手から登場。
 
福本  今日、ダメだ。早く帰れないわ、多分。
米沢  えっ、・・・マジっすか。
福本  来ないんだもん。トラック。定時だと思うよ。
米沢  五時までかあ。
福本  わかんないけどね。トラックさえ来れば、金崎くんいるからちょちょいなんだけどね。
金崎  俺に頼りすぎっしょ、福本さん。
福本  だってそうじゃん。今日の主力は、俺と金崎くんだけじゃん。
金崎  まあ、そうですけどね。
福本  あのおっさん、けっこう息切らしてるしね。ほとんど四人て考えたほうがいいかもね。
金崎  あれ、おっさんは?
米沢  タバコタバコって言って出てきましたけど。
福本  タバコ吸う元気はあるんだ。
金崎  あれ?ムカついてる?福本さん。
福本  ムカついてないよ。ムカついてないけどね。初めてって言ってたじゃん。初めての現場でいきなり軍手忘れてきてんだもん。だから、貸そうかって言ったら、いえいえ大丈夫です、素手で頑張りますよ。って。そんで、一番最初の木、いきなり壁にぶつけてんだもん。典型的なダメなタイプだよ。
金崎  そんな、ムカつくことないっしょ。
福本  ムカついてないよ。ムカついてないけどね。人の親切はありがたく受け取れっつうことですよ。
金崎  軍手ぐらいでねえ。
福本  いや、俺は軍手にムカついてんじゃないからね。素手でやって怪我でもしたら、最終的にこっちが困るんだから。そこんとこ分かってないんだから。
金崎  はいはい。
 
  佐々木、缶コーヒー四本とスポーツドリンク一本を持って、下手から登場。
 
佐々木 皆さん、すごいですよ。大工さんが皆にと飲み物代くれたんで買ってきましたよ。
福本  まあ、よくあることだけどね。
佐々木 そうなんですか。なんか嬉しすぎて疲れが吹き飛んでいきますよ。
 
  佐々木、四人に缶コーヒーを渡す。
 
佐々木 いやあ、やっぱり人の親切を受けるっていうのは、気持ちがいいことですよ。
木田  ああ、ありがとうございます。
米沢  どうも。
佐々木 いや、お礼は大工さんにね。
福本  あれ、全部缶コーヒー。
佐々木 いや、皆さん若いですからね。若いもんはみんなコーヒー好きでしょ。おじさんは体力なくてへばってきてるんで、ほら、スポーツドリンク。
 
  佐々木、スポーツドリンクをグイっと飲む。
 
佐々木 ぷはー。うまい。
福本  俺、コーヒー飲めないんだけど。
佐々木 えっ。
 
  間。
 
福本  スポーツドリンク。
佐々木 あっ。
 
  間。
 
佐々木 飲みます?
福本  飲みませんよ。なんで、スポーツドリンクも二、三本買ってこないかなあ。
佐々木 ああ、すみません。皆てっきりコーヒー好きなもんと思い込んじゃいまして。
福本  いや、普通ね、こういうとき、皆が好きなもの取れるように、お茶とか、炭酸とかコーラとか、幅広い種類買ってくるんですよ。なんで、コーヒーとスポーツドリンクで割合四対一かな。
佐々木 いや、コーヒーの中ではいろんな種類買ってきたんですけどね。ほら、微糖だとか無糖だとか・・・。
福本  コーヒーの中でいろいろ持ってきてもコーヒー飲めなきゃ意味ないでしょうが。
金崎  まあまあ、福本さん。
福本  いや、いいんですけどね。そんなちっさいことですし。まあいいんですけどね。
佐々木 買ってきましょうか。スポーツドリンク。
福本  いや、いいんですよ。いいんですよ。そんなこと気にしなくて。どうでもいいことなんですから。ただね、今度からね。佐々木さん、気を付けてくださいねってことをね。飲みます?
 
