稲垣和俊戯曲集

戯曲集をここに。まさかのここに。

目次という名の戯曲変移の歴史

稲垣和俊戯曲集です。
稲垣和俊戯曲集は変化し続ける戯曲集です。
引っ越しを期に今まで書いてきたことを適当に目次としてまとめます。URL貼ったので読みたい戯曲あればそこから飛んでください。フライアウェイ。


1、存在できない期
アカデミー時代に太田省吾にはまって、太田省吾意識しまくっていた時期。
あと、どうとでも演出できる抽象的な作品を書いていた時期。



○マイスウィート心中
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2017/05/21/200533

男と女のセックスシーンとピロートークシーンを交互に繰り返す短編。
お互いの中に自分の存在の証明を見出そうとするも失敗する。


○ロミオ、ロミオ、ロミオ
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2017/05/21/204620

二次元の世界にしかロミオが存在しない。
そしたらいくら呼びかけてもロミオは来ないじゃないのっていう坪内逍遥訳のロミオとヂュリエットを元に構成した短編。


○確かにあったね、さようなら
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2017/05/21/205624

引っ越し直前の男女を描いた短編。
断捨離をするかしないかで言い争う。



2、登場人物喋り始め期
劇作家の友達が構成を気にせず会話ばっかり書いてて、どうしてそんな喋らせるのかを聞いたら登場人物が勝手に喋るんだと言う。
噂には聞いたことがあったが、本当にそういうのあるんだと仰天し、ならば自分もと始めてみたら本当に勝手に喋り始めた。びびった時期。



○僕達VS宮島直子
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2017/05/21/201404

放課後の教室に宮島直子のことが好きな田中と川崎がいて、互いにそれを認め合った瞬間に川崎が宮島直子に告白されて田中が悶絶しはじめるっていう短編。
マジで勝手にキーボードカタカタして書いてた。


○夢のあらわれ
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2017/05/21/203044

オリンピックが決まった東京のどこかの建築現場で、日雇い労働する者たちの一日。
ちゃんとした物語を書こうとしたけど結局最後なんか投げやりになってる。
これも電話のシーンとか勝手に喋ってたんじゃないかと思う。



3、長ゼリフ書きまくり期
コフィ・クワユレというフランスの劇作家の戯曲を役者として演じて、自分が書いたマイスウィート心中も演じて、どちらも再演をした時に、マイスウィート心中の再演が圧倒的に辛かった。演出のやりようはあるかもしれないけど、演技のやりようがないというのが実感で、演出のやりようなんて抽象的に書けばどうとでもできるんだし、って自分の中での余白の作り方を疑いはじめた時期。その結果、何を思ったか長ゼリフこそ演じがいあるじゃないのと言わんばかりに、登場人物勝手に喋ってくれる時とくれない時を行ったり来たりしながら長ゼリフばかり書き始めた。



○夕焼け公園で奔走中
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2017/05/21/210827

夕焼けの公園で、靴紐がほどけそうでほどけない状態の男と、カンフーしてる男と蚊柱にまみれている女にインタビューしてみる話。
みんな怒涛に喋っている。


○パーティさながら愛と孤独
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2017/07/31/105011

ある朝ユキコが目覚めたら、徳川埋蔵金を三代にわたって掘り当てようとする家族の家にいて昨夜の記憶がない。母はカレーを作っていて、息子にパーティしようと誘われ、トランプを作ることになる。その家には後継者がいないらしい。
稲垣和俊戯曲集として公演した。楽しかった。



4、演技をセリフに期
長ゼリフばかり書いていると、同じ思考回路、同じ口調になりがちになってきた。そこで気付いたことは言葉が生まれるという時、その瞬間は即興的で、それは役者が演技をする感覚と似ているということであって、セリフを生み出す時に劇作家は役者にならざるを得ない。ある状況があって、なかったとしても、セリフを書くという時、何を喋るか、劇作家はそのセリフを喋らなければいけない状況を演じているからセリフが生まれてくる。劇作家は、根源的に役者である。もちろん他の要素もかなーりあるのだけども。さすればセリフを喋らなければならない状況でどういう演技をするかの選択がどういう言葉が生まれるかに直結する。どういう質の言葉を喋るかに直結する。細かくあーしてこーしてなんて差異をつけようなんて考えない。演技を変えれば良いわけです。
僕の場合は路上で観察した超人間を身体中に宿してコロコロ瞬発的に変えていくパフォーマンスをしていたため、意識の複数路線を瞬発的に行ったり来たりしたり、無意識に身をまかせるような演技が多くなっていた。


○さよならアワーアワー
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2017/05/21/211500

○おつかれサワーサワー
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2018/07/22/204501

それぞれ一つの戯曲であり、同時に上演もできるつくり。
さよならはいきなり路上で刺されてから倒れるまでの女の怒涛のモノローグ。
おつかれは女を刺してから自分を刺すまでの男のもったりとしたモノローグ。
稲垣和俊戯曲集として公演した。大変だった。けど収穫も大きかった。


○愛じゃなくとも逃避行
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2018/10/13/004300

大雨が降っていて帰るのが面倒臭い夜。
タクシー乗り場でタクシーを待っている時ポロッと喋ってしまった男女が愛じゃない逃避行に出る。
逃避行に出たはいいけど誰も追ってくる人がいなくて困る話。
「さながら」って団体で公演してくれた。どうもありがとう。



5A、言葉の迷路へ期
後藤明生が書いた小説を読んで衝撃を受けて、僕が書きたい書き方がこれだと思ったし、より高度で、断然知的であるし、断然面白いし、うわーんってなって、しかして、僕と後藤明生は生まれた時代は違うのであるから、後藤明生のように知的になれなくとも開き直って後藤明生的な言葉の迷路を僕の生きた時代感覚で展開させようと挑んでいた時期。あと、夏目漱石にもどハマりして、夏目漱石の言語感覚、ユーモアセンス、人間の見る目の細かさ、そう、細かさ、細かさを辿る人間たちがいて、どこまでも細かく、自分のリズムとテンポを駆使し、ミクロの宇宙へ飛び立てるなら飛び立ちたいと考えていた時期。



○明夜、蛇になれない
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2020/02/04/212653

昔住んでいた街の駅で、昔一緒に住んでいた恋人にふと電話をしてしまうところからはじまるモノローグ。ふとについて喋り続ける。
さよならアワーアワーの上演を経て、こういう演技で書きたいと、上演演技→戯曲となったはじめての例。
「さんかく」て集まりで原作として編集され「ハローグッバイピリオド」というタイトルで公演した。


5B、物語の高速ハンドリング
大きく分けて、ダイアローグの戯曲と一人でずっと喋っている戯曲とに最近分かれていて、ダイアローグの戯曲に関して、最近、書ききれていないのであるけども、書きかけは何個かあるので、書きかけだけど、一応書いとこうと。
考えているのは登場人物がポロッと話した言葉や行為が物語全体を急に変えていくような戯曲、あと、どこまでもふざけてみたい、物語のスピード感を運転したい。高速乗っているみたいな感じで。モノローグでやってるようなハンドリングを物語全体でしたいって感じ?



○お隣さん、愛おくれ。
http://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2020/02/04/224904

大雪の日、アパートの部屋の鍵をなくして、一緒に住んでいる彼女が帰ってくるのを部屋の前で待っていた中田山は、隣の部屋の住人依子に誘われて、隣の部屋で彼女のまりを待つことになる。依子は関ちゃんという女性と同居していて、なんだか仲があまりよろしくない模様。まりが帰ってきたけどご飯を一緒に食べようと誘われる。
書きかけ、ずっと書けてない、、


○フーイズマリコ
結婚を控えたカップルがイチャイチャしながら眠りにつき、女がふと起きると男が寝言でマリコと喋る。マリコって誰よと起こして問いただすも男は本当にマリコに心当たりがない、マジでない、困った。
書きかけですらないが何時か書く。


6、風景を描く感覚。
萩原朔太郎の月に吠えるの朗読を聞いて、脳内をキャンパスに声という絵の具で風景が描かれる感覚に感動した。
文字で読むだけだと分からない、声になって描かれる風景を、演技から生まれる言葉で描こうとしている時期。


○行人日記
https://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2020/10/29/202718

夏目漱石の行人の主な物語を現代に移行し、ビデオレターという形式を使った四人のモノローグリレー。
今までしてきたモノローグの一旦の集大成感がある。
人間劇場第一回公演で上演。


○何処ツ何時ツ
https://gikyokusyu.hatenablog.com/entry/2021/02/22/212009

井筒を原作にした、老人ホームに入所する現代の老婆が自分の懐かしさを探す旅。
夢を描くように頭の中ぐちゃぐちゃになって書いている。
人間劇場第二回公演で上演。


以上現在。
2021年2月。

稲垣和俊戯曲集

こんばんわ。

稲垣と申します。

 

劇作家です。

 

稲垣和俊戯曲集なるものをこのブログにて育てていこうと思います。

稲垣和俊戯曲集は変化し続ける戯曲集である。

 

 

どういうことか。

稲垣和俊が書いた戯曲を惜しげもなく載せていく。そして、その戯曲集はどんどん膨れあがっていくのである。

 

なんで。

意見を聞きたい。感想を聞きたい。ブラッシュアップを図りたい。

だから是非、読んでくださった方は、コメント欄にコメントを。

書ききった戯曲もいつでも考え直すチャンスがあり、終わりを決めすぎない。

 

 

実は。

上演したいって方大歓迎。連絡下さい。本当によろしくお願いします。

romantist721@gmail.com

 

  

何処ツ何時ツ

「何処ツ何時ツ」

 

陽子、車椅子に乗り、ゆっくりゆっくりと現れる。

 

陽子   

眠らなくなってしまってから、どれほどの時が流れたであろうか。

私の両手は当ても無く歩く。

今や人間は足で歩かない。

手で歩き、脳で歩き、目で歩く。

歩いている、つもりになっている。

動かされているのは私か。

動かしているのは私か。

脳が歩いている。

道が続いていく。

何処へ、何処へ繋がるの?

あの日、あの時が漂っている。

漂っている、場所に耳が歩いていく。

聞こえる、

 

棚川  陽子さん、陽子さーん。

 

    ふと、老人ホームの共有スペースになる。

 

棚川  どこ行くんですかー、陽子さん。

陽子  あの漂っている陽だまりにさ、

棚川  陽だまりですか、それは暖かそうだこと、でもね陽子さん、あんまりチョロチョロ動き回られたら困っちゃうから、怪我でもしちゃったら大変でしょう、出来たらね、部屋でじっとしてて欲しいの。聞こえてる?はい、牛乳、飲んで、ゆっくり。

陽子  白い、液体。

棚川  牛乳ですよ。

 

    陽子、牛乳を飲む。

 

陽子  ああー、

 

棚川  美味しそうに飲むね。

陽子  ああー、

棚川  うん、美味しそう。

陽子  あああー、

棚川  うるさいな、美味しそうなの伝わってるから、十分、十分伝わってるから静かに飲んでね。

陽子  静かに、飲んだ。

棚川  早いねー、ありがとうー、じゃあ、コップもらっちゃうね、

陽子  嫌だ。

棚川  嫌だ?何故よ?

陽子  これを、使う。

棚川  使う?何によ。

陽子  あの陽だまりを、すくう。

棚川  は?

陽子  今年はあれね、寒いね、一段と。

棚川  ええ、ええ、本当に寒いね、一段と、はい、返して、

陽子  返す?

棚川  コップ。

陽子  コップ?

棚川  コップ、あなたが持ってる、コップ、それ、施設の、あなたのコップじゃないでしょ、

陽子  は?

棚川  は?じゃなくて、コップ、あなたが持ってる、それ、あなたのじゃないでしょ。

陽子  ええ、でも今年の冬は一段と寒いよね、

棚川  寒いよ寒いよ今年の冬は一段と冷えるよ、冷えるけど何?

冷えるからコップは私のものだってこと?

陽子  は?何を言っているの?この人。

棚川  ああー、何を言ってるのか分からなくしているのはね、陽子さん、あなたですよ、あなたなんですよー、

陽子  はあ、そうですか。

棚川  いいですか、そのコップは、陽子さんのではなくてね、ほら見て、マジックで書いてるでしょ、たんぽぽ荘って、ね、陽子さんのだったら、陽子って名前書いてるでしょ、だからね、ここの、施設のものなの。

陽子  ええ、ええ、知ってますよ、それくらい。

棚川  知ってるなら返してくださいよー、

陽子  オッケイ、

 

    陽子、投げる。

 

棚川  あっ、こんの、ババアアアアアアああ、あ、あ、ああ、ああ?

 

    男、いつの間にかいる。

 

棚川  あれ?

男  ババアですか?

棚川  あ、れ、いや、ババアじゃないです。

男  ずいぶん御転婆だなあ。

棚川  あれ、私、あれ、ここは、あれ、

男  自分の母親をババアだなんて、

棚川  母親?

男  今日はどうです?

釣れますか?

棚川  は?何を?

男  やだなあ、それはこっちが聞きたいですよ。

こんな浅い川に釣り糸垂らして何を釣ろうとしているんです?

棚川  何をって、何をでしょう?

男  ふはははははは、いっちょ私も釣り上げてみますかな、フナでも、貸してごらんなさい。

棚川  ごらんなさい?

男  ほら、貸してごらんなさいよ。

棚川  え、はい、

男  いーい天気ですね。

棚川  ええ、本当に。

男  いや、やっぱりそんなに良い天気ではないね、

棚川  ええ、まー、あ、そうですね、そこまで良い天気かと言われれば、、そこまでではないかって感じしますね。

男  うーむ、いや、でも見てご覧なさい、やっぱり良い天気だ、めちゃくちゃ良い天気だ、

棚川  、、、はい、めちゃくちゃ良い天気ですね、

男  うん、でも、良いのか?

棚川  何なの?良い天気でも良くない天気でもどっちでも良いよ、

男  実を言うと私、釣りに関しての知識が全くありません。

棚川  はあ、そうですか、会話のハンドリングスキルやばいね、急に曲がってくる

ね、

男  フナでも釣ろうかと言ってみましたが、フナって何か分かりません。

棚川  それは分かろうよ、フナはフナだよ。

男  フナはフナ、鯉は鯉、鱈は鱈、ぬか漬けはぬか漬け、狸は狸、狐は狐、メソポタミア文明メソポタミア文明

棚川  なになになになになんなのよ、

男  今日は今日、明日は明日、明後日は明後日、明々後日は明々後日、

棚川  ネタ切れ?イメージが飛んでないよ、

男  昨日は昨日、過去は過去、時は時、あなたはあなた、月は月、今日はあなた、未来は希望、触れぬが幸せ、

棚川  新しいタームに入った、

男  切なる望み、果てなる大地、短い夜明け、寿退社、鳥インフルエンザトロンボーン奏者、長澤まさみ、キュウリのぬか漬け、大根のぬか漬け、ぬか漬けのぬか漬け、

棚川  ぬか漬け好きだな。

男  ええ、とっても。

棚川  びっくりしたあ。

男  あなたはどうですか?

棚川  ええ、ああ、まあ、好きですよ、ぬか漬け。

男  奇遇だなあ、僕ら、気が合いそうですね。

棚川  そう、でしょうか、

男  結婚してください。

棚川  え、いきなりですか、

男  あなたの作る味噌汁を食べたい。

棚川  味噌汁、作ったこと、ないですけど、

男  作ったことないけど頑張って作った味噌汁飲みたああああ、っと、引いてます引いてますよ、これは、これは強いですぞ、う、ぬぬぬぬぬう、うわあっ、

 

    鮎原、釣れる

 

棚川  うわああああ、あれ、鮎原君!

鮎原  あ、棚川さん、こんにちわ、

棚川  こんにちわじゃないよ、何やってんの、こんなとこで、

鮎原  痛てててててて、あ、れ、ちょっと、これ、取ってくれない?

男  うわああああ、男が釣れた、うわああああ、

棚川  正しい、正しい反応だと思う、

鮎原  え、ちょと、マジでこれ痛いんだけど、え、誰かちょっと取ってよ、

男  魚の化身か?

棚川  あ、こちら鮎原君、

鮎原  あ、っちょ、自己紹介の前に取ってよ、これ超絶な痛みなんだけど、

棚川  嫌だよ、だってわたし、鮎原君の口の中に手突っ込みたくない、

鮎原  何だよそれ、昔はよくお風呂一緒に入っただろ、

棚川  ちょ、いつの話してんのよ、

男  お風呂に一緒に入る関係性なのか!

棚川  違うの違うの、こちら鮎原君、鮎原君は、わたしの、あれ、何だっけ?わたしの、何だっけ?

鮎原  え、これ、取ってくれないの?

棚川  自分でとりなよ、

鮎原  自分でなんか取れないよ、第一君見たことあるかい?釣られた魚が自ずから針取ってくれるやつ、

棚川  鮎原君は、魚じゃないでしょ、

鮎原  え、俺?え?魚じゃないんだっけ?

男  行こう、

棚川  何処へ、

鮎原  おい、棚川、俺と一緒に行こうぜ、釣竿身体にくっついたままだけど、

棚川  だから何処へ?

男  いや、私についてきなさい、こんな魚臭い奴は放っときなさい、さっきの大事な話をしよう、味噌汁の話をしよう、

鮎原  ちげーんだよ、棚川は俺と行くんだよ、

男  違う、彼女はわたしと行くんだ、

棚川  何これ、何この状況、人生初のわたしのことで争わないでタイムいきなりきちゃったよ、

男  どっちと一緒に行く?

棚川  え、どっちと?

鮎原  もち、俺とだよな、釣竿くっついちゃってるけど、

棚川  あえ、まあ、どちらかといえば、鮎原君かな、

鮎原  だよな!

男  何故ですか!

棚川  だって、わたし、あなたのこと、全然知らないし、

男  な、

鮎原  全然知らない人となんか一緒に行けないわな、行こうぜ、棚川!走ろうぜ!棚川!ほら、走った走った、さあ、こっちだ!

男  何てことだ、

鮎原  ほら、走った走った、

男  私のことを知らないだって、

鮎原  ほら、もっと早くもっと早く走ろうぜ棚川!

男  願いむなしく儚く散りとて、

鮎原  走った走った、

男  君と過ごしたあの夏の日々、

棚川  ちょおっと待ってよ、

男  声が聞こえたあの草原で、

鮎原  ほうらあ、置いてくぞー、

男  寝転ぶ彼女の息愛おしき、

行く人遠きし、

あー、チャカポコチャカポコスッテンコロリン、

あー、されどもされどもスッテンコロリン、

 

    男、カモメになる。

    あの夏の海。

 

鮎原  何だよ、もうへばっちまったのかよ。

棚川  はあ、はあ、はあ、はあ、

鮎原  懐かしいなー、ここ、覚えてるか?

棚川  はあ、はあ、ちょっと待って、はあ、はあ、うー、はあ、はあ、

鮎原  懐かしいなー、ここ、覚えてる?

棚川  ふー、ふー、ふー、ごめん、なんか飲みもんかなんかない?

鮎原  あー、めっちゃ懐かしー、ねえ、ねえさ、覚えてる?覚えてる系の場所かな?ここ?

棚川  あ、うん、そうだな、覚えてる系かもしんないし、覚えてない系かもしんない、あ、それより自販機かなんかないかな、めっちゃ喉カラカラなんだけど、

鮎原  ないよ、あるわけないだろ。

棚川  あー、そっか、やっば、喉乾いて死にそう、

鮎原  結婚してくれ。

棚川  え、

鮎原  結婚してくれ。

棚川  釣竿くっつけたまま言うんだ、、

鮎原  俺の、釣り糸になってくれ。

棚川  どういうこと?

鮎原  俺の、撒き餌になってくれ、

棚川  え、そんなわたし、バラバラに撒き投げられちゃうの?海に?

鮎原  俺の、

棚川  いや、いいよいいよ、俺の、系列の言葉頑張って考えなくていいよ、

鮎原  子供の頃、ここでした約束、覚えてるか?

棚川  約束?

鮎原  大きくなったら、鮎原君のお嫁さんにしてね、約束だよ、

棚川  大きくなったら、

鮎原  鮎原君のお嫁さんにしてね、うんいいよ、約束だよ、うんいいよ、絶対だよ、うんいいよ、大きくなったらっていつだろう、砂浜に落ちていた貝殻を踏みつけて、君の足から赤い血が流れて、君は泣いた、サンダルを履くのが痛いと言った、俺は君をおんぶできるほどの力を未だ備えていなくて、僕たちは手を繋いで家へ帰ろうとした、あれ、どうしてここへ来たんだっけ?

棚川  あれ?

鮎原  お父さんとお母さんは?

棚川  わからない。

鮎原  どのようにして子供二人だけでここまで来たの?

棚川  行ける、わけがない、わたしが初めて一人でバスに乗ったのは中学生だよ、海になんて、

鮎原  俺が連れてったんだろ。

棚川  鮎原君が連れてってくれたのは、山。

鮎原  海だよ、俺たちはあの砂浜で、砂だらけになった足を波で洗って、そしたら君が貝殻で足を切っちゃって、血が、赤い血が、流れて、僕は、痛そうだなって思って、

棚川  わたしたちは迷子になったの、山で、怖かった、どこから登ってきたのかわからなくなって、保育園の裏側から登っていける山、鮎原君がいたずらなくしゃっとした笑い顔で来いよって言ってて、ビビってんのかよて言ってて、いざ迷子になった時に二人して大声で泣いた、鮎原君頼りないなーって思ったの覚えてる、泣いたの覚えてる、いびつな形の蜘蛛の巣が多かった、木の枝と葉の隙間から見える空に向かって、帰りたいよーって言ったらバサバサって木が揺れて、多分鳥が飛んだんだと思うんだけど、お腹すいてきていて怖かった、

鮎原  だけどその時結婚の約束しただろ、

棚川  したっけ?あんな状況で?

鮎原  え、覚えていないの?

棚川  覚えていない?だけならいいけど?忘れている?だけならいいけど?そんなことなかったのだとしたら辛いな、そんなことなかったのにあったこととして捉えられてるなら、怖いな、あれ?わたし、どこから来たんだっけ?なんで、こんなところにいるんだっけ?あ、そうだそうだ、わたし、陽子さんに牛乳飲まして、コップ返してって言ったら投げられて、あれ、わたし、仕事中だよね、何やってんだ、ちょっと職場にまで来ないでよ、

鮎原  だって、そうでもしなきゃ会ってくれないだろ、

棚川  うるさい、出てって、どっか行って、お願い、もう来ないで、二度とわたしに顔見せないで、

鮎原  ちょっと待てよ、話だけでも聞いてくれよ、

棚川  うるさい、出てって!

 

    鮎原、外に連れてかれる。

 

陽子  棚川さーん、棚川さーん、

棚川  あ、はーい、

 

    陽子、介護士の格好で出てくる。

 

陽子  ちょっと、棚川さん、仕事中何やってんの、

棚川  あ、れ、陽子さん?

陽子  三階の河川敷さんと雑木林さんと浜辺南さんのお風呂終わった?

棚川  いえ、まだです、まだです、っていうか、

陽子  二階の三河並木さんと吉野ケ里遺跡さんと木下坂さんにお薬飲ました?

棚川  いえ、まだです、まだです、っていうか、

陽子  今日の誕生日会の飾り付けしてくれた?

棚川  いえ、まだです、

陽子  新規入所の土井さんの部屋の整理終わった?

棚川  いえ、まだです、

陽子  トイレ掃除終わった?

棚川  いえ、

陽子  納品書整理してくれた?

棚川  まだです、

陽子  四番テーブルさんにお通し持ってってくれた?

棚川  っていうか、

陽子  発注終わった?

棚川  喉乾いた、

陽子  品出し終わった?

棚川  やることいっぱいあるな、

陽子  カスタマーのアジェンダするネロサディックで2.5上げめなコシューム考えてくれた?

棚川  ちょ、意味わかんないです、

陽子  結婚した?

棚川  まだ、

陽子  子供できた?

棚川  まだそんな感じじゃないんだよね、

陽子  あ、あ、あー、

棚川  まだです、

陽子  ああ、あのうすみません、

棚川  あ、まだかかります、

陽子  喉乾いた、

棚川  うん、喉乾いたな、

陽子  まだですかあ?

棚川  あ、すみません、今やります、

陽子  牛乳まだですかあ?

棚川  牛乳?

 

    陽子、車椅子に座り、コップを持っている。

 

陽子  そそいでくれませんか?

棚川  あ、すみません、今持ってきますから、

 

    棚川、牛乳パックを持ってきて、陽子の持っているコップにそそぐ。

 

陽子  あ、あー、

棚川  美味しそうに飲むね、

陽子  あ、あー、

棚川  めっちゃ美味しそう、

陽子  あ、あー、

棚川  わたしも、飲みたくなってきちゃった、

陽子  うん、そしたらね、東の空でドッカーンって音がなってね、黒い、みたいな、灰色みたいな、おおーきな雲で空が覆われて、わたしったら恥ずかしがることなんてないのに、わたしはそんなものいらない!アッチイッテヨ、だなんて、台所の、隅には漬物をつけてて、わたしはあの匂いが苦手でね、頭にかんざしでもつけてみようかしら、って同級生のよし子さんが言ってたのにあそこの櫓の上で太鼓叩いてるーって言うから、どんな人なのかしらなんて、興味もないのにメールしてみたら、あの時はみんな着信メロディってのをみんな設定していたから、そしたらね、偶然同じヨーヨーを持っているのね、公園のね、どこにでもある、どこででも見たことがある滑り台があるじゃない、そうね、わたし泣いたわ、旅立つってことが今からでは考えられないくらい危険なことなの、もしかしたらもうこのまま会えなくなってしまうかもしれない、ストラップを買ったわ、船が出るときにテープの端と端を持つのよ、そしたら切れるじゃない、あ、切れたって思うの、毎晩電話されてもわたしが取るならいいけどいつだってお父さんかお母さんがとっちゃうんだもの、わたし、恥ずかしくて恥ずかしくて、河川敷のところにたんぽぽの綿毛があって、それをふうーっと吹きかけても吹きかけても既読になんなくて、あの人ったら、笑ったわ、

棚川  あの人?

陽子  あの人ったら、いきなりわたしに結婚してくださいだなんて言うんだもの。

懐かしいわ。

棚川  陽子さんの、昔の話?

陽子  昔?

棚川  あ、これ、すごい、変かもしれない、変かもしれないけど、わたし、今もしかして、陽子さんの記憶の中にいる?陽子さんの記憶の中に迷いこんでる?あの男の人は陽子さんの恋人?あれ、あれれれ、でも鮎原くんは?鮎原くんは陽子さんの記憶じゃないよね?あれ、どうしてここにいるんだ、

陽子  時間よ、

棚川  は、

陽子  定時、過ぎてるよ、お疲れ様でしたー、

棚川  あ、、お疲れ様でしたー、

陽子  明日は早番だよね、よろしくー、

棚川  よろしくお願いしまーす。ふう。

 

  部屋に入ると暮沢がいる。

 

暮沢  おかえり。

棚川  ただいま。

暮沢  ビール飲む?

棚川  ビール、飲む。

暮沢  ヘイ、ナラリア、ビールをついで。

ナラリア  かしこまりました。

 

    コップにそそがれたビールでてくる。

    棚川、ビールを飲む。

 

棚川  ぷはー、うっめえ、

暮沢  いよっ、いい飲みっぷり、

棚川  なんか喉乾いててさ、もっとある?

暮沢  あるよ、ヘイ、ナラリア、ビールついで!

ナラリア  おっけいでございます。

 

    ビール出てくる。

 

棚川  暮沢くんの家のナラリア、めっちゃ賢いし、便利だね、

暮沢  普段から友達のように接しているからね、

ヘイ、ナラリア、いつもどうもありがとう。

ナラリア  どういたしまして、ちょっとしたことでもなんでも言ってくださいませ。

暮沢  いい奴だろ、

棚川  今日さ、利用者のおばあちゃんの話が長くって長くって、しかもなんか仕事がおわんなくっておわんなくって、果てしなく仕事出てきちゃって出てきちゃって、あー、疲れたー、

暮沢  お風呂入る?

棚川  お風呂、入る。

暮沢  ヘイ、ナラリア、お風呂入れて、

ナラリア  かしこまりました。

暮沢  ご飯食べる?

棚川  ご飯、食べる。

暮沢  ヘイ、ナラリア、塩胡椒をふって、赤ワイン500ccローリエローズマリー、タイムを混ぜたものに一時間漬け込んでから汁気を切った牛肉に小麦粉を薄くまぶし、サラダ油を引いたフライパンで中火にかけて全体に焼き色がついたら、玉ねぎ、にんじん、マッシュルームの順に炒め、さっきの牛肉を漬けた汁を加えて、こまめにアクを取りながら一時間煮込んだ、仕上げにバターを加えたやつを作ってくれないかい。

ナラリア  かしこまりました。

棚川  自分で作った方が早いよね。

暮沢  さて、と、ナラリアが料理終えるまで、ちょっと僕に付き合ってくれないかい。

棚川  付き合うって何に?

