稲垣和俊戯曲集

戯曲集をここに。まさかのここに。

My sweet 心中

『My sweet 心中』
 
 電気消える。
 真っ暗闇になる。

女 あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー
男 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん
 
女 子供の時の話して。
男 子供の時?なんで?
女 聞きたいから。
男 なんだろ。子供の時、夜が怖かったなあ。ほら、夜ってオバケ出るじゃん。だから、風呂入ってる時、髪洗ってる時、目つむるの怖かった。なんか映画で、髪洗ってたらなんかに触れた感触がして、オバケの手に触れてたってやつ、思い出したりしちゃって。
女 結構ビビりなんだね。
男 髪洗うのがとにかく怖かったなあ。だから、髪洗ったフリしたりして、風呂でたら、そんな時に限ってシャンプーのボトルにシャンプー全然入ってなくて、どうやって髪洗ったんだ?て親に詰め寄られたりしたなあ。
女 へえ。かわいいね。
男 かわいくないよ。夜は怖くなかった?
女 うん。確かに怖かった。
男 でもいつからか怖くなくなってたんだよね。不思議なもんだ。
女 うん。確かに。子供の時、そろばんスクールに行ってて。私は基本昼に行ってたんだけど、どうしても友達と遊びたいてときは、夜にも行けて、お姉ちゃんと夜の8時ぐらいに行ってたの。そん時通る道が怖くて、右側がドブで、左側がなんか庭で、めっちゃ植物が生い茂っているの。その植物群の隙間から誰かなんかこっち見てそうで。で、絶対に大人になってもこの怖さは変わらないだろうなとか、お姉ちゃんがいなくなったらどうしようとか思ってたけど、小学校高学年とか中学生になったらなんか普通になったね。不思議だ。
男 そうそう。俺も絶対一人で夜風呂入る怖さはこれからずっと続くんだろうとか思ってて、だから真剣に大人になったら、夕方とかに家帰ってこれる仕事にしようと思ってた。夕方に帰ってきて、即風呂入ったら、ギリギリ夜入る怖さじゃないからさ。
女 夕方は大丈夫だったんだ。
男 うん。夕方はなんか大丈夫だった。明るいからかな。
女 明るいからか。
男 でも今は夜が好きだなあ。
女 なんで。
男 夜は包んでくれるから。
女 朝は包んでくれないの。
男 朝は照らし出される感じ。
女 そっか。なるほどね。
男 夜は包んでくれる。
女 君は?

女 あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー男 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん

女 会った時。
男 うん。
女 会った時、私が飲みかけの水をあげた時、なんかあったの?
男 なんかって。
女 だって、しんどそうだったから。
男 何もないよ。
女 酔っ払ってたの?
男 全然。
女 じゃあなんであんなにしんどそうだったの?
男 考えて分かることと、分からないことがあるんだよ。
女 あの時、声をかけようか迷った。皆、見て見ぬふりしてるし、ここで自分が優しさをかけると皆に見られるよなあって。
男 見て見ぬふりした方が良かったかもね。
女 でも私は声をかけた。
男 飲みかけの水もくれた。
女 この人だと思ったの。
男 俺もこいつとセックスすると思った。
女 私、好きよ。
男 うん。
女 私、好きよ。あなた。
男 うん。
女 あなたの目が好き。あなたの目に見つめられると奥の奥まで見られている気がする。
男 目。
女 あなたの耳が好き。他の人と何一つ変わらない耳。
男 耳。
女 あなたの鼻が好き。大きすぎず、小さすぎず。
男 鼻。
女 あなたの口が好き。あなたの口から出てくる息はなんか甘い。たまに臭い。
男 口。
女 あなたの顔が好き。あなたの人差し指が好き。あなたの鎖骨の深いくぼみが好き。あなたの太ももの筋肉が好き。あなたの背中のほくろが好き。あなたの曲げた右肘が好き。あなたのざらついたおしりが好き。あなたの白いうぶ毛が好き。あなたの判子注射がある左腕が好き。あなたの鼓動を感じる首が好き。あなたの整えられてない爪先が好き。
男 顔。人差し指。鎖骨。太もも。ほくろ。右肘。おしり。うぶ毛。左腕。首。爪。
女 あなたは私のどこが好き?
男 …。全部。