  と、コーヒーを差し出す。
 
佐々木 あっ、私、コーヒー飲めないもんで。
 
  間。
 
福本  スポーツドリンク、買ってきます。
佐々木 あっ、私が買ってきますよ。
福本  いや、いいですいいです、ゆっくり休んでてください。次のトラックが来るまで。
佐々木 いやあ、本当にすみませんね。
 
  福本、下手にはける。
 
佐々木 悪いことしちゃったなあ。
三人、コーヒーをすする。
 
  佐々木、スポーツドリンクを飲み干す。
 
金崎  あの人最近すぐキレるからさ。
佐々木 そうなんですか。
米沢  しかもみみっちい事、チミチミチミチミ言ってきますよね。
金崎  ただ経験があるっていう。だから言いたくなるんでしょ。
米沢  こないだもダンボールのまとめ方をチミチミ言われたんですけど、あの人、教え方下手くそなんですよね。やってみせてくれないから、口だけで説明されても分かんないっていうか。
金崎  あの人の特技。運んだものの整理整頓だからね。体力もあんまないからね。
米沢  そんな整頓なんかより、早く運ぶことのほうが重要だっちゅうの。
金崎  まあ、いろいろとたまってんでしょ。普段。
米沢  普段。何やってるんですか。福本さん。
金崎  お笑い。
 
  間。
 
金崎  ピン芸人。だってさ。
米沢  意外。
金崎  だよな。
米沢  でもめっちゃ仕事してますよね、この仕事。全然売れてないってことすよね。
金崎  そうそう。前、見に行ったんだって、佐藤さんって事務所の人が。ライブ。
米沢  へえ。
金崎  クスリともなかったって、っていうか、シーンてなりすぎて悲惨だったって。
米沢  うわー。
金崎  なんだったっけ、なんかあるんだよ、決めゼリフ的な。聞いたんだけどな。
米沢  めっちゃ気になる、うわ、それ思い出してくださいよ。
金崎  ああ、出てこない、全然、よっぽど印象薄いんだろうな。
米沢  まじかー。まあでもあれなんすかね、夢があるって、ことですかね。
金崎  夢ねえ。あの歳でねえ。
米沢  えっ、いくつなんすか、福本さん。
金崎  俺とおないぐらいだから、33とか4とか。
米沢  うわー結構っすね。っていうか、金崎さんって33ですか。
金崎  いや、34だよ。けっこうだろ。
米沢  いや、あっ、そういうつもりじゃ。
 
  蝉が鳴く。
 
佐々木 夢があるってのは。いいですねえ。
金崎  はあ。
佐々木 いやあ、これ買ってくれた大工さんが、私たちのこと褒めてくれてましたよ。
金崎  へえ、なんて。
佐々木 いやあ、褒めてたっていうか、これからどんどん荷受け屋さんの需要が上がってくから、よろしく頼むよって。
米沢  へえ、そうなんだ。
佐々木 あれですよ。あれ。2020年、東京オリンピック
米沢  ああ、そっか、オリンピック決まったもんね。
佐々木 また昔みたいにどんどん建ててくから私達みたいなのがもっといないと成り立たないらしいんですよ。
金崎  まあ、俺ら、下請けの下請けの下請けだけどね。
佐々木 でも、その下請けがいないと世の中成り立たないっていうのがなんかグッときましたよ。私は。
金崎  こんな俺でも、社会の役に立ってるってやつっすか。
佐々木 そうですそうです。その感覚。
米沢  こんな俺でも社会の役に立ってるか。それ、すげえいい話ですね。
佐々木 そうでしょうそうでしょう。
米沢  俺らがオリンピックをつくってると。
佐々木 おお。
金崎  それ、言い過ぎ。ただの三階建ての一軒家の材料、運んでるだけだから。
佐々木 いやあ、言い過ぎではないですよ。私達がオリンピックをつくってるといっても過言ではないですよ。
米沢  あっ、ちょっと仕事に対するやる気湧いてきた。仕事っつっても日雇いバイトだけど。
佐々木 バイトでいいんですよ。いやあ、私達の世代はね、本当に楽をしてきたというかなんというか、若い人達がこんなにしんどい仕事してるのを知らないっていうのが、もう本当怖いよね、バイトなめんなよってやつですよ。
金崎  いや、バイトはバイトだよ。
佐々木 そうです。バイトはバイトです。しかしつまり何が言いたいか。私達がオリンピックをつくるんだということです。
金崎  はあ。
 
  福本、下手からスポーツドリンクを持って登場。
 
福本  あっ、トラック来たんで、作業入ります~。
佐々木 よし、つくりにいくか、オリンピックを。
米沢  そうですね。
木田  オリンピックか。
金崎  オリンピックねえ。
福本  えっ、何?オリンピック?
 