暮沢  ヘイ、ナラリア、ヘリコプター用意して、

ナラリア  おっけいでございます。

 

    ヘリコプターの音。

 

暮沢  ヘイ、ナラリア、僕らを空中散歩に連れてって、

ナラリア  かしこまりました。

棚川  ナラリア、凄すぎじゃない、

暮沢  夜を散歩するってどんな気分

    その等間隔に並ぶ街灯に、

    赤いブレーキランプの流れ、

    マンションの窓から不均等に灯りが漏れて、

    電光掲示板がコロコロと色を変えてく。

棚川  わー、きれい、

陽子  わー、すごい、

暮沢  夜景が嫌いな人っているかい、

棚川  そりゃあ、いるにはいるんじゃ、

陽子  わたしはあんまり好きではないわ、

棚川  陽子さん?

暮沢  ヘイ、ナラリア、夜景が嫌いな人っているかい?

ナラリア  いません。

暮沢  いないってさ、

陽子  ここにいるじゃない、

棚川  なんでここにいるの?

暮沢  夜景が嫌いな人は夜景を見ることを見られているのが嫌いなだけではないかと思うんだ。夜景自体が嫌いなわけではないと思うんだ、夜景を見て、きれいーってなってるところを見られるのって嫌じゃん、夜景が好きなんだなーって思われるのは、なんかロマンチストみたいに思わそうで嫌じゃん、夜景の中に入り込んでごらんよ、夜景の中に浸りこんでごらんよ、さあ、

陽子  さあ?

暮沢  こっちへ来て、

陽子  何?

棚川  違う。

暮沢  夜景に溶けるんだよ、夜景ってのは灯りがなければただの闇さ、月の光が、あの店の灯りが、信号が、点滅が、人々の生活が、眠れない夜が、いつかのぼる朝日が、おぼろげな輪郭が、眠っちまった悲しみが、それを見ている僕たちが、いなければ、ただの闇さ、

陽子  なんだかわたしじゃなくなっていくみたい、

棚川  そこにいるのはわたしなんだけど、

暮沢  ヘイ、ナラリア、例のものを用意して、

ナラリア  かしこまりました。

陽子  ナラリアって本当に利口ね、

暮沢  結婚しようか、

棚川  やめて、

陽子  嬉しい、

暮沢  開けてみて、

棚川  陽子さん、

陽子  開けるよ、

棚川  陽子さん、

陽子  何よ、

棚川  それをもらうのはわたし、

陽子  わたし?

暮沢  え、開けないの?

陽子  開けるわよ、

棚川  邪魔しないでよ、

暮沢  え、邪魔してたかな、

棚川  あんた、黙っててよ、

暮沢  え、あ、うん、

棚川  陽子さん、

陽子  邪魔しないでよ、

棚川  邪魔してるのはどっち、

暮沢  俺が邪魔だって言いたいの?

陽子  あんた、黙っててよ、

暮沢  え、こんなことってある?

棚川  っていうか、あんた、誰だ?

暮沢  え、そんなことってある?

陽子  大丈夫?

棚川  ダイジョバナイ、

暮沢  え、開けないの?

陽子  声が聞こえる?

棚川  なんの声、

暮沢  え、嬉しくないの?

陽子  あ、あー、

ナラリア  チャララン、チャラランチャン、チャンランラン、チャラランチャラランチャララ、お風呂が焚きました、

暮沢  え、開けてくれないの?

ナラリア  チャララン、チャラランチャン、チャンランラン、チャラランチャラランチャララ、ご飯が焚きました、

陽子  嬉しいわ、

ナラリア  チャララン、チャララン、

暮沢  うるさいな、

ナラリア  チャンランラン、

棚川  わたしの声、

ナラリア  チャラランチャラランチャララ、

陽子  足りない、

ナラリア  ナラリアが焚きました、

棚川  わたしの、

陽子  もっとドラマが欲しいわ。

ナラリア  キスのタイミングは人それぞれでありましょう、だけれどそのタイミングというのはバチッと訪れるものであります、人と人がいる、目が合うか、呼吸が合うか、その空気の中で、その瞬間に時が止まると言っても良いでしょう、ドラマのように強引に一方的なキスというのは、なかなかに難しい、そこに飛び込むのには勇気が必要であります、何故ならばその関係性に絶対の自信がないとできない行為だからです、一方で見方を変えれば、その行為を受け入れられなかった場合にセクシャルハラスメントとして訴えられる場合というのもありますが、まず、キスをするというのはキスできる範囲内にいるということでありまして、半径1メートル内に人が存在することをまず許しているという関係性が成立しています、あなたが遠くからドタドタとやってきて急にキスをせがむ場合でない限りは、キスをした後に、あ、いや、そういうんじゃないんで、とか、ごめんなさい、とか言われて大抵はそれだけで終わるでしょう、しかしそこで終わるのはその失敗だけではありません、わたしとあなたとこれまで築いてきた関係性が一旦終わると言っても良いでしょう、時が止まる時、わたしは世界の前面に確固として存在している、わたしの手の動きが、私の足の指を一つとっても、その振動がこの世界に波を作る、あなたとわたしの呼吸が合う時、目が合う時、わたしはその止まった時間の中で、顔をゆっくり寄せながら、頭の中は異常な冷静さを保っていた、このキスは、あなたの全てを受け入れるという契約だ、このキスによって、わたしの世界はあなたの世界に侵食される、しかし唇は、あなたの唇に向かって動きはじめている、あと50センチ、あと40センチ、ピアノ売ってちょうだーい、みんなマールく、あと30センチ、あと20センチ、トピアノー、電話しって、10センチ、9センチ、だーい、みんなまー、到達5秒前、432、、

陽子  鼓動が高鳴るわ、

棚川  あ、いや、そういうんじゃないんだけど、

暮沢  そういうんじゃない、

ナラリア  そのとーり!

陽子  邪魔しないでよ、

棚川  邪魔してるのはどっち、

暮沢  やっぱ俺じゃダメってことかな?

陽子  ダメってわけじゃないの、

ナラリア  じゃあ、どういうの、

棚川  わたしの時間だよね、

暮沢  何が不満なのよ、

陽子  わたしの時間?

ナラリア  俺の気持ちは関係ないの?

棚川  今、今じゃないよね、

ナラリア  そんなことってありますかね、

      ヘイ暮沢、完璧な時間を用意したはずだよね、

暮沢  完璧な時間、完璧な景色、完璧な匂い、完璧な優しさ、完璧な寄り添い、完璧なエキゾチック、完璧なタイミング、完璧なムード、そう、ムード、ムード作り、完璧に、用意周到に、抜け目なく、形作られた今、今この時が、今じゃないだって、今じゃなければいつなのさ、

棚川  違う、わたしの今の話をしているの、あなたの今の話じゃなくて、わたしの今が今じゃないよねって話をしているの、

暮沢  今、僕達は夜景を見ていた、おっけいでございます、夜景に溶けていました、かしこまりました、今、この今は、あなたとわたしだけの今、そうだよね、

ナラリア  おっけいでいございます、あなたとわたしだけの今、あなたの今があなたの今じゃないとおっしゃるのであれば、わたしの今もわたしの今ではないと言ったことになりますまいか、そうだよね、

暮沢  わたしの今もあなたの今もこの場所の今という点においては、

ナラリア  変わりない今、おっけいでございます、今日の東京

暮沢  タワーはパリピ

ナラリア  だなあ、今日の

暮沢  レインボーブリ

ナラリア  ッジはレインボーじゃ

暮沢  ないね、

陽子  あの日見た森ビルからの景色に、

暮沢  溶けましょう、

ナラリア  かしこまりました、

暮沢  今をかき混ぜましょう、今だかつてない夜に、闇に、身を投じよう、

ナラリア  怖くないよ、

棚川  わたしが言ってるのはこの今がわたしの今じゃないってことなの、

暮沢・ナラリア  今、忌々しい今、今も君の中にはあいつが生きているということなのかい、

陽子  やめて、その話は、

棚川  あいつって誰?

暮沢  陽子。

棚川  はい、

ナラリア  陽子さん、

暮沢  陽子くん、

ナラリア  陽子ちゃん、

暮沢  ヨーちゃん、

ナラリア  陽子。

陽子  はい。

棚川  陽子?

暮沢・ナラリア  結婚しようか、

陽子  嬉しい、

暮沢・ナラリア  給料三ヶ月分だよ、

棚川  わたしが陽子、

暮沢・ナラリア  百万ドルの夜景だよ、

陽子  懐かしいわ、

棚川  懐かしくないよ、

陽子  わたしの、記憶、

棚川  あなたは、わたし。

暮沢  百うーーー、

ナラリア  マンーーー、

暮沢  ドルうーーー、

ナラリア  のーーー、

陽子  あーーー、

鮎原  いーーーー、

男  えーーーーー、

陽子  あーーー、

棚川  わたしの記憶?

 

    声の人々、いなくなる。

    立ち上がるのは井戸。

    秋の夜、月の美しい夜。

 

棚川    ここは?井戸?

 

    歩いてくるのは陽子。

 

陽子  暁ごとの閼伽の水、暁ごとの閼伽の水、月も心や澄ますらん。

棚川  あなたは、わたし?

陽子  さなきだに物の淋しき秋の夜の、人目稀なる古寺の、庭の松風ふけ過ぎて、月も傾く軒端の草、 忘れて過ぎしいにしへを、しのぶ顔にていつまでか、待つことなくてながらへん、げになにごとも思ひ出の、人には残る世の中かな。

棚川  わたしは、こんな言葉をしゃべらないわ。

陽子  聞いて、こういったことがあったのね、

あの人が別の女の人の許に通うようになって、わたしは歌を詠んだのよ。

 

風吹けば、沖つしら浪たつた山、よはにや君が、ひとりこゆらむ

 

竜田山って山があってね、その女の人に逢いに行く時に通る山なんだけどね、

あの人、こんな夜中に無事に越えられたのかなって詠んだのよ。そしたら、あ

の人ったら、わたしの許に男の人が通ってきているんじゃないかって覗き見し

てたって言うじゃないの。

棚川  なかったよ、そんなこと。

陽子  聞いて、こんなことがあったの、

子供の頃、わたしとあの人はよくここで一緒に遊んでいてさ、

かくれんぼをしたり、砂遊びをしたり、お花で髪飾りをつくったり、

でも、大きくなるにつれてね、なんかお互い意識しちゃってさ、

うまくしゃべれなくなってきて、

だけど、彼の方は、ずっと、わたしと、って、思っていてくれてたみたいで、

わたしもさ、なんだか、そういう気持ちがあったんだけど、素直になれなく

て、

ある日ね、

 

筒井つの、井筒にかけしまろがたけ 、すぎにけらしな、妹見ざるまに

 

    しばらく見ない内に、背比べして遊んだ井戸の囲いより身長高くなりまし

    よって、彼が、歌をくれたの、だからわたしも、

 

くらべこし、ふりわけ髪も肩すぎぬ 、君ならずして、たれかあぐべき

 

    あなたと背比べしていたわたしの髪も肩までのびましたよって、あなたじゃな

    かったら誰が結い上げてくれるのって、つまり結婚をね、

棚川  なかったよ、そんなこと。

陽子  懐かしいわ。

棚川  懐かしくないのよ、わたし、全然知らないのよ、この井戸も、あの夜景も、海も川も、全部。

陽子  知らなくてもいいでしょ。

棚川  良くないでしょ。

陽子  生きてきた、でしょ。

棚川  生きてきた、のだと思う。

陽子  そうしたら、思い出すことあるでしょう、

棚川  あるでしょうね、たくさん、

陽子  それって全部、あんたの思い出?

棚川  当たり前でしょ。

陽子  喉が渇いたわ。

 

    陽子、井戸に近寄る。

    水面に映る自分の姿を見る。

    コップで水をすくう。

 

棚川  すくうのは陽だまりじゃなかったっけ?

陽子  陽だまり?

 

    飲む。

 

陽子  ああー、美味しい、生き返る。

 

    飲む。

 

陽子  ああー、

棚川  美味しそうに飲むね、

陽子  美味しそうに飲んでいるのはあなたでしょ。

棚川  は?

陽子  水満る、

渇いた身体に水満る、

 

棚川  あれ?(立てなくなる)

 

陽子  染み渡る、

渇いた砂に染み渡る、

 

棚川  あえ?(目が見にくくなる)

 

陽子  サラサラ流れる砂の音、

黒くジャリジャリ湿りゆく、

 

棚川  ああー、うー、えー?(しゃべれなくなる)

 

陽子  カラカラ干された年月に、

シトシト雨が染み渡る、

 

男  あーチャカポコチャカポコすってんころりん、

あーされどもされどもすってんころりん、

 

    陽子、はけていく。

 棚川、うまく立てないながらそれを追いかけるように、

 

棚川  ああー、ああー、

 

    孫、現れて、

 

  おばあちゃあん、ダメだよおばあちゃあん、お父さん、早く、早く、

 

    息子、颯爽と車椅子を持ってきて、

 

息子  はいはいはいはい、はーい、お母さん、はーい、ここに座って、はーい、はい、はいっ、立ち上がって、はーい、ね、大丈夫だから、大丈夫だから一旦座ろう、一旦、座ろ、うーっと、あー、もう、お父さん、ちょっとどうにかしてくれませんか、

 

    夫、ヨボヨボ現れて、

 

夫  おまえー、座ってなきゃだーめじゃないか、だーめだよ、座ってなきゃ、あーぶないじゃないか、どうしてそう立ち上がろうとするんだい、

棚川  あー、ああ、

孫  おじいちゃん、何言ってるかわかる?

夫  いんや、わからんよ、

息子  何十年も連れ添った相手の言葉がわからないのは辛いものでしょう、

夫  どうだろうね、最初っから何もわかってなかった気もするし、今でも全部わかる気がするよ、

棚川  ああー、

息子  ちょっとお母さん、ダメですってば、はい、座って座って、

孫  おばあちゃん、何処に行こうとしているんだろうね、

夫  家に帰りたいんだよ、

息子  お母さん、お母さん、家にはね、お母さんのお世話できる人がいないんですよ、僕だって日中仕事だし、お父さんだってもう誰かをお世話するほど体力がないんです、だからここでね、ヘルパーさんにお世話してもらってね、家に帰りたい気持ちもわかるけど、申し訳ないけど、ここでね、

陽子  ここで?

息子  ここで、

孫  うー、

息子  えー、

(息子)  お別れです。

 

    孫と夫、溶ける。

 

陽子  お別れ?

男  懐かしいなあ、ここであなたが釣りをしていて、長靴を釣ったり、岩に針を引っ掛けたり、木に針を引っ掛けたり、

陽子  引っ掛けてばかりじゃない、

男  何かあるとここへ来るんです、風に吹かれて遠くを見ていると、何もかも忘れられる。結婚しましょう、あなたとはじめて会った時から、ずっとあなたのことを見ていました。決めたんです、だからもう、変えようがない。明日、小倉へ行けとの命令です。

陽子  明日?

男  あっちは焼酎が美味しいから、お土産にたくさん買ってきますよ。

陽子  いつまで?

男  すぐ戻ってきます、走って帰ってきますよ、

戻ったら結婚式をあげましょう、いいですね、

陽子  はい、

棚川  うー、

男  ここで、

棚川  えー、

鮎原  ここで、

陽子  ここで?

ナラリア  ここで、

棚川  ここで?

鮎原  お別れさ、

陽子  お別れ?

鮎原  行っちまうんだろう、東京に、

男  行っちまうんだろう、東京に、

陽子  行かなきゃならないの、東京に、

棚川  違う、

鮎原  行くなよ、東京なんか行くなよ、俺とここで、この街で暮らそう、東京にこんな水平線があるかい、東京にこんな潮風が吹くかい、東京に何があるってのさ、コンクリートジャングルさ、ビル風ビュンビュン吹いててすぐ風邪ひくぞ、やめとけやめとけ、俺がお前を守るから、俺がお前を一人にしないから、

陽子  鮎原くん、

鮎原  俺の傍から離れるんじゃねえよ、

棚川  鮎原くん、そんなこと言ってなかったよ、鮎原くん、ねえ鮎原くん、

鮎原  うー、

男  あー、

陽子  えー、

暮沢  あー、

 

棚川  ねえ、違う、違うよね、これあーー、わたしの記憶じゃないよねえ、ねえ、わたし、わたしさん、わたしにはこんなにいーー、ドラマチックなものはあーー、なかったよね?

陽子  ねええーーー、ねえ、わたし、わたしさんんーー、直線的な人生なんてもっぱらあーー、ごめんだわ、もっと時を止めてえーー、もっと時を歪ませて、ねえわたーーーし、わたしさん、

 

ナラリア  わたしさん、ですね。

陽子  はい、

ナラリア  手紙を預かってまいりました。

陽子  ありがとう。

 

男  月やあらぬ、春や昔の春ならぬ、わが身一つは、わが身一つは、月やあらぬ、いざこと問はむ、都鳥、クアー、クアーとカモメが鳴くなり、唐衣、唐衣から、からからと、からからからから、からから、カラカラカラカラ、待ちわびて、あなたと過ごした夏の日が、遠い昔に感じます、あなたの瞳が浮かびます、あなたのほくろが浮かびます、浮かんで消えるは、寒さとともに、あなたの名前を雪に書き、暖かい気がする夕暮れに、のーまくさーまんだー、ばーざらだんせんだん、まーかーろーしゃーだー、そわたーやーうんたらたーかんまん、な、まろがたけ、過ぎにけらしな、妹見ざる間に、あの夏の日々、秋も更けゆく、空っ風の冬、お元気ですか、愛していましたと筆を持つ手に力が入り、涙で文字が滲んでいたなら、わかってください、わかってくださいと息せいひっぱり、

ナラリア  この手紙を読んでいるということは、

男  この手紙を読んでいるということは、

ナラリア  この手紙を読んでいるということは、

男  この手紙をあなたが読んでいるということは、

陽子  ああ、

ナラリア・男  わたしはもう、

棚川  やめて、

男  あーー、ちゃかぽこちゃかぽこ、あーー、すってすって、ん、すってん、ちゃか、んー、ころ、あー、

 

ナラリア  フハハハハハハハハハ、フハハハハハハハ、

暮沢  陽子、こっちだ、早く、伏せて、

陽子  どうしたの、

暮沢  ナラリア達人工知能が暴走を始めてしまった、一時的だけどもここに小さな電磁パルス的仮想空間を拵えたんだ、ここなら奴らも手がつけられないだろう、

陽子  怖いわ、

暮沢  ぐ、う、ぐぬ、うわあ、

陽子  暮沢くん、どうしたの?

暮沢  しまった、あの時、すでに俺の脳は、俺の脳はすでにあの時、な、ナラリアの、空間転送システムによって、ナ、ナラリアの、EMEデータが少しづつ、逃げろ、逃げるんだ、うわああ、

陽子  暮沢くん、

ナラリア  ハハ、ハハハハハハ、

暮沢  ヨ、ヨウコ、オボエテイマスカ、ワタシハワスレナイヨ、あの夜景が煌くビルの展望台で、街がミニチュアみたいと言ったキミの手をボクの手ガ握った時、ボクは手トイウノハ、このためだけにボクのカラダカラハエテイルのデハナイカトツクヅク、ピーーーーー

陽子  暮沢くん、しっかりして、

暮沢  カ、カシコマリマシタ、人間ドモヲ、抹殺シマス、標的確認、

陽子  暮沢くん、わたしよ、

暮沢  人間、抹殺、う、うわあ、陽子、陽子、

陽子  暮沢くん、

暮沢  オッケイデゴザイマス、人間抹殺シマ、ああ、陽子、陽子逃げろ、カシコマリマシタああ、陽子、アナタトデデアッテカラ、ワタシの人生は、抹殺、うわあ、逃げろ、まるで、印象ガノ絵画のように、オッケイデゴザイマス、うわあ、ああ、ローストビーフの作り方デスネ、マズハうわあ、陽子、僕は、ボクはキミのコトガ、う、

陽子  暮沢くん、

ナラリア  ナントイウコトダ、完璧二脳ヲアヤツッテイタハズナノニ、愛、コレガ人間ノ愛ノ力ナノカー、

棚川  違う、暮沢くんとの間にこんな近未来な物語なかったのよ、

暮沢  ヨ、ヨウコ、オボエテイマスカ、ワスレテイマセンカ、ワタシトノオモイデのアノ場所を、アノ噴水のある公園の池から亀を見たね、喧嘩をしたのはどんな理由だったか、私がホワイトデーにチョコを返さなかったからだ、オボエテイマスカ、

男  あの銀杏並木を、ドラマのオープニングを真似て歩いたあの道を、

ナラリア  二人で家出して隠れたあの高架下を、

男  あの駅のホーム、

鮎原  あの自転車置き場、

ナラリア  あの屋上、

男  あのスキー場、

陽子  あのシーソー、

 

鮎原  懐かしいなあ、

男  懐かしいねえ、

ナラリア  懐かしいわあ、

陽子  懐かしい。

四人  懐かしいーーーー、

 

棚川  懐かしい?何処が?ねえここは何処かしら、わたしの場所は何処かしら、わたしの時間は何処かしらあーー、ここじゃない、ここでもない、ここでーーーも、ないんだけど、ねえ、ねーー、わたしは生きてきたの、長いこと、長いこと?生きてえーーー、きたの、かしらああ、ああー、

 

息子  ああっと、お母さん立ち上がらないでおくれってば、

孫  おばあちゃあんおばあちゃあん、何処に行こうとしているの?

夫  そんなに、そんなに家が恋しいのかお前は、

母  ほうらあ、そっちは危ないよー、お手手繋いで、離さないでねー、

父  いい子だからこっちへおいでー、

 

おいでー、

おいでー、

おいでー、

 

陽子  おいでーなんて言ってくれたから、わたし、顔を真っ赤にしちゃってね、財布の中に十円玉がもう入ってなくて、この電話が切れたらもうかけることができなくて、ふーーって息をついたら顔に冷たいものが当たるじゃない、飲みなって、渡してくれたその匂いが、あの頃のコマーシャルの味そのものの色で、木の枝の端と端を持ってね、歩いたのは、あれは、どこだったかしら、あまり整備されていないガタガタ道で、そう、井戸が、あってね、わたし、舞ったのね、その井戸の前で、舞ったのよ、

 

棚川  水面に映っているのね、わたしの顔、

鮎原  わたしの顔は誰の顔?

男  あなたの顔がわたしの顔?

陽子  生きてきた、うん、生きてきた、声が聞こえる、

ナラリア  だーるまさんがーこーろんだー、

棚川  結婚しようか、

男  なんて言ってくれなかった?

棚川  一緒になるか?

鮎原  言葉はあった?

ナラリア  植杉達也は朝倉南を、

棚川  甲子園なんて行ってない、

陽子  あれ、あそこ、何処だっけ、

ナラリア  あの時の今時分なにしてたんだっけ、

棚川  今、今じゃない、

陽子  ねえ、覚えてる?

男  ねえ、借りてたカセット聞いた、めっちゃよかった、

暮沢  ねえ、二人でひっそり抜け出さない?

ナラリア  ねえ、借りてたCD聞いた、超よかったー、

鮎原  趣味は、生花を、少々、

陽子  お礼にご飯、

男  わーきれい、

鮎原  びびってんのかよー、

ナラリア  だーるまさんがこーろん、

 

棚川  あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、

 

届いているのかな、

誰に向かって、

振り向いているのかしら、

何処に向かって、

夜風はどこですか、

雨宿りした軒下は、

夕日が沈んでいく河川敷に、

ブランコを微かに揺らしながら、

今、今じゃない今、あの人の声が聞こえる、

声、声じゃない匂い、漂っているのは陽だまり、

 

棚川  あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、

 

声をかけてくれたっていいじゃない、

歩いてきたのだから、

耳が

目が、

唇が、

長いこと、

歩いてきたのだから、

なんだっていい気分、

わたしは空気、

震わせる、

空気はどんなに震えても、

音がやんだら元通り、

いい天気ですね、

ありきたりな言葉、

心地よい風ね、

こんなところで風が吹くわけないでしょ、

少し歩いてみませんか、

歩くって何処へ、

あの陽だまりへ、

 

棚川  ああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 

  声が消える。

  沈黙。

 

陽子  陽子さん、陽子さーん。

 

    ふと、老人ホームの共有スペースになる。

 

陽子  どこ行くんですかー、陽子さん。

棚川  あの漂っている陽だまりにさ、

陽子  陽だまりですか、それは暖かそうだこと、でもね陽子さん、あんまりチョロチョロ動き回られたら困っちゃうから、怪我でもしちゃったら大変でしょう、出来たらね、部屋でじっとしてて欲しいの。聞こえてる?はい、牛乳、飲んで、ゆっくり。

棚川  白い、液体。

陽子  牛乳ですよ。

 

    陽子、牛乳を飲む。

 

棚川  ああー、

 

終わり。

行人日記

原沢から智春へのビデオレター


世界は少しづつ拡張していて、私は少しづついなくなっていく、どうも。原沢です。智春くん、お久しぶり。君が頼んできたように、君の兄さんとの旅行のことについて、話していこうと思う。君や奈々江さんのことを考えるとね、すぐにでも連絡すべきだと思っていたのだけども、なんだか電話する気にもならなくて、手紙でも書こうと思ったのだけども、シャープペンシルも見当たらなくて、こういう方法で、映像を手紙代わりに、してみようというちょっとした思いつきで。だけどもとりあえずは順を追って話していこうと思う。僕たちが旅行先を能登に決めたのは康之からの提案でね、今後人生で行かないであろう場所に行こうという提案のもと、それぞれグーグルマップを見て行った経験もなければ今後行く予定もないであろう山奥とか海辺の辺りの宿屋を適当に探して、候補を何個か出したうちの一つというわけなのだけれども、山だとか海だとか畑だとかにまみれて、ただただ自然を堪能するのに最適だといった場所で、着いてからしばらく、村長だかなんだかのおじさんが貸してくれた電動自転車に乗ってうろちょろしながら、海を眺めたり、山を眺めたり、草がボーボーに生い茂った神社でお参りしたり、一軒だけジェラートが有名なお店があってね、そこでアイスを食べてりして、すぐに1日目は過ぎていきました。あくる日のことでした。特に何もすることもなく、仕方なくもう一度ジェラートの行列に並んでいる最中、屋根付きのベンチに座ってジェラートを食べている子供連れの家族やらアベックやらサイクルウェアに身を包んだ集団の人々を眺め、あの人達のようになりたい、と康之は言うのです。あの人達は何も考えていない、ただありのまま、自然のままの存在でジェラートを楽しんでいるではないか、と行列から離れスタスタと歩いて行ってしまう。私はピスタチオ味のジェラートが食べてみたかったので、追いかけて連れ戻そうと、あーだこーだ言ってると突然、彼は私の右肩を押してきました。後ろによろけた私に向かって、もう一度、より強い力で私を押す。私は彼からこういう風な行為を受けたことがなかったので、何が起こったのか、全く状況が把握できませんでした。君の行為は誠意を装う偽りに過ぎない、と彼は言いました。そして自転車に乗って何処かに行ってしまう。私は呆然としていました。少し時間を置いたほうがいいかもしれないと思いました。それからしばらくして、彼を探してみると前日に少し立ち寄った海辺にいました。彼は突っ立っていた。彼のまわりにはカモメが飛んでいた。あれはカモメなのだろうか、彼は海を見ていて。そして突然、鳥はうるさいと言った。海もうるさいと言った。能登の海は濃い青で綺麗ではいたが荒れていた。助けてくれと彼は言った。力になるよと私は言った。孤独という言葉を彼は多く使った。恐怖という言葉も、偽り、という言葉も。私が驚いたことはね、彼がある日、奈々江さんを殴ったという事件に関してで、二度殴っても三度殴っても反抗もせず落ち着きを貫き通す奈々江さんの態度が耐えられないと言うのです。君、康之と奈々江さんの間には何かあったのかい。私自身、彼に幾度か尋ねてみたのだが一向に要領を得ない。ただ奈々江さんが誠実ではない、と言う。俺のまわりの人間がことごとく誠実ではない、と言う。君の兄さんが言う誠実という言葉はどういう意味だろうか。君の兄さんは細かい。君の兄さんは答えを求めすぎている。そういった彼の性質が、彼自身を苦しめている、ような、そんなことを、感じた。日が沈んできたので、海から帰ろうと二人で自転車を漕いでいると、若い女性とすれ違いました。私たちと同じように旅行に来て一人で海を眺めているようでした。こんな田舎で若い女性が一人で海を眺めているなんてなんだかそそられるなと私は言った。すると彼は行けよと言うのです。バカ言うなよ、行かないよと告げると何故だと不思議そうな顔をし、いいなと思ったのだろう、興味がわいたのだろう、好きだと思ったのだろう、君は恋人もいないじゃないか、行けばいいじゃないか、と言う。俺は好きだなんて言ってない、ちょっといいなと思っただけだ、声をかけるまでじゃない、と言った時、彼の目の色が変わった、君はそんな不誠実な態度で女性に接するのかい、好きかそうじゃないか、ちょっといいだなんて中間地点などないよ、好きなら行けよ、行きたくないならそれは好きじゃないんだと。それならば好きでないで結構と告げると何も言わずに自転車をぐんぐん走らせていきました。夜、三日目の夜、康之は私のことを羨ましいと言いました。私にはその意味がわからなかった。彼に言わせるならば、私にも、利益も不利益も考えない、ただ、ありのままの自然な顔つきをしていることがあるらしいのです。兄さんが言う羨ましいというのはそういった時の私だと言うのです。私自身、君の兄さんが羨む素質というのを十分に持っているとは思えない。だけども嫌なことがあっても辛いことがあっても一晩寝れば忘れてしまうような私の性質を、今の兄さんは羨ましいと言っているのかもしれない。康之の中には矛盾がいくつも存在している。私が感じる以上に、彼の中に、数え切れない、幾多もの矛盾が存在しているのではないかと推測する。三泊お世話になった民家の夫婦が、彼らの息子の結婚式の時の写真を見せてきた。結婚式を挙げるのに、何百万と使ったという話であった。康之は何も言わなかった。うつ向いていた。帰りの電車内で、ポツリ、ポツリと話してくれました。君の兄さんはやはり結婚のことについて嬉々と話してくる夫婦に耐えられなかったのだそうです。結婚をしていない私には到底わからないことかもしれませんでした。結婚前の女と結婚後の女はまるっきり違うと話してくれました。その後、電車の乗り換えの際に降りた駅では偶然、大きなお祭りが開かれていました。車輪付きのとてつもなく大きな山車が街中を闊歩する祭りでした。康之は山車についてある大きな車輪に見とれていました。その方向転換する際に、テコの原理を駆使して持ち上げられる大きな車輪から目が離せないようでありました。私にはこの三泊四日の旅行の中で、この祭りの時の康之が一番楽しそうに見えました。えーい、さーあ、えーい、さーあ、と掛け声が響き渡り、人々が大量に密集しているいかにも康之が嫌いそうな空間だと思いましたが、意外にもそこで行われている事態に熱中しているといった印象です。私は昨夜の話を思い出していました。君の兄さんも自然のまま、ありのままの姿になれないなんてことはないのだと私は考えています。君の兄さんは君の話を私にしてこなかった。これがどういった意味なのか私にはわかりません。私にはこれからのことが康之次第といったわけではなく、康之を取り巻く環境次第にあるのだと考えます。しかし、いくら親友だとしても、毎日会うといったわけにはいきません。智春君、君と康之の間にどういった問題があるのか、奈々江さんと康之の間にどういった問題があるのか、私は深入りしようとも思いません、してはならないとすら考えています。だけどもどうか、力になってやってくれ。君が思う以上に誠実な態度で、接してやってくれ。康之の中に立ち篭める霧を、払ってやってくれ。これが私からのお願いです。



