稲垣和俊戯曲集

戯曲集をここに。まさかのここに。

さよならアワーアワー

「さよならアワーアワー」
 
       女、いる。
  男、歩いてくる。
  男、手にナイフを持っている。
  男、女を刺す。
  刺された女、驚き、刺された箇所を押さえ、倒れ始める。
  刺した男、ナイフを抜き、その刃の血を眺める。
 
女  えっ、刺された、刺された。痛っ。めっちゃ痛っ。って、あれ。もうなんか痛ない、あれ、痛い?いや、痛ない、全然、うわ、うわうわ。めっちゃ血出てる。うわ最悪。めっちゃ血出てる。っていうかめっちゃ血出てる。あっ、やっぱり痛い。っていうかめっちゃ血出てる。最悪や。この服買ったばっか。うわ最悪。白。もう絶対着れやんやん。これ。洗濯で落ちやんやん、この色は。うわ最悪。ていうか痛っ。痛さ通り越して痒なってきた。痒っ。クリーニング出したら落ちんのかな。でもこれクリーニング出せやんやろ。これクリーニング持ってったらビックリするで。うわっ血っ。って。箇所的に腹刺された服持ってきてるって。腹真っ赤やわあって。いやいやその前に、刺された時点で、破れてるやないかいーっ。穴空いてますやないかーい。新品新品。一万ぐらいしたのに。しかも白。穴空いてますやないかーい。ルネッサーンス。アッハッハッハッハ。痒っ。痛痒い。っていうか死ぬ。これ死ぬやろ。クリーニングのこととかの前に死ぬやろ。うわお。死にそー。っていうか痛痒い。掻きむしりたいわ。この傷口に手突っ込んで五本の指全部使って、こう引っ掻きたい。ニャースみたいに。うわ、めっちゃ痛そう、それ。今も充分痛いけど。でもそれめっちゃ気持ちよさそう。ニャースみたいに。蚊に刺されたとこ掻きまくって血出るまで掻いたら痛いけどめっちゃ気持ちいやんってそんな感じ。血めっちゃ出てるけど。っていうか何?えっ、なんで刺された。誰。こいつ誰。知らんやん。見たことも聞いたこともないやん。うわ。えっアタシ、なんかした?めっちゃ脳みそ動いてる気がする。脳みそここ一年でフルで動いてるで。なんか脳みそ動きすぎて時間めっちゃゆっくりに感じるもん。脳みその影響かどうか分からんけど。死ぬやん、それ、死ぬやろ。走馬灯やろ。いやいや死ぬ前に死ぬ前に。納得いかんやろ。なんで刺されてんねん。何刺してんねん。えっ何?ストーカー、ストーカーなん。あっストーカーか。これが今流行りのストーカー。そんなん一切気付かんかったわ。ストーカーとかされてたんアタシ。全くそんな雰囲気なかったけど。えっいきなり刺すん。ストーカー。いきなり刺してまうん。最近のストーカー、やめてやめて。段階ってもんがあるやろ。段階ってもんが。まず、なんかつけてきてるとか、無言電話かけてくるとか、なんか知らんけどそういう一連の流れがあってえの刺すやったら分かるよ。いや分からんけど、まだ分かるよ。えっいきなり刺す。そんなんありえる。何して欲しかってん。アタシに何して欲しかってん。なんか振り向いて欲しかったとかよく言うけどテレビとかで見るけど、刺したら振り向くもなにもっていうか自分のものにしたかったって言うけど、自分のものにしようとする努力なしでいきなり刺すって。まだつけたり無言電話してくる奴のほうがよっぽど努力してるわ。好感もててきたわ。こいつに比べたら。いや、してくれてたん、もしかしてつけたり無言電話してくれてたりして、アタシが鈍感すぎたってパターン。めっちゃつけてくれてんのに気付かんかっただけとか。あっ、ごめんごめんそれなら納得。アタシもちょっと悪いわ、気付けやボケっ。もう刺したるわいっ。てね。いやいや、悪ないやろアタシ。ストーカーやろ、全面的に悪いのは。ストーカーしてる時点で悪いやろ。っていうか何刺してくれてまんねん。痛いやろが。めっちゃ。うわ、思い出してもたやん。痛さ。最悪。痛っ。一瞬めっちゃ忘れてたのに、ていうか時間経つん遅っ。アリの感覚で世界見てるみたいやな、あれ、象やったっけ、昔、世界一受けたい授業かなんかでやってたけどアリやっけ、象やっけ、どっちか忘れたけどそのどっちかがめっちゃ見てる世界早くて、どっちかがめっちゃ見てる世界遅いっていうやつ。どっちやったっけ。でもアリはチッチャイから他のモンがおっきいから、遅見えるんか、いや、アリの生涯は人間とか象に比べて短いから早く動いてるんやっけ、そうそうだから今この感覚は象に近いねんな。象の目で世界見てるわけや。うわスッキリスッキリ。もう死ぬ間際の最後のスッキリが象の目で世界を見てることに気付くとは。ちょっと高尚ですやん。詩人の最後に匹敵するかも。詩人の最後てなんやねん。正岡子規かっ。正岡子規しか出てこやんやないかい。うわ、詩人て誰やっけ。正岡子規しか出てこやん。松尾芭蕉俳人やな、詩人っていうか俳句やな。うわ、詩人出てこやん、正岡子規しか。そんな死に方嫌や。正岡子規しか出てこやん死に方。どんな死に方やねん。死ぬ間際、詩人の名前思い出そうとするってなんやねん。谷川俊太郎がおるやん。ああースッキリスッキリ。またスッキリしてもた。谷川俊太郎出たで。夜のミッキーマウス。やったー。谷川俊太郎っ。もっかい言っとこ谷川俊太郎。っていうか痛くない、痛くなかったーって思ったら痛いやん。痛い痛い痒い痒い。あっ、分かった分かった。谷川のこと考えてたら、痛くなかったってことはなんかめっちゃ考えてる時は大丈夫ってこと。へーそっかそっか。あーなるほどね。なんか考えることがあるとええんや。考えること考えること。うっわ、意識してもた、最悪や、意識しすぎて考えれやん、痛い痛い痛い。考えること。あっ、最近、テレビ台の置く位置変えようと思ってたけどどうしよ、いや痛い痛い。どうでもええわ、今テレビ台の位置。どこでもええわ。風水の本とか買っちゃおか痛い痛い、いらんいらん救急車呼んで救急車っていうか、一秒も経ってなくない、刺されてから一秒も経ってないやん、今、この体勢ってことは、すげえな象の目。半端なく遅いやん。ていうかこいつこいつ。考える対象ありましたー。こいつですー。なんで刺したん、おい、ストーカー。いや、やっぱストーカーじゃないんかな、いやあ、アタシのストーカー。なんで刺したん。買ったばっかの服―。ボケカスこらあ。あっ、萩原朔太郎がおった、正岡子規谷川俊太郎萩原朔太郎、こんだけ出れば充分やろ、うん充分充分、あれ?詩人やっけ萩原、あっえっ、刺されるんアタシ。まじか刺されるんやアタシって。そんな刺されるような事した?逆に刺したかったっつうの。エトウ。エトウ刺したかったつうの。エロい眼で見てくんなや。エトウ。地震だーつって昨日もアタシの回転椅子揺らしにきたよなあエトウ。仕事せえ仕事エトウ。アタシの机のボトルガム勝手に食うなや。まだまだ特殊部品の管理は無理ですね。ああはいはい、そうですよ、物覚え悪いですよ。何ヶ月やってんだよー、白い目、天然だよね、白い目、もうー何のために入社したんだよー。何のため?何のために入社したんやっけ。しらねーよ。必死で必死でコネを辿りまくって辿りまくってのやっとこさの入社やっつうの。何のため。生きてくためやろが。お金もらうためやろが。それ以外あるわけないやん。こんなクソ会社。こんなクソ会社に夢なんかあるかよ。夢夢夢。夢どこいったん。なにしたかってん。あー死ぬ。何がしたかってん夢どこ行ってん。あれれ。生涯通しての夢ってなんやっけ。あー結婚しやんかった。とうとう。とうとう結婚しやんかった。夢夢。子供。子供産みたかったアタシ。もう無理やん。真っ赤やん腹真っ赤やん。どっから生むねん。いや治るかね。これ。治るならこっから生むわ。早く種くれ。また刺されたらたまらんし。種種。種を素早くそそぎ込むのだ。そして幸せな生活を家庭を。幸せな生活を。っていうのが早急に手に入るならもう手に入っとるがな。子供だけが結婚だけが幸せな生活ですか。はいはい聞き飽きました。結婚せずとも幸せですけど。子供おらんくても幸せですけど。あとリザードンだけでポケモンコンプでっせ。ポケモン最高。超幸せ。ばーかばーか。幸せ。はあああ。可愛かったなあ。ヨウスケ。楽しかったなあヨウスケ。子供欲しって思ったもんなあ。なんであんなかわいいん。子供って。めっちゃプルプルやし。分けて欲しいしプルプルさ。いやいやかわいないかわいない。めんどくさいだけやろ子供とか。あほやし。めっちゃ疲れるし。おしっこついてかなあかんし。騒ぐし。でもかわいいよなあー。うん。かわいい。で、種か。あーエトウムカつく。お前の顔など見たくない。種欲しいね。でも一緒に育ててくれんと。一人じゃ無理やん。お金的にも。だからエトウいらんねん、一緒に育てる相手おらんと。月収十七万。一人で精一杯。一緒に育ててくれんと無理無理。ていうか種貰う相手おらんと、そもそも。あー、嫌な名前思い出した。セガワ。セガセガセガワ。セガワと一緒におるん想像できやんわー。セガワとセックスしまくってたなあ。一時期。あいつどうしてんのやろ。セガワ。でもさあ、セガワってさあ、ちょっとさあ、っていうかちょっとっていうかさあ、セガワはさあ、違うやん。セガワはさあ、違うやん。相性的に、いや人間的に。いやそういう目で見れやんかったし。結局。ていうかそういう気なかったやんセガワ。エロいことばっかしてたやんセガワ。あああ。あの過去だけやり直したいわ。あのメールだけ消し去りたいわ。ていうかセガワから何年経ってんのやっけ。五年いや六年。そうそう、いやアタシが悪ないし。あいつからメールしてきたからやん。いやラインや。ライン、セガワの時メールやったからなあ。ラインライン。うっとしいわ。この人友達かもにセガワずっとおったからなあ。やたらとセガワフューチャーやったからなあ。この五年間セガワ思い出してまうん、ラインのせいみたいなとこあるからなあ。だからライン嫌いやねん。でもみんなやってるからなあ、今更やめれやんしなあ。っていうか今更辞めるもなにも死ぬって、時間経つん遅すぎ、ていうか動いてる?動いてるんは確かでええんよね。いや動いてる動いてる。さっきより全体的になんか下がってるもん。下がってる、おっ、ちょっとこれはやめようぜ早く倒れようぜアタシ。なんでこんな遅いねん。アタシ。あれ、何してん。おいアホっ。おいタコっ。何してん。何切っ先見つめてん。赤々とした切っ先。あああ、やってもうたって顔してん。なんの顔やねん。後悔。興奮じゃないよね。えっ、何これ?何これって顔してる。興奮しろやせめて。誰もプラスにならん事態かよ。喜べや。負の連鎖やん。お前が下がってたら。おおーいアタシの死を無駄にするつもりかよ。えっ、刺したらそうなるん。人間刺したらそうなるん。喜べ喜べ。やったやん。刺せたやん。刺したってことは刺したかったんやろアタシ。なんで刺したんか知らんけど。刺せたやん。やったやった。うれしいやん。最高やん。それ。いやっほおい。ってジャンプして跳ねて喜べや。その顔やめろやその顔。やーめーてー。その微妙な顔よ。あっそうかそうか、まだ一秒も経ってないからか。なるほどなるほど。あーまたなんかエトウ。なんでエトウなん。っていうかせめて。刺したかったんちゃうん。違うんか。あれ、もしかして。頼まれたとか誰かに。誰かに頼まれてえの刺した。殺し屋。こいつ。いや殺し屋じゃないよな。雰囲気。殺し屋っつったらもっと殺し屋やろ。なんか、銃持ってるとか、白スーツとか。あっ、これゴルゴの影響か、ゴルゴやなこれ。やっぱ誰かに恨まれてんのかなアタシ。エトウ。エトウは頼まんやろ。刺したいんこっちやし。アタシに恨み持ってんの誰やねん出てこいやっ。えーとーえーとー、だれーやーだれーだー、はっはっは、恨まれやんやろアタシ、ムカつかれてるのはあると思うけど。刺すほど恨まれるわけないやろ。ってさかのぼってさかのぼってしてたらありましたわ。さかのぼって高校生、いや中学生、いや高校時代。そう高校時代よ。ヨシコ。ヨシコの彼氏とったわ。とったわっていうか知らんかってん。彼女おるって。分からんやんそんなん、カワサキ。そうそうカワサキカワサキ。あの時のヨシコ怖かったな。もうめっちゃ修羅場やったもんな。修羅場ってこれかって感じ。人生初修羅場。かっこいい。人生初修羅場。っていうか違うからね。カワサキやん、誘ってきたん。っていうかよくよく話聞いたらカワサキもそんな悪くなさそうやったし、ヨシコの一方的なやつっていうん、ちゃんと付き合ってなかったんやろ。ヨシコが勝手に付き合ってる感だしてたんやろ。だってするやん誘ってきたら。そこそこ好きやったし。っていうか、ごめん、って言ったっけ。いや言ったところでみたいなとこあったからな、言ってへんかも。あーー今言うとこ、いや言う必要ある?ごめんて、そんな悪いことしてへんし、いやそりゃヨシコにとったら悪いことしたかもしれへんで、そりゃそうやんヨシコ来たときやってたんやから、でもあくまでヨシコ主観やから、でもアタシ的に知らんかったんやから、彼女おるって、いやそう考えたらカワサキ結構あれやな、男男してたな、グイグイしてたな。まじで。肉食的やん。わおわおセガワ最悪やったな、全部アタシからやもんな。親しくなるまで、全部アタシからやもんな、どエロイ女みたいやん、いや違う違う。あいついっつも勃ってたからね。ちょっと手繋いでたら勃ってたし。カラオケ二人で行ったら、密室ってだけで勃ってたからな。それやのに何もしてこやんやん。アタシ待ち。アタシの動き待ち。わおわおセガワー。ちょっとそれないんちゃうん、ほんでセガワ、いつでも触れる雰囲気になってきたらめっちゃセガワからやったもんな。セガワいきなりおっぱいさわるからな、うわっカワサキもそうやった。いきなりおっぱいやった。そこは共通してんのや。でもやっぱカワサキのほうがよかったかもな、いーや思い出せやんけど、っていうか一回だけやったからかな、すばらしく感じるんわ。この一回っていうのがまた、いやいやいやいや全然やったわ、最悪やったわ。初めてやもん。カワサキじゃない、あいつやあいつ。あー名前出てこんあいつ。めっちゃ良かった、めっちゃ、もう虜やったもんね、あの時期、セガワん時はセガワが虜になってただけで、こっちは基本的には冷静さがあったからな、でもあのラインだけなかった事にして欲しいな、あのライン。だって寂しかってんもん誕生日~。ひとり~。で、ラインしてきたやろ、セガワ、まさかのセガワだけ。そうあの日セガワだけおめでとうしてきたやん、そりゃラインしちゃうやん、でもやっぱやめときゃよかったー、返事こやんし、既読しないするーやし、あー死にたいー、ってもう死ぬか、いやほんと冗談抜きで死にそうやもんな。っていうことは最後のセックスセガワになるんか、あの名前出てこん奴としたかった、あれ、なんで出てけえへんのかな。名前名前名前。あー出てこん、カワサキが一回目でセガワが最後か、はあ~、よおーし、落ち込むなめげるな、いよいよ死ぬぞって時に人生の後悔ばっかしててもあれやん。ポジチェブシンキングでいこーぜい。よおーし、ここでまさかの、人生の最後シリーズ、パンパカパーンってことで人生最後のセックスはセガワとということで、このコーナーでは、人生の最後の○○を振り返っていきたいと思いまーす。サーて最初は、人生最後に食べたもの。・・・みかん。みかんや。みかんかー、可もなく不可もなく。みかん。いや食後でも全然食べれるからなあ、みかん。最後みかんか。うんかわいいかわいい。かわいいよ、最後みかん。めっちゃかわいい。うれしいうれしい。あっでもなあ、最後のみかんなんやったらもっと綺麗に皮むいときゃよかったなあ、めっちゃぼろぼろに向いたからなー、そんなんどうでもええねん、また後悔の方向に持っていこうとして、悪いよ、そういうとこ、直したほうがええんちゃう、直したところでってもう死ぬけどって、はあ。このツッコミ飽きてきた。もう死ぬけどってやつ、何回目やねん。ってつい先月まで死にたい死にたいつぶやいてたアタシがもうほんとに死にそうですー、はあ。痛。忘れてた痛かっ痛いタイタイタイ。あー。痒い。あーー熱い、あーーなんか熱なってきた刺されたとこ熱い、痛痒熱いわ。うわーうちわで扇ぎたい、とりあえず冷ましたいけど全然時間経ってへんやん。切っ先見つめてままでいらっしゃる。おいお前、熱い熱い何刺してくれとんのん。ヨシコの差し金か。ってヨシコて。何年前やねん。ヨシコ今ですか。今更刺しますか。ありえへんありえへん。ヨシコはないない。でもやっぱみかんてどうなん。あーみかんかあ、ヨシコかあ。幸せになってそうやなあ。いやヨシコのこととかどうでもええねん。全然親しないし。あれ誰と親しかったっけ。マキ。マキマキマキマキ。元気かなあマキ。何年も会ってないよなあ。ずっと一緒やったからなマキ。休み時間もマキ、弁当の時もマキ、試験勉強は塾やったけど、二人組作れってなったらマキ、バスの席隣マキ、時たまホリカワ。ホリカワーーー、あいつ結婚したからなあ。ホリカワ。まじホリカワが結婚とか、まじか。絶対アタシの方が家庭的感では勝ってたよな。ホリカワに先越されるかー。何年会ってないっけ、フェイスブックで見たな。グアム行ってたな。子供可愛かったな、グアム。グアム行きてー。グアム。家族でグアム。とか楽しそ。グアム。ああーグアムて海やっけ。海以外なんかあんの。グアムか。水着か。はっはっはもう無理やん。グアム行きたくねー。ホリカワめ。あートダ。トダも結婚したもんな。トダって絶対アタシのこと好きやったよなあ。あーカワサキとは肉欲的な関係やったけど、トダは違ったな。うわうわトダとは青春してたわ。トダ。なんかあれ?なんか二人きりになったんよな。あの、文化祭の打ち上げん時。トダと。なんか。電車で。あれ普段から喋ってたのに二人になったら喋れやんかったなあ。トダ。かわいらっし、若き二人。トダ、告白しようとしてたんかな、そうやったら嬉しいよね。トダ。結婚したもんなあ。トダも。あの時間、長かったなあ、二人。でも短かった。一瞬やった気もする。アタシが先降りてんな、ほんならトダも降りてん、まだまだ先やのに、トダ、間違えたっつった。間違えたってなんやねん。間違えるか、普通、次の乗るから、つってなんとなくアタシも待ったんよな。二人で、寒かった寒かった。無言で、なんか喋る気にならんかったし、っていうか喋らんで良かったっていうか、長かったわ多分三、四十分?長かったってあー、あの一瞬。青春やった。トダ。トダ、アタシのこと覚えてるかな、思い出したりすんのかな、そういえば、同窓会で会ったけどそれまで全然忘れてたし、それからもトダのこと考えたりなかったよな、トダ。アタシがこの死に直面する危機的状況でやっと思い出したってことはトダとか絶対忘れてるよな、もしかしたら、ヨシコも、カワサキもホリカワもマキも、いやマキはないか、マキは覚えてるやろ。去年あったし、あれ去年やったっけ、いや二年前、いやいやあんときセガワとなんか三人で出会うみたいな謎の状況やったから、セガワと一緒やったってことは五年前、うっそ、そんな経つ、マキー。覚えてないんかな、っていうかアタシも覚えてないもんね、小学校の時の担任、一年、ユカワ、けばかったけばかったけばかった、それしか出てこん、二年、おっさん、誰やっけ、名前、おっさん、もう出てこん、三年、四年とイオカで最悪やった、イオカ最悪やった、忘れもんしたら後ろ立たされるとかテレビの見すぎ、どこのドラえもんの世界やねん。大掃除ンときよ。女子は教室でワックスかけで男子は校庭でドッジボールてどういうことやねん、一方は超労働の中、一方はなんで普通に遊んでんねん。どういう論理やねん。イオカめっちゃ覚えてる、どんどんイオカ出てくる、うわ、二年のおっさんの名前全然出てこやんのにおっさん、イオカいい思い出ないからなあ、いい思い出、いい思い出せめていい思い出、思い出すん嫌なことばっかやなおいおいおい、走馬灯ちゃうん、これ走馬灯ちゃうん、いやホンマに現実味帯てきたで、走馬灯ちゃいますのん、昔の人のこと思い出しまくってる、走馬灯ちゃうん、わおわお、まじかお母さん出てきてないやん。お母さん今になってやっと、お母さんがやっと出てきたってことに自分の親心に対するショックを隠せないんですけど、まあそんなもんなんかな、逆に。ヨウスケはさっき出てきたけど、ルミの前に、ヨウスケだけ。へへっへ、かわいいから、走馬灯ですか、これが走馬灯ですか、そうですよね、全然時間経ってませんもんね、どういうことですか、走馬灯長すぎ。走馬灯長すぎ、そろそろええやろ、そろそろ地面ついてええやろ、へいへいへいへい、ていうことはホンマに死んでまうんですか、マジで無ですか、無への直前カウントダウンですか、うわー、長すぎとか言ってすみません、長くない長くない、短い短い、全然短い、地面まであとわからんー、ドンぐらいかかって落ちてるのか、未知数、もしかして一気に逝ったりしやんよな、このペースが基本ってことでええんすよね。ええよね、ええよね、あっ、小二の時のおっさん担任思い出した、スナガワやったスナガワスナガワ、えっ、こわ、怖すぎこの時間、恐怖になってきた、えっ、死ぬ前ってこんなんなん。やばない、死ぬ前、こんな喋んの死ぬ前、古今東西、今まで人類誕生してきてから、いや生物誕生してから?何億年、ずっとこれ経験して死んでる?もしかして。いや無理か、人類じゃないと無理か、いや喋れやんし、アノマロカリスとか、三葉虫とか、いやいや、人語じゃないだけか、人語じゃない言葉で喋ってたりして、アノマロアノマロ、アノーマロマロ、あのうマーロ。あのうマーロってなんやねん。アノマロカリス絶対そんなん言わんやろ、ていうか水中やろ、あーそういえば中学んときアノマロカリスに似てる奴おったな、カワグチカワグチ、似てたなあアノマロカリスアノマロカリスて言葉そんな出てくるやつおらんやろ、アタシ以外、いや水中とか関係ないか、水中とか関係なく喋るやろアノマロカリス、多分中学ん時同じクラスにカワグチがいつもいたからな、カワグチの顔見るたびアノマロカリスって心の中でつぶやいてたからな、いや面と向かって言えやんし、流石に、ちょっとどっちかっていうとイケてるグループやったし、いじる側やったし、ミキにだけ言ったら、めっちゃ引かれたな、それはひどすぎやって、でもなんか似てて似ててアノマロカリスそっくりやったんやもんしゃあないやん。いや違う違うカワグチのことじゃなくて走馬灯のこと、みんなこの経験してんのかってこと、えっみんなこんな喋んのかってこと。喋らんか、流石にこんなに喋らんか、だってアタシだけかね、もしくはアタシ世代でアタシぐらいの年で死ぬからか、超ドンピシャかね、アタシ。だって大体が年取ってガンかなんかで死ぬやろ。基本、大体、交通事故とかアタシみたいに刺されたりしやん限り最後老人ホームか何かで。おばあちゃんもそうやったけど、お母さんの方の、どんどん身体動かんくなっていって、介護されながら、最終的にペースト状のもんしか食べれやんくなって、ってそんな最後の迎え方してたらこんな喋らんやろ。喋れやんやろ。喋れんのかな、まさか。ゆったりとしか喋ってなかったで、おばあちゃん。言葉全然出てなかったでおばあちゃん。右手だけ動いてたねん、ご飯食べてるとこみんなで行ったんよね、みんなって言ってもルミとヨウスケとお母さんやけど。右手だけ動いてたねん、ゆっくりゆっくり。右手だけ。ちっさいスプーンでちょっとづつちょっとづつ、あのゆっくりとした右手の動きの裏腹にアタシみたいに、喋ってたんやろか。何喋ってたんやろ、いや喋らんか、アタシは刺されてるからなめっちゃ傷口熱いからな、そんな中で急にやからってのがあるか、この時間、でもあの時のおばあちゃん何考えてたんやろ、子供の時のこととか、思い出してたりして、初恋の時のこととか、アタシがトダの事思い出してるみたいに、ああトダ。また出てきたトダ。だからエトウの顔出てくんなや、トダトダトダトダ、エトウどっか行けや、えっ、トダって初恋なん?初恋ちゃうやろ。もっと前やろ、小学校の時とか好きな奴おったやろ、うっわ、小学校ってうわうわ、アカガワかも。あーー、アカガワにチョコあげたもんな、アカガワに、なんか、給食を一緒に食べるグループによくなってたんね、アカガワ、イコール掃除当番も一緒になんのやけど。給食の時楽しかったねえ、アカガワとの給食、何が楽しかったか覚えてないけど、なんか笑ってたな、小学校んとき、何があんな楽しかったんやろ、毎日腹抱えるくらい笑ってたな。アカガワ漫才するからな、昼休み、小学生の分際で、いやそうそう話しまくってたんアレやわ、吉本新喜劇毎週見てたんよな、とりあえず、休みの日曜は十三時から吉本新喜劇。確定やった。それで共通の、日曜の朝だけちゃうんよな、いつもと。匂いが。朝起きたら、いつもと匂いが違うねん。お父さんが休みやからと、タバコの匂いとアタシが遅起きるからお父さんが好きなインスタントラーメンの匂いが混じりあった朝の匂いやわ。いや昼か。新喜劇見ながらラーメン食うねん、伸びたラーメン、伸びたっていうか柔めのラーメン。お父さん歯悪いから。柔め好きやったからな。これがまっずいまっずい、やっぱラーメンは硬麺。こっち来始めてからしばらくしてバリカタとかハリガネとかめっちゃ硬い麺選べる店出てきたけどうまかったわ、なんかネチャネちゃしてくるからな柔麺。でも食べたい。人生最後に適してるかも、柔麺のインスタントラーメン、いややっぱみかんじゃ物足りませんて、かわいいけど。みかんより柔めのインスタントラーメン。人生最後にオカンが作った肉じゃがとかカレーとか狙いすぎてる感出るからな、別に狙うも何もないんやけどな、でも人生最後に柔麺のインスタントラーメンっていいな、っていうかめっちゃ良くない、狙ってる感なく最後にふさわしいというか、ちょっとなんか感動するよね、これ誰かに教えてあげたい、アタシ死ぬ前にこれ良くないって伝えたいわ、誰かに。ダイイングメッセージ、ダイイングメッセージ書いちゃう、腹の血使って、犯人はコイツだっとか指し示す暗号とか置いといて、人生最後に柔麺のインスタントラーメン食べるって良くない?っていう旨のこと。書いちゃう、長い長い、そんな長い文章書けやんやろ、っていうか文章書けやんやろ。大体インスタントラーメンってのが長いねん、でもラーメンって書いたら、店のラーメン屋と間違えられそうやからな、そこは違うねん勘違いして欲しくないけど、店のラーメンじゃないねん、ちゃんとしたラーメンじゃないねん、店のラーメンで柔麺やったら、この店のラーメンを追求して追求しての結果、最高の柔麺として仕上がりました~ってそういうんじゃないない、あくまでもインスタントのベチャッとしたまずいラーメンじゃなきゃそぐわんの、これ。だから難しいけど、インスタントって文字は入れやなあかんよなあってはいはいはい、名案、商品名でどないでっか、商品名でズバッと、出前一丁。これどうですか、って漢字かあ、書けるかな、漢字、出前てそんな難しくないよ、確かにね、一丁はめっちゃ簡単、問題は出前、出も多分いける、出も多分いける、前かあ、前は三部分あるからなあ、いやいこいこ挑戦挑戦、ラストはやわい出前一丁。これも長いか、ラストはってのもいらんか、やわい出前一丁だけでいいか、はい、ドンっ、やわい出前一丁。・・どういうこと。赤々とした文字で出前一丁。どういうこと。分からんやろ、っていうか遺書書いとけばよかった、遺書書いてたらこんな悩まんで済んだ、人生最後に食べたいのはやっぱ柔麺のインスタントラーメンですよね、ってこれで全て伝えられた、伝えられたって人生最後に伝えたいんインスタントラーメンですか、いやいやいやもっとあるやろ、もっともっと、人生最後に伝えたいこと、もっと大事なこと、あるやろ、えっ、ない?インスタント意外ない?そんなことないやろ、えっないないない、伝えたいことないやん、全然出てこやんやん、お母さんお父さんルミ今までありがとう、ありきたり。ありきたり過ぎ、確かにね、そういう気持ちはめっちゃあるよ、お母さんもお父さんもおらんかったら生きてこれやんかったんやし、でもどこぞの感動ドラマで見るようなありきたりな最後ってどうなん、もっとアタシらしくアタシならではの、アタシしか言えないような伝えたいことってないんかい、はいこれどうですか、ダイイングメッセージで、トダ。これどうですか、最も青春的な恋をさせてくれた、そして言葉にせずに秘めてきたこの想いをワタシの腹の赤々しい血にのせて、トダ。多分書けるけど犯人トダみたいになるな、っていうかダイイングメッセージでトダって書いたら、普通に皆が皆犯人トダと思うよな。いや違う違う、犯人こいつこいつ、犯人の顔丸分かり。でもダイイングメッセージて面倒くさ、こちとら死ぬ直前のものすごい苦しみを味わっている中、わざわざ犯人はこいつだとかどうでもええわ、しかもアタシの場合、全然知らん奴やからね、どうでもええわ、アタシのために犯人見つけますって、ありがとうありがとう、実際でもこの死ぬ間際の状況、犯人とかどうでもええ、もっと大事なことあるやろ、あっ、まさかのこれは、トダって書いたら犯人に間違えられるってことは、逆にエトウって書くっていうのがどないですかい。これ名案、あのムカつくエトウに濡れ衣をきせるという。エトウ容疑者ですよエトウ容疑者、エトウ、えっ。俺?えっ、マジで。ですよ。そりゃね、捜査がしばらく進んだら無事エトウの無罪が判明して釈放されるかもしれやんけど、それまで面倒くさいで~。疑われんのやから、だってダイイングメッセージに名前書かれてんのやから、疑われるで~~へいへいへい、エトウやったんちゃうんって、面倒くさいで~~。頼む~。頼むから、お前すぐ自首しやんといて、お前すぐ自首したらあかんで。すぐ自首したら、エトウ困らんからな、っていうか、こいつすぐ自首したらアタシのダイイングメッセージやばない、逆に。だって犯人じゃないのに名前書くって逆にさっきのトダ的な感覚でめっちゃエトウ好きやったみたいになるやん。わおわおやめて、最悪。お前自首するかどうかにかかってるとか。賭けやな~。こいつ自首するんかね?うーわー、しそうしそう、なんかしそうやめとこ、うんやめとこ。くそう、むかつくなエトウ最後の最後までムカつくなエトウ。おおとやばいやばい、もう倒れるやん倒れる寸前やん、流石に、やばいやばい、ああ痛い、思い出した痛かったん、くそうくそくそくそくそ、腹立つわエトウ、最後の最後まで腹立つ、おおおお、落ち着け、無へのカウントダウンがすぐそこまで、すぐそこまで来てはりますがな、おおお厚生年金とか払いたくなかった、意味ねえ、もっと金使えば良かった、こんなんなるんやったら、最後に最後におおお、エトウのムカつくとこしかでてこやん、エトウのムカツクとこシリーズ、ババン、人を見て態度変える、よく舌打ちする、自分が間違えた修正処理を人に押し付ける、ババン、外面がいいから外部の人には評判が良い、あああ腹が立ちすぎて安定してきた、棒やったら垂直に立ってる、マサコ、ああ、初めて入社した会社の同僚、マサコ、マサコの嫌いなとこ、嫌いな人にとことん冷たい、ババン、ヤマグチ、ババン、できないふりしてメンドくさい作業を押し付けてくる、みんな同じ系統、おおおどんどん出てくる、どんどん出てくるで、嫌いな奴、タナハシ、アマノ、テッチャン、ユミ、ヒロシくん、サワタリサワタリ、おおうサワタリ、って嫌だやめてやめて、人生最後に嫌いな奴いやだ、好きやった奴の名前名前、好きやった奴ってなんやねん、好きやった奴、トダ、カワサキとか、ミキ、ホリカワ、中学校やったら、ノブコ、コタニ先輩、小学校で、アカガワ、サッチャン、いやいやもっとおるやろ、マーチャンマーチャン、マーチャンおった、昆虫博士、あー、どうでもいい、そんなんどうでもいい。好きとか嫌いとかどうでもいい、なんかあれ、アタシ死んでくねんで、死んでくねん、忘れてんなや、あの時あの場所で同じ空気吸ってた誰か、アタシが覚えてない奴覚えてない誰か、高校の時、誰おった、あ行から、アキモト、おおう野球部のアキモト、イナバ、カワラグチ、キベちゃん、ヒカリ、マヤ、サワタリ、シロタ、セキカワ、ソヤ、オホーツクさん、オホーツクさんなつかしいっす、オホーツクさん何してんのやろ、あっとクスイおったクスイ、タケダ、タカハシ、トバタ、温泉いったなあ、湯布院、酔っ払った湯布院、どこいったっけ、一番遠いとこ、ナグモ、ケイ、ナズナ、ナガイ、ナガイ二人目、二人おったから、お母さん、アタシのミンキーモモどこ置いたん?死んでくねんで、死んでく、でもおばあちゃんは喋らんかったと思う、多分風景を、セガワ、サクラギ、ハセタニ、ハマオカ、ヤベタ、カワグチ、クロブチ、アリケン、シマムー、カワハラ、スナムラだってするやん誕生日やから、でもお父さんもお父さんやでルミだって、エトウのムカつくとこ、せせらぎがすっきゃねん、まじかよポッポに逃げられた、イワイ、マルオカ、ソシュール先生、もっとおるて、もっとおるって、沢田研二にハマったやん、ほんで、グッズとかあつめてたやん、そんなことばっかり言って、結婚出来やんくても幸せやっちゅうねん、子供産めやんくても幸せやっちゅうか、お前誰やねん肩こったから、ルミばっか贔屓して、お姉さんお兄さんご卒業おめでアタシマラソン大会百二十位、戦争のお話を、行っちゃったね電車、なんかアタシも待とうかな、だってまだまだこの部署に配属させていただきますアタシはもっといる、もっと存在してた、絶対もっと、カジハラ、ヨッチャン、ウラベ先輩、ポセイドン、あれ、なんかおかしない、でもインスタントのゆっくりとした右手にはいつも、いじめられてたってことを知りませんでしたはいはいやってられるかっつうの、ちょっとやめてちょっと、カワサキくん、ちょっと違うとこいこ違うとこうる星やつら見れやんお父さんのタバコの匂い制服に染み付いて取れへんから、アタシなんか初めて虜かもなんか性のなんかやっぱ湯布院行きたいけど、その前髪の部分をもっとこう、イガワ、マスムラ、フジチャンフジチャン懐かしフジチャン、アイダ、モトハラ、モリモトモリモト父、見つからんかったん、あっ、アタシマックシェイクチョコのSサイズ、ねえ、どうするこれから、だってラプラスキターーーー、ラプラスキターーーー、税金てどういうシステムになってんのかこれからアタシはどういうシステムに揉まれて生きていくのか、ヒロシ、セーコ、イナゲヤ、アソ、メーテル、サクラ、ユッチン、コヤマ、ごめん仕事やめてんあっはっはっは、まじか、そこと付き合う、マキマキマキマキー。怖い、怖い、でもあれ、アタシ、あれ、死んでく死んでく、もっとあったもとあった、あったまくるー、ヤマグチトモコとトキワタカコを足して2で割った感じかな明日休みやから泊まりに行っていい?あっ、ビーフストロガノフ、サオトメ、シショウ、ユキネエ、ヨースケの誕生日行ってええ、パオパオ、ねえ知ってるボストン大学の研究チームが十年間かかってたどり着いた答えは、パオパオ、塩味。百円セールやってるー、めばちこ痛い、痛い、いたいよー、会いたいよー、もう部屋入ってくんなや、衝動買いまじで衝動買い、はいはいはいはいすみませんでした、もっと、はいはいはいはいすみませんでした、今日で高校生活とおさらばとなるとアーンパーンチとーきのー過ぎゆくママーにこの身をーまかせーこれブラジャー、酔っぱらっちゃったー、たっまご焼きったっまご焼きっ、しゃあないなあ、ごめんなさい給食費忘れました今度からはえっ部室なんで?なんで?ですから、その紛失物に関しましてはこちらの部署に言われましても日本史苦手―、もっともっともっとしよ、もっとしよ、大っ嫌いイオカ、ミナミを甲子園に、初めて赤点取っても、とってもとってもキャーロビンソンーキャー、お金無いです、ハローナイストーミーチュー、一緒に帰ろ一緒に一緒に飛ぼうてほらーだからそのへんまでにしときって新聞紙でめちゃイケ見た見た。とりあえず、今年、普段からは想像もつか、用、ホットモ、センセ、一人、ヌ、マべべ、たかだか、レス、状、ははは、フェリ、横浜まで、脱して、なんか、てっ、もっと、ア、ルミ、レンコン、玉、伝え、坂を、セ、エベレスト山頂まで、きっと、触っ、ああ、ああ、痛い。気持ちい。