  五人、下手にはける。(福本は自分の荷物のところにスポーツドリンクを置いていく。)
  音楽。「三六五歩のマーチ」
  五人、下手から上手に物を運ぶ。
  そして、上手から下手に物を取りに行く。
  この作業を何往復かして、暗転。
 
 
●第二の休憩(昼休憩)
 
  金崎、木田、佐々木がいる。
  もう一台のトラック分を運び終えたところ。
  佐々木、疲弊して寝っ転がっている。
  木田、おにぎりを食べている。
  金崎、電話をしている。
 
金崎  ・・だからさあ、それは確かに悪いことだけども、でも向こうだって悪いって認めてるわけでしょ。ああ、ちゃんと謝ってくれてないんだ。それは確かに向こう悪いね。でも、いきなり別れようって話はやっぱり急すぎじゃない。うん。うん。でもさあ、それを無関心だからってひどすぎない?だって、元はと言えば、由美ちゃんのあの旅行の件からでしょ。けんかし始めてるの。イタリア行ってるの、彼氏に全く言ってなかったってやつ。そりゃあ、聞かれなかったから言わなかったってのも分かるけどさ。しかも一週間も連絡取り合ってなくてなんも思わなかった向こうも向こうだけどさ。そりゃショックだよ。彼女がイタリア旅行行ってたの知らないなんて。ああ、うん。まあ、そういうこと気にするような人ではなかったけどさ、えっ、会ってるよ一回。一緒に飲みに行ったじゃん。そうそう。中野の魚民。なんか由美ちゃんが紹介したいっつって会ったんじゃん。なんか、俺、気まずかったよ。あの時、まあ俺も由美ちゃんのことはさ、長年の付き合いだから、半端者には任せられんっとか思ってたけど、いや本当に俺、由美ちゃんの保護者的な部分あるからさ、でしょ。由美ちゃん高校生の時から知ってんだもん。そりゃそうなるわな。いや、高2かな。高2。まだ受験勉強の話とか全然してなかったもん。まあいい人だったじゃん。俺から見ると。俺みたいなクソみたいな生活じゃなくて、ちゃんと大学行って、ちゃんと就職して、なんか小奇麗だし、清潔そうだし、まあこんなやつが由美ちゃん好きなのかって思ったけどさ、思ったけどさ、でもやっぱ根性あるやつだったよ。いや、目で分かるんだよ、目で、本気か本気じゃないかなんてだいたい目で分るの。だから信用していいやつではあると思ったんだよね、まあ根拠、目だけど。でも、こういうのってさあ、どっちが先に折れるかっていうか、どっちが先に素直になるかっていうのがあると思うよ。いや、だから、どっちが先にちゃんと謝るかってやつよ。だって由美ちゃんだってちゃんと謝ってないわけでしょ。いや、悪いとか悪くないの問題じゃなくて、向こうが傷ついてるのは確かじゃん。でしょ。だからさ、由美ちゃんが最初にちゃんと謝ったら向こうもちゃんと謝ってくんじゃんってことをね。うん、そういうもんだよ。そうした方がいいようん。って思うけどね。憶測だけどね。そうそう。いや、俺でよければいつでも連絡してよ。俺、由美ちゃんの幸せ、純粋に願ってるだけだから。いや、本当にね。違うよ。そんなんじゃないって。本当に純粋な気持ちからだって。いやいや、こちらこそ、いつもありがとう。いや、なんで俺がお礼言うんだろね。おかしいすぎ。あっ、そうだ、最近タケシと久しぶりに会ってさ、そうそうなんか今、バー始めようとしてるらしいんだけど、うん、そうそう似合わんよな、なんか久しぶりに皆でバーベキュー行こうつって盛り上がったんだけど、由美ちゃんも一緒に行こうよ。そうそう、美沙とかタッキーとか誘ってさ、
 
  福本、米沢、下手から弁当の入ったビニール袋を持って登場。
 
米沢  佐々木さーん。弁当買ってきましたよ。
佐々木 あっ、ああ~、ありがとうございます。
金崎  あっ、そうそう、そのタッキー。いや、タッキーがね、新しい車買ってさあ、もう俺たちのバーベキュー用なんじゃないのってぐらいおっきくてさあ。もう俺ら、やる気まんまんだから、まだこのことタッキーに話してないけど、タッキー来なくてもタッキーの車は使おうとか言っちゃって・・・。
 