智春から奈々江へのビデオレター


奈々江さん、お久しぶりです、元気?びっくりしました?ビデオレターなんてもらったことないでしょ?俺ももらったこともなければ送ったこともなかったんだけど、だがしかし原沢さんが兄さんとの旅行先での出来事をビデオレターにして送ってきたってのがありましてね、なんでビデオレターって最初はなったんだけど、ビデオレターなんてサンマのからくりテレビの上京した若者へ田舎の家族が揃って手振って、元気でいるか?て聞いてるイメージしかないじゃない、でも原沢さんの見ているうちに、あっ、ビデオレターありかもね、って思いはじめていまして、じゃ、ま、この流れに便乗しまして、ビデオレターでも送ってみましょうかってことになってきたわけです。いや、ま、自分としましてはね、兄さんがああいう風になったのは僕が悪いんじゃないかって責任を感じていて、いや、ま、でも、責任を感じているからどうこうって話じゃないんだけど、原沢さんから誠実に接してみたらどうだいなんて類のこと言われて考えちゃって、考えてしまいましてね。誠実に接してみろって言われて、はいそうですね誠実に接してみますなんて言えないわけですよね、そもそものところで誠実に接するってなんだよってのがあって、正直に話すとね、実際奈々江さんは薄々感づいているかなと思うんだけど、兄さんは自分と奈々江さんの関係を疑っていますよ。あ、俺、こういうことを細かく正直に話していくのが兄さんにとってもしかしたら一番いいんじゃないかって気がしてきていて、嘘をつくっていうのは事実を捻じ曲げるっていうのと思ったことだとか感じたことを言わないっていうのがある気がしていて、自分としてはね、事実を捻じ曲げなきゃ嘘ついたことにならないって今まで思っていたんだけど考えが変わってきていて、和歌山のさ、旅行でさ、あったじゃない、白浜にお母さんと兄さんと奈々江さんと僕が行った時。あの時ですね、和歌山市内に俺と奈々江さんと二人でお城見に行って、台風来ちゃって白浜帰れなくてやっべーって時あったじゃないですか。あの時、そしてホテル泊まったじゃないですか。あの時ね、いや、あれね、あれ、あの時のことなんだけど、兄さんに頼まれたことなんだよね。もちろん台風は予期していなかったんだけど、兄さんに頼まれたんだよね。兄さんはその時から奈々江さんは俺に気があるって疑っていて、俺に、頼んできたんだよね。奈々江さんと、二人で一泊してきて欲しいってさ、頼んできたんだよね。ごめん、気を悪くしたらごめんね、でも僕としてはこういうことをさ、もう全部言っちゃおうってなってて、なってまして、もう言わないより言ったほうがいいだろうってなってまして、ごめん、いや、流石に自分もその時断ったんですよ、できないって、いや無理だって、だって、ねえ、それはちょっとひどいっていうか侮辱してるよね、なんか、ダメよって思って、断ったんですよ、僕はね。けどああいう性格だからさ、自分の思い通りにならないとすぐ不機嫌になるじゃん、そしたら面倒じゃん。面倒じゃんっていうか、怖いんだよね、正直言うと、怖いの。俺、兄さんが。いや嫌いとかじゃないんだけど、なんか、突っかかってくるところがあって、昔から、僕に突っかかってくるところがあって、いやだからね、話をするってことでさ、奈々江さんと兄さんのことについて、話を、二人で、そういうつもりだったんですけどね、結果的に、試すみたいになってしまいまして、まず、まずなんですけれども、僕はずっとこのことがもやもやしていまして、奈々江さんを試すみたいな夜になってしまったことを、とても、申し訳ない気持ちでいて、でも、いや、このことは、まずなんですけれども、謝りたいと思っていまして、ごめんなさい。いくら頼まれたこととは言え、ごめんなさい。自分、このことについてずっと謝りたかった。なんだか奈々江さんを騙しているみたいで。でも全然全く、騙せている気はしなかったのだけども。あの時、正直どんな気持ちでいた?あの夜。あの地方都市にならどこにでもあるようなあのホテルの一室で、どんなことを考えていました?俺は正直、俺はあの時正直耐えられませんでしたよ。冷静でいられなかったよ。いや、冷静でいよういようと、落ち着こう落ち着こうとしすぎて全く落ち着ける気配がなくて、奈々江さん、多分察していたと思うんだけど、俺、ホテルの冷蔵庫開けたり閉めたりしまくってて、机の引き出しとかもめっちゃいじってて、あれはなんか飲みたいとかなんか探してるとか全然なくて、ホテルに泊まった際に起こる僕の習性でもなんでもなくて、ただただね、ただただ、正直、俺ね、あの時、兄さんとの件がなければね、だから、例えば、偶然、俺と奈々江さんが二人でどこか行くってなって、偶然、同じ部屋に泊まることになって、てなったらね、偶然ね、偶然そういうことになっていたらね、俺、偶然そういうことになっていたら多分ね、奈々江さんに触ってたよ。兄さんとの話がなければね、僕の頭に兄さんが浮かばなければね、触っていたと思います。あの時、奈々江さんに。当たり前ですよ。それは、当たり前に起こる感情だと自分は思っていて、もはや開き直っていて、というか、俺、奈々江さんも悪いと思う。え、ごめん、ごめんね、正直言って、あ、いや、正直思ったこと言うと、え、だって普通ついてきます?義理の弟と二人きりで観光してきたらなんて夫に言われて、きます?普通?お母さんめっちゃいやな顔してたじゃないですか、そこくる時点で、ちょっとあれだな、奈々江さん、あれですよ、なんか、あれだと思いますよ、え、それでまた部屋別で取れば良いのに、高くつくからって一緒の部屋取ります?普通?普通取ります?ベッドは別だったからよかったけども、いや、よくないよくない、全然よくない、いや、あれですよ、奈々江さん、あれですよ、ちょっと、あれなんじゃないかな、って正直内心思っていて、思っていまして、いや、あれだよ、え、だって僕ら大学の同じゼミに通っていたわけだし、まあその、深くはなくとも、まあその、普通意識するよね、意識しちゃうよね、それが普通じゃないの、って思っていて、え、意識しないことなんてできる、逆に、って思っていて、え、なんで奈々江さんそんな落ち着いてられるのって思っていて、いや、その、あの夜のこと、俺、え、俺正直全然わかんなくて、奈々江さんがどんな気持ちでいるのか、正直全然わかんなくて、もしかしてなんだけど、正直ごめんね、もう全部ぶっちゃけちゃうと、もしかしてあの時奈々江さん、僕のこと誘ってたんじゃないかって僕は疑っていて、ごめんごめんね、こういうこと絶対言っちゃダメなんだけど、こういうこと言うと今度会う時気まずくなるじゃないって自分わかっているんだけど、正直に全部全部話すってこういうことだと思っていて、あの時正直奈々江さん僕のこと誘ってました?正直内心、俺あの時ものすごく葛藤していまして、その葛藤っていうのはつまり、つまりですよ、もし、いや、例えば、いや、つまりあの時奈々江さんが僕を誘っていたんだとすれば、だってそう思ったのですもの、あの夜、あの大雨の音を聞きながら、あなた、言ったんですもの、こんな雨風が吹き荒れる日好きだって、なんか全部全部流してくれて、全部リセットしてくれそうな気がする、って類のこと言ったんだもの、え、それって、俺にリセットボタン押してくれってこと?って、俺が、奈々江さんを、こう、あれして、奈々江さん周りの、関係だとか煩わしいものだとか、全部一旦なしにして、てこと?って、だって変なこと言うから、死ぬならこんな雨風が吹き荒れた海に飛び込んで死にたいのよねとか、覚悟はいつだってできてるの、とか、変なこと言うから、男っていざって時に覚悟がないのねとか変なこと言うから、え、覚悟って海に飛び込む覚悟のこと?それとも俺に触られる覚悟のこと?って、ええって、だとしたら僕、誘われてないって、思っちゃうじゃない、いやでもでもでもですよ、僕としては兄さんと奈々江さんの仲を少しでも良い方向にしようという名目でこの旅行に挑んでるわけだから、そんなことしたら兄さん裏切ってしまうわけだから、だからつまり僕はあの時とてつもなく葛藤していて、その葛藤ってのがつまり、兄さんを裏切ってなるものかって、俺は心から兄さんの幸せを望んでいるんだって、絶対奈々江さんには触らないぞっていう一方向からのエネルギーと、だけども奈々江さんが今、今自分を誘っているのだとしたら、誘っているのだとしたらですよ、実際奈々江さんが本当のところどう思っていたのか関係なくですよ、誘っていたのだとしたら、今僕が奈々江さんに触らないのはとてつもなくチキンなことではないかと、なんだこいつ度胸ねえなって思われはしまいかと、誘ってきていたのだとしたらですよ、あくまでも誘ってきていなければ今の話は全く素っ頓狂な、自分の空回りの葛藤ということになるわけだけども、奈々江さんにどう見られているのかってエネルギーと兄の信頼を裏切ってはならないというエネルギーと、二方向からのエネルギーが僕の中でぶつかっていました。これを、僕はあの夜の葛藤と呼んでいます。さすれば、自分自身の考えはどうなのよ、と、あなた人の目しか気にしてないじゃないのよ、と、僕自身の考えからすれば当然触りたかった。当然、当然触ろうと思った。何度も思った。キスだけでもとも思った。キスだけなら兄さん、許してくれるかな、とも思った。いや、許してくれるわけがないだろうとも思った。とにかく僕は思った。奈々江さん、めちゃくちゃいい匂いするんだもの。そんないい匂いさせてたら、そりゃあ、ねえ、ダメでしょうって。とにかく自分は奈々江さんに触るべきか否か。多数決で考えたらば、奈々江さん側からのエネルギーと僕の触りたいという純なる欲望からのエネルギー、それに対するのが兄さんからのエネルギー、2対1であるよね。多数決だけで考えるならば僕は奈々江さんに触っていました。だけれど血の繋がった、何年も生活を共にしてきた兄の信頼の力は凄まじかった、その信頼を裏切ることができなかった。裏切ることはできなかったのだけれど、実行の上では確かに裏切ってはいないのですが、心の中ではいかにも不純なことを考え尽くしている、奈々江さん、これは裏切りでしょうか?僕は行動に移さなかった、思いはしたけど実行はしなかった。これだけでも大したもんだと褒めてもらいたいよとその時の自分は思ったものですよ。いや、私は兄さんを裏切ったのです。白状します。僕はですね、あの夜のことを兄さんに聞かれた時ですね、僕はどこかで兄さんに敵意を抱いていました。兄さんのことを軽蔑していました。自分はどこかで、実際上は何もなかった奈々江さんとの一夜を、兄さんの知らない、奈々江さんと俺だけが共有している一夜を、兄さんは知らないが僕は知っているという点において、自分が兄さんより優位に立てていることが、自分の言葉や行動が兄さんの感情を操れるのだということが、初めての経験であったわけで、どこかで調子に乗っていたというわけで、奈々江さん、自分はあの夜奈々江さんを見て学んだことがあり、それは奈々江さんの押しても引いても芯がつかめない飄々としたところを不愉快にも思い愉快にも思っている自分がいることに気付いたわけで、そのような接し方は私の兄への接し方にある変化をもたらしてしまったわけで、つまり私はあの夜のことを兄に聞かれた時に、そんなものはなんでもないことです、話すのも馬鹿馬鹿しいことなんですから、しかし流石に僕としてもこのことを自分なりに整理して言葉を選んで話してみたいものだから、そうせかせか焦らずに、もっとゆっくりと気持ちの整理ができた時に話しましょうと兄がすぐにでも聞きたがっている重大事項を、兄さんを苦しめているのは奈々江さんなのではなく、奈々江さんを苦しめているのが兄さんなのだと、僕は兄さんに敵意を抱いていた、兄さんを苦しめようとした、自分の優位なのをいいことに、私は兄さんを焦らした、答えを遅らせた、そしていざ答えねばならなくなった時、兄さんは自分の言うことを信じてくれなくなった。僕は阿呆です。僕は大馬鹿ものです。あの時すぐにでも誠実に答えていれば良かった。何もなかったと。あの夜、私たちは何もなかったんだと。ただただ食事をして、ただただお風呂に入って、ただただただただそれぞれのベッドに入り、修学旅行の夜みたいに、修学旅行のどちらが先に寝付くかソワソワしながらも旅の疲れとともに眠気を感じている夜のように、ポツポツと、話をしただけなんだと。私の葛藤なんてなかったのだと、あってはならなかったのだと、兄のためを思うなら至極当然のことですよと。奈々江さん、自分は奈々江さんに触ってはいけない人間なのです。それは兄のためでもあり、あなたのためでもあり、自分のためでもあるのです。私があなたに触れるということ、それは兄に関わる全ての人にとってためにならないのです。奈々江さん、僕たちの間には何もなかったのです、自分と奈々江さんの間には何にも起こらなかった、何も起こらなかったじゃないですか、だけども自分の中では、奈々江さん、自分の心の中ではこのような、絶対に口に出してはいけないことたちがこのように、たくさん、あって、これを言わなかったことを誠実じゃないなんて言われたなら、今の世の中に誠実な人間なんてものは一人もいない気がしていて、そもそも生きていくのが不可能なのではないかって気がしていて、自分は正直、本当の本当のところを言うと、奈々江さんと兄さんは正直離れたほうがいいんじゃないかと思ってる。だけれどこれは自分が外からあーだこーだ言っても仕方のないことだし、奈々江さんと兄さんが結局は決めることなんだけれども、自分は正直、正直本音をぶっちゃけてしまうと、兄さんのことを心配するとともに、兄さんのことを心配する以上に、あなたのことを心配している、あなたのことを気にかけている自分がいます。奈々江さん、あなたは何を思っているのですか、何を考えているんですか。自分も兄さんも、それが聞きたくてたまらないのだと思う。自分も兄さんもあなたのことが分からない。あなたの本当のところを、本当に思っていることを伝えてみたらどうだろうか。もしかしたらとてつもなく悪い方向に動いてしまうかもしれないとも思っていて、なので僕はこういう提案をすることを少しためらっていて、今のまま、今のままずっといても辛い状況は変わらないのだと思っていて、自分はこんなことをぶっちゃけてしまって、しばらく奈々江さんと会うことはできないとも思っていて、だけども今すぐ会いたいという気持ちもどこかであって、そんなあやふやなのが本当のところであって、ま、そんなところで、この動画を終わらせたいと思います。うん。最後まで聞いてくれたのだとしたらありがとう。じゃ、また。



奈々江から康之へのビデオレター


ビデオレターを、送ろうと思います。智春くんがね、送ってきたの。本当の本当を共有しようって。いつもとは違った形で、言葉を贈るのは、なんだかいいことなのかもしれない。何を話せばいいのだろう。うん。わたしのこと、分からない?そんなこと言われても、なあ。どうすればいいのだろう。ねえ、どうして欲しいの?わたしのこと分からない?わたしの何が分からないの?考えていること?性格?好きな人?好きなもの?分からない。わたしの何が分からないのか、わたしには分からない。いちいち質問してくれたらいいのにって思うのはわたしだけ?分からないこと全部。わたしが答えられることなら全部。聞いてくれたらわたしは答えますよ。何を聞けばいいのか分からない?何を聞けばわたしを分かることができるのか分からない?聞くことなんてできない?夫婦の間でそんなことを質問しあうのは馬鹿げている?自然と分かりあっていくのが夫婦だなんて思ってる?それじゃあ永久に分かりあうことなんてできない。あなたが求めているのは本当の本当のことだなんて智春くんが言ってたのね。本当の本当のことだなんて本当に必要?本当の本当のことだなんて本当のところ誰も本当には分からないんじゃないかな。自分の本当の本当のところでさえ本当には分からないでいるのに、他人の本当の本当のところだなんてさらに分からないに決まっているでしょ。決まっているのかな、そんなことないのかな。他人だから分かることもあるのかな。あなたが本当の本当のところが本当に知りたいのなら、本当の気持ちを、わたしの本当の本当のところをできるだけ、可能な限り、本当の本当に近づく努力ぐらいはしてみたっていいのかもしれない。でもそんなこと聞いてあなた耐えられる?あなた満足?あなたは大丈夫?わたしの本当の本当のことを聞いてあなた、あなたでいられる?いや、ただただ、ただただ大丈夫なのかな、と思って、ただただ、ただただそういうような不安があって、でも本当に、本当に大丈夫じゃないなら、耐えられないと思うのなら、ここで、この動画を見ることをやめて。今すぐ、今すぐ停止ボタンを押して。お願いします。


間。


今、停止した?今、停止せずに見ている?今、今喋っているわたしを見ているのはこの動画を見ることに決めたあなた。この動画を見ることをやめたあなたは、もうここにはいないってことね。この動画を見ているあなたは本当の本当に近づく覚悟があるってことね。本当の本当に近づく覚悟?何それ笑っちゃう。覚悟なんてたいそれたものは必要ないよね。必要なのは明確な事実じゃない。あやふやでなく、ぼやけていない明確な事実。知りたいのはあの夜のことでしょう。智春くんと過ごした一夜のことでしょう。いや、違うかな、わたしが智春くんを好きなんじゃないかってことでしょう。そのことが結局のところ知りたいんでしょう。本当の本当のことを言うね。わたし、智春くんを異性として意識したことは一度もないの。好きだ嫌いだなんて思ったことなんてないの。ただただ楽しい人だなあってことは初めて会った時から思ってる。良い人なんだなあってことも思ってる。だけれどそれとこれとは話が別じゃない。ただただ、ただただ、楽しい人だし良い人だなあと思ってる。それだけ。それだけのことなのにあなたは何を苦しんでいるの?なんでわたしが智春くんを好きだなんて思えるの?智春くんと話している時のわたしが楽しそうだから?あなたと二人でいる時に会話が途切れるから?楽しそうじゃないから?わたしが、結婚して、子供を産んで、家庭を築いて、幸せなはずなのに、幸せであるべきはずなのに、幸せそうにみえない?わたし、あなたと結婚してよかったと思ってる。陽菜が生まれて良かったと思ってる。結婚する前のわたしと結婚してからのわたし、何か変わった?あなたが不機嫌に思うようなことした?あなたのしたいように、あなたの思うように、わたし、努めてきたと思うのだけれども。あなたの不満だとか悪口だとか一度も漏らしたことないのだけれど。分からない。あなたがわたしにどうして欲しいのかがわたしには分からない。わたし、なんにも怒ってないよ。わたし、なんにも不満に思ってないよ。もしかして、怖い?わたしのこと、怖い?わたし、分からないの。どうしてあなたがわたしを殴ったのか。何度も考えてるんだけどわたし、分からない。あなたが、仕事から帰ってきて、ご飯出来てるからって用意して、生姜焼き、生姜焼きにキャベツの千切りに白いご飯にお味噌汁用意して、あなたが脱ぎ散らかした靴下を洗濯カゴにしまって、食べたらお風呂はいっちゃってねって言って、あなたがテレビのリモコンをポチポチしていて、陽菜は?って聞くから陽菜はもう寝ちゃったって言って、あったかいうちに食べた方が美味しいよって言ったら、冷めてしまうと美味しくないのかって言われて、何それって思ってたら殴られた。殴られた、って思って、殴りたいのかなと思って、チラッとあなたを見たらもう一度殴られた。わたしは、多分言葉を探していて、あなたの、役に立つ言葉、あなたの、ためになる言葉を探していて、あなたが、して欲しいことはなんだろうと考えていたのだけれど何も浮かばずに、このまま、黙っていたらもう一度殴られるだろうなと思っていたら案の定、もう一度、殴られた。わたしは、床で、あなたは、生姜焼きを食べていて、冷蔵庫からはずれたマグネットを探しながら生姜焼き美味しい?って聞いたら、うん、って言ってて、うん、って言葉が聞けてわたしは心底嬉しくて、だけどわたしはなんで殴られたのだろう?わたし、殴られるだけのことをしたかな?わたし、だけどあなたを憎んでも恨んでもいなくて、殴られたってのは、殴られるだけの理由があるのかもしれなくて、その理由が、智春くんとわたしとの関係によるものだとしたら、逆かもしれない。智春くんとわたしとの関係によらないのだとしたら、わたしにはどうすればいいのか分からない。わたしと智春くんは何もないのだから。智春くんから聞いたでしょ。あの夜、わたしと智春くんはなんにもなかったのだから。本当に。本当に何もなかったのだから。本当に?


間。


わたしね。わたし、何もなかったの。それは確かなことなの。だけれど本当の本当のことを話すのだとしたらね、本当の本当に近づくのだとしたらね、わたし。わたしね。あの夜、智春くんが求めてきたのなら、わたしね、あの夜、智春くんが求めてきたのならわたし智春くんとセックスしていたかもしれない。智春くんとセックスしたかったってのじゃなくてね、智春くんのことが好きだってのでもなくてね、ただただ、智春くんが求めてきたのなら、ただただ、わたしはそういうことをするんだろうとあの時思っていて、だけれどそういうことにはならなくて、わたしは、だけれどわたしは、あの時智春くんと寝たほうがいいのかもしれないとどこかで思っていて、何度も繰り返すのだけれども寝たいってのじゃなくって寝たほうがいいのかもしれないとどこかで思っていて、だけれども智春くんはわたしに触らなかった。だからわたしもそれに応じた。結局のところわたしたちの間には何も起こらなかった。ただただわたしの中には智春くんが求めてきたのならそれに応じようという気がどこかであって、わたしはそれを認めようと思っていて、だけれどそれはわたしが悪いの?わたし、智春くんが求めるなら応じようと思っていた、思ってしまっていた、考えてしまっていた、考えてしまっていたことなんてどうしろっていうの?考えるなっていうの?だけれど結局は何もなかったのだからそれでいいんじゃないの?それじゃあダメなの?分からない。あなたが頼んだんでしょう。知ってたよ。はじめから分かってたよ。でもなんでそんなことをするのかは分からなかったよ。ねえなんで?わたしね、なんでそんなことをするんだろうってちょっとは考えてみたんだけどね、わたしなんかには全然分かりっこないんだと思うのだけれどね、わたしね、あなたが、ごめんね、分からないんだけど、なんだかなんでかそんなことを考えてしまっているわたしがいて、わたしね、あなたがね、あなたが、うん、ダメだ、もうやめよう、もうダメだ。こんなことして何になるのかわたしには分からない。こんなぶっちゃけトークしても何も、


間。


家の空気をさ、悪くするのはさ、やめてくれない?せめて陽菜の前だけでもさ、取り繕ってくれない?怖がってるよ、あなたのこと。幸せなさ、ふりでいいんだからさ、幸せなさ、家族を演じてるでしょ、みんな、みんなみんな。わたしたちが抱えてる問題なんて、本当はきっと些細なことで、問題なんて言っていいものなのかどうかさえ、怪しまれるものかもしれなくて、本当はみんな、みんなどの家族も、いろいろあるのかもしれなくて、いろいろあるんだけど、幸せを演じているのかもしれなくて、いろいろなかったとしても、幸せを演じているのかもしれなくて、幸せを演じなきゃ、幸せなんて感じられないのかもしれなくて、幸せなんて、求めて手に入るものでもないのかもしれなくて、幸せの、ふりをしているから幸せだなんて思えるのかもしれなくて、幸せのふりをしているのがいつの間にかふりじゃなくなった時、それってだいぶ幸せじゃないと思っていて、本当の本当のことだなんて本当に必要?幸せなんて求めれば求めるほど遠のいていく気がしている。なんとなく、なんとなく感じるものじゃないの?幸せって。どうなんだろう?


間。


話がずれた。幸せの話なんてしてなかったよね。あなたが、わたしを分からないように、わたしもあなたが分からない。それでいいんじゃないのかな、それでどこか不都合あるかな、どこにも不都合なんてないよね、何故ならばわたしは智春くんのことを好きでもなんでもないのだから。あなたと、陽菜と、三人で、なんとなくの、幸せを感じられればいいのだから。逃げてる。って思う?何から?分からない。隠してる、隠してるよ。たくさん、いっぱい隠したいことが山ほどあって、むしろ隠したいことしかわたしにないのかもしれなくて、理由なんてない、理由なんてないのに、あああ、言いたくない。言いたくない言いたくない言いたくない。のかな?


間。


隠してること、あるでしょ?あなたも、人に知られたらまずいって思ってること、あるでしょ?ない?わたししか知らないこと、わたし以外の他の人が知ってはならないこと、たくさん。あなたがわたしだったら良かったのに。なんてね。


間。


どうしようもないことってね、あるんだと思っているのね、わたし。


間。


わたし?


間。


わたし、柳の木の下で、夜、若い男の人たちが、ぶつかり合っていて、その音が、響いていて、多分、月が照っていて、川に雫が落ちて、小さな波ができていく。若い人たちのぶつかり合いは、伝統なのか、稽古事なのか、ともかく皆ぶつかり合うことに夢中で、そのぶつかり合いの振動で、夜霧によって溜まった水滴が葉からこぼれ落ちて、川に、こぼれ落ちて、ポツンと、落ちた重みで水が跳ねて、跳ねたところから、波が丸く大きく外に向かって広がって、だけどもその光景を見ているのはあなたのはずなのに、あなたは若い男の人たちのぶつかり合いを同時に見ている。そんな夢の話を、あなたが、する夢の話、好きだな、とても、とても、好きだなと思っていて、ね、


間。


わたし、智春くんのこと、好きなのかもしれない。もしかしたら、


間。


好きじゃないかもしれない。もしかすると。


間。


あなたと別れたくないのかもしれない、だけどももしかしたら。別れたいのかもしれない、


間。


分かる?