  女、倒れきる。
 
男  あっ、えっ、あっ。間違えた。
 
終わり
 
 
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夕焼け公園で奔走中

「夕焼け公園で奔走中」
 
――何をしているんですか?
中年の男(以下中年) 靴の紐がほどけそうなんです。本当に今もうほどけるぞって寸前のところで今キープしているんです。多分これ普通に歩いたらほどけてしまいますよね。でもそれをどうにかほどけないようにして歩いているんです。靴の紐がほどける瞬間ってあまり見ないですよね。さっきまでは普通に歩いていたんです。しかしふと。本当に何故だかふと下を見たんです。そしたらほどけかけてました。靴紐が。ほどけていたんではないんです。ほどけかけていたんです。何故私はふと下を見たのか。靴紐がほどけきっていたなら説明がつきます。視界の片隅に違和感を。あるいは歩いている足に何か異物が当たる感覚、靴紐ですね。訴えかけてくるんですよ、靴紐が。ほどけてるぞー。って。しかしですよ。ほどけてなかったんですよ。異物も違和感も何もなかったんですよ。なのに下を向いたんです。そしたらほどけかけていた。この状態。今にもほどけてしまいそうな中心の結び目。あの頃は凛としていた。二つの輪っかを均等の大きさに保ち、あたかも自分から生えているような二本の紐を左右に伸ばす。この世界のすべての中心にいるかのように堂々と君臨していた結び目は今はもう、ほら、見てください。今ではもうなんか、例えるなら、こう、蛇がなんか、グニャって。こう。ふやけてるでしょう。そこから出てる二つの輪っか。左右非対称。左側はこんなに大きいのに、右側は半分ぐらい小さい。この右側が原因です。この右側の輪っかがより小さくなる時、つまり左側に伸びている紐がより引っ張られるとき、この靴紐は完全にほどけてしまいます。ということは左側に伸びている紐を伸ばさないように最善の注意を払いましょう。私が何故右側の靴底を地面につけて歩いていたのかこれでお分かりになりましたね。左側に伸びている紐へのダメージを少なくするためです。左側に伸びている紐に異物が当たる、大抵は地面ということになるのでしょうが、その回数が多ければ多いほど、その当たった際の振動が結び目に伝わり右側の輪っかが潰れていくということになるのでしょう。そしてこのゆっくりさ。このゆっくりさが大事なのです。靴紐が何故ほどけるのか。それは靴紐にも重さがあるからです。こんなに軽そうに見えるのに。というか実際すごい軽いでしょう。しかし私達の行う行為の中で最も単純な行為。歩くというこの行為がこんなに軽そうに見える靴紐に重みを与えるわけです。そう、歩く、揺れる、靴紐が揺れる、靴紐の端への遠心力。だから私の右側の輪っかはこんなに小さいわけです。だから私はこんなにゆっくりとさらに右側の靴底を地面につけて歩いているわけです。しかしてこの靴紐の先に見てください。靴紐の重力をさらに増やすかのごとくまとわりつくビニールのテープ。忌々しいこのテープ。今まではこのテープのことなんてなんとも思ってなかったんですよ。今までは。ああ、靴紐の紐自体が先っちょからバラバラにならないようしてくれてサンクスサンクスとすら思ってましたよ。知ってますか?これがないと靴紐の先っちょから糸がバラバラになり始めてこうモジャモジャしてくるわけです。そしてモジャモジャになったらもう。靴紐を通すこの穴に通りづらい通りづらい。それを防いでくれているわけですよ。このテープは。しかしですよ。しかしですよ。今となっては重力を増やす邪魔者と化しているわけです。このテープの重みが私の歩いた際に起こる振動をかなり助長しているわけです。ささいなことですよ。本当にささいな重さですよ。しかしこの重さに私は今苦しめられているわけです。この重さがなければもっと楽に歩けているはずなのです。忌々しいこのテープ。あっ、カッター持ってません?あるいはハサミ。今すぐこのテープを切りたいんです。重力を少しでも減らしたいんです。
 
――持っていませんよ。
中年 持ってない。そりゃあそうだ。持っているわけないですよ。普通の人はハサミやカッターなんか持ち歩かない。持っているのは舞台監督、美容師、小学生、測量士、殺人鬼、中学生、アーティストそれも美術系のひとですね、あと、あとはいますかね?ハサミやカッターを持ち歩く人って。
 
――紙切り芸の方ですかね?
中年 紙切り?なんですか?それは。
 
――ほら、紙を切って象とかキリンとか作る芸をしている人いるじゃないですか。寄席とかに。
中年 紙を切って象とかキリンとか作るんですか。そいつはすごい。いますぐその人からハサミをもらわないと。どこにいるんでしょうか?その紙を切って象とかキリンとか作る人って。
 
――どこって言われましても。浅草とかですかね?
中年 ようし、今から浅草に向かいましょう。そしてハサミを手に入れましょう。そしたら万事解決だ。私は靴紐をほどききらずに家に帰ることが目的なのです。
 
  中年の男は去る。
  その後ろ姿にはかすかの希望と新たな戦いへと挑む勇姿が垣間見える。
 
――何をしているんですか?
若い女 どうしてあなたに何をしているのか答えなければならないの?
 
――いえ、単純の興味ですので、答えたくなければ結構です。
若い女 どうしても聞きたいって言うんなら、あそこに男がいるじゃない。あの方に何をしているのか聞いてきてくださらない。
 
――ええ、分かりました。
若い女 よろしくね。
 
――何をしているんですか?
金髪の男(以下金髪) あっ、ええ、うん僕。あっ。僕に聞いてますよね。ああっ。ホアタッ。そうですね。何をしているか。あっ。困りましたね。アイアー。あっ、これは一言で説明できないやつですので。えええとですね。えええと。あああ、どうしよう。なんて説明しましょうか。アタっ。アタっ。
 
――まずその、ホアタってしているのはなんですか。
金髪 あっ、これはですね。あっこれは誰もが知っているでしょう。アタっ。これはみんな知ってる。カンフーです。カンフーなんですけど。あっ、そうですよね、あっなんでこれをやってるかですよね。そうなんですよねえ。ええっと。こっからが難しくなるんですが。ンーハァーっ。これなんです。コレがなければァーっ、ハアッ、喋れなくなってきたんですね。アイヤッ。いや本当。ンーハアッ。大変に。
 
――??どういうことですか??
金髪 あっ、そのままです。ナハっナッハ。これ。イーヤフウっ。これです。コレがなければもう話すことすらままならない。マーフウっ。
 
――つまり、カンフーしなければ人と会話することができない、ということですか?
金髪 あっ、そう、ムーハア、そういうことですね。ニヤッホウ。辛いんですよ。ッハっ、とっても。
 
――そんなことって、あるんですねえ。困りましたね。ちなみにそのカンフーをやらないようにしたらどうなるんですか?
金髪 あっ、それはですね、ヤッ。こうなります。
 
  金髪、カンフーするのを止める。
 
金髪 あっ、喋れるんですけどね、(間)こう、考えないとですね。(間)何を喋るのか、何を喋りたいのか。(間)分からなくなってしまうわけですね。(間)大変なことになってしまいました。あっ、(間)大変大変。
 
――どうしてそんなことになったのですか?
金髪 あっ、(間)やっていいですか?
 
――え?
金髪 あっ、あれ、(間)カンフーですね。
 
――ああ、どうぞどうぞ。
金髪 あっ、それじゃすみません。ホアチャー、ホアタホアタっ、アーチャー、ヤっ、ハアアー、イヤはっ、ヌーーーハッ、ヌーーーハッ、プウアーイヤイアヤヨッホッコセイッ、ハップっ、ムーハッ。あっ、すみませんどうも、ヌーハッ。ええと、たまってたみたいで。たまるんですよこれ、アーイヤッ、用心しないと大変なんです。ええと、なんでしたっけ?
 