  金崎、電話をしながら下手にはける。
  四人、金崎がはけていくのをしばらく見てる。
 
佐々木 あっすみません、おいくらですか。
米沢  あっ、498円ですね。
佐々木 あっ、じゃあ、500円でいいですかね。
米沢  はいはい。
 
  佐々木、米沢に500円玉を渡す。
 
佐々木 いやあ、本当にすみません。わざわざ買ってきてもらっちゃって。
米沢  だって佐々木さん顔真っ青だったじゃないですか。
福本  そうそう、びっくりしたよ。ほとんど倒れそうなくらいフラフラになってんだもん。
佐々木 いやあ、まだまだ大丈夫だとは思ったんですが、いやあ、ダメですね。こんなに動いたのは高校以来ですよ。
 
       福本、米沢、佐々木、それぞれ弁当を食べ始める。
 
佐々木  いやあ、皆さん本当に偉いですね。こんなにしんどい仕事を毎日やってるんでしょう。
米沢   そうですね。だいたい。
福本   でも今日は楽な方ですけどね。
佐々木  はあ、これで楽。
福本   本当に大変な現場はマジで死ぬかとおもうよ。
佐々木  そうですか、いや実はね、今は、別の仕事もやってるんですけど、そこはほとんど座ってるだけなんで、こういう体力現場はやっぱり向かないんでしょうかね。
米沢   なんの仕事やってるんですか?
佐々木  麻雀ですよ麻雀。
米沢   雀荘ですか。
佐々木  そうです。雀荘。
米沢   じゃああれですか、麻雀し放題。
佐々木  いや卓代とかちゃんと出さなきゃならないんですよ。し放題ではないんですが、でもお客さんの人数合わせでさせられるんですけどね。
福本   雀荘ってどうなんですか。儲かるんですか。
佐々木  儲からないからここに来てるんですよ。
福本   そうですか。
佐々木  いやあ、求人情報にはね、月給三十万て書いてあるんですよ。そんな毎日麻雀しながら月三十万って最高だなって思うじゃないですか。これが、罠なんですよ。お客さんから呼ばれて行ってるのに負けたらその額、自分の月給から引かれるんですよ。どうなんですか、そのシステム、そして毎日二、三回は打たなきゃならないんですよ。それで、負けて、負けて、結局、月にもらえる額ったら、二万とか三万ですよ。どうやって生きてけって言うんですか。だから、みんなお客さんから呼ばれても打ちたがらないんですよ。それで、新人の私ばかりが行くっていう負のサイクルですよ。
米沢   でも勝つ分には引かれないってことでしょ。
佐々木  そうなんですよ。勝つ分には引かれないんですよ。いや、普通に上乗せされるんですよ。だから本当にすごい人は月に百万とか儲けてるんですけど、そんな人、一人や二人ですよ。しかも勝ちすぎたら店長に評判が悪くなるっつって怒られるらしいんですよ。だから、本当にすごい人は二位を狙ってわざと一位にはならないんですね。いやあ、本当に見習っちゃいますよ、あの人は。でも実際そんな勝てるとは思ってないし、良くて月十万行ける時もあるんですけど、腹が立つルールみたいなのがありましてね、「うわっ、来たっ」とか、…ニヤリっとか。
米沢   ああ、よくやりますね、実際なんも来てなくても。
佐々木  ダメなんですよ、従業員がそういうことやっちゃ。怒られるんですよ。ちょっと世間話とかして余裕ですみたいな態度を見せるのもダメなんです。だから、僕らがお客さんとやる時は、喋っちゃダメ、笑っちゃダメで、でも麻雀てそういうとこに面白みがあると思うんですよ。なんて言いますか駆け引きと言いますか、こいつはニヤリと笑ったが何かすごいものが揃ったのかいや、ただの演技なのかって。ねえ、そう思うでしょう。
米沢   はあ、まあそうですね。
佐々木  私はね、悲しいんですよ、麻雀の楽しみを見出せないあのシステムが。
福本   ただ勝ちたいからそう思ってるわけでしょ。
佐々木  そりゃあ勝ちたいですよ、こっちだって命かけて麻雀やってるんですから、私なんかはまだいい方ですよ。よく聞く話では、雀荘の世界では、消えるやつが多いらしいんですよ。
福本  消えるって。
佐々木  借金ですよ借金。
米沢   負けすぎて。
佐々木  そう、負けすぎて借金が増えすぎて、払えなくなってさっと姿をくらますわけです。
米沢   そんなの今の世の中すぐに身元捕まえて払わせられるでしょう。
佐々木  そうなんですけどね。でも、雀荘はしないんですよ、そんなことに労力をかけることに対して無意味だと思っているのか、探そうともしないんです。雀荘は、だから、簡単に消えれるんですよ。よく聞く話では、ほら、駅前の従業員募集広告で、寮付き、とか書いてあるの見ません?私らのところにも一応寮あって、まあほとんど誰も住んでないんですが、ちらほらとしか、そういうのを見てカバン一つで面接来て住んで仕事して、借金溜まったら姿をくらますっていう。そして二度とその土地には現れずに新たな土地で寮付きの雀荘に仕事しに行くって人、少なくないらしいですよ。そういう人はだいたい偽名らしくて。すごいですよね。今時そんな生活をしてる人がいるなんて、まあ、そういう生活したくなくて、あと、いろんな目論見があってこっちの仕事始めたわけなんですが。
米沢   ちょっと、なんですか目論見ってなんですか目論見、教えてくださいよ、目論見。
佐々木  いやあ、目論見は目論見ですからね。
福本   だめでしょ。佐々木さん目論見、そこまで言ったら、目論見、言わないと。
佐々木  いやあ、実はね、再就職先を探してましてね。しかし、私、この歳でしょ、しかも高卒ですし今から就職先なんて全然見つからないわけですよ。でもね、外回りの営業職ならね、雇ってもらえるんじゃないかと思いまして、そして調べてみたら、建築関係の営業なんてのは私みたいな歳でも再就職してる方がいらっしゃるらしくてね。もうこれしかないなと、そんで、実際そういう仕事するんだからと、ちゃんと現場を知っておこうと思いましてこの仕事を始めたわけですよ。
米沢   うわーすっごい考えてる。
佐々木  考えてますよ、考えてますよ、こんなおっさんでもね、まだまだ若いもんには負けてられんと思いましてね、でもやっぱりね、おじさんにはやっぱきつい仕事なのかなあってなっちゃいますよね。まだこんなお昼の段階でこんなに疲れ果ててるんですからね。
米沢  おじさん、そんなにめげないでくださいよ。
佐々木 おじさん。
米沢  あっ。
 