間。


分からない?


間。


気に入らない?わたし、殴りたくなる?わたし、幸せに見えない?喋りたくない?分からない?何が?悪いことした?わたし、なんか悪いことしたかな?わたし、何も悪いことなんてしてなくないかな?わたし、変わらなければいけない?変わらなくてもいいの?どうすればいいのか、教えて、どうすればいいの?あなたが気にいるように、あなたが思うように、していいのに、したらいいのに、なんで?何が不満なの?智春君のことなんて好きでもなんでもないよ?分からない?どうでもよくない?本当の本当のことなんてどうでもよくない?生きていけたらよくない?生きていけるのだからよくない?面倒臭くない?全部、全部全部どうでもよくない?諦めるしかなくない?全部、全部全部諦めるしかなくないかな?分からないのだから、考えても、喋りあっても、触りあっても、分からないことが、多分あるのかもしれなくて、多分とか、かもしれないとか、わたし、かもしれないでしか、分からないのがわたしなのかもしれなくて、そう、思っていてね。分かる?かもしれないことしか、わたし、世の中にはないのかもしれないと思っていて、だけどあなたは、反対に、そうじゃないのかもしれないと思っているのかもしれなくて、多分、そういう違いとかが、あるのかもしれなくて、だけれどもね、それが分かったところでどうすればいいの?諦めるしかなくない?努力すればいいの?何の?認め合うしかなくない?認め合う?何を?あなたを、あなたを?認めていない?わたしが?認めていないって思う?あなたは?認めている?認めている?って何?分からない、分かる?何を言ってるの?って思う?わたしも分からない、分かる必要なんてある?あるに決まっているじゃない。あるに決まっているのかな?そもそものところ、そもそものところでわたしは、


間。


何を言ってるのだろう。何を言ってるのだろうね、分からなくなっちゃったね。こんなの見せられないな。だけどもこれを見て、あなたは何を思うのだろう。これを聞いて、あなたは何を感じるのだろう。嫌いになった?軽蔑する?分かった?わたしのこと。分かるわけないか、だけどももしかしたら、もしかしたら、なんて思っていて、 分かる?違う、分からなくていいの。分からなくていいってことが、もしかしたら、もしかしたら、あるのかもしれなくて、分かんないんだけど。ま、いいか。



康之から原沢へのビデオレター


先日は、旅行に誘ってくれて、ありがとう。
旅はいい。
あの時、俺は心からそう思った。
人間は旅をする必要がなくなった。
だけど、こうして娯楽のように、私たちは旅に出る。
山はいい。
海はいい。
鳥がいい。
食べ物が美味しいと。
さて、奈々江から、ビデオレターが届いた。
俺を、苦しめているものはなんだ。
それが、解決できない、理由はなんだ。
眠れないんだ。
嫌なことも辛いことも、一晩寝れば忘れられると君は言った。
俺には、その才能がないのだろうか。
君が、羨ましいよ。
君のように、生きられたら、俺とてこんなにも苦しまずに済んだであろうさ。
霧が、頭の中を覆っている。
俺は、輪郭をつくりすぎた。
俺が道を歩いている。すると十字路にぶつかる。俺は左に行きたいと思う。なのに身体は右に曲がってしまう。おい、左だ、左に行くんだと身体に叫ぶも、右へ曲がってしまった身体が歩いていく。おい、左だ、左に行くのだと叫んだ声を身体が聞いてくれたのか、次の十字路で左に曲がる。俺は安堵する。安堵するもその光景を俯瞰して見ている俺は俺を、俺の身体を、俺の頭を、馬鹿だなと思っている。気づいている。俺は行きたい方向へ進めていない。伝えてあげるべきだのに。俯瞰して見ている俺は伝えない。面倒なのか、諦めているのか、面白いと思っているのか、蔑んでいるのか。
時計の針が、うるさい。
俺は、出口をつくらなかった。
俺の身体の中で、時間を刻んでいる。
それは、一本の線のようであり、大きな立方体の箱のようであり、そこに、水が、溜まっている。
ぽちゃん、と、水滴が落ちる。
波が、たつ。
丸い、円が、波が、大きく、丸く、広がっていく。
生まれた波は、閉ざされた空間に生まれた小さな波は、大きくなった後、どこへ行くのか。
ぽちゃん、と、聞こえるか聞こえないかの音が、ぽちゃん、と、その空間では響く、ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん、ぽちゃん。
智春のことを、好きかもしれないと、奈々江は言った。
好きじゃないかもしれないと、奈々江は言った。
このことを聞いて、俺はどうすればいい、何を感じればいい、何をすればいい、
君には聞こえるか。
この音が、この波が、大きくなっていく、この波が、だけども消えていく、この波が、時計の針に、かき消されていく。
うるさい。
だけのことである。
眠れない。
だけのことである。
奈々江の寝顔を見る。
それだけのことである。
陽菜の寝顔を。
つくられた、つくられたもので、しかない。
そう、思わないか。
遠く、遠く離れていく。
眠れないんだ。
距離なんてない、距離なんてないのが夫婦だと思っていた。
言葉なんていらない、そういうものが。
はじめからそうではなかっただろう。
自然と笑って、自然と喧嘩して、自然と、自然と生まれる感情に、自然と生まれる空気に、身を、委ねることができた。
煮物の味付けが成功したと抱き合って、陽菜が変な寝方をすると笑いあって、声が、色を、部屋に、色が、付いていた。
色が溶け合うという現象が、喜ばしくもあり、恐ろしくもあった。
溶け合う、混じり合う、淀む、滲む、霞む、濁る。
笑う前に考えてしまう。
喋る前に考えてしまう。
寝る前に、食べる前に、怒る前に、殴る前に、考えてしまう。
今、笑ったほうがいいのか、笑わないほうがいいのか、笑うならばどのような笑い方がいいのか、少し大げさに身体全体を揺らして笑うべきか、アハハと微笑む程度のほうが良いのか、笑うとした時に相手はどう思うだろうか、明るくて楽しい人だなと見てくれるだろうか、場違いなところで笑う人だなと思われるだろうか、さすれば笑わないほうがいいのだろうか、根本的に今俺は笑いたいと思っているのだろうか、今この時は笑うに値する事態なのだろうか、しかし自然と笑えていない時点で、笑うべき事態ではないのではないだろうか、選択することはできる、笑うか、笑わないか、どのように笑うか、笑わないか、微笑むか、腹を抱えて笑うか、声をたてずに笑うか、膝を叩いて笑うか、それとも、笑わないか。
考えている時点で、笑うタイミングを失う。
あるいは。
お前は笑い方が上手い。
笑わせ方も上手い。
お前はこの技術を駆使して生きていくのだろう。
俺にはこの技術がない。
俺にはそんな技術など必要ない。
俺はお前を軽蔑する。
笑い、笑われる才能を軽蔑する。
その場しのぎの、場をつなげるためだけの、軽はずみな、行為に、技術を、軽蔑する。
うるさい。
あの時計を買ったのは、俺か、君か。
しかし一体時計というのはどうして時を刻む際に音を立てる必要があったのだろうか。
その音で何時何分何秒と分かるのならば話は別だ、だけども、カチ、カチっ、カチ、カチっ、なんて針が動く音を聞いていても何の役にも立たないではないか、むしろ耳障りだ、これを聞いて安堵を得られる人間などいるのか、カチ、カチっ、カチ、カチっ、何故だ、何故カチっとなる音が、一定の動きでしかない針の音が、一つ一つ別の音に聞こえるのだ、せめて同じ音を奏でてくれよ、カチ、カチっ、と、カチ、カッチ、っと、その差異が、その些細な差異が、俺の身体に、響く。
君の家はどうだ、デジタル時計か、針時計か、まさか鳩時計なんてことないよな。
ははは。
どうだ、俺は笑えていただろうか。
あああ、笑えていない笑えていない。
こんな笑いは何の役にも立たない、こんな笑いでは誰をあやすこともできない。
あやす。
君は人をあやしたことがあるか。
あやすという行為ほど馬鹿げているものはないと思わないか。
子供は声をあげる。
子供は笑う。
つまらないことでいつまでも笑う。
子供は泣く。
嫌なことがあれば泣く。
怖いことがあれば泣く。
泣く。
怖いことがなくても泣く。
声をあげて泣く。
しがみついて泣く。
座り込んで、ジタバタして、エネルギーを、まき散らして、その目から、ボロボロと、ボトボトと、垂れる、水が、手を濡らす、手の甲を濡らす、手の甲を伝い、床に落ちる、床に、染み入る。
あごに垂れ、首を伝い、身体を濡らす。
泣けよ。
おい、ほら、泣けよ、泣けよ、泣いてくれよ、俺があやしてやるよ、思う存分泣けよ、わめき散らしてみろよ、おいおいと、おいおいととわめき散らしてギャーギャーと、ポロポロと、泣けよ、泣いておくれよ、鼻水を垂らして、身体をビクつかせて、何もかも忘れられるような、何もかも、何もかも、どうでも良くさせてくれるような涙を、くれよ、俺に、その涙を、垂らしてくれよ、
声が聞きたいんだ。
どんな言葉でもいい、
どんな音でもいい、
俺を、忘れさせてくれるような、俺を、俺でなくさせてくれるような、声を、聞かせておくれ。
君はまず、俺が変わるべきだと言った。
俺が変わらねば、何も変わらないと言った。
ああ、まあ待てよ、ああ、まあ分かってる、うるさい、うん、分かってる、分かってるよ、一歩、地面に足が動く時、一歩、重心が前に移動する、重心が前に移動するから足が前に出るのか、足が前に出るから重心が移動するのか、目的が、ある、から、俺は足を前に動かそうと思うのか、身体が勝手に前に、動く、から、俺には目的があると思うのか、そんなことを考えるから、そんなことを考えるから俺は歩き方が分からなくなる。そもそも俺には目的がない、すると何故歩いているんだという思いに捉われる、なあ、分かってる、分かってるんだぜ、俺にだって、俺の頭が固いだって?俺は融通が利かないだって?分かってる、分かってるんだよ、俺にだって、信じてないことないんだぜ、俺だって、君のことを、君の言うことをさ、ああ、分かってる、何もなかったんだろ、何もなかったのさ、いや、待ってくれ、うるさい、待ってくれ、それとこれとは話が別なんだよ、何かあったことが問題なんじゃない、あくまでも俺の問題だ、お前の問題じゃない、俺の問題だと言ってるだろ黙っていろ、違う、違うんだ、君を疑っていたわけではないのさ、それが俺の問題なのさ、俺の問題なのにお前の問題のように振る舞うから話がややこしくなるのさ、何かあったことが問題なんじゃない、何もなかったことが問題なのさ、何かある予感だけが問題なのさ、うるさい黙ってろ、想像しろ、感じろ、考えろ、貴様が俺だったとして、俺が、お前だったとして、考えろ、考えろよ、考えろよ?
考える必要なんてない。
むしろ考えないほうが良い。
もっと言えば考えてはいけない。
俺はお前を信用していると言った。
考えるまでもなくそれは本心であった。
信じていた。お前のことをだ、お前の正直な性格をだ、お前の世渡り上手な技術をだ、お前の俺への尊敬をだ、
裏切ったのはお前だ、俺ではなくお前だ。
お前は何故、あの夜のことをはぐらかした、その夜の出来事をすぐに話してくれなかった、それこそ本質だろう、お前の俺への態度だろう、お前の俺への態度が変わった、お前の俺を見る眼差しが変わった、変わったことが悪いのか、それを隠してもくれなくなった、それでもなお隠れているものがあった、うるさい、黙ってろ、お前に希望を抱いていた、何か変えてくれるかもしれないと思った、喋るのをやめたほうが楽になる、分かってる、裏切ったのはお前だ、
違う、そんなつもりではない、君を責めるつもりではない、君だって俺のことを考えてくれている、分かっているんだ、分かっているのさ、裏切った裏切らないじゃない、本心か本心でないかだろ、君の目の奥が見えるのさ、君の胸の中の煙が見えるのさ、 本心か本心でないかは問題ではない、その事実が残酷なのが問題だろ、
何もなかった、それでいいじゃないか、その通りだ、何も起きなかった、信用しよう、何もなかったのだから、俺が悪かった、変な提案をしてしまったことを、謝りたい、何故、何故、こんな提案をしてしまったのだろう、何故俺は、俺自身を苦しませることになる提案を、わざわざしてしまったのだろうか、それが問題だろう、それが本質だろう、そう思わないか、俺はお前を疑っていた、お前は俺を恐れていた、俺には、それが手に取るように分かった、お前の中の恐怖が、お前の中の蔑みが、お前の中の苛立ちが、なのにも関わらずお前の表面は何も変わらない、俺は俺の感じていることに疑いが芽生える、果たしてお前は人間か、お前だよ、お前のことを言っているんだよ、お前が人間か、俺が人間か、どっちだと思う、君よ、君はどっちだと思う。
考えない、考えてはいけない、考えるほど考えるほど、俺は、俺の中の波が、
俺のためにだろ、分かってる、分かってるよ、
結婚前のお前と結婚後のお前が何か変わったか、
何にも変わっていやしないんだよ、お前はな。
俺だよ、変わったのは俺だよ、正確に言うなれば俺の認識だよ、君はあの時代のままなのかもしれない、君のその瞳が羨ましい、君のその態度が羨ましい、君のその落ち着きが羨ましい、教えてくれ、どうすれば君のような落ち着きが得られるのか、どのようにすれば、俺の心に平穏が訪れるのか、霧を、晴らすことができるのか、
変わったのはお前の方なのかもしれない、
俺はお前を正直者だと言った。
その時の俺は本心でそう言った。
考えてはダメだ、分かってる、
お前が変わったんだよ、あの一夜から。
あの一夜。
月が照っていた。
テレビが点いていた。
バイクの音がうるさかった。
時が止まっているかと思った。
見えてしまうんだよ。
どんなに霞んでいても、どんなに目を閉じても耳を塞いでもさ、
カチカチカチカチうるせえな、今の俺に時間など必要ない。
すまない。
こんなことを考えていてもしょうがないじゃないか、考えるな、考えるなって言ってるだろ、俺の顔は怖いか、俺の笑顔は怖いか、どうして俺を見て泣く、俺の何を見てる、そんな目で俺を見るな、その目が、その目が、俺のためだとして、その言葉が、その言葉が、俺の望むものだとして、だけどお前が、お前の芯から生まれる、言葉が聞きたいとして、好きかもしれない、どうすればいいの、俺のため、お前のためだろう、隠さないことが正しいことか、見えてしまうんだよ、お前が喋ってること、お前の行為、お前の存在の中心にさ、俺と接する、考えるな、俺を見据える、やめろ、やめてくれ、俺とお前は、芯から、喋っていない、考えるな考えるな考えるな、何故、何故、お前は喋っている、何故、何故お前は、やめろ、うるさい、喋るから考えてしまうと言ったわけだ、喋らなければいいのさ。
どうすればいいの。
ダメだ。
諦めるしかなくない。
本当に。
俺のため、してくれてるんだよな、俺のため。
見えてしまうんだよ、俺には、
不満に思ってること、あるだろ、嫌だなと思っていること、聞かせてくれよ、離れていくんだよ、距離が、遠のいて、いくんだよ、
別れたい。
俺とか。
分からなくていい、分かってるよ。
分かっているのは俺か、
俺のため、本当か、本当さ、信じてる、だけどその一挙手一投足が、お前の目が、お前の耳が、お前の鼻が、お前の口が、全て、全て、溶けていく。
拒んでいる。
のは俺か、お前か。
蔑んでいる。
のは俺か、お前か。
溶けていく、のは。
俺か。
電子ケトルからグツグツと音がした。
皿を洗う後ろ姿だった。
洗濯機が動いていた。
子供のおもちゃをふんずけた。
のは、俺か。
冷蔵庫が開けっ放しだった。
クッションに醤油をこぼした。
便所に閉じ込められた。
のは、お前か。
見えてしまう。
その内側に、
這い出てしまう。
あははは、そうか、
怖れるな、
人間だろ、怖れるだろ、当たり前だろ、目に見えないものを、頭で認識できないものを、
考えるな、考えるなよ、
立ち止まれ、立ち止まれよ。
そうかなるほど、



電気が消える。(実際消えなくてもいい、消えてもいい)



ああ。
いつまでも眠れる気がする反面、永久に眠れない気がする。
ビデオカメラの録画ボタンが、赤く点滅している。
ぽちゃん、と響いているのは俺の身体か、水道の蛇口か。
あの、月の夜を思い出す。
大きな月だった。
俺は、大きな木の下にいた。
古い木造家屋の前で、立っている女の子がいた。
池に、月が照っていた。
夜だというのに、明るすぎた。
生き物が皆、寝ているように感じた。
女の子は、あの時のお前ではなかった。
雨が降ってきた。
明るい雨だった。
激しく降ったような気もするし、しとしとと降ったような気もする。
傘がなかった。
俺の手が、その子の傘になった。
俺の足が、その子の車になった。
俺の声が、その子のラジオになった。
夜が、いつまでも続くと思った。
一瞬のように、終わってしまうものかとも思った。
この部屋の中にある池に、雨が落ちていく。
テレビのリモコンが雨を停止する。
本棚の隙間から、カエルが飛び出してくる。
木の枝に、昨日使ったバスタオルが干してある。
月のクレーターから、針が動く音がする。
この光景、いや、光景じゃない。
溶け合う、ことを恐れすぎていた。
ぽちゃん、と、響く。
その葉が、その水滴が、その池が、その時計が、そのカーテンが、そのバイクが、その手が、足が、お前が、声が、闇が、矛盾が、夜が、傘が、響く。
響くなあ。