――どうしてそんなことになったんですか?
金髪 あっ、これはですね、あの、ンっパイ、僕がもともと会話が苦手というのがありまして、その際にですね、あっ、クッハイヤ、あっ、これですね。カンフーしたら、アンミャー、心地よくしゃべれるようになったというわけです。会話ってのは何が大事だと思いますか?まず第一に。
 
――会話にとって大事なもの。なんでしょう。相手ですか。
金髪 そうです。相手です。相手がいなければ会話にならない。でもそれは前提です。相手ありきで何が大切か分かりますか?
 
――すみません。分からないです。教えてください。
金髪 あっ、それはですね。話したいことです。話したいことがあれば人は喋れる。聞きたいことです。聞きたいことがあれば人は話を振れる。これが会話の基本なのです。つまり話したい対象、聞きたい対象がある。対象があるということなのです。会話は。現に今僕はあなたと会話している。そしてその対象は会話について。僕は会話について話したいのです。会話はこうだと。会話はこうなっているんだと思うということを話したい。すごい話したいから今、会話が成立しているわけです。しかし、この会話。会話について僕が話すことがなくなれば、途端に成立している会話が会話にならなくなるでしょう。ホアタっ。ほら来ましたそろそろ成立が危うい。あなた、僕に何か聞きたいことありますか?
 
――そうですね、聞きたいこと。カンフーとそれとはどういう関係があるんですか。
金髪 あっ、そうです。これです。僕が話し始めた理由は、それでした。会話の対象というのはですね。アーヤウっ。そりゃ、人にもよるんですけどね、アーッチャウッ、初対面の方が共通の対象の数自体は少ないわけです。しかし相手についてはほとんど何も知らないわけだから、色々と相手と自分を対象にしてお互いの知らないことを話せるわけです。ミウーヤっ、しかし逆に毎日顔を合わせている人のほうが対象の範囲が広い。つまり共通の対象が増えてくわけです。あの人はどうだ。この場所はどうだ。共通の知人や場所ですね。最近はこうだ、台所きれいだ、トイレは汚い、朝漬けの素を買った、こんな細かいことは、初対面の時には話さないであろうどうでもいい話ですが、少し何度も会うようになってくるいろいろな共通の対象ができやすい。しかしですよ。やっぱり会話の対象の基本は相手と自分なわけです。というかどの話をしていても、結局相手か自分の話になっていくのです。つまり、例えば相手と自分以外の共通の知っている人について話しているとするでしょう。しかしそれでもやはり結局は、その人はこうだ、ああだと。その人については私は、好きだ、嫌いだと、結局はその人について私はこう思う、あなたはこう思うと、自分か相手の話をしていることになってくわけです。つまりですよ。相手に興味があるということが大事なわけです。さっきから僕がながーっく喋っている理由。僕は会話をすることが苦手と言った。だから、カンフーがで始めたと言った。つまり何が言いたいか。ハアタっ。会話が苦手な理由として話すことがなくなると言った。ムーイヤア。しかし、対象は結局は相手か私だと言った。マッハマッハマーーっはっ。つまりですね。ヤーイアッ。話すことがなくなるというのは、相手に興味がないってことなんだ。アーイヤアっ。ミーキュウミーキャウっ、パーゼンショア……。ほら来ましたそろそろ成立が危うい。あなた、僕に何か聞きたいことありますか?
 
――そうですね、聞きたいこと。カンフーとそれとはどういう関係があるんですか。
金髪    あっ、それは今喋ったじゃないですか、マーセイマッゲャ、今僕が必死で必死で喋ったところですね。これ以上のそれを伝えるすべはありません。あなた、他に僕に聞きたいことはありますか?
 
――そうですね、聞きたいこと。じゃああなたは今、この公園において何をしているんですか?
金髪    カンフーです。
 
    間。
 
金髪    もしくはカンフーの練習です。
 
    間。
 
金髪    あなた、他に僕に聞きたいことはありますか?
 
    間。
 
――ありません。
金髪    そうですか。アーイヤアチョーっホッホッホッホーはー…
 
――ありがとうございました。
金髪 アイヤーっねーショウっレイアっっ。
 
――ということでした。
若い女 ありがとうね。一部始終を聞かせていただいて、とっても勉強になったわ。
 
――さて、あなたは何をしているんでしょうか?
若い女 私が何をしているか。あなた。あててみてくださらない?
 
――あなたが何をしているか。全く分かりません。あなたはボーッと突っ立っている。それしか分かりません。
若い女 惜しいですわ。半分正解ですの。それにプラスアルファを加えればもう正解よ。
 
――プラスアルファ。なんでしょう。ボーッと突っ立って。昔のことを考えている。
若い女 全然違います。あなた少し適当に答えすぎてやしません?私のことをよく見てくださらない。なにかがあるでしょう。
 
――あなたのことを。さっきからよく見てるんですが。なんでしょう。
若い女 あなた、私がそろそろ正解を教えると思っていやしません?とんでもない。私が正解を教えるっていうのがどんなに私を辱めにあわすことになるか。私はあなたが正解を導き出すまで、絶対に答えを言いませんからね。
 
――そんな。さっきあそこの男に何をしているか聞いてきたら教えるわと言ったじゃないですか。
若い女 だから教えようとしているじゃありませんか。でも、あなたは考えようともしない。ただそれだけ。
 
――考えないことが悪いっていうのですか?
若い女 そう。考えないことが悪い。見ようともしない。現に私のことをしっかり見てくださればすぐに分かることよ。いいえ、考えるまでもないことですわ。
 
――全く分かりません。あなたのことをじっくりじっくり見てますが、全く分かりません。ボーッと突っ立って。ボーッと突っ立って。何をしているんだ。
若い女 さあ、何をしているんでしょうね。
 
――全く分かりません。あなたのことを毛穴の一つ一つが分かるほどじっくりじっくり見てますが、全く分かりません。ボーッと突っ立って。ボーッと突っ立って。何をしているんだ。
若い女 まあ、いやな人。お止めなさいよ。全くふしだらな。こんなとこ人に見られたら勘違いされるじゃありませんか。わかりました。一つヒントを出したげる。私の顔の辺りをよく見てごらんなさい。
 
――顔の辺り。なんですかね。さっきから顔は特に注視しているんですが。
若い女 顔ではなくてよ。顔の辺りでございますの。何か違和感ありません?
 
――分かりませんねえ。それはそうとこの辺はなんだか虫が多いですね。
若い女 それですわ、私が気付いて欲しかったこと。
 
――??虫ですか??
若い女 虫ではありません。蚊柱ですの。
 
――蚊柱。
若い女 そう蚊柱。私、ボーッと突っ立て蚊柱を眺めているわけですの。
 
――しかし何故蚊柱を。
若い女 知っていまして。蚊柱って一匹一匹のオスが飛び交っていますの。そこに一匹のメスが入ってきて、交尾相手を探しますの。つまり蚊柱ってのはメスから選ばれるために集団で待ってるオスたちの群れなわけなのですけれど、つい2,3時間前に私このオスたちに選ばれたらしいのです。
 
――あなたは何を言っているんですか?
若い女 すごいのよ、こいつらの目。俺を選べ俺を選べと。まるでこれで選ばれなかったら人生が終わってしまうかのような感じ。あら、人生ではないわね。虫生とでもいうのかしら。私、どなたを選んで差し上げれば良いのか皆目見当も付きませんで、ほら、よく外国の方の顔はどなたも同じように見えるって言うじゃありませんか。それと同じでこの蚊の方々も皆、一匹一匹同じような姿形に見えて何を基準に選べばいいのか、途方に暮れていたところでございますの。普通こういうお見合いパーティのような場合、まずはご趣味はとか、ご出身は、なんてお話をして、互いにどういう方なのかを知ってから、というのが正しい付き合い方じゃありません?でもほら、相手は蚊でしょう。喋ろうにも喋れないじゃありませんか。そりゃあお互いに深く知り合うこともできないというわけですの。
 
――あなたは何を言っているんですか?虫と交尾するつもりですか?
若い女 そう、そこなんですの。私、今までこんなに大勢の人に、いいえ、虫なんですけどね、必要とされたことがなかったのよ、だからとっても嬉しかったのです。しかしいざ虫と交尾となると、嫌じゃありませんこと。虫と交尾なんて。第一人間と虫が交尾なんて出来るわけないじゃありませんか。それでもこのオスたちは私に選んで欲しそうな目付きで飛び交っていますの。これをどうしたものか、どうしたらこの方々は私から離れて行って下さるか。そこにあの方が現れたんですの。そしてあの方に何をしているのかをあなたに尋ねてもらったわけ。
 
――あのカンフーの方とこの蚊柱とどんな関係があるんですか?
若い女 簡単なことよ。私、あの方と交尾をしようと思っていますの。
 
――あのカンフーの方と交尾。なんでですか?
若い女 私がこの蚊柱の中からあの方を選んだとすればこの蚊柱は私から離れていく。そんな簡単なことを説明させないでください。あなたに最後のお願いがあります。あの方に私を紹介してくださいませんか。
 
――あの方となんの面識もないんでしょう。いきなり性行為するつもりですか?
若い女 もちろんそこらへんは会話をして、互いに深く知り合う必要があると思いますわ。でも私の勘ですと私はあの人とうまくいく気がしますの。
 
――そうですか。そういうことなら。
若い女 お願いね。
 
――またまたすみません。あなたに一つお願いがあるんですが。
金髪 あっ、ええとなんでしょう、僕に出来ることなら、ムーヒィ、なんでも、そうですね、やらせてください。
 
――実はあなたとお話がしたいという方がいらしてですね。あなたの会話の練習にも最適かと思いまして。
金髪 あっ、本当ですか。いや、さっき会ったばっかりなのにこんなに親切に。ヌーっハウ、ありがとうございます。そしてその方というのは?
 
――この方です。
若い女(以下よし子) お初にお目にかかります。よし子と申します。ごめんなさい。こんなにご無理を言って。
金髪(以下戸坂) あっ、初めまして、戸坂と言います、イッヤッハ、いやこれは、ええと、癖でして、マヒウ、気になさらないでください。
よし子 ええ、この方から全て聞いてますのよ。あなたのことは。だから安心なさってね。
 
――それでは私はこのへんで。
よし子 ちょっと待って。もう少し一緒に居てくださらない。私達二人だけでは心配よ。
戸坂 あっ、そうですね。ペンヤッレ、ペンヤッレニャーハウ、ショーエムウ、初対面の人といきなりというのは、ペンカーバイ、少し怖いですね。
 
――まあ、私も初対面なんですが。
よし子 それでは、始めさせていただきます。ご趣味は?
戸坂 あっ、そうですね、ええと、イヤーホっ、なんでしょう、あっフー、マアマアっ、メーリストっ、トッキャアット、ああう、駄目ですね。趣味は、ええと、パゼルスト、ポートレイトっポウ、トッパース、思いつきません、趣味らしい趣味が。マーセウ、すみません。
 
――まあ、落ち着いて落ち着いて。
よし子 すみません。答えづらい質問をしてしまって。では、次の質問に移らせていただきます。お仕事は?
戸坂 あっ、そうですね。ペイニャア、ピノウ、仕事仕事、こればっかしは、アッハウ、セイヤッハ、サイヤッサ、してるんですけどね、そりゃあ、ポンチューーロシューゼウ、してますよ、もちろん、イーシャアイシーッシャッハ。
 
――それは何を。
よし子 何をしているの?
戸坂 あっ、そうですね、すみません、あっハウ、答えられません。すみません。ナーコトダッパ、ナーセントっ、そんなに答えられない仕事ではないんですが、パッチワークっ、すみませんが答えられません。
 
――いえいえいいんですよ。人間誰しも答えられないことの一つや二つありますから。
よし子 私と性行為してくださらない?
戸坂 えっ、性行為。
 
――ちょっとよし子さん。
よし子 もう十分会話しました。相手がどんな人かも分かりました。ねえ、私と性行為してくださらない?今ここで。私、今すぐあなたと性行為がしたいの。
戸坂 あっ、性行為って、あの、男女が子作りのために行う行為ですよね?
 
――そうですね、今急にというのもおかしな話ですよね、これには深い事情がありまして。
よし子 私の顔の辺り、見てくださらない?
戸坂 あっ、うわっ、すごいっ、蚊だっ、うわっ。
 
――こういうことなんです。戸塚さん。彼女が性行為をせがむ訳は。
よし子 簡単に申し上げますと、私、蚊のオス達に交尾をせがまれていますの。それを避けるために、戸塚さん、あなたと性行為をしたいということなんです。そうすれば、蚊も私のことを諦めてくださるんじゃないかと思って。
戸坂 あっ、まず、僕の名前は戸坂なんですけどね、いや、いいんですけどね、戸塚でも。はい、よし子さん、あなたの要望はわかりました。しかしですよ、僕はですね、キャーッシュウっ、ほらこの通り、マッセントっ、まともに性行為ができるかしらというのがありまして。ええと、できるかな、やってみますか?ポーゼット。ほらこれですよ、できるかな。
 
――できますとも。
よし子 ほら、私の言ったとおりだわ。あなたとは相性がいいと思ってたの。やってくださるってことよね。
戸坂 あっ、そうですね、ハイーっ、僕に出来ることならですね、ハーヤッハ。でも、どうすればいいんでしょう。
 
――それでは私はこのへんで。
よし子 ちょっと待って。もう少し一緒に居てくださらない。私、実は性行為をどう行えばいいのか分からないの。失礼ですけど私に性行為の仕方を教えていただけません?
戸坂 あっ、そうですね。僕もどうすればいいか分かんないです。教えてください。
 
――性行為ってのはもっと二人だけで親密にやったほうが良いかと。
よし子 分かっています分かっていますとも。無理を承知で聞いてるんじゃない。でも分からないものは仕方ないじゃない。
戸坂 あっ、そうですね、ええと、つまり最初だけでもミャーハッス、最初の流れだけでも教えてくれませんか、ポスポオス、どうことを運べばいいのかがまず分からないのです。
 
――なるほど順序ですか。それでは検索して差し上げましょう。性行為の順序。検索。はい出ました。性行為の順序、①静かな部屋でキスをする。
よし子 静かな部屋と言われましても、ねえ。
戸坂 あっ、そうですね、パッス、
 
――どうしたんですか?
よし子 ほら、蚊が部屋に入ってしまいますし、蚊が飛んでる時点でうるさいわ。
戸坂 あっ、そうですね、ペッサリっ、それ以前に、僕も静かにできなさそうです、ミーッヤッホ。
 
――そうでした、そうでした。それでは、静かな部屋というのは割愛します。キスをする。
よし子 さあ。キスしましょう。
戸坂 あっ、はい、あっ、そうですね、あっ、うっ、うわっ、うわっ、あわわ、蚊が、蚊がすごいです、うっ、はっ鼻に、すみません、ミャッハ。うっ、ふごふご。
 
――これもダメそうですね。
よし子 ああ、なんてこと。忌々しい蚊。
戸坂 あっ、すみませんアヒューハッ、ポーシュトンサ、ビュウビュウシュぺーイっ。
 
――では次行きます、性行為の順序、②優しく「いい?」と聞き軽く胸を揉む。
よし子 まあっ、恥ずかしいわ、こんなに急に。
戸坂 あっ、ではすみません。いいでしょうか?ピキーっ、ッシャウンッシャッスン。
 
――ああ、ちょっと。
よし子 痛い、痛いわ、なんてこと。
戸坂 パーロシアン、ピューストストロポンネッヘイ、パゼンチョアパゼンチョイ、シューエオエンキュロース。(間。)昔のことなんですけどね。鼻に蚊が入ったことを思い出しました。そうですそうです。それも蚊柱だったんです。僕は小学生か中学生で、川に沿った遊歩道を自転車で飛ばしてたんです。そしたら、あいつらが入ってきた。鼻に。フンフンっと鼻から息を何度も吐き出し、それでもあいつらが残っているような気がして、何度も何度もフンフンフンフンっ。虫が生きたまま体内に入ったら、人の心臓を食い尽くすなんて話をテレビで見てたんですよ。あれ、何が言いたいんだろう。鼻に入ったら辛いってことを伝えようとしているのか、今だに違和感がありますよ。さっき鼻に入ったばかりですから。フンフンっ。性行為の話をしましょう。初めての経験になりそうな時があった。確かにあった、君に触ろうとした、しかし、君は今?と聞いた。僕にとっては今だった、君にとっては今じゃなかった、今じゃなければいつがありえるのか、つまり、何が言いたいか、もっと豊かで穏やかな心を持っていたらなあ。フンフンっ。あなたの願いは、蚊柱をはらうこと。分かってますとも分かってますとも、あなたは僕に興味ない。それでいいんです、それで。僕は君に興味がなかった。性行為に興味があったんです。ありふれた話です、かなり。つまり何が言いたいか。あっはは、これは笑えてきました。あっはは、フンフンっ。今気づいたことを言うと、僕は何を喋りたいのかということを伝えてる、何を喋りたいのかということを会話にしている、こんなおかしなことがあるのか、あるんです。まあいいや、性行為しましょう。あなたは僕に興味ない、僕もあなたに興味ない。性行為しましょう。それが望みなら、それで全てが解決するなら。
 
    よし子、嫌がる。
 
よし子 やめてください、なんだか怖いわ。
戸坂 性行為しましょう。それで解決するんでしょう。
 
――何をしてるんですか。嫌がってるじゃありませんか。
戸坂 性行為しようと言ってきたのはこいつです。
よし子 ごめんなさい、もういいわ。
戸坂 勝手ですね。あなたは。うわっ、なんだ、虫、なんか増えてません?
よし子 あら。
 
    中年、登場。
 
中年 靴紐がほどけました。
 
    間。
 
中年 ほら、見てください、靴紐がほどけたんです。
 
――そうですね、綺麗にほどけてますね。残念でした、家まで帰ることができずに。
中年 死のうと思うんです。
 
    中年、靴紐を靴からはずし始める。
 
中年 これがダメならすべてダメだと思ってたんです。悔いはありません。私の計算ミスでした。ハサミを手に入れようと浅草に行こうとするなんて。駅に着く前にですよ。あなたと別れて一時間も経っていない。ああ、ダメだ。ダメになりかけと、ダメは違うんです。私はさっき完全にダメになりました。
 
    中年、靴紐を靴から完全にはずしきる。
    中年、靴紐で首をくくろうとする。
 
――何をしてるんですか。
中年 何をしている、見ればわかるでしょう、首をくくろうとしているんです。あなたは私にさっきも何をしているんですかと尋ねた。私は靴の紐がほどけそうだと答えた。あの頃は良かった。希望に満ち溢れていた。この靴紐をほどかずに家に帰ることができると信じきっていた。この靴紐で。うっ。(靴紐で首を絞める)
 
――やめてください。
中年 やめる必要はありません。全然締まってない。こんな弱々しい紐ではやはり人は殺せないのだろうか。うっ。(さらに絞める)まだ大丈夫だ。全然苦しくない。むしろ心地いいくらいだ。体中の血を意識できる新しい感覚です。ほらこの部分、見てください。(ビニールのテープの部分を見せる)このビニールの部分がすべての原因、この少しの重みが全てを変えた。ほんのちょっと、ほんのちょっとの重みに耐えさえしていれば、私はこの重みを取り払おうとしたのです。楽に歩くために。その考えが私をダメにしました。少しでも楽に。少しでも楽に。うっ。(もう一度首を絞める)うおっ、すごい、見てください、この靴紐。さっきから全然苦しくない苦しくない思っていたら、ほら、(靴紐の端と端を引っ張る)伸びるんです、伸縮性があるんです。これはすごい。靴紐って伸びるんですね。そりゃあ死にづらいわけだ。ほら、見てください。靴紐です。靴紐ってこんなになってたんだあ。ほら、一メートルぐらいですかね、いや、もうちょいありますね、うわー靴紐だあ。なかなか靴紐を単体で見るってことないじゃありませんか。ほら、見てください。これが完全にほどけきった靴紐です。実に美しい。この世の物とは思えないほどです。私達は靴紐がほどけた、靴紐がほどけたとあのちょうちょ結びがほどけただけで迷惑がりますが、そんなのは序の口だったのです。これが完全にほどけた状態。ここまでいってやっとほどけたというわけですか。あっ、(間)ほどいてしまった、自らの手でほどいてしまった。完全にほどけきっていたわけではないのに、自らの手で完全にほどいてしまった。ああ。
 
  間。
 
戸坂 うわっ、すごい蚊だ。すごいどんどん増えてる、どんどん増えてる。早く性行為しましょう。さもないと大変なことに。
よし子 あなたと性行為するのはごめんだわ。私には選ぶ権利があるの。これだけ何千、何万、の中から選ぶ権利よ。あなたと性行為するのはごめんだわ、だってあなた自分のことしか考えてない、私のことを考えてくださらないんだもの。
戸坂 そういう類の性行為という話でしたでしょう。あなたが目的を達するためだけの。
よし子 そう、そういう類の、でもさっきあなたが私に襲いかかろうとした時、あなたに野獣を感じたの、ドラゴンが燃えているかのように。私、そんな野蛮な人に抱きしめられたくないの、そんな野蛮な人に抱きしめられるぐらいなら、虫に抱かれたほうがましよ。
戸坂 でも虫に抱かれるなんて無理だよ。
よし子 そうなのよ、困ったわね。
戸坂 だから僕に抱かれなさいってば。
よし子 ねえ、あなた、私虫と性行為したいんですけど、どうすればいいですかね?
中年 えっ、虫と性行為、あなた正常ですか?
よし子 私が虫と性行為したいって本気で言ってるとしたら、あなた笑う。
中年 笑いますとも笑いますとも、虫と性行為なんて出来るわけない。
よし子 ならあなたが私と性行為してくださらない?
中年 えっ、私が。
戸坂 なんでだよ、なんで僕じゃないんだよ。
よし子 見るところによるとあなた、すごく絶望してらっしゃる。私、ある理由で性行為しなきゃならないの、今すぐ。私が体で癒してあげる、ねっ、利害が一致してるでしょ。
中年 はあ。しかし私はそろそろ死のうと思っているところなんです。そんなときに性行為なんてできますかね。
 
――できますとも。
よし子 そうよ、自信を持って。あなた、まず何から始めればいいんでしたっけ。
 
――キスです。
よし子 それではキスしましょう。
中年 はい、うっ、うわっ、うわっ、あわわ、蚊が、蚊がすごいです、うっ、はっ鼻に、すみません。うっ、ふごふご。
よし子 やっぱりダメなんだわ。私、これだけ大勢の中から選ぶことは可能なのに、どうして、どうして自分の好きなようにはいかないの。選ぶことはできるのに。ことを遂行することができないなんてあんまりよ。
戸坂 僕なら大丈夫です。今度ばかりは大丈夫です。鼻をつまみます。これでキスしましょう。そしたら鼻に蚊も入らない。
よし子 あなたはダメ。
戸坂 なんでなんだ。なんで僕じゃダメなんだ。
よし子 あなたと性行為するということはもうすでに私が選んだ性行為じゃないもの。あくまでも私が選んだ相手じゃないとダメなの、あなたが私を選んでいるの。いいえ、私を選んでいるのでもない。性行為を選んでいるの。ただそれだけ。
戸坂 なら、あなたが僕を選んでくれよ。
よし子 戸坂さん、あなた、自分がさっきから普通にしゃべっているのにお気付きになって?
戸坂 えっ。
 