  間。
 
佐々木 いやあ、おじさんでいいんですよ。
米沢  すみません。佐々木さん。
佐々木 いや、おじさんって呼んでください。
米沢  いやいや、呼べませんよ、そんな。
佐々木 いやあ、親しみ込めておじさんって言ってください。なんたってあなたたち若いもんとは体のつくりが違うんですから。さあ、おじさんと。
米沢  いえ、呼べません、佐々木さん。
佐々木 おじさん。
米沢  佐々木さん。
佐々木 おじさん。
米沢  佐々木さん。
 
  間。
 
佐々木 おじ。
米沢  佐々木さん。
 
  間。
 
佐々木 おじさん。
福本  おじさん。
米沢  佐々っ。あっ。
 
  間。
 
福本  おじさん。
 
  蝉が鳴く。
 
米沢  佐々。
佐々木 そうです。おじさんです。おじさんはね、若い世代の人がこんなにしんどい仕事をしてることに感動してるんですよ。おじさんはね、高校卒業して、就職して、バブルが来てチヤホヤしてた時代を経験してる。いやあ、あの時は良かった、皆がタクシー止めるのに一万円をパラパラして毎晩飲んで踊って遊んで、いい時代だった。もう一度あの時代が来ないかなあ。いや来るかもしれない。あなたたちはそんなことをほとんど経験せずにこんなしんどい仕事をやってる。それってすごいことですよ。大した不平を言うでもなく、黙々と作業をしている。でも来るかもしれない。もう一度あの時代は来るかもしれない。なんたって東京オリンピックがくるんだから。でもその流れにすら関係ない生き方をしてるかもしれない。それが怖いんです。おじさんはね、楽な生き方をしてきた方なんです。分かってるんです。いや、でも来るかもしれない。今のおじさんを見てください。必死ですよ。必死すぎて笑えてきましたよ。ははは。おじさんか。
 