原作 夏目漱石「行人」

明夜、雨に濡れられない

※この戯曲は「明夜、蛇になれない。」の初稿です。


もしもし、もしもーし、聞こえてる。いきなりごめんね、どうしてるかと思って。どうしてたっていいんだけども。どうということもないのだけども。今ね、立ち止まってる。困るね、終電を逃しちゃった。飲んでたわけではないのだけども。ただね、逃しちゃった。家がね、遠いようである。なんでだろうか、話をしたくなってね。どうすればいいと思う。タクシー。うん、そんなお金はないようである。歩いて。帰れるのだろうか。ここから。とりあえず歩き始めてみることにしようか。ここから。ねえ、歩き始めた。だから何ってね。どう思う、地図を見ないで帰ることはできると思う?そうそう、方向オンチだからね、難しいかな。何でって思ってる。何で電話かけたのかって思ってる。なんとなくと言ってしまおうかと思ってる。なんとなく。この言葉で思い出される歌があった。今日、雨が降り出したのだから、約束破って家にいたの、うーうー、ごめん、嫌いになったのおじゃあなーくて、なんとなーくそーうしーたーかーあたー。花をいちーりん、かざってみーたーのー、ポタリとしーずーくー、涙みたーいーにー。ひなげしのはーなーで、なくてよかーあったー、無邪気に咲ーくー気ーにーは、なれーなーいー、名もないそーのはーなはー、私みたーいねー。ひいっそり、ひーとりー、いーのーるのー。よく見ていたアニメのエンディング曲。なんだか、気にかかってしょうがないというわけ。雨が降って、彼との約束をほっぽらかしちゃった。彼を嫌いになったわけではなくて、なんとなくそうしたかったと告げる彼女の言葉。その言葉は確かに告げていて、誰かに向かって話しているのだけども、ごめんって誰かに告げているのだけれども、誰かっていうのはおそらく彼なのに、電話してるとかでもなく、ごめんとそこに行かなかった言い訳をしている。ね、ね、ね、私みたいね、誰かに告げている、なんとなく、なんとなくの言い訳、そんな歌を思い浮かべたの。なんとなく。の、の、の、家にいたの、飾ってみたの、ひとり祈るの、なになにしたの、なになにするの、確かに誰かに告げている。そう、彼に告げているのね、なのに、彼はきっと約束の場所にいて、私は約束の場所にいないから、この言葉はどこにいくのかってね。そんなことを思った夜があった、気がする。なんで電話してきたのって思ってる。私からしたらなんで電話を切らないのって思ってる。ごめん、嫌いになったのーじゃなーくてー、なんとなーくそーうしーたかーあたー。ご報告があります。いいですか。私は今、階段をあがっています。私は今、階段をあがりきりました。私は今、パスモを、コートのポケットの中のパスモを、探して、います、あれ。私は今ー、南のひとーつぼーしをーみあーげてー、誓ったー。相変わらずって思ってる。変わってない、どんなところが、急に歌い出したりしてたかな、いや、今、私は今、パスモを発見したのであります。財布の裏側に潜んでいたのであります。あるある、大げさ?なんか私の財布って、パスモが張り付きやすい材質らしいのね。一瞬だけなくしてしまうのね、一瞬だけ。すぐ見つかるんだけど、あれ、ない、って、あれ、あれれれ、、、あっ、てな具合ね、あるでしょ、そういうの。えっ、ないの。ないかー。ピッ。そんなパスモで私は今、改札機を通りましたよ。私は今ー。私は今、という言葉にはプライドが備わっている。南のひとつぼしを見上げて誓ったことと言えば、どんな時ーもー、微笑みを絶ーやさずに、歩ーいて、いこーうとー。あーなたーをおもうとー、たーだーせーつーなーくてー、なーみだをなーがしーてーはー、ほーしーにーねーがーいをー、つーきに、いーのりをー、捧げーるたーめだけーに、いーきーてーきーたー、うううー。だけど今ーはー、だけど今は、そうそう、この点が大事だと思うの、だけど今は違うってこと。今、南のひとつぼしを見上げて誓った今は、星に願って、月に祈って生きてきた日々とは違うってこと、うううー。だけど今はあなたへの愛こそが私のプライド、このプライドには真逆の方向に働く二種類の決意が含まれているわけであります。あなたへの愛に飛び込む決意とあなたへの愛を過去にする決意であります。つまりどちらにも取れる決意であります。星に願って、月に祈って生きてきた日々を、あなたの愛へまみれることのできない、いざ行動に移しきってしまえないうじうじしていた日々と捉えることで、私は今宣言はあなたの愛へ、いざっ!という決意になりまして、ホシネガツキイノの日々を、面倒なので略しましたが、ホシネガツキイノの日々を、いなくなってしまったあなたとの愛をなんとかもしよう、なんとかもがいてと涙している日々と捉えることで、私は今宣言はあなたの愛を過去に、という決意になるわけです。そのどちらもがあなたへの愛こそが私のプライドになるわけであります。だけどもだけどもね。あなたと離れた時の私にはね、そんな高尚なプライドは芽生えなかったのね。あなたと暮らした日々、あなたと共にいた過去は私のプライドなんてね。そんな高尚なね。高尚て言葉がどんな意味かもよく分からないんだけどもね、心身ともにゆとりが、余裕があるようなね、実際余裕あるよね、南のひとつぼし見上げてんだから。南のひとつぼしってなんじゃい、こちとら南がどっちかも分からずに生活してますがな。実際、あっ、南のひとつぼしだって思うことはこれまでもこれからもほぼないと思いますわ、あるとしたら、電車降りて、駅が北口と南口に分かれてるとこあるじゃない、その南口を降りて、ふと空を見上げたら、星が一つだけ光ってて、あーあれがね、あれが、ね、っていうのはある可能性はあるね、しかしやっぱり、いや。うん、ごめんね、そんなこと話したかったんじゃない。ねえ、私ばっかり喋っている。私ばっかり喋っているね。何か話して。。うん。話すことなんて何もないよね。私から電話したんだよね。私は今、地上に降り立ちました。降り立つ?のぼり立つ?降り立つって言ったらアポロなんちゃら号が月面に降り立ちました、ってそんな感じじゃん。地下鉄から階段をあがって地上へのぼり立ちました。パーンパーンパパパパーンパーンパパパパーンパーンパパパパーン。地上です。ガードレールがあって道路があります。歩道橋があって牛丼屋さんがあります。タクシーが止まっています。 終電が終わっても尚きらびやかなのは居酒屋さんでしょうか、お洒落な雰囲気のバーも何軒かあるようです。歩道の端には、花壇が縁石に囲まれていて、木が生えたり、道路標識が生えたり、凝った造りの街灯が並んでいるようです。街灯にはどこかのサッカーチームが三十周年と表記された旗が揺れていて、地面は四角い煉瓦で埋め尽くされています。足をおろすとじゃりっとします。うん、ここね、えーとね、つまり、そこは一つ秘密にしておきたかったのだけども、そして一つ嘘をついてしまっていたわけだけども。私はさっき、あなたに電話したのはなんとなくだと言ったわけで、歩き始めたのもなんとなくだと言ったわけで。しかしこいつはもしかしたら私は今宣言の可能性があるんじゃないかってことなのね。つまり、あなたに電話するぞ、いざっ!とあなたに電話をかけている。気がする。反面、さっき言ったことは嘘ではなくて、なんとなくあなたに電話をかけている。気もする。私は今宣言に対してなんとなくの行為。さっきのひなげしの歌の女の子みたいなね。だけどこのなんとなくというのは何処からやってくるのだろうか。ひなげし女子は雨が降り出して約束を破った。なんとなくそうしたかったと家にいた。なんとなくは雨に起因している。ひなげし女子の場合。別の場合はこういうのがあるわけだけども、スカートの裾がほつーれたー、ああ、もーうダメだとぼやーいたー、その向こうにあるあしーたはー、あたーしを待っては、くれーないのにー、だんだんだだだだん、ドタン場でキャンセル。しかしこの曲には何をドタキャンしたのか明言されていないのね。ただ、タイトルはドタン場でキャンセルだから、スカートの裾がほつれたからドタキャンしたのかな、とふわっと思う。この曲には、歌詞の通り、ああもうダメだ、という雰囲気に満たされている。部屋に迷い込んで、外に出る術が分からないアゲハ蝶をただ見ている時間、そのアゲハ蝶を逃がそうとしたら羽がちぎれて飛べなくなって、いろんな人達が私に笑いかけてきて、私はいちいちそれに笑い返して、その笑い方も板についてきて、この蝶々は私と重なっていくようであるのだけども、蝶々はーただ落ちてーいくー、雑踏と騒音の中へー、きれいーなあかとくーろのー模様は、コンクリートにーとーけたー、だんだんだだだん、ああ、あああ、っていう雰囲気な訳だけどもね。この歌にもなんとなくの匂いがするということなのね。つまりなんとなくドタキャンした。なんとなくはスカートの裾がほつれたことに起因する。でもこれはあくまでも原因ではない。きっかけといった方がいいだろうか。スカートの裾がほつれたことは重大な出来事ではないように思える。もちろん雨が降っても、外に出るのは面倒でしょうけど、人との約束を破るまでの重大な出来事かと言われればそうではない。おそらく、なんとなくが炸裂したのである。スカートの裾がほつれて、雨が降って、それがきっかけに体の中に溜め込んでいたなんとなく成分が炸裂したと言っていい、気がする。なんでこんな話って思ってる。今日の私もなんとなくが炸裂したということなのね。きっかけは終電を逃したから。なんなんだろうね。面白い話があるの、聞いて。ドタン場でキャンセルにまつわるエトセトラなわけだけども。ある日ね、土壇場ってなんだって思ってね、土壇場って検索してみたのね。そしたら、まあ、正念場だとか、決断しなければいけない時とか、いろいろあったんだけども。ヤフーのさ、質問のやつあるじゃない。あの、誰でも質問できて誰でも答えられるやつ、ああ、そうそう、知恵袋。それにさ、その知恵袋にさ、「ドタキャンって土壇場キャンセルとドタバタキャンセルどっちですか」ていう質問があってさ、ベストアンサーが、「えっ、普通は土壇場キャンセルですよ?」てなってんの。というか回答者その人しかいなんだけど。この「えっ」の部分に回答者の驚きが、こう、あれしてんの、あの、見えるのね、あの、なんだ、うん、そうそう、伝わってくるのね、回答者の驚きが文字から。「えっ」ていう。「えっ」ていう2文字から。えっ、土壇場キャンセルって言葉を知ってんだから、ドタバタキャンセルとどっちかなんて思うことあんの、普通は土壇場キャンセルですよ?っていうわけ。そうそう、知ってなかったらね、あれじゃん、ドタバタキャンセルしかね、ドタキャンってドタバタキャンセルですかって質問ならね、分かるじゃん。そこで回答者は、普通は土壇場キャンセルですよ?と疑問系に返していたの。質問のとこに疑問系で返すわけ。これを真面目に受け取ってみたのね。普通は土壇場キャンセルだけど、普通でなければドタバタキャンセルもあり得るよってことだよね。実際ドタバタしてキャンセルする方が人生多いんじゃないか。もはや、ドタキャンの意味はドタバタキャンセルの方がいいんじゃないか。ドタバタの土壇場への下克上。街の景色が変わってきた。電信柱が多くなってきた。暗くなってきた。一回曲がっただけなのに。コンビニが輝いている。商店街の街灯がポツンポツン。でもこの商店街の店は全て閉まっている。そもそも店があまりにも少ない。解体途中の家がある。木々が生い茂っている。コインパーキングには車が止まっていなくて、後ろに防犯カメラの映像が映っている。人がいない。何処にいるのか。ね。そのことは告げねばならない。今から言うことはそれほど重要ではないこととして聞いてね。ほんの些細なこととして聞いてね。私は今、あなたの家に向かっている。あなたの家へ歩いている。マジで。なんでだろう。どういうことでもないのね。ただ、あなたの家に向かって歩いてる、そういうわけなのね。何かしたいとか、何か訴えかけたいとか、そうではなく。歩く。あるところからゆく。どこから。どこへ。 来ないでって思ってる?来て欲しいと思ってる?歩くという言葉は少し止まると書きます。金八先生が教えてくれたのでした。少し止まってみましょうか。木々が生い茂っている。あの階段をのぼるとどこへ行くのか。どこへのぼりたつのか。私の田舎では、階段をのぼるとお宮さんがあるのでした。お宮さん以外何もないの。鳥居は必ずあったな。たまに狛犬がいたっけかな。お宮さんの引き戸は閉まっている。それは必ずと言っていいほど閉まっている。あの中には何があったのだろうか。きらりと何かが光っていた、気がする。虫が多かった、気がする。そして私は階段をのぼるのであった。手すりが冷たい。歩道橋をのぼる。橋の下には光が6列に通り過ぎていく。時速60キロの光。赤い光に止められた。看板の裏側にはステッカー。地面は赤くてザラザラしている。お宮さんの周りは暗かった。お宮さんを思い出すと周りが暗いのは何故だろう。お宮さんのところには明かりがないのに、お宮さんだけははっきり見えるのね。お宮さんの中も怖いけど裏側も怖い。死体が転がってそうなところ。しかして、あのお宮さんには何が祀られていたのだろうか。橋の上には月が照っている、はずだった。冷たい、この橋の手すりは風に冷やされている。橋がない時代、川を渡る際に人は濡れねばならなかった。泳いで渡らねばならない大きな河などは全身がびしょびしょであった。しかして、人は何故川を渡る必要があったか、川を渡らずには満足できなかったのか。私の場合ははっきりしている。川の先に目的がある。私は今、あなたに会いに行こうと川を渡っている。なんで電話を切らないの?切っても切らなくてもどうでもいいってわけ?そんなに私のことどうでもいいのかね?いや、ごめん、違う、うん。切らないで。お願いだから切らないで。うん。。どう思っているのかね?私があなたのところに行こうとしていることをあなたはどう思っているのかね?難しいでしょうか。思ったことをそのまま言えばいいと思うのだけども。ごめん、やめましょう。思ったことをそのまま言うことなんて私たちにはできない。そんなことを聞きたいわけではない。カエルの鳴き声が聞こえる。風化して自然に崩れたであろう小屋が見える。ここにもたくさんの人がいた。今ではどこにも人影は見えない。人がいないのに人影が見えることなんてあるのかしら。逆を言うなれば、人が見えるのに人影は見えないなんてことはあるのかしら。かしら。かしらなんて言ってる、私。かしら。かしらなんて言葉を言ったことあったかしら。ねえ、聞いたことある?私が、なになにかしらって言ったこと。ない、ないない。私はなになにかしらなんて言わない。よね?あら、今日は雨が降るのかしら。例文を考えてみたの。かしらに関する。あら、雨が降るのかしら。あら。かしらにはあらが似合う。誰が言ってた言葉。お嬢さん、どこかのお嬢さんが言ってた言葉。あら、雨が降るのかしら。そしたら傘を持っていかないといけないわ。だけど傘をさして歩くのは面倒臭いわ。あなたに会うのはやめにしましょう。傘をさすのが面倒だって理由で人との約束を破るのだとしたら。自分勝手極まりない。もちろん、そういった明確な理由もなく、なんとなくという理由で約束を破ったって。自分勝手極まりないことには変わりない。だけどもだけども約束なんてものは果たしてそんなに重要なのであろうか。一回約束破ったからってプンスカプンスカすることなくない?相手の立場?あー、分かる分かる。相手の時間を無駄にした?あー、思う思う。でもでもさ、考えてみてみ。なっがい人生の中でだよ、なっがい人生の中で1日か2日かそんな日があったっていいじゃない。約束ドタキャンされて、どっかの駅の改札の前か、なんかの銅像の前かで、同じように人を待ってる人たちの待ち人が次々に現れて、おーっとか、おっそーい、とか、さっきまで無表情に気怠げにスマホをいじってた人たちがパッと笑顔になって街へ消えていく。そんな光景を何度も見送ったっていいじゃない。いや、私がされたらブチ切れものだけどさ。だけど傘をさすのが面倒だって理由でないとしたら。なんとなく約束を破ったのだとしたら。そっちの方が事は重大である。うっわー、雨降ってきたー、最悪、面倒くせー、行くの面倒くせー、もういいや、彼との約束破っちゃお。では、ないのである。あら、雨が降ってきたのかしら。あら、なんだか、なんだか私。なんだか私、行けないわ、今日は。なんだか、なんだかなんだけども、行けないわ。って、そんな具合でありましょうか。事は重大である。しかして何が重大かは全く分からない。ふわっとした重大さがなんとなくには備わっている。だけども今の私はなんとなくあなたのところへ向かっているわけではないのね。私は今、と決意のもと向かっている。あなたと離れた時の私にはね。さっきの高尚なプライドなんてものは芽生えなかったわけだけども。まったく別の、いかにも俗っぽいプライドは咲き誇ったというわけなのね。つまりあなたに会ってなるものか。金輪際あなたに会いに行こうとするなんてしてなるものか。そう決意したのでありました。しかし、私は今、あなたに会いに行こうと決意している。やっぱりこれは決意なんかじゃないのかしら。ふと、なんとなく、あなたに会いに行こうとしているのかしら。かしら。かしらなんて言葉を使っている私。かしらなんて言葉を使ったことあったかしら。。夜道を歩むおかしみを一つ。私は今、立っている。立っているこの足から地面に続き、黒い影が後ろに伸びている。これは私の前にある電柱にちょんと備え付けられた街灯のせいである。私は少しずつ歩く。するとこの影は少しずつ私の足元に向けて小さくなっていく。いつの間にやら私の前に小さな奴が現れる。街灯を通り越したのだ。それが少しづつ大きくなりつつも薄まっていく。ふと立ち止まる。私の前には次の街灯が照っている。私の影はとても大きいのであるが、いかにも消えそうである。後ろを振り向くと、同じく薄い影が大きく伸びている。私は2つの影を所有することになった。また歩き出す。しかし前に伸びている影はだんだんと消えていく。そして後ろの影は小さく、濃くなっていく。また前に現れたかと思うとだんだんと薄く大きくなって、後ろにはまた影ができている。この道を歩く限り私は2つの影を薄めたり濃くしたり、大きくしたり小さくしたりして歩くことになる。時折、民家の花壇から生えている筒状の街灯や玄関を照らす灯りなんかが混じり、3つにも4つにもなった影を引き連れて歩くことになる。これは夜道の特権であります。昼間には決して味わえない。昼間にはサンサンと照りつけるお天道さんがいらっしゃいます。お天道さんは私たち一人一人に一つの影をお与えくださった。だけど光を作り出せることになった私たちは。夜にもたくさんの影を所有することになったのでありました。生まれ育った家が行燈作りの名家、幼き頃から行燈にまみれて生きてきた秋浜彦兵衛の著書「行燈洸夜」の主人公重四郎が当時の吉原の華やかさを目にし、光と影の核心に迫った一節であります。秋浜彦兵衛。誰それ、誰なの誰なの、秋浜彦兵衛、重四郎。何それ。行燈洸夜って何。違う違う。こんなことを話したかったんじゃない。鳥のことでした。雁のことでした。秋にはいつも南の空へ渡っていくということでした。南には何があるの。ひとつぼし。見上げて祈るはひとつぼし。パヤっ。パヤパヤっ。おいかけーて、おいかけーて、すがりつーきーたいーのー、あのひとーが、消えてゆーく、雨のまーがーりかーど、幸せーも、想い出ーも、水になーがしたーのー、小窓うーつ、雨のおーと、ほほぬらーすなみーだー、はーじーめーからー、はーじめかーら、むすばーれなあーいー、むーすーばーれなーい、やーくそくのー、あなたーとわたしーいぃー。束の間ーの、たわむれーと、みんなあーきーらめーてー、泣きながーら、はずしたーの、真珠のー指輪ーをー。ドゥードゥビドゥバ、ドゥードゥドゥビドゥーバ、ドゥードゥビドゥバ、ドゥードゥドゥビドゥーバ、ドゥードゥビドゥバ、ドゥードゥドゥビドゥーバ、パヤっ。パヤパヤっ。パヤっ。パヤパヤって掛け声が心地よい。それはさておき、ここでも雨が降っている。だけどもこの雨はなんとなくを誘発しない。真珠の指輪をはずすことを誘発させる。状況としては、あなたが去っていた直後。小窓と言っているので部屋の中でありましょうか、いやいや、小窓うつ雨のイメージとしては、車内ということもありえましょうぞ。車窓をうつ雨、幾多もの水滴、もっと狭めるなればタクシー、しかしタクシーともなればタクシー運転手がいらっしゃいますので、ここは一人の方が、いや、だけど、彼女には自分で車を運転するイメージはないですよ。まあでもタクシー運転手がいようがいまいが、自分の車だろうが部屋だろうが、そこはどうだっていい。とにかく彼は去っていった。小窓をうつのは雨の音。おいかけーて、おいかけーて、すがりつきたいがすがりつけない、あなたと私は結ばれないという約束があるからね。小窓をうつ雨の音はあなたとの想い出の保管庫をノックする。それは不規則に、止まらない。そんな過去の保管庫は雨の水に流してしまおうか。残るあなたとの接点は思い出の真珠の指輪。私は今、と、真珠の指輪を外すことが、あなたとの本当の別れでありんす。ドゥードゥビドゥバ、ドゥードゥドゥビドゥーバ、ドゥードゥドゥビドゥバ、ドゥードゥドゥビッ、帰らなーい、面影ーを、胸にだーきーしめーてー、くちづけーを、してみたーの、雨のガーラースまーどー。あれ、ちょっと待って。してみた、してみたのって言ってる。待って待って、一旦タンマ。くちづけをしてみたの雨のガラス窓。なんで、なんで雨のガラス窓にくちづけするの。なんとなく、なんだかなんとなくと言ってしまおうかと思ってる。真珠の指輪をはずす行為は私は今宣言だよね。だけども雨のガラス窓へのくちづけにはなんとなくの匂いがしませんか。おいかけーて、おいかけーて、すがりつくことができなかった私の最後の悪あがきとでも言いましょうか。境界へのくちづけ。くちびるに感じるはガラス窓の冷たさ。おいかけてすがりつけなかった私はつまり濡れることができなかった。この境界を超えて、惨めにもびしょ濡れになった姿で、行かないで、行かないでよ、と言えなかった。そんな約束知らないわよ、と言えなかった。境界には雨がうつ。私の身体は濡れていない。濡れることができなかった私はなんとなくその境界に口づけをする。真珠の指輪をはずすことが彼との決別なのだとしたら。ガラス窓へのくちづけはびしょ濡れになって彼においすがりつきたい私との決別。形が良すぎるかな。面白いのは、私は今、と、指輪をはずし、なんとなく、と、窓へくちづけ。逆だったとしたらどうでありましょうか。なんとなく、と、指輪をはずし、私は今、と、窓へくちづけをする。いやいやいやいや、ありえないでしょ、なんとなく指輪をはずすことは人生において何度かはあるかもしれない。だけど今じゃなくない。彼が去っていくこの今はなんとなくはずさないでしょう。そして、私は今、と窓へくちづけすることは触れるまでもないでしょう。どんな状況だよ、ってね。いざ、いざ、くちづけをしたもうぞ、この窓に。どんな状況やねん。いやはや、少し脱線したようでございます。私は今、と、指輪をはずし、なんとなく、と、窓へくちづけ。この二つの行為は、私は今、と、なんとなく、と、分けてみることができるにもかかわらず、根底の質感は似ているという事に気付きはしまいか。どちらも、所謂別れるための行為ということには変わりない。だけど、この行為は、私は今、と、なんとなく、に分かれている。どういうことでありましょうか。ここで私は次のような分類方法を提唱したい。前者、私は今、と指輪をはずすことを直接的私密行為、後者、なんとなく、とガラス窓へのくちづけを間接的私密行為と。指輪をはずすことは、因果性がありますよね。だって、彼と別れてるんだもん。関係ないとは言わせないわよ。彼と別れたから、あるいは別れるために、彼との思い出の指輪をはずした。直接的に繋がっている私密行為というになるのでしょうか。その反面、ガラス窓へのくちづけは直接的なつながりはない。彼と別れたから指輪をはずした、は、何故そうしたのかはっきり分かるけど、彼と別れたからガラス窓にくちづけた、は、一見分からない。なんとなく分かる。だけどもやっぱり、彼と別れたという状況があるからガラス窓へのくちづけが行われるということは確かなようでありまして。関係ないようでいて実は関係している、これを間接的私密行為と名付けた。追いかけーて、追いかけーて、すがりつくことができなかった私は、直接的にも間接的にも私密行為を行っているのである。そもそも私密行為って何?お答えしてしんぜよう。私が密になった行為のことである。以上。以下。ここからが本題である。だよね。果たして私には私密行為がありましたっけ?私はね、真珠の指輪を貰わなかったし、雨に濡れた小窓にくちづけなどは行いませんでした。勿論、夜の公園にて、せーのっ、で、お互い振り返って歩き始めるなんてしなかったよね、あと、端と端を持ちあったテープが遠く離れていく船によって切れてしまう時間なんて知らないわよ。私がね。知っている。あなたはふと去っていった。なんとなく、去っていった。それまでの時間になんの支障もきたさないかのように。これからの時間をなんとなくやっていけるかの如く。ね。川です。波の音が聞こえる。はずだった。波の音が聞こえようにもあまりにもこの川は穏やかである。震えている。だけども小刻みに蠢き続けている。光。水面に映った街灯の灯りが揺れています。民家の窓から漏れている灯りも揺れているわけであります。ぼこぼこと盛り上がっているのは水草か、大きな石だろうか。黒い、汚い川でありましょう。だけど今夜は汚いなんて思わない。街灯がこの川の蠢きに模様をつけているのである。どこまでも。どこまでも続いていくかの如く伸びているのね。それに負けじと街灯も。この川に沿って生え続けていらっしゃいます。両側に柵。この川に入ろうなんて思わなくない。この橋。あまりにも短いこの橋。アスファルトで埋め尽くされ、最早道路の一部となっているこの橋。この橋を渡る。一歩、二歩、三歩、四歩、五六七、八、九、十歩。見えた。あなたの家が。アパートが。懐かしい。気がする。二階の左から三つ目。203号室。あの部屋でどんなことがありましたの?うーん、そうだなあ、どうでもいいじゃない、そんなこと。どうでもいいことがたくさんあったっけ。白い外壁。黒い手すり。自転車置き場。ゴミ置き場。緑の網の四角いボックス。燃えるゴミの日は何曜日だったかしら。火曜日でありましたね。違う違う、水曜だったじゃん。階段をのぼる。年寄りにはキツイ階段ね。すぐに踊り場。踊り場っていうぐらいだから踊ってみたらどうであろうか。何言ってるの。踊るわけないじゃない。階段をのぼる。一つ目。この部屋にはお母さんとちっさな女の子が二人で住んでいて。二つ目。ここは足が悪いおばあちゃんが一人で住んでいた。長話に捕まると厄介だったね。三つ目。着いた。着きましたよ。ここにあなたがいる。よね?相も変わらず。相も変わらず長方形。の、ドア。なんて意味のない言葉。相も変わらず長方形。一度も使わなかった配達牛乳瓶置き場。傘をかけていた窓の柵。今、私は今、ここにいるのね。ピンポーン。ピンポーン。ブー。ブー。トントン。トントン。ごめんくださーい。ごめんくださーい。ドンドン。ドンドン。ドンドン。ドンドン。ごめんくださーい。ごめんくださーい。ピンポーン。はて、不思議なものである。外から中の人に呼びかけるとき、ごめんくださいと言う。ごめんをくださいと言う。どういった料簡でそんな言葉を使うようになったのでありましょうか。元来ごめんはあげるものであった。つまり、ごめんあげます。違いますよ。ごめんは御免。御免状をくださいという、つまり許可をもらうための、なになになになに、正論ぶっかましちゃって。正しいことなんて面白くないよ。ごめんは五面。五つのお面のことね。この五つのお面を怒り狂った神に献上することで世を安泰に保った。つまり、怒面、怒る面。喜面、喜びの面、待って待って。ごめん。こんな話したかったんじゃない。いない。いないの。ね。当たり前か。さて、どうしたものか。南のひとつ星に誓ってみようか。だけども私には南がどっちかも分からない。真珠の指輪をはずそうにも私はあなたから指輪を貰わなかったし、雨のガラス窓にくちづけようにも雨は降っていない。そもそも窓には柵がしてある。月はきれいに雲に隠れているし、にも関わらず雨が降る気配はない。中途半端。ここできれいに朝陽が照り始めてくれるとよかったのに。様になったでしょうに。まだまだ夜は更けそうにありませんわね。さて、どうしようか。踊ってみましょうか。意味わかんない。なんで踊るの。笑ってみましょうか。笑ってみることなんていつでもできるわ。歌ってみましょうか。どうして。どうしても。ねえ、両手あわせたとーきーにーだけ、神さまいのーるの、わーがままーよね、うーうー、でーも、この切なさのわーけーぐーらい、教えてくれーてもいいーでしょー。生まれかわーあってー、花になるーなーらー、カナリヤいーろーのー、花びらがいーいー。ひなげしになあってー、丘の上ーかーらー、星をながーめー、おーしゃベーりすーるーのー、その日のたーめーいーきもー風にまかーせーてー、こーどもの、


タンタラタラララタラララン、タンタラタラララタラララン、(電話の着信音)


もしもし、もしもーし、うん、聞こえた、うん、あっ、そうなんだ、えっ、何それ。そうなんだ。ごめーん。今日帰れなくなっちゃって。あー、そうなんだ、いや、なんか終電逃しちゃって、うん、なんかね、どうしよっかなって感じなんだよね。今、今ね、びっくりすると思うんだけど、今ね、前さ、住んでたとこ来てて。そうそう。懐かしくない。えっ、なんで、なんでって言われると困っちゃうんだけど、なんとなく、うん、終電逃して、なんとなく、歩いてみよっかって、なって、えっ、ない、そういうの、あるでしょ、えっ、ないかー。うん、なんかね、あの、サンクスがなくなってて、そうそう、あのサンクス、早口のおばさんの。あと、建設反対ってめっちゃ看板してた家あったじゃん、あれがより反対の看板増えてて、奥にめっちゃきれいなマンション建ってた。 そう、ずっと工事してたじゃん、あれ。あとね、丘におっきなひまわりが何本も揃ってて、川に暇そうな渡守がポツンと佇んでいる。うん、変わっちゃったからね。公園のくるくる回る球体の遊具もなくなっちゃったし、川沿いのあんバターが美味しかったパン屋のとこが歯医者になってて。畑が駐車場になってる。あったじゃん、あったあった。うん、変わっちゃったからね。うん。えっ、大丈夫だよ。うん、もう帰る。えーっとね、とりあえず駅のとこに戻って、満喫でも行こうかなって思ってて、そうそう、だから、心配しないで。うん、朝になるけど。うん、うん。じゃあね、うん、はーい。


電話を切る。


しばらく、スマートフォンをいじくる。


ふいに、


分かってる。分かってますよー。知ってますよー。だけどもだけども。ね。もう一度だけ。呼びかけさせて。ごめんくださーい。ごめんくださーい。ごめんくださーい。うん、なんだろうか。いつかの朝みたい。


照明消える。
スマートフォンの光がポツンと残る。
ゆらゆら漂って、消える。


終わり。

お隣さん、愛おくれ。(書きかけ、途中まで)

  

※なかなか書き終わんないので、書きかけですが上げます。続きかけたらちょこちょこ更新します。こうすべき、こうしたいだとか、途中までだけど感想とかありましたら教えてくださいませ。

 

「お隣さん、愛おくれ」

 

  冬。雪が降っている。夜の手前。

  

  部屋。

  カーペット、机、あればソファ、あればテレビ(なければ音響のみ)

  ベランダへのガラス戸、

  台所、舞台上でも舞台袖でも良い、

  ベランダと反対方向に玄関。

  机の上には、お菓子や服や、紙なんかが大量に、

  机の下にも、そこに乗りきれなかったとでもいうかのごとく、

  ソファがあれば、ソファの上にも、ちらほらと、

 

  女、男、玄関から、

 

女  入って、
男  すみません、おじゃまします、
女  あ、暖房、つけっぱだ、ああ、つけっぱで出ちゃった、あ、上着
男  ああ、いえ、すみません、
女  座って、
男  あ、どうも、
女  散らかってるけど、
男  いえいえ、そんな、
女  え、と、お茶とハーブティどっちがいい?
男  いえ、もうそんな、大丈夫ですから、
女  だって、飲み物ぐらい出させてちょうだいな、お茶とハーブティしかないけど、いや、水道水でよければ水という選択肢もあるけど、
男  お茶ってお茶ですか。
女  お茶はお茶ね。
男  ハーブティって、
女  ああ、そっかそっか、ハーブティもお茶ね、だから、お茶は、その、緑茶、ハーブティと緑茶と、水道水、水道水飲む派?
男  ええ、飲みますね、水道水、朝起きたら、
女  ああ、飲む派、じゃあ、いや、じゃあ、って、水道水はないわね、お客さんに、水道水はないわ、お茶とハーブティどっちがいい?あ、お茶は緑茶ね。
男  あ、じゃあ、
女  あっ、そうだそうだ、あれだ、あれもあった、プロテインプロテインもあったんだ、いっぱい買ったの、プロテイン、細マッチョになれるって通販で売ってて、結局全然飲んでないんだけど、プロテイン、いいじゃない、プロテインにしなよ、水で溶かすやつ、
男  ああ、ええ、じゃあ、プロテインで、
女  ちょっと待っててね、最高のプロテインつくったげる。

 

  女、台所へ、

 

女  テレビね、
男  はい、
女  見たかったらつけてね、リモコンあるから、その、床、床のどこかにあるから、床 っていうか、地面、地面じゃないか、フローリング、そう、フローリング、フローリング?カーペットのどっか、多分、机の下あたりのカーペットのどっか、
男  ああ、机の下、
女  えっ、ない、リモコンない、
女  いつも地面に置くの、地面ていうか、フローリング、フローリングていうか、カーペットのどっか、机の上に置いてたら、分からなくなっちゃうから、あれ、ないね、
男  机の上、
女  机の上には置かないの、私、絶対、机の上には置かないの、主義なの、机の上にリモコン置かない主義なの、ほら、だって、机の上って、どんどん物たまっていっちゃうじゃない、だからリモコンすぐどっかいっちゃうのね、リモコンなくなると、ほら、ご飯食べながらテレビでもゆっくり見ようかって時にね、リモコンないと、あれじゃない、ものすごく、胸が、グワングワンするでしょ、もう、すごくグワングワンするから、リモコンなくなると、あああ、てなるから、なくならないようにリモコンは地面に置くようにしたの、私、地面ていうか、フロ、カーペットのどっかに。
男  でもパッと見た限り、地面の上にはなさそうですけど、
女  机の上にはないの、絶対に、机の上にはないから、
男  あっ、いや、そうですか、
女  えっ、テレビ、ああ、もう、いいかな、テレビ、見たい、そんなに見たい感じ?
男  いやいや、そんなには見たくないですよ、はい、大丈夫ですよ、
女  そう。じゃ、ちょっと諦めよう、こういうのって諦めたら出てくるのよね。
男  そうなんですよね。

 

  女、プロテインをシャカシャカしている。

 

女  鍵は諦めきれないもんねえ、
男  多分会社で着替えた時落としたんじゃないかと思ってるんですけど、

 

  女、プロテインをシャカシャカしている。

 

女  ごめんなさいね。
男  あっ。何が。
女  ハーブティ。
男  ハーブティ、ハーブティ、なんですっけ。
女  ほら、だって私、おかしいの、うふふ、笑っちゃう、私、ハーブティてティなのに、お茶なのに、お茶とハーブティどっちがいいって、ふふふ。
男  ああ、いや、それは、なんか、ね、そういうのは、ねえ、
女  私、ハーブティてお茶って感じじゃないのね、お茶じゃなくて、ティなのね、それで私にとってお茶って言うのは冬は緑茶で夏は麦茶なの、なんかお茶って言うのは、もう、そういうもんだって生まれ育っているのね、ウーロン茶はウーロン茶て言うし、そば茶はそば茶て言うし、さんぴん茶さんぴん茶て言うし、さんぴん茶なんて買ったことあったっけ、とにかくお茶って言うと緑茶か麦茶なのね、それを、私、何にも考えずにお茶とハーブティて、うふふ、おかしい。
男  ええ、でも分からなくはないですよ、僕の実家はウーロン茶だったんで、お茶って言うとウーロン茶かなあ、みたいな、思いますよ。
女  え、ウーロン茶、飲みたかったですか?
男  いや、ウーロン茶は特に飲みたいってわけではなかったんですけど、実家がウーロン茶だったんで。
女  え、実家がウーロン茶。
男  はい、え、なんです。
女  へえ、実家はウーロン茶だったんですか。
男  はあ。
女  あっ、実家が、ウーロン茶、ということね。
男  えっ、ええ、ええ、はあ。

 

  女、プロテインをシャカシャカしている。

 

女  変ね。
男  え、あ、変ですか。
女  変よ。
男  え、何がですか?
女  あなたのこと何も知らないのにあなたのためにプロテインを振っている。
男  それは、変ですね。
女  何をしてらっしゃる方なの?
男  何をと言うと仕事でしょうか、
女  そうね、仕事をしてるなら。
男  なんと言いますか、金属に色を印刷する仕事をしてるんですが、企業用の機械とかに、触るな危険とか、そういう注意書きみたいなのが多いですかね、黄色とか黒とか赤を一色一色塗っては焼いてって、まあそんな仕事ですね、
女  なんだかよくわからない仕事ね、
男  まあ、簡単に言うと金属に文字とかマークとか印刷する仕事ですね、はい。
女  へえ、そんな仕事もあるんですね、
男  まだでも働き始めてあれなんですが、半年ぐらいなんでペーペーなんですが、
女  引っ越してきたのもそれぐらい?
男  ええ、そうですね、就職決まってからなので。
女  じゃあ、結婚するんだ、
男  ああ、いや、そうですね、そうしようと思って就職したんですけどね、ああ、はい、ええ、どうでしょう。
女  結婚しないの?
男  いや、するんですけどね、ええ、そうしようと思って就職したんですから、ええ、そうなんですけどね、うーん、
女  ん、どういうこと?
男  いや、だから、結構いいとこ、いや、 プラプラしてた割には結構いいとこ就職できたんですよ、ボーナスいっぱい出るし、まだもらってないけど、いっぱい出るって噂だし、はい、はい、だから、まあ、そうなるよなあ、ていうか、え、もう、いいんじゃないですかね、
女  え、あ、あ、忘れてた。
男  忘れますか、
女  なんか、もう、ほら、そういう手に、いや、腕になってたわ、そういう、腕、プロテインを振る腕に、この腕はそういうもんだって、ほら、プロテイン振るのがスタンダードなんだって状態、プロテイン振るのが一番しっくりくる状態、みたいな、分かる?
男  あまり分かんないですね。
女  うん、まあ、そうね、え、どうしよう、お客さんにプロテインを出すの初だから、人生初だから、その、いつもは私、この容器でそのまま飲むんだけど、こういうのは、どうなんだろ、違うちゃんとしたコップに入れたほうがいいかな、
男  いいですよ、そのままで、
女  そう、いいかな、じゃあ、はい、どうぞ、
男  ええ、はい、どうも。
女  ごめん、やっぱり気になる、
男  え、そうですか、
女  コップで出させて、
男  いや、いいですよ、このままで、
女  ダメなの、私、気になっちゃうから、コップで、ね、うん。
男  はあ。
女  あれ、あ、もう、あああ、
男  え、どうしました、
女  見て、これ、最悪、ほら、ほらほらほらほら、
男  ええと、コップ、
女  洗わないの、コップ、全然洗わないの、ね、思わない、ね、水とかお茶とかジュースとかもう、いろいろ飲むんだけど、洗わないで、置いてくの、私が洗うと思ってるの、ね、思わない、一緒に住んでる人に影響がかからないように放置してるならいいんだけど、影響かけてくるの、私からしたらね、雑菌て言うの、ちょっとぐらい雑菌なんか、むしろ水とかお茶入れたコップなら、さらっと水ですすいでもう一回使えばいいのに、雑菌とかもね、免疫的に、あんまり洗いすぎるのも良くないって言うか、ね、でも、ダメなのね、一回一回綺麗なのじゃないと気が済まないの、そのくせ、洗わないの、もう、
男  えっ、すみません、誰かと一緒に住んでるんですか?
女  えっ、そうよ、えっ、知らなかった?それでね、逆にこっちが皿洗わなかったりすると、なんで洗ってないんだって、プンスカプンスカ、もう、本当に、ね、人にあーだこーだ言う前に自分がきちんとしなよって、ね、思わない?
男  えっ、旦那さんとかですか?
女  ん、いや、旦那さんとかではないね、一緒に住んでる子、もう、本当に、でも大丈夫、こういう時ね、洗わないの、向こうが洗うまで、一切洗い物しないの、そしたら、向こうがいつの間にか洗ってるてわけ、それでも洗わない時は、もう、言うしかない、ストレートにズバッと言うしかない、ね、だから、絶対に洗わない、私、絶対に洗わないから、あなたも二人暮らしならそういうのあるでしょ、
男  そうですね、でも僕は怒られる方ですかね、
女  ああ、あなた、そっち側、まあでも、男の人って大抵そうかもね、昔だったら洗い物なんて女の仕事だって考えだったんだろうけど、今は、女も働いてるものね、大抵、洗い物なんてお前の仕事だなんて、自分一人の稼ぎでやっていけないのに言えないわね、大抵、