――あっ、ほんとだ。カンフーなしでしゃべれるようになったじゃありませんか。
戸坂 本当だ、やったやった。
よし子 しかし、あなたはまたすぐに喋れなくなるの。私、その理由を知っていますから。
戸坂 なんですと。
 
――理由というのは、なんなのでしょう。
よし子 少しは自分で考えたらどう。全くあなたは私が答えを言うとばかり思って甘く見て。
戸坂 もったいぶらないで教えてください。
よし子 いい?あなたは今、性行為をしたいという衝動があるから喋ってるわけですの。つまり性行為をするという目的をこなそうこなそうと必死なのよ。だから喋っていられるの。話したいことがあるってことなの。でもね、私が、あなたに一言しゃべるだけで、あなたはまた元の状態に戻るわ。というかもっとひどいかもしれませんわ。あなたの性質上。
 
――それは、どんな一言なんです。
戸坂 やめてください、や、やめて。
よし子 あなたはこの先一生、性行為できないのよ、諦めなさい。
 
  間。
 
戸坂 あっ、あっあああ、あああああああ。ンっハースっ、スウェイスウェイ、シュロットトーキャンス、ポウェイポーシュレイト、ハンクーイェン、ナーゼ、ナーハ、トーステルダムキンザッシャーイアー、ミテレ、ミテネっ、レットーカンパイハンドーザイーッヒっ、ああ、ペイヤ、ピシッレ、なんてことだ、イーシャオメロノン工イっパシノーオウパーチェンコショークジャ、ッジャ、ジャジャジャジャジャ、ピーシャオペーリシトモにユッキョウモータントモーゼント、ああ、プウロントゥーイン、つらい、んんーーッペんんーッパアーイヤア、イラマーチッツッテネーッテノーピッテパー、ハームシュキャンチョウ、誰か、アーベルスト、トーバラスト、テーナラシテ、ああ、ミッソウンガ、助けて、ギャーグルヘン、ギャーグルホン。ポーーーーーーーーーーーーーーーーっ、ピーーーーーーーーーーーーーーっ。ネーーーーーーーーーーーーーーーーっ。シュックライゼンゼンハーゼンヒー。ポートテルモン、メガロシンキャイっパッチパッチステイチョン、ステイチューン・・・。
 
  戸坂、カンフーしながら去る。
 
――なるほど、溜まると言ってましたね。
よし子 そういうこと。
中年 皆さん見てください。あなたがたがしゃべったりカンフーしている間に、もう片方の靴紐もとってしまいました。
 
――もう、なにしてるんですか。
よし子 なんでまたそんなことを。
中年 最後のお願いがあります。私、もう死のう思ってたんですがやり残したことがありました。これだけはしておきたい。つまりですよ。うわおっ、なんて美しいんだこの完全にほどかれた靴紐というのは。しかも二本。この靴紐を使ってですよ。こうやってこうやって。(靴紐をつなぎ合わせる)こうです。見てください。長くなりました。これとこれを、あなたがた持ってください。(紐の端と端をそれぞれに渡す)ピンと引っ張って、そうです、ありがとう。私はいろいろとゴールできずに生きてきたわけですが、死ぬ前に、形だけでも、表面だけでも、味わわせていただきたいと思います。それでは、すみません、私が走ってきましたら、さくらーふぶーきのー、さらいーのそーらにーと歌っていただけますでしょうか。いえ、お願いしますね。
 
  中年、去る。
 
よし子 勝手な人ね。
 
――まあまあやってあげましょう。それで満足いくのなら。
 
  間。
 
  中年、走って登場。
 
中年 さくらーふぶーきのー、
三人 さらいーのそーらにーいつかかえーるーそのときまーでゆめはおわらーないー。
中年 どうも、どうも皆さん、ありがとうございまーす。いてっ。
 
  中年、ゴール手前でコケる。
 
二人 あっ。
中年 はははは。最後までですか、ことごとくだめですな、ことごとく、はははは、はははははは。ふごっ。
三人 ははははは、ははははは、ははははは。ふごっ、ふごふごっ。
中年 あれ、なんですか、ふごふごっ。
 
――蚊が、蚊がすごいことになってきました、ふごふごっ。
よし子 求められてるんだわ、私、こんなにもたくさんの蚊に求められてますの、ふごふごっ。
 
――求められるのはいいのですが、早くどうにかしてくれませんか。
よし子 だってどうすればいいの、ふごふご、誰も私と性行為をしてくださらないじゃないの、おじさん、早く私と性行為を、って何してるの?
中年 いやあ、あの、あなたの靴紐もほどかせてくれませんか、ふごふご。
よし子 もうっ、勝手にして。
 
  中年、よし子の靴紐をほどき始める。
 
よし子 選ぶしかないのね、この中から選ぶしかないのね。
 
――よし子さん、あなた、まさか、ふごふご。
よし子 他に手がありますか、そうよ、選ぶしかないのよ、そうよ、よく見るのよ、一匹一匹、そうよ、渋谷よ、ここは渋谷のスクランブル交差点ね、信号が赤にならない、そして男しか歩いていないの、そうよ、スクランブル交差点なの、一匹一匹、よく見て、このスクランブル交差点の大勢の中から選び放題だわ、なんて贅沢なの、私ったら。よく見て、大勢として見るから分からないの、一人一人をよく見るの、ほら、ほら違うじゃない、全然、全然違う、飛び方、羽の角度、目の動かし方、全然違うわ、どうしましょ、どの方を選んで差し上げましょ。そこの目のクリッとしたあなたなんてキュートで素敵ね、あら、いささか他の方より手足の長い八頭身のモデル体型のあなた、かっこいい、あなたにしようかしら、ダメダメ、モデルなんてきっと女遊びがひどそうよ、もっと私のことを大事にしてくれそうな方をお選びしないと、うん、ちょっとお腹が出てるけど包容力はありそうね、あなたに決めちゃおうかしら、ダメダメ、そんな見た目で判断してるようじゃダメ、中身で判断しなきゃ、いや違うわ、中身の判断もダメよ、判断してる時点でダメよ、本当に運命の人ならピンとくるはずよ、ピンと。そうでしょ。目があっただけで、手と手が触れ合っただけで、あ、この人ねって、そうなるはずでしょ、あなた。あなたよ、あなただわ、さあ、あなた、私と性行為を、あれ、どこ行った、分からなくなってしまったわ、んん、じゃあ、あなた、あなただわ、さっきの方は勘違い、本当に求めているのはあなた、さあ、キスを、あなたじゃない、あなたでもない、あなた、あら、どこへ、あら、んんん、あなた、違う、あなたよ、あなた、んんん、蚊すらも、蚊すらも選べないの。ん、んんん、ふがふが。ふがふが。やめて、鼻の穴を開拓しないで、やめてやめて、多人数で私を犯そうっていうのかしら、ばか、やめてやめて。私が選ぶのよ、私が。あなたがたじゃあないの、私が選んでるの、ねえ、そうでしょ。私よ、選ぶのは。あなたがたじゃあない。選ばされているわけではないの。私が選んでるの。だから、あなた。あなたに決めました。さあ、あなたよ、もっと喜びなさいよ、ふがふが、あれ、あなた、どこへ、ふがふが。選ばされてるわけじゃないわ、私が選んでるんでしょ、運命の人よ。運命、運命の人がいるならばそれは選ぶの、選ばされているの、どっちなんでしょ。運命に選ばされてるってこと、そんなの嫌、私が選ぶんだから。私よ、ほら、もっと求めてみなさいよ、私よ。選ばれたいんでしょ、アピールしなさいよ、ふがふが。私よ、ふがふが。あなふがふが。ふがふが。
戸坂、登場。
戸坂 ホーアチャーー、ふがふが。アタっ、アタっ、アタタタタタッタ、アーー、フワッチャアッ。ふがふが。
 
――戸坂さん、何を。
   
  戸坂、よく見ると蚊と戦っている。カンフーで。
 
戸坂 アーーーー、アチャチャチャチャチャチャチャー、アーイヤーっ、ハーーっ、遠い、遠いです、よしこさチャチャチャチャー、ヤッシュウマセーっ、イザっ、トヤ、セイヤーッシャウ。ふがふが。
よし子 と、戸坂さん。
戸坂 ヤーハッシュウ、ソウラーセイソン、ナハッハッハハ。はっふがふが。
中年 あのう、すみません。
戸坂 ハイヤっ?
中年 良かったら、あなたの靴紐もほどかせてくれませんか。
戸坂 アーヤップ?
中年 ええ、そうです、その靴紐です。
戸坂 アイヤッシュ、トルネイデンっ。
中年 いやあ、明確な理由というものはないんですが、一種の衝動ですかね。
 
  間。
 
戸坂 ターーーっ。アーーーーっ。(靴を脱ぎ投げる)
中年 うわあー。ふがふが。(靴を拾いに行く)
 
――どうなっているんでしょう、今、どういう状況なんでしょう。
戸坂 アータタタタタタタタタタ、セイヤ、ゼハウウスバッケン、ナサっ、んんんマアー・・・。
よし子 死んでく、私を求めていた者達が、死んでくわ。
中年 あのう、ちょっといいですか。ふがふが。
 
――はい、なんでしょう。
戸坂 ホーアチャイ、ふがふが、イヤッスイヤダッス、テニヲハハハハハハアッ・・・。
よし子 ああ、ああ、ああ。
中年 ちょっと、見ていてくださいね。(戸坂の靴の穴から靴紐を抜く)ほら。
 
――はあ。
戸坂 ミンナーアレイ、アヤ、レイヤーショック、はあはあしんど、トゥギャジャーっ、テイ・・・。
よし子 ああ、ああ、さっきのあなたが。
中年 (紐を抜く)ほらほら。
 
――はあ。
戸坂 テンナーアーレイ、アアッ、チュウエーヤッ・・。
よし子 あなたも、ああ、あなたも。さっきの八頭身のあなたも。
中年 (ゆっくりともったいぶるように紐を抜く)ほうらほらほら。どうですか。
 
――そうですね、どうと言われましても。
戸坂 ナイヤー、ガイヤー、ナー、ナーサコップスチャッ、アタアタアタタタ・・・。
よし子 やめてーっ。私のことで争わないで。
中年 ほうらほらほら見てください。靴紐です。抜けるんです、穴から、靴紐が。ほうら、穴にクイッと、クイッとしがみついてるでしょう、ガチッと靴紐が、穴に。それが、ほらシュッて抜けるんですよ、靴紐が。ガチッとしがみついてシュッて。どうですか、何をしがみついてるんでしょうか。ふわっと力を抜かせてあげましょう。こんなにクイッと長時間。ほどいてあげましょうよ、ほどかしてあげましょうよ。
戸坂 ホアチャ、ホアチャホアチャ。アーーーーーーイヤーーーーーーーーっ。
 
  戸坂、戦うのを止める。
  いつの間にかよし子に近付いている。
 
よし子 ええ、ええ、私の目的は蚊を追い払うことでしたね、忘れていました。
戸坂 ホウ、アチャイ、テイ、ヤッチャウ。
よし子 そうです、それなのにいつの間にか蚊に見られることが喜びとなっていました。たくさんの方々に求められるのが快感となっていたのです。
戸坂 ヘイヤッサ、ヘイヤッソ。
よし子 ええ、ええ。分かってます、あなたは私のために戦ってくれたんですよね、私のために。でも見てごらんなさい、罪もない方々がこんなにも、帰らぬ者となってしまわれました。
戸坂 アザブ、テイサー。
よし子 飛んでいた時、私には彼らが一人一人どんな方だか分かりました。飛び方、羽音、目付き、足さばき。しかしご覧なさい、死んでしまってからは誰もが同じに見えます。
戸坂 アーヤウっ、シュッテネイザー。
よし子 分かってます、分かってますとも、あなたは私のために戦ってくれたんですから。ありがとう。ありがとう。さあ、キスを。
戸坂 アンデーナッサウ?
よし子 そうよ、あなたを選ぶのよ。こんなにも私を求めてくれたのですから。
戸坂 アンゼッカーーっ、テッシャウヤーーーン。
 
――なんということでしょう。数々の障害を乗り越えて、今やっと二人は一つになろうとしています。って何をしているんですか。
中年 いやあ、長い靴紐を作りたいと思っているわけです。
 
  中年、ほどいた靴紐を全てつないでいる。
  戸坂、よし子、見つめ合い、顔を近付けていく。
 
――ついに、ついに二人が。
戸坂 ホアチャっ。
 
  戸坂のカンフーの動きがよし子に当たる。
 
――えっ。
よし子 えっ。
中年 わあお。(巨大靴紐を眺めながら)
 
――今のは、どういうことでしょう、戸坂さん。
戸坂 アッチャウ、ミンヤー、サッポウ。
よし子 わざとではない、わざとではないのね、安心したわ。
戸坂 テッキュウレン、テイチャーネッチュウ。
よし子 分かりました、もう一度。
 
  戸坂、よし子、見つめ合い、顔を近付けていく。
 
戸坂 ナンチャーレン、テイシューヤッポウ、ネスソダワンっポウっ。
 
  戸坂のカンフーの動きがよし子に当たる。
 
――えっ。
よし子 えっ。
中年 なんて素晴らしい。(巨大靴紐を眺めながら)
 
――戸坂さん、戸坂さん。
戸坂 テキュネシアン、レザノミア、ナッセン、ナッハン。
よし子 もう、ちょっとぐらい我慢できないの。
戸坂 エキゾップ、エキゾチック。
よし子 もういや、もういやよ、また叩かれておしまいよ。
戸坂 ネジラッセ、ハンダーラウ。
中年 なんですか。
戸坂 テンパっ、テントーサケイウ、フォーバレッテ。
中年 えっ、この紐を、そんなことのために。
戸坂 タンウォーレイ、アザナスカイっ。
 
――お願いしますよ、おじさん、この方々のために。
中年 待ってください、待ってください、この紐で人を縛れと言うんですか、私に。待ってください、待ってください、縛る、私が、縛られていたものをほどいてしまった私がですよ。縛られてない私に人を縛れと言うんですか、おかしなこと言うなあ、いいじゃないですか、自分からわざわざ縛られることなんてありませんよ。
戸坂 エイダルホン、サササーイヤっ。
 
――その紐で縛れば、この人はカンフーしなくてすむという、そういうわけなんです。
中年 なるほど、そういう考えもあります、人は縛られないと生きていけない。しかし、しかしですよ。逆にこういう考えもあります。人は縛られずとも生きていける。私が今会社を辞めたら、家族に莫大な迷惑がかかる、しかし、ほどいてしまいなさい。このタイミングで言いたいことを言ったら飲み会の雰囲気がぶち壊しだ、イエス、ほどいてしまいなさい。私が妻と別れたら子供の教育上よろしくない、よろしくないよろしくないけど。大丈夫ほどいてしまいなさい、本当に別れたいのなら。ほどいてしまっていいのか、そんなことまでほどいてしまっていいのか、そこは我慢したほうがいいんじゃないのか、我慢。我慢我慢でからみあって、歯ぎしりがひどくなったじゃないか、いびきが止まらなくなってるじゃないか。ほどくんです、全てのしがらみを、私をくくりつける全てを。穴に必死でしがみついている紐をふわっとほどくように、ほどいてほどいてほどいていくと、おそらく私は、孤独です。孤独かあー。孤独は孤独で、どうなんだろう、あなたはそんな孤独のひとときの安らぎのために紐を巻き付けようとしている。孤独、孤独孤独。孤独と言いましてもポジティブな孤独とネガティブな孤独があるでしょう、つまり私はポジティブな孤独を求めているわけです。いや、そんなものはあるのか、孤独は孤独じゃないのか、いやいや、あるんです。つまり、本当に単純に孤高の孤独、一人、これは孤独でしょう、天涯孤独、それに対して、表面上は孤独ではない、妻もいるし、友達もいる、会社の上司、同僚、お世話になった先生、よく行くバーのマスター、表面的にはなんら孤独ではない、この関係性が多岐に渡って存在している中でも孤独は発生するというわけです。どんなに関係性を築いていても孤独からは逃げられないのではないか、それこそネガティブな孤独ではないか。つまりあなたはネガティブな孤独に足を踏み入れようとしているわけです。そんな中でもあなたはこの紐に縛られたい言うのですか。
戸坂 アアアーーーー、ナアーーーーーーーーーっ。
 
  中年、膝をつく。
 
中年 は、ははは。あなたの覚悟、おみそれしました。そこまで、縛られたいというのならば、縛りましょう、私が、この手で。
 
  中年、巨大靴紐を戸坂に巻きつける。
 
戸坂 ネグリエジェッシュ、ナナナーホレ。
 
  戸坂、動けない。
 
中年 これが人を縛るということか。
 
――よし子さん。
よし子 分かりました。もう一度だけよ。
 
  よし子、戸坂に顔を近付ける。
 
戸坂 ヌギャラーッシュ、ネウアーアンダラー。
 
  戸坂、動けない。
 
――ついに、ついに。
 
  よし子、近付けた顔が戸坂の顔を通り過ぎ肩へ。
 
――えっ。
戸坂 ネギャラーシュオ、ピッチャーウォンチュウっ。
 
  よし子、戸坂の血を吸っている。
 
――よし子さん、何をしているんですか、よし子さん。
戸坂 エンダーロウ、ポパーミオ、ポッパーミヤン、テオ、テオテオ、テーーーースッパララン、アーーウッタロロロン。
 
  よし子、戸坂の血を吸っている。
 
――やめてください、よし子さん。
戸坂 オーマイヤーーーアアーーー、トオーー、センサ、ソンバ。
 
  戸坂、力尽きる。
 
――戸坂さん。
 
  よし子、戸坂から離れ、口を拭う。
 
――よし子さん。あなた何を。
よし子 ゲップ、あら、私ったら、なんてはしたない。でも、なんだか、なんだか血が欲しくてたまらなくて。あら、何か。
 
  よし子、スカートの中をまさぐる。
  子宮の中から蚊を一匹取り出す。
 
よし子 ちょっとお腹が出ていて包容力がありそうなあなた。
――よし子さん、あなたまさか。
 
よし子 そうみたいね。だから急に血が欲しくなったんだわ。ゲップ、ああー飲んだ。選ばれていたのよ、結局、私は。
 
  よし子、手を羽ばたかせる。
 
よし子 行かなくては。
 
――どこへ。
よし子 聞こえる、私の羽音。蚊の鳴くような声って言うでしょ、蚊は鳴かなくってよ、声じゃなくて羽音ですの。羽音で私を私よって知らせてるわけですの。
 
――どこへ。
よし子 川よ、もしくは池、あるいは湖、卵を産みに行くの。そしたら死ぬの。そういうものよ、人生、いや虫生って。
 
  よし子、夕焼けに向かって飛び立ち、去る。
 
――よし子さん。って何をしているんですか。
 
  中年、戸坂に巻きつけた靴紐をほどいている。
 
中年 いやあ、私のですからね、この靴紐は。いやあ、感動しましたね、よし子さんの生涯、いやあ、子供を産んで死ぬですか、案外、人生とはそんな単純なものなのかもしれまわおうっ、なんて美しい、こんなにも長く。こんなにもしなやか。私はですよ、本当に、本当に最後の最後にお願いがあります。これがラストです、これがラストですから。つまり見てください、脱げてしまっています、(脱げている自分の靴を取りに行く)紐がないと靴は脱げるのです。いいじゃないか、脱げたって、裸足で生きていけばいいじゃないか、そんなことをしたなら足が傷つき、汚れます、そして汚れたならば、家に帰るとお母さんに怒られます、怒られたっていいじゃないか、家が汚れます、汚れたっていいじゃないか、この靴紐がほどけた状態から抜け出したくない、虜になってしまったのであります、靴紐をほどけたほどけたと落胆していたのがさっき前までの私ですが、なんてことでしょう、完全にほどけきった今となってはほどけている状態こそが真の人間なのではないかという、いや真の生物なのではあるまいか、そんな確信が私の胸をよぎっているわけです、しかし、そんなことでは生きていけない、お母さんに怒られてしまう、お母さんとの関係なんか関係ないじゃないか、関係あるんです、関係あるから、分かってるんです、紐さえ結べば生きていけるということが、だからこの靴紐、この靴紐をこのままにしておくのはもったいない、もったいないということで私からの衝撃かつ最終ラストの懇願が出てくるわけです。ちょっとあなた、あなた、(戸坂を揺する)起きてください。ダメだ、完全に伸びている。最後のお願いをしたいんですが、最低でも三人必要となってくるわけです、うーん、どうしたものか。あなた、あなた。
 
――二人ではできないのですか。
中年 ほうほう、確かに、やってみるという手はあります。どうなるかはやってみないと分かりません。なるほど、やってみましょう、さあ、(巨大靴紐の)この端を持って。
 
――また、桜吹雪の~ですか。
中年 いえいえ、今回はそんな程度のことではありません、もっと神秘的な愛に満ち溢れた行為です。ええ、ええ、はい。準備はいいですか。
 
――何をするんでしょう。
中年 回すだけです。さん、はい。
 
  巨大紐の大きな長縄が行われるが、その中は誰も飛んでいない。
  その光景を夕焼けが照らしている。
 
中年 郵便屋さん、お入んなさい、葉書が十枚おってます、拾ってあげましょ、一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚、十枚、ありがとさん。ありがとさん、ですか。今日も夕焼けはきれいだなあ。
 
  全員、夕焼けに見とれる。
 
――何をしているんでしょうか。私達は。
中年 何をしていようと、夕焼けはきれいで寂しいものです。
 
――何をしているんでしょうか、ね。
 
  よし子が羽ばたき通り過ぎ、
  戸坂がホアタっと産声を上げる。
  中年が靴に靴紐を戻しはじめ、
 
公園は夜になる。
 
終わり
 
 
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この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。
 
 
 
 
 

確かにあったね、さようなら

「確かにあったね、さようなら」
 
女    それ、使わないでしょ。
男    うん、なんで。
女    捨てれば。
男    嫌だって。
女    ちょっとやめてよ、ホコリたっちゃうじゃん。
男    ああ、ごめんごめん。
女    それ使ってるの見たことないよ。
男    ああ、うん使わないからさ。あんまり。
女    じゃあいらないよね。
男    いるよ、たまに使うんだから。
女    そんなこと言って多分ずっと使わないから。
男    ああ、あれ、破けてない。
女    ああ、破けてたよ。
男    嘘だあ、破けてなかったって。
女    えっ、疑われてる、私。
男    いや、疑ってないけど。だってそんなとこ破けてたらすぐ分かるじゃん。
女    うわー疑ってんじゃん。うわー。
男    はいはい。じゃあ、もともとだったのね。
 