女 あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー
男 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん
 
 男、煙草を吸っている。
 女、その煙草をとって吸う。
 
男 俺は、前より煙草を吸うのが下手になった。
女 私は、いつまで喋っているのだろう。
 
 男、怒る。それはもうめちゃくちゃに。
 その怒りは女に対してのものでもなく、世間に対してのものでもない。ただ怒る。
 女、泣く。それはもうめちゃくちゃに。
 その涙は男に対してのものでもなく、世間に対してのものでもない。ただ泣く。
 
女 ねえ。
男 うん?
女 一番最初の記憶覚えてる?
男 一番最初?
女 うん。
男 一番最初か、一番最初…。君は?
女 私ね、最初の記憶かどうか分かんないんだけど、親の話と自分の記憶が混じったりしちゃって、おつかい、初めてのおつかい行って。
男 うん。
女 で、近くのスーパーにお金渡されて、何買ったか分からないけど、買いに行きました。で、裏に、ガシャポン?知ってる?ガシャポン
男 うん。
女 ガシャポンがあって、お釣りで好きなのやってきていいよて言われてたのね。そしたら、お釣り結構あったらしいんだけど、全部つぎ込んで、全部使っちゃったらしくて。それを親が見て衝撃的だったって。
男 へえ。
女 ガシャポンをしたっていうのは私も覚えてるから、多分あれが最初の記憶なのかなあって。
男 なるほど。
女 あっ、でもあれかも。幼稚園の時、平均台があって、平均台
男 うん。
女 なんか平均台でこけて、おでこ打った。
男 うん。
女 そしたら、先生に、怒られた。
男 うん?
女 だからなんで怒られたか分からなくて悲しくなってひたすら泣くっていう。
男 うん。
女 あと、あれだミヨコチャンっていう親友がいて。
男 うん。
女 ミヨコチャンのやついっぱいあるな。まあミヨコチャンがいて、その子が休んだ日があったの、幼稚園を。休んだ日に、他に友達がいないから砂場で、独り寂しく遊んでた。
男 うん。
女 あと仮面ライダーかなんか見たな。
男 うん。
女 あとあれだな、お母さんが夜パートかなんかで遅くて、弟と二人で夕方日が暮れて寂しく待ってたとか。
男 うん。
女 あと、そのミヨコチャンにビーズで作った指輪もらった。
男 うん。
女 いっぱいあったな。
男 うん。
女 君は?
男 うん?。
女 ちょっと。
男 うん。君の全部が好きだ。君の全部が。

女 あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあー
男 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん

女  …なんか話して。
男  えっ、うん。
女  なんか話してよ。
男  ああ、うん。何話せばいいんだろ。
女 …。面白い話して。
男  …面白い話か、面白い話、なんだろ。
女  なんでもいいよ。
男  あー、…、ないなあ、面白い話、でてこない。
女  …。
男  …。
女  なんでもいいから。
男  だって、出てこないもんはしょうがないよ。
女  面白くてなくていいから。
男  じゃあ何話せばいいの。
女  なんでもいいって。
男  君のことが好きだ。
女  …。何の話?
男  君の話。
女  うれしいけどうれしくない。
男 どうすればいいの?
女  あなたの話をしてよ。
男  僕の話?なんで?
女  なんで?なんで、しゃべってほしいんだろ。
男  触っていい?
女  なんで?なんで触るんだろ。
男  もっと。
女  もっと?なんでキスするんだろ。
男  もっと、もっと。こうしてこう。
女  そしたらこう。
男  こうきたらこう。
女  こうなったらこうで。
男  もっともっと、もっともっと。
 
 男、女に触れようとする
 女、触れられるぎりぎりで、あー。
 男、女の『あー』を包み込むように、ふん。
 時が止まる。
 
女 あっ、私たち、 こうするしかないんだね。

 男と女、光に照らし出される。
 男と女、何もしないで、いる。ただ、いる。
 
 そして、部屋の扉の奥に消えていく。
 
終わり
 
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