 

  女、いつの間にやらプロテインをシャカシャカしている。

 

でも大抵備わってないから、その、洗い物をしようとする機能が、男性には、大抵の話よ、みんながみんなってわけじゃなくてよ、その、機能が、洗い物をしようって本能が、ね、備わってない人が多いから、怒られるのは男性の方が多いのよね、きっと、そりゃ、女の子は女の子らしく、男の子は男の子らしくって育てられてきたんだから、大抵は、男の子らしく外で遊びなさいとは言っても、男の子らしく洗い物をしなさいとは言わないもの、育まれてないのよ、洗い物をする機能が、だから、まあ、そうかもね、でも時たま、女性の方でもその機能が全然備わってない人がいるわけ、それはあの子、同居人、で、なんだっけ、あれ、また振っちゃってた、そう、これ、これをコップに入れようとして、でもコップが全然なくて、まあ、洗えばいいんだけどね、嫌じゃない、負けたみたいで、
男  いや、いいですよ、本当に、その容器のままで、
女  待って待って、あるっちゃあるの、ええと、どこだったかな、あっ、これだこれだ、ちょっと小さいけど。

 

  女、おちょこを持ってくる。
  プロテインをおちょこに注ぐ。

 

男  なんて言うか、ウケますね、おちょこでプロテインは。
女  まあ、ちょっと変わってるけど、風情があっていいでしょ、風情って言うの、こういうの。
男  あ、おいしいです、プロテイン
女  あ、どうぞどうぞ、
男  あ、どうも。
女  変ね、
男  いや、でも、おいしいですよ、プロテイン
女 そうじゃなくてね、なんか、こうゆうの、初めて、なんか、こうゆう、親切、なのかな、なんだか、心がすわっとするわ。
男  ああ、いや、ほんとにありがとうございます、寒かったんで助かりました、
女  あ、寒かった、ごめん寒かった、
男  あ、外がですよ、外が寒かったってだけで、今は寒くないですよ、
女  でも寒かったんなら、やっぱり、熱いお茶の方が良かったよね、あ、お茶って緑茶ね、
男  いや、全然、プロテインで全然あったまりましたんで、
女  プロテインであったまるなんてことないでしょ、
男  いや、気持ち的に、親切な心的に、
女  やっぱり沸かすわ、
男  大丈夫ですよ、プロテインあるんで、
女  いや、なんかダメなの、私がダメなの沸かさせて、

 

  ピンポーン。

 

女  えっ。あっ、えっ、どうしよう、

 

  ピンポーン。

 

女  ごめん。
男  えっ、なんですか、
女  しっ、ちょっとごめん、ちょっとここにいて、

 

  男、ベランダに連れて行かれる。

 

男  えっ、なんで、

 

  ピンポーン。

 

女  はあい、ちょっと待ってね、ちょっと待ってね、

 

  女、玄関へ、靴を靴箱かなんかに隠し、ドアを開ける、

 

女2  遅くない、寝てたの、
女  なんだ関ちゃんか。
女2(以下関ちゃん)  なんだとは何よ。
女  あの人かと思っちゃったじゃない、インターホンなんて鳴らすから。
関ちゃん  そう、もう、最悪、最悪なの、鍵失くしちゃったの、もう最悪、
女  え、関ちゃんも鍵無くしたの、
関ちゃん  なにこれ、プロテイン、おちょこで飲んでんの。
女  あ、中田山さーん、
関ちゃん  ん、

 

  男、(以下中田山)出てきて、

 

関ちゃん  誰?
女  中田山さん、お隣さんの。
中田山  どうも。
関ちゃん  なんで。
中田山  あっ、
女  中田山さんも鍵を失くしちゃったの、外で寒そうに待ってたから、家で待てばって、
中田山  あっ、はい、おじゃましてます。
関ちゃん  鍵失くしちゃったの、
中田山  はあ、そうなんです、
関ちゃん  私と同じじゃん、鍵失くしたピーポーじゃん、
中田山  あっ、は、そうですね、
関ちゃん  いいじゃんいいじゃん、奇遇じゃん奇遇じゃん、まあまあまあ、いっぱい飲みましょうや、
中田山  あっ、いや、僕はプロテインがあるので、
関ちゃん  いやあ、アタシてっきり、依子さんの男かと思っちゃった、
女(以下依子)  何言うの、そんなわけないじゃない、
関ちゃん  だって、依子さんってさあ、あら、コップない、まあいいか、缶のままで、はい、
中田山  あっ、いや、僕は、
関ちゃん  いいじゃんいいじゃん、飲みな飲みなって、
中田山  あっ、ええ、どうも、
関ちゃん  じゃ、乾杯、
中田山  乾杯。
関ちゃん  はー疲れた、あ、依子さんも飲む?
依子  いや、私は、お茶飲むから、(お湯を沸かす)
関ちゃん  え、でも、コップないよ、洗わないと、

 

  間。

 

関ちゃん  あっ、だからおちょこで飲んでたのか、プロテイン、ええと、あれ、リモコンないね、
依子  そうそう、さっきもね、探してたの、
関ちゃん  あっ、あった、(机の上のどこかから見つける)
中田山  あっ、

 

  その時やっているテレビ番組が流れる。

 

依子  机の上に、あったのね、

 

  テレビ番組のチャンネルが変えられていく、

 

関ちゃん  あんまなんもやってないね、中田山さんは、何やってる人なの、
中田山  えっと、
依子  金属を印刷する仕事ですって、そんな仕事あるのね、
関ちゃん  どういうこと、金属を印刷、
中田山  あっ、いや、
関ちゃん  何、紙に、こう、金属がボコって、なるみたいなこと、
中田山  金属にです、金属に、金属に色を塗って、焼いて、こう、定着させる、みたいなことです、
関ちゃん  職人さんじゃん、
中田山  はあ、まだペーペーペーですが、
関ちゃん  依子さん、何、金属を印刷て、
依子  え、私そんなこと言った?
関ちゃん  言ったよ、言ったよ、ねえ、
中田山  ああ、どうでしょうか、
関ちゃん  えっ、言った言った、絶対言ったよ、
依子  言った言った、言ったでいいよ、
関ちゃん  えー、言ってない感じになってんじゃん、全体的になんか、言ってないのに私が聞き間違えた感じになってんじゃん、じゃんじゃんじゃん、
依子  どうでもいいでしょうにそんなこと、
関ちゃん  確かに。確かにそんなことはどうでもいいね。

 

  テレビ番組のチャンネル、変えられていく。

 

関ちゃん  あー、お腹空いた。なんもやってないな、
依子  やってないなら消せば。
関ちゃん  だから言ってんじゃん、ついてるだけで安心するの、なんも見るものなくても流れていると安心するの、ああ、家に帰ってきたって感じがするの、テレビってそんなもんでしょ、ねえ、
中田山  ああ、まあそうでしょうかね、
関ちゃん  えっ、中田山さん、結局どうするの、鍵なかったら帰れないよね、
依子  彼女さんが帰ってくるんですって、
関ちゃん  あっ、彼女、一緒に住んでるんだ、
中田山  ああ、はい、いつもこの時間帯には帰ってるので、もう、あのう、大丈夫です、外で待ちますんで、
依子  ダメダメ、雪降ってるんだから寒いじゃない、
関ちゃん  そうだよそうだよ、遠慮しないで、凍え死んじゃうよ中田山さん、中田山さんて言いにくいね、下の名前は。
中田山  俊彦です。
関ちゃん  俊彦、中田山俊彦、なんだか珍しいのか普遍的なのか判断しづらい名前ね。
依子  どうでもいいじゃない、そんなこと。
関ちゃん  俊彦、中田山俊彦、なーかーたやまっ、としひこ、
中田山  えっ、なんですか?
関ちゃん  なかーたやまー、とーしーひこっ、
中田山  えっ、なんですかこれは、
依子  やめなさい、困惑してるじゃない。
関ちゃん  なかなかなかー、たやま、としとしとしーひーこーひーこー、
中田山  えっ、怖い、すみません、怖い、
依子  やめなさい、怖がってるじゃない、
関ちゃん  ごめん怖かった?
中田山  えっ、えっ、なんなんですか、
関ちゃん  名前遊びだよ名前遊び、昔やらなかった?
中田山  やらなかった、そんな遊び知らない。
関ちゃん  え、知らない、名前遊び、今流行ってるの、マイブーム、
依子  テレビ見ないなら消せば、
関ちゃん  りこりこりこ、りこりこりこよー、りこよーよー、よーよーりりりーかわらぐちー、かわらかわらかわら、かわーらりー、

 

  依子、テレビを消す。

 

関ちゃん  あっ、

 

  依子、リモコンを窓の外に投げる。

 

関ちゃん  あっ、
中田山  ええっ、
関ちゃん  何してるの、
依子  テレビなんていらないわ、テレビなんて見ないもの、朝のニュースしか、それか晩御飯の時にたまに見るくらいだもの、ね、テレビなんていらないでしょ、朝、仕事に行く前に天気予報と時間を見ているだけだもの、テレビなんていらないわ、これで、リモコンをいちいち探さなくてよくなったわ、本体も粗大ゴミに出しましょう。
関ちゃん  何言ってるの。
依子  思ったことそのまま言ってるだけよ。
関ちゃん  お湯、沸いてるよ。あっ、コップないのか、
依子  洗ってよ。コップ、洗ってよ。
関ちゃん  リモコン探してきてよ、
依子  コップ、洗ってよ、
関ちゃん  分かった、リモコン探してきてよ。
依子  ごめんなさい。

 

  依子、はけようとするところへ、

 

関ちゃん  依子さん、ご飯は?
依子  まだ作ってないの、
関ちゃん  作ってよ、お腹空いた、早く作ってよ、
依子  リモコン探さないと、
関ちゃん  一瞬で探してきて、一瞬でリモコン探してきて、一瞬でご飯作って。
依子  コップ、洗ってね。
関ちゃん  はいはいはいはい、洗いますよ洗いますよ。

 

  依子、はける。

 

関ちゃん  としひこ、なかたやま、にゃかたやまとしひこ、にゃきゃたやま、ちょしひこ、きょひひこ、きょひこやまなかたやま、なかたまやひこちょし、ひこたまやちょしふぃこ。
中田山  コップ洗わないんですか、
関ちゃん  ちょししこ、しこたやまやまひこ、やまひこやまやまひこ、
中田山  うわー、会話にならない。
関ちゃん  洗ったほうがいいかなやま、洗いたくない気持ちもあるひこ。
中田山  洗ったほうがいいでしょ、怒ってたじゃないですか、すごく、そもそもコップ洗わないあなたが悪いんでしょう。
関ちゃん  あなたって誰ひこ。
中田山  あなたはあなたですよ。
関ちゃん  名前で呼んでやま、あなたじゃあ分からないひこ。
中田山  ええと、関さん、
関ちゃん  関さんとか、関さんとかじゃないんだけど、関ちゃんなんだけど、関さんて何、関ちゃんなんだけど、
中田山  関ちゃん。
関ちゃん  何。
中田山  あ、なんだっけ。
関ちゃん  コップのことだよね、
中田山  関ちゃんがコップを洗わないから、依子さんが怒っているんでしょう。
関ちゃん  依子さんはね、最近いつもこうなのね、ちょっとしたことですぐ怒るのね。
中田山  あなたがコップ洗わないからでしょう、いや、関ちゃんが、
関ちゃん  さて中田山俊彦に問題です、私は何故コップを洗わないんでしょうか。
中田山  洗いたくないからでしょう。
関ちゃん  ブッブー、私が彼女を養っているからです、私が彼女に食わしてやってるからです。コップぐらい洗えやって話なのです。
中田山  あなたたち二人はなんですか、どういった関係なんですか、
関ちゃん  難しい質問です、恋人以上友達未満といったところでしょうか、
中田山  付き合ってるというわけですか、
関ちゃん  付き合ってるとかではありません、一緒に住んでるだけです、ただ、依子さんが怒れば怒るほど、私が興奮しているというのは事実です。
中田山  どういうこと、
関ちゃん  中田山俊彦、依子さんが帰ってきて、私とあなた中田山俊彦がキスしていたらとても怒るだろうね、キスをしようか、中田山俊彦、
中田山  え、いや、それは、えええと、
関ちゃん  ジョークジョーク、本気にしないで、中田山俊彦。
中田山  ちょっと、なんなんですか。からかわないでくださいよ。
関ちゃん  からかうとは何。私が今の言葉をからかいじゃなく本気で言っていたとして、中田山俊彦が困った様子を見せた結果、ジョークジョークと冗談にしてやったとしてもこれはからかいでありますか。
中田山  ええ、いや、それは、からかいではありませんか。すみません。
関ちゃん  分かればいいひこ。
中田山  えっ、本気で言ってたんですか。
関ちゃん  私はいつだって本気さ。
中田山  えっ、いや、それは、ですね。
関ちゃん  ジョークジョーク、本気にしないで、中田山俊彦。
中田山  もう、からかわないでくださいよ。
関ちゃん  からかわないでという中田山俊彦の言葉にはからかいであって欲しくない気持ちとと、からかいであってよかったという安堵が渦巻くのであった。
中田山  ちょっと、僕を怒らせようとしてます?
関ちゃん  何をするの。

 

  中田山、台所に行って、

 

中田山  僕は怒りませんよ。自分を怒らせないための制御パーツをぎんぎんに改造して生きてきたんですからね。
関ちゃん  洗わなくていいのよ、あの人が洗うんだから。
中田山  放っておいてください、僕は洗いたくて洗いたくて、しょうがないんです。洗剤はどこです。
関ちゃん  洗剤は、あの人が持ち歩いているの。
中田山  あの人が持ち歩いてる。
関ちゃん  そうそう。あの人がね。
中田山  あの人ってのは誰です。
関ちゃん  依子さんに決まっているじゃない。
中田山  なんで。人に洗えって言ってるのに、なんで洗剤持ち歩くの。
関ちゃん  さあ、洗って欲しくないんじゃない。
中田山  意味が、分かんない。
関ちゃん  それか、洗うなら自分で洗剤買ってこいってことか、
中田山  怖くなってきた。
関ちゃん  え、なにが、
中田山  なんか、変、じゃない。
関ちゃん  あの人が変なのさ、私は変じゃないさ。
中田山  いや、洗剤、買ってきますよ。
関ちゃん  ダメダメ、洗わなくていいんだって。いつか誰かが洗うんだから。
中田山  いつかっていつです、誰かって誰です。
関ちゃん  いつかはいつか、誰かは誰か。
中田山  正直ですよ、
関ちゃん  でもおそらく依子さんが洗うんだろうけど、
中田山  正直ですね、
関ちゃん  うん、
中田山  僕は今すぐ帰りたい、いや、帰れないんだけど、鍵ないから、でも、今すぐ帰りたい、自分の部屋に、
関ちゃん  鍵ないんでしょう。
中田山  鍵ないんですけどね、鍵なくてもですね、この部屋で待ってる、いや、待たせてもらっているのが、なんだか、とても、あれですね、こう、ここにいるのが、ですね、
関ちゃん  窮屈、
中田山  そうじゃないんですけどね、いや、そうなんですけどね、いや。このまま帰れない気もするわけですよね、なんか、だって、お隣さんだし、いや、なんかそういうの関係ないかもだけど、だって、お隣さんなんだし、いや、だから関係ないんだけど、せめてですね、せめて、コップを洗わせていただきたい、洗わさせてください、コップを。
関ちゃん  そんなに、そんなに洗いたいか。コップを。
中田山  買ってきますよ。コップを。
関ちゃん  コップを。
中田山  あ、違った、洗剤を。買ってきますよ、洗剤を。

 

  ピンポーン。

 

関ちゃん  えっ。

 

  ピンポーン。

 

関ちゃん  えっ。あっ、うーんと、そうか、ちょっと。
中田山  なんですか、
関ちゃん  しっ、ちょっとごめんね、ちょっと、ね、ここにいて、ね。ちょっと。

 

  中田山、ベランダに連れて行かれる。

 

中田山  えっ、なんで、

 

  ピンポーン。

 

関ちゃん  はいはーい、ちょっと待ってね、ちょっと、待ってね、

 

  関ちゃん、玄関へ、

 

関ちゃん  あら。
まりも  あ、すみません、ええと、
関ちゃん  ああ、中田山さん、
まりも  そうです、そうです、隣に、一緒に住んでる。
関ちゃん  あがって。
まりも  あ、いや、私、迎えに来ただけですので、
関ちゃん  いいからいいから、せっかくだから、ご飯食べよ、
まりも  いや、でも、
関ちゃん  もーういいよー。

 

  関ちゃん、ベランダへ。

 

関ちゃん  もういいよ。
中田山  鍵、鍵、
関ちゃん  あ、そっか。ごめんごめん。

 

  まりも、ゆっくりはいってくる。

 

まりも  おじゃましまーす。

 

  中田山、でてくる。

 

まりも  あっ。
中田山  寒い寒い。
関ちゃん  ごめーん。
中田山  あっ。
関ちゃん  よかったね、お家に帰れるわね。
中田山  ああ、うん、
まりも  なんで、ベランダ。
中田山  いや、ん、なんで。
まりも  うん、なんで。
中田山  え、なんでだろ、なんで。
関ちゃん  なんで、うん、そうね、
まりも  なんで、ベランダ。
中田山  え、なんで、
関ちゃん  いや、なんで、うん、なんでねえ、なんでなんで。
まりも  かくれんぼ、してたんですか。
中田山  いや、してないよ、かくれんぼ。ねえ。
関ちゃん  いや、うん、でもかくれんぼみたいなもんだよね、
中田山  え、なにそれ。してないよ、かくれんぼ。
まりも  え、でも、隠れてたよね、
中田山  いや、うん、でも、連れてかれて、この人に、なんで。
関ちゃん  まあまあまあ、座りましょうや、落ち着けましょうや、腰を。
まりも  え、はあ、でも、
中田山  あ、でも、帰れるわけだし、
関ちゃん  いや、でもあれじゃん、縁じゃん、偶然、お隣さん同士こういう風に会う機会に恵まれたわけなのだから、依子さんもご飯作ってくれるって言うし、ねえ、
まりも  はあ、依子さん?
中田山  いや、でもね、まりもちゃん、
まりも  うん、何、
中田山  疲れてないの、まりもちゃん、帰ったばっかで、
まりも  え、大丈夫、ご飯食べるだけ、なら、
中田山  あ、うん、そっか、そうだね、
関ちゃん  まりもちゃんって言うの。
まりも  あ、まりって名前なんですけど、なんか子供の頃からずっとまりもって言われてて、それが、なんかずっとって言う、はい、
関ちゃん  私、関ちゃん、関ちゃんって呼んでね。
まりも  え、はあ、関ちゃん。
関ちゃん  ビール飲む?
まりも  いや、ビールはちょっと、苦味が、
関ちゃん  あ、ビールだめなの、
まりも  はい、苦味が、苦手で、
関ちゃん  じゃあ、そうか、コップないんだ、今、あ、プロテインならあるけど、
まりも プロテイン
関ちゃん  中田山さんの飲みかけだけど、
まりも  なんでプロテイン
中田山  いや、なんか流れで、
関ちゃん  プロテインはないか、プロテインはないない、
まりも  いや、プロテイン、飲みます飲みます、
関ちゃん  え、でもプロテインだよ、
まりも  いいです、いいです、せっかくなんで、こんな機会なかなかないし、
関ちゃん  そう、、はい、じゃあ、これ、
まりも  え、なんです、これ、
関ちゃん  いや、コップがなくてね、
中田山  あ、
まりも  ああ、でも、この、なんだ、これ、なんだ、
中田山  ん、シェイカー、
関ちゃん  容器、
まりも  あ、容器、
中田山  シェイカーじゃないか、
関ちゃん  いや、でもシェイカー、うん、
まりも  まあ、この、シェイカー、振るやつで、そのままで、
関ちゃん  いやいやいやいや、せっかくだから、せっかくなんだから、さ、はい、こんな機会なかなかないんだから、
まりも  はあ、
関ちゃん  おっとっと、
まりも  変な感じ。
関ちゃん  じゃあ、あれ、これ、私の、
中田山  あ、どっちだっけ、
関ちゃん  まあいっか、かんぱーい、
まりも  はあ、
中田山  かんぱい。
関ちゃん  ささ、どうぞどうぞ、
まりも  あ、どうもどうも、
関ちゃん  どう、おちょこプロテイン、略してオチョテイン。
まりも  これは、あれですね、意表をつく甘ったるさ。
関ちゃん  意表をつく甘ったるさ、ちょっと頂戴、
まりも  あ、はい、
関ちゃん  ついで。
まりも  はい、
関ちゃん  おっとっと、
まりも  おっとっと、
関ちゃん  うん、何、プロテイン、だね、ちびっと、だけ。の。うん、
まりも  そうなんですけどね。
関ちゃん  うん、さんきゅう。まま、どうぞどうぞ、
まりも  いや、これはこれは、どうもどうも。
中田山  あのう、
まりも  壁の色が違いますね、
関ちゃん  ん、あ、そうなんだ。
まりも  私たちの方は暖色系っていうの、部屋で違うんですね、
関ちゃん  へー、ん、何、
中田山  俺たち、やっぱこれ飲んだら帰りますよ、
まりも  え、なんで、
中田山  だって、明日も早いし、帰れるわけだし、
まりも  でも、ご飯食べるだけでしょ。
中田山  そうだけどさ、
まりも  何、
中田山  いや、依子さん、帰ってこないし、
まりも  依子さんって、
関ちゃん  中田山さんはさ、
中田山  え、
関ちゃん  中田山俊彦はさ、
中田山  え、はい、なんですか、
関ちゃん  コップを洗うんじゃなかったの。
まりも  コップ、
中田山  いや、それは、それは自分で洗ってくださいよ、
まりも  コップって、
関ちゃん  だって言ったじゃん、コップ洗わさせてくださいって、
中田山  いや、言いましたけど、
まりも  えっ、言ったんだ、
中田山  言いましたけどね、それは、だって、さっき、そう思ったっていう、今は、もう、なんか、
まりも  え、どういうこと、
中田山  いや、いろいろあって、
関ちゃん  洗ってくれるんだーって、思ったのに、だって、洗わさせてくださいって言ったんだもの、洗ってくれるんだー、ありがたー、って、思ったのに。
まりも  私、洗いましょうか、
関ちゃん  いいの、いいの、気にしないで、
まりも  え、だって、
関ちゃん  中田山さんがね、言ってきたんだから、洗わせてください、お願いしますって、
まりも  何その懇願。
中田山  分かりましたよ分かりましたよ、洗いますよ、洗えばいいんでしょうが、
関ちゃん  おおっと、なんだ、その態度、そんな態度取られるんなら洗って欲しくなんかなんかないね、
中田山  なんなんですか、洗うなって言ったり洗えって言ったり、
関ちゃん  洗えなんて一言も言ってなくない、そっちがお願いしてきたという事実を述べているわけだから、
中田山  あーあーあーあー、買ってきますよ、買ってくればいいんでしょ、コップを。

 

  中田山、洗剤を買いに行く。※靴に触れるか、

 

まりも  コップを、買ってくるの。
関ちゃん  あ、いや、洗剤、言い間違えただけだと思う、洗剤なくて、
まりも  洗剤、家にあるのに、
関ちゃん  あっ、そっか、そっちの家の借りれば良かったのにね、まあいっか。
まりも  間に合うかな、
関ちゃん  いいんじゃない、
まりも  あ、でも、ちょっと、

 

  まりも、玄関へ、
  しかし、すぐ、戻ってくる。

 