    間。
 
女    今、使って
男    えっ。
女    今すぐ使って捨てちゃいなよ。
男    むちゃくちゃ言うなよ。
女    むちゃくちゃ言ってなくない。
男    俺の物なんだから、俺の物。君の物じゃないんだから。関係ないだろ。
女    関係あります。そうやって捨てずにいたらどんどん物が増えてくんだから、そしたら私の不快感も連なって増えてくわけだから。
男    ちょっとぐらい我慢しなよ。
女    ちょっとじゃないじゃん。これもこれも、これもこれも。
男    ちょっとじゃん、こっちのやつは全部捨てるんだから。
女    あっ、ちょっとそこ踏まないで、拭いたばっかなんだから。
男    ああ、ごめんごめん。
 
    間。
 
女    ねえ、これも雑巾にしちゃっていい?
男    えっ、それも。
女    きたないじゃん、なんか。
男    ああ、うん。
 
    間。
 
女    私じゃないからね。
男    分かってるって。
 
    間。
 
女    あっ、あれやった?郵便の。
男    やったよ。
女    えっ、いつやったの 。
男    けっこう前に、君があっち帰ってる時。
女    そうだったんだ、ありがと。
男    電話で言ったよ。
女    あれ、そうだっけ。うわ、ねえ、やっぱ捨てよ、ね。
男    ダメだってば。
女    ねえ、お願いだから捨てて、本当にお願いだから。
男    うるさいなあ。大事な物なんだから、思い出の詰まってるさあ。
女    そんな物見ないと思い出さないような思い出悲しくない?
男    本当にうるさい、ほんとうるさい。
女    本当に大事な思い出だったら、物とか関係なく思い出すって。
男    もういい、もういいよわかったわかった。
 
   間。
 
女    何がわかったの?
男    …。
女    捨てるってこと?
男    …。
女    ちょっと黙るのやめてくれない。
男    考えてんだよ。
女    何を。
男    これからのこと。
 
   間。
 
女    ねえ、耳かきしていい?
男    えっ、いいよ、いいけど、なんで今。
女    いや、しまっちゃう前に。
 
   間。
 
男    痛い痛い。
女    あっ、ごめんごめん。でも痛いところの方が取れるよ、ほら。
男    ほんとだ。もういいや、早く終わらせちゃおう。
女    えっ、だって左。
男    左は今度でいいよ。
女    えっ、気持ち悪くない。左だけしないって。
男    気持ち悪くないから。もうこんな時間なんだから。
女    なんで今までやってなかったの。
男    えっ、耳かき。
女    耳かきじゃなくて、仕事終わりにちょっとづつダンボール詰めてけば、こんなに大変じゃないんだから。
男    あのねえ、そんな体力ないんだから、仕事終わりにさあ、ご飯食べて、風呂入って寝たらすぐに出勤なんだから、分かんないかなあ。
女    あー、もー、これもどうするの?こんなの置いてても意味ないでしょ。
男    意味ないってこれに関してはただの置物なんだから。
女    置物って言っても可愛くないし、おしゃれじゃないし。
男    感性をさあ一緒にしないでよ、感性を。君と僕は違うんだから。俺にとっては、可愛いんだから。
女    これが?
男    うん。
女    これだよ。
男    可愛いよ、かわいいかわいい。
 
   間。
 
男    やっぱ気持ち悪い。
女    えっ。
男    左。
女    ああ。
 
   間。
 
女    忘れてたでしょ。
男    何が。
女    あいつがあの天窓のとこに、何年か何ヶ月か知らないないけど、ずっとポツンといたってこと忘れてたでしょ。
男    そんなことないよ。
女    今の今になって意識してやっと存在確認できるぐらいの物なんだから捨てようよ。
男    いった。
女    あっ、ごめん。
男    もういいや。
女    でも全然取れてないよ。
男    いや、いいから。ほんとに。
 
   間。
 
男    あれを買ったのはさ、もう潰れかけの電気屋っていうか雑貨屋っていうのが閉店間際に物全部シートの上に置いてセールしてたの。
女    うん、あっ、家賃用の口座つくってくれた?
男    つくってないよ。
女    えっ、まだしてないの?
男    前も言ったじゃん。あっち引っ越してからつくらないと面倒臭いんだって。
女    あっそうだっけ。ごめん。
男    そういうとこあるよね。
女    何そういうとこ。
男    だからなんか、そういう、いいや。
女    何。そういう。
男    なんにもないって。
女    なんにもないことないでしょ。
 
   間。
 
女    また黙る。
男    うるさいなあ。
女    はっきりしてよ、はっきりはっきり。
 
   間。
 
女    ねえこっち来て。
男    何。
女    ほらほらこっち来てよ。
男    なんだよ。
 
   間。
 
男    これ。千円だったの。そん時夏で、俺、扇風機持ってなくて、扇風機欲しいなって思ってた時だったんだけど、扇風機も千円で売ってたの。それで扇風機とこれが同じシートの上に置いてあって、どっちも千円で、買うとしたらどっちかじゃん。
女    いや、扇風機だよね。
男    それで悩みに悩んでこっちを千円で買ったの。
女    いや、扇風機千円で買おうよ。
男    っていう思い出があるわけだから、思い出して懐かしがられるエピソードがあるわけじゃん。
女    どうでもいいじゃん、その思い出。捨てちゃいなよ。
男    どうでもいい、ね、人の思い出とかどうでもいいよね、そりゃあ。
 
   間。
 
男    あーなんか喉痛い。気がする。
女    マスクしなよ。
 
   間。
 
女    捨てよ。
男    待って。
女    いつまで。
男    納得いくまで。
女    いつまでも捨てないじゃん。
男    なんで捨てる前提なの。あっ。
女    あっ。
 
   間。
 
女    懐かしいね。
男    うん。
女    捨てる…か。
男    あっ、ほんとに。捨てちゃうんだ。
女    いや、待って。
男    こういうのも捨てようって言えるんだ。
女    冗談だから冗談。
男    もう、なんか。
 
   間。
 
女    怒んないで、冗談だって、冗談。捨てるわけないじゃん、大事な物なんだから。ねえ、ほら、捨てないよ、大事な物ボックス入れとくよ。
 
   間。
 
女    いや、やっぱ捨てよっか。全然使ってないし。
男    …。
 
   間。
 
女    ねえ、こっち来て。ねえ、ほら抱きしめて。ねえ 、なんか話しして。ねえ、これからのこと 話そう。これからのこと。ソファー買おうよ。絨毯は何色にする。ベッドの位置はどうしようか。向こうへ行ったら少し節約しなきゃね。大分引越しでお金使っちゃってるからね。ねえ。
男    うん、前の日曜日さ、俺休みだったじゃん。それでなんかボーっとしててさ。携帯さ、一日君からしか電話こなかったのね。一日で。まあどうでもいいことなんだけどさ。友達少ないって言いたいんじゃなくてね、そういうことじゃなくてね、俺、こいつらやっぱ捨てたくないんだけど。
女    全部捨ててよ。
 
   間。
 
女    お腹空いたね。
男    めっちゃ空いた。
女    なんかつくろっか。
男    うん。

   間。
 
女    わたし、すごいこと気付いちゃって。引越しってなるまでこの物達、あったけどなかったじゃん、あるんだけど、ないて感じ。分かるかな。意識されてなかったから。でも引越しってなった瞬間。当たり前なんだけど、ああ、あるなあって、すごいいるなあって。こいつら。プンプン存在感出してきてんじゃない。プンプン。だから、すごいこと気付いちゃって。だから、存在してるって状況だなって、何事も、って思うんだけど、どうって聞いたら彼はぴーぴーいびきをかきながら寝てて、あーじゃあこのわたしの言葉も存在しないかあと残念がってみたけど、今言った発見ってなんかよく考えたらすごい恥ずかしいロマンチックなこと言ってる気がして、あー存在しなくてよかったーとか思ったんだけど、わたしにとっては存在してるわけ。あなたにとっては存在してないけども。だから、わたし、すごいこと気付いちゃって、わたしも、あなたも、状況次第で存在してるってことになって、でも状況次第で、うわー存在しちゃったーってなって、何が言いたかったんだっけ。うわー存在しちゃったーがちょっとでもなくなればいいのになー。と、言ってみたりして。
 
   間。
 
女    ねえ、起きて。
男    うん、なに?
女    見て、これ見て。
男    なんだよ。
女    これ、カーテン。
男    うん、カーテン。
女    そう、カーテン。
男    うん、だから。
女    ほら見て、机。
男    うん、机。
女    ほら触って、机。
男    うん、机。
女    絨毯。
男    絨毯。
女    時計。
男    時計。
女    手紙。
 
   間。
 
男    灰皿。
女    雑誌。
男    トランプ。
女    たこ焼き器。
男    ススまみれのガスコンロ。
女    微妙に残ってる醤油。
男    コップ。
女    変なコップ。
男    服。
女    変な服。
男    冷蔵庫についてる磁石。
女    去年のスケジュール帳。
男    ヒビの入った柱。
女    貼らなかったカレンダー。
男    網戸越しの月。
女    金色の貯金箱。
男    隣の家の喧嘩。
女    日に当たるホコリ。
男    足りないシャワーカーテンのフック。
女    電車の走る音。
男    ぎいぎい鳴る床。
女    髪の毛の詰まった排水溝。
男    フライパンで焦げたキッチンの壁。
女    あれ、何これ?
男    あっ、それは。
女    ネットで買ったの?
男    あっ、うん、昨日届いた。
女    引越し前日に…。
男    …どうしても必要だったんだよ、…今必要だったの。
女    …。
男    …。
 
   間。
 
男    向こうへ行ったらさ、ベランダがあるじゃん。そこで、花を育てようか、なんか綺麗なやつ。全然花とか知らないけど、植木鉢みたいなん買ってさ、あと、ネギとか、トマトとか。それで台所とか広くなるじゃない。だからできるだけ毎日交代でご飯つくるの。つくったやつとかたまにつかって。それで本当に美味しい時は抱き合って、味が薄い時なんかはソースとか醤油とかドバドバかける君を見て少しむっとするわけ。
女    そんなにドバドバかけないよ。
男    それってなんかすごい普通じゃん。びっくりするぐらい普通だよね。
女    普通かは分かんないけど、うちのお姉ちゃんなんかはもっとドバドバだからね。
男    そうなんだ。
 
   間。
 
女    ねえこっち来て。
男    何。
女    ほらほらこっち来てよ。
男    なんだよ。
 
   間。
 
男  あっ。
 
終わり
 
 
ーーーーーーーーー
この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。
 
 

多分、会えなくなるであろう君へ

多分、会えなくなるであろう君へ
 
最後の言葉を探さなければならない
さようなら
違う違う
そんなちんけな言葉じゃないのだ
君へ
また何処かで会えるかな
そんなわけないそんなわけない
そんなわけないのだ

いつだって君には失望している
実を言うと 
いつだって
君の体は汚らしい
うっすらと生える体毛
いたるところにあるブツブツ
君の体のラインはわたしが最も欲している体ではなかった
初めて陰毛を見たとき、初めて陰毛を見た時のことを覚えている
必死で抜いた
必死で必死で
しかし君は生えている
痛かったろうに痛かったろうに
 

ごめんね
耐えられなかったのだ
ごめんね
恥ずかしかったのだ
ごめんね

ああ、眠れない
こんなに眠れないのは久しぶりだ
瞼を閉じても閉じても、あの感覚に陥らない
あの感覚
フワフワとした雲に乗っているような
真っ暗な世界の中でわたしがいるベッドだけがクルクル回っているような
あの感覚が懐かしくなってくる
 

眠ろう眠ろう

世の中は弱肉強食を鉄則としている
スポーツの世界においては勝者よりも敗者の方により拍手が送られる例をまま見受ける
実社会においてそのような甘っちょろい考えは通用しない
敗者は勝者の餌食となって滅びるしかない
では社会の勝者とは何か
それは、より高度の知的能力、平たく言えば、より高い学歴を身につけた者である
学歴社会を批判することは優しい
しかし、その学歴社会を改革するために
まず自らが高度の学歴を得て社会の指導的立場に立たなければ所詮は弱者の遠吠えとして終わるのだ
社会の勝利者たれ
これがわたしの贈る言葉である
君は勝者ですか、敗者ですか

敗者です
間違いなく敗者です滝沢先生
なんてったってこの長い夜を終わらせることができない、まず一点
そしてこの言葉に沿うならば、学歴社会に秀でることはなかった、もう一点
そしてあの時の山崎かよのように、何かに心から打ち込めることはなかった、また一点

心から
心から

君はベッドの端に座り
君は少し空いた窓に向かい
君は網戸を吹き抜ける風を感じ
君は満月を眺めてる
君は満月に帰ろうとして窓に手を掛ける

最後の言葉を探さなければならない
多分、会えなくなるであろう君へ

さよならの言葉に変わる言葉を見つけなければならない

ああ、眠たい
わたしが眠ろうとするのを邪魔するのは誰か
心地よい風
ほどよい毎日の疲れ
洗濯したばかりのシーツにわたし的には丁度いい高さの枕
丁度いい温度丁度いい時間丁度いい腹八分目に丁度いい1日の思い出

わたしが眠ろうとするのを邪魔するのは誰か


まず蚊
多分、蚊
絶対、蚊
蚊がわたしの眠りを邪魔する
あいつはわたしの耳元をぷーんと飛ぶから
そのプーんて音はとてつもない程の不快感があるから
あいつがわたしの腕にとまったせいで、あいつがわたしの腕にとまっていなくても、あいつがわたしの腕にとまったと思い込んでしまい、あいつを叩き潰そうと腕を叩き、しかしあいつの遺体はない、錯覚か、パジャマや布団や髪の毛が腕に触れてただけか、しかしあいつがいたような気もする、いやいたんだよ
あいつはいるのかいないのかわからない
いやいるから
だから
あいつのせいだ
あいつのせい
あいつはいるのかいないのかわからないから
あの時
あの時も君は何も言わなかった
いや言ってた
なんか言ってた気がする
でもどうでもいいことだったんだろう思い出せない
なんてったっているのかいないのかわからない存在なのだから

思い出した
なんか言ってた
確か、「ツライ?」って聞いてきた
「どう思う?」って聞いたんだ
そしたらしばらく無言だった
何分後か何十分後かは覚えていない
炊飯ジャーぐらいの河童の銅像がすぐ近くにあるらしいから見に行こう的なことを言ってたんだ
行くかボケって冷静に思ったんだ
その後もまだいっしょにいたのかどうか

プーんて残り香みたいな音はあった
君はいるのかいないのかわからない存在なのだから今も
たった今も
いや、いる
確実にいる
プーんてした気がする
いいじゃない
本当に別れるってことで
偶然会うなんて考えないわたし
下北沢に会いにだって来ないし
別れたら来ない
そういうとこわたし
多分一生来ないと思う
何年も経っても
井の頭線小田急に乗っても
下北沢にはもう降りないわ
わたし
東京の地図の中で
下北沢は永遠に抹消
人が別れるって
そういうことじゃない
そういういうことって下北沢には降りないってこと?
人が別れるって下北沢にはもう降りないってこと?
だとしたら完全に別れられるわけない
だって下北沢に用事があったら?
そりゃあ降りるよ下北沢
古着とか買うよ下北沢
でも本当に別れるのだとしたら下北沢は永遠に抹消
しもきたざわという5文字を完全に忘れ
下北沢という単語なんてなかったかのように思えたら

しもきたざわ

忘れられない
意識してしまう限り考えてしまう
ああ、眠れない
わたしは眠らなければならない
わたしが眠らなければならない理由
明日へのエネルギーを蓄えるために
なんてったって、寝なきゃ明日を動ける気がしないから
なんてったって、寝なきゃ明日に働ける気がしないから
わたしは働かなければならない

生きるために
イコール眠る
イコール明日への活力
明日への活力のために

ああ、眠れない
こればっかしは意識の問題であると言い切ってしまおう
寝よう寝よう思うから眠れないのだ
しかし寝よう寝ようは離れない
はっきりと寝よう寝ようが身体中を満たしてる
しもきたざわ
そう
この感覚
ふっと手を振る感覚
気楽に別れを告げる感覚
後腐れなく
明日に何も待ってかない感覚
さようなら
そう
この感覚
君はいつだってわたしを忘れているから
ともするとわたしが存在しないかのように振る舞うから
大都会に投げ捨てられた空き缶のようにわたしは1人をもてあそぶ
でもわたしは存在してるじゃん
ここにいるじゃん
いつも何事もなく去ってくのはやめてください

君は何も知らない
君は何も知らなかったことにする

羊が一匹羊が二匹羊が三匹…
わたしが眠るためにできること
羊を数えること
羊が…匹羊が…匹羊が…匹…
わたしが眠るためにできること
意識しないこと
羊が…匹羊が…匹羊が…匹…
意識しないこと

君は一歩ずつ歩く
その歩幅は一定ではなくバラバラで
その足跡には迷いがない
網戸越しの月
月ってこんなに丸かったっけ
月ってこんなに黒ずんでたっけ
体に黒ずみが増えてきた

そして夜は明ける
君はさっそうと去って行く
でもその前に
わたしのことをちょっとでいいから考えてください
ほんの5秒でいいですから
1,2,3,4,5,…6

さようなら
そろそろさようなら
でも君は何も知らない
わたしがここでさよならと言うことすら知らない
違う世界を生きてしまったのか
わたしは存在しないのか

君が知らない世界から君にさよならを言うことはなんになるのだろう

多分、会えなくなるであろう君へ
さよならの代わりの言葉は見つからない

多分、私たちは明日を何事もなく迎えるのだろう
多分、私たちは明日に何事もなく出会うのだろう
多分、私たちは明日に何事も持ってけないから
でもわたしは絶えず死に続け、君は何度も生まれ変わってく

わたしは君にさよならを言うけれど、君は別れがあることにさえ気付かずに歩く

君の体は汚らしい
汚らしい体が羨ましい
 
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ロミオ ロミオ ロミオ

「ロミオ ロミオ ロミオ」
 
  ヂュリエット、眠っている。
 
私のロミオは繊細な美男子。
私のロミオはモンタギュー家。
私のロミオは巡礼様。
私のロミオは強い戦闘能力を兼ね備えている。
私のロミオは雄鷹。
私のロミオは命を顧みず、真実を追い求める
私のロミオは掴みどころの無い飄々とした生き様と冷酷な性格。
私のロミオはキントウンに乗れる。
私のロミオは小鳥。
私のロミオは菩薩。
私のロミオは夜。
私のロミオは自分のエゴや欲望を達成するために、的確に周囲を踊らせる明晰な頭脳を持つ。
私のロミオは左手が鬼の手。
私のロミオは右手に風穴。
私のロミオは鳩の翼被った鴉。
私のロミオは狼根性の子羊。
私のロミオは新撰組
私のロミオは超絶サイコパスイケメン。
私のロミオは夜叉。
私のロミオは絶対的神。
 
  ヂュリエット、起きる。
 
ローミオーー
 
1バルコニー→結婚
 
ヂュリ  おお 、ロミオ 、ロミオ !何故卿はロミオぢゃ !父御をも 、自身の名をも棄ててしまや 。それが否ならば 、せめても予の戀人ぢゃと誓言して下され 。すれば 、予ゃ最早カピュ ーレットではない 。
ヂュリ  名前だけが予の敵ぢゃ 。モンタギューでなうても立派な卿 。モンタギューが何ぢゃ !手でも 、足でも 、腕でも 、面でも無い 、人の身に附いた物ではない 。おお 、何か他の名前にしや 。名が何ぢゃ ?薔薇の花は 、他の名で呼んでも 、同じやうに善い香がする 。ロミオとても其通り 、ロミオでなうても 、名は棄てても 、其持前のいみじい 、貴い徳は残らう 。 … …ロミオどの 、おのが有でもない名を棄てて 、其代りに 、予の身をも 、心をも取って下され 。
ヂュリ お前を小鳥にしたいなア!したが 、餘り可愛がって 、つい殺してはならぬゆえ 、もうこれで 、さよなら !さよなら !ああ 、別れといふものは悲し懷しいものぢゃ 。夜が明くるまで 、斯うしてさよならを言うていたい 。
 
ローミオーー
 
2夜よ来い→悲しい知らせ
 
ヂュリ  驅けよ速う 、火の脚の若駒よ 、日の神の宿ります今宵の宿へ 。フェ ートンのやうな御者がいたなら 、西へ 西へと鞭をあてて 、すぐにも夜をつれて來うもの 、曇った夜を 。隙間もなう黒い帳を引渡せ 、戀を助くる夜の闇 、其闇に町の者の目も閉がれて、ロミオが 、見られもせず 、噂もされず 、予の此腕の中へ飛込んでござらうやうに。戀人は其麗しい身の光明で 、戀路の闇をも照らすといふ 。若し又戀が盲ならば 、夜こそ戀には一段と似合ふ筈 。さア 、來やれ 、夜よ 。汝の黒い外套で頰に羽ばたく初心な血をすッぽりと包んでたも 、すれば臆病な此心も 、見ぬゆえに強うなって 、何するも戀の自然と思ふであらう 。夜よ 、來やれ 、速う來やれ 、ロ ーミオ ー !速う來い 、やさしい 、懷しい夜の闇 、さ 、予のロミオを賜もれ 。ああ 、待つ間がもどかしい 、… …これ 、乳母 、何の消息ぢゃ ?
ヂュリ おお おお ! … …あのロミオの手でチッバルトを ?
ヂュリ おお 、花の顏に潛む蝮の心 !あんな奇麗な洞穴にも毒龍は棲ふものか ?面は天使 、心は夜叉 !美しい虐君ぢゃ !鳩の翼被た鴉ぢゃ !狼根性の仔羊ぢゃ !見た目は神々しうて心は卑しい !外面とは裏表 !いやしい聖僧 、氣高い惡黨 !
ヂュリ 何故殺した汝は 、予の従兄を ?チッバルトが殺したでもあらう我夫は生存へて 、我夫を殺したでもあらうチッバルトが死んだのぢゃ 。すれば 、嬉しいことばかり 、予ゃ何で泣くのぢゃ ?最前聞いた一言が 、その一言が 、チッバルトが死にゃったよりも悲しいのぢゃ 。「チッバルトは死なしゃれた 、そしてロミオは … …追放 ! 」 … … 「追放 」 … …其 「追放 」といふ一言がチッバルトを一萬人も殺してのけた 。チッバルトが死にゃったばかりでも可い程の不幸であったものを 。チッバルトがお死にゃった上に 、殿りに 「ロミオは追放 」 。追放と聞くからは 、父母もチッバルトもロミオもヂュリエットも皆々殺されてしまうたのぢゃ 。
 