  佐々木、下手にはける。
 
福本  おじさんはおじさんだろ。
米沢  ちょっと福本さん。
木田  福本さんってお笑い芸人なんですね。
福本  えっ、あっ、うん。
木田  一発芸見たいなあ。
福本  はあ。
木田  一発芸見せてくださいよ。
福本  なんでそんな急に。
木田  お笑い芸人てそんなもんでしょ。笑わすタイミングいつでも狙ってるわけでしょ。
福本  いや、ここ、テレビでも舞台でもないから。
木田  でも見せてくださいよ。一発芸。みんなを笑わす一発芸。
福本  急にどうしたんですか。木田さん。
木田  笑いたいんですよ。今、なんか。見せてくださいよ。一発芸、世界を幸せにする一発芸。
福本  ・・・やめてよ。俺、そういうノリ、ダメ、なんだよ。
 
  福本、下手にはける。
 
木田  見たかったなあ。世の中を明るくする一発芸。
 
  間。
 
米沢  連絡先、交換する?
 
  間。
 
米沢  ラインとか、あっフェイスブックとかやってる?
木田  無理しなくていいですよ。
米沢  無理してないよ。単純に友達になろうよ。
木田  フェイスブックで?
 
  間。
 
木田  思うんです。ここで出会う人達。ここでしか出会わない人達のこと。この仕事辞めたら多分一生会わない人達のこと。
米沢  一生て。
木田  料理。
米沢  えっ。
木田  フレンチのシェフなろうとしてたって。
米沢  なんで。そんなことまで喋ってったっけ。
木田  はい。
米沢  一回一緒になっただけなのにな。
木田  一回じゃないんですよ。
米沢  えっ。
木田  三か月前にも一緒になってるんですよ。二人現場で。
米沢  そう、だっけ。
 
  蝉が鳴く。
 
木田  米沢さん、週何日ぐらいで入ってますか。
米沢  ・・五日。
木田  時給千円。一日、平均して朝8時から17時までで休憩一時間引かれて、日給八千円。週五日で働いて、一週間、四万円。一ヶ月で十二万円。一年で百四十四万円。
米沢  何が言いたいの。
木田  ここで働く人達はずっとここで働くつもりなんだろうか。
米沢  何が言いたいの。
木田  僕はこれからどうなっていくんだろ。
米沢  ねえ、何が言いたいの。
木田  料理、また始めないんですか。
 
       間。
 
米沢  関係ないだろ。 
 
       間。
 
米沢  また料理の仕事始めたいと思ってるよ。始めたいと思ってるけどね。
 
  金崎、下手から登場。
 
金崎  ん?どしたの?
 
  間。
 
金崎  あっ。勤務確認、した?
米沢  あっ、まだだ。
金崎、電話を始める。 
金崎  もしもし、お疲れ様っす。金崎っす。明日の予定確認よろしくです。はい。はい。ああー、武蔵境っすか、まあ、全然。でもまあ、乗り換えがダルイっすね。大丈夫ですけど。はい。はい。あっ、何の仕事ですか。うわー基礎。基礎かー。はい、はい、あっ、リーダー川崎?久しぶりだなー、あー、あー分かりましたー。はいー、じゃあまあよろしくおねがいしますー。はいー。あっ、そういえば、来週の水曜日なんですけど・・・。
 
  (金崎が話している途中で)米沢、電話を始める。
 
米沢  もしもし、お疲れ様です。明日の勤務確認お願いします。米沢です。はい、順調っちゃ順調っすね。はい、えっ、あっ、いや、阿佐ヶ谷から、まあ近いっちゃ近いんですけど、一番の最寄りは南阿佐ヶ谷なんすよ、あっ、そうですそうです、丸の内の。だから、できれば丸の内から行きやすいとこの方がありがたいとか、まあ、その、だから、埼玉方面は乗り換えとかかなり面倒くさいんで、はい、はい、そう、だからほかの場所とかないですかね、はい、ああ、すみませんありがとうございます。えっ、それって西武池袋線とかっすよね。ああー、バスとかで行きゃ行きやすいやつか・・・。
 