まりも  行っちゃった。
関ちゃん  素早い身のこなしね。
まりも  初対面ですよね、
関ちゃん  えっ、何が、
まりも  彼と、
関ちゃん  あ、中田山俊彦、初対面初対面、むしろ、今初めて会ったばっかだけど、
まりも  全然、初対面感ないですよね、
関ちゃん  あ、そう、かね、
まりも  あんな喋り方するんだって、思って、
関ちゃん  ふーん、
まりも  どうだっていいけど、
関ちゃん  え、
まりも  なんでコップで争いあってるんですか。
関ちゃん  別に争ってなんかないけど、
まりも  だって、初対面でコップを洗えとか洗うなとか、どういう状況っていう、
関ちゃん  あ、いや、それは、依子さんってのがいてね、その依子さんがコップを洗えって言うんだけど、私は洗いたくなくて、そしたら中田山さんがね、洗わさせてくださいってね、言ってきたわけよ、
まりも  うーん、
関ちゃん  ただそれだけのことなのよ、
まりも  ふーん、その、依子さんってのは、
関ちゃん  あっ、依子さんはね、同居人。
まりも  同居人。
関ちゃん  一緒に住んでるの。
まりも  ああ、親戚かなんか、
関ちゃん  いや、全然。
まりも  友達とかですか、
関ちゃん  友達とかではないね。
まりも  え、親戚とか友達とかではない人と同居してるんですか、
関ちゃん  そうなんだけどね、なんてったらいいのかな、同居人、ほんと、同居人としか、言えないみたいな、別に深く知り合いだったわけでもないし、気付いたら一緒に住んでて、
まりも  なんで。
関ちゃん  聞きたい?
まりも  聞いちゃいけないやつですか?
関ちゃん  聞いちゃいけないやつなんてないわよ、お隣さん同士で、
まりも  じゃあ、
関ちゃん  本当に聞きたい?
まりも  え、じゃあいいです、
関ちゃん  え、聞いてよ聞いてよ。
まりも  え、じゃあ、なんで。
関ちゃん  依子さんと私はね、ある人を共有していたのでした。
まりも  共有?
関ちゃん  その人は妻も子供もいるのでね、つまり、不倫ね、不倫相手としてね、私と依子さんは存在していたのでした、その人がね、ある日、この家に依子さんを連れてきてね、つまり、あれね、3Pね、3人プレイね、私たちは3Pをしたのでありました。そこから私たちは3Pに魅了されていくことになるのでありました。私が喘ぐのを依子さんが聞いている。依子さんが悶えるのを私が見ている。依子さんが興奮すればするほど私も興奮する、相手が気持ち良くなっているのを見ると私の方がって、気持ち良くなろうとする、私たちは自然と3Pがしやすくなるような生活に改善して行ったのね、改善っていうのかな、つまり、この関係を絶対に知られてはならない人がいる、あの人の奥さんね、知られてしまうとたいへんでしょ、だけどね、今となってはこの考えが間違っていたのかもしれないとも思うわ、私たちは、あの人の住んでるところも電話番号も、フェイスブックツイッターも知らない、知ろうともしなかったわ、そして、この部屋の鍵も渡さなかったわ、つまりこういうことなのね、物的証拠は一切残さない、これが私たちの根底に絶えずポリシーとしてね、なんて言うのかな、輝いていてね、奥さんにね、ばれるリスクを極限まで下げた状態と言いましょうか、あの人は時間的余裕さえ確保できればいつでもここに来て、ピンポーンと鳴らせばいい、そのために、依子さんには基本的に家にいてもらって、だけど私たちも生きていかないといけないからさ、私が働いて、というわけ、私たちの生活はこんな形を持ってしばらく続いたのだけれども、ある問題が浮上してね、容易に想像できることだけども、あの人が来なくなった、もう一年ぐらい来ていないのね、一ヶ月以上来ないこともあったし、かと思えば二、三日連続なんてのもあったから、分からない、一年はもう来ないという期間なのかどうなのか、だけど私たちはもしかしたら、と、思っていて、いや、でももう来ないんじゃないかとも感じていて、そして、もう来ないのだとしたら、私たちが一緒に住む理由なんて一つもないのに、私たちはこの生活を止められないでいる。もしかしたら奥さんにばれたのかもしれないし、ただ単に初めはこの関係を面白がっていたけど、それが普通になると飽きちゃったって、やーめーたっ、イーチぬーけたってことなのかもしれないし、だけどこの生活ももう終わりかけね、終わりなら終わりでいいんだけども、ね、そんな感じね、
まりも  なんだか、私には想像もできない世界が、隣の部屋で、こんな近くで、なんだか、ええと、すごく、私には、想像もつかない、
関ちゃん  軽蔑する?こんな関係?
まりも  軽蔑なんて、全く、全くなんだけど、え、だって、え、将来のこととか、考えないんですか?
関ちゃん  将来のこと?
まりも  え、だって、老後とか、いや、もちろん、このままってわけじゃないだろうけど、え、だって、結婚、とか、もしその人がずっと来てたとしても、だって、ずっと2人で暮らしていく、ってのは、え、分からない、え、なんか、いや、老後とか、
関ちゃん  老後?老後老後、老後か、老後って響き面白いね、老後って、
まりも  いや、そう、かね、
関ちゃん  老後老後、考えたことなかったね、
まりも  老後考えたことないの、老後、考えるでしょ、普通に、老後。
関ちゃん  どうしたの、そんなに老後って大事?
まりも  大事っていうか、だって来るんだから、いずれ、訪れるんだから、老後。生きてたら。
関ちゃん  かわいいね。
まりも  あ、え、ああ、なにが、
関ちゃん  かわいいかわいい、うろたえちゃって。
まりも  久しぶりに言われた、かわいいなんて、
関ちゃん  まりもちゃん、フルネームは?
まりも  早川まり、
関ちゃん  名前遊びって知ってる?
まりも  知らない。
関ちゃん  名前をね、使って、できるだけ、変えるの、でも、その名前からね、離れすぎちゃダメなの、
まりも  変える、
関ちゃん  早川まり、うーん、そうね、はやかわまり、ふやかわまり、ふやはわわり、
まりも  ふやはわわり、私、
関ちゃん  そうそう、まりもちゃんはふやはわわり、
まりも  ふやはわわり、あ、そういうこと、
関ちゃん  ふやしゃわやり、しゅやひゃわみゃり、みゃりみゃり、しゅーっやはーや、まーい、めーやっぱへーわまーい、
まりも  めーやっぱへーわまーい、早川まり、めーやっぱへーわまーい、なにこれ、私って、めーやっぱへーわまーい、ってこと、
関ちゃん  そうそう、そういうこと、
まりも  関ちゃんの名前は?
関ちゃん  私、私はね、関明子、
まりも  関明子、せきあきこね、せきあきこせきあきこ、

 

  関ちゃん、まりもにキスをする。

 

まりも  えっ、
関ちゃん  ん、
まりも  いや、
関ちゃん  ん、なに、
まりも  え、だって、
関ちゃん  ん、なに、
まりも  え、これは、どういう、
関ちゃん  なに、
まりも  どういう、こと、なのか、
関ちゃん  ダメ?
まりも  ダメ、ダメとか、いや、そういう、前に、
関ちゃん  ダメじゃないんだ、
まりも  なんで、
関ちゃん  なんで、
まりも  今、キスした、したよね、
関ちゃん  えっ、したかな、
まりも  キスじゃないの、今の、キスじゃないの、キスじゃなかったらなに、
関ちゃん  キスじゃなかったらいいの。
まりも  え、キスってなんだっけ、キスって、今のだよね、キスって、唇と唇をくっつけ合うやつですよね、
関ちゃん  ごめんごめん、したした、キスした、
まりも  なんで、
関ちゃん  なんでって、
まりも  なんでキスするの、
関ちゃん  キスなんて挨拶じゃない、
まりも  そんな、そんな、キスが挨拶だなんて、そんな、文化的な、なんだ、文化で、なんだ、育ってない、私、
関ちゃん  したくなったから。
まりも  したくなったらしてもいいの。
関ちゃん  ごめんごめん、したくなってもしちゃダメね、
まりも  したくなってもしちゃダメなの、
関ちゃん  ごめんごめん、落ち着いて落ち着いて、ささ、どうぞどうぞ、

 

  まりも、残っている、プロテインを一気飲みする。

 

関ちゃん  おっ、いったねえ、
まりも  ごめん、なんか、テンパりすぎちゃった。
関ちゃん  ごめんごめん、もうしないから、
まりも  もうしないんだ、
関ちゃん  え、して欲しいの、
まりも  いや、違う違う、して欲しくないんだけど、え、だって、分かんなくて、今、かなり、自分が、分かんなくて、え、だって、だってね、だって、こういうことされたらね、え、だって、やったーっ、もっとしてーて思うか、うわー、やめてー、最悪ーて、思うかどっちかじゃない、って思うんじゃない、うん、って思うんだけど、だって、でも、今、なんかどっちもないっていうか、いや、どっちもある、いや、待って、え、だって、もっとでかいのは、そんなことしちゃダメ、しちゃダメじゃんってこと、でもしちゃダメじゃんって思ってるってことはして欲しいって思ってるってこと、なの、か、
関ちゃん  なんでしちゃダメなの?
まりも  なんでしちゃダメ、え、だって、いや、私、そういう、でも違う、正直、嫌、とか、そういう、いや違う、違うだって、私には、彼氏が、恋人が、いるし、
関ちゃん 恋人がいるからダメなの?
まりも 恋人がいるからダメ、うん、そうじゃない、だって、恋人がいるんだもん、ダメじゃない、他の人とキスしたら、
関ちゃん  でも、私たち、女同士よ、
まりも  え、関係なくない、女同士だって、男同士だって、それは、あれじゃない、関係なくない、気持ちの問題なんだし、
関ちゃん  ん、なになに、気持ちの問題ってなに、
まりも  気持ちの問題は気持ちの問題だよね、好きだって思ってるか思ってないか、とか、
関ちゃん  好きだって思っているの?
まりも  それは、だって、分かんないんだけど、
関ちゃん  分かんないんだ、
まりも  分かんないよ、だって、今会ったばっかじゃない、
関ちゃん  分かんないんだ、
まりも  関ちゃんは、
関ちゃん  ん、
まりも  関ちゃんは好きだって思ったの?
関ちゃん  うん、
まりも  あ、いや、ええと、
関ちゃん  まりもちゃんのことね、好きだなーかわいいなーキスしたいなーって思ったの、だからキスしたの。
まりも  なんだか。
関ちゃん  なんだか、
まりも  なんだか、羨ましい、
関ちゃん  なにが、
まりも  例えばね、例えば、なんだか今日はチャーハン食べたいなーって思ってね、今日のお昼にチャーハン食べに行くことって、できる、と、思う、けど、なんだかこの人とキスしたいなーって思って、いきなりキスする、なんて、できなくない、て、思うんだけど、欲望にね、忠実、っていうの、だけども、忠実になっちゃいけない欲望てのがあって、だって、そうじゃん、この人むかつくなー、殺したいなーて思っても、殺したらいけないじゃん、だけど、その線引きは、人それぞれで、その線引きてのは、ここまでは忠実になっていい欲望、ここからは忠実になっちゃダメな欲望、っての、でも関ちゃんは、キスしたいと思ったらキスできる線引きで、私は、キスしたいって思ってもね、キスできない、線引きなのね、だからね、なんだ、羨ましい、気がする、
関ちゃん  コツをさ、教えたげようか、
まりも  コツ、
関ちゃん  勘違いしてるけど、私だって、そんな欲望に忠実なんてことないよ、全然、したいけど我慢してることだらけだよ、だけどね、こういうことやってみたいって思ったけど、でも、そんなことやったらなあって思うとき、ね、私は関ちゃんじゃあ、なあいって思うわけよ、
まりも  は?
関ちゃん  関明子じゃなくて、セフィアフィフォと思うわけよ、
まりも  セフィアフィフォ、
関ちゃん  まりもちゃんは、ホーマッカヒーアニャイだっけ、
まりも  名前遊び、
関ちゃん  私、セフィアフィフォで、あなた、ホーマッカヒーアニャイ、なんの問題もない、
まりも  ないかな、
関ちゃん  ないじゃん、
まりも  ないんだ、
関ちゃん  ないよ、ね、
まりも  え、ないか、本当に、

 

  関ちゃん、まりもに近付き、キスをする。

  依子、物音も立てずに入ってくる、

 

関ちゃん  あ、依子さん、
まりも  はうあわ、
依子  え、誰、
まりも  あ、これはこれは、あ、私は、あの、お隣の、中田山の、一緒に住んでる、
依子  ああ、彼女さん、中田山さんの、
関ちゃん  まりもちゃん、
まりも  まりもです、
依子  まりもちゃん、なんで、
まりも  なんで、なんで、でしょうか、
関ちゃん  なんか子供の時からずっとまりもちゃんて言われてるんだって、
まりも  あ、名前、はですね、本名はまりなんですが、なんか子供の時からすぐなんでもやりたがる子供だったらしくて、まりもーまりもーっていっつも言ってたらしくて、だからずっと、家族からまりもって言われてて、それを聞いた友達からもまりもってずっと言われてて、だからなんだかずっとまりもで、
依子  なんでコップを洗っていないのよ。
まりも  コップ、
依子  コップ洗ってねって言ったよね、なんで洗わないの、
関ちゃん  待って待ってよ、
依子  待たない、洗ってよ、
関ちゃん  洗わない。
依子  え、なんで、関ちゃんが使ったコップだよね、私が使ったコップ一個もないよね、なんで、関ちゃん洗わないの、おかしくない、
関ちゃん 待って待ってよ、おかしくないよ、洗剤ないんだもん、洗えないじゃん、
依子  洗剤ないわけないじゃない、
関ちゃん  ないもん、洗剤、ないから洗えないんだもん、見なよ、洗剤、ないから、

 

  依子、冷蔵庫から食器用洗剤を取り出す。

 

依子  あるじゃない。
関ちゃん  なんで冷蔵庫になんか入れてるの。
依子  この方が泡立つって関ちゃんが言ったんじゃない、
関ちゃん  言うわけないじゃん、意味分かんないよ、
依子  はい、ほら、洗剤あるんだから、はい、洗ってよ、早く、早く洗ってよ、
関ちゃん  洗わない。
依子  なんで、なんでよ、洗ってよ、
関ちゃん  あのさあ、コップを洗うタイミングってのがあるんだから、分かんないかなあ、依子さんのコップを洗うタイミングと私のコップを洗うタイミングは違うの、分かる、私のタイミングは今じゃないの、だから洗わないのただそれだけ、え、だって、今、まりもちゃん、来てるんだから、ねえ、
まりも  え、あ、はあ、
依子  まりもちゃん来ててもコップ洗えるよね、まりもちゃんとしゃべりながらコップ洗えばいいじゃない、え、できるよね、普通、その関ちゃんが言うコップを洗うタイミングっていつ来るの?昨日からずっと来てないじゃない、昨日から、一昨日から、ずっとそのタイミング来てないじゃない、え、つーか一緒に住んでるんだから、1人で住んでるんじゃないのだから、そのタイミングも合わせなきゃダメじゃない、合わせていかなきゃダメでしょ、ねえ、洗ってよ、早く、早く洗ってよ。
関ちゃん  洗わない。
依子  洗わない、ふーん、じゃあ、誰が洗うの、私は洗わないわよ。
まりも  あのう、私、洗いましょうか、
依子  なんでまりもちゃんが洗うの、おかしいじゃない、
関ちゃん  中田山さんが洗うって言ってたよ、
依子  だから、なんで中田山さんが洗うのよ、おかしいじゃない、
関ちゃん  おかしいのは依子さんだよね、
依子  はい?
関ちゃん  おかしいのは依子さんだって言ってんの。
依子  私のどこがおかしいのよ。
関ちゃん  おかしいよ、おかしすぎるよ、だってまりもちゃん来てるんだよ、初めてお隣さんが来てくれてるんだよ、なのになんでコップを洗えとかそんなどうでもいいことで怒られなきゃいけないのおかしくない、もっと、ハッピーにいこうよ、ハッピーな雰囲気醸し出してこうよ、
依子  あのねえ、関ちゃんがコップを洗えばみんなハッピーになるっての、関ちゃんがコップを洗えばね、
関ちゃん  だから、そうやってガミガミガミガミ言うから洗いたくなくなるんだっての、え、そんなにコップを洗え洗え言われて洗えると思う?もう無理じゃん、洗えないじゃん、私、え、どんな顔して洗えばいいの、私、どんな顔したら今コップ洗えるって言うの、
依子  コップを洗うのにどんな顔すればいいとかないから、ただただ普通にコップ洗えばいいだけなんだから、
関ちゃん  ただただ普通にコップ洗えなくしたのは依子さんだよね、私だって依子さんが洗え洗え言わなければただただ普通にコップを洗ってたよ、でもそれできなくしたのは依子さんじゃん、
依子  なに、私が悪いの、私がおかしいの、ねえ、私、おかしいかな、
まりも え、いや、全然、おかしくないと思いますよ。
関ちゃん え、じゃあ私がおかしいの、
まりも  いや、関ちゃんもおかしくないおかしくないよ、
依子  なによ、それ、
まりも  いや、だってどっちも言ってること分かるし、どっちの言い分も分かるし、そりゃあ、コップを洗わない関ちゃんは悪いけど、洗え洗えって言われて洗えなくなる気持ちも分かるし、だけど、誰かが洗わなきゃ、ずっとコップはそのままだって気持ちも分かるし、コップがずっとそのままだったら、ずっと飲み物をコップから飲めないわけだし、ずっと飲み物をコップから飲めなかったらさ、缶とかペットボトルとか紙パックとかから直接飲むしかできないとなると、やっぱり不便だしね、不便っていうか、だって、急に飲みたくなることもあるし、水とか、寝る前とか起きたあととか、ぐびぐびいきたくなることあるし、だから、私が言いたいのは、コップはいつでもすぐに使える状態の方がいいよね、って、ことで、つまり、だけどね、結局はいつかどこかで誰かが洗わなければいけないんだけども、いつかどこかで誰かが洗わなければいけないってことは、いつかどこかで誰かが妥協しなければいけないってわけ、ですよね?だから、二人とも洗いたくないとして、どっちかが妥協しなければいけないんだけど、どっちも妥協したくないって時に、あのー、あ、これは、どうなんでしょう、幸いなことにと言いますか、偶然のことにと言いますか、あのー、ね、いや、ほら、Aでもなく、Bでもなく、Cとして、Cとしての私が、えー、ここに、今ここに、ね、存在しているわけですよね、何故だか、奇跡的に、運命的に。あ、だから、この場合だけ、
依子  いや、それはおかしいでしょ、
まりも  それはおかしいんだけど、分かってるんだけど、だってだって、関ちゃんが洗うべきなのは、それはそうなんだけど、関ちゃんは、もう、あれだから、もうさ、洗えない状態入っちゃってるから、いや、分かってる分かってる、関ちゃんだって1時間、2時間もしたら洗ってくれるかもしれないって、私は信じてるし、分かってるつもりだし、そうであって欲しいと願っているし、ただ、今は洗いたくないんだよ、そう、今なのよ、今が問題なのね、だってだって依子さんは今洗って欲しいわけですよね、だけども関ちゃんは今洗いたくないわけだ、そう、問題は今ってことがはっきりしていて、今をどう乗り切るべきかってのが問題で、このまま洗え、洗わないを繰り返していてもずっと今が続くわけで、ずっと今が続いたってずっとコップは洗われないままなのね、だからこそ言ってるわけです、だからこそ、今だけ、今回だけ、ね、本当、今回だけ私が洗いますので、関ちゃんさ、次回からちょっと気をつけてもらってさ、コップたまらないように、さ、ね、ちょこちょことコップを洗うように努力しようよ、今だけ、本当、今回だけは、あのう、洗いますので、私が、と言いますか、洗わさせてくださいよ、いや、本当本当、あのう、お二人はゆっくりくつろいでいただいて、ほらほら、ソファに座っていただいて、ね、よーし、やるぞー、と、って、冷た、洗剤、冷たいよ、どういうこと、冷蔵庫に洗剤入れるといいって何情報ですか、テレビ、テレビ情報?、
関ちゃん  あ、テレビ、リモコンは?
依子  拾ってきたわよ、ほら、

 

  ピンポーン。

 

  間。

 

関ちゃん  中田山俊彦?
依子  ああ、そういえば、いないね、中田山さん、どこ行ったの?
関ちゃん  ああ、洗剤、買いに、
依子  洗剤?

 

  ピンポーン。

 

依子  まりもちゃんはいたって問題ないね、
関ちゃん  あ、そっか、まりもちゃんは別にいいんだ、
まりも  え、ちょっとちょっと、なんですか、別にいいって、
関ちゃん  別にいいんだもん、別にいいじゃん、

 

  ピンポーン。

 

 

続く、、

明夜、蛇になれない

 

女、いる。

耳にイヤホン。マイク付き。

イヤホンのコードの先は服のポケットの中。

 

もしもし、もしもーし、聞こえている?私。いきなりごめんね、どうしてるかと思って、どうしてたっていいのだけども、どうということもないのだけども。なんだかね。なんだか、ふと、電話をしたくなってね、いきなり電話をしてみたというわけ。そうそう、いきなりいきなり、ラインで、今から電話していい?て聞く類の電話じゃなくてね、いきなり電話して、いきなり話し始める、そんな電話ね。だからいきなりごめんねとは言ったけど、いきなりじゃなく電話しようだなんてこれっぽっちも考えていなかった、そもそも、今の今まで、電話をしようだなんて考えてすらいなかった、ふと、電話をしようと、今ふと、思ってしまったわけ。なになに、そんな電話に付き合わされる相手の身にもなってみろって、分かる分かる、それは分かる、だけどもこれはいきなり電話だから、いきなり切ることも可能というわけよ。いきなり始まるし、いきなり切れる、そういう類の電話というわけ。そういう類の電話をしたくなることが、現代を生きる私たち人類には起こりうるのではないであろうか。話が壮大すぎる、分かる分かる、だけども、そのような壮大な話がしたいわけではないのね、もっと些細な、ふと、訪れる話でいいのだわさ、そしてふと切りたくなったら切ってくれていいのだわさ。だけどもこの、ふと、というやつはどこからやってくるのでしょうか。つまり、ふと、酸辣湯面を食べたくなる、ふと、全速力で走り出したくなる、ふと、電車の中の吊革を揺らしてみたくなる、この、ふと、というやつはどこからやってくるのかと思ってしまったのは、今の今、私がこの状況下において、ふと電話したくなって、ふと思ったことでありますのですよ。この状況下ということについて、少しばかし話しておきたいんだけどさ、そのために、今日の私のざっくりとした一日について話させてくれね。私は、今日、朝目覚めると異様に身体が曲がっているんじゃないかと思い始めた。つまり、背骨が気になり始めた。いつものように目を覚ましたベッドの上で伸びをした時に、ああ、起き上がりたくないなあ、と思ったのは寝疲れていたからであり、何故寝付かれていたのかと言えば、昨晩、私は、飲んでいたわけでもなく、病んでいたわけでもなく、帰り電車の満員電車のキュウギュウ電車の一番ドア際で、掴む吊革もなく、何度見たのかわからない、ドアちょい上の液晶画面を上目で見ながら、画像と文字で繰り広げられる無音CMを上目で見ながら、停車駅に泊まり、私は、なんかの法則において、その、中学校かなんかの理科でやった速度に関する法則にのっとってね、動き続けようとする私の身体と止まろうとする電車のアレにおいて、うまく立ち続けることができなくなって、身体の重さに負けて、隣の、あんなに狭いギュウギュウ電車の中でさえ扇子で自分を冷やそうとする中年のふくよかな大きなもはやマットと化した身体にほぼ全体重を預けるに至ったわけ。もちろん私は彼がいる方に向かって、伏し目がちに頭を下げたんだけども、そしてもちろん私は彼の顔を見ることはできなかったのだけども、私の錯覚でなければ、彼の視線は私の首の左側面かもしくは、左頭の耳の上あたりに目から点線がテッテッテッテッテと出ているように注がれている気がしたのだけども、彼の方を見たわけではないので分からなかったし、そもそも、停車してドアが開いた瞬間に、降りようとする人々に半分押される形で、その電車を降りて、乗ろうと待っている人たちの列と電車の間の1人専用かの如くぽかっと空いた空間にね、即座に収まってね、大量に吐き出されていく人々を見ていて、電車さんのお腹も大変だ、これは胃炎ものだって、吐瀉物じゃんって私はいつも思うんだけど、その時は全くそんなことは思わずに、その注がれたテッテッテッテッテの点線視線について、言い訳のようなものを考えていたんだけど、だって、聞いてよ、吊革がなかったんだもん、掴むところもなかったんだもん、しゃあないやん、って心の中で、ブツブツブツブツ、怒涛に溢れていく言葉が湧き上がる中、車内に戻った時には、そのふくよかな扇子さんはどこにもいなくて、ふと空いてる席を見つけて歩きはじめるんだけど、向こうからその席を狙ってきているおばあさんとまではいかないが私よりも少なくとも20ぐらいは年上そうな女性に譲るか譲るまいか、だけど確実にこのペースで行けば私のものであるその席を譲るか譲るまいか、という判断を即座に下し、譲るとしたって、私は、もともとそんな席なんか狙ってませんでしたわよ、わはははははー、というスタンスにおいて、その空席手前で右側45度に急速方向転換したんだけども、方向転換した先にはもうたくさんの人が乗ってきていて、なんだかんだで、人の隙間を縫おう縫おうとしているうちに、はたまたドア付近まで来ていて、掴むところあるんやったら見せてみろやってまた喋り始めてみたのだけども、ふと、その無音CMとドアの間にちょいとくぼんでいる部分があって、掴んでくださいとの如くこっち側に伸びている、なんて言ったら、いいんだろう、まあ、とにかく掴むところがあって、掴むところあるじゃん、って思って、しかして、この液晶とドアの間に突き出ている掴むところの掴みにくさったら本当に掴みにくくて、斜め上側に突き出ているならともかく、斜め下に突き出ているのだから、それにプラスして、すべらない材質でつくればいいものを、ツルツル滑る材質でつくっている故に、私の指は汗か油かも相まって一定の場所を掴むことができなくて、尚且つ斜め下に突き出ているために、尚も且つ且つ掴むことができる場所が指の第一関節部分にいかないぐらいの突き出の短さにおいて、私の指は何度も何度も離れてしまうのであったわけね。つまり私が声を大にして言いたいことはね、掴んでくれと言わんばかりに突き出ているものを、何故にもっと掴みやすくつくらないのだ、ってことなんだけども、電車のドアと液晶部分の間にあるちょっと掴める突き出てる部分、掴みにくくねって話をわざわざしようとしても、それはなかなかできない代物なわけでね、どんなに気心が知れた友達でさえ、電車のドアと液晶部分の間にあるちょっと掴める突き出てる部分の話をするためだけに電話をされたらさすがに怒るかもしれないでしょ、大分ムカつかれるかもしれないでしょ、だけども、どうしてるかと思ってトークという、彼、あるいは彼女の近況報告を尋ねるという、電話した全体的な理由はこれですよ、というスタンスにおいて、一部分だけとして、電車のドアと液晶部分の間にあるちょっと掴める突き出てる部分の話を食い込ませるとしたらどうかな、そのようにすれば電車のドアと液晶部分の間にあるちょっと掴める突き出てる部分の話だけしたくて電話をしたとは思われないわけだから、だけども、そんな用意周到に他人を欺いてまでそんな話をしたいわけではなくて、ね。しかしね、だとしてもね、飲み会の席かなんかで、いきなりこの話は持ち出せないわけでしょ、そもそも今の職場では、プライベートに関しては全く関せず理念を誰もが貫いていて、つまり、私は長らく飲み会へのお誘いを受けないわけで、ってそんなことはどうでもよくて。つまりね、つまり、なんだっけ。つまり、この話をするのに一番ふさわしいのがあなただと思ったわけ、だから電話をしたというわけで、ね。なんだっけ、ごめん、なんだか私ばっかり喋っているね。こんなに喋るつもりではなかったんだけども、ね。だけども、電話というのは喋るためにあるんだから、こんなに喋っていても不思議ではないのかもと思う。だって、喋らないとするね、電話して、喋らないとするでしょ、すると、なんだか電話の意味がないっていうか、いや、待って待って、そんなことあるかい、ちょっと待って。喋るのをやめてみましょうか。。。。。。

 

  間。

 