ローミオーー
 
3初夜後→結婚の強制
 
ヂュリ 去うとや ?夜はまだ明きゃせぬのに 。怖ってござるお前の耳に聞えたは雲雀ではなうてナイチンゲールであったもの 。夜毎に彼処の柘榴へ來て 、あのやうに囀りをる 。なア 、今のは一定ナイチンゲールであらうぞ 。大事ない 、まだ去しゃるには及ばぬ 。
ヂュリ いや 、朝ぢゃ 、朝ぢゃ 。速う去しませ 、速う 速う !聞辛い 、蹴立たましい高調子で 、調子外れに啼立つるは 、ありゃ雲雀ぢゃ 。雲雀の聲は懷しいとは虚僞 、なつかしい人を引分けをる 。蟇と目を交換へたとは事實か ?ならば何故聲までも交換へなんだぞ ?あの聲があればこそ 、抱きあうた腕と腕を引離し 、朝彦覺す歌聲で 、可愛しいお前を追立てをる 。おお 、速う去しませ 、だんだん明るうなって來る 。
ヂュリ 乳母か ?
ヂュリ なりゃ 、窓よ 、日光を内へ 、命を外へ 。
ヂュリ (樓上より )お前もう去しますか ?ああ 、戀人よ 、殿御よ 、わが夫よ 、戀人よ !きっと毎日消息して下され 。これ 、一時も百日なれば 、一分も百日ぢゃ 。おゝ 、そんな風に勘定したら 、また逢ふまでには予は老年になってしまはう!
ヂュリ おお 、また逢はれうかいの?
ヂュリ めでたい事とは耳寄りな 、此樣な辛い時に 。それは何樣な事でござります 。
ヂュリ   何のそれがめでたからう !嫁入はせぬわいの 。何といふ早急ぢゃ 。申入も聞かぬうちに婚礼とは何事ぢゃ ?嫁入すれば如何あってもロミオへ往く 、憎いと思ふあのロミオへ 、パリスどのへ往くよりは 。まア 、ほんに 、思ひがけない !
ヂュリ 大空の雲の中にも此悲痛の底を見透す慈悲は無いか ?おゝ 、母さま 、わたしを見棄てゝ下さりますな !此婚礼を延して下され 、せめて一月 、一週間 。それも能はぬなら 、チッバルトが臥ていやる薄昏い廟の中に婚禮の床を設けて下され 。
 
ローミオーー
 
4薬飲む
 
ヂュリ さやうなら ! … …又いつ逢はるるやら 。 … …おお 、總身が寒け立って 、血管中に沁み徹る怖ろしさに 、命の熱も凍結えさうな !寧そ皆を呼戻さうか ?乳母 ! … …ええ、乳母が何の役に立つ ?怖しい此一場は 、一人で如何あっても勤めにゃならぬ。 … …さア 、來い 、瓶よ 。
 
     藥瓶を取上げる 。
 
とはいへ 、若し此藥に 、何の效力も無かったなら ?すれば 、明日の朝となって 、結婚をしようでな ?いや いや 。 … …それは此劍が (と懷劍を取り上げ )させぬ 。 … …やい 、其處にさうしていい 。(と懷劍を下に置く ) 。 … …ロミオ、わしぢゃ !これはお前を思うて飮むのぢゃ 。
 
 ヂュリエット、倒れる。
  
ローミオー
 
私のロミオは繊細な美男子。
私のロミオはモンタギュー家。
私のロミオは巡礼様。
私のロミオは強い戦闘能力を兼ね備えている。
私のロミオは雄鷹。
私のロミオは命を顧みず、真実を追い求める
私のロミオは掴みどころの無い飄々とした生き様と冷酷な性格。
私のロミオはキントウンに乗れる。
私のロミオは小鳥。
私のロミオは菩薩。
私のロミオは夜。
私のロミオは自分のエゴや欲望を達成するために、的確に周囲を踊らせる明晰な頭脳を持つ。
私のロミオは左手が鬼の手。
私のロミオは右手に風穴。
私のロミオは鳩の翼被った鴉。
私のロミオは狼根性の子羊。
私のロミオは新撰組
私のロミオは超絶サイコパスイケメン。
私のロミオは夜叉。
私のロミオは絶対的神。
 
ローミオー
   
 ヂュリエットがロミオを呼ぶ声、世界に響き渡るがロミオは来ない。
 女、起き上がり、ふと2、3箇所チラ見して、何事もなかったように去る。
 
終わり
 
引用「ロミオとヂュリエット」作 ウィリアム・シェークスピア 
              翻訳 坪内逍遥
 
 
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夢のあらわれ

「夢のあらわれ」

●現場到着
  
  蝉が鳴いている。
  とある家屋の建築現場。
  未完成の家屋の中。の一角。
  内装材が施されておらず、木材や鉄筋の骨組みがむき出しで見えている。

       福本、金崎、木田、米沢、佐々木、下手より登場。
 
福本  (上手側に)おはようございます。ラウンドランニングのものです。今日はよろしくお願いします。はい、今日は荷受けです。よろしくお願いします。あ、私物はこの辺りで大丈夫ですか?あ、はい。(四人に)じゃあとりあえず、私物はここで。
 
  五人、それぞれ荷物を置き、作業着に着替え始める。
  佐々木は初仕事であるため、他の四人の行為を気にしつつ、それに沿って行動する。(例えば、ヘルメットはもうこのタイミングで付けたほうがいいのか、たばこをここで吸ってもいいのか、等)
 
  福本、電話を始める。
 
福本  おはようございます。福本です。お疲れ~。はい、現場到着しました。五人全員揃ってますんで、トラック来次第作業始めます。よろしくです。はい~。
 
  福本、電話を切る。
 
米沢  どんぐらいっすかね?
福本  四台だって。
米沢  四台か~。微妙だな~。
福本  昼は越すでしょ。
米沢  いやいや、越さないように頑張りましょうよ。
福本  トラック来なきゃ頑張れるもんも頑張れないじゃん。
米沢  今日は僕早く帰りますよ、昨日最悪だったんですから。
福本  昨日どこだったの?
米沢  調布っすよ調布、しかも駅から三十分のとこでひたすら土運びの定時まで。
福本  ああ~、ダルイやつだ。土まみれになるやつだ。
米沢  そうなんすよ体中土まみれ。ほら。
 
  米沢、靴を見せる。
 
福本  うわお、ボロボロじゃん。
米沢  やばいっしょ、靴の機能果たしてないっしょ。
福本  ちょっと。米沢くん、それ取り替えたほうがいいよ。事務所に行ったら替えてくれるから。
米沢  でも事務所行くのダルイんすよねえ。
福本  いや、マジダメだから、そういうので怒る大工とかいるからね、一応ね、形だけでもしっかりしといてもらわないとこっちが困るんだから。
米沢  ああ、まあはい、まあいい頃合に行きますよ。
福本  とりあえずね、今日微妙だけど昼までに終わったらね、もし仮に。行きゃいいじゃん。
米沢  そうっすね、昼までに終わったらね、っていうか、もう帰っていいすかね。
福本  何言ってんの。まだ何もしてないじゃん。
米沢  現場到着したからいいかなって。
福本  なんだよいいかなって。
米沢  いや福本さん現場だし。
福本  俺の現場だとなんだよ。
米沢  冗談冗談。っていうか昨日高木さんだったんすよ。
福本  ああ~高木さん。
米沢  えっ、なんすか高木さん。なんかあるんすか高木さん。
福本  えっ、何?いや、高木さんだってどうしたの?
米沢  いやなんすか、ああ~高木さんっていう反応気になっちゃってますけど。
福本  えっ、いや何か最近評判悪いんすよ高木さん。
米沢  えっ、なんで。
福本  ドライバーと喧嘩したんだって。
米沢  えっ、トラックの。
福本  そう、トラックの。だからなんか。荷受けの現場担当外されて、土運びとか、タイル敷き詰めとか、カビの駆除とかしか来ないから、担当現場、高木さんと一緒になると定時になるまで帰れないってんで、嫌がられてんだって。
米沢  だから土運び。
福本  そうだよ、いろいろ背景があるんですよ。
 
  間。
 
福本  で、何?
米沢  え?
福本  いや、高木さん現場でって話、何の話?
米沢  いや、ダルイな~って、そういう話。
福本  ああ。
 
  間。
 
佐々木 あのお、すみません。
福本  あっはい。
佐々木 今日わたしこの仕事初めてなんですが、よろしくお願いします。佐々木です。。
福本  あっよろしくお願いします。
佐々木 いろいろ迷惑おかけするかもしれませんがよろしくお願いします。
福本  まあ、あれですよ、言われたことやってれば大丈夫な仕事なんで、まあ大丈夫っすよ。
佐々木 はい、まだまだ若いもんには負けないぞってことで頑張っていこうと思っているわけですが。
福本  まあ、怪我だけしないように気をつけてくださいね。今回、荷受けで、内装材の搬入だからそこまで大変な物は来ないと思うんですけど、たまになんちゃらシートっていうめっちゃ重いのきたりとか、トラック全然来なかったりとか、すごい狭い通路運んだりとか悲惨な現場もあるんですけどね。今日は大丈夫っすよ。金崎くんとかいるしね。
金崎  えー俺っすか、俺、今日、やる気ないっすよ。
福本  いやいや、そんなこと言って。金崎くんはね。ほんとすごいから。
佐々木 へえ、すごいんですか。
金崎  いやいや、すごくないすごくない。全然っすよ。
福本  でも米沢くんよりかはすごいっしょ。
金崎  まあ米沢よりかはね。
米沢  ちょっと金崎さん。全然すごいっすよ僕も。
福本  えっ、どこら辺が。
米沢  ほら、この筋肉。
福本  全然じゃん。
米沢  全然じゃないっすよ。
福本  金崎くんのすごさを簡単に説明すると、石膏ボードっていう、ちょっと重くて壊れやすいボードがあるんですけど、だいたい皆、一枚一枚運んでて、慣れてる人でも二枚づつぐらいが普通なんですけどね、金崎くんはね、なんと四枚いっちゃうから、マジで。
佐々木 すごいですね。倍じゃないですか。
金崎  調子いい時、五枚いっちゃうけどね。
福本  前、ものすごい石膏ボード運ぶ現場があって、これ定時までに終わるのかって皆がなってた時があったんすよ。その皆諦めかけた時に、今まで二枚づつ運んでた金崎くんが四枚持った時は、神が舞い降りたと思ったよ。
金崎  いや、あれでほんと、俺、進化したよね。っていうか、メガ進化したよね。でもまあ、コツさえつかめば誰でもできるっしょ。
福本  いや、できないできない。
米沢  金崎さんもすごいけど、藤井さんは五枚いきますよ。
福本  ああ、藤井さんね、一緒になったことないけど話はよく聞くよ。
金崎  あいつは、怪物。熊みたいな体型してるっしょ。
米沢  なんかもともとボクサーらしいっすね。
金崎  あいつは、すごいんだけど、無口じゃん。無愛想じゃん。あんま好きじゃねえ。
米沢  そうっすか。二人現場の時けっこう話しましたけどね。ヤクザに関係してた話とか。
金崎  人見知りなんしょ。でも、あんま、信用しないほうがいいよ。絶対、デタラメ入ってっから。
米沢  えっ、そうなんですか。武器三ヶ月家で保管する仕事した話とか聞いたけど。
金崎  嘘に決まってんじゃん。そんなん現実にあると思う?
米沢  確かに、現実感ないですよねえ。
金崎  あいつよりも新井さん。新井さんは、マジ俺級だと思うよ。
福本  新井さんも五枚行くんだっけ?
金崎  そうね、調子いい時六枚いってた。
福本  まじで。すげえな。
金崎  新井さんは、元ヤンなのに、っていうかだからなのか、すっげえ、親しみやすいし、仕事しやすいわ。マジ、新井さん現場はほとんど新井さんと俺、半々でやっつけちゃえるからね。楽だわ。
福本  でも新井さんは人が良すぎない?いいことなんだけど、人が良すぎて大工からの依頼簡単に受けちゃうんだもん。俺らの仕事じゃないときは断っていいのに。
金崎  でも、そんな大変な仕事じゃないっしょ。
福本  そうなんですけどね。仕事終わった感ってあるじゃないっすか。そん時に仕事増えるのけっこう嫌なんですよねえ。
米沢  ああそれ分かりますよ。俺も一刻も早く家帰りたいっすもん。だから、荷受けの仕事は早く上がれる希望からかテンションあがりますもん。
金崎  早く上がっても、特にやることないんだろ。
米沢  まあ、そうなんすけどね。
福本  あっ、朝礼始まるらしいね。
金崎  朝礼とかあんだ。
福本  じゃちょっと適当に並ぼっか。
 
  五人、横一列に並ぶ。
  しばらく上手側にいる現場主任の朝礼を黙って聞く。
  
五人  安全、第一っ。(右手を握りこぶしにして、肩から上の方につき出す。エイエイオーの形)よろしくおねがいしま~す。
 
  音楽。「ラジオ体操第一」
 
佐々木 えっ、ラジオ体操するんですか。
福本  そうみたいね。
米沢  こんな現場初めてだな。
 
  五人、それぞれラジオ体操をする。
  照明が、変化していき暗転。
 
 
●第一の休憩
 
  木田、米沢、佐々木がいる。
  トラック一台分の荷物を運び終えたところ。
  佐々木、他の者より疲弊している。 
 
木田  大丈夫ですか?
佐々木 いやあ、やっぱりきついね、年とってから始める仕事じゃないね、やっぱり。
木田  はあ、ゆっくり休んでください。次のトラック来るまで何もできないっすよ、多分。
佐々木 いやあ、皆さんあんだけ、動いて息ひとつ切らしてないなんてすごいなあ。
木田  そんな重いものなかったでしょ。
佐々木 あの板、板が重かった。
木田  板?
米沢  ああ、コンパネですか。
佐々木 そうそうコンパネコンパネ。
米沢  佐々木さん無理して二枚一気に持とうとするからですよ。一枚一枚で大丈夫なんですから。
佐々木 いやあ、やっぱり四枚とか五枚とか一気に持つみたいな話聞くとどうしても一枚じゃ物足りなく感じましてね。
木田  でも転んで怪我でもしたら元も子もないんで無理しないでくださいよ。
佐々木 いやあ、悪いね。ありがとう。いやあ、若いのにちゃんとしてるなあ。
木田  水飲んだほうがいいっすよ。
佐々木 ありがとう。いやあ、今までずっとオフィス内でクーラーがガンガン効いてる中のデスク作業ですからね。急に力仕事となって案の定この様ですよ。
木田  水飲んだほうがいいですよ。
佐々木 ああ。(水を飲む)
米沢  塩飴いります?
佐々木 ああ、これはこれは、何から何まで。(塩飴を口に入れる)うまいっすね、この塩飴。
米沢  塩飴うまいっすよね。俺、塩飴って名前聞いて、絶対まずいだろってなめてたんですけど、あっ、なめてたって、舐めてたってことじゃなくて甘く見てたってことですよ、いや、実際舐めてましたけど、実際あっさりしてて美味いやつあるんすよ。
佐々木 いやあ、塩飴はなめられませんよ。舐めれますけどなめられませんってやつですよね。これは本当に、こんな暑い夏にはちょうどいいですもん。私昔働いてた会社で、たまに野外でいろんな商品のサンプルを配るイベントしてたんですよ、これが一番熱い時期にやった時にですよ、ちょうど今頃ですかね、バイトの女の子が熱中症で倒れちゃったんですよ。そん時も塩飴ひたすら舐めさせてましたね。でも顔すごく白くて、人間てこんなに真っ白になるんだって、熱中症怖いなと。こんな状態になるんだと、あっ、水飲も。(水を飲み干す)そういえば、金崎さんと福本さんは?
米沢  ああ、タバコ吸ってるんじゃないっすかね。外かどっかで。
佐々木 タバコっ。俺も。タバコタバコ。
 
  佐々木、下手にはける。
 
米沢  元気じゃん。
 
  蝉が鳴く。
 
米沢  前、一回だけ一緒だったよね。
木田  そう、ですね。あの何もせずに終わった現場です。
米沢  あ~、あの水道工事のまだなんか前段階の作業が終わってないとかなんかで何もしなかった現場。
木田  そうですそうです。
米沢  あれ、やばかったよね。皆でエヴァの話とかジョジョの話とかしただけだったよね。
木田  びっくりしましたもん。何もせずに帰っていい現場があるのかって。
米沢  逆に腹たったよね、何で来させたんだって。
木田  早起きさせんなよって。
米沢  しかも、なんかすぐ帰るの申し訳なくてみんな空気読んで一時間ぐらいコンビニ前でだべってるっていう。
木田  あの時、帰りの電車、一緒だったじゃないですか。
米沢  そうだったっけ?
木田  井の頭線ですよ。井の頭線
米沢  ああ、そうだったね。
木田  そん時、米沢さん、言ったんですよ。こんな時間に井の頭線乗るやつって何やってんだろうって。
米沢  そんなん言ったっけ。
木田  もう一ヶ月ぐらい前ですね。
米沢  えっ、そうだっけ。
木田  僕あんまり入ってなくてあれから三回目ぐらいなんで、結構覚えてるんですよ。
米沢  そうなんだ。
 
  間。
 
米沢  来ないなー。トラック。
木田  来ないっすね。トラック。
 
  蝉が鳴く。
 
木田  バスケ。
米沢  バスケ。あっ、バスケするの?
木田  米沢さん、バスケの話してくれたんです。
米沢  あっ、ああ、バスケの話したね。
木田  今度一緒にやろうよって言ってくれたんですよ。
米沢  ああ、そうだったね。言った気がする。
木田  連絡先も知らないのに。
米沢  えっ。・・あっ。
 
  福本、金崎、下手から登場。
 
福本  今日、ダメだ。早く帰れないわ、多分。
米沢  えっ、・・・マジっすか。
福本  来ないんだもん。トラック。定時だと思うよ。
米沢  五時までかあ。
福本  わかんないけどね。トラックさえ来れば、金崎くんいるからちょちょいなんだけどね。
金崎  俺に頼りすぎっしょ、福本さん。
福本  だってそうじゃん。今日の主力は、俺と金崎くんだけじゃん。
金崎  まあ、そうですけどね。
福本  あのおっさん、けっこう息切らしてるしね。ほとんど四人て考えたほうがいいかもね。
金崎  あれ、おっさんは?
米沢  タバコタバコって言って出てきましたけど。
福本  タバコ吸う元気はあるんだ。
金崎  あれ?ムカついてる?福本さん。
福本  ムカついてないよ。ムカついてないけどね。初めてって言ってたじゃん。初めての現場でいきなり軍手忘れてきてんだもん。だから、貸そうかって言ったら、いえいえ大丈夫です、素手で頑張りますよ。って。そんで、一番最初の木、いきなり壁にぶつけてんだもん。典型的なダメなタイプだよ。
金崎  そんな、ムカつくことないっしょ。
福本  ムカついてないよ。ムカついてないけどね。人の親切はありがたく受け取れっつうことですよ。
金崎  軍手ぐらいでねえ。
福本  いや、俺は軍手にムカついてんじゃないからね。素手でやって怪我でもしたら、最終的にこっちが困るんだから。そこんとこ分かってないんだから。
金崎  はいはい。
 
  佐々木、缶コーヒー四本とスポーツドリンク一本を持って、下手から登場。
 
佐々木 皆さん、すごいですよ。大工さんが皆にと飲み物代くれたんで買ってきましたよ。
福本  まあ、よくあることだけどね。
佐々木 そうなんですか。なんか嬉しすぎて疲れが吹き飛んでいきますよ。
 
  佐々木、四人に缶コーヒーを渡す。
 
佐々木 いやあ、やっぱり人の親切を受けるっていうのは、気持ちがいいことですよ。
木田  ああ、ありがとうございます。
米沢  どうも。
佐々木 いや、お礼は大工さんにね。
福本  あれ、全部缶コーヒー。
佐々木 いや、皆さん若いですからね。若いもんはみんなコーヒー好きでしょ。おじさんは体力なくてへばってきてるんで、ほら、スポーツドリンク。
 
  佐々木、スポーツドリンクをグイっと飲む。
 
佐々木 ぷはー。うまい。
福本  俺、コーヒー飲めないんだけど。
佐々木 えっ。
 
  間。
 
福本  スポーツドリンク。
佐々木 あっ。
 
  間。
 
佐々木 飲みます?
福本  飲みませんよ。なんで、スポーツドリンクも二、三本買ってこないかなあ。
佐々木 ああ、すみません。皆てっきりコーヒー好きなもんと思い込んじゃいまして。
福本  いや、普通ね、こういうとき、皆が好きなもの取れるように、お茶とか、炭酸とかコーラとか、幅広い種類買ってくるんですよ。なんで、コーヒーとスポーツドリンクで割合四対一かな。
佐々木 いや、コーヒーの中ではいろんな種類買ってきたんですけどね。ほら、微糖だとか無糖だとか・・・。
福本  コーヒーの中でいろいろ持ってきてもコーヒー飲めなきゃ意味ないでしょうが。
金崎  まあまあ、福本さん。
福本  いや、いいんですけどね。そんなちっさいことですし。まあいいんですけどね。
佐々木 買ってきましょうか。スポーツドリンク。
福本  いや、いいんですよ。いいんですよ。そんなこと気にしなくて。どうでもいいことなんですから。ただね、今度からね。佐々木さん、気を付けてくださいねってことをね。飲みます?
 