  (金崎、米沢が話している途中で)舞台袖から、福本が電話をする声が聞こえてくる。
  同じく舞台袖から、佐々木の声も。
 
福本  どうもー、福本です。お疲れ様です。佐藤さん?最近佐藤さん率高いねえ。はい、明日の勤務確認お願いします。はい、調布、8時集合、はいーわかりましたー。ちなみにメンバーどんな感じ?うん。うん。あっ、結構強いね、あれ。長谷川さんってどんな人だっけ、ああ、ああ、ああ、あの背高いメガネの、はい、一回一緒になったことあるわ、いや二回かな・・・。
佐々木 お疲れ様です、お世話になっております、佐々木です。あっ、はい。今日初です。いやあ、けっこうきつくてぜえぜえ言ってますが、周りの方がみんな良い方なんでね、なんとか助けられつつやってます。いやあ、続けられそうかって言われましても、続けさせて下さい、なんとかって感じですかね、そうですね、そこまで力仕事力仕事じゃなきゃ大丈夫かもしれないです。今日?今日は力仕事でしょ。まあ、はい。いやしかし、まだまだ大丈夫ですんで、なんでも経験しときたいんで・・・。
 
  (四人が話している途中から)蝉が鳴く。
 
  木田、その光景をぼんやり見ている。
 
  木田、聞こえて来る音をぼんやり聞いている。
  蝉の鳴き声が大きくなる。
 
四人  はーい、お疲れ様です。
 
  四人、同時に電話を切る。
 
  蝉が鳴き止む。
 
  福本、下手から登場。
 
福本  トラック来たから、やるよ。
 
  三人、下手にはける。
  音楽。「いつでも夢を」
 
  五人、下手から上手に物を運ぶ。
  そして、上手から下手に物を取りに行く。
  この作業を何往復かして、突然金属が地面に落ちる音が鳴り響き、暗転。
 
 
●待機
 
  金崎、木田、米沢、佐々木がいる。
  
米沢  やばいっすね。
 
  間。
 
米沢  これ、どうなるんですかね。
 
  間。
 
米沢  うわーこんなん初めてっすよ。えっ、こんなのあったことあります?金崎さん?
金崎  似たようなことはあったけど、ここまでのはないわ。
 
  間。
 
米沢  やべー。終わりかな、今日。
金崎  このまま流れ解散じゃねえかな。
米沢  二時か、まあ、ちょい早いっちゃ早いっすね。
佐々木 こんなことって起こるんですね。
米沢  佐々木さんが倒れたかと思いましたよ、一瞬。
佐々木 いやいや、私なんか、その時へばって休んでましたから。
米沢  いや正直に言って休むのって大事っすね。あんなとこから、ねえ、やばいよ。
 
  間。
 
米沢  死んだのかな。
 
  間。
 
金崎  この待ってる時間嫌なんだよね、なんでもいいからしてたいって思っちゃうの、俺。待つのも仕事だって誰かに言われたけど、俺はダメなんだよ。俺は。
米沢  なんすか。
金崎  俺、多分、なんかしてたいんだよ。俺、多分。
米沢  なんすか。大丈夫っすか、金崎さん。
佐々木 それって青春ってやつですか。
金崎  青春。そんなもん酒と一緒に飲み込んだよ。
木田  福本さんの一発ギャグが見たいっすね。
米沢  えっ。なんて?
木田  福本さんの一発ギャグ、見たくない?
米沢  えっ、今?なに言ってんの。こんな状況で。
佐々木 見たいですね、見せてくれるかなあ、福本さん。
金崎  見せてくれないよ。絶対、福本さん。
木田  そうかあ~残念だなあ。
 
  間。
 
木田  昔のオリンピックの映像、なんかのテレビかなんかで見たんすよ。
 
  間。
 
木田  皆めっちゃ笑顔で、子供から年寄りまで皆、めっちゃ笑顔で旗ふったりして、外国人に手、振ったりして、選手応援して。
 
  間。
 
木田  でも、今って皆期待してなくない、オリンピック、あってもなくてもってかない方がいいじゃん的な感じなくない、皆。
金崎  そんなんする金あるんだったら被災地の方にまわせよって誰か言ってんじゃん。
米沢  へえ~そうなんだ。
木田  あの人達、何をつくってるんだろ、っていうか僕達何運んでんの?
金崎  建物つくってんの。そのために必要な物運んでんの。生きるために働いてるだけ。それだけ。オリンピックとかどうとか関係ないの、俺らは俺らなの。
佐々木 関係ないか、関係ない。
 