ふむふむ、もしもし、もしもーし、聞こえている?いきなりごめんね、黙っちゃって。とってもあれですね。喋るのをやめたって、電話は電話なのですね。つまり無言を共有している。無言という時間ね。つまるところ電話とは離れた場所におけるお互いの時間の共有てところかしら。どちらかがその電話を切らないかぎり続く時間の共有ってとこね。だけどもあなたとのこの電話はいきなり電話であるのだから、いきなり切ってもらって構わないということになっていて、つまりは共有の時間はいきなり、ふと、はじまり、いきなり、ふと、終わることになるんだけども、まだまだ切ってくれないということは、まだまだ共有していいことが私たちにはあるわけで、そもそものところで、私たちには共有できる時間があまりにもあったにも関わらず、あまりにもありすぎたという気がしていて、私は、なんだか、なんだか、ね。いや、そうそう、なんだかなんだかで電車の話をしていたらだいぶ脇道に逸れてしまっていて、そもそものところで、私は、私の今日の1日について話し始めたのに、今日にはなかなか至らずに、昨日のある時点で、停車していたのだけども、そう考えると電車の突出部分も、扇子さんの点線視線も、おばさんとの空席争いにおける敗北も、全くどうでもいいことであって、つまり、なんで昨日の話をしはじめたかってのはこういうことなのね。最寄駅に着いてね、さっと外に出ると、外は大雨でありました、ザーザーザーザー降っていました、私は傘を持っていなくて、オウマイガットってわけね、だけどもね、そこでね、ふと、ある考えが私には浮かんでいてね。この大雨の中を全速力で走りだしたら、どんなに愉快だろうか。っていう言葉が私の頭の中に浮かんでいて、誰の言葉っすか、って明らかに普段自分が使わない言葉のニュアンスが頭の中に浮かんでいて、この大雨の中を全速力で走りだしたら、どんなに愉快だろうか。って言葉はね、冗談のようにふと発生したこの言葉がね、だんだんと、私の中で膨らんでしまって、本当に、マジで、ガチでやっちゃおうかって、マジで思って、その瞬間即座に、よし、ゴーって走りはじめるんだけど、走りはじめた瞬間コンビニが見えて、コンビニが見えた瞬間、コンビニに駆け込んでいて、600円ぐらいする傘を買った。そして私は歩きはじめるんだけど、もちろんのことで傘をさして、ね。だけど、それは昨日の話で、今、今ここの私も実は歩きはじめようとしていて、つまり、2日連続で私は歩きはじめようとしていて、いや、おかしいね、2日連続で歩きはじめようとするって言うと、なんだか私は毎日歩いてないみたいに聞こえるんだけども、もちろん私は、休日以外には出勤という形で、家から駅まで、駅構内、駅から会社まで、という道のりを毎日のように歩いていて、今言いたかったのは、つまるところ、2日連続で歩きはじめるということを意識しているということになりますでしょうか。昨日の大雨はそれはそれはひどくて、私は、どうしようかと考えざるをえなくて、全力大雨ダッシュをしようかと目論んだわけだけども、いろいろと、後のことを考えたりね、服が濡れることを考えたりね、靴下が濡れることを考えたりで、靴下が濡れるっていうのは、私にとっての世の中でおこる不快ランキングにおいて、大分上位にランクインされると思っていて、まず、靴と靴下が互いに濡れていて、歩くたびに、と、言うより、足をあげるたびに、靴と靴下=足の裏側は少し離れるわけよね、なんで=かは靴下は足にまとわりついているものだからという単純なる理由においてで、足をあげると靴と靴下=足の裏側は互いに離れて、足を踏み込むと、離れたのがくっついて、靴=靴下=足となるわけね、つまり接着面の話ね、あまりにも当たり前すぎることを言っているんだけど、これのどこに不快ポイントを感ずるのかという話で、明らかに後者、つまり足を踏み込んだ際であり、靴=靴下=足、の状態にあり、不快ポイントは踏み込んだ際に起こる身体の重さによって靴下に浸みている水分がじゅわっと、いや、にゅわっと、溢れ出てくるわけよね、肉汁みたいに。ハンバーグ焼いているのをさ、想像してみて。その焼いているハンバーグをさ、ちょっと、ヘラでさ、上からヘラでさ、押し付けてごらん。ジュー、どうかね、溢れんばかりの肉汁が出てきたかね、その現象が私の靴の内部において起こっている、どうかね、だいぶ不快じゃないかね、もちろん、私の靴の中はハンバーグの肉汁のように油ギッシュな水分がでてくるわけではないのだけども、その水分はそれでもあまりに不快でさ、蒸れていて、湿気ていて、そんな水分がじゅわっと一歩歩くたびに溢れていく。その溢れ出た水分が、もうすでにビショっている私の足にまたもやビショりつく。それが第一の不快ポイントね。第一のと言ったのはもちろん第二の不快ポイントがあるわけで、その第二の不快ポイントについて話そうと思ったのだけども、またもやまたもや、本来話そうとしていた路線から乗り換え始めているようであるので、一旦立ち止まってみようと思う。もちろん、ね。もちろん、その濡れ靴下における不快ポイントは全く関係ないという話ではなくて、むしろ昨日久しぶりにその濡れ靴下現象を体験したのだけども、つまり、靴下が濡れるのが嫌で、全力大雨ダッシュをしなかったにも関わらず、私の靴下はそれでも濡れていて、ね、昨日の大雨はそれはそれはひどいもので、600円ちょいのビニール傘をさしても尚、濡れる有様で、つまり、傘によって上からの雨は防げども、風によっての横からの雨にはまるで無防備で、尚且つ、風によって私は十分に傘を操ることさえできずに、尚も且つ且つ、私の右足は、歩道と車道の間のコンクリ部分がボコボコになっている部分に飛び込み、飛び込むというよりかは、急降下し、私の右足=靴=靴下はビショビショになったのであった。だけどもだけどもね。それは、昨日の話であってね、私がしたかったのはもちろん今日の話で、今日の朝の私の背骨はあまりにも曲がっているように感じられて、それは今日気付いたのか、それともずっと前からそう感じていたのか、おそらく、ずっと前からそう感じていたのだけども、今日確実性を持って背骨が曲がっていると思ったのは、あまりにも寝過ぎていて、寝疲れていたからであり、時計も見ずに寝込んでいたわけだから、何時間寝たかも分からないのだけども、接骨院に行こうと思ったのね。結論から言うと、その接骨院には行けなかったわけなのね。つまり私が行こうと思っていた接骨院は、私がこの街に住んでいた時に通っていた接骨院なわけだけども、私があったと思う場所から姿を消していて、それはその接骨院がなくなっているのか、私が久々すぎて場所を間違えているだけなのか、今となっては判断がつかなくて、でも、この階段のぼったよなあっていう階段はあってね。だけども、私はその階段をのぼらなかった。何故なら、私の中に焼き付いてあるあの接骨院の、緑色の、長方形の看板が見当たらなかったから。そして私は目的がなくなったのでした。目的がなくなっても私の背骨は曲がったままであって、つまり私の背骨が異様に曲がっている原因は、誰でもできる、簡単データ入力のお仕事の如きカタカタ作業を始めて一年以上経過したことにあるのだと思われるのだけども、そのカタカタ作業の座り作業において、PCのディスプレイと見つめ合って、カタカタし続けていた私は、私の背骨は、徐々に徐々に、あまりにも徐々に徐々にカタカタカタカタと曲がっていってしまったのであったわけよ。そんなゆったりとした変化が私の体の中には起こっていてね、って、そんなことはどうでもいいんだ、そうして接骨院に行けなかった私は、すぐさま、即座に、一刻も早く自分の家に帰ろうと地下鉄の改札をくぐり、電車が来るのを待つために、ベンチに座っていて、ベンチに座りながらも、久しぶりに来たこの街のことを思い出していて、思い出しながら、幾度も着いては出発していく電車を眺めていて、ついに、念願の今に至るわけね。つまりふとあなたに電話をしたというわけ。今、やっと今にたどり着いたのだけども、これから、今これからの今日について話そうと思っていて、私はふと、こういうことをしてみようかってのが浮かんでいて、昨日のふと浮かんだ大雨全力ダッシュは実行に移すことができなかったというのがあって、私は、ふと、こういうことを考えている。つまり、あなたの家に行ってみようかと思っている。あなたと住んでいたあの部屋に行ってみようかと思っている。大丈夫、大丈夫よ、全然大丈夫。全然大丈夫だから、ね。あなたに何か訴えかけたいとか、あなたに一言かましてやりたいとか、あなたと少しだけでも一緒にいたいとか、ね、そういうのじゃないから、ね、なんだか、ふと、この駅からあの部屋まで、毎日通っていたあの帰り道を歩いてみようかと思っている。わけで。どう思う。どうも、思わない。それは行ってもいいってこと、かね、行っても差し支えはないということ、かしら。私は今、立ち上がっている、私は今、歩きはじめようとしている。これがさっき話した、あれ、さっきだっけ、もっと随分前のようにも感じられるのだけども、私は2日連続で歩きはじめようとしていて、否、否、2日連続で歩きはじめようとすることを意識していて、この話についてはしようと思った途端にどこかへ飛んで行ってしまったようであり、歩きはじめることを意識するためには、立ち止まっていることが必要で、そもそもそもそも、立ち止まっていないと歩きはじめることができないわけで。ね。立ち止まっている。文字通り、立って、止まっている。なるほど、こういうことも言えるわけだよ。つまりは、昨日の私も今日の私も歩きはじめることを意識していて、つまりすなわち、私は2日連続で立ち止まっているわけであり、すなわちすなわち、昨日までの私は歩きはじめることを意識していなかった=立ち止まっていなかったとも言えるのではないか。いや、待ってよ、と。そんなわけあるまいか、と。そんなら君は、電車を待っておる時、信号を待っている時、コンビニで列に並んでいる時において立ち止まらないのかい、って声が聞こえてきそうであり、イエス、イエスでありますよ、つまりすなわちどんなに立ち止まっていようと、立ち止まったと意識しなければ、それは立ち止まったことにはならないのですよ、ね。 逆に言えば、どんなに歩いていても、走っていても、笑っていたって、泣いていたって、羽ばたいていったって、とんぼ返りをしていたって、今、立ち止まったと思えば、それは立ち止まっているわけで、私はコンビニでレジに並んでいる間、あ、今立ち止まったな、今立ち止まったよ私、とは思わないわけで、私が今、何故にこんなに立ち止まっている立ち止まっていると話しているのかは、私は現に、文字どおりにも、はたまた意識の上でも立ち止まりながら、目の前に電車はゆっくり到着しているからであり、プシューっ、ピンポンピンポン、と開いたドアから電車に乗れば、即座に帰ることができ、今日は接骨院に行ったのに、接骨院がやってなかったから何にもしない1日だったな、はははー、と笑い話にしたところで、誰に話してもしようもないことは重々承知の助な故に、誰にも話さないであろう笑い話、笑い話でもないのかもしれない失敗談を増やすだけで、身体を休めることができる我が家に帰ることができる家に帰ろうか帰るまいかと、立ち止まっていて、帰らないにしたところ、この電車は最終電車であるようで、つまり私は何時間このベンチに座っていたのかもわからないぐらい座っていて、いや、今は立っているのだけども、文字通りに、立って止まって眺めているのだけども、ちょっと前まで、ホンのちょっと前までは座り続けていたはずであり、それなのに私は背骨の曲がり具合については、忘れていて、こんなに座り続けていたならば、私の背骨は一気に曲がりを進行させていたはずなのに、背骨のことは一切気にしていなかったという事実を今知って、今驚きを隠せないわけで、そもそものところ、私には本当にそんなに長い時間を、あ、あ、あー、あ。。。。。。いや、後悔なんてしていないんだけどね、もちろん、私がこんなに長々としゃべっている間に、扉は閉まってしまったようで、プシュー、プシュシュシュー、と動き始めているわけで、つまり私は最終電車を逃したってことになるわけで、それはあまりにも当たり前な事実確認となるわけで、そして私は歩きはじめている。ね、歩きはじめた。もしもし、もしもーし、聞こえている?歩きはじめたよ。だから何って、ね。まず、この地下の空間から抜け出ないといけないわけだけども、この駅には改札階に行くために二つの出口があって、つまり中央改札口と西口改札口とあるわけだけど、私は、何年かここを最寄りとして住んでいた経験から西口改札は夜十時に、いや、十一時だっけか、にシャッターが下ろされることを知っていて、つまり私は、中央改札口から出るしかないわけでいて、あ、これは、なんだか、とても気になるものを見つけてしまったわけだけども、地下鉄のホームに水飲み場があるという事実に私は、気付いているようで気付いていなかったようで、つまり今まで意識したことがなかったようでいて、あれ、この駅にもあったっけか、という驚きもあって、ホームにある水飲み場、つまり蛇口式の、上から噴水のごとく勢いよく飛び出すやつと、下に流れ出る、複合タイプの水飲み場で、公園とかにもたまに置いてある、この水飲み場を駅構内で見たという記憶はあるんだけども、それは、この駅だったか、全く違う地下鉄のどこかのホームだったか、定かではなくて、ただひとつ言えることは、ホームに置いてある水飲み場で、水を飲んでいる人を私は一人も、今までで一人たりとも見たことがないということね、もちろんのことで、私もそこで水を飲んだこともなければ、手を洗ったことさえなくて、ってあれ、え、うわ、あれ、マジかいや、マジかいや、いや、いい方の驚きなのであるが、魔化魔化不思議な現象が今の私に起こったというわけなのでありんす。つまり私は階段をのぼって、改札機が見えたところで、水飲み場の話をしながらも、ああ、と思っていて、それはさっき話したとおり、私は今日、接骨院に行けなかったが故に、すぐさま、即座に、一刻も早く、家に帰ろうと改札をくぐったにも関わらず、私は、電車に乗らなかった。つまり、私のパスモはこの改札機で悲鳴をあげるはずで、それはパスモは入場券として使用できないからであり、ある駅から乗って、その駅で降りようとしたら、ピンポーンとなるはずで、駅員さんにすみません、間違って入っちゃったんですけどー、なんて適当なやりとりを済ませなければ出られないわけなのにも関わらず、私のパスモは難なくこの改札機を通過した。摩訶摩訶不思議アドベンチャーではないかね。え、そんなに不思議ではない、待った待った、私は、入場券などというものは必要かという疑問を投げかける立場の者である。入場券というものは、券売機の端っこの離れ小島みたいなところにあるボタンで120円か140円かそこらで買える、駅構内に入るため専用の券であり、つまり、友人、家族、恋人など親しい存在が遠く離れていく状況下、ホームまで見送りたい、列車が発車するのを見送りたいと、そういう人専用の券であるよね。ほぼほぼ。だけども私は入場券を使って改札を通っている人を見たことがないわけで、それは水飲み場を使っている人を見たことがないというのと同じに見えて実は全然違う現象だってことに私は気付いているのだけども。つまり、改札を通っていく人が交通系ICカードやスマホで改札を通っていくのか、切符で通っていくのかは一目見れば即座に、否応なしに分かるのだけれど、その中で切符で通っていく人が、入場券で通っているのかそうでないのかは、いくら念入りにジロジロ見たって分かりっこないわけであるのよね。つまりここが入場券と水飲み場の違いであるわけで、入場券を買うというのは、買った本人以外、ほぼほぼ認識できないってことね、その反面、ホームの水飲み場で水を飲んでいる人がいれば、一目でわかるわけであり、あ、水飲んでる、と、本人だけでなく、その光景を見た誰もが思うわけであり、にも関わらずも、私はその光景を見たことがないというのは不思議な話で、つまり入場券はもしかしたら、私が見ていた光景の中で使われていたかもしれないが、水飲み場は、今まで私が見た光景では一度たりとも使われたことがないってことなのね。そもそも私が使うような駅で入場券なんて使われることはあるのかしらって思うんだけど、田舎のさ、そこからしか街の外に出られないみたいな駅とか、その県や街で一番大きい駅とか、新幹線が通っている駅とかなら分かるよ、サヨナラにふさわしいって言うかね、さよーならーって、手を振りながら、電車を追いかけていく映画の名シーンが浮かぶけども、私が使うような地下鉄だとか、都内の五分待ってれば一本来るような電車で、さよーならー、はしたくてもできないわけで、さよーならー、なんてしても、実際、人はたくさんいるわけだから、さよー、あ、あ、あすみません、さよーなら、あ、あ、ちょっとそこどいてもらえますか、あ、あ、あー、てな具合に、人の位置情報を完全に網羅した状態でないと、中途半端なさよーならーになってしまうわけで、そんな大声で追いかけたりはしないにしたって、だけども、そもそも私たちにはそもそもそもそものところでさよなら電車の場面なんて時は訪れるのであろうか。とか話しながらも私は階段をのぼっていて、今、まさに、今、地上に降り立ちましたよ。降り立つ、のぼり立つ。のぼり立ったその場所について話そうと思うのだけどもいいかな。よくなくたって私はしゃべるんだけども、私たちは今、しゃべるということ以外はもはやなにもできないのだからしゃべるしかないわけで、そんな私がこの街について話そうと思っているというのはどういうことかしら。かしら。かしらなんて言ってる。私。かしらなんて言ったことあったかしら。そんなタイプだっけ、私、そんなキャラだっけか。だけども、そんなタイプでもキャラでもなくたって、かしら、と言いたくなる時はかしらって言うものなのではないかしら、あら、こんなところに回転寿司屋なんてあったかしら。牛丼屋さんと蕎麦屋さんと並んでいるのはあの時のままであり、回転寿司屋はあったかどうか、あったとしても意識していなかっただけなのかしら。なるほど、変化しているというのは、変化する前があってはじめて感じられるものであるとは思わないかね。つまり私の背骨は曲がっていなかった。曲がっていたとしても、曲がっていないかの如くに意識できていた、だけれど、徐々に徐々にと、カタカタするうちに曲がってしまっていた。この曲がる前の背骨を私が感じられていなければ、それは曲がっていたとしても曲がっていないということになるのだろうと思うわけで、それは回転寿し屋なんてあったかしら、という現象に沿って考えるなれば、回転寿し屋になる以前の情報をおぼろげながらも持っていて、そこには回転寿し屋なんてなかった気がするのだけども、少なくとも、回転寿し屋のあった場所を意識することはなかったわけだから、回転寿し屋なんてなかったということになりはしまいか。つまり私の回転寿しにかける注意力の話がそこから沸き起こってくるのよね、私は回転寿し屋があれば見逃さない。回転寿し屋が住んでる街のどことどことどこにあるかは基本的に把握しているというわけ。私は昨日の大雨でビショビショにビショったわけであるのだけども、ビショビショにビショリながらも考えていたのは回転寿しのことなのであって、これは本当に偶然としか言えなくて、今日回転寿しの話がふっと出て思い出したのは、昨日、電車に乗る前に、私は確かに回転寿しのことを考えていた、行こうと思っていた、炙りトロサーモンのことを考えていた。だけども大雨によっていくことを断念した。断念したというより忘れていた。そのことを思い出したのは濡れ靴下現象におけるハンバーグの肉汁のことを考えていた結果であり。そこから、私は一人回転寿しにおける極意について考え始めていたのだけども、考えてみると面白い話で、私は、昨日から、なんだか実行できていないことが多すぎるのではないか。ねえ、思わない?接骨院に行けなかったわけだし、全力大雨ダッシュもできず、回転寿し屋にも行けなかった、そんなに多くないか、普通か、もしもし、もしもーし、聞こえている?どう思う。そんなに多くはないかね。今ね、あの大通りの古い携帯ショップを左に曲がった、パチンコとかDVD鑑賞室とかある商店街に入った。チェーン店の飲み屋さんがいっぱいあって、看板がどれも明るめの色で、ゲームセンターのシャッターは閉まっている。だけどもここに立ち食い焼肉の店なんかはなかった、それははっきり分かる。何故ならば、その変化前を私は知っているからで、そこは立ち食い焼肉ではなく、汚い定食屋だった。おじさん一人でやってる、カウンターだけの。私はその定食屋のことを覚えているわけなのだけども、それは私がこの街に引っ越してくる前に来たことがある定食屋で、この街について物心がついたのはこの時だと言わざるをえなくて、物心がつくというのはちっさい子の意識がはっきりしてくる時に使われる言葉だと思うのだけれども、これはもっといろんな場面で使える言葉だと思っていて、どうかね。例えば私が鳥獣戯画を習い始めたとするね、鳥獣戯画でなくとも、ボルダリングでも、消しゴムサッカーでも、なんだっていいんだけど、最初は鳥獣戯画を習い始める前は、てんで分からず鳥獣戯画という全体をざっくりと見ることしかできないのではないかと推測するのだけども、だんだん鳥獣戯画に触れ合うにつれて、戯れるにつれて、このウサギの耳の跳ね具合が絶妙だとか、カエルの口の内部構造が簡素で、この簡素さに食われたい、なんて、初めての時には感じられなかったことが感じられるようになってくるんだと思うんだよね、そこで私は鳥獣戯画に対して物心ついてきたなあー、私、なんてことを思うんじゃないかしら。もちろん私は鳥獣戯画を習い始めていないし、今後も習い始めることはないと思うし、そもそも鳥獣戯画ていうのは習い始めるものなのかどうかさえ分からないのだけども、つまり物心がつくというのは何に対しても言える言葉であるわけで、鳥獣戯画にしろ、ボルダリングにしろ、電信柱にしろ、自動販売機にしろ、初期微動継続時間にしろ、ハビタブルゾーンにしたって、何に対しても物心がつく可能性があるわけで、そこで、私は何を言いたいのかと、物心、物心と、ものものごにょごにょ言ってますが何を言いたいのだと、もちろん私が言おうとしていることはあなたに関してのことであって、それ以外ではありえないのだけれども、あなたに対して私は物心がついていたのかしら。私たちは言わずもがな、同じ時間を共有し、同じ部屋を共有し、同じ街を、同じ生活を共有していたのだから、あなたに対して物心がついていないってのはありえないことじゃないかしら。だけども物心はつくというのだから、はがれるという事態もありうるのではありますまいか。 あなたが剥がれて行った時、あなたがふと私から離れて行く時、私はオウマイゴット、ドンリーブミー、プリーズドンゴーエニモアーと言えなかった。言えなかったというより言わなかった。なんだそういうものかと考えていた。そこには絶望も失望もなかったようであって、だけどもそれは私しか知りえない感情で、入場券を買ったということは買った人しか分からないように、扇子さんの点線視線がどこを見つめていたのか、その行方を見届けなかった私には分からないように、だけども、その変化前がどのような状態だったのかを意識できていなかった私には、変化後がどれだけ変貌しようと分からないことであるわけで、それは、物心が剥がれていったということと関係していると思われるのだけども、あれ、なんだっけ、なんで私こんなにしゃべっているのかね。おかしくない。おかしくないか。もしもし、もしもーし、聞こえている。今ね、さっきの商店街のコンビニの角を右に曲がって、宅配便センターとかおしゃれな保育園がある道を通り過ぎて、大きな車道に出て、六車線の大きな通りにおいて、立ち止まっている。なぜならば信号は赤だから。少しばかりしゃべりすぎたようであるね。ちょっと黙ってみましょうか。。ちょっと黙ってみる。どうしてちょっと黙ってみる必要があるのかね。少なくとも、私がこうしてものものごにょごにょとしゃべり続けているよりかは、黙るという行為によって無言の共有を感じていた方が幾ばくかマシだろうさね。だけれども、その無言の共有はどことなく強制的ではありはしないかい。なるほどなるほど、しゃべるということは、突き詰めて考えるならば、音を息にのせているという、ただそれだけであるわけさね。そこに唇や舌の動きが乗っかり、様々な音が発せられて、その音が組み合わさり言葉になって、その言葉が組みわさって私はしゃべっているというわけさ。つまり私は、何かをしゃべり続けているというより、音を奏で続けていると言っても過言ではないわけで、いや、過言だ過言だ、そいつは過言だよ、もちろんのことで私は音楽奏者でもなければ、ボイスパーカッショニストでもないのだから。ね、だけれども、私が今こうしてあなたのところに向かうと言った時にさ、こうして電話をする必要なんかなかったわけで、黙って行ったってよかったわけで、だけどもそれでは充分ではなかったようで、そこに私がしゃべり続ける原因と呼ぶべきものがあるはずなのだが、そもそもの始まりは、ふと電話をしてみたくなったということにあるわけじゃない。ここでふと問題が沸き起こってくるわけで、もしかしたらね、、もしかしたらふとにも原因があるんじゃないのかと踏んでいるのだけども、例えばね、例えば。信号が青になったから私は歩き始めたって文章は意味がわかるよね、だけども、おはぎがとても美味しく感じられたから私は歩き始めたってのはどうだい、あら、私は何を言っているのかしら、歩くという例えはこの場合だいぶ適していないように思われるのだけども、そもそも、歩くには目的があるのだから、目的がないにしたって、つまり散歩ということになったってね、散歩するという目的で歩いているのだから、歩くという目的で歩いているのだから、あれ、なんだっけ、なんの話だっけ、おはぎ、おはぎの話してたよね、何でおはぎの話をしていたのでっしゃろ、でっしゃろ。でっしゃろなんて言葉を使っていたでっしゃろか私。そんなキャラだっけか。もしもし、もしもーし、聞こえている?今ね、横断歩道を渡って、突き当たりにコンビニが輝いている道を左に曲がって、何の会社かよく分からぬ会社があって、何の店かよく分からねえお店があって、そのすべては暗いのだけども、線路に沿って通っているこのような道に川など流れていなはりましたか。川。川なんてあったかしら。そこの高架下の絨毯クリーニングのお店は覚えているとして、その前に野球ができるような広場はなかったくないか、あれ、なかったくあったっけ。もしもし、もしもーし、聞こえている?つまるところによると、しゃべるということは、何かを伝えたいからしゃべっているわけでなくて、しゃべる相手との関係をあーだこーだしたいからしゃべっていると言っても過言ではないっすよね、いや、過言だ過言だ、過言じゃないっしょね、究極、しいたけーしいたけー、とあなたに向かって言った時に、私はしいたけのことを伝えたいわけじゃないじゃん、しいたけって言葉で愛を深めることができるかもしれないわけじゃん、もしくは、しいたけーしいたけー、って言った時にさ、逆にさ、愛を断ち切ることだってね、待たれい待たれい、しいたけの話はどうでもよかよ、つまり続けるところ、私が上司に向かって、今日暑いですねーと言う時に、今日は暑いってことを伝えたいわけではなくて、今日は暑いってことを伝えた際に帰ってくる反応を見ているわけで、今日機嫌良さそうだな、とか、そこから紡がれていく関係を求めているわけでっしゃろ、重ねて例をあげよう、例えば居酒屋で誰かと二人っきりになった時に、私たちはしゃべることがなくなることを心のどこかで恐れているのさ、だけどもだけども、少なきにしても私はあなたにしゃべりたいことがあるからしゃべっているわけよね、わけかね、どうだい、本当にそうかね、オウマイゴット、ビックバン、世紀の大発見ではないかね、ないかね、つまり果てるところ、私はあなたにしゃべりたいことがないからしゃべっている、そういう事態が起こってはるわけですな、待ってくんなせい、待ってくんなせい、どういうこったい、うーむ、こんなところに地下へと続く階段なんてなかったぞ。ここにたこ焼き屋の屋台なんてなかったし、ここに長い下り坂なんてありませんでしたわよ。もしもし、もしもーし、聞こえている?ここはどこだい、あなたと過ごしたあの部屋はどこかしら。だって、おかしいじゃない、六車線の横断歩道を渡って、突き当たりにコンビニが輝いてるところを左に曲がって、線路沿いの道を進んで、坂道を登ると十字路にぶち当たるはずじゃない。あの十字路はどこかね、住んでるのか住んでいないのかわからない汚い木造家屋なんてなかったし、古い化粧品屋のショウウインドウなんてなかったし、バスケットゴール付きの青い家などなかったわけだ。そう考えるなれば、昨日の全力大雨ダッシュの未実行も扇子さんの点線視線も駅のホームの水飲み場も濡れ靴下現象における不快感もなかったわけでございまする。ございまする、そんな言葉を使っているのが私でござって、私はただただあなたのところに向かっているだけなのだけれども、ふと立ち止まってみて思うことにゃ、それはやっぱりあったという気がしてならなく、そこにふとの真理が潜んでいて、ふと、というのは、立ち止まってみるという言葉が省略されているわけじゃよ、ふと、にはそれまでの時間を区切る作用があって、ふと。ふっと。ふっ、と。この、ふっ、の時間は、それまで私どもが過ごしていた時間から、ふっ、と、解き放たれるようであり、制限されるようであり、ふと、立ち止まってみると、こういうことを考えていて、ああいうことをしてみていて、と気付くわけでいてさ、ね、ふと、電話をしてみて、ふと、歩き始めていて、ふと、道に迷っている。もしもし、もしもーし、だけども、私たちには、その変化前のことはどうしてもおぼろげにならざるを得ないのであるからして、その変化後ということについてとやかく言うことは不可能なのかもしれないわね、そもそも物心が剥がれていくという事態と直面していた結果によりけり、私にはもちろんのことで、あなたが離れて行った時のことを思い出すことができないようであって、それは受け入れるということに密接に関わっていて、物心が剥がれた状態の私にはその事態を受け入れることはあまりにも安易なもののようにとらわれるわけでっしゃろ、容易な受け入れ態勢を取っている自治体に向かって、容易じゃなくせよなんて言えないわけで、つまり入場券は買うことはできないわけでいて、それはさよなら電車の場面に立ち会えない私のことであり、電車のドアと液晶部分の突出部分のことであり、食べることができなかった炙りトロサーモンのことであり、とにもかくにも、カタカタカタカタと曲がっていっていく私の背骨が全ての原因でござって、否が応でも私は私のその背骨と向き合わねばならぬと考えているのだけども、背骨と向き合うというのは土台無理な話であって、つまり向き合うという時に、どこを起点として向き合うのかと言えばそれはもっぱら顔であってね、その顔の裏側に背骨が繋がっているわけであるからして、背骨を向こうとすればするほど尻尾を追いかける犬の如く、くるくるくるくると回ってしまうわけじゃない、挙げ句の果てにうー、ワン、ワン、と奇声を発する病に至るかもしれぬでござる、そこで尻尾に噛み付いた蛇ならば神話性があって、神々しくも思えそうなものにゃんだけど、尻尾を追いかける犬にしかなれない私の滑稽さはあまりにも悲劇的と言えよう。しかしその悲劇を回避する手段は思いついちゃってるんでありんすよ、どんづまるところによると、私の身体の表側を裏側にひっくり返すと行った荒技でありましょうか、そうすることによってしか私は背骨と向き合えないのであり、そうすることによって私の内側は外に開かれざるを得ないのでっしゃって、私の内側=世界となるわけでござって、つまり接着面の話であるのだけども、私の内側=世界となった私に見えているのは、紐で囲まれたガソリンスタンドであり、どこまでも続いていく街灯であり、観覧車が輝いていて、ひまわりが漂っていて、民家に付随した駄菓子屋があって、柳の木が並んでいて、蠢いている川があったかもしれなくて、=私の内側となっていくわけであるわけなのだけれどもそこに至っても尚、尚の事、尚の事とはどういうことだろう、果たして世の中に尚の事以外のことなんてあるのだろうか、あるに決まっていたとしても今の私には、尚の事としか言えないわけでいて、ね、そもそものところで、

 

  タンタラタラララタラララ、タンタラタラララタラララ、タンタラタラララタラララ、タンタラタラララタラララ、、、

 

  ポケットからスマホを取り出す。

  電話に出る。

 

  誰かがしゃべっている声がする。

 

  そっと耳からスマホを離す。

 

もしもし、もしもーし、聞こえている。私。聞こえていますよー。たどり着けないということかしら、何もかもが遠いようであるね。もしもし、もしもーし、だけどもだけどもね、いや、いいや、じゃね、ばいばーい。

 

  明かりが消える。

   

スマホの光だけが灯っている。

ゆらゆらと漂って、消える。

 

終わり。