  と、コーヒーを差し出す。
 
佐々木 あっ、私、コーヒー飲めないもんで。
 
  間。
 
福本  スポーツドリンク、買ってきます。
佐々木 あっ、私が買ってきますよ。
福本  いや、いいですいいです、ゆっくり休んでてください。次のトラックが来るまで。
佐々木 いやあ、本当にすみませんね。
 
  福本、下手にはける。
 
佐々木 悪いことしちゃったなあ。
三人、コーヒーをすする。
 
  佐々木、スポーツドリンクを飲み干す。
 
金崎  あの人最近すぐキレるからさ。
佐々木 そうなんですか。
米沢  しかもみみっちい事、チミチミチミチミ言ってきますよね。
金崎  ただ経験があるっていう。だから言いたくなるんでしょ。
米沢  こないだもダンボールのまとめ方をチミチミ言われたんですけど、あの人、教え方下手くそなんですよね。やってみせてくれないから、口だけで説明されても分かんないっていうか。
金崎  あの人の特技。運んだものの整理整頓だからね。体力もあんまないからね。
米沢  そんな整頓なんかより、早く運ぶことのほうが重要だっちゅうの。
金崎  まあ、いろいろとたまってんでしょ。普段。
米沢  普段。何やってるんですか。福本さん。
金崎  お笑い。
 
  間。
 
金崎  ピン芸人。だってさ。
米沢  意外。
金崎  だよな。
米沢  でもめっちゃ仕事してますよね、この仕事。全然売れてないってことすよね。
金崎  そうそう。前、見に行ったんだって、佐藤さんって事務所の人が。ライブ。
米沢  へえ。
金崎  クスリともなかったって、っていうか、シーンてなりすぎて悲惨だったって。
米沢  うわー。
金崎  なんだったっけ、なんかあるんだよ、決めゼリフ的な。聞いたんだけどな。
米沢  めっちゃ気になる、うわ、それ思い出してくださいよ。
金崎  ああ、出てこない、全然、よっぽど印象薄いんだろうな。
米沢  まじかー。まあでもあれなんすかね、夢があるって、ことですかね。
金崎  夢ねえ。あの歳でねえ。
米沢  えっ、いくつなんすか、福本さん。
金崎  俺とおないぐらいだから、33とか4とか。
米沢  うわー結構っすね。っていうか、金崎さんって33ですか。
金崎  いや、34だよ。けっこうだろ。
米沢  いや、あっ、そういうつもりじゃ。
 
  蝉が鳴く。
 
佐々木 夢があるってのは。いいですねえ。
金崎  はあ。
佐々木 いやあ、これ買ってくれた大工さんが、私たちのこと褒めてくれてましたよ。
金崎  へえ、なんて。
佐々木 いやあ、褒めてたっていうか、これからどんどん荷受け屋さんの需要が上がってくから、よろしく頼むよって。
米沢  へえ、そうなんだ。
佐々木 あれですよ。あれ。2020年、東京オリンピック
米沢  ああ、そっか、オリンピック決まったもんね。
佐々木 また昔みたいにどんどん建ててくから私達みたいなのがもっといないと成り立たないらしいんですよ。
金崎  まあ、俺ら、下請けの下請けの下請けだけどね。
佐々木 でも、その下請けがいないと世の中成り立たないっていうのがなんかグッときましたよ。私は。
金崎  こんな俺でも、社会の役に立ってるってやつっすか。
佐々木 そうですそうです。その感覚。
米沢  こんな俺でも社会の役に立ってるか。それ、すげえいい話ですね。
佐々木 そうでしょうそうでしょう。
米沢  俺らがオリンピックをつくってると。
佐々木 おお。
金崎  それ、言い過ぎ。ただの三階建ての一軒家の材料、運んでるだけだから。
佐々木 いやあ、言い過ぎではないですよ。私達がオリンピックをつくってるといっても過言ではないですよ。
米沢  あっ、ちょっと仕事に対するやる気湧いてきた。仕事っつっても日雇いバイトだけど。
佐々木 バイトでいいんですよ。いやあ、私達の世代はね、本当に楽をしてきたというかなんというか、若い人達がこんなにしんどい仕事してるのを知らないっていうのが、もう本当怖いよね、バイトなめんなよってやつですよ。
金崎  いや、バイトはバイトだよ。
佐々木 そうです。バイトはバイトです。しかしつまり何が言いたいか。私達がオリンピックをつくるんだということです。
金崎  はあ。
 
  福本、下手からスポーツドリンクを持って登場。
 
福本  あっ、トラック来たんで、作業入ります~。
佐々木 よし、つくりにいくか、オリンピックを。
米沢  そうですね。
木田  オリンピックか。
金崎  オリンピックねえ。
福本  えっ、何?オリンピック?
 
  五人、下手にはける。(福本は自分の荷物のところにスポーツドリンクを置いていく。)
  音楽。「三六五歩のマーチ」
  五人、下手から上手に物を運ぶ。
  そして、上手から下手に物を取りに行く。
  この作業を何往復かして、暗転。
 
 
●第二の休憩(昼休憩)
 
  金崎、木田、佐々木がいる。
  もう一台のトラック分を運び終えたところ。
  佐々木、疲弊して寝っ転がっている。
  木田、おにぎりを食べている。
  金崎、電話をしている。
 
金崎  ・・だからさあ、それは確かに悪いことだけども、でも向こうだって悪いって認めてるわけでしょ。ああ、ちゃんと謝ってくれてないんだ。それは確かに向こう悪いね。でも、いきなり別れようって話はやっぱり急すぎじゃない。うん。うん。でもさあ、それを無関心だからってひどすぎない?だって、元はと言えば、由美ちゃんのあの旅行の件からでしょ。けんかし始めてるの。イタリア行ってるの、彼氏に全く言ってなかったってやつ。そりゃあ、聞かれなかったから言わなかったってのも分かるけどさ。しかも一週間も連絡取り合ってなくてなんも思わなかった向こうも向こうだけどさ。そりゃショックだよ。彼女がイタリア旅行行ってたの知らないなんて。ああ、うん。まあ、そういうこと気にするような人ではなかったけどさ、えっ、会ってるよ一回。一緒に飲みに行ったじゃん。そうそう。中野の魚民。なんか由美ちゃんが紹介したいっつって会ったんじゃん。なんか、俺、気まずかったよ。あの時、まあ俺も由美ちゃんのことはさ、長年の付き合いだから、半端者には任せられんっとか思ってたけど、いや本当に俺、由美ちゃんの保護者的な部分あるからさ、でしょ。由美ちゃん高校生の時から知ってんだもん。そりゃそうなるわな。いや、高2かな。高2。まだ受験勉強の話とか全然してなかったもん。まあいい人だったじゃん。俺から見ると。俺みたいなクソみたいな生活じゃなくて、ちゃんと大学行って、ちゃんと就職して、なんか小奇麗だし、清潔そうだし、まあこんなやつが由美ちゃん好きなのかって思ったけどさ、思ったけどさ、でもやっぱ根性あるやつだったよ。いや、目で分かるんだよ、目で、本気か本気じゃないかなんてだいたい目で分るの。だから信用していいやつではあると思ったんだよね、まあ根拠、目だけど。でも、こういうのってさあ、どっちが先に折れるかっていうか、どっちが先に素直になるかっていうのがあると思うよ。いや、だから、どっちが先にちゃんと謝るかってやつよ。だって由美ちゃんだってちゃんと謝ってないわけでしょ。いや、悪いとか悪くないの問題じゃなくて、向こうが傷ついてるのは確かじゃん。でしょ。だからさ、由美ちゃんが最初にちゃんと謝ったら向こうもちゃんと謝ってくんじゃんってことをね。うん、そういうもんだよ。そうした方がいいようん。って思うけどね。憶測だけどね。そうそう。いや、俺でよければいつでも連絡してよ。俺、由美ちゃんの幸せ、純粋に願ってるだけだから。いや、本当にね。違うよ。そんなんじゃないって。本当に純粋な気持ちからだって。いやいや、こちらこそ、いつもありがとう。いや、なんで俺がお礼言うんだろね。おかしいすぎ。あっ、そうだ、最近タケシと久しぶりに会ってさ、そうそうなんか今、バー始めようとしてるらしいんだけど、うん、そうそう似合わんよな、なんか久しぶりに皆でバーベキュー行こうつって盛り上がったんだけど、由美ちゃんも一緒に行こうよ。そうそう、美沙とかタッキーとか誘ってさ、
 
  福本、米沢、下手から弁当の入ったビニール袋を持って登場。
 
米沢  佐々木さーん。弁当買ってきましたよ。
佐々木 あっ、ああ~、ありがとうございます。
金崎  あっ、そうそう、そのタッキー。いや、タッキーがね、新しい車買ってさあ、もう俺たちのバーベキュー用なんじゃないのってぐらいおっきくてさあ。もう俺ら、やる気まんまんだから、まだこのことタッキーに話してないけど、タッキー来なくてもタッキーの車は使おうとか言っちゃって・・・。
 
  金崎、電話をしながら下手にはける。
  四人、金崎がはけていくのをしばらく見てる。
 
佐々木 あっすみません、おいくらですか。
米沢  あっ、498円ですね。
佐々木 あっ、じゃあ、500円でいいですかね。
米沢  はいはい。
 
  佐々木、米沢に500円玉を渡す。
 
佐々木 いやあ、本当にすみません。わざわざ買ってきてもらっちゃって。
米沢  だって佐々木さん顔真っ青だったじゃないですか。
福本  そうそう、びっくりしたよ。ほとんど倒れそうなくらいフラフラになってんだもん。
佐々木 いやあ、まだまだ大丈夫だとは思ったんですが、いやあ、ダメですね。こんなに動いたのは高校以来ですよ。
 
       福本、米沢、佐々木、それぞれ弁当を食べ始める。
 
佐々木  いやあ、皆さん本当に偉いですね。こんなにしんどい仕事を毎日やってるんでしょう。
米沢   そうですね。だいたい。
福本   でも今日は楽な方ですけどね。
佐々木  はあ、これで楽。
福本   本当に大変な現場はマジで死ぬかとおもうよ。
佐々木  そうですか、いや実はね、今は、別の仕事もやってるんですけど、そこはほとんど座ってるだけなんで、こういう体力現場はやっぱり向かないんでしょうかね。
米沢   なんの仕事やってるんですか?
佐々木  麻雀ですよ麻雀。
米沢   雀荘ですか。
佐々木  そうです。雀荘。
米沢   じゃああれですか、麻雀し放題。
佐々木  いや卓代とかちゃんと出さなきゃならないんですよ。し放題ではないんですが、でもお客さんの人数合わせでさせられるんですけどね。
福本   雀荘ってどうなんですか。儲かるんですか。
佐々木  儲からないからここに来てるんですよ。
福本   そうですか。
佐々木  いやあ、求人情報にはね、月給三十万て書いてあるんですよ。そんな毎日麻雀しながら月三十万って最高だなって思うじゃないですか。これが、罠なんですよ。お客さんから呼ばれて行ってるのに負けたらその額、自分の月給から引かれるんですよ。どうなんですか、そのシステム、そして毎日二、三回は打たなきゃならないんですよ。それで、負けて、負けて、結局、月にもらえる額ったら、二万とか三万ですよ。どうやって生きてけって言うんですか。だから、みんなお客さんから呼ばれても打ちたがらないんですよ。それで、新人の私ばかりが行くっていう負のサイクルですよ。
米沢   でも勝つ分には引かれないってことでしょ。
佐々木  そうなんですよ。勝つ分には引かれないんですよ。いや、普通に上乗せされるんですよ。だから本当にすごい人は月に百万とか儲けてるんですけど、そんな人、一人や二人ですよ。しかも勝ちすぎたら店長に評判が悪くなるっつって怒られるらしいんですよ。だから、本当にすごい人は二位を狙ってわざと一位にはならないんですね。いやあ、本当に見習っちゃいますよ、あの人は。でも実際そんな勝てるとは思ってないし、良くて月十万行ける時もあるんですけど、腹が立つルールみたいなのがありましてね、「うわっ、来たっ」とか、…ニヤリっとか。
米沢   ああ、よくやりますね、実際なんも来てなくても。
佐々木  ダメなんですよ、従業員がそういうことやっちゃ。怒られるんですよ。ちょっと世間話とかして余裕ですみたいな態度を見せるのもダメなんです。だから、僕らがお客さんとやる時は、喋っちゃダメ、笑っちゃダメで、でも麻雀てそういうとこに面白みがあると思うんですよ。なんて言いますか駆け引きと言いますか、こいつはニヤリと笑ったが何かすごいものが揃ったのかいや、ただの演技なのかって。ねえ、そう思うでしょう。
米沢   はあ、まあそうですね。
佐々木  私はね、悲しいんですよ、麻雀の楽しみを見出せないあのシステムが。
福本   ただ勝ちたいからそう思ってるわけでしょ。
佐々木  そりゃあ勝ちたいですよ、こっちだって命かけて麻雀やってるんですから、私なんかはまだいい方ですよ。よく聞く話では、雀荘の世界では、消えるやつが多いらしいんですよ。
福本  消えるって。
佐々木  借金ですよ借金。
米沢   負けすぎて。
佐々木  そう、負けすぎて借金が増えすぎて、払えなくなってさっと姿をくらますわけです。
米沢   そんなの今の世の中すぐに身元捕まえて払わせられるでしょう。
佐々木  そうなんですけどね。でも、雀荘はしないんですよ、そんなことに労力をかけることに対して無意味だと思っているのか、探そうともしないんです。雀荘は、だから、簡単に消えれるんですよ。よく聞く話では、ほら、駅前の従業員募集広告で、寮付き、とか書いてあるの見ません?私らのところにも一応寮あって、まあほとんど誰も住んでないんですが、ちらほらとしか、そういうのを見てカバン一つで面接来て住んで仕事して、借金溜まったら姿をくらますっていう。そして二度とその土地には現れずに新たな土地で寮付きの雀荘に仕事しに行くって人、少なくないらしいですよ。そういう人はだいたい偽名らしくて。すごいですよね。今時そんな生活をしてる人がいるなんて、まあ、そういう生活したくなくて、あと、いろんな目論見があってこっちの仕事始めたわけなんですが。
米沢   ちょっと、なんですか目論見ってなんですか目論見、教えてくださいよ、目論見。
佐々木  いやあ、目論見は目論見ですからね。
福本   だめでしょ。佐々木さん目論見、そこまで言ったら、目論見、言わないと。
佐々木  いやあ、実はね、再就職先を探してましてね。しかし、私、この歳でしょ、しかも高卒ですし今から就職先なんて全然見つからないわけですよ。でもね、外回りの営業職ならね、雇ってもらえるんじゃないかと思いまして、そして調べてみたら、建築関係の営業なんてのは私みたいな歳でも再就職してる方がいらっしゃるらしくてね。もうこれしかないなと、そんで、実際そういう仕事するんだからと、ちゃんと現場を知っておこうと思いましてこの仕事を始めたわけですよ。
米沢   うわーすっごい考えてる。
佐々木  考えてますよ、考えてますよ、こんなおっさんでもね、まだまだ若いもんには負けてられんと思いましてね、でもやっぱりね、おじさんにはやっぱきつい仕事なのかなあってなっちゃいますよね。まだこんなお昼の段階でこんなに疲れ果ててるんですからね。
米沢  おじさん、そんなにめげないでくださいよ。
佐々木 おじさん。
米沢  あっ。
 
  間。
 
佐々木 いやあ、おじさんでいいんですよ。
米沢  すみません。佐々木さん。
佐々木 いや、おじさんって呼んでください。
米沢  いやいや、呼べませんよ、そんな。
佐々木 いやあ、親しみ込めておじさんって言ってください。なんたってあなたたち若いもんとは体のつくりが違うんですから。さあ、おじさんと。
米沢  いえ、呼べません、佐々木さん。
佐々木 おじさん。
米沢  佐々木さん。
佐々木 おじさん。
米沢  佐々木さん。
 
  間。
 
佐々木 おじ。
米沢  佐々木さん。
 
  間。
 
佐々木 おじさん。
福本  おじさん。
米沢  佐々っ。あっ。
 
  間。
 
福本  おじさん。
 
  蝉が鳴く。
 
米沢  佐々。
佐々木 そうです。おじさんです。おじさんはね、若い世代の人がこんなにしんどい仕事をしてることに感動してるんですよ。おじさんはね、高校卒業して、就職して、バブルが来てチヤホヤしてた時代を経験してる。いやあ、あの時は良かった、皆がタクシー止めるのに一万円をパラパラして毎晩飲んで踊って遊んで、いい時代だった。もう一度あの時代が来ないかなあ。いや来るかもしれない。あなたたちはそんなことをほとんど経験せずにこんなしんどい仕事をやってる。それってすごいことですよ。大した不平を言うでもなく、黙々と作業をしている。でも来るかもしれない。もう一度あの時代は来るかもしれない。なんたって東京オリンピックがくるんだから。でもその流れにすら関係ない生き方をしてるかもしれない。それが怖いんです。おじさんはね、楽な生き方をしてきた方なんです。分かってるんです。いや、でも来るかもしれない。今のおじさんを見てください。必死ですよ。必死すぎて笑えてきましたよ。ははは。おじさんか。
 
  佐々木、下手にはける。
 
福本  おじさんはおじさんだろ。
米沢  ちょっと福本さん。
木田  福本さんってお笑い芸人なんですね。
福本  えっ、あっ、うん。
木田  一発芸見たいなあ。
福本  はあ。
木田  一発芸見せてくださいよ。
福本  なんでそんな急に。
木田  お笑い芸人てそんなもんでしょ。笑わすタイミングいつでも狙ってるわけでしょ。
福本  いや、ここ、テレビでも舞台でもないから。
木田  でも見せてくださいよ。一発芸。みんなを笑わす一発芸。
福本  急にどうしたんですか。木田さん。
木田  笑いたいんですよ。今、なんか。見せてくださいよ。一発芸、世界を幸せにする一発芸。
福本  ・・・やめてよ。俺、そういうノリ、ダメ、なんだよ。
 
  福本、下手にはける。
 
木田  見たかったなあ。世の中を明るくする一発芸。
 
  間。
 
米沢  連絡先、交換する?
 
  間。
 
米沢  ラインとか、あっフェイスブックとかやってる?
木田  無理しなくていいですよ。
米沢  無理してないよ。単純に友達になろうよ。
木田  フェイスブックで?
 
  間。
 
木田  思うんです。ここで出会う人達。ここでしか出会わない人達のこと。この仕事辞めたら多分一生会わない人達のこと。
米沢  一生て。
木田  料理。
米沢  えっ。
木田  フレンチのシェフなろうとしてたって。
米沢  なんで。そんなことまで喋ってったっけ。
木田  はい。
米沢  一回一緒になっただけなのにな。
木田  一回じゃないんですよ。
米沢  えっ。
木田  三か月前にも一緒になってるんですよ。二人現場で。
米沢  そう、だっけ。
 
  蝉が鳴く。
 
木田  米沢さん、週何日ぐらいで入ってますか。
米沢  ・・五日。
木田  時給千円。一日、平均して朝8時から17時までで休憩一時間引かれて、日給八千円。週五日で働いて、一週間、四万円。一ヶ月で十二万円。一年で百四十四万円。
米沢  何が言いたいの。
木田  ここで働く人達はずっとここで働くつもりなんだろうか。
米沢  何が言いたいの。
木田  僕はこれからどうなっていくんだろ。
米沢  ねえ、何が言いたいの。
木田  料理、また始めないんですか。
 
       間。
 
米沢  関係ないだろ。 
 
       間。
 
米沢  また料理の仕事始めたいと思ってるよ。始めたいと思ってるけどね。
 
  金崎、下手から登場。
 
金崎  ん?どしたの?
 
  間。
 
金崎  あっ。勤務確認、した?
米沢  あっ、まだだ。
金崎、電話を始める。 
金崎  もしもし、お疲れ様っす。金崎っす。明日の予定確認よろしくです。はい。はい。ああー、武蔵境っすか、まあ、全然。でもまあ、乗り換えがダルイっすね。大丈夫ですけど。はい。はい。あっ、何の仕事ですか。うわー基礎。基礎かー。はい、はい、あっ、リーダー川崎?久しぶりだなー、あー、あー分かりましたー。はいー、じゃあまあよろしくおねがいしますー。はいー。あっ、そういえば、来週の水曜日なんですけど・・・。
 
  (金崎が話している途中で)米沢、電話を始める。
 
米沢  もしもし、お疲れ様です。明日の勤務確認お願いします。米沢です。はい、順調っちゃ順調っすね。はい、えっ、あっ、いや、阿佐ヶ谷から、まあ近いっちゃ近いんですけど、一番の最寄りは南阿佐ヶ谷なんすよ、あっ、そうですそうです、丸の内の。だから、できれば丸の内から行きやすいとこの方がありがたいとか、まあ、その、だから、埼玉方面は乗り換えとかかなり面倒くさいんで、はい、はい、そう、だからほかの場所とかないですかね、はい、ああ、すみませんありがとうございます。えっ、それって西武池袋線とかっすよね。ああー、バスとかで行きゃ行きやすいやつか・・・。
 
  (金崎、米沢が話している途中で)舞台袖から、福本が電話をする声が聞こえてくる。
  同じく舞台袖から、佐々木の声も。
 
福本  どうもー、福本です。お疲れ様です。佐藤さん?最近佐藤さん率高いねえ。はい、明日の勤務確認お願いします。はい、調布、8時集合、はいーわかりましたー。ちなみにメンバーどんな感じ?うん。うん。あっ、結構強いね、あれ。長谷川さんってどんな人だっけ、ああ、ああ、ああ、あの背高いメガネの、はい、一回一緒になったことあるわ、いや二回かな・・・。
佐々木 お疲れ様です、お世話になっております、佐々木です。あっ、はい。今日初です。いやあ、けっこうきつくてぜえぜえ言ってますが、周りの方がみんな良い方なんでね、なんとか助けられつつやってます。いやあ、続けられそうかって言われましても、続けさせて下さい、なんとかって感じですかね、そうですね、そこまで力仕事力仕事じゃなきゃ大丈夫かもしれないです。今日?今日は力仕事でしょ。まあ、はい。いやしかし、まだまだ大丈夫ですんで、なんでも経験しときたいんで・・・。
 
  (四人が話している途中から)蝉が鳴く。
 
  木田、その光景をぼんやり見ている。
 
  木田、聞こえて来る音をぼんやり聞いている。
  蝉の鳴き声が大きくなる。
 
四人  はーい、お疲れ様です。
 
  四人、同時に電話を切る。
 
  蝉が鳴き止む。
 
  福本、下手から登場。
 
福本  トラック来たから、やるよ。
 
  三人、下手にはける。
  音楽。「いつでも夢を」
 
  五人、下手から上手に物を運ぶ。
  そして、上手から下手に物を取りに行く。
  この作業を何往復かして、突然金属が地面に落ちる音が鳴り響き、暗転。
 
 
●待機
 
  金崎、木田、米沢、佐々木がいる。
  
米沢  やばいっすね。
 
  間。
 
米沢  これ、どうなるんですかね。
 
  間。
 
米沢  うわーこんなん初めてっすよ。えっ、こんなのあったことあります?金崎さん?
金崎  似たようなことはあったけど、ここまでのはないわ。
 
  間。
 
米沢  やべー。終わりかな、今日。
金崎  このまま流れ解散じゃねえかな。
米沢  二時か、まあ、ちょい早いっちゃ早いっすね。
佐々木 こんなことって起こるんですね。
米沢  佐々木さんが倒れたかと思いましたよ、一瞬。
佐々木 いやいや、私なんか、その時へばって休んでましたから。
米沢  いや正直に言って休むのって大事っすね。あんなとこから、ねえ、やばいよ。
 
  間。
 
米沢  死んだのかな。
 
  間。
 
金崎  この待ってる時間嫌なんだよね、なんでもいいからしてたいって思っちゃうの、俺。待つのも仕事だって誰かに言われたけど、俺はダメなんだよ。俺は。
米沢  なんすか。
金崎  俺、多分、なんかしてたいんだよ。俺、多分。
米沢  なんすか。大丈夫っすか、金崎さん。
佐々木 それって青春ってやつですか。
金崎  青春。そんなもん酒と一緒に飲み込んだよ。
木田  福本さんの一発ギャグが見たいっすね。
米沢  えっ。なんて?
木田  福本さんの一発ギャグ、見たくない?
米沢  えっ、今?なに言ってんの。こんな状況で。
佐々木 見たいですね、見せてくれるかなあ、福本さん。
金崎  見せてくれないよ。絶対、福本さん。
木田  そうかあ~残念だなあ。
 
  間。
 
木田  昔のオリンピックの映像、なんかのテレビかなんかで見たんすよ。
 
  間。
 
木田  皆めっちゃ笑顔で、子供から年寄りまで皆、めっちゃ笑顔で旗ふったりして、外国人に手、振ったりして、選手応援して。
 
  間。
 
木田  でも、今って皆期待してなくない、オリンピック、あってもなくてもってかない方がいいじゃん的な感じなくない、皆。
金崎  そんなんする金あるんだったら被災地の方にまわせよって誰か言ってんじゃん。
米沢  へえ~そうなんだ。
木田  あの人達、何をつくってるんだろ、っていうか僕達何運んでんの?
金崎  建物つくってんの。そのために必要な物運んでんの。生きるために働いてるだけ。それだけ。オリンピックとかどうとか関係ないの、俺らは俺らなの。
佐々木 関係ないか、関係ない。
 
  福本、上手より登場。
 
福本  死んだって。
 
  間。
 
福本  死んだって。そりゃあ、あの高さの足場崩れたらねえ。とりあえず今日はどうしようもないから帰っていいって。
佐々木 そうですか。
福本  二時か。結果的に三時間早く終われたね。
金崎  トラック一台分運べなかったか。
 
  間。
 
福本  早く帰り支度して帰ろうか。
 
  それぞれ、帰り支度を始める。
 
木田  一発ギャグ見たいです。
 
  間。
 
福本  だからなんなの。なんのノリなのそれ?
 