  福本、上手より登場。
 
福本  死んだって。
 
  間。
 
福本  死んだって。そりゃあ、あの高さの足場崩れたらねえ。とりあえず今日はどうしようもないから帰っていいって。
佐々木 そうですか。
福本  二時か。結果的に三時間早く終われたね。
金崎  トラック一台分運べなかったか。
 
  間。
 
福本  早く帰り支度して帰ろうか。
 
  それぞれ、帰り支度を始める。
 
木田  一発ギャグ見たいです。
 
  間。
 
福本  だからなんなの。なんのノリなのそれ?
 
  間。
 
木田  お願いします。マジで。見せてくださいよ。お願いしますよ。
 
  間。
 
  福本、渾身の一発ギャグをする。
  誰も笑わない。
 
木田  ははは。安心した。全然面白くない。
福本  正直すぎ。正直すぎるよ木田くん。
木田  でもこのギャグ一生覚えているでしょう。多分このギャグ一生覚えてるでしょう。  
米沢  一生覚えてることってあるよね、俺、パスタ食ったんだよ、クリームパスタ、めっちゃうまかったんだよ、エビプリプリで、そん時は親も離婚してなくて家族三人で行ったからかめっちゃうまかったんだよ、パスタ、パスタパスタ。
佐々木 ああ、疲れた、こんなに疲れたのは高校の時以来ですよ。高校の時野球部だったんです。どこにでもあるありふれた話なんですけどねえ、私がセンターフライ落としてチーム負けたんですよ。
金崎  俺は昔はワルばっかしてた。俺は昔はワルばっかしてた。ほらこんなふうに。
 
  と、佐々木を殴る。
 
佐々木 うっ。ううっ。
金崎  喧嘩っばかりしてた。高校の時、喧嘩が原因で退学になった。ほら、こんな風に。
 
  と、佐々木を殴る。
 
佐々木 うっ。ううっ。甲子園なんて夢のまた夢じゃないか。バブルなんて一瞬の夢じゃないか。オリンピックは夢のあらわれですか。ううっ。
米沢  俺達がオリンピックをつくってるってことですよね。
木田  この前テレビで見たんですよ。
米沢  昔のオリンピックも俺たちみたいなやつがいたんですよね。
木田  東京タワーのテッペンの色を塗ったのがビートタケシのお父さんらしいですよ。
金崎  俺は高校中退。あの娘は結婚。多分、結婚。俺は高校中退。
福本  俺も高卒だけど、俺には笑いの才能あるって信じてたけど。関係ないけど。早く帰り支度しようよ。さっさと帰り支度しろよ。
佐々木 私たちの世代は高卒が当たり前の世代ですよ。
木田  東京タワーのテッペンの色を塗ったってだけで多分皆から忘れられないんですよ。
 
  福本、渾身の一発ギャグをする。
  全員、笑う。
  エヴァンゲリオンのキャラクターのものまねで盛り上がる。
  ジョジョのキャラクターのものまねで盛り上がる。
  全員、笑い合う。
 
  蝉が鳴く。
  笑いがピタリと止まる。
 
  間。
 
福本 (上手に)あっ、じゃあ、僕達失礼しまーす。お疲れさまでしたー。
 
  四人、それぞれ「お疲れさまでしたー。」と言う。
  五人、下手にはける。
  蝉の声が鳴き止まない。

  五人、ぞろぞろと出てくる。
 
  五人、身体全体を使って物を運んでいる。
  五人、下手から上手に物を運ぶ。
  そして、上手から下手に物を取りに行く。
  
  その物は目に見えないけど、確実に登場人物はそれを運んでいる。
  
  五人は運び続ける。終わらない。
  だんだんと年老いていく。
  佐々木、倒れる。
  しかし、四人は運び続ける。
  福本、倒れる。
  米沢、倒れる。
  しかし、二人は運び続ける。
  金崎、倒れる。
  やがて、木田、倒れる。
 
  蝉の声が鳴り響き、途絶え、暗転。
 
終わり
 
 
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