  間。
 
木田  お願いします。マジで。見せてくださいよ。お願いしますよ。
 
  間。
 
  福本、渾身の一発ギャグをする。
  誰も笑わない。
 
木田  ははは。安心した。全然面白くない。
福本  正直すぎ。正直すぎるよ木田くん。
木田  でもこのギャグ一生覚えているでしょう。多分このギャグ一生覚えてるでしょう。  
米沢  一生覚えてることってあるよね、俺、パスタ食ったんだよ、クリームパスタ、めっちゃうまかったんだよ、エビプリプリで、そん時は親も離婚してなくて家族三人で行ったからかめっちゃうまかったんだよ、パスタ、パスタパスタ。
佐々木 ああ、疲れた、こんなに疲れたのは高校の時以来ですよ。高校の時野球部だったんです。どこにでもあるありふれた話なんですけどねえ、私がセンターフライ落としてチーム負けたんですよ。
金崎  俺は昔はワルばっかしてた。俺は昔はワルばっかしてた。ほらこんなふうに。
 
  と、佐々木を殴る。
 
佐々木 うっ。ううっ。
金崎  喧嘩っばかりしてた。高校の時、喧嘩が原因で退学になった。ほら、こんな風に。
 
  と、佐々木を殴る。
 
佐々木 うっ。ううっ。甲子園なんて夢のまた夢じゃないか。バブルなんて一瞬の夢じゃないか。オリンピックは夢のあらわれですか。ううっ。
米沢  俺達がオリンピックをつくってるってことですよね。
木田  この前テレビで見たんですよ。
米沢  昔のオリンピックも俺たちみたいなやつがいたんですよね。
木田  東京タワーのテッペンの色を塗ったのがビートタケシのお父さんらしいですよ。
金崎  俺は高校中退。あの娘は結婚。多分、結婚。俺は高校中退。
福本  俺も高卒だけど、俺には笑いの才能あるって信じてたけど。関係ないけど。早く帰り支度しようよ。さっさと帰り支度しろよ。
佐々木 私たちの世代は高卒が当たり前の世代ですよ。
木田  東京タワーのテッペンの色を塗ったってだけで多分皆から忘れられないんですよ。
 
  福本、渾身の一発ギャグをする。
  全員、笑う。
  エヴァンゲリオンのキャラクターのものまねで盛り上がる。
  ジョジョのキャラクターのものまねで盛り上がる。
  全員、笑い合う。
 
  蝉が鳴く。
  笑いがピタリと止まる。
 
  間。
 
福本 (上手に)あっ、じゃあ、僕達失礼しまーす。お疲れさまでしたー。
 
  四人、それぞれ「お疲れさまでしたー。」と言う。
  五人、下手にはける。
  蝉の声が鳴き止まない。

  五人、ぞろぞろと出てくる。
 
  五人、身体全体を使って物を運んでいる。
  五人、下手から上手に物を運ぶ。
  そして、上手から下手に物を取りに行く。
  
  その物は目に見えないけど、確実に登場人物はそれを運んでいる。
  
  五人は運び続ける。終わらない。
  だんだんと年老いていく。
  佐々木、倒れる。
  しかし、四人は運び続ける。
  福本、倒れる。
  米沢、倒れる。
  しかし、二人は運び続ける。
  金崎、倒れる。
  やがて、木田、倒れる。
 
  蝉の声が鳴り響き、途絶え、暗転。
 
終わり
 
 
ーーーーーーーーー
この戯曲の感想、意見、アドバイス等、このページのコメント欄にて受け付けています。一言だけでも、長文でも、なんでも、よろしくお願いします。
 
 

  
  

僕達vs宮島直子

「僕達vs宮島直子」
                                  
 放課後、教室、二人の男子高校生がしゃべっている。
 
田中 今年ももう終わりだな~。
川崎 そうだね。
田中 今年はなにが一番楽しかった?
川崎 今年か。今年今年。
田中 なんだろうねえ。
川崎 あれだなあ。あの、体育祭のフォークダンス。
田中 ああ、あの体育祭のフォークダンスね。
川崎 あれは楽しかったよなあ。
田中 うんうん、あれは楽しかったよ。
川崎 いやあ、本当にとっても楽しいフォークダンスだったよ。
田中 うんうん、でも何があんなに楽しかったんだろうか。
川崎 何が?
田中 何が楽しかったの?
川崎 それは、フォークダンスはフォークダンスっていうだけで楽しいだろうさ。
田中 本当に?
川崎 なんだよ。
田中 本当にフォークダンスはフォークダンスっていうだけで楽しいの?
川崎 そうだよ。フォークダンスはフォークダンスっていうだけで楽しいじゃないか。
田中 違うな。
川崎 なんだよ。
田中 お前にとって、ただのフォークダンスではなかっただろう。
川崎 なにお。
田中 宮島直子がいたからだろう。
川崎 宮島直子っ。
田中 そうだ。お前は宮島直子と手を繋げたことを喜んでいる。それがフォークダンスを楽しい思い出にさせているんだ。
川崎 違うよ。俺は宮島直子を抜きにしてもフォークダンスが楽しかったよ。
田中 俺は楽しくなかった。俺はフォークダンスなんぞこれっぽっちも楽しくなかったよ。あんな単調なリズムで長時間、単調な振りを踊り続けることに、普通の男子高校生が楽しみを見いだせるとでも思うか。
川崎 楽しかったもん。
田中 お前は、宮島直子が好きだっ。
川崎 どうかな。
田中 修学旅行中、お前は宮島直子とばっかりしゃべってた、そして、女子の部屋に行こうぜとみんながなっている時も、みんなギャルグループの部屋に行こうとしているのに、お前だけは何故か、全然目立たない女子グループの部屋に行きたがった。それは、宮島直子がいた部屋だからだ。お前は宮島直子が好きだ。さらに、お前が一度偶然を装って宮島直子と駅まで一緒に帰ったことを知っているぞ。あの時、お前は明らかに変だった。いつも部活終わりでみんなと帰るお前が「あっ、俺、雑用仕事終わらせてから帰るから先帰って」なんて言っちゃって、普段は雑用なんて後輩に全部任せっきりのくせに。宮島直子の部活が終わるまでの時間稼ぎをしていたんだろう。自転車置き場で自転車の鍵無くしたフリしちゃって、「あっ、今帰り?いやあ、チャリの鍵なくしちゃってさあ。カバンのポケット?あっ、あったよ、ありがとう~」カバンのポケットなんて一番最初に探す場所だろ。「お礼に駅まで送るよ」っておかしいおかしい。お礼っていうのは相手が喜ぶことしなきゃお礼って言わないから。駅まで送るって、お前が、お前が嬉しいだけだろうが。
川崎 お前全部見てたのかよ。
田中 全部見てたね。お前は宮島直子が好きだ。
川崎 お前。俺は宮島直子が好きだ。認めよう。
田中 はっはっは。ついに認めたか。お前がフォークダンス楽しかったのは宮島直子がいたからか。
川崎 そうだ。おれがフォークダンス楽しかったのは宮島直子が好きだからだ。
田中 はあ、そうかそうか。好きか。お前は宮島直子が好きか。
川崎 だがしかし、お前も宮島直子が好きだ。
田中 何?
川崎 お前が事細かに、俺と宮島直子の関係を見ていたのは、お前も宮島直子が好きだからだろうっ。
田中 俺は宮島直子が好きではない。
川崎 嘘をつけ。お前はフォークダンスなんぞこれっぽっちも楽しくないと言っていたが、それは、宮島直子と同じ円にいなかったからだろう。
田中 何?
川崎 今年のフォークダンスは二つの円に分かれてた。ABC組とDEF組の円にだ。俺はB組、宮島直子はC組。お前はE組だ。つまり、お前は宮島直子と手を繋げていない。宮島直子を抜きにしたフォークダンスだったのだ。だから、元々楽しくないフォークダンスに、もう一方の円に好きな相手がいるということを恨みに恨み、よりフォークダンスが楽しくなかったのだ。違うか?お前も宮島直子が好きだ。
田中 違うな。俺は宮島直子が好きではない。
川崎 嘘つくな。お前は宮島直子が好きだ。
田中 違う。俺は宮島直子が好きではない。
川崎 認めろよ。
田中 認めない。
川崎 じゃあ、なんで俺と宮島直子の一緒に帰ったエピソードをこんなに事細かに見ていたんだよ?
田中 うるさい。
川崎 うるさくねえ。
田中 何故そんなに認めさせたがるんだ、川崎?
川崎 何故?正々堂々と勝負したいからだ。
田中 か、川崎。
川崎 分かれよ。田中。スポーツマンシップに乗っ取って宮島直子を奪い合おうぜ。
田中 川崎。
川崎 田中。
田中 俺は、宮島直子が好きだ。認めよう。
川崎 田中。やっと認めたか。田中。
田中 これからは、ライバルだぜ。川崎。
川崎 田中。
田中 川崎。
 
 宮島直子、入ってくる。
 
二人 み、宮島直子。
宮島直子 あ、はい。
二人 いや、なんでもないなんでもない。
宮島直子 そう。
川崎 どうしたの。こんな時間に。
宮島直子 いや、えっと、忘れ物。
川崎 そっか。
宮島直子 うん。
田中 …聞いてた?
宮島直子 えっ…何が?
川崎 いや、大丈夫大丈夫。
宮島直子 そう。
 
 宮島直子、何か言いたそう。
 
川崎 どうしたの?
宮島直子 …。
田中 忘れ物は?
宮島直子 川崎君と二人で話してもいい?
田中 えっ?
川崎 えっ、俺?
宮島直子 うん、川崎君と。
川崎 俺は、いいけど。
田中 えっ、えっ、いいよいいよ。全然いいよ。
宮島直子 ごめんね。ちょっとだけだから。
田中 あっ、うん。いや、ちょうど帰ろうと思ってたから。
宮島直子 ああ、そうだったんだ。
田中 そうそう。じゃあね。
宮島直子 じゃあ。
川崎 …。
 
 田中、去る。
 
宮島直子 ごめん。急に。
川崎 いや、うん。何?話したいことって?
宮島直子 私、川崎君のこと好きです。
川崎 ええっ。
宮島直子 ずっと前から好きでした。付き合ってください。
川崎 俺も好きだった。
宮島直子 えっ本当に?
川崎 うん。
宮島直子 嬉しい。とっても。
川崎 うん。俺も。
宮島直子 じゃあ、付き合ってくれるの?
川崎 うん。うん。
宮島直子 やった。やったっ。とっても嬉しい。今まで生きてきた中で一番嬉しい。
川崎 俺も嬉しい。
宮島直子 やったやったっ。
川崎 やったやったっ。
二人 やったやったっ、やったやったっ。
宮島直子 初めての彼氏だよ。
川崎 俺も初めての彼女だよ。
宮島直子 やったやったっ。
川崎 やったやったっ。
二人 やったやったっ、やったやったっ。
宮島直子 で、なんて呼びあう?
川崎 えっ。
宮島直子 これからは恋人同士だもん。今までみたいに、宮島直子って呼ぶのは止めてさ、恋人同士の呼び方を考えなきゃ。
川崎 ああ、そうかそうか。
宮島直子 川崎くんのことはストレートに下の名前で、ヒロシって呼ぶね。
川崎 ああ、うん。
宮島直子 あれ?ヒロシじゃいや?ヒロポンとかにする?
川崎 いや、ヒロシでいいよ。
宮島直子 私のことなんて、呼ぶ?
川崎 じゃあ、直子?
宮島直子 じゃあって何?じゃあって。合わせたでしょ。
川崎 いや、合わせてないよ。
宮島直子 ちゃんと考えてよ。ちゃんと。
川崎 ちゃんと…。じゃあ、ナオチャン。
宮島直子 だからじゃあって何?
川崎 ごめん。
宮島直子 まあいいや、でもうれしい。ナオチャンって呼んでよ。ヒロシ。
川崎 えっ。あっ、僕か。
宮島直子 ちょっとしっかりしなさいよ。ヒロシ。
川崎 うん。ごめんごめん。
宮島直子 ねえ、ナオチャンって呼んでよ。
川崎 えっ、今?
宮島直子 今に決まってるじゃない。
川崎 …ナオチャン。
宮島直子 ヒロシ。
川崎 ナオチャン。
宮島直子 ヒロシっ。
川崎 ナオチャンッ。
宮島直子 ヒーロシっ。
川崎 ナーオチャンっ。
宮島直子 ヒーロシっ。
 
   間。
 
宮島直子 今日一緒に帰ろうね。
川崎 えっ、うん。そうだね。
宮島直子 もう帰る?
川崎 えっ、あっ、…ちょっと待っててもらっていい?担任に進路のこと話に行く予定だったんだ。
宮島直子 そう。じゃあ、自転車置き場で待ってるね。ヒロシ。
川崎 あっ、うん。…ナオチャン。
 
 宮島直子、川崎を見つめている。
 
川崎 どうしたの?
宮島直子 なんでもない。じゃあ、また後でね、ヒロシ。
川崎 うん。
 
 宮島直子、去る。
 田中、数秒後に入ってくる。
 
川崎 田中。
田中 川崎。
川崎 今、付き合うことになった、宮島直子と。
田中 川崎。てめえ。
川崎 びっくりしたよ。まさかあんなにライバル宣言した瞬間から向こうから来るとは。
田中 知ってたんじゃないの?
川崎 えっ。
田中 知ってたんじゃないの。そろそろ宮島直子と付き合えそうなの知っててライバル宣言して俺に恥かかせたんでないの。
川崎 そんなわけないじゃん。
田中 こんなのってないだろう。ライバル宣言したばっかだぞ。
川崎 本当にびっくり。
田中 知ってたんでないの?
川崎 だから、知らないって。
田中 俺もナオチャンって呼びたかった。
川崎 お前、聞いてたのか?
田中 ああ、一部始終な。ヒロシ。
川崎 やめろ。
田中 川崎、俺達のあの友情を誓いあった一瞬を返せよ。
川崎 そんなこと言われてもさ。
田中 俺達のあの友情を誓い合った一瞬を返せよ。お前が俺に宮島直子が好きだと認めさせさえしなければ、俺はお前が宮島直子と付き合ってもここまで恨むことはなかっただろう。しかし、お前は俺に宮島直子が好きだと認めさせた。川崎、お前が犯した罪は大きい。
川崎 そんなこと言われてもさ。
田中 川崎ぃ。
川崎 田中…。
田中 今日手をつなぐだろう。予告してやる。お前達は今日手をつなぐ。
川崎 なんだよ。そんなこと分からないよ。
田中 いや、手をつなぐ。絶対だ。キスまで行く可能性もあるぞ。
川崎 キスだと?
田中 そうだ。キスだ。
川崎 いやいや、そこまではいかないよ。さすがに。
田中 いや、今日の宮島直子とお前の二人っきりの場面を見る限り相当宮島直子がリードしている。宮島直子の行動ですべてが変わる。すべては宮島直子のペースだ。宮島直子が今日中にキスをしたいと思えば、もうキスせざるを得ない。
川崎 なんだよ。俺のペースでいられないのかよ。
田中 そうだ。お前のペースではない。断言してやる。お前のペースではない。宮島直子のペースだ。ペースって何回も言うとペースって言葉なんかあったっけっていう感覚におちいるね。
川崎 どうでもいい。宮島直子のペースだとして、今日付き合い始めたばかりでキスまで行くかな?
田中 今時の女子高生をなめんなよ。キスぐらいだ。キスぐらい。
川崎 ぐ、ぐらいだと。
田中 そうだ。さっきの二人の時間明らかに宮島直子はキスを求めた瞬間があった。俺はそれを見逃さなかった。
川崎 なんだと…。
田中 お前は今日キスされる。お前にその覚悟はあるかな?川崎。
川崎 …あ、あるに決まってる。
田中 そうか、ならば次の段階も想定しておこう。次の土曜日、休日だ。宮島直子が家に誘ってくるかもしれない。
川崎 なんだと。
田中 お前は宮島直子の家に行き、ソファーでくつろぐ。宮島直子がお菓子とジュースを持ってきてくれる。二人で楽しくしゃべっていると宮島直子がこう言い出す。「今日夜まで親が二人共仕事なの」。
川崎 そ、それは。
田中 そうだ。セックスだ。
川崎 セックスだと。
田中 そうだ。セックスだ。
川崎 …。
田中 怖気付いたか。川崎。セックスだぞ。川崎。
川崎 …。
田中 お前にその覚悟があるのか。川崎。
川崎 セックス。
田中 覚悟がないなら俺に譲れ。川崎。
川崎 セックス。
田中 川崎ぃ。俺にはお前の未来が見える。ソファーで彼女に跨り、彼女の制服のボタンを一つ一つはずしていく慣れないお前の手つきが見える。
川崎 セックス。
田中 ファスナーが布に引っかかり、ちょっとあたふたして、不機嫌そうになった宮島直子に気を使うお前の引きつった笑顔が見える。
川崎 セックス。
田中 川崎ぃ。お前は宮島直子のおっぱいに触るのか?お前は宮島直子のおっぱいに触るのか?
川崎 田中。
田中 俺は宮島直子のおっぱいに触りたい。
川崎 田中っ。
田中 笑うがいいさ。俺はお前と宮島直子が付き合うと聞いた今でさえ宮島直子のおっぱいに触りたいと言ってるんだ。笑うがいいさ。笑うがいいさ。
川崎 俺は宮島直子のおっぱいに触る。
田中 そうか、触れ。お前は宮島直子のおっぱいに触るんだ。ただしかし、覚悟をしろよ。川崎、お前が宮島直子と手をつなぐ。お前が宮島直子とキスをする。お前が宮島直子のおっぱいを触る。お前が宮島直子とセックスをする。その瞬間俺とお前は、もう友達ではいられない。
川崎 何故だ。
田中 理由は単純。俺がお前を見れないからだ。
川崎 嫉妬か。
田中 そう嫉妬。ただの嫉妬。されど嫉妬。俺は毎晩お前と宮島直子がやっているところを想像するだろう。枕をギュッと抱いて、目にはうっすら涙を浮かべて、眠れない夜を体験するだろう。お前と宮島直子がやってることを毎晩考えて、俺がお前と普通に接せられると思うか?
川崎 想像するなよ。
田中 そんなことはもちろん想像したくない。しかし、してしまうんだきっと。現にもう始まってるじゃないか。
川崎 お前と俺の仲はこんなにも簡単に壊れるのか?
田中 そうだ、川崎。こればっかしはどうしようもない。
川崎 お前は頑固だ。
田中 なんだよ。
川崎 もっと心の広い人間になれよ。
田中 なんだよ。心の広い人間って。
川崎 俺達は友達だったはずだ。もう何年もの付き合いだ。俺達の友情はそんなに簡単に壊れるものなのかよ。
田中 しかしな、川崎。もしお前が俺の立場で、仲が良かった友達が好きな人と付き合い始めたとしたらそいつと普通に接せられるか?心の広い人間でいられるか?
川崎 …。
田中 いられないだろう?
川崎 いられるさ。
田中 お前はいられても、俺は、いられないんだよ。
川崎 お前もいられるさ。
田中 もう一度だけ聞く。お前は、宮島直子とセックスするのか?
川崎 …。
田中 お前は、宮島直子とセックスする覚悟はあるのか?
川崎 俺は。
田中 …。
川崎 俺は宮島直子とセックスする。
田中 そうか。…行け。
川崎 …。
田中 行けよ。宮島直子が待ってるぞ。
川崎 あんまりだよ。
田中 泣き言か。
川崎 俺が宮島直子とセックスしても仲良くいてくれよ。
田中 無理だ。お前は今更何言ってるんだ。覚悟したんだろ。早くしないと宮島直子が待ちくたびれて喧嘩になるぞ。
川崎 そんなことはどうでもいい。
田中 どうでもよくないだろう。付き合いたてなのに、いきなり険悪になるぞ。
川崎 お前が変なこと言うから、俺はこれから宮島直子と会うときずっと罪悪感を持つことになりそうだ。
田中 …。
川崎 それを計算してたな。
田中 …そうかもしれない。ごめん。
川崎 謝るなよ。
田中 …。
川崎 宮島直子に会うのが怖いじゃないか。
田中 覚悟したんだろ。
川崎 田中…。
 
 宮島直子、入ってくる。
 
宮島直子 ちょっと。
二人 み、宮島直子。
宮島直子 あれ、田中君、帰ったんじゃなかったの?
田中 ああ、うん。
宮島直子 あれ?もう言っちゃった?私達が付き合うことになったの言っちゃった?
川崎 …。
田中 ああ、今聞いたよ。
宮島直子 そっか。まあそういうことだから、田中君、私達を温かく見守ってね。
田中 おめでとう。
川崎 …。
宮島直子 職員室の用事は済ませたの?
川崎 …。
宮島直子 どうしたの?
田中 川崎?
 
 川崎、宮島直子の手を握る。
 
宮島直子 ヒロシ?
 
 川崎、宮島直子にキスをする。
 
宮島直子 ちょ…。うっ。
 
 川崎、キスの仕方を知らないがとにかくめちゃくちゃでがむしゃらなキスをする。
 
宮島直子 ちょっと…。
 
 宮島直子、抵抗する。
 川崎、手を握ったまま、キスを止めようとしない。
 
田中 川崎。
 
 川崎、宮島直子のおっぱいに触る。
 
宮島直子 やめろよ。ちょっと、やめて、お願い。
田中 川崎ぃ。
 
 川崎、宮島直子の両腕をがっしり抑え宮島直子が動けなくする。
 
宮島直子 やめろ。離して。離せよっ…。
 
 川崎、宮島直子の口を抑える。
 宮島直子、ワーワー言ってる。
 
川崎 田中。
田中 川崎ぃ。
川崎 田中っ。
田中 川崎ぃ。
川崎 田中っ。
 
 田中、宮島直子のおっぱいに触る。
 
田中 川崎。
川崎 田中。
 
 宮島直子、ワーワー言ってる。
 
終わり
 
